煙草なんて大っ嫌いだ。
僕が選んだ白いカーテンはいつのまにかクリーム色になってるし、何より副流煙は喫煙する人以上に、身体に悪いって話だし。
あと、キスの時ちょっとイヤな味するし。

  〜僕と音緒さん〜

「ただいまー。ちょっと、音緒さん、換気扇回してるのっ?」

買い物から帰って自宅のマンションのドアを開けるなり、部屋を満たしてた白煙が外に逃げ出した。秋刀魚でも焼いてたの? いや、違う。ラストスパートの証拠だ。
僕は気休めみたく姿勢を低くして、煙と入れ替わりで玄関を潜り抜ける。

「おかえりぃ。京君ゴメン。スイッチ入れといて」
「なんだよもう。今度の原稿料が出たら、二代目の空気清浄機買おうね? いい?」

霞がかった1LDKの僕らの部屋。空っぽの冷蔵庫を開けると溢れる冷気が、煙草の煙と混ざり合って僕はうんざりする。買ってきた食材をぽんぽん冷蔵庫に放り込んで、僕は同棲相手の音緒さんに視線を向けた。
ベッドの脇、ガラスサッシに横付けの位置。小さなPCデスクでディスプレイと睨めっこしたままの音緒さんは、咥え煙草でピアニストより早くキーを叩く。締め切り間近はいつもこうなんだ。原稿を上げる時は必ず煙草を吸いながらなんだよね。
音緒さんは、ちょっとしたタウン誌やメジャー一歩手前の週刊誌にコラムとかの連載を持ってるし、月一で短編の小説を書き上げるから、大体週に二回以上はこのスモッグを味あわされる事になる。

「ん。判った」

一杯になった灰皿に、吸い終えた煙草を押し付けてから気の無い返事。僕はわざとらしく大げさに手を振って、煙を払ってから壁のスイッチを押す。でも、そんな僕の仕草を全然見ていない。まったく。
しかも、新しい煙草に火をつけてる。
きっと、取材を終えてからすぐに執筆に掛かったんだろう。ジャケットはベッドに投げっぱなしで、白いシャツにタイトスカート、髪はアップにしたままだ。
ああでも、余所行きのシャツがヤニで汚れちゃうじゃないか。それに目、痛くなんないのかな。幾ら音緒さんが眼鏡をかけてるからって、水中眼鏡かゴーグルじゃないんだからよく平気だと僕はいつも思う。

「音緒さん、吸いすぎ。身体に悪いよ。それに、音緒さんがちょっと煙草我慢すれば、僕もスーパーの特売めぐりをしなくてもすむし、あと一品、おかずを増やせるんだけどなぁ」
「吸わないと、エンジン掛からないのよね…… それに、私の稼ぎじゃ、不服?」
「またそういう事言う」

ディスプレイではテトリスよりも早く、文章が積みあがっていく。それを眺めたまま、音緒さんはチクりと言った。
残念ながら、反論できない。正直、僕、中川京一は女性作家向井音緒のヒモみたいなものなのだ。僕の仕事は言わばマネージャー兼主夫。
彼女の仕事をあらゆる方向からサポートしてあげるのが僕の仕事。悦びでも、あるけど。
ただ、この煙草だけはね、ちょっと辛いものがある。惚れた弱みで、『吸っちゃ駄目!』なんて強く言えないんだけどね。

「晩御飯は何がいい? 色々買ってあるから、和洋中、リクに答えられるよ」

僕はジャケットをハンガーにかけて、なるだけ音緒さんから遠ざけて吊るした。

「んー」
「洋ならボンゴレ。アサリが安かったんだ。それとも、アサリのお味噌汁にしてみる?
 だとするとメインのおかずを、ごほ。けむいなぁ。豚の生姜焼きの温野菜和え。中華ならホイコーローにシフトするよ」
「なんでもー」

これだよ。またしても素っ気無い音緒さんの声。原稿書いてる最中に聞いた僕が馬鹿だった。僕ね、いつも思うんだけど、煙草をよく吸う人って食べ物に無関心なような気がする。舌がニコチンとかで駄目になっちゃうんだ。ほんと、煙草ってヤダね。
『食べられればいい』って台詞は、一生懸命料理を作ってる身にしてみたら切なくて残酷なんだ。手料理って言い換えれば、お仕事お疲れ様、僕からのささやかなプレゼントだよ、ってものでしょ? 美味しい食事は人生を豊かにするのに。

「簡単にできるので、いいよ。もちょっと、あとちょっとで終わるから」
「わかった」

音緒さんが僕に向き直って微笑んだ。控えめのナチュラルメイクのままだから、着てる服と違って、顔は清楚なイメージ。通った鼻に、眼鏡越しにちょっと切れ長の目。一瞬、どこかの女教師を僕は連想した。それぐらい知的。
「よし。がんばろっと」と、音緒さんはまたPCに向かう。すぐさま、雨音みたくキーを叩く音が再開された。音緒さんが『もうちょっと』って言ったってことは、本当にもうちょっとで終わるはずだ。たぶん、僕にシャワーを浴びる時間もくれないだろう。
原稿が終わるってのは、一つの合図だった。僕はベッドに腰掛けて、頬杖しながら音緒さんの背中を眺める。

「疲れてる? 音緒さん」
「うん。イイ感じで。それに取材合った人がねー、煙草吸えない人で、待ち合わせた会議室が禁煙だったの。聞いてない話まで始めちゃってインタヴューが長くなって。煙草吸いたくてちょっとイラっときたりして余計ストレスが溜まったよ」
「ははは。いい薬。ねー、やめちゃおうよ、煙草。僕、どうしてもあのニオイとかさ、慣れられないんだ」
「無理ー。京君のお願いでもちょっと駄目ー」
「キスすると、その日何箱吸ったか判るようになっちゃったし」
「デンタルケアには気をつけてるよー。んー、まぁよし。寝かせて推敲だ」

僕は音緒さんに甘い。今まで、幾度となく煙草を止めさせようと、ガムを買ってきたり煙草を隠したりしたんだけど、どれも効果がなかった。何より、僕が厳しく『吸っちゃ駄目!』って言い切れない。だから、禁煙を勧めても一日と持った事がなく、近頃ではそんな僕の気持ちを察して、禁煙の話を持ち出すと、はなから出来ないって言うようになった。歯がゆいけど、僕もそんな気がする。
ほら、やっぱり甘いんだ。
この前、ガムを噛みながら煙草に火をつけたのをみた時、『音緒さんはもしかしたら、そのうち食事の時も喫煙するようになるかも』と思ってぞっとしたをの覚えている。
何とかしなくちゃな。そう思った頃合に、『たたん、たん』と音が軟着陸して、音緒さんは後ろ手に組んだ腕をぐっと伸ばした。

「終わった?」
「終わった! くー! 今回のコラムはそんな私のストレスを反映して、ちょっと辛口になったかも。ふふふ」
「仕事を干されない程度に、ちょっとシニカルな文章の方が音緒さんらしいよ。ともかく、お疲れさま」

僕はベッドから立ち上がって、肩をとんとんしてる音緒さんを後ろから抱きしめた。
「明日は音緒さん、フリー?」
「うん。どっか行く? そうだ、この間、京君が家具を増やしたいって言ってたよね。
 ちょっと見に行こうか。まだこの家、素っ気ないし」
「うーん…… 欲しいものは有るけど、現状を考えるとすぐには手を出したくないな。
 だって、煙草のニオイが移っちゃうもん」

「京君たら、もう」と言って、音緒さんは後頭部で僕の顎をこちんとやった。それから、まだ中ほどまでしか吸ってない煙草を灰皿に押し付ける。
いつもだったら、根元ギリギリまで吸い尽くしちゃう音緒さんはそんな事をしない。
音緒さんが煙草を止める時は三つある。
お風呂に入る時。ご飯を食べる時。それから、僕にして欲しい時だ。

「疲れた。京君、マッサージしてよ。手とか、唇で」
「うん」と言うと、音緒さんはゆっくり顔を僕に向ける。薄く開いた音緒さんの唇に、僕は唇を重ねた。眼鏡のフレームが僕の頬に当たってるけど、僕は気にしなかった。

「十六本ってとこかな」
「もう……」

唇を離してすぐ僕が言ったら、音緒さんはちょっとだけ眉をひそめた。
でも、口元に笑みがある。
PCはつけっぱなしで、音緒さんは僕に抱かれたまま立ち上がった。音緒さんは僕より五センチほど背が高い。一度、どっかの編集者に、『弟さんですか?』と間違われたっけな。確かに音緒さんは僕より一つ年上だけど、大人びた雰囲気と僕が童顔だからだろうね。
ただ、そう言われた時、悪い気分はしなかった。二人きりの時は、僕がリードしてるんだから。うわべでどう言われても、気にはならない。
音緒さんを囲む腕を解くと、僕に向き直ってもう一度キスをせがむ表情。応じてあげてから、じっと瞳を見つめたら、彼女は照れて視線を外した。
音緒さんは原稿を書き上げると、必ず、僕を求めるんだ。それもすぐにだった。仕事で疲れた体や心のまま、僕にされるのが好きだよ、と、前にベッドで言われた。

「ねぇ……」と言って、音緒さんはどすんとベッドに腰を下ろした。ねだる視線で僕の服の端を掴んだ。

「シャツが皺になっちゃうのに…… 仕方ないなァ」
「……」

音緒さんの眼鏡に、PCの画面が映り込んでる。それを遮るように、体を寄せる僕の顔が一緒のフレームに収まる。音緒さんの左肩に首を乗せて、そこから僕の体重を浸透させるようにして一緒にベッドに倒れこんだ。

「あんっ……」

音緒さんに体を覆い被せたまま、僕はまず音緒さんの首筋にもキス。まだ僕の鼻には煙草のニオイが届くけど、エッチに集中するとそれなんか気にならなくなるってのは僕の、いや男の悲しいサガかな。

「夕飯の支度もあるから、すぐ、済ませちゃうからね?」
「……うん、私も、その方がいいよ」
「はは。欲情してるんだ。原稿書いてる最中も、考えてたんだ」
「ちが、あ、ひぁ……」

音緒さんの喉に舌を這わせてながら、僕は手早くシャツのボタンを外した。そっと開いて白いブラジャーと白いお腹を覗かせる。音緒さんは、僕の手を促す事も拒む事もせずに、ただ自分の手を僕に当てていた。それで僕の顔を見つめてる。
さっと、音緒さんに見つめなおしたら、やっぱり視線を外された。照れてる様が、いとおしかった。
僕は音緒さんのブラジャーを上に捲し上げる。ボリュームのある二つのバストは、ある一定の所までその行為を否定してから、堰を切った様にこぼれた。

「ふふ。ぷっちんプリンみたいだ」
「やだ、もう」

我ながら下衆なたとえだと思う。でも、そう表現するのが一番しっくりくる。トップに乗ってるのは、カラメル色で広範囲じゃないけどね。ピンク色で、小さくて、尖がってるそれは、僕の舌より硬い。

「あ……ん、イイよ、京君。それ、好き……」

たっぷりとしたバストをパン生地みたくこねながら、先っちょを舌で転がすのは音緒さんのお気に入りだ。僕はにやにや笑いを浮かべながら、文字通り音緒さんの体をおもちゃにして遊んでみる。

「ほら、音緒さんの胸、大きすぎるから、乳首どおしがくっつくよ。乳首キス」
「やだぁ…… あんまり、ヘンなこと、しないでよぅ」
「いつも離れ離れだから、僕がくっつけてあげるんだ。ついでに僕もキス」
「……ゃぁッんっ!」

そんな事しながら、僕は部屋を満たしていた煙草の煙が落ち着いたかどうかにも気を回しているんだ。二つの乳房を鷲づかみにして、人差し指だけで乳首を引っかきながら、僕は深呼吸した。
うん。だいぶさっきよりマシ。僕は体を起して、音緒さんの顔を見る。今度は視線を外さなかった。羞恥心より、されたい気分の方が勝ってるおねだりの顔を、僕に向けていた。
「ねぇ……」

と音緒さんが呟く。僕は判ったように、音緒さんのタイトスカートを捲し上げて、やはり白いショーツに手を掛けた。

「音緒さん腰上げて?」
「うん……」
「素直だね。音緒さんが素直なのは、エッチの時とご飯食べてる時だけだ」
「だって、京君が怒るから……」
「違うよ、音緒さんは自分が好きな事をしてる時だけ素直なんだ。仕事の時なんかは干渉されたくないって感じで僕と接するもん」

そんな事を話ながら、僕は意地悪な顔をしているだろうな。ストッキングとショーツを一緒にして音緒さんの足から脱がすと、体育座りの太ももから、少しだけアンダーヘアが覗けてる。白い下腹部とのコンストラストが僕は好きだ。

「音緒さん後ろ向いて?」
「……え?」
「僕は今日、こっちの気分なの」
「……」

やっぱり音緒さんは素直に僕のいう事を聞いた。のろのろした動作で、僕にお尻を向ける。差し出されたそれはやっぱり白くて、二つ並んだむき卵がまくしたスカートからはみ出てる感じ。

「ほら。もうぐっしょりだ。上は大火事、下は大水ってのは煙草好きの音緒さんの事だね」
「……ばかぁ。あン、もっと、さわって、うん……」

石鹸で手を洗ってる時みたいなぬめりと音は、音緒さんのあそこからすぐこぼれた。
指を適当に動かしてても、音緒さんはそれに反応して腰を勝手に動かす。僕の背中を駆け上がるのは、性欲よりも征服感の方が強かった。
プライドの高い音緒さんは、この四つんばいのカッコを最初は凄く嫌がっていた。今じゃ、このていたらくってね。そんな事を言ったら、あとで叱られるような気がするから言わないけれど、エッチのイニシアチブは、絶対僕が握ってるんだ。

「……ね、ねぇ…… もう、もういいよね? ほしいよ、京君……」
「そんな事は僕が決める」

中指をゆっくり出し入れする頃には、僕に向き直る音緒さんの顔はちょっとだらしない感じになってた。目がとろんとして、いつもの知的な音緒さんの顔じゃない。
力が抜けた上半身はベッドに伏していて、それなのに下半身が勝手に動いてる。そのたびに湿った音がしていた。僕が指を動かしてるんじゃなくて、指にしゃぶりついてる、っていったほうが正しいんじゃないか、それくらいにはしたない音緒さん。
でも、モードが切り替わった音緒さんも僕は好きだな。
右手は音緒さんのあそこをいじくってるままで、僕は音緒さんの耳元に口を寄せて呟いた。

「禁煙しないと、続けてあげないって言ったら、どうする?」
「京君、そんな意地悪言わないでよぅ…… 我慢できないよ、私ダメになってる。京君にしてもらうために『やめる』って嘘言っちゃうよォ……」
「……ゴメンね、音緒さん。僕、いい気になってたかも」

まさか、涙ぐむとは思わなかったから、僕ははっとした。小さく謝って、左手で音緒さんの顎を寄せてキスをまたした。ベッドの脇にある百均で買った竹のカゴに入ったスキンを僕は掴んで、僕は音緒さんの背後に膝立つ。
音緒さんは肩で息をしていた。力が抜けて、ベッドにぺたんと腹ばいになってしまっているのが、ちょっと猫みたい。
音緒さんは注射をされる子どもみたいに、僕がどのタイミングで割り行ってくるかを直視しようとしなかった。
でも、ベルトを外す音、ズボンをずらす音、そして、スキンの包装を破く音までに反応して、ちょっとづつ音緒さんのお尻がせりあがってくる。

「いくよ」
「……うん」

僕は音緒さんの背中に体を重ねた。そして音緒さんの両方の手のひらに、同じように手のひらを乗せ、掴んだ。握り返してくる力は結構強い。
僕のペニスは、手を添える必用なんて無いほどに硬く、そして音緒さんのあそこの位置を知っている。腰をわずかに進ませると、熱い粘膜にぶつかった。ぴくんと、先端を噛まれる。
でも、その次の瞬間、僕であることを確かめたかのようにベールはスペースを作った。
熱い音緒さんの大事な部分は、僕だけのものだ。

「……あ、ぅぅ……」

先端が通過すると、音緒さんは背中を仰け反らして僕の体を押し上げる。肩越しに今日何度目かのキスをした時は煙草の味なんて気にならなかった。腰をぶつけてるから、凄く乱暴なキスで、お互いに唇がイレギュラーする。僕の鼻に押されて音緒さんの眼鏡がまたずれる。でも直そうなんて思わないし、そんなこと気にならない。

「京君、いいよ、キモチい、いいよっ。 ふぅンっ、私、もうイっちゃうようっ!」
「僕もだ、音緒さん大好きだ」

音緒さんの手を掴む僕の手が、きゅー、と強く握られる。お互いに服を着たままなのに、体温がどんどん上昇するのが凄くわかった。
僕の下半身も機械になったように、音緒さんのお尻に一定のリズムで叩きつけられる。
もう、堪えることなんてできない。反比例のグラフみたく、快感が上りつめていく。

「京君!」と大きく喘いで、音緒さんは一番強い力で僕の手を握った。僕も握り返して、
音緒さんの名前を言ったその時。


「あっ、ああっっ!! い、ぁっっ!!」
「僕もだ、く、ぅぅっ」
僕の下で音緒さんの体が何回か跳ねると、深い呼吸を繰り返すかの様に音緒さんの膣が、同時に絶頂を迎えた僕のペニスを『ぐーん、ぐーん……』と締め上げた。
放たれた精を子宮の奥に導く律動は、仕事を終えた僕のペニスに対する労いのマッサージのようだった。コントロールを取り戻した僕の頭は、音緒さんの膣の動きを後戯として愉しむ。

「凄い気持ち良かったよ、音緒さん……」
「私も…… 京君大好き。本当に、大好き……」

お互いに息を荒げて、微笑みあった。僕は音緒さんの上に体を預けたまま、また唇を寄せる。ちくんとお疲れさまのキスをすると、音緒さんはそっと、微笑んだまま目を閉じた。
仕事を終えてからのエッチを走りきると、音緒さんは僕を感じたまま仮眠をとるんだ。
それはいつもの習慣だった。僕もこののんびりした余韻が好きだった。音緒さんの息使いが次第に穏やかになって、寝息に変わった頃合に僕はゆっくり、体を離す。
起こすのは、ご飯が出来た時。

「うん……」

少し寝返りした音緒さんは、乱れた服装のままでちょっと可笑しかった。おっぱいは剥き出しだし、ヘアに隠れた濡れたあそこは蛍光灯の光を反射して少し光ってる。
室温は調節してあるから、風邪はひかないと思う。とりあえずそのままにしておこう。
僕は、PCデスクの上のフロンティアを手にとった。振ると本数が少ないのか、かたかた音がする。そっと、音緒さんの方を向いて、熟睡してるのを確認してから、僕は一本、拝借してみた。
かちん。ライターの音が予想以上に大きくてびっくりする。大丈夫、音緒さんは起きてない。咥えた煙草の先端に火を近づけて、大きく息を吸ってみる

「……っ!!! こほ、こほっ!!」

ダメだ、やっぱりダメ。大声にならないように、僕は口を抑えてむせかえった。素早く煙草を灰皿に押し当てて僕は涙ぐんだ。まるで毒ガスをくらった兵士のように、胸がとても苦しい。こんなのを吸ってたら音緒さんの体に絶対悪いし、僕もたまらないよ。
やっぱり止めさせるしかないな。
横向きになってすぅすぅと寝息を立てる音緒さんは、体を丸めている。好都合だ。
僕は、音緒さんのはみ出したお尻の方から、そっとあそこより零れた粘液をティッシュでぬぐってあげた。

──あのね、音緒さん。今日、僕スキンつけてなかったんだよ。

僕は音緒さんに甘いから、煙草を止めさせるのは今のままじゃ無理。
でも、もし音緒さんのお腹に赤ちゃんが宿ったとしたら話は別だよ?

『妊娠中の喫煙は、胎児に悪影響を与えます』

誰だって知ってる事だよね。僕は、僕と音緒さんの二人の赤ちゃんのためなら、心を鬼にしてどんな手段を使ってでも、音緒さんに煙草を止めさせる覚悟はある。
育児だって引き受けるよ。貯金も音緒さんには言ってないけど、中古のフェラーリが買えるほど溜まってるんだ。音緒さん、たぶん同世代のサラリーマンよりは稼いでる。
だから、心配しないで孕んじゃっていいんだよ?──

音緒さんの口元から涎が少し垂れてたから、僕は指でぬぐってあげる。すると、音緒さんは『ぱくっ』って咥えついた。
煙草を吸ってる夢、見てるのかな?
僕は少し苦笑してから、台所に向かった。