「ねえ、お父さんってお母さんになんてプロポーズしたの?」
「ん、いや実はね、プロポーズは母さんのほうからしてくれたんだよ。」
「へぇ〜、どんなの?ねえ、ねえ!?」
「恥ずかしいわね…若気の至りというか…ねえ、あなた?」
「おいおい、俺に振るなよ。」
「ねえってば!夫婦漫才やってないで教えてよぉ!」



彼に愛してもらえない
そう気づいたとき、愕然とした
大好きな、世界中で一番大好きな彼が…
私を一定以上の距離に近寄らせようとしない
その事実はあまりにも苦しくて、切なくて
…辛すぎて気が狂いそう…

「あ〜あ、あたしも彼氏ほしいなぁ…」
「なぁに女みたいなこといってんだよ、この野郎。」

男友達みたいに付き合ってきた彼に、チラチラと視線を送りながら差し伸べた手が払われたとき、
私は知りたくなかった現実を嫌というほど思い知らされた。
彼は、私を女として見ていない。

「おめー…こんなプリチーな娘捕まえて、よくもまぁ…」
「ぶはははははは!プリチーってあーた!あっははははは!」

泣き叫びたいのを必死にこらえて搾り出した抗議は、ただのギャグとして流された。

「うあぁぁぁぁあああッ!!!ちくしょう!ちくしょう!」

部屋で枕に当り散らす私…なんて無様なんだろう。
…どうして?
自分で言うのもなんだけど、元は悪くないと思う。
自分の気持ちに気づいてからは、服装にも気を使ったし、化粧も随分上達した。
言葉遣いや仕草まで直してる。
それなのに、彼は私を『女』とは思ってくれない
…あいつのせいか!
幼馴染とか言ってまとわりついてるあの女の!
いや、それとも生意気に彼に色目使ってる後輩か!
ひょっとしたら、最近妙に話題に上るバイト先の同僚!?
いやいや、同じサークルの中に泥棒猫が紛れ込んでるんじゃ…

「ふう、やめよ…」

知りもしない相手に嫉妬して歯軋りするなんて、らしくない
…まるで、狂犬みたい

「ふふふ、今日の服はおニューなわけだが、どうよ?」
「いつものほうが似合うかな」

感想を求めたのは私の方
見慣れない格好が違和感を与えることも理解していた
だけど私の心は、理解してくれなかった

「なんだよ、もう!女心の分からない奴だな。」
「体は女!心は野郎!その名は!」

ボカッ
ちょっと本気で殴った
殴っておいて怖くなった
コレで彼に嫌われたらどうしよう…

「いたい…」
「誰が野郎か!誰が!この、この、この、この!」

結局、冗談に紛らわせて、ごまかしてしまった。
悔しかったので、グリグリと拳でこめかみを責めてやる。
…背中側に回っておいてよかった。
私の顔はきっと、間近に感じる彼の匂いにうっとりしていたから。

「野郎…ははは、野郎か…」
絶望のあまり涙さえ出ない
もう愛してくれなくてもいい、ただ傍にいてさえくれれば…

「…ダメ」

いや、やっぱりだめだ。
私が諦めたからって、彼の隣が永久欠番になるわけじゃない。
いつか、彼に女ができたら…
恋人になって、結婚して、子供ができたら!
私は置き去りにされて、ただの思い出にされてしまう。
いや、それどころか…
何人もいる男友達と同じフォルダに放り込まれて…
ワンオブゼムとして埋没し、やがて消えてしまうかもしれない。

「どうしよう…どうしよぅ…」

焦燥感で目まで眩んできた。
なんとかしなきゃ…
なんとかしなきゃ…
なんとかしなきゃ…

「と、言うわけで今日はあたしん家で飲み会やらない?」
「飲み会はいいけど、自宅?」
「そう、自宅!」
「うーん…居酒屋にしないか?」

彼はなかなか承諾してくれなかった。
でも、ここで折れたら今度はいつチャンスがあるか分からない。
何とか食い下がらないと…

「そんな金あると思う?」
「いや、とてもじゃないが、そうは見えないな。」
「そのとおりだよ、悪かったな!もう、いいから付き合え!一人で飲んでも詰まんないんだよぉ!」
「ああ、それは同感。俺も人と飲むほうが好きだ。」
「ねぇねぇ、私たち友達でしょ?大親友でしょぉ?ねぇったらぁ〜…」
「分かった、分かったから!変な声出すな!」

変な声…また傷つく
私には、こんなふうに甘えることさえ許されないんだ…
やっぱり今日決行しよう!
一刻も早く、私が女だって彼に認めさせないと…

捨てられる

ゾクリと、背筋が凍った。
ノドをかきむしりたくなる。
想像するだけで涙がにじむ最悪の結末。
私はそんな悪夢、見たくない…

「うらうら、あたしの酒が飲めねぇってかぁ?」
「一滴も飲まないうちからすごいテンションだな、おまえ。」

とにかく早く場を盛り上げて、彼の注意力を乱さないと…
今なら、ウォッカ一本開けてもクールでいられる自信があった。
私は狩人、そう…野生の狼。
あなたは私を野郎と呼んだ…訂正させてやる。
私はあなたを狙う『野狼』だ!

「ほら、社長!グッといって、グ〜〜っと…」
「ん、ではいただきます。」
「よしよし、じゃ次はワインいってみようか!はい、あ〜ん♪」
「うぇ、それはちょっと簡便。」

和気藹々、楽しい。
バカ騒ぎしながら、私の心は凪のように穏やかだった。
『彼がどこにも行かない。』
そう思うだけで心の底から安らいだ。
でも…
その凪いだ心の海には、決して溶けない氷山が浮いている。
白い錠剤の形をしたそれは、私の手の中で砕け、彼の目を盗んでグラスの中へ…


……
………
…………
……………

「ん……ぐッ!?」
「あ、起きた?」

彼が目を覚ました、ここからが勝負だ。

「んんっ…!?」
「えへへ、あんたやっぱり綺麗な体してるね。」

たくましい、というのとは少し違う。
無駄なく引き締まった、しなやかな体。
ライオンではなく、狼。
うん、やっぱり私とお似合いだ。

「ね、私の体はどうかな?」
「ぐっ!ぐぅ…」

彼は…ハッと目をそらし、かたく閉じた。

「ねえ、見てよ。ほら、見て…私の体…」

でも、やっぱり彼は私を見てくれない…
仕方ない

「ねえったら!」
「ぐぇっ!?」

ドスンと、彼の体に拳を打ち込む。
痛みに見開かれた目に、すかさず私の体をうつした。

「ほら、見て?私の体…ちゃんと女だよ?」
「………っ」
「気持ちよくしてあげられるよ?」

彼の下半身に手を這わせ、半勃ちのそこを握る。

「子供だって…産めるよ?」
「ッ!むーーーーーーッ!」

彼はばたばた暴れている。
でも、ベッドに両手足を縛り付けられた状態で出来ることは、せいぜい腰をはねさせるくらい。
もうすぐ私の中でこんな風に動いてもらえるんだ。
夢見心地の心に渇を入れる。
まずは彼をその気にさせないと。

「私ね、あんたのこと好きだよ。」
「む…ぐ…」
「あんたに一言『好き』って言ってもらえるなら、なんだって出来るよ…」
「う………うぐ」
「体も、心も、全部あげるから…あんたのモノになるから…」
「…」
「私と結婚して。」


ビクンと、彼のペニスが膨れ上がる。
…うれしい。
彼が、やっと私を認めてくれた。
女としての私に欲情して、抱きたいと思ってくれた。
もう興奮しすぎて心臓が飛び出しそう、
とてもじゃないけど前戯なんか出来ない。
カチカチに硬くなったそこを掴んで、私の中に…

「い……ったぁぁ…!」
「むっ、むぐぅぅ…」

彼が心配そうに見ている。
痛いけど、平気、がんばる。

「へへ、シちゃったね…私たち。」

正直涙が出そうなほど痛い。
いや、ここで腰を動かしたら確実に泣く。
ああでも、彼はちょっとサディスティックなところがあったっけ。
私の泣き声なんかで喜んでくれるかなぁ…

「あぁううぅ!痛い、痛い、痛い、痛い!」
「ぅ…ぅむ…」

さあ、私の泣き顔を見て!
あなたが私を泣かせてるんだよ!
あなたに征服されて嬉し泣きしてるんだよ!
もっと、もっと泣かせて!
叫ばせて!
もういっそ殺してぇッ!

「ぅ…ぎぃぃぃぃぃ〜…」
「…」

でも、そんな私の心とは裏腹に、彼のものはどんどんしぼんで行った
なんで?
期待はずれだった?
何か気に入らないところがあったの?
ねえ、なんで!?

「ぁ…ご、ごめんなさい…」
「ぅむ?」

どうしていいか分からない
ただバカみたいに泣いて許しを請うだけの私…なんて無様なんだろう。

「気持ちよく…っく…出来なくて、ごめんなさい…ちゃんと…ちゃんと、する…っ…」
「ぅぅ…」
「ちゃんとする…からぁ…」

抜けていってしまった。
しっかりと、おなかの中に抱きしめていたはずの彼は…
私から離れてしまった

「ぁぁぁああああ!ごめんなさい!ごめんなさいッ!ごめんなさいッ!」

必死に許しを請う、でも…
もう駄目だ、もう終わりだ
こんな汚い手まで使ったのに、結局私は体の関係さえ持てなかった

「ぐっ…ぐっ…ぷぁ!」

彼の猿轡が…私の手元に置くためにつけた拘束が、外れた


正直言ってショックだった。
彼女の豹変が、じゃない。
こんなになるまで気づけなかった自分が、だ。
白状すると、俺は彼女が好きだ。
目に入れても痛くない。
快活で、聡明で。
何事にも真剣なくせに、突然冗談を飛ばしたりする彼女に、どうしようもなく惹かれていた。
でも、彼女を知れば知るほど、俺は不安になった。
自分は彼女につりあわないんじゃないか、と。
俺は彼女に何もしてやれない。
こっちがしてやれる程度の事は、自力で簡単にこなしてしまう女だ。
…なら
俺は彼女の一番の友人で居続けよう。
そんな諦めにも似た思いを抱いていた時、友人に言われた。

「え、おまえら付き合ってるんじゃないの?」

俺が未練がましく纏わりついている間に、いったい彼女はいくつの出会いを逃してしまったのだろう。
彼女から距離を置こうと決心し、少し冷たく接してみたら、彼女は敏感に反応した。
そして…こうなった。

「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…何でもする、何でもするから…嫌わないで…」

俺がこいつを泣かせているんだ。
もごもごと口を動かして、はめられていた猿轡をようやく取り払う。

「ゃぁ…ゃぁぁぁぁ…あ、あんたに捨てられたら…私…わ、たし…」
「ゲホッ!ゲホッ!」

鬱陶しい!
こんな大事な時に乾ききって動かない俺のノドに苛立ちながら、
俺は、胸に崩れ落ちてきた彼女に何とか顔を寄せた。

「も…生きてけないぃ…」
「ゴ…な…」

クソッ!
普段どうでもいいことばかりベラベラ喋るくせに!
さっさと動け!動いて彼女に伝えろ!

「…え?」
「ゴメン…な、気づいてやれなくて…」

これほど強く思われていることに、今の今まで気づけなかった。
とんだ大バカ野郎だ
謝らなきゃいけないのは、俺のほうじゃないか。
形はどうあれ、彼女は勇気を振り絞って俺に告白してくれたんだ。
俺も、この気持ちだけは正直に伝えたい。

「んっ…」
「ん…ふぇ…?あっ…」

一瞬の、だけど俺の精一杯の気持ちを込めた口付け。
彼女の涙は止まってくれるだろうか。



……
………
…………
……………

「で、その後盛り上がっちゃって、あたしが出来た、と?」
「うん、まあそんなとこだ。」
「結局止まんなかったのよね、涙。嬉しくて嬉しくてワンワン泣いちゃったもの。」
「あはは、なんか綺麗なんだか、怖いんだか分かんない話だね。」

私の強引な求愛の下りで一気に引いた娘は冷や汗を流しながら笑う。
…さすがに、子供たちには恥ずかしくて言えない。
18年たった今でも、毎晩夫に抱かれないと眠れないなんて。
私の氷山はまだ溶けていない。
『夫は家族を裏切ったりしない。』
『私を捨てて行ったりはしない。』
頭では理解しているのに、一人で入るベッドの冷たさは、私に悪夢を見せる。

「ねえ、あなた。そろそろ寝ましょう?」
「ん、ああ。しかし俺たちもよくやるよな…40にもなって毎晩子造りとは。」
「そうねぇ、大して裕福でもないのに4人も産んじゃうなんて。我ながらがんばったわ。」

いつか、娘にも愛する人が出来たらわかるだろう。
夫と繋がって眠る安らぎ。
目を覚まして感じる照れくささ。
おなかの中に結ばれていく新しい命。
女だからこそ味わえる至福の感覚を、彼は毎晩与えてくれる。

…幸せすぎて気が狂いそう…