──毎年、夏休みに帰省する母方の田舎。

姉弟のように遊んできた従姉妹(たち)に会うのが楽しみだったけど、今年はちがう。
一族で唯一の、年頃の男子としての「義務」。
<本家の跡取り>を作ること──従姉妹(たち)を相手に。
夏休みの間に、彼女たちを妊娠させる。
そうしないと、僕の夏は終わらない。

あの日遊んだ思い出の場所――河原や、森や、神社や、お祭りの夜が、
今年は、まったく別の意味を持って迫ってくる……。

A、長女 美月(みづき)

「あら、彰ちゃん、……これはなぁに?」
僕のリュックを部屋の隅に片付けていた美月姉(ねえ)が、にこやかに微笑みながらこちらを見た。
やばい、見つかった!
──美月ねえの手にあるのは、「明るい家族計画」。
従姉妹相手に子作り、という話に、どうしても納得いかない僕が、
新幹線に乗る前に駅前の薬局でこっそり買ってきたものだ。
それを使ってどうしようとか深く考えたわけではない。
準備と言うよりは、お守りのようなものだ。
でも、それを目にした美月ねえは、一瞬で状況を理解したようだ。
柳のような眉が、わずかにつりあがる。
──僕は麻痺したように身体が動かなくなった。
美月ねえの微笑みはいっそう優しくなる。
――僕は恐怖に凍りついた。
昔からそうだ。
この女(ひと)は、すごく優しいけど、すごく怖いんだ。
「――だめでしょ、彰ちゃん。これから私とセックスするのに、こんなもの使ったら?」
美月ねえの目は、僕に(返事をしなさい)と言っていた。
「……はい…」
僕は舌をもつらせながら、やっと声を出した。
「……あのね、彰ちゃん。こういうものを使うのは、風俗とか、不倫とか、やましいセックスをする人だけなのよ?」
そんなことはない、と反論――は、とてもできない。
保健体育の授業で習ったこととか、そういうのは、美月ねえの前では一切無力だ。
「……はい」
僕はそう答えるしかない
「愛し合ってて、これから子作りしようって仲の男女はこんなもの、使わないの。
許婚や夫婦の間柄で、セックスの時に避妊する人なんか、いないのよ?」
えーと、DINK婚とかセックスレス夫婦とかの話をしたら、――殺される。
「……はい」
やっぱりそう答えるしかない。
「わかってくれたのね。じゃ、これは屑篭にぽい、ね。──ほら、ぽい」
美月ねえは、優雅な動作でそれを屑篭へ入れた。
──後で拾いなおすことなんて恐くて考えられない。
美月ねえも、僕がそれをできないことを十分承知で僕の部屋の屑篭に捨てたのだ。
破ったり、没収して他の部屋で捨てるよりも、もっと確実な処分。
僕にとって、未使用の「明るい家族計画」は、箱ごとこの世から消え去ったのだ。

B、次女 星華(せいか)

「彰、……これは?」
僕のリュックを部屋の隅に片付けていた星華姉(ねえ)が、ふとこちらを見た。
やばい、見つかった!
──星華ねえの手にあるのは、「明るい家族計画」。
従姉妹相手に子作り、という話に、どうしても納得いかない僕が、
新幹線に乗る前に駅前の薬局でこっそり買ってきたものだ。
それを使ってどうしようとか深く考えたわけではない。
準備と言うよりは、お守りのようなものだ。
でも、それを目にした星華ねえは、一瞬で状況を理解したようだ。
星華ねえは、いつものように無表情のままだ。
──でも、僕は金縛りにあったように身体が動かなくなった。
(星華ねえ、怒ってる……)
それも、激怒と言っていいくらいに。
他の人間にはわからないだろう。──たぶん、美月ねえと、陽子以外には。
でも、僕にはわかる。
「――彰。これから私とセックスするのに、なぜこんなものが必要なの?」
星華ねえは、僕を真っ直ぐに見据えた。
「……あ、あの…」
僕は舌をもつらせながら、やっと声を出した。
星華ねえは、つと立ち上がって部屋を出て行った。
すぐに、何か小さなものを指につまんで戻ってくる。
細い細い針。
ひいひい祖母さんか、それ以上前から伝わる、古い古い裁縫針。
刀を鋳潰して作った、という、とても上質な針で、星華ねえが大事にしている宝物だ。
それを右手にした星華ねえは、左手にコンドームの箱を取り上げた。
つぷ。
星華ねえは──「明るい家族計画」を箱ごと刺し始めた。
つぷ。
つぷ。
星華ねえの仕事は、入念だ。
コンドームの箱には、たちまち数十の穴が開いた。
遠目では見えない。それくらい針は細いのだ。
でも、全部の穴は中まで──包装を貫いてコンドーム本体まで、きちんと穴だらけになっている。
星華ねえは、無表情のまま、それを僕に返した。
「……私は、こんなもの、要らない。彰相手に避妊はしたくないし、したくもない」
断言。
星華ねえが一度言い出したら、変えることは不可能だ。
「……はい」
僕はそう答えるしかない。
「今晩、待ってる」
何を待っているのか、間違えようがない言い方だった。
星華ねえは、つ、と立ち上がった。
「せ、星華ねえ、どこに──?」
「お風呂。身体を磨いてくる。何か準備が必要なことをしたいなら、言って。何でもする」
星華ねえは、真っ直ぐ僕を見つめたままそう言った。

C、三女 陽子(ようこ)

「彰……これは何だよ?」
僕のリュックを部屋の隅に片付けていた陽子が、こっちを見た。
やばい、見つかった!
──陽子の手にあるのは、「明るい家族計画」。
従姉妹相手に子作り、という話に、どうしても納得いかない僕が、
新幹線に乗る前に駅前の薬局でこっそり買ってきたものだ。
それを使ってどうしようとか深く考えたわけではない。
準備と言うよりは、お守りのようなものだ。
でも、それを目にした陽子は、一瞬で状況を理解したようだ。
きりりとした眉が、つりあがる。
「いや、あの、その、な?」
僕はわけのわからないことばを発して陽子をなだめようとする。
陽子の瞳が、怒りに燃え上がっている。
普段はどんなに喧嘩しても、殴られても、「じゃれあい」で済む。
お転婆で乱暴だが、三人の中で性格的には一番常識的かもしれない。
だけど、こういう目をしているときの陽子は、だめだ──僕の手に負えない。
もっとも陽子とそんな状態になったのは、過去に二回だけだが。
一回目は、バレンタインにもらったチョコのことで、からかった時。
──あれが、陽子が朝四時から奮闘して作った手作りとは知らなかった。
二回目は、陽子がクラスメートからもらったラブレターについてからかったとき。
──これは今でもわからない。
「この先、そんな奇特な奴など現れないだろうから、いっそ、そいつと結婚しちまえよ」
と言っただけなのだが、陽子はなぜか激怒した。
「……彰」
冷たく沈んだような声は、内面の怒りを隠しきれない。
「な、何かな?」
「……あたしと……するのに、これを使う気だったのか?」
陽子の声と視線は、僕に(返事をしろ)と言っていた。
「あ、いや……その、だな……」
僕は舌をもつらせながら、やっと声を出した。
「……」
陽子はうつむいた。
僕は、次に来るだろう爆発の瞬間を予想して身体を縮ませた。
──だけど、爆発は、いつまでたってもこなかった。
「……」
かわりに、陽子はぽたぽたと涙を落としていた。
「よ、陽子……?!」
「……なんだ…」
「……え?」
「彰は、あたしのことが嫌いなんだ……」
「……えええっ?」
「彰は、あたしのことが嫌いだからこんなもの買ってきたんだ……。
あたしに、彰の子供を産ませたくないから、こんなもの買ってきたんだ……」