名南市・椎畿大学のキャンパス。
 昼休みのチャイムが鳴り、野田明治(のだ あきはる)はのんびりと席を立
った。
 さーて、昼飯何を食べようかな、と思って教室を出ると、ベンチに見覚えの
ある一人の女の子が座っていた。
 明治と同じゼミの大学生・桃谷ちこ(ももだに ちこ)だった。
 相変わらずちんまい。
 そして決して無愛想ではないが無表情。
 髪はほとんど適当といってもいい散髪具合で、一見すると男の子なのか女の
子なのか、よく分からない。
 もっとも、明治は彼女が女の子である事をよーく知っている。
 具体的には三ヶ月ほど前、くっきりばっちりその裸体を拝んだので、間違い
はない。
「……」
 ちこは、明治に気がつくとベンチから飛び降り、とてとてと彼に近づいてき
た。
「よ、よう」
 軽く手を上げ挨拶しながら、明治はその場でしゃがんだ。
「ん……」
 ちこが、頷く。いつもこんな調子だ。ちこは極端に無口だった。
 少々ノッポといわれるほど背の高い明治は、これぐらいがちこと話すのには
ちょうどいい。
「な、何か、言いたい事があるのか?」
 どうにも気まずいなぁと、明治は思う。
 思い返せば、まともに会話するのも本当に久しぶりだ。
 三ヶ月前、飲み会、記憶曖昧、布団についた赤い染み。
 ……落ち着け、俺。
「ん……言っとかなきゃ……駄目なこと、ある」
「大事なことか」
「ん、すごく」
「……な、何だ?」
 ちこの無表情な眉が、ほんの少し歪む。
 ……ものすごく困っているようだった。
 やがて、一分後、爆弾投下。
「あかちゃん、できたって」
「……………………え?」
 明治の頭が真っ白になった。
「〜〜〜〜〜」
 ちこは困った顔のまま、口をつぐんでいた。
「マジで?」
「ん……病院、いった」
「そっか」
「ん……」
 ちこはほとんど微動だにしないまま、両手だけがガッチリ組まれていた。
 ……。
 明治は、ちこの頭に手をやった。
 意外にその髪は柔らかかった。
「じゃあ、順番狂ったけど、あれだな。俺たち付き合わないとな」
「……」
 ちこの目に、見る見る涙が溜まり、明治の首筋にしがみついてきた。
 周囲の学生達が、驚いて足を止める。
 ちこは嗚咽は漏らすが、声を出さないまま泣き続ける。
 そして、明治は大いに困った。
 待て。みんな、何故、そんな非難の目で俺を見る。
「いやいやいや、違うぞ。周りちょっと勘違いするな! いや、泣いてるけど、
そこのラグビー部員! 俺は無実だからんな人殺そうとするみたいな目を向け
るな! そこ! ひそひそ話をしない!」
 取り囲む人垣から拍手がしたのは、これから一分のちの話。




 かれこれ何時間経っただろう。
 虚ろな頭では、時間の概念すらもはや分からない。
 確実なのは真夜中だという事だけだ。
 初めて入った男の部屋の布団は、既に互いの体液でずぶ濡れになっていた。
「は……っ」
 後ろから太いもので貫かれる衝撃に、桃谷ちこは、ぎゅうっと布団を握り締
めた。
「っ……ぅぁ……っん! は……は……っ」
 こんな、犬みたいな格好で貫かれるなんて……羞恥で頭がおかしくなりそう
だった。布団に顔を密着させ、懸命に声を押し殺す。
「……っ……っ……っ……っ!」
 しかし、男は容赦なく、ちこの身体を貪り続ける。
 後ろから覆いかぶさるように身体を丸め、ちこの唇を吸い上げる。
「ん……ぐぅ……む……く……んん……」
 涙で視界を歪めながら、ちこは男と舌を絡ませあった。
 互いの繋がった部分から、じゅぷっじゅぷっと己の愛液を肉棒が掻き混ぜる
恥ずかしい音が響き、ちこは耳まで真っ赤になる。
 ……破瓜の痛みは既にない。アルコール成分の効果もあるだろうが、何より
自分がこれほど性交渉に順応出来るとは、ちこも思ってもいなかった。
「ふぁ……むぐ……ん……んくっ……」
 深い口付けと共に、男の舌が自分の小さな口の中へと侵入してくる。
 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。
 頭の中でそれを繰り返しながらも、自分でもいやらしく腰をくねらせる。お
そろしく気持ちよかった。
「ぷぁ……」
 二人の唇が離れ、唾液が糸を引く。
 身体の中を駆け巡る波がまた高まってきているのを、ちこは感じていた。
「ぃぁ……ゃ……また……っ……」
 下腹部が切なくなってくる。
 男の突き上げが激しさを増し、声が抑えられない。
「〜〜〜〜〜っ!!」
 ちこはとっさに布団に顔を押し付け、絶頂の声を押し殺した。
 しかし、男の責めはまだ休まることなく、何度も繰り返しちこの行き止まり
をごんごんと突き続ける。
「は……ぁ〜……ゃん……はー……っ……」
 涙と涎で顔を濡らしながら、胎内でまた男の肉棒が大きくなってきたのを、
ちこは感じていた。
 男の腰がスパートをかけ、部屋にはびたんびたんと激しい音が鳴り響く。
 この日、既にもう何度も中で男の精を放たれたが、やはりそれでも膣内射精
がちこは怖い。胎内で放たれるたびに訪れるとてつもない快感のその代償は、
高校を出て間もないちこにはあまりに大きなものだった。
「ぁ……も…っ…だめ……おなか……っ…ぁっ…ぁっ…あかちゃん……っ……
んっ……できる……」
 びゅくっ!
「んんぅっ……!」
 子宮に勢いよく精液を注ぎ込まれる感触に、ちこの背中が波打つ。
 びゅくっ、びゅるびゅるっ、どくっ、どぷっ、びゅっ……びゅっ……!
「ひっ……ん……くふぁ……はぁ……ぁ……」
 唇の端から涎を垂らしながら、ちこは絶頂の波に身を委ね、意識を失った……。

 ちこは、その時の事を思い出し、自分の頬が火照るのを感じていた。
 結局、あの日何回、同じゼミの青年、野田明治とシタのかは正直記憶が曖昧だった。
 明治はかなり無口な自分と、それなりによく喋ってくれる。
 だから決して嫌いではなかったが、あの日から関係がギクシャクしてしまうようになったのは間違いない。
 でも、言わないと。
 これは、自分一人で背負いきれる問題ではない。
 昨日病院に行ったら、妊娠は間違いないと医師から宣告を受けた。
 ちこは、明治しか男を知らないのだから、相手は間違いない。
 ……怖い。
 拒絶されたらどうしよう。
 そんな不安と、明治なら大丈夫という信頼が、自分の中でない交ぜになっていた。
 昼休みのチャイムが鳴った。
 正面の教室から生徒がどっとあふれ出てくる。
 そんな中、非常に分かりやすく他の生徒より頭一つ突き出たノッポの青年と、
 ちこの目があった。
 ノッポの青年、野田明治の表情が一瞬強張り、それから柔らかくなった。
 大丈夫。
 お腹の中の子のことを、話そう。
 二人で、どうすればいいか、考えよう。
 ちこはベンチから降りて、明治に近づいていった。