脆い有機物で構成されている人間は、自身を核融合で消化していく恒星たちに比べれば、圧倒的に短い寿命しか持っていない。
だが、その泡沫のような肉体の内に宿る心は、時空も空間も越える。きっと―――
「レン、本当に言いのかい」
「うん」
学術書と数冊の文庫がその殆どを占拠している部屋。窓の外は真空の宇宙で、地球が見える。
本棚の狭間に押し込められたように置かれてベッドの上に、僕と彼女が生まれたままの姿で向かい合っていた。
部屋の照明は消している。窓から差し込む地球光だけが、彼女の白い肌を蒼く照らしていた。
妖精のようだと思った。客観的な評価からすれば、彼女は普通より少し可愛い程度の少女なのかもしれないが、少なくとも今、僕は彼女は世界一美しいと思った。
だからこそ、僕は彼女を汚してしまうのにためらいを覚えた。だが、彼女の目に迷いはない。
「抱いてよ、アイン。私はあなたの子供が欲しいの。
私が、星の海に旅立つ前に」
人類は結局、ワープなどという方法を探し出すことはできなかった。
だが、それでも宇宙への憧れは捨てきれない。だから、人類は別の方法を考えた。
コールドスリープで人類を送り出すという、泥臭く原始的な方法だった。
だが、普通の人間はいくら冬眠させたところで、数百、数千、ひょっとしたら数万すら及ぶほどの年数の冬眠に耐えることなどできない。
だから人類は、それに対応することのできる、新たな種を作り出した。
【星の子】
彼らはそう呼ばれることとなった。
やがて彼らの乗るべき箱舟も完成し、送り出されることになった。
それが、明日。
そして僕の目の前にいる少女――レンも、その船に乗ることになっていた。
僕は技術者で、箱舟の建設に携わっていた。そしてレンはその助手兼生徒として僕に付けられた。航行中に何かあったとき、あるいはたどり着いた先で状況に合わせて改造するために、箱舟の機構を覚えるためだった。
年齢的に近く、そして万事に一生懸命な彼女に僕が惹かれるのに、時間は掛からなかった。
そして、どういうわけか機械の知識くらいしか長所がない僕に、レンは好意を寄せてくれた。
だが、最後の一線だけはどうしても踏み出せなかった。
永劫の別れが、そう遠くない未来に二人を引き裂くことをわかっていたから。
だが、その別れの直前、レンが僕に言った。
「あなたの子供が欲しいの。私が、星の海に旅立つ前に」
「どうして…今日なんだい?」
「今日が、出発前の最後の危険日だったから。
ほら、コレより前だと検査でバレて中絶させられちゃうじゃない」
「当たり前だろ!だって今、子供ができたら…」
「うん、たぶんコールドスリープが終わった後に生むことになるよね」
はにかむように笑う彼女。だが僕には解らなかった。
「それがどれだけ未来のことだと思ってるんだよ!それに…」
「解ってる!けど…!」
レンは言いながら僕に抱きついてきた。
僕の胸にすがりつく彼女は、泣いていた。その涙に僕が言葉を失っている僕に、彼女は言った。
「けど…私…あなたの子供が欲しいの。あなたがいた証を、あなたと愛し合っていたって証を…残したいの」
それが、殺し文句だった。
情けないことに童貞である僕は、その実践の伴わない知識を総動員して、彼女の胸に愛撫を加えていた。
「あぅ…あ、ああ…」
感じてくれている様子のレンに、僕はほっとした。
「ア、アイン…アイン!」
僕の名前を呼ぶレンの声には、蕩けるような艶が混じっている。
もう大丈夫だろうかと思い僕は彼女が身に着けている最後の着衣――ショーツをに手をかけた。
「だ、駄目ぇ」
レンはあわてて股を閉じ、僕の手の進入を防ごうとする。だが興奮していた僕は、少し無理やりにショーツの中に手を入れた。
その指先に、くちゃりという粘液質な感触を得た。
「濡れてる」
「ば、バカァ…そんなこと言っちゃいやだぁ…」
レンの喘ぎが気遣いの演技でないことに安堵した僕に対して、レンは真っ赤な顔のまま、この世の終わりでも迎えたかのような表情をする。
感じているのが、恥ずかしいのかもしれない。
「うれしいよ…こんなに感じてくれて」
「ううう…。ホント?軽蔑…しない?」
「しないよ」
その言葉に安堵したのか、レンの体にこめられていた力が、少しだけ緩んだ。
だがその弛緩も、
「ひゃあん!」
彼女の秘所に添えられた僕の指の愛撫のせいで、再び緊張に変わってしまったようだった。
ショーツを脱がすと、彼女の股間と布地の間に、銀色のアーチが掛かって、すぐに切れた。
「いや…見ないで…」
「ごめんね。けど、こんなに綺麗なのを、見ないなんてできないよ」
「ううっ…変態…」
彼女の言葉を無視して、僕は彼女の秘所を舌で愛撫するために彼女の股座に顔を近づける。彼女は股を閉じようとしたが、その抵抗の弱々しさから察するに、本当は期待しているのだろう。
「はぅ!」
僕の舌が彼女のクリトリスに触れると、彼女の体がピクリと動いた。
内腿をさするたびに、鮮やかな色の花弁をなめ上げるたびに、彼女の体は過敏な反応を返してくれる。
僕はそれに気分を良くして、その攻めをより激しくしていく。
「や、やめっ…!」
やがてレンが、追い詰められたような声を上げた。だが僕はその攻め手をとめない。
むしろいっそう激しくなった口撃に、彼女はあわてて、僕の頭に手をやって逃げようとする。
「だ、だめ!や、だめ!とんじゃう、わた、わた、しぃっ!ああああああっ!」
ひときわ大きく、彼女は体を痙攣させて硬直する。
それと同時に、膣から僕の顔に向けて、愛液が噴出された。
潮、というものかもしれない。
彼女が僕を引き剥がすより早く、彼女は達してしまったのだ。
「酷い…止めて、言ったのに…」
「ごめんよ。けど…気持ちよかったんだろ?」
「変態…」
言いながら、レンは僕に抱きついてきた。
そして目が合い、僕達はなんとなく悟った。その時だと。
「そろそろ…」
「うん」
レンはそういうと、シーツの上に横になった。
窓から差し込む地球光。それに照らされた彼女は、本当に綺麗だった。それこそ、恐怖や畏怖すら覚えそうなほどに。
「来て」
そんな彼女が、僕を欲している。
そのことにたまらないほどの歓喜と劣情と、その他名状しがたい感情に溢れながら…
「入れるよ」
僕は彼女と繋がった。
「くっ…ふぅ…っ」
レンは、シーツを加えながら破瓜の痛みをこらえていた。十分にほぐしたつもりだったが、不十分だったのかもしれない。
「一度抜こうか?」
辛そうな彼女の様子を慮って言ったが、彼女は無言で首を振った。
一瞬、彼女の意思を無視して引き抜こうかとも思ったが、それは彼女の決意を汚すことになると思って踏みとどまり、抱きしめたまま、彼女の体を撫でた。
「んっ…あ、りがとう」
ようやく落ち着いたのか、レンが囁く。
「動いて、いいよ。男の人って、入れたままだと辛いんだよね」
「辛くはないけど……正直、助かるよ。このままじゃ一回も動かないまま出しちゃいそうだ」
「…早漏」
「……いまので大分、残り時間が増えたよ」
軽口をたたいてから、僕は腰を動かし始めた。
「きふっ…きゅふぅ…!」
痛みと快感、半々といった風なあえぎ声。だが確実に、快感の割合が増えているようだった。
その一方、僕はもう絶頂の寸前まで追い詰められていた。
彼女の中は、それだけ気持ちよかった。暖かく、ぬるぬるして、きつくて、けれども柔らかい。
よく猥談で交わされるような「三コスリ半」で射精してしまわなかったのが奇跡だ。
だがその奇跡もここまでだった。
こみ上げる衝動にこらえきれず、僕はレンへの気遣いも忘れ、遮二無二ピストン運動を早め始めた。
「ああん!あああん!ひゃん!ひうっ!」
僕の劣情を受け止めて、僕の下で喘ぐレンを見ながら
「で、出るっ!」
僕は達した。僕の先端から、今までの人生でもっとも激しい勢いで、精液がほとばしった。その流れは、どうやらレンも感じたらしい。
「…っ!な、何!?これ…射、精なの…?」
「そうだよ…今、出てる…」
戸惑ったように言うレンに、僕は言った。言った後で、無粋なことを言ったなとも思ったが、レンにとっては違ったらしい。レンは表情を戸惑いから、喜びへと変えた。
「そう…なんだ。私、今、孕ませられてるんだ…」
本当に、幸せそうに笑うレン。
セックスという淫らなことをしているはずなのにその笑顔は、僕にはまるで聖母の微笑みのように見えた。僕はレンを抱きしめた。
「スキだよ、レン」
「ウン、アイン…私も、アナタを愛してます」
互いの体温と鼓動を、僕達は感じあい求め合い、
この広い無限に広い宇宙の中で、この無限に続く時間の中で、こうして出会えたことを感謝した。
だが、そんな感動とは無関係に、僕の慎みない下半身は、僕が感じた彼女の肌の感触で、その硬度を取り戻していた。
自分の中に進入したままである僕の息子の復活を悟ったレンは、困ったような、けれどうれしそうな顔でこういった。
「変態」
「ごめん」
微笑を交わして、そして僕達はまた、お互いをむさぼりあい始めた。
すでに三回、僕は彼女の中に精を吐き出していた。
そして四回目、おそらく最後の射精も、そのときが迫っていた。
「はぁ!はうんっ!はふぅっ!ひゃい!ひゃん!」
騎上位となったレンは、僕の上で腰を振っている。
絶頂を何度か経て破瓜の痛みはなくなったのか、ただ快楽のみを感じているようだった。
動くたびにゆれる髪と、彼女の形の良い乳房。その痴態に視覚的にも絶頂に近づけられながら、僕は最後のスパートを書けるために上半身を起こした。
「んふっ!はうっ、きゅふぅ…!」
背後に倒れそうになったレンは僕の首の後ろに手を回してぶら下がった。胡坐をかいて座る僕の上にレンが向かい合って座るという体勢になった。
対面座位、というやつだ。
至近距離に互いの顔を見つめながら、互いが互いの絶頂の近いことを悟る。
「一緒…一緒にぃぃぃっ!」
「うん…!」
僕達は互いの存在と快楽を求め、貪欲に腰を降り始める。
部屋が、息遣いと、ベッドのきしむ音と、愛液と精液の混合物がかき混ぜられる音で満たされる。
「レ、レン…!レン、レン!」
「アイン…アインアインアインッッ!」
互いの名前を呼び合い、僕達は絶頂にいたった。
『……っ!』
無言のまま、互いを抱きしめる腕に力をこめる。
どくどくと、女性が持つもっとも神聖な小部屋に、生命の元が流し込まれる。
僕の、遺伝子。
「あ、アイン…」
「レン…んっ」
レンがキスを求め、そして僕はそれに答えた。
そのまま、僕達はシーツの上に崩れ落ちた。
――僕は、君と同じ時間を生きていくことはできない
――同じ空間で生きていくことはできない
――だけど、それでも心は一緒にいたい
――だからせめて、僕の証明を共に連れて行ってくれ
――君を愛した僕の証明として、永遠悠久の時の果てに、無限無辺の星空の果てに
――僕の遺伝子を連れて行って
「変態」
言いながら、レンは僕にキスをした。
完