少女の記憶は水の中から始まった。
いつも水の中から見ていたもの。
白衣を着た人間が動き回っている。
大掛かりな装置に囲まれた部屋。
そしてその中央にある巨大な水槽の中に少女はいた。
手足には何かのコードがつけられ、中央の機械につながっている。
腰まで届くほどの長髪は、機械類に絡まないように先端に髪留めをつけている。
その身には何もまとっておらず、肌の白さはほとんど変えることの無い表情も
相まって人形のようであった。
少女はガラスに触れながら水槽の外側を見ていた。
「…値は正常。…に比…、…昇してい…す。」
「EC−42は……がもう…い。…をえな……が…ろう」
ときどき、声が聞こえてくる。
少女は生まれてから言葉を発したことも無かった。
しかし、なぜかそれが声であるということも知っていた。

毎日、といってもどれくらいそうしているのかわかりもしないが
水槽の中に座って外を見ているのにも飽きてきた。
そのとき、こちらを見ている視線に気づいた。
たまに男たちが額をガラスにくっつけ、こちらをじっと見つめることがあるが、
初めてみる顔だった。
すると突然地鳴りのような音がする。
水槽の中の水が見る見る引いていく。
あっというまに、水槽はからになり、中には実験装置と全裸の少女だけになった。
プシューっ、とハッチが開かれる。
「さあ、出ておいでC−6号」
C−6号――
聞きなれないその言葉が自分のことだと気づくまでしばらくかかった。
少女は生まれてはじめて自分の足で立っている。浮力が無くなり、体が重く感じる。
そしてハッチから出て外の空気を吸い込んだ。
バサッと、少女にタオルをかけてやる。
見慣れない男は少女の体を拭いてやり、薄い生地の衣服を着せてやった。

男はこの研究所の職員で少女を連れて施設を案内した。
「君に名前を与えよう。瑠璃だ」
途中で男はいった。
「る…り」
少女はゆっくりと発音する。生まれて初めて発する言葉。
るり――

つれてこられた場所には、瑠璃と同じような少女たちがいた。
少女らは部屋に入ってきた瑠璃と男のほうをみる。
「みんなの新しい仲間だよ。名前は瑠璃。兄弟みんな仲良くしてやってくれ。」
そういって男は出て行った。
瑠璃は辺りを見回す。
窓も何も無く、ゆかはタイル張り、クッションが散漫し、
周りが見渡せる程度に薄暗い。
少女たちは瑠璃と話そうとせず、ただ、人形のようにぼうっとしている。
部屋の隅に数人の集まりを見た。
その中央にいた少女はお腹が一際大きく、とても落ち着いた感じであった。
その少女のお腹を周りの少女たちは不思議そうに見ていて、おそるおそるお腹を触れている。
「それ、なに」
瑠璃は少女に聞いてみた。
おっとりとした口調で話す。
「妊娠しているの。おなかにね子供がいるの」
「妊娠?」
「うん。私が最初にここにつれてこられたから、最初にね、妊娠したの」
瑠璃には少女の言ったことが良くわからない。
みれば、少女は瑠璃とそう変わらない年頃にみえる。
周りの少女たちに比べればいくらか年上に見えるが、言葉遣いもまだつたない。
そして瑠璃のほうをじっと見つめた。
「私はユキノ」

ユキノはこの施設について瑠璃に教えてくれた。
「まずね、私がここにつれてこられたときは誰もいなくて私だけだったの」
瑠璃はユキノの大きなお腹を見ながら聞いている。
その周りにも少女が囲んでいる。
「それからまたどこかに連れて行かれたの。変な部屋だった。裸の男の人がいっぱいいた」
「触ってみてもいい?」
瑠璃はユキノの顔を見ていった。
ユキノはやさしく微笑みお腹を触らせた。
「その人たちはわたしの手を縛って動けなくした。何でそんなことするのか聞いたら
これからちょっと痛いことをする、その痛みに耐えられなくて逃げないように縛るんだって言った。
足を開かされて、顔を近づけてきたの。足の付け根のにおいをくんくんしてきて、それから
おしっこしてみなさいって言われた。
すぐに出ないっていったら、大きな声で出せって言われた
すごく怖かったけどおしっこが出たから良く出来たねって言われた」
瑠璃はユキノのお腹をおそるおそるなでた。
とてもあたたかくて瑠璃は驚いた。
「けどそのあと、お漏らししていけない子だっていって、おっぱいに痛いことされた
私、痛くて泣いたの。ごめんなさいって言ったけど痛いことされ続けて、
何でこんなことするのっていっても、これは生きるために必要なことだ我慢しなさいって。
おっぱいから血が出て悲しくなったからわんわん泣いたの。そしたらおちんちんが目の前にあった」
「おちんちん?」
「男の人のおしっこでるところ。これを口にくわえなさい、今日はこれで最後にするからって」
「おしっこって、そんなの口に入れたら汚いよ」
瑠璃は不思議そうに言う。どうしてそんなことをするのだろう。
「その日はそれで終わった。その次の日もまた同じようなことされたけど、
最後におちんちんを私のおしっこの出るところに入れられた
すごく痛くてやめて、やめてって、動けなくって…
熱いおしっこがお腹に入ってきたのがわかったの。それは精液っていうのだけど
ぐったりしてしばらく眠ってたみたい。気が付くとここにいて、私の他にもこの子がいた」
「うん、ユキノ足の間から血と白いのが出てたから心配したんだけど
大丈夫だ、これでもう大丈夫だって男たちが言ってた」
「しばらくしてユキノお腹が大きくなってきたの」
「わたしたちも同じことされた」
周りの少女たちが言う。
瑠璃は痛いのは嫌だな、と思いながら聞いていた。
「大丈夫。一番痛いのはそのときだけだったから。その後も同じことされ続けたけど
痛くなくなってきたから」
と、ユキノ。
「私はもうすぐここから出てかないといけないんだって。子供を育てるための
教育っていうのを受けなきゃいけないから、子供をこれからも産み続けないといけないって」


それからしばらくしてユキノはこの部屋から出て行った。
瑠璃はまだこの部屋から出たことはない。
けど、他の少女たちのなかでユキノのようにお腹が膨れていく者もいる。
ある者はお腹を抱えて突然泣き出し、何を言っても反応することなくうなだれるものもいた。
しばらくして、男にユキノの事を聞いてみたらユキノはここにはもうこないといわれた。
「あの子は子供を産んだ貴重なサンプルだからね、これからも赤ちゃんを産んでくれる、
聖母となるだろう。君もその一人になるんだよ」
男にそういわれ
「ユキノ、子供産んだんだ。見て見たい。ユキノに会いたい」
「残念だけど、それは出来ないな。なぜって今はまだ疲れてるからさ」
瑠璃は残念そうにする。


ユキノは出産を終え、授乳期を過ぎ、そして、鎖につながれていた。
「…あ…か、ちゃ…ん」
ユキノは何度も犯され、虚ろな目つきでぐったりしている。
「ふふふ、あの子は君に似て美人に育つぞ、よくやった」
「安心したまえ、ちゃんと水槽で育てているよ」
「しかし、君はやさしいな。ちゃんと母親として自分で育てるとまで言い出すし」
「しかしそれではこちらの相手が出来んからな。まああの子も今急速に成長させているから
すぐに会えるだろう」
「ふふ、こんなに母乳を垂らして」
ユキノはまた妊娠した。
男たちの声はユキノの耳には聞こえない。
ただ呆然と、我が子のことを思っている。

子供にあいたい――
自分で瑠璃と名づけた、あの子に――