たとえば、イザナギノミコトとイザナミノミコト
たとえば、ゼウスとヘラ

古来より、兄妹や姉弟の間に交わされる近親婚は、
禁忌であるとともに、一種神聖なものだった。
これはそんな禁じられた神聖な愛のひとつ。
決して人の世で実ってはならない恋。
その、ある意味最も幸せな結末。

神田家の朝は、大体午前6時に始まる。
一家四人、父と母と長男と長女。
まず父が目を覚まし、隣で寝ている母を起こす。
顔を洗い、新聞を開き、朝食を作り終えたあたりで起き出して来るのが高校生の長女・舞衣。
裕福な家庭にも時間は平等だ。
優雅に7時過ぎまで寝ていられるのは、午前中の講義を取っていない大学生の長男・誠司だけである。

「…兄様は?」
「もうすぐ起きてくるでしょう。あの子、朝だけは強いから。」
「しかし、あいつは大丈夫なのかな?昨日は随分と夜更かししていたようだけど…」

父が心配するのも無理はない。
誠司は昨日、午前4時まで起きて、ガサガサと物音を立てていたのだ。

「ん、舞衣。そのクマはどうした?」
「ん…昨日は、ちょっと…ふぁ…」
「もう三年生だものね。でも、体だけは壊さないようにね?」

受験生だから。
両親はそう解釈し、舞衣が夜遅くまで勉強に励んでいると思った。
だが、そうではない。
彼女は毎晩…


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…」

妹よ、僕に近づくな
僕は泥棒だ

「はぁ、はぁ…んっ、はぁ…」

僕はお前が思うような兄ではない
今日も洗濯場からお前の下着を抜き取った

「くぅ…舞衣…!」

下着だけではない
お前の体、お前の心、お前をかたち作る全てを…
僕は、奪いつくしたいと思っている

「あぁ、舞衣!舞衣!」

妹よ、叶わぬ思いの慰めに
僕は空想の中でお前を汚す
その愛らしい顔に
ふくよかな胸に

「う、くぅぅ…」

僕のしるしを刻みつけたい
そんなふうに思っている

「…っ!…っ!…っ!」

お前を妻として
お前の愛を勝ち取り
お前に僕の子を産ませたい

「…舞衣…愛してる…」

僕は、そんなふうに思っている


「あら、誠司。ちゃんと起きれたのね。」

少し意地悪く、母が声をかける。

「おはよう…」

面倒くさそうに答える誠司。
体はせめて8時までと駄々をこねるが、彼には決して外せない用事があるのだ。

「やっぱり、どんなに眠くても可愛い妹のお見送りは最優先かしら?」
「うん、そんなところ。」

それが、朝7時半に家を出る妹の見送り。
彼が毎朝の日課としている、兄妹の儀式だ。

「おはようございます、兄様。」
「ああ、舞衣。おはよう。」
「…まあ、一時の口も利かないような状態に比べれば、な。」

こうしていると信じがたいが、この兄妹は着いたり離れたり、波が激しい。
親類たちと疎遠で、
年の近い血縁者をお互いしか知らない事もあってか、
幼い頃の二人はとても仲がよかった。
それが、ある時パッタリと交流を断ち、
ほんの2年ほど前までは朝の挨拶どころかロクに口も利かない、冷戦のような有様だった。
しかし、最近になって再び、壁が崩れるように急激に打ち解けて行き、
いまでは失われた時を取り戻すかのように固い絆で結ばれている。
そんな奇妙な兄妹の仲は、常に両親の心配の的だった。

「それは、父さん達に散々『仲良くするな』って言われたからだよ。」
「や、だからといって何もあそこまで邪険にしなくてもな…」
「あの…時間がないの、兄様をお借りしていいかしら?」
「うん?ああ、すまんすまん。」

近寄りがたいオーラとでも言うべきだろうか。
一度この二人が話し始めると、もはや両親でさえも割り込めなくなる。


「兄様、今日は遅くなりますか?」
「うん、少しね。文化祭の準備があるんだ。」
「そう…ですか…」
「あ、いや。そんなに遅くはならないから。7時には帰るよ。」
「はい、兄様。私はいつも通りです。」
「ん、5時だね。」

こうしてお互いの帰宅時間を確認するのも朝の日課だ。
始めてから1年。
誠司も舞衣も、いまだに一度も申告した時刻を破ったことがない。
彼らにとって、兄妹間の約束は何物にも勝る神聖なものなのだ。

「あの、兄様…」
「なんだい、舞衣…?」

一瞬の沈黙

テレビは消されており、表もまだ朝の静寂の名残に包まれている。
兄妹も両親も何も言わないまま、時計だけがカチカチと時を刻んでいた。

「お二人さん。時間!」
「おっと、話しすぎた。」
「え、ええ。もう出ないと。それじゃあ、行ってきます!」
「ああ、行ってらっしゃい。」

母の一声でようやく動きが生まれ、いつもの生活に戻る。
朝のひと時に挟まれる沈黙の時間
妹の言葉から始まるそれは、ここ最近頻度を増してきていた。

「あなたたち、本当に仲がいいわね。」
「そう、かな?」
「そうよ!」
「ああ、父さんたちも驚くくらいにな。」

しかし、実を言うと、両親はそれほど驚いてはいなかった。
この兄妹がこうなるのはこれで二度目。
もはや二人の間に『適切な距離』などという概念は通用しないと、薄々気付いていた。



「今日もなの…?」

兄様、私を許してください
私は変態です

「ふふ、うれしい…」

私はあなたが思うような妹ではないの
今も兄様の写真に口付けて愉悦しています

「今日も、舞衣を使ってくれるのね…」

写真だけではありません
あなたのカップ、あなたの部屋のドアノブ、あなたの触れたもの全てに…
私は、口付けずには居られません

「兄様…舞衣は、気持ちいいですか?」

兄様、叶わぬ思いの慰めに
私は耳を澄ませて夢を見ます
その凛々しい顔に
たくましい胸に

「あ、は…私、もう…」

私の全てをゆだねたい
そんなふうに思っています

「…っ!…っ!…っ!」

あなたを夫として
あなたの愛を勝ち取り
あなたと私の子を授かりたい

「…兄様…愛しています…」

私は、そんなふうに思っています


「ただいま。」
「あら、お帰りなさい。随分早かったのね。」

誠司と舞衣は幼い頃から仲がよかった。
最初はほほえましいと思っていた周囲の大人も、
余りに仲のよすぎる兄妹がだんだんと心配になり、
熱く潤んだ視線を交し合う二人に、とうとう忠告した。
兄妹で結ばれることは出来ない、と。

「思ったよりはかどってね。予定の半分もかからなかったよ。」
「さすが、兄様!仕事が速いわ。」

その日から二人の関係は変わった。
近すぎた距離は急激に離れ、目も合わせない時期もあった。
しかし、絆に無理やり入れたヒビは時とともに癒され、
凍てつかせたはずの兄妹仲は再び暖められ、
そうやって封じるしかなかった恋心もまた、当然のように蘇った。

「母さんは遅くなるんだっけ?」
「ええ、会議ですって。」

いや、蘇ったのではない。
おき火のように燻っていたそれは、
ジリジリと二人の心を熱し続けていた。
そして、再び近づいた心は、
もはや引き剥がせないほどに溶け合ってしまった。

「夕食は私が作りますね。」
「ああ、頼む。片付けは僕がするよ。」

こんな何気ないやり取りにも幸せを感じ、
交わす言葉には熱い吐息が混じり、
絡み合う視線は水あめのように甘く粘つく。

「ええと、後は…」

カチリ
午後7時
何とか口実を作り、
少しでも長く語らおう
少しでも長く見詰め合おうとする二人を
時計の針が引き離す。

「もう、こんな時間…そろそろ仕度を始めないと。」

誠司と舞衣は幼い頃から仲がよかった。

「うぅ…うっ…」

すまない妹よ
改めて思う、僕はクズだ

「…舞衣…!」

僕はもう我慢が出来ない
気がつけばお前の部屋の前に立っている
お前を見るだけで胸が高鳴り
お前の声にすら興奮する

「僕は…僕は…」

妹よ、僕は怖い
お前を汚し、犯し、傷付け

「お前のことが…」

それでも拒まれはしないだろうと考える
そんな身勝手な自分が何より怖い

「好きだ、舞衣!愛してる!」

僕はいつまで兄で居られるだろう
来年の今頃はどうしているだろう

「愛しているんだ、舞衣!」

僕には、それまで立派な兄を演じ続ける自信が無い
僕には、お前のそばに居る資格が無いんだ
妹よ、僕はお前から離れようと思う

「…愛しているんだ…」

この卑しい手がお前にかかる前に
この醜い毒牙がお前を貫く前に
この愚兄がお前を汚す前に

「舞衣…」

僕は家を出ようと思う

「はぁ…」

ごめんなさい兄様
舞衣は、おかしくなってしまいました

「兄様…」

ねえ、兄様!
ああ、もう!どうしてそんなにステキなの!?
兄様のお顔を見ると興奮しちゃう!
お話してるだけで頭がクラクラしちゃうの!

「あはっ!兄様、兄様っ!」

兄様、抱いて…
汚して♪犯して♪ボロボロにして♪

「誠司兄様…♪」

舞衣ね、兄様のしてくれることなら絶対に拒みません
そんな布切れじゃなく私を、兄様に使って欲しいの

「大好き…」

もう空想じゃ我慢できません!
妹なだけじゃ物足りません!

「愛してます…心から、愛してますぅ…」

舞衣は兄様の恋人になるの
だってそうでしょう、兄様?
あなたを一番愛してるのはこの私だもの♪

「…結婚、しましょう…?」

兄様は手を伸ばしてくれなかったから
兄様は壊してくれなかったから
兄様は汚してくれなかったから

「ねっ、兄様♪」

舞衣があなたを奪います


その夜、誠司は舞衣の部屋の前に居た。
自分の決心をまず、誰よりも、両親よりも先に妹に伝えたい。
そんな口実で、彼はいつものように最後の一線に立ちつくしていた。

「あら、兄様?」
「…っ!あの、舞衣…話があるんだ。」

突然扉が開き、中から顔を出す舞衣。
折れそうな心を必死に支え、話を切り出す誠司。

「ええ、実は私も兄様にお話したいことがあるの。」

妹の手が伸ばされ、兄を
線の向こうへと引きずりこんだ。

「まず、兄様からどうぞ。」
「あ、いや。僕は後でいいよ。」

多分、その後は会話にならないから。
そう、心の中で付け加え、妹の言葉を待った。

「そう、それじゃあ兄様。ちょっとこっちに寄って?」
「ん…」

ドギマギしながら傍に座る兄に、優しく微笑む舞衣。
その口が彼の耳に寄せられ

「ねえ、兄様。空想の中の私とは何処まで行ったの?」
「なっ……!」

誠司は絶句した。
毎夜の自慰を、妹に聞かれていたのだ。
妹の言葉は容赦なく続く。

「もうプロポーズはしてくれた?子供は出来たのかしら?ねえ、兄様?」
「舞衣、僕は…」





これで良かったのかも知れない。
焦りながらも、誠司は心のどこかでそう思っていた。
これで兄妹の関係は終わる…潮時だったのだ、と。
その考えは甘かった。

「私はね、兄様…」
「舞衣…すまない…」
「もう2人も産んで、今3人目を仕込んでもらってるの♪」
「…え?」

ギョッと目を見開く誠司。
そこには、頬を染めて目を輝かせる妹の姿があった。

「一人目は『まこと』で、二人目は『つかさ」。三人目の名前はどうしましょうか?ねぇ、兄様。」
「舞衣、お前何を言って…」
「式は教会で挙げたのよ!真っ白なウェディングドレスで!おかしいわね、私たちクリスチャンでもなんでもないのに♪」

心底楽しそうに話す舞衣。
誠司は途方にくれた。

「なあ、舞衣…子供とか、結婚とか、一体誰との事だ?」

分かっていながら聞かずにはいられない誠司。
舞衣から笑顔が消えた。

「兄様に決まってるでしょう?」

一瞬の沈黙

「それは、その…お前も空想の中で僕と…?」
「そんなんじゃありません!」
「ま、舞衣、それは…」
「全部本当のことです!ただの夢じゃないの!これはきっと予知夢…私たちはこうなるべきなんだわ♪」
「お、おい…落ち着け!舞衣、気をしっかり…」
「私は正気です!だってそうでしょう?
こんなに兄様が好きなんですもの!正気の女が兄様を好きにならないはずないわ。」
「舞衣!一体どうした、何があったんだ!?」
「だからぁ、いつも通りですよぅ。いつも通り、兄様だけの舞衣ですっ♪」
「そんな…なんで、こんなことに…」
「それでね、それでね!初夜は………」


不意に、舞衣の言葉が止まる。

「初夜は…」
「舞衣…?」
「初…」
「…」

笑顔から一転、舞衣は悲しみに顔をゆがめる。

「兄様…どうしましょう…?」
「何がだい?」
「私ね、思い出せないの…」
「思い出せない…?」
「兄様に…抱いてもらった、はずなのに!確かに愛してもらったはずなのに!」
「舞衣、落ち着け!それはただの空想だ!」
「違う!違う!私は兄様と結ばれるの!兄様の子を授かるの!」
「いい加減にしないか!」

思わず張り上げた大声にビクリと動きを止める舞衣

「どうして?」
「舞衣、お互いにもう目を覚まそう…」
「いや…」
「僕たちは兄弟なんだ…」
「やめて…」
「僕は、この家を出る。お前の前から消えるよ。」
「いやぁぁぁぁぁあああああ!!!!」

ガタン!
母はすでに帰宅していた。
居間でくつろいでいた母が悲鳴を聞きつけ、慌てて扉を開け放ったのだ。

「どうしたの、舞衣!何があったの!?」

兄よりも一瞬早く、舞衣が動いた

「…私、兄様に襲われてるの♪」


呆然とする母の目の前で、
舞衣は服をはだけ、誠司にしなだれかかる。

「ほら、見て…母様。舞衣ね、これから兄様に抱かれるの…」
「なっ…舞衣、何を言って…!」
「ふふ、兄様のここ…舞衣のこと犯したいって言ってる…」

「あ、あなたたち…」

「ねえ、兄様ぁ…今日はどうやって可愛がってくれるの?」
「は、離れろ舞衣!」

誠司はあわてて距離をとる。
いや、とったつもりだった。
実際に彼の体がした動作は、妹を振り払い、正面から向かい合う。
ただ、それだけだった。

「兄様…舞衣の体を見てくれるのね?」
「ち、違う!母さんからも何とか…」

「…これも、血なのかしら。」

「母さん?」

「誠司、あなたの好きにしなさい。」

「母さんッ!?一体何を…」
「ちょっと、兄様!」

グイと顔を掴まれ、覗き込まれる。

「今は舞衣との時間でしょう!?なんで他の女に構うの!?」
「舞衣、僕は…」

妹に迫られ、母は黙認し、立て続けに起こった出来事に誠司の心は麻痺してきた。
自分の気持ちは、ひょっとしたら間違っていないんじゃないか?
そんなふうにさえ思えてきた。

「ねぇ、兄様…舞衣ね、頭がおかしいの。兄様と寝た記憶がないの…」
「ああ、そうだろうな。」
「だからね、兄様に思い出させて欲しいの…」
「思い出させる…僕が…」
「そう…舞衣の体に、兄様の体を思い出させて?」

ボンヤリと霞がかった意識の中で、
誠司は妹の肌の感触だけを鮮明に感じていた。



……
………
…………
……………

「あう!い、痛…痛ぁ…」
「はぁっ…はぁっ…はぁっ…」

二人は血を飛び散らせながら結ばれた

「はぅ…に、兄様…思い、出しました!」
「そうか、僕の体はどんなだった?」
「ううん、違うの。舞衣ね、バージンだったの!今日この時に兄様に散らしてもらう運命だったのよ!」
「おいおい、調子のいい事を…いうなよ!」

バスンと強く男根が打ち込まれ、破瓜の傷をえぐる。

「ぎっ、ご、めんなさぁい…うっかりしてましたぁ…」
「まったく、おっちょこちょいめ。僕がついてないと何も出来ないんだな、舞衣は!」
「うんっ!舞衣は兄様が居ないとダメなの!一生一緒に居ないとダメなの!」
「ああそうか!それなら舞衣は今日から僕のものだ!僕だけの奥さんだよ!」
「はい♪兄様のお嫁さんっ♪えへへ、やったぁ♪」

傷口を広げるように暴れ、兄と同じ血を愛液のように垂れ流す舞衣。
誠司は、心の底に押し込めてきた思いを妹にぶつけていく。

「一緒に暮らすだけじゃないぞ、お前は僕の子を産むんだ!」
「あぁ、もちろん!早速今日作りましょ!一人目はねぇ…」
「『まこと』だろう?分かってるよ。男の子にも女の子にも使える名前だね。」
「さすが、兄様!覚えていてくれたのね!」

最後に一瞬だけ、二人は兄妹に戻った。
わずかの後、二人は夫婦の表情で固く抱き合い

「舞衣ッ!愛してる!僕のものになってくれ…っ!」
「はい…あなた…♪」

ドクドクと子種を注ぎ、注がれ
やがて、父と母になった



「あなた、誠司と舞衣が…」
「…とうとう、か。」

両親はショックは受けてはいたが、パニックは起こさなかった。
いつかはこうなるだろう、そんな予感はずっとあったのだ。

「舞衣から誠司に抱きついて、ね…」
「なんだ、誠司は受身か。」
「ええ、そんなところまで同じ。それにね…」
「それに?」
「あの子、私になんて言ったと思う?」

しばし考える父。
やがて一つの結論にたどり着き、苦笑交じりに妻に問う。

「『誠司に襲われた』とでも言ったのかな?」
「そう、私が母親に言った台詞そのまま!」
「…やっぱり、血かなぁ?」
「でしょうね…」
「自分たちの手前、許さんとは言いにくいかな…」

両親は不思議なほど穏やかな気持ちでこれからに思いを馳せた。
子供たちが報告に来たら話してやろう。
自分たちが籍を入れていないこと、
自分たちが親戚の集いに参加できない理由

「ねえ、あなた。」
「ん?」
「あれから随分たったけど、3人目の名前は考え付いた?」
「そうだな…今からでも良かったら、いくつか候補があるよ。姉さん…」