じいちゃんは、味噌汁を一口すすっただけで、驚いたような顔をして言った。

「おお、おお。オクラとナスの味噌汁なんてな、なかなかにくいじゃないか。旬の夏野
菜だの。重雄、知っておるか? オクラはな、アフリカ原産で世界共通でオクラと呼ぶ
のだよ。なんともまぁ和風な名前じゃがのう」
「へぇぇ、さすがおじいちゃんは物知りですねっ」

食卓、僕の向かいに座るリズが、金色のポニーテールを弾ませて感嘆の声をあげる。な
んていうかわざとらしい感じがするがリズは大抵オーバーアクションなので別に他意は
無いと思う。

「知ってる。そのネタ三回目だから」と、僕は冷や水をかけるように言った。

「くくく、このひじきの炒めものもな、な、重雄、ワシがお前くらいの頃によく給食で
出たのだ。懐かしい上にこれは油揚げでなくちゃんと肉を」
「細切りにした牛肉ですよ〜」
箸につまんだひじきの炒めものを、まるで学術的な大発見をした科学者のような目で見
つめてから、じいちゃんは誰にも取られるまい、というようなスピードで口に運ぶ。

「うン、まぃ……」

死にかけの昆虫みたくぷるぷるしたじいちゃんは、左に座る僕にいきなり向き直り、ひ
じきを少々飛ばして力説した。

「ほれ、重雄も食べんか。うまいぞぅ。ああもう、重雄、リズちゃんと結婚するが良い
のぅ。今時こんな、本格的な和食を作れる子はそう居らんだろ」
「っやぁぁだぁもうっ♪ おじいちゃんたら〜♪」
「……最悪のジョークだね。認知症?」

まんざらでないリズの様子がまた超ムカツク。にやにやして僕のこと見んなっつーの。

「いやいやいや。旨味成分であるグルタミン酸ナトリウムを発見したのは日本人じゃ。
すなわち人類史上最高の舌を日本人はもっちょる。その日本人であるワシが言うのだか
ら間違いないというわけだっ。リズちゃんの料理の腕は時雄の嫁を超えとる! あーも
う一杯おかわり」
「はーい♪」

リズが嬉しそうにじいちゃんの空になったコップにビールをそそいだ。じいちゃんはい
つもより多めにビールを飲んでいる。ハゲた頭も、ランニングシャツから覗けるしわだ
らけの肌も真っ赤になっているくらいだから。
んでこのハイテンションだよ。ロウソクが消える前の一瞬きでなければいいけど。

隣に住んでる同い年の、幼馴染のリズが僕の家に夕飯を作りに来たんで、じいちゃん、
えらく上機嫌だ。見た目は田舎の爺さんだけど、僕のじいちゃん、日比野速雄は世界的
にエライ科学者で量子力学がなんちゃらとかのある程度の権威だと僕は父さんから聞い
ている。

僕の街には大きな粒子加速器があって、じいちゃんをはじめとして難しい研究をするた
めの人が世界から集まってたりしていて、リズの家族もヨーロッパから来た。父親がじ
いちゃんの弟子にあたるらしい。
ただ、リズは日本で生まれたから、金髪で青い瞳のクセに日本語ペラペラだしおまけに
納豆まで食べる。


「ねぇねぇしげちゃん、サバの味噌煮どう?」
「普通」
「何を言うか。この味を出すのは重雄、そう簡単ではないぞ?」

僕はリズと視線を合わせないで素っ気無く答えた。
重雄という僕の名前はじいちゃんがつけた。父さんの名前が時雄で僕が重雄。なんか時
代に逆行して古臭くなっているような気がする。じいちゃんは相対性理論からヒントを
得たというけど、なによりリズが僕の事を『しげちゃん』と呼ぶのが気恥ずかしかった。
学校でもお構いなしでね。幼稚園の頃から変わってない呼び方。

クラスでも僕にリズがなついてる事を冷やかされるので、極力、僕離れをするようにリ
ズを冷たくあしらうのが僕のトレンドだ。

「まぁ、あれだよ。料理が得意ってのはさァ、食べる事が好きだからなんだよ。だから
リズはデブなんだよな。頬袋、ついてるんじゃないの?」
リズのポニーテールは、ちょっとウェーブがかかってリスの尻尾みたいなので、女友達
からリスっち、と呼ばれてたりした。

「そんなに太ってないよう! しげちゃんが痩せてるんだよ」
「いーや、デブだね。もうちょっとで二重あごに痛っ?!」

殴るといわずにじいちゃんが僕にゲンコツを落とした。僕の頭脳はそのうち人類の至宝
になるかもしれないってのにっ。じいちゃんは学者の癖にスパルタだ。

「こらっ! 男子たるものなァ、女の子にそういう事をいうものではない」
「本当の事を言っただ──」
二発目をじいちゃんが準備したので、僕は黙った。リズがいい気味って顔をしてるのが
シャクだ。僕は思わず、リズの作ってくれたサバの味噌煮とひじきの炒め物と自家製古
漬けとオクラとナスの味噌汁と、まだ暖かく湯気の立つ炊き立てのご飯をそれぞれちょ
っと食べただけの食卓を立った。

「冬眠前のリスみたくデブりたくないもんねー。もういらない」
「重雄っ!」

右手をひらひらさせて、自分の部屋に向かおうとした瞬間にちらっと見えたのは、さら
に真っ赤なじいちゃん。それと寂しい顔をしたリズだった。ざまみー♪

じいちゃんとリズと僕は留守番だ。僕とリズ、お互いの両親が研究員なので、カナダで
完成した世界最大の粒子加速器の視察に行ってるから。帰って来るのは明後日なので、
その間はリズが家に晩御飯を作りに来てくれる事になってる。
リズが機嫌を悪くして、明日は来ないとか言い出したらちょっと困るなと思ったけど、
じいちゃんがワケ判んないこと言うから悪いんだよ。
あんな言い方されたら引けないよ。
だれだってそうだと思う。でしょ?



      『世界の終わりとか僕なりに考えてみる。比較的マジで』


その後、僕は自分の部屋でテレビを見たりしてしばらく時間を過ごした。ただ、晩ご飯
をろくすっぽ食べてないので、腹の虫が抗議の声を盛大にあげていた。
僕は悪びれずもしないで、リズが帰ったのを見計らって、リビングに食べモノを漁りに
行った。

「重雄や。ちょっと座んなさい」
しまった。待ち伏せだ。リビングにはじいちゃんが一人で、難しい顔をして晩飯と同じ
椅子に座ってる。自分の部屋のドアを開けた時にはじいちゃんの姿が見えたのだけど、
引き返すとカッコ悪いので、さりげなくトイレに入るふりをしたら即呼び止められた。
じいちゃんの説教は長い。僕は、ちょっと覚悟した。

「お前、アレはいかん。ご飯残すのはじいちゃん好かんな。ワシがまだ子供の頃、やっ
ぱり重雄みたくご飯残した事があってな。ニンジン、ピーマン、好き嫌い多かったから
のう。ある日、じいちゃんのじいちゃんがじいちゃんを食卓でぶん殴ってな。歯が三本
折れたわ。乳歯だったからよかったがの」

こういう時はあいづちすら打たず黙ってるほうがいいというのを、僕は経験で知ってい
る。

「リズちゃんなぁ、あんな殊勝な娘なぞ近頃おらんぞ? 明るく、素直で。それに比べ
て、お前は最近ヒネてる。反抗期か? まず、リズちゃんに感謝の気持ちがな、無いの
は良くないのう。メシが食えるだけでもはホントに有り難い事だとなァ、じいちゃんの
じいちゃんにじいちゃんは教わったなァ……」

目をつむりながら腕組みして説教をしていたじいちゃんは、ふうとため息をつくと僕に
こういった。それは、説教の続きではなかった。

「重雄。ちょっと来なさい」
「え?」
「お前に見せたい物、いや事象か。それがあるのだ」

じいちゃんは立ち上がり、枯れ木のような体を重そうにしながら書斎へと向かった。
困惑してる僕を見やると、じいちゃんはドアの隙間から、僕を手招きする。僕はそれに
従う。しかないよね。

じいちゃんの書斎に入るのは何年ぶりだろうか。自分の家の一室なのに、僕はなんとな
く入ってはいけないような印象をいつももっていた。じいちゃんの書斎とは、事実上じ
いちゃんの仕事場、研究室のようなものだった。

書斎というのは名ばかりかも知れない。四畳半くらいの部屋は綺麗に片付いていて、座
卓型PCデスクと座椅子、それと背の高いわりにスリムな本棚があるだけの小さな部屋だ。

「これは、誰にも言ってはならない事だがの。重雄だけには教えよう。とりあえず、ま
ずは喋らず黙ってなさい」

パソコンデスクにおさまるじいちゃんは、そんなわけの判らないことを言ってキーボー
ドをどかどかと叩きだす。

ディスプレイに小窓が開いて、眼鏡をかけた白衣のおっさんが証明写真のように現れた。
「おお。誰も居なかったらと思ったが、小山君は残っておったのだな。状況はどうだ
ね」
「あっ、教授。お疲れ様です。ええと、例の件ですね? 依然としてポテンシャルは増
加中です。ニュートリノ震動による位相変異も、これまでと比べるとかなり少なくなっ
てますよ。凄いですね。本当に」
「科学者が『かなり』とかファジーな言葉を使うもんではないぞ小山君。とりあえずデ
ータを全部送って欲しい。南極のアイスキューブのもだ」
「あああっすいません分かりました至急、そちらに転そ──」

じいちゃんは一方通行のビデオチャットを無愛想に切断した。こっちはカメラが無いか
ら、僕が居たことは小山さんだかには分からなかったろう。黙ってろってのはそう言う
ことか。
二人の会話は難しくてよく分からなかったけど、とりあえずニュートリノとかはじいち
ゃんの専門っぽいのは知っていた。

「誰にも言ってはいけないって? いったいなんなのさ」
「人類の存亡に関わる話だ」
「はぁ?」

じいちゃんはディスプレイに現れた小さなフォルダを解凍して、又なにやらソフトを起
動させている。人類の存亡だとか言われてもピンとこない。これはおそらく本当に認知
症になってしまったのではないんじゃないの? そんな事を思った頃合で、ディスプレ
イには、綺麗に色分けされたグラフが映し出されている。

「じいちゃん、これって」
「飛騨のスーパーカミオカンデの観測状況だな。見れば判るだろうが、たくさんのニュ
ートリノが地球に降りそそいでる。まぁ、『通過』しているといったほうが正しいンだ
がの。こんな事は滅多にない」
「へぇぇ。すごいね。どうしてなの?」

リアルタイムの観測結果らしく、僕がそういった瞬間にグラフはまた伸びた。きっとじ
いちゃんは説教よりも、こっちのほうを見せたかったのだなと僕は理解して、さも驚い
たように声をあげる。そうしていたらじいちゃんの機嫌を取れるからね。

「超新星爆発の前触れだの。まぁ、そのへんはワシの専門外になるのだが、友達の天文
学者がメールで教えてくれた。明日の夜八時二分十六秒、こと座にあるベガって星が昼
間の太陽以上に輝くんじゃと」
それを聞いて、僕はオーバーアクションで驚いたふりをしてみせた。科学の事に感心を
持つようにすると、じいちゃんはとても気分が良くなるからだ。


「いいね! 明日の晩みんなで見ようよ、花火なんかよりずっと面白そうだね!」
「ふむ……」

じいちゃんはゆっくり僕に向き直った。

「重雄。このベガという星は地球に近いんじゃそうだ。そんな星がの、超新星爆発を起
こしたら地球はどうなると思う?」
「え?」
「ベガは二十六光年先にある。光の速度で二十六年かかって、やっと到達できる距離だ
の。しかし、そんな距離は宇宙規模で考えたら、ワシの家から二十六歩先の近さと言い
換える事ができるのう。リズ君の家くらいの距離だ。そんな近くで、広島形原子爆弾が
炸裂したら、重雄、お前は生きていると思うか?」
「まー死ぬんじゃない?」
「実感のこもっとらん返事じゃの」
「だって、二十六光年先の超新星爆発なんでしょ? 超遠いじゃん」
「じゃから、宇宙規模だと、そんなのは目と鼻の先なのだ……」

じいちゃんの声のトーンが、一段低くなって僕はちょっとどきりとした。

「いいかい重雄。じいちゃんが生まれる前、チリ沖地震というのがあった。南米のチリ
で起きた地震だ。その地震で起きた津波はな、太平洋をずっと、ずうっと、渡ってきて、
日本の三陸海岸を直撃したんじゃよ。地球の裏側から渡ってきた津波で、日本人が14
2人死んだ。今回の事象はそれに近い」
「……ふ、ふーん。でも、アレじゃん? なんていうかこう、大丈夫だったりするんじ
ゃないの? 簡単に人類がさぁ、全滅ーって、実感湧かないっていうか……」
「恐竜は長い間栄華を誇っておったが、簡単に地球上から姿を消したのう。まぁ、地球
では、およそ三回くらいは大規模なカタストロフィがあったという説もあるが」
「いずれにしたって、光の速さで二十六年かかるわけだから、それまで猶予があって、
その時には科学力でちゃちゃっとなんとか……」
「じゃから、もう二十六年前にベガは超新星爆発を起こしており、それがやっと地球で
確認できるという話じゃ。明日の八時に目視できるという話なだけじゃ」

じいちゃんはキーボードのいくつかのキーを押した。それから、シリアスな顔で僕を見
つめたんだ。

「明日の夜八時二分十六秒、煌々と輝きだしたベガの光度は九秒後に最大に達する。そ
の瞬間、ガンマ線バーストが地球に到達し、一瞬で直撃半球面の生きとし生けるものの
命を奪うのだ。続いて重力震が、さらに大宇宙の津波と化した星間物質が、猛烈な勢い
で地球の大気のそのすべてをごッそり攫っていってしまうのだ。そして地球は、火星の
ような荒涼とした星になってしまうんじゃな……」

──うそだ、と言ったつもりだったのに、僕の口はぱくぱくと動いただけだった。

「信じられんのも無理はないが、宇宙とは常に変動を繰り返しておる。ワシの恩師は、
カミオカンデによるニュートリノ観測でノーベル賞を取った。その時の超新星爆発が地
球からはるか遠くの出来事だったからの。今度はそうは行かん。ワシらの運命は、無慈
悲な確率によって定められてしまったんだの」
「……だ、だって、さっきのニュースじゃ、そんな事は全然言ってなかったし、ニュー
ス速報とかも……」
「避けられない宇宙の天災をいちいち万民に教えてどうする。『皆さんは明日死ぬんで
す』などと報道したところで、起こるのはパニックだけだろう……。すでにこの事実は、
国連などを通じて全世界的に知れ渡っておる。それ以外ではワシ等のような科学者にも
伝えられたが、どうにも防げるものではない、という結論しか出せんかった」

じいちゃんはさっきの操作で、メールの文章をディスプレイに表示していた。そこには、
この超新星爆発によって起こる人的被害のなんちゃらとか難しい文章が書かれていた。
直視する勇気も無かったけれど、ぼんやりと確認できるのは『滅亡』とか、『避けられ
ないカタストロフィー』とかそんな泣けてくるような文字。


「どうにか、助かる方法は、ないの……?」
「核シェルターの類に篭もればしのげなくもない。しかし、直撃半球ではそれでも無意
味じゃな。なにより、大気もなく、クマムシと深海魚だけが生き残った地球で、シェル
ターに篭もって一生を終えるというのは、重雄、生きているといえるのかい?」

空調も効いてない小さな書斎の中、僕は凍えるようにかすかに震えていた。
すこしツバを飲み込むと、僕は必死の思いで大きく声を出した。

「じゃぁ、どうしてそんな事を僕に教えるんだよ! 知らなかった方が、ずっと、ずっ
と……」
ずっと良かったと言おうと思ったけれど、どの道死んでしまうんだ。

「そこでさっきの話に立ち返る。重雄、お前は『善く生きて』いるか? ヒネたままで
人生を終えてみるのか? よおく考えてごらん。お前の心の持ちようで、世界はいくら
でも変わる。ちょうど明日は日曜日だしの、良く噛みしめてみぃ。謙虚で穏やかな心が、
一生に勝る一日を与えてくれる、かもしれん。重雄は頭がいいから、判るはずだな。ま
ずは明日、リズちゃんに謝るんだぞ? 分かったかい重雄や。でもリズちゃんにはこの
話は言っちゃダメじゃが」
「……うん……」
「ワシは明日、牛久のばあさんの墓参りに行くからの」
「……うん……」

じいちゃんがパソコンを終了させた。ディスプレイが真っ黒になる。
現実味の無い話だけど、さっきまでのじいちゃんの話は、僕にとってあまりにも重かっ
た。
それだけじゃない。ディスプレイに映し出されていたデータのグラフ、焦点のぼんやり
した目で見たメールの内容──。
僕はよほどショックだったらしく、じいちゃんの書斎から何時の間に自分の部屋にきた
のか、よく判らなかった。

電気を消してベッドに横になると、僕は泣き出していた。悲しいからとか、怖さとか、
どういった感情で出た涙なのか、僕には判断がつかなかった。





「しげちゃん、起きなよ。もうお昼になっちゃうよ」
「……ううう……ん?」
肩を掴まれ、頭をくらんくらんと揺らされて僕はくっついた両目蓋を引っぺがした。
目の前には、いつも見慣れてるリズの顔があった。僕は少しぽかんとしてから、身体を
起こした。

「あ、あれ? なんでリズがいるんだ?」
「おじいちゃんがね、出かけるからしげちゃんの面倒を見てやれってさっき来たんだ
よ」

置いてかれた!! 僕はひそかに、じいちゃんについていこうと思っていたのだ。
一人では心細いもの。じいちゃんと何かしら会話をしてるだけでも、きっと僕の不安は
少しは紛れたろうに……。

「しげちゃん、すごい寝汗だね。シャワーあびてきなよ。その間に、リズがお昼を作っ
たげるよ」
「ん……? ああ、そうする……」

寝汗もかくはずだよ、と僕は心の中で愚痴る。リズは呑気なもんだよ、僕らが、滅亡す
るってのに……。
『しげちゃん勉強できるのに部屋は散らかってるよね〜』とかいいながら、漫画とか参
考書とかをてきぱき片付けてるリズの後姿を見てたとき、ほんの少しだけ、僕の心に意
地悪な心が芽生えた。

もし、昨日のじいちゃんの話をリズにしたらどうなるだろうか。

いや、きっと信じないだろうな。リズは科学とか成績悪いから、(僕にちょくちょく教
わりに来る)ニュートリノの何たるかを説明してたらきっとタイムアウトになるだろう。

「どしたの? しげちゃん」
「いや、なんでもない……」

僕は不思議そうな顔をするリズを後にして、風呂場へと向かった。


人生最後なので、普段はカラスの行水だとじいちゃんに叱られるのだけど、今日は念入
りに身体を綺麗にした。以前本で読んだけど、切腹前のサムライもそうしたらしい。

シャワーを浴びているとき、なんとは無しに僕は独り言を呟いていた。
『僕の体、ありがとう』と。
じいちゃんの言った『善い人生』とかってのはよく判らないけれど、僕は死んでしまう
瞬間を知ってしまっているだけに、何かしら自分を落ち着ける方法を模索していての事
かもしれない。
50m走はクラスでトップクラスに遅いけど、足がなかったら歩けもしないよね。
腕がなければ本を読めない。一人でご飯も食べられない。
改めて自分が健康だったことを、自分自身に感謝してみた。
すると、なんか、優しい気分になれた。
シャワーの飛沫が当たる体に神経を集中して、僕は居る事を再確認したんだ。
僕は今、確かに生きてる。
今日中に死ぬけど。

覚悟を決めるってのはこういう事なのかな。



「お風呂長かったね〜」と、リズが無駄に明るい笑顔でリビングダイニングで待ち構え
てる。思わずつられて、僕も笑って「そうかな」と答えたのが我ながら意外だ。

テーブルの上には、スパゲッティと餃子と昨日の晩の残りのサバの味噌煮。僕がちょっ
とだけついばんだ跡がある。

「おじいちゃん、サバの味噌煮だけは残して、後は全部食べちゃったみたい。スパゲテ
ィは勝手に使わせてもらっちゃった。あと、餃子はね〜、リズの作り置きなんだよ〜。
しげちゃん、これでいい? ご飯よそる?」
「いや、これで十分だよ。リズ、ありがとう」
「え?」

昨日の晩、ろくすっぽ食べてなかったから、餃子のニンニクの香りとかもうたまらなか
った。テーブルにつくと、僕はいつもの倍の勢いでお昼を堪能する。なにせ人生最後の
昼ご飯だものな。

「どうしたの? 僕が食べるところを見ててもお腹は一杯にならないよ。リズも食べな
よ」
「そ、そうするねっ」

リズが僕を見つめながらゆっくり、テーブルについた。すると囁くように言った。

「ねぇしげちゃん。おいしい?」
「うん。スパゲティがちょっとピリ辛なの、いいよね。シンプルだけど、ええと、こう
いうのなんていうんだっけ」
「ペペロンチーノ」
「そうそう。で、餃子も僕の好物だからさ、よかった。今日食べられて」
「餃子もおいしいの?」
「うん」
「っやった〜っっっ♪」

リズがガッツポーズをして勢いよく立ち上がったんだ。いきなり。

「しげちゃんがリズのお料理おいしいって初めて言った〜! いえ〜♪」
「初めて……?」

Vサインを僕に突きつけてはしゃぐリズに僕はきょとんとなる。
おいしいとは思ってたけど、口に出して言った事、なかった、のか──?

「そうだよ〜。初めて! やりっっ!」

こんなに明るく笑うリズを見るのは久しぶりだな、そう思った時だ。僕の脳裏にじいち
ゃんの言葉が蘇る。
『リズちゃんに謝るんじゃぞじゃぞじゃぞ……』
今だ。このタイミングを逃したらダメだ。

「昨日はマジごめん。ヤな気持ちになったでしょ」
「えへへ。ちょっとね。でも今ので全部帳消し〜。むしろ、リズがしげちゃんにありが
とうっていいたいよ♪」
「そっか、よかった」

僕は胸を撫で下ろす。リズに許してもらったことで、僕の中に温かい感じが満ちる。そ
の感じは、人類滅亡の怖さを和らげる僕の特効薬になる気がした。
可笑しな話だけど、僕はこう思う。
世界中、いがみあっている人や国がある。けど、僕が感じたこの温かい気持ちを抱いて
人類滅亡の瞬間に立ち会う人はある意味、幸せなのかもしれない。

僕はそうありたい。


僕はサバの味噌煮を口に入れる。一晩たってるのに、母さんが作ったそれより柔らかく
てなめらか。辛くすぎず、しょっぱすぎず、きっと、じいちゃんが言ったとおり、この
味を出すのは簡単なことじゃないはずなんだ。
なぜだろう。昨日は全然気がつかなかった。

「これも最高。リズ」
「でしょ〜?! 自信作だったんだ。でもなんかしげちゃん、いつもと違うね、リズ、
今日もダメ出しされるんじゃないかって……」
「いつもはじいちゃんがいるからさ、恥ずかしくて言えないよ」

さりげなくじいちゃんのせいにした。本当は僕がリズをちょっと、疎ましく思っていた
のに。じいちゃんゴメン。

「言ってよもぉ〜。『おいしい』っていわれると、俄然やる気でちゃうんだよ?」
「じゃぁ、これからはそうするよ」
「うんっ!」

それから、二人してクラスの話とか勉強の話とか、そして笑いあいながらお昼を食べた。
スローフードってやつだ。
あの、温かい気持ちに一杯になる。
僕は全人類滅亡の怖さを克服しつつあったんだ。

でも、まだ子供以上成年未満の僕の心は、間違いなくじいちゃんほど強くなかった。

ソファーに二人して座って、ディスカバリーチャンネルのDVDを見てる時だった。
柱にかけてあるアンティーク時計が、(じいちゃんの趣味)わざとらしく三時を告げる
鐘を鳴らす。

僕ははっとした。超新星爆発による人類滅亡まであと、およそ五時間──
予想以上に来た。
温かいダムで堰き止めてた分、決壊した怖さが全身を駆け巡る。
後頭部を何かで殴られたように、全身が痺れてくる。

「どしたの? しげちゃん」
「……あ、いや、なんでも、ないよ」
「震えてる。夏風邪?」

リズがおでこを僕のおでこに当てた。熱はあるはずない。
その瞬間、僕の頭に、いろんな考えがフラッシュバックした。
リズに言おうか。いや言わないべきか。
じいちゃんには止められている。でも、僕は一人で現実に耐えられるほど強くないんだ
よ。

気がついたら、リズの肩を掴んでいた。「えっ?!」って顔をして僕の顔をリズが見る。

「あああ、リズ、リズにその、言いたい、事、あるんだ……」
「な、なにかな?」

リズが困った笑顔して首をかしげた。

「その、僕、リズにその、言いたい事があるんだよ……」
「んー?」


ここまでやっといて、僕は心の中でいっちゃダメだ、と叫んでた。
リズの肩を掴む腕に勝手に力が入り、肘がきゅーっと縮こまり、リズの顔と僕の顔が近
づく。

「……じゃぁ、私が先に言うね」
「え?」
「しげちゃんの事大好きなんだよリズは」

近かったから、それはジャブみたいだった。
驚きのあとに柔らかい感覚が唇に来た。
キス、されていた。

「……僕も、リズの事、好きだと思う……」
「じゃぁ、両想いなんだね。うれしい……」

今度は僕からキスしていた。
僕は状況を把握した。
これだ。これしかない。

「ふぁ……」
リズの顔が少し赤くなってる。

「もっとしていい?」
「いいよぅ……」

怖さを克服するにはこの方向性しかない。

洋画みたいにキスを連打した。
偶然、お互いの舌が触れた。
その感触に痺れる僕。
これもいい。もっと。もっとだ。

科学変化を起こしたように、僕もリズも変わっていたと思う。
幼馴染でありきたりのリズが、信じられないほどかわいいんだよ。
キスするたび、さっき以上の温かい気持ち、いや、熱い感情がこみ上げてくるんだ。

「リズ、舌を出してみて」
「こう? んんん……っ」
そのリズの舌を僕は唇だけを使って食べる。リズの瞳が驚きでちょっと大きくなって閉
じられる。お互い、舌と舌をぐるぐる動かしたりして深いキスをしていた。
僕は、再び恐怖に立ち向かえる強さを得た。
心臓の鼓動とリズムを合わせて、僕のチンチンはペニスへと変身しているのを知った時、
僕は心に決めたんだ。
新しい提案のために、リズを離し、僕は言った。

「結婚しよう」
「いいけど、まだリズたち結婚できる年齢じゃないよ……」

否定されなかったのが堪らなく嬉しい。GOだ!!

「なら、二人の子供を作ろう」
「えっ……。もしかして、今、かな……?」
「今じゃなきゃ、ダメなんだ。責任は、その、僕とじいちゃんがとる。リズの全部を知
って、体験して」死にたいと続けようとしたのを堪え、「リズの事をもっと好きになり
たいんだよっ」


リズは、目を伏せて小さくうなずいた。



前回までのあらすじ

こまっしゃくれた生意気なガキ、日比野重雄は、量子力学の権威である祖父、日比野速
雄から衝撃の事実を告げられる。夏星ベガが超新星爆発を起こし、そのガンマ線バース
トや重力震により地球は滅亡するのだという。
死の恐怖に怯える重雄。そして彼は、幼馴染のリズにあたかも助けを請うように、人生
最後のエッチを申し込むのであった。
迫り来る人類滅亡の危機を前に、二人の恋の行方は、そしてその運命やいかに!

主な登場人物。

日比野重雄
勉強はできるが頭でっかちの感あり。祖父から伝えられた人類滅亡のプレッシャーの前
に、怯えるものの、しだいに人としての素直さを取り戻してゆく──?

日比野速雄
量子力学の世界的権威。ヒッグス粒子発見に最も近い男と呼ばれる。ハゲ。
大規模な素粒子探索プロジェクト『BWH2010』を提唱し、素粒子マップの制作の
ため世界各地から量子学者を日本に招聘した。
(BWHとは、Bohr、Walton、HidekiYukawa、それぞれ量子力学に貢献したノーベル物
理学賞受賞者の頭文字である)

リズ
日本生まれの金髪っ娘。重雄の幼馴染であり家も隣同士である。和食調理が得意。
重雄に気があるらしい。明るく素直ではあるが天然。

小山君
おっさん。

アルタイル星人
地球侵略を企む敵性宇宙人。
(注:出てきませんし居ません)



僕はソファーから、ゆっくり立ち上がった。そしてリズの手を取り、「僕の部屋に、行
こうか」と言った。
リズが僕の目をちらりと見る。
「……うん」

リビングダイニングから数歩で行ける僕の部屋。なのに、そこに至るまでがこんなにも
長く感じるなんて。フローリングを歩く二人分の足音が僕の耳に響き、握るリズの手が
暖かく、そして僕の心臓が歩数のおよそ倍くらいで脈打つ。それらの情報が僕の五感を
刺激して、一秒を何倍にも引き伸ばしていた。
そして、僕の部屋の前。あいた右手で僕の部屋のノブを回すときに、リズが僕の手を強
く握った。

「……リズ、怖い? なんか、僕の我侭を押し付けたみたいでさ。リズが嫌だったら、
やめる……?」
「……やめない。リズ、怖くもないよ。すっごいどきどきしてるだけ。よくわからない
けど、リズも今しかないって気がしてきたよ。しげちゃんが、今したいからかな? 大
丈夫だよ、リズは。しげちゃん、きっとやさしくしてくれると思うもん」

振り向かず、リズとの背中越しの会話をした僕は、心の中で『ありがとう、リズ』と呟
いた。
正直、リズに子供を作ろうだなんて、勢いと僕の深層心理のエロさが言わせた言葉だと
思う。考え抜いて放った言葉ではなかったんだ。
でも今、リズがそれを否定することなく受け止めてくれたことが、嬉しい。

「じゃぁ、部屋に入ったら、あとは、なんていうか、アドリブになるからさ……」

そして、僕はドアを開けて、リズを引き部屋へと足を踏み入れた。
すると、リズが僕の横を通り抜けて、僕のベッドの傍らに立った。

「い、いいよ……」
「あ、えっと、うん。じゃぁ、よろしくお願いします……」
「こ、こちらこそっ」

そうやって、緊張の余り、お互いうわずった挨拶を交わしたら、二人して笑みがこぼれ
た。それで心がほぐれたんだと思う。
リズはいつもの格好── 青いデニムのシャツに白っぽい半ズボン。でも、いつもと違
う。リズがこんなにも可愛く見えるのだから。
きっとリズに対する僕の持っていた疎ましい気持ちがなくなってしまったからそう見え
るんだろうな。もっと前からそれに気づいていたら僕は今日まで、もっと幸せな日々を
送っていただろう、とちょっとだけ後悔した。

だからこそ、その遅れを今、取り戻すよ。

「もっと、綺麗なカッコでしげちゃんちに来ればよかったなぁ……」
「そんな事ないよ。そのままでも全然イイよ。それに、これから、その、脱いじゃうん
だし……」
「……そっか、やっぱりしげちゃんは頭いいね」

数歩離れたリズに歩み寄った僕は、リズのシャツのボタンに震えながらも手を掛けた。
同じクラスの、勉強は最低だけどエロ知識だけはあるクニ(本名は国見義邦と言う)が、
『セックスの時はさァ、男がオンナの服を脱がすのがマナーなんだよナっ!』と威張り
ながら大声で言ってたのを聞いて、僕は『アイツ本当に馬鹿だな』と思っていたが、今
の僕にとってエッチのマニュアルは一部男子から尊敬の眼差しで見られているクニのス
ケベトークしかなかった。
アイツも本当はいい奴だったんだな。とりあえず心で感謝しておく。

上から順番にボタンを外してくと、リズの白い胸元がちょっとづつ見えてくる。日本人
の僕からしたら、すごく真っ白な感じ……。
水泳の時、水着のリズの真っ白な手足を見たことがあったけど、当然、こんな間近で、
こんなシチュエーションで見るのは初めてだったから、僕の心はまた、これでもかとざ
わついたりした。

「じゃ、脱がす、から」
「……うん」

リズの首のあたりに手のひらを置いて、それから、肩へと流してシャツを逃がす。

「っあれ?」

いきなり驚かされる。リズに。

「リズ、ブラジャーとか、しないのっ?」
「家じゃしないの。苦しいから嫌い」

苦しい、うん、そうだろうね……。

「幼稚園の頃、一緒にお風呂に入ったときとは、やっぱり、大違いだ……」

はだけたリズの胸をまじまじと見つめる。発育がいいリズの胸は僕の握りこぶしより、
一回りは大きかった。でも、乳首はたぶん、僕のよりも小さいかも……。
綺麗な桜の花びら色で、たわわな胸とはアンバランスなそれに僕の目は釘付けになる。

「そんなに見つめられると、しげちゃんでも恥ずかしぃよ……」
「ゴメン。でも、もう、もっと見たくなってきた」

さっとリズが胸を自分の手のひらで覆ったので、僕は思わずシャツを脱がした要領で優
しくどけてみた。その時、リズの柔らかい素肌に触れたから、僕はずうずうしくリズの
胸に手を当てた。


「しげちゃん……」
「……スゴ……。結構、重量があるんだなぁ……」

リズの胸を下から、重さを確かめるように手のひらに乗せてみる。左右交互に上下させ
てみながら、左右の重さに違いがあるのかどうか何故か確かめてみた。
たぶんじいちゃんに父さんが学者である血が影響してるのかも知れない。
知的好奇心が興奮に背中を押されてなんかいろいろ確かめてみたくなるんだ。
ある意味、僕らしさ、なのかも。
リズの胸は左右同じくらいの重さだけど、とても柔らかくて、もっと触りたくなること
だけ判った。

「……リズおもちゃじゃないよぅ」
「あああ、ゴメン……。えっと……」

何をやってるんだ僕。困った顔のリズに見つめられて、僕は意識のチャンネルを変える。
えーと、どうする。そうだ、こんな時はアイツだ、クニ──っ。

『オンナの乳首はさぁ、チョー性感帯なワケ!』

僕はうなずいた。リズの可愛らしい両乳首に両人差し指を乗せる。ほとんど、隠れてし
まう。ちょっとづつ左右に揺さぶったり、押してみる。
「ぇぅ……」とリズが小さくうめいた。

「リズ、き、気持ちイイの、かな?」
「くすぐったくて、恥ずかしくて……。でも、リズも自分で触った事があるから、しげ
ちゃんにならもっとされても良い感じ……」

ここだけの話僕もクニの話を聞いた晩、自分の乳首を触ってみたけどくすぐったいだけ
で気持ちよくなかったから半信半疑だった。でも、本当だったんだな。
人間は誰しも一つくらいは取り得があるんだな。
僕は人差し指に他の指をプラスして、今度はつまんだりかすかに捻ったりする。手のひ
らをリズの胸に当てて、持ちきれないけれど揉んだりする。ふいにかかったリズの息が
湿って温かくに、変わった。

「……んん……。ん、ぅ……。しげちゃん……、だめぇ……」
「っあ、ゴ、ゴメン」
「ちがうしげちゃん。リズ、もう立ってられないんだよ……」

ぽふん、ともう上半身が裸のリズがベッドに腰掛ける。おおきい胸、いやもうおっぱい
でいいよね、が、時間差でたゆんと波打った。

「しげちゃん、触り方えっちぃよ。リズびっくりだなぁ。しげちゃん本当は、クニより
スケベさんだったのかな?」腰掛けたリズは、笑いながら上目使いで僕をからかう。リ
ズにそんな事言われるのは初めてだけど、悪い気分じゃなかった。

「う、うーん」僕は開き直るしかない。「少なくとも、スケベなのは、認める、しかな
いよね……」
「しげちゃんのスケベ♪ えへへ」
「はは……。あ、でも、リズも乳首、触ったことあるってさっき言ったじゃないか」

咄嗟に切り替えした。僕もリズの傍らに腰を下ろす。

「知ってるよ、僕。そう言うの、マスターベーションっていうんだよね。もしくは、自
慰行為」
「そんなむつかしい言葉じゃないけど……」
「その、もっとスゴい所も触ったり、する……?」
「……うん……」
「じゃぁ、リズもえっちぃんだよ。いや、人類はみんなそうなんだと、思う……。僕も
当然してるし、男子は時折その話題ではしゃいだりするしね。そもそも、交配しなけれ
ば、たいていの生き物は繁殖できないんだよ。だから……」

リズにまた奇襲なキスをされた。はっとすると、僕はリズのふとももに手のひらを乗せ
ていて、その手にリズの手のひらが被さってきた。

「むつかしい話は、今はいいよぅ。あかちゃん、つくるんだよね?」
「そうだった、よね。うん、じゃ、次、行かせていただきます……」
「ど、どうぞだよ……」

僕はリズのふとももから手を半ズボンのホックに移した。ベルト無しでもみっちりフィ
ットしてる。ちょっと手こずってホックを外すと、ファスナーは少し勝手に下がって、
白いリズのパンツが覗けた。
僕がリズの瞳を見つめて、「いいね」と呟くと、リズは言葉無くうなずいたので、リズ
の肩を掴んで、ベッドにゆっくり上体を倒してあげた。

「リズ、ちょっとお尻上げてもらって、いいかな」
「うん……」

僕がズボンを下ろすのに協力して、腰や足をくねらせるリズにドキっとする。そして真
っ白なパンツだけになったリズを、膝立ちになって改めて見つめた。
真っ白なパンツってところがリズらしいな、とちょっと思う。
僕の視線がリズの顔に行って、目と目が合ったら、リズが「いいよ……」と呟いたので、
僕はそのパンツにすら手を掛ける。
流石に緊張する。

脱がそうとした時手元が狂って、指先にかけたパンツのゴムがぱつんとなり、「っきゃ
ん!」とリズが小さく悲鳴を上げたから、僕はちょっと笑ってしまった。

「もう、しげちゃん?」
「ゴメン。今度は失敗しないから」
「今度そんな事したら帰っちゃおうかなー」
「え……。今、リズが帰ったら、僕は後ろから襲っちゃうかもしれない」
「ウソウソ。えへへ♪ しげちゃん、いつもと違うから。リズをそんな目でずっと見て
るから、リズも帰ったりしないよ」
「そんな目? ひょっとしてスケベな、目してる?」
「ちがうよ。すごいやさしい目だよ。大切なものを見るような目……」
「……だって、リズの事、好きだからさ」

そんな目、そんな顔をしてるなんて僕は全然判らなかったな。

「キスして、しげちゃん」
「うん」

僕は体をリズに倒して、口と口を重ねた。リズが僕の手を自分のパンツにリードしてく
れたから、僕はキスしながら、それをスライドさせる。リズがうねって、パンツが上手
く脱げるようにしてくれて、でも、僕らはキスを止めてなかった。
息継ぎのために一度、顔を離した。
ちらりとリズの下腹部を見る。金色が目に飛び込んだ。

「やっぱり、ここも金髪、なんだ……」
「いわなくていいようぅっ……。修学旅行の時、お風呂で皆からいわれてリズ恥ずかし
くて死ぬかと思ったんだからぁ」
「でも、綺麗だよ。よく見たい……」
「……え?」

リズの膝を折って、中途半端に掛かってたパンツを足先へと取り除くと、僕の目はどう
してもリズのアソコへと目が行ってしまう。リズの膝に手を当てて、足をゆっくり開い
てみると、リズが今日一番、慌てて上体を起こした

「っあぅ しげちゃん、さすがにそんなに見るのはアウトだよ〜っ。だだだ、ダメっぽ
いよっ、あぅっ!」
「湿ってる。クニが言ってたとおりなんだ……」
「指ぃ……」

許可を取るより早く、僕は思わず手を伸ばしていた。リズのアソコ(クニが小学生の
頃からその場所の名前を連呼していたが、僕はどうしてもその言葉を口に出すことが出
来ないし心の中でも言えないからアソコというしかない)

「痛いの?」
「いたくないけど、恥ずかしぃ……。ひゃぅっ! う、動かしたぁ!」
「その、感じる、の?」
「感じるに、きまってるよ〜っ。だって……」
「リズも触った事、あるから、でしょ?」
「……しげちゃんのイジワル。スケベ」

ぽかっ、と頭を一発やられたけど、僕は体をリズの下半身の方にずらして、顔を近づけ
てみる。

「リズ、ホント綺麗だよ。金色の産毛だ。それに……」

リズのアソコは、肌の色とほとんど変わらない金色のヘアに包まれた縦のラインだった。
そのラインに、僕の指先がちょっとだけ埋まっていて。なぞるように動かしたら、リズ
が息を漏らした。目はぎゅっとつむっている。
目撃されてないのを確認して、僕は人差し指を追加して、そっと、割ってみた。

「中も、乳首と同じ色だね。濡れてきらきらしてる。初めて見るけど、こんな風になっ
てたんだな……」
「そんなに観察しないでぇ……」

クニにエロ本を見せてもらった事があるけどアソコは塗りつぶてあったから、見るのは
本当に初めてだった。でも、僕は、人類がなぜ、今日まで子孫を残してこれたのかを理
解した。
だって、大きさ最大だと思ってた僕のは、さらに大きくなろうとしてるんだもの。見た
ことの無いものに反応しているんだもの。学術的にはそれを本能と呼ぶんだと思う。
ソコに、いや、リズとしたくてたまらないって、態度で主張していたんだから。
僕は喉がカラカラの旅人がオアシスの泉を発見したときのように、手早くTシャツとG
パンとトランクスを脱ぎ捨てた。

「リっリっリっ、リズっ」
「しげちゃん痩せてるのに……」僕の言葉で目を開けたリズが、驚いた顔をして続けた
「そんなに大きくなっちゃうのっ?!」
「……リズと、したいから……」
「そういってもらえるとうれしいケド、ちょっと、ちょっと予想よりおっきいよぅ…
…」
「そう言われても……」
「……あ……」

僕は極力あせったそぶりを見せないように、リズに覆い被さった。僕のペニスが、リズ
のアソコに触れると、『くちゅ』という水音がした。
いきなり、気持ちいい。でも、まだ、その、『セックス』という行為じゃない。
お互いの体で、その部分は見えないけど、リズが視線を向けて呟いた。

「こんなに、かたいんだ……」
「クニが言ってた。女の子の初めては凄い痛いらしいって。リズのために、もうチョッ
ト小さくできたらよかったんだけど……。実はいつもよりスゴイ事になってる」
「……それだけしげちゃんが本気って事なんだねっ。そう考えれば、リズうれしい」


リズは、不安そうな顔を笑顔でリセットした。かすかに聞えたのは、リズが自ら足を広
げる、シーツの擦れる音。

「またキスして欲しいの。痛いがね、マヒしちゃうように」
「うん」

リズの腕が僕の背中に回ってきた。僕は腕立て伏せの要領で、体を沈めていく。
リズが目を閉じて、お互いの唇同士がぶつかり、舌と舌を交錯させたとき、僕は膝に力
を込めて体全体をリズにぶつけた。
僕のが、リズのラインを円にする。それまで、手でしてきた自慰なんてもう過去のもの
にしてしまうような気持ちよさが頭を貫く。でも、リズが。

「いぅっ!」
「痛いのっ、リズ?」
「うん……。リズ、バスケ部でしょ? だから、先輩に教わって、あの日はタンポンな
のね。それは痛くないけど、しげちゃんのは、もっと大きくてかたいんだもん……」
「それはたぶんあたりまえだと思う。用途が違うからね……。リズが痛いなら、やめた
ほうがいいかな……」

僕の本能はそんな事を許しはしないだろうけど、僕は本能よりリズを想う気持ちを優先
すべきだと思った。でも、リズは、痛いのにも関わらず、笑顔を作ってまでして、僕に
こう言ったんだ。

「やめたら、子供できないよ? しげちゃん、そんなことも知らないの? えへへ」
「リズ……」

無理して、わざと冗談言って。笑いながらうっすら涙ぐむリズを見て、僕も涙を落とし
そうになった。なんかリズって、強いんだな……。

「えぅぅ……」
「ちょっとだけ、我慢して、欲しい……」
「……うん、んぅぅ……」

僕はリズに痛い思いをさせないようにゆっくり、動いた。もし、自制しなかったら、壊
れた洗濯機のようにメチャクチャに動いて、勝手に射精してたと思う。
でも、ゆっくりでも、リズの中は驚くくらい気持ちイイ。もう、こみ上げてくる。

「リズ、ねぇリズ。まだ痛い?」
「痛いけど、痛いのより苦しいほうがおおきいよ。リズ、だんだんしげちゃんに合って
きたのかも」
「……じゃぁリズ、僕、もうちょっとだけ早く動くよ」
「うん……」

僕の吐息は、犬の喘ぎみたいな音になった。慣れないせいか、思ったよりセックスって
疲れるものだと気づかされた。でも、体の動きとシンクロして快感が背筋を上ってくる
ので、ピッチを早めた事により、僕の限界はあっけなく来た。

「リズっ」と、うめいた瞬間だった。
「ふぁっ?!」


どん、と腰をリズの下腹部に打ち付けると、僕は人生で初の膣内への射精を、していた。
気持ちよさが苦しみのレベルにまで行ってしまうような、味わった事のない、射精。

「……しげちゃん……?」
「終わった……。リズに、出したよ」
「……お、おつかれさまって、いうべきかな?」
「ははは……。痛かったよね、ありがとうリ……」

っ! 僕は驚愕する。リズを苛んでた僕のを抜こうと腰を引いた瞬間だったんだ。

「っく、ああ……っ」

二度目っ?! 感覚から明らかだ。驚いたことに、抜こうとして、こう、ぬるってなっ
たら、さらにびゅくって、僕は射精していたんだ。
今度は、気持ちいいが明らかに苦しいのレベルに達した。快感で一瞬、息が出来なくな
ったくらいだから。感電したらこんな感じか? 僕は、逃げるように、リズから体を起
した。

「ど、どうしたの?」
「うん、抜こうとしたら、また、射精したんだ……」
「え……」

リズも上体を起こして、驚いた顔でアソコに目をやる。それから、僕に視線を戻して、
にっこりしてから僕に言った。

「リズ、今日はしげちゃんを喜ばせてばかりだね♪」

まだ痛いだろうに。リズはホント、強いんだ。嬉しくなって、四つんばいのままリズに
近づいて。

「しげちゃ……ん、んん……」
僕はまたリズにキスをした。



僕らは、まだ裸のままだった。
くの字を重ねるように、横に寝たリズを後ろから抱きしめながら、色々と話をした。

「ねぇリズ、ちょっといいかな」
「なぁに? しげちゃん」
「リズ、僕が『子供作ろう』って言ったときに、あっさりOKしたよね。どうして?」
「だって、しげちゃんが結婚しようっていうんだもん。そんなこといわれたら、リズも
うれしくなっちゃうでしょ? それにね、リズ、一人っ子だから、自分に子供できたら、
兄弟たくさん居たほうがいいかなぁ、って思って。将来結婚するなら、今のうちからね、
子供作ってもいいや、って」
「子供できたらリズが学校にいけなくなるかも。あっ。もちろん、僕は嬉しいよ。リズ
との子供が出来たらさ」
「しげちゃんありがと♪ リズも、そんな気持ちだったから。それに勉強なら、しげち
ゃんに教わればいいもん。しげちゃんが唯一苦手な英語は、リズが逆にできるから、問
題ないもんねー……。子供ができたら、男の子かな、女の子かな? しげちゃんなら今
わかったりする?」
「判る訳ないよ……」
「しげちゃんはなんでも知ってるかと思ったよ。そういう方法とかあるのかもって思っ
てた」
「まだ、今の段階で性別がわかるほど、科学は進歩してないよ。それに、僕にはまだ、
全然知らない事が一杯あるよ。でも、リズがすごく可愛くて柔らかいって事は今日、よ
くわかった」
「リズのおケツに当たってるしげちゃんの、また堅くなってきたよ……? しげちゃん
のスケベ」
「しょうがないよ。男だもん」
「そっか。ふふふ♪」

それから、僕とリズは、将来のことを話し合った。僕たちに未来は無いことは明確だっ
たけれど、それはリズと僕のための童話だった。夢に溢れた、想像するだけで嬉しくな
る希望を言い合った。
さっき廊下の方から聞えた柱時計の音は、もう六時を告げていたけれど、僕はもう、ま
ったく怖くなくなっていたんだ。
だってリズがいるもの。
じいちゃんに言われたとおり、リズに昨日のことを謝ってよかったな。
じいちゃんありがとう。もちろん、痛いのに我慢して僕を受け止めてくれたリズにも。
あとついでにクニにもだ。


このまま寝てしまってもよかったんだけれど、じいちゃんが帰ってくるのが七時半くら
いだよ、ってリズが聞いていたらしく、僕らは二人して台所で晩御飯を作ることにした。
クニが言ってた、『裸エプロン』ってのをダメ元で提案したら、リズが本当にやってく
れたので、さらに思い出が出来ちゃったな。クニ大活躍。

僕はことあるごとに、リズのお尻にタッチしたり、おっぱいをつついたりしたら、『ス
ケベ』とか、『しげちゃんのエロ』とか言われたんだけど、リズも笑いながらだったし、
お互いに目が合って、そのまま2秒静止したら、キスをしていたりして。
晩御飯が出来たのはじいちゃんが帰ってくるちょっと前。そりゃ時間も掛かるよね。

二人の合作は、肉じゃがと豆腐とわかめの味噌汁と、豚肉入り大根サラダ。僕はリズに
言われたとおりに動いただけだったけどね。
晩御飯を作ってる時、リズがこんな事を言ってた。

「給食で肉じゃがが出たとき、おいしくてリズ感動しちゃったんだよ。でも、ママは和
食ぜんぜん作れないから、リズがね、自分で覚えるしかなかったんだなぁ」

そうだったのかと、僕は感心した。きっと、リズの事ですら、僕の知らない事がたくさ
んあるだろう。
それを把握できないのはちょっと残念。
でも、今でも心一杯、リズなんだから、これくらいでも全然問題ないんだ。


晩御飯の湯気ごしにリズと話し合ってたら、七時半ジャストにじいちゃんが帰ってきた。
この辺は流石、理系の人だなぁ。

「お〜! 玄関からも良い香りがワシの鼻に届くっ!! 焦がし醤油で香りの隠し味を
料理に込められるのは、ワシゃ一人しか知らぬぞっ?!」
「お帰りなさ〜い、おじいちゃんっ」
「じいちゃんおかえり」
「遅くなって悪かったの。ちょっと、つくばのKEKに寄って、小山君を叱責してたも
のじゃからの!」

じいちゃんは、やたらとテンションが高かった。やはり、じいちゃん位になると、達見
してるんだろうな。迫り来るタイムリミットに、慄く様子は微塵もない。僕は地球滅亡
の恐怖心を、リズのおかげで何とか乗り越えることができたのに。

「聞いておじいちゃん! 今日はね、しげちゃんもお料理手伝ってくれたんだよ♪」
「なんとなっ?」

僕を見つめるじいちゃんがゆっくり笑顔になった。そんな表情は、僕がテストで全校一
をとった時も見せなかったのに。

「仲直りしたんじゃな。流石ワシの孫だの。そうそう、ちょっとしたニュースがあるん
じゃが、まぁそれは」

じいちゃんは視線を食卓に移した。

「腹ごしらえの後じゃの!!」
「はーい♪ いただきまーす」
「いただきます。あ、じいちゃんその大根僕が切ったんだよ? よく味わってよね」

ダヴィンチの『最後の晩餐』にあるのは悲壮感だけど、ぼくらのそれにあるのは楽しい
笑顔だけだ。
昨日は、僕一人浮いた食卓だったけど、今日は、今日くらいはそんなもったいない真似
はできないよ。
リズと二人で作った料理は、今まで食べたどんなものよりもおいしい気がした。

そして、ついに運命の時間がやってきたんだ。
柱時計が八時の鐘を鳴らす。でも、大丈夫。
僕はリズをちょっとだけ見やった。今日の出来事を思い出した。
悔いは、ないや。うん。リズ可愛かったしなぁ……。

いきなり、電話の音がなって僕はビックリする。タイミング、悪いよ。ちょっと、リズ
に笑われた。リアクション大きかったらしい。
じいちゃんが出る。僕はひょっとして、カナダの父さんからの電話かと思ったけど、違
ったみたいだった。小山君とかいうおっさんらしかった。

「肉じゃが、おいしいね」
「リズの切り札だもん。当然かな? ふふふ♪」

「じゃからして、そこのな、その視野の狭さがお主を大成させね一番の要因であるんわ
けなんじゃと何度も……」

「リズ。キスしよっか」
「え? おじいちゃん居
るよう……」
「大丈夫。背中向けてる。だから、ほら……」

僕とリズは食卓越しに半立ちになる。時間は、八時二分を回ったばかり。


「リズ……」
「しげちゃん、大胆になっちゃ、んむ……」

怖くなんかない。
リズと僕のラストシーンは、これでいいよね?

リズ。


ん?


あれ?

「しげちゃんごめん、リズおトイレ」

さっと、僕から逃げるように、リズが離れた。

「まったく、小山君と来たらのう……」
「じいちゃん。ねぇ、時間、なんだけど……」
「は?」

時計はもう、八時二分三十秒を突破している。

「だから、超新星爆発がさ、こう、ドバー、って」
「ああ、ありゃ嘘じゃ。お前を懲らしめようと思って、ちょっと脅かしてみたんじゃ。
ダイナミックな嘘は、頭のいい奴ほど引っかかるというがの、重雄、本気で信じてたの
か?」
「……え? だ、だって、ニュートリノとかさ、あのメールとか、今話してたおっさん
だって!」
「小山君か。彼はちゃんとニュートリノ観測をしてたの。じゃがそれはな」

食事の時はTVをつけないのが家のルールなんだけれども、じいちゃんがTVのリモコ
ンを操作して、画面をつけると、トイレから帰ってきたリズが驚いて声をあげた。

「パパだ〜!!」
「ほほ。時雄もちっちゃく映っとるの。なんじゃ、お前たち、ニュース見とらんかった
のか」

『カナダの世界最大の粒子加速器実働実験が成功しました。現在、日本が主体になり進
められている量子マップ制作に今後いっそうの……』

TVの中では、小さく父さんも笑顔で手を叩いていた。
でもさ、ニュースなんて見てるわけないじゃん。だってリズと……、その……。

「小山君が観測してたのは、お前たちの両親が視察に行った、カナダのPLHC、すな
わち粒子加速器からのニュートリノじゃよ。カナダから飛ばして、岐阜のスーパーカミ
オカンデで観測してたんじゃ。あそこの規模は今だ世界一じゃから。にしても、起動実
験はパーフェクトだったようじゃの。にしても重雄、信じてたわりには、怯えたそぶりも見せんで、泰然としたもんじゃないか」
「リズ、なんかよくわからないけどすごいな〜。だってパパがテレビに出てるもん♪」
「……ちょっと、ちょっとまってじいちゃん。ってことは」
「ちなみに、あのメールは、以前大学で人類が滅亡する事象をシミュレートをレポート
提出させた時に提出されたものだ。やれ核戦争だの、自然破壊だのが多かったんだがの、
科学的ロマンに溢れた推論にじいちゃん、ちょっと膝を叩いたわ」
「なんのお話?」
「リズ、ゴメン、ちょっと難しい話」
「そうなんだ〜。あ、今度はママが映ったよ〜!」


TVを見て歓声を上げるリズを尻目に、僕は震えながらじいちゃんに言った。

「じゃ、じゃあ人類滅亡なんて」
「人類がそう簡単に滅亡するか。それにベガが超新星爆発を起こすかどうかなぞ、じい
ちゃん専門外だから判らんて」

ねー。で・す・よ・ねー。ってふざけんな!!

「じいちゃんっ!!」
「お、また電話だの。ウワサをすればなんとやらかの」
「どうしたの?」
「う、うん、なんでもないよ、リズっ」
「お〜。お疲れ様だったの。どうじゃ。安定してるか?」

今度こそ父さんみたい。僕は、再び椅子に腰をおろして、ふう、とため息をついた。
あああ。じいちゃんめっ。まんまと騙された。父さんが帰ってきたら、言いつけてやる
からな! でもまぁ嘘で良かった。僕の人生、人類の未来は終わりじゃなかったんだぁ
……。ははは。シャクだけど、良かったぁ……。と思った時だった。

「ねぇしげちゃん」
「ん?」
「さっき、リズおトイレいったでしょ? リズのアソコ変な感じしたから見に行ったん
だ。したら、しげちゃんのが、出てきてた」
「は?」
「どうしよう、きっと、妊娠できるね♪」

え、あの、リズ。『どうしよう』のイントネーションが違くない? 『どうしよう、宝
くじが当たっちゃった!』みたいな、弾んだ、嬉しい気持ちのどうしようじゃない?

「ふふ♪ しげちゃんも楽しみ?」
「う、うん……」

そうだった。そうだよ。これ、マズいじゃん……。
微笑むリズと対照的に、心臓が締め付けられるような僕。

『ウチのリズを妊娠させるなんて、たとえプロフェッサー速雄のお孫さんであっても許
しておけまセーン! ヘイ重雄、わかってますネ?!』

リズのパパって二メートル近くあってしかも何故か空手やってるんだよ……
夏休みにやったバーベキューで、あの人酔った勢いでビール瓶の首をチョップでふっ飛
ばしてるし。
首チョンパされる僕のイメージ映像が浮かんでは、消えて。


「リズ……」
「なにかな? しげちゃん……」

童話のはずだった未来が、現実となる可能性を強くしているのに、リズは全然動じてな
い。当然だよね。だって、僕はじいちゃんのホラに背中を押されてリズとしちゃったん
だから。リズは、僕の言葉でしっかりうなずいて、全部ひっくるめてしげちゃんになら
いいよって、僕としたんだ。
あのときの記憶がフラッシュバックする。僕のが思い出し変身しようとしてる。
こら、今はそんな場合じゃない。

「どうしたの?」

リズって、強いな……。無敵だな。僕には、まだパパになる覚悟なんて、ないのに……。


ど、どうしようっ。じいちゃん! マジでリズとの子供ができたら、絶対責任とって
よ?!

僕3のじいちゃん7でだからなっっっ!!



〜世界の終わりとか僕なりに考えてみる。マジで〜 おしまい
                                   20040925