「――あんれ、坊ちゃま」
ふらふらと畦(あぜ)を散歩しているうちに、いつの間にかここに来てしまったらしい。
下からあがった大声を聞き、舌打ちをして逃げようとしたが、
それより先にロベリアは畑から駆け上がってきた。
僕と同じくらい背が高く、僕よりも厚みのある身体──つまり女としては相当大柄なくせに、身のこなしは軽い。
野良着の胸元などはきっちり止められているのにはち切れんばかりで、走るとそれがぶるんぶるんと揺れる。
(まるで牝牛みたいな女だ)
最初にロベリアと会った時にもそう思った。
そして会うたび、見かけるたびに、やっぱりそう思う。
野良着を着た牝牛は、あっと言う間に僕のいる畦まで登りきって、にっこりと微笑んだ。
「また、するだか? ──ちょっと待っててけれ」
僕が何も答えないうちに、ロベリアはまた下まで駆け下った。
畑を突っ切り、用水路代わりになっている小川まで降りて行く。
首に巻いていた手ぬぐいを水に浸して、ジャブジャブと洗って、絞る。
手早く顔や首筋を拭いて──野良着の胸元を緩めて、中身を拭く。
おい。
そんなに緩めたら、牝牛のようなあれが飛び出てしまうじゃないのか?
いや、確かに畑のまわりには今誰もいないけれど。
僕がハラハラしながら見ていても、ロベリアは一向に気にしている様子もなく
服の中――おっぱいを拭き終えた。
手ぬぐいを小川ですすいで、また絞る。スカートをたくし上げた。
おい、まさか、そこも……。
僕が畦の上で慌てるのを尻目に(ロベリアは向こうを向いているから、文字通り尻目だ!)、
野良着の牝牛は、スカートの中をもぞもぞさせて下着を引き下ろした。
スカートをたくし上げ、手ぬぐいを股間にあてがう。
あそこを拭い始めた。
ちょっと前かがみになって自分で覗き込むようにして熱心にそれをする姿は、
見ているこちらのほうが、顔が赤くなるくらいに無防備だ。

僕は、思わずそっぽを向いた。
目をそらしたのは、ほんのわずかな間だったはずなのに、
気がつくと、ロベリアはもうすぐ近くまで駆け戻ってきていた。
太っているくせに身が軽い。
──もっとも、ロベリアが「太っている」のは、胸とお尻の辺りだけで、
お腹の辺りはむしろきゅっとくびれているから、
世間一般ではスタイルがよい、と言われる女なのだろう。
いや、農婦の例に漏れず、太ももの辺りはがっしりと太いし、
二十歳にしては幼さが残るちょっと赤ら顔なほっぺたもふっくらしているから、
僕にとって、こいつはやっぱり「太った牝牛」だ。
もう一人のロベリアの、全てがほっそりと華奢なドレス姿を思い出して、
僕は苦いものが口の中に湧き上がるのを感じた。
「待たせただ。――向こうさ、行くべ」
そんな僕の心中など、察する能力があるはずもなく、
野良着の牝牛は僕の手を取ると、畦を反対側のほうに向かった。

木陰に入ると、ロベリアはすぐに僕の前にひざまずいた。
なれた手つきでズボンを探って、僕の性器を取り出す。
ためらいもせずに口に含んだ破廉恥ぶりに僕は眉をしかめた。
出戻りの農婦は下品だ。
下手をすると、王都の娼婦よりも慎みと言うものがない。
勃起した男性器をなめ上げられて、僕はちょっと声を出した。
──ロベリアに、はじめてこれをされた時は、
あっと言う間に、彼女の口の中に精を放ってしまった。
ロベリアは、別段嫌がる素振りも見せずに、
口の中のものを飲み込んでしまったけど、それは普通、娼婦でもやらない。
ものすごく馴染みの上客にせがまれた時だけにするものだ、と、
いつか僕に教えてくれたのは、たぶん誰か遊び好きの同郷の先輩だ。
王都に登る貴族の師弟たちは、大抵同郷の人間同士で固まる。
僕は、そんな集まりが苦手だったけれど。

僕の男根に唾液を満遍なく塗りつけ、ロベリアは口を離した。
「さあ、坊ちゃま……」
ロベリアは立ち上がり、僕らに木陰を提供している楡(にれ)の木に手を着いた。
スカートをめくり上げてお尻を突き出す。
白くて大きなそれは、柔らかそうな肉が一杯詰まっていかにも重たげだ。
世の中でこれに匹敵するものは、……この女の胸乳くらいしかあるまい。
なんとなくいらいらした僕は、無言のまま、
自分の固くなった性器をロベリアのあそこに押し付けた。
あてがって、狙いを定めて、勢い良く、容赦なく突き入れる。
「ひあっ……!」
牝牛は一瞬小さく声を上げたが、すぐにかみ殺した。
こういうことには慣れた女だ。
ロベリアの「そこ」は、肉がぴっちりと詰まって驚くほどに狭い。
湿った、柔らかい粘膜の中に、僕は自分の性器をぎゅうぎゅうと押し込んだ。
「んあっ、坊ちゃま。……とっても堅いだよ……」
出戻り農婦は、もうその気になっているらしい。
熱い吐息をつきながら豊満な体をくねらせる。
そのうねりを利用して僕は、ロベリアのもっと奥深くにすべり込んだ。
「んんっ!」
ロベリアは楡の幹に強くしがみついた。
僕は後ろから手を伸ばして、ロベリアの大きなおっぱいを服の上から掴む。
柔らかな肉塊は、それを包む粗末な胴着ごと僕の指をめり込ませた。
僕は、まるでそれが女体を引き寄せるときのために準備された突起であるかのように、
ロベリアのおっぱいを強く掴んで揉みしだいた。
「ああっ、坊ちゃま……」
乱暴にされても、ロベリアは逆らわない。
どころか、前よりも官能的な声を上げてのけぞる。
「くそっ!」
なぜか僕は荒々しい衝動に駆られた。
僕をくわえ込む女体を壊してしまいたいくらいの強い衝動。

「くそっ、くそっ!!」
僕は夢中で腰を振った。
白くて柔らかいロベリアのお尻に勢いよくたたきつける。
みっちりと粘膜が詰まったロベリアのあそこに突き入れているのに
そんな激しい動きができるのは、いつのまにかこの若い農婦のその部分が蜜にまみれているからだ。
ロベリアは、ほどく濡れやすい体質らしい。
キスをしておっぱいを揉むだけですぐにそこは湿ってくるし、
娼婦のように口で奉仕させていただけでも下着がびしょびしょになっていることもある。
下等な生物になるほど生殖力が旺盛だ、と医学の授業で習ったことがある。
きっと、この阿呆な牝牛もそうなのだろう。
ロベリアのあふれた愛液は僕の男根をつたい、ぽたぽたと土の上にこぼれた。
一瞬、僕は教会の使徒らしくもなく、豊穣を司どるという異国の女神のことを思い出した。
蛮人どもが崇めるそうした女神は、例外なく下品で、豊満で、淫らだ。
このロベリアのように。
「!!」
司祭に──できれば司教になるべく修道士への道を選んだ自分が、
そんな罪深い女体と交わっていることに、怒りと罪悪感と欲情を高ぶらせ、
僕はロベリアの中に再度自分を突き入れた。
「ああっ、坊ちゃまっ……!」
ロベリアが甘い悲鳴をあげる。
「くっ!」
僕は、ひときわ強く農婦の胸乳を掴んで固定すると、彼女の奥深くへ射精した。
びゅくっ、びゅくんっ。
爆ぜるような猛烈な開放感。
清らかな童貞を保たなければならない修道士見習いが、
異教の女神のような下品な女体に生命の雫をまきちらす罪は、
天の父が禁止した自慰行為にすら勝る悪行だろう。
僕は、ほとんど痛みに耐えるようなしかめっ面で射精を続けた。
罪が増せば増すほど、心地よいような気がする。
──僕というろくでなしにふさわしい、下劣な快楽。

三度も交わった後、荒い息をついてロベリアから離れる。
ロベリアは手ぬぐいであそこを拭った。
性器と子宮に収まりきれなかった僕の子種がべっとりと湿った布きれを汚す。
それをくるむようにして手ぬぐいを丁寧に折りたたんで左手に持つと、
農婦は残った右手だけで器用に下着を履きなおした。
スカートをふわりとさせて元の位置に戻すと、ロベリアは上気した顔をこちらに向けた。
「──いっぱい出しただね。すっきりしただか?」
まるでやましいことなど何もないような屈託のない笑顔。
僕は呆然とした。
……こいつは、夫でもない男、しかも聖職者(の見習い)と野外で交わったのに、何の罪悪感もないのだ。
「――」
僕は何か言いかけ、そのことばを飲み込んだ。
ロベリアは出戻り女だから今は亭主がいない。
さりとて生娘でもないから、別段、純潔の誓いに縛られる身でもない。
後家と出戻りには厳しい性戒律を押し付けないのは、田舎の風習だ。
それに野外で働く者は、家の外で交わることが多い。
苔と落ち葉が積み重なった森は恋人たちの逢引場所だし、
柔らかな藁を蓄えた干し草小屋などは、若い小作人夫婦のベッド代わりだ。
そして、聖職者見習いと交わったことについては──全てが僕のほうの罪だ。
僕にはロベリアを責めるどんな資格もないことに今更ながら気がつく。
「くそっ!」
僕はすっかり不機嫌になってズボンを勢いよく引き上げた。
「夜、また行くだ。それまで、たくさんお勉強するだよ」
ロベリアは、まるで子供に言い聞かせるような口調でそう言った。
一瞬、目がくらむような怒りの衝動が僕を襲ったが、なんとかこらえる。
無学な農婦は、語彙が少ないのだ。
とは言っても、「お勉強」とは!
僕は、これから片付けようとしている神学論文を思い出して息を吐いた。
こいつが村の餓鬼どもの手習いと同じくらい簡単だったなら、
誰だって今すぐ王都の大司教様にだってなれるさ。

僕がそんなことを考えている間に、ロベリアは手早く身支度を整え終えた。
低いところにある沢のほうに目を向けると、
「あ、花……」
とつぶやく。
つられて目を向けると湿地に青紫の花がいくつも咲いているのが見えた。
瑠璃色の蝶のような、あの花は──。
僕は眉をしかめた。
だが、ロベリアのほうは、にっこりと笑ってその花を愛でると、
もう一度僕に笑いかけ、風のように駆け出していった。
後に残された僕は、もう一度ため息をついてから、のろのろと館のほうへ戻り始めた。

神学は全然はかどらなかった。
もともと僕は自然科学や医学の分野には自信があるけど、肝心な神学はさっぱり、という口だった。
でも、貴族として王宮で出世していくという望みが絶たれた今、僕が身を立てる場所は教会の中にしかない。
そして神学こそが、あらゆる学問の長にして教会の本流なのだ。
わきあがるあくびをかみ殺しながら、僕は難解な修辞に再挑戦した。
ガチョウの羽ペンにインクを付けようとして、
ふと机の上に置きっぱなしのブローチが目に入り、僕は思い切り眉をしかめた。
青玉(サファイア)が輝くそれは、僕の父の形見だ。
もう一つ、これと対になる母の形見のほうは、今はもうない。
紅玉(ルビー)の首飾りは、僕が片思いをした少女に贈って、
結局、色よい返事を貰えずに、そのままになったものだ。
片割れしかない装飾品を見るに付け、僕の心は羞恥と屈辱に曇る。

──王都にあがった僕は、同郷の少女に恋をした。
いや、両家のつながりを考えると、それは決してかなわぬ恋ではなく、
結婚も十分に視野に入れたつきあいであった。
ああ、僕はきっと彼女を妻にすることが出来る、と信じて、
あの娘に求婚の贈り物を贈ったのだ。
早世した母の形見で、家伝の宝物である紅玉を。

しかし、僕の家が、はやり病で父が突然命を落としたために王都での人脈を失い、
彼女が王の側近という若い伯爵に見初められ、両家の釣り合いが取れなくなると、
二人の間にあった結婚の口約束は、朝露のように消え去った。
紅玉の首飾りは僕の元に戻りはしなかったし、
王のお気に入りの伯爵に心を寄せるようになった少女もまた、僕の元に戻りはしなかった。
宝物を二つも失った僕は、その伯爵に決闘を申し込むべく王都を練り歩き、
すんでのところで、祖父の手によって領地に引き戻された。
──我ながら、馬鹿なことをしたものだ。
王の寵臣を害しようとした貧乏男爵の小倅は、もう少しで命も領土も失うところだった。
僕と僕の家が、伯爵の冷たい手から逃れるためには教会の権威にすがりつくしかなかった。

「――君は医学の才能がある。頑張りたまえ、世界中で癒しを待つ人々が待っている」
表に裏に伸びてきた伯爵の追及を押さえてくれた司教様は、祖父の古い友人だった。
教団の中で、医学を中心とした一団を率いるその方の言葉に、
しかし僕は不満をいだいた。
「でも、司教様……」
「ははは、医術では教会の中で出世できない、と言いたいのかね?」
司教様は穏やかに笑いながら、ぎくりとするほど的確に僕の心を見抜いた。
(世俗でだめならば、教会の中で出世しよう──いつか、あの伯爵とあの娘を見返してやる)
それが、王都から領地までほうほうの態で逃げ帰った僕の決意だった。
その子供じみた復讐心を、祖父の旧友はとがめる風もなく、もういちど穏やかに笑った。
「医術は、これはこれで面白いものだよ。神学よりも、君に向いていると思う」
その一言で、僕は医術をおもな活動とする一派の修道士の見習いになることになった。
「――次の大祭までに、必要な勉学を身に付けておくこと」
本格的に教会に入る前に、半年ほどの準備期間を与えてくれたのは、
旧友の孫に対する司教様の好意だったのだろう。
なにしろ、自然や科学は好きだったけど、どちらかというとそれよりも野原を駆けたり、
いかにも男の子らしい遊びをするほうが得意だった僕が、
最低限の学問と教養身に付けるのには、かなりの時間と努力が必要だった。
──彼女のことを忘れるためにも。

祖父は、自分の領地にある別邸(と言っても古びた田舎館に過ぎないけど)を僕に与え、
領民の中から侍女代わりにロベリアをあてがった。
子が出来なくて嫁ぎ先から離縁された女は、わずらわしいくらいによく気がつく働き者で、
無精者の男の身の回りの世話にはぴったりだ。
ついでに男の性欲の処理にも。
若くて美しくて、おっぱいとお尻の大きな出戻り農婦は、
毎日噴きこぼれんばかりに精液が溜まる若い男の欲求不満のぶつけ先に最適だ。
しかも妊娠の恐れがない石女とくれば、もう言うことがない。
最初はそうした不道徳に嫌悪感を抱いていた僕も、
好奇心と湧き上がる性欲にまかせて豊満な女体に襲い掛かってしまってからは、
暇さえあれば彼女の中に射精するようになった。――まるで猿だ、畜生め。

「……ろべりあ……」
僕の口からそんな言葉が漏れたことに、僕は驚いた。
いつの間にか、眠ってしまっていたらしい。
神学の教科書は、1ページも進んでいない。
口の中に残ることばの余韻を、ぼんやりとかみ締める。
「坊ちゃま、呼んだだか──?」
どたどたと音を立てて、階下からロベリアが上がってくる。
別邸はどの部屋も自由に使えるけど、僕はこの屋根裏部屋を勉強の場に定めた。
田舎館にはめずらしく大きな窓がこしらえてあって昼間は明るいそこは、
質素で禁欲的な生活を旨とする修道士にはふさわしいと思ったからだ。
……ロベリアのせいでちっとも「禁欲的」にはならなかったが。
「馬鹿、お前じゃない……」
ロベリアを見てぼんやりと、だが、苦いものを吐き捨てるように、僕はつぶやいた。
そう。
奇しくも、僕の不実な恋人だった娘も──ロベリア、という名前だった。
この牝牛のような身体ではなくて、抱きしめれば折れそうなくらいに華奢な小悪魔は、
僕の夢と将来と、紅玉を奪っていった。
そこから逃げ出すようにして、僕は今ここにいる。粗末な屋根裏部屋に、無学な農婦とともに。

「くそっ!」
僕はもう一度履き捨てると、机から立ち上がり、ベッドに倒れこんだ。
「……あのう……するだか?」
ロベリアがおずおずという感じで声を掛ける。
「うるさい、とっとと消えろ!」
その声さえもわずらわしく、僕は怒鳴った。
「わかっただ……、あと、これ……」
ロベリアは粗末な鉢に植えられた花を差し出した。
「さっきの花、綺麗なのを何本か取って来ただよ」
青紫の花を眺め、――僕は不意に襲った怒りの衝動を抑え切れなかった。
「馬鹿がっ! 誰がこんなもの取ってこいと言った!!」
立ち上がって農婦の手から鉢植えを奪った僕は、それを向こうの壁に思いっきり叩きつけた。
素焼きの鉢が砕け、中身が飛び散る音。
「あっ……」
びっくりしたように身をすくませる牝牛に、僕の苛立ちはさらに高まった。
「――無学な貴様は知らんだろうが、こいつの根っこには毒があるんだ。
人に物を持ってくるときはそれくらい気をつけろっ!!」
「すまなかっただ……おら、そんなこと……」
「僕を毒殺する気だったのかっ!!」
確かにこの花の根には弱い毒と薬効の両方がある。
でもそれは、干して煎じて効果が出るくらいのもので、生のまま触れて人体に影響が出るものではない。
だけど僕は、そのことが目の前の女を攻め立てる決定的な罪状でもあるかのようにののしり、
ロベリアは花がしおれるように謝り続けた。
ひとしきり怒鳴り続け、僕は、最後にほとんど絶叫といってもいいくらいの大声で怒鳴った。
「――だいたいロベリアなんて名前がついている物に、まともな物は何一つないんだ!!」
そう。若い農婦が僕のために持ってきたその花は、ルリチョウ草──ロベリアという。
青紫の花と、そして僕を裏切った少女と同じ名を持つ女は、泣きながら屋根裏部屋を飛び出した。
「……くそっ!!」
僕は毒根を口に含んだような苦い思いで机を叩いた。