深い水の底へと沈められたかのように、意識が混濁してはっきりとした輪郭を結べずにいる。
 全身が軋むように痛む。鉛のように重い体は指先一つ動かそうにも自由にならない。
(私は……死ぬのか……)
 ウィステリアは地に伏したままぼんやりと考える。
 騎士として剣に誓いを立てたこの身は、勝利と誇りの前に生命を惜しみはしない――つもり、だった。
 だがしかし、いざ実際に死を目前に感じればやはり心は恐怖に波立ち、怯懦が全身を支配する。
 こんなにも自分は弱く、未熟だったのか。
 王国に仕える騎士として研鑽を積み、女ながらに騎士団でも随一の実力を自負していた。
 周辺国とも良好な関係が築かれて久しい昨今、騎士が戦場で勲を上げる機会は殆ど無いものの、辺境を脅かす凶悪な匪賊やモンスターの討伐などでは幾つも手柄を立ててきた。
 今回のドラゴン退治とて、その一つとなる、はずだったのだ。

 自分は何をしくじったのだろう。
 装備は万全だった。名具足師の手になる全身鎧と盾は一部に貴重な魔法合金を用い、更には上級司祭の祝福を帯びて物理的な堅固さはもとより魔術による攻撃にも耐性がある。処女神アティの神殿巫女が紡いだ糸に防護魔法を織り込まれたマントは衝撃や熱、冷気を遮断しドラゴンのブレスにも耐えうる品で、女にしては背の高いウィステリアの身の丈ほどもある大剣は王国一番の鍛冶師が鋼と魔法鉄を併せて鍛えた、硬い鱗に覆われた厚い皮膚すら貫き斬り裂けるだけの業物だった。
 そう、太刀打ちは出来ていた。
 ドラゴンの棲処に最も近く、しかしその貧しさゆえにドラゴンに襲われる事は滅多にないらしい僻村を拠点とし、この深い森に護られるよう覆い隠された岩山の中腹に在るドラゴンの巣穴を探り当て、その主であろう一頭の中型ドラゴン――暗い紺碧色の鱗に全身を鎧われた、角の数や体格からすればまだ若いと思しき個体だ――と渡り合った。
 無論、その力はこの世界に実体を持つ生物の中では最強と謳われる種族に相応しく一筋縄ではいかなかったものの、確かに自分はその喉元に迫っていたのだ。
 冷気のブレスをマントで弾き、前肢に斬りつけて防御の弛んだ隙に懐へ飛び込み、その顎の下の鱗が薄い急所を違わず捉え──
 覚えているのはそこまでだ。あの時、視界の端になにか赤い、紅蓮の炎のような輝きを見たような気もするがあれは何だったのだろうか。
 だがしかし、そんな事はもはや考えるだけ無駄というもので、もうじき死を迎える身にとってはなんら意味がない。せいぜい、己の死がどの様に語られるのかが最後の心掛かりといえばそのようなものか。
 怪物に挑んだ勇敢な騎士か、自らの力量を計りきれずに無謀な挑戦を行った軽率者か──
 ドラゴンと戦って死んだのならば騎士としてそれほど不名誉にはなるまいが、やはり家族や親しい友は嘆くに違いない。そういえば、馬や従卒はどうしただろう。せめて逃げ帰ってくれていればいいが、ドラゴンに食い殺されていたとしたら不憫だ。主である自分が不甲斐ないばかりに道連れにしてしまうとは。

 ごつん、ごつん。

 何か、耳元で響くような重く大きい金属的な音と、強すぎもせず弱すぎもしない衝撃がウィステリアの思考を遮った。
 思わず目を見開き、それから自分がまだ生きていて、ものを考えていられたことを自覚し驚く。
 目の前には岩場と思しき灰色の硬い床面が広がる。自分はそこに、身体の左側面を下にして横たわっているようだった。どれほどその姿勢のままでいたのか、左腕が痺れているに違いない感覚。
 辺りは薄暗い。視線を動かせば岩のごつごつとした壁面が目に入る。どこか、洞窟の中だろうか。

 ごつん、かつん。
 うるさい。誰かが耳元で硬い物を叩いて──

 にわかにはっきりと全覚醒した意識が、その音が自分の被っている兜から発せられている事を突然理解する。
 全身鎧の一部を成すフルフェイスのヘルメットはバイザー部分が失われ、面頬のパーツも歪んで随分と前方の視界が良くなっていた。奇妙な金属音と衝撃は右耳の上辺りの側頭部で鳴っている。
 気が付けばずきずきと鈍い痛みを覚える──どこかで強く打ったのだろうか──頭と首筋にその無神経な音と震動はひどく不快だった。

『なんだ、起きてるんじゃねえか』

 突然、若い男のように聞こえる声がした。
 いや、聞こえたというのは正確ではない。そもそも空気を揺らす音として耳に入るのではなく、頭の中に直接響いてくる言葉を声と言って差し支えないものかどうかはウィステリアには解らなかった。
 未だ強張ったように自由の利かない体を騙し騙し、錆び付いた風見鶏よろしくのろのろと、それが聞こえたように思える方向へと首を巡らせる。
 途端、視界を埋め尽くす深紅。
「────────────!!!」
 咄嗟に抑えることもできなかった、声にならない悲鳴が喉を震わせた。
 目の前に突き出された、ウィステリアの頭よりも大きな一本の鈎爪。その根元が埋まった、丸太ほどもある指。聖堂の柱か、齢数百年を越す巨木かというような太さの前肢。それらと一続きになっている、小山の如き巨体。鈎爪を除くそれら全てが燃え上がるような深紅の鱗に覆われている。遙か上方、洞窟の天井近くから見下ろしている金色の双眸。
 大型の──そう、意識を失う前に相手取っていた紺碧のドラゴンなど半分ほどの大きさにもならないだろう、すっかりと成熟し、近寄られただけで圧し潰されてしまいそうな存在感を放つ深紅のドラゴンがその前足の爪を伸ばして自分を突付いていたのだという、悪い冗談のような事実を認識させられてウィステリアの歯の根はがちりと鳴った。
「な……どう……して……」
 咄嗟に跳ね起きようとして膝が崩れる。無様に尻餅をついたままで懸命に後退ろうと足掻くが、いくらも退がらないうちに後頭部が壁に触れてそれ以上の逃走を否応なく断念させられる。
 そうだ、剣は何処へ行ったのだろう。縋るように辺りを見渡した視線の先に、ひょい、とぶら下げられた銀色の輝きが現れる。
『探してるのはコレか?』
 一瞬、歓喜した意識はしかし、あっという間に絶望に塗り潰された。
 凱旋の暁にはドラゴン殺しの銘を授かるはずだった大剣はそれをつまみ上げた深紅のドラゴンの前足の中、藁細工でも潰すような気軽さで捻じ折られ、握り潰されてあっと言う間にただの鉄屑へと姿を変える。
 もはや為す術など何一つ無い。
 がくりと項垂れたウィステリアの眼前を、ひゅ、と小さな音を立てて白いものが下から上へと動いた。同時に、頭を強く殴られたような衝撃が襲い、目の前に火花が散る。背中が壁にどうと打ち当たる感触に、何か硬い物同士がぶつかって砕けるような音がかぶさる。
『…やっぱり牝か。人間の騎士とやらには珍しいな』
「え……?」
 ドラゴンの呼気か、乾いてどこか熱い空気の流れが額をくすぐったことに束の間困惑する。
 次いで、自分の頭から兜が失われていることと、その兜が岩壁にでもぶつかった衝撃でかすっかりひしゃげた金属の塊となってすぐ側に転がっていることに気付き、僅かに遅れてドラゴンがその爪の先で自分の頭から兜を弾き飛ばしたのだと言うことをようやく理解して肝を冷やした。下手に身動きしていれば首そのものが飛んでいたところだ。
 守るもの一つなく剥き出しの頭部を、甲冑の邪魔にならないようごく短く刈ったプラチナブロンドを、再びドラゴンの息と思しき空気の流れがなぶった。いつなんどき、業火や冷気、猛毒のブレスに変わるともしれない怖ろしい武器。しゅうしゅうと湯が沸くような呼吸音──聞こえるそれは何故かひとつではない。

 兜を失い、広くなった視野は容易に見たくもない光景を拾い上げてしまう。
 目前にいる巨大な深紅のドラゴンの脇腹辺りへ身を寄せるようにして丸くなり、おそらく眠っている、暗い紺碧の鱗を纏った中型のドラゴン。
 ようやく頭はぼやけた記憶を明確な情報として把握することに成功する。
 気を失う寸前の光景──対峙した紺碧のドラゴンの喉元へと剣の切っ先を据えた瞬間、横合いから突如現れた深紅の影に自分の体は宙へ舞い上がるほどの勢いで叩き飛ばされたのだ。鎧やマントに衝撃を殺す守護魔法が施されていなければ、おそらくその一撃で体がひしゃげて死んでいた。
 信じられない。まさか複数のドラゴンが待ち受ける場所に自分が踏み込んでしまったなどと。
「ま…さか……ひとつの巣穴に二頭以上のドラゴンがいるわけが……」
 ドラゴンの生態について人間が知っていることはまだそれほど多くもないが、それでもこればかりは間違いがないはずの常識を覆されてウィステリアの白皙は驚愕に歪む。
 個体として強力な生物が大抵はそうであるように、一頭のドラゴンの縄張りには数百年に一度の繁殖期といった例外を除いて別のドラゴンが存在することなどまずありえない。はずだった。
 しばし唖然とした後、俄に怯えが驚きに取って代わろうとするその様子を楽しんでいるかのように、深紅のドラゴンが喉の奥で笑う気配。
『俺達は同じ卵から生まれた双子でね、わざとじゃないにしろ俺が色々多めに分捕っちまったせいで大きさはだいぶ違うんだが。ま、何事にも例外ってヤツはあるもんだ。勉強になっただろ? 人間の騎士』
 たいそうな教訓を得た代償は生命というわけだ。己の迂闊さか、それとも運命の神の悪意にか、何処へぶつけていいのかも解らない口惜しさにウィステリアの菫色の瞳が憂色を帯びて伏せられた。
 この後はあの巨大な牙が並ぶ顎に喰い殺されるのか、鋭い爪を具えた前肢に潰されるのか、それとも灼熱のブレスで跡形もなく蒸発させられるのか。ドラゴン殺しに失敗した人間の辿る末路は、成功の際に得られるだけの全てと釣り合うが如く、無惨なものと決まっている。

 そういえば、何故戦いに敗れたその時点で殺されなかったのだろう。
 もしかしたらこんな風にお前は挑む相手を間違えた愚か者だと突き付け、嬲るためだろうか?
 仮にそうだとしたら、その強大な力に似合わぬ趣味の悪さというわけだ。
「……こ、殺すなら、さっさと殺せ……」
 せめても矜持は守るべく、潔さを取りつくろおうとした言葉に応じたのはしかし殺意ではなく、奇妙に鷹揚な、笑いに似た波動だった。
『殺すのはいつでも出来るが丁度退屈してたところだ、もうちょっと遊ぼうぜ』

 いったい、この怪物は何を言っているのか。
 訳も解らず、困惑しきった顔を上げたウィステリアの目の前で、ふいに深紅のドラゴンの体が縮んだように見えた。
 いや、気のせいではなく、確かにドラゴンは小さくなっている。その小山ほどもある巨体の輪郭がぐっと、何か見えざる手にでも押し潰されているかのように収縮し、内側へ向けて落ち込んで行く。巨木の幹にも紛う四肢も、分厚い鱗に覆われた皮膚も、鋭い牙を並べた口吻も、長い頸も尾も翼も何もかもが裏返るように歪み捻れて見る見るうちにドラゴンの姿はすっかりと失われて行き、最後に残るはただ、あたかも泥を捏ねてでもいるかように形を変えながら脈動する赤い光の塊だけとなる。
 下等な魔物が使う幻術のように偽りの姿を体の表面に纏うのではなく、人の魔術師が多くはそうするように相手の五感を騙して錯覚させるのでもなく、正真正銘、その体積と質量を紙でも折るように畳み込んで別の姿へと作り変える。
 ウィステリアがいま目の当たりにしているのはそんな、人間の次元ではまず使いこなすこともできない高等魔術のひとつだった。

 驚きに見開いていた目をほんの僅かに瞬き終えた時には、ドラゴンのいた場所にはただ一人の、芸術家の手になる彫像の如くに均整の取れて逞しい肢体と精悍な面差しを具えた青年が立っていた。
 紅玉を溶かして糸にしたかのような色の髪と、その落ちかかる合間から覗く金色の、縦に長い瞳孔を持つ眼だけがたった今までそこにいたドラゴンの面影を匂わせる、それ以外はどこから見ても完璧な人の姿。
 赤銅色のなめらかな皮膚の上を這う血の色をした呪式の紋はどこか、南方の辺境に住む蛮族が彼らの旧い神への信仰の証として肌に纏う刺青めいても見えた。

 一見しただけならひとりの美しい青年とも思える──その全身から滲み出る、窒息させられそうなまでに強い圧迫感を伴う力の気配を無視できるものなら──「それ」は、ゆったりとした足取りで洞窟の壁に寄り掛かるようへたりこんだウィステリアに近付き、その傍らに膝をついて身を屈めた。
 血色の呪紋が絡み付いた腕がすっ、と伸ばされ女騎士の白く華奢な頤を捉えて上向かせる。大して力を籠めているようにも思えない指先はしかし鋼のように強靱で、振り払うことはおろか僅かに抗う事すら叶わない。
「ああ、眼も髪も綺麗だな。作りも悪くないし体も丈夫そうだ」
 先程までの脳裏に直接響く声とは違う、実際に空気を震わせて伝わる生身の声が覗き込む男の口から紡がれる。
 己の容姿を評価されたのだと、いやに現実感に欠けた認識がウィステリアの頭に届く間もなく、その唇は突然に彼女のそれを塞いだ。
「……!? んんっ、んぅ…!!」
 予期もせぬ出来事に一瞬呆然とし、僅かに遅れて熱く濡れた感触が唇をなぞるのにはっと意識が立ち戻る。
 ぬるりと柔らかく、僅かにざらついた何かは些か強引にウィステリアの唇と歯列をこじ開けると口中への侵入を果たし、歯茎の裏と言わず上顎の粘膜と言わずじっくりと舐め上げ、怯えて縮こまる舌を絡め取っては強く吸い、軟らかなその表面を擦り合わせるように弄んだ。
 ぐちゅぐちゅと二人分の唾液が混ぜ合わされる湿った音が耳に届き、口の端から顎まで生温い滴が垂れるのを感じる。唇を奪われたのだと、そして今もなお相手の舌で口腔中を蹂躙されているのだと気付いたところでもはや抵抗することも出来ない。
 目の焦点も合わないほどの至近からじっと覗き込んでいる金色の瞳に呪縛されたように──ドラゴンの瞳は邪眼だと、頭の何処かで今やもう役には立たない知識がちらりと瞬く──全身の筋肉が動くことを忘れてしまっている。唯一、塞がれっぱなしの口から空気の供給を絶たれた肺腑が息苦しさに音を上げ、喉の奥から許しを乞うような、言葉の形を為さない響きを漏らし、目尻には涙を滲ませた。
「っは………、ぁふ…………?」
 不意に唇を解放され、涎が口元を汚すのにも構わず慌てて咳き込まんばかりに呼吸を貪る。
 喉の奥をどちらのものともつかない唾液と、何か形のない、しかし奇妙な気配を伴う感触が滑り落ちていった。

「……な、にを……した……? 今……」
 切れ切れに押し出した、喘ぐような質問にも目の前の男は答えず、ただじっと何を考えているのか汲み取りがたい表情でウィステリアを覗き込んでいる。
 その表情は動かぬまま、赤銅色の指が女騎士の顎から離れて、その首筋を覆う鎧の喉当てにぐっと掛けられた。

「な………っ!?」
 めきめきと耳を覆いたくなるような音と共に胸甲が歪み、留め金が弾け飛ぶ。紙でも裂くかの如く、鍛えた金属と革で出来た鎧がその下のダブレットや衣服ごと引きちぎられていくのをウィステリアは悪い夢でも見ているような心地で目にした。
 光沢を消した銀と黒の覆いが、自分を守るべき防壁が剥ぎ取られ、喉元から足の付け根までの色白い柔肌が露わにされる。抑えつけるものを一切失ってまろび出た、内心その大きさに多少の厭わしさを感じている二つの乳房がその自重で弾み、たわわな果実にも似た姿が外気と見下ろしてくる視線の中に晒された。
「柔らかくて触り心地いいんだよな、人間の牝は」
 微かに笑いを含んだ声と共に、剥き出しの素肌に男の手が這わされる。
 引き締まった脇腹をゆるりと撫で、薄く脂肪を纏わせつつもよく鍛えられた腹筋をなぞり上げ、俄に激しい鼓動を刻み始めた胸の上を悪戯っぽく指先で突っつき、そしてふるふると、体の震えを如実に反映して揺れている二つの膨らみを両手で鷲掴んだ。
「あうっ!!」
 指が食い込むほどの強さで柔い肉を圧されたウィステリアは悲鳴を上げた。
 少し遅れて、己の今受けている辱めを自覚した意識が顔に朱を上らせる。
「なっ、何を、何をする…貴様……!!」
「お前を犯してる」
 あっさりととんでもない答えを返した男は大した事でもない、という様子でなおもウィステリアの乳房を揉みしだき続けた。
 じきに、ただ掴むだけではなく付け根から絞るようにじわじわと頂へ向けて揉み上げたり、左右交互に外側へ回すよう捏ねたり、淡く薔薇色に染まってしこり始めた頂点を摘み上げ指先で押し潰したりと与えられる刺激は多様になり、望まざると関わらず胸に血が集まって重くなる感覚に、自然と熱を帯びはじめた呼吸は忙しなく上ずって行く。
「……い、いや…だ……やめろ……っ!」
「ここへ勝手に転がり込んで来たのはお前の方だろ。ドラゴンの巣の中にあるものは全てドラゴンのものだ。宝も、牝もな」
 牝、と家畜のように扱われる言い草に知らず全身が怯えて縮こまる。自分を組み敷いている、美しい青年の姿をした怪物にこれから自分がどういう目に遭わされるのか、最悪の予感に背を冷やす怖気が止まらない。目の奥がかっと熱くなって、堪えることも出来ずに零れ出た涙が頬を濡らした。
「おっと、急にしおらしくなったな?」
 目尻に溢れた涙を舐め取って、深紅の髪の男が少し意地の悪い笑みを唇に乗せる。
 僅かに塩気を含んだ口づけに再び呼吸を塞がれた後、その唇は顎の線を伝うようにして首筋へ落ちて行き、そのまま胸まで、するりと滑り降りた。

「……っ!」
 乳房を掴み上げている指の力とは裏腹な優しさでそっと胸の頂を舐められ、乳輪のきわまで唇に含まれて軽く吸い上げられる。幼い頃に騎士を志す誓いを立てて以来、一度たりとも男に触れられたことのない柔肌は初めて感じる未知の刺激にぞくぞくと戦慄いて震えが止まらない。熱い口中に含まれたまま、尖らせた舌先でぷくりと立ち上がりはじめた乳首を転がされる感触に頭の中はすっかりと掻き回されて思考を忘れ、背筋がびくりびくりと跳ねて身体の芯に火が点される。
 いつの間にか男の手は乳房を解放して再び柔肌の上を這い回っていた。脇腹から滑らされた掌が体の強張りを解すよう背を撫で、もう片方は太股のすべらかさを楽しんでいたかと思えば尻に回されて弾力のある肉と脂肪の柔らかさを存分に味わう。唾液の糸を引いて乳頭から離れた唇もその手指を追うように体の表面を下り、心臓の上に、肋の下に、臍の窪みに軽くキスを落として行く。
 その唇が、両脚の間を淡くけぶらせている繁みに辿り着いたのを目にしてウィステリアの口からは狼狽の声が小さく上がった。が、それには構わず男の唇と舌は繁みを分けてその奥で秘めやかに閉じられた花弁を捉える。つうっと伸ばされた舌先に触れられて、知らぬうちに蜜を滲ませ始めていた秘所はくちゅりと濡れた音を立て綻んだ。
「や……っ!? なに…を……!」
 自分では触れたこともない場所を男の舌に舐られてウィステリアの頭は驚きと困惑に支配される。
 だが、しばらく花弁の形をなぞるように動いていた舌先がその合わせ目を開いて中に入り込んで来た途端それまでのくすぐったいような、ただ恥ずかしいようなというだけの感触とは段違いの刺激が脊椎を駆け上がり、しなやかな肢体は弓が引き絞られるように背を仰け反らせてのたうった。
「…っ! ふ……や、ぁっ……やだあぁあ…っ!!」
 ぬめる粘膜を掻き分けて、熱く濡れたものが体の中に侵入してくる。
 おそるおそるその場所へ視線を遣れば、股間に顔を埋めた男の深紅の髪が自分の下腹をくすぐっているのが目に入った。その口元から立つ、獣が水を啜るようなぴちゃぴちゃと言う音に、全身で最も秘すべき場所を他者の口に舐められているという事実に、いっそう煽り立てられた羞恥が女の頭を狂ったように振りたくらせる。
「ぃあ………や…めて………ぉ…ねが……っ……」
 弱々しく震える声で哀願を重ねても男の舌はそこを解放しようとはしない。
 むしろ、より激しく秘裂の内側を舐り上げ、次第に量を増して滲み出す愛液を啜り、時折充血しきった陰唇を甘噛みすらし、心ゆくまで女の体とその恥辱を味わい尽くそうとする。
 蹂躙者を己が身から引き剥がそうと、ウィステリアの両手がその頭に掛かるが今や肉の本能を強引に拓かれつつある体には僅かも力が入らず、ただ深紅の髪を指に絡めて、むしろ強請るような動きで腰を揺らすことくらいしか出来ない。

「……まあ、こんなもんか……?」
 しばらくして脚の間から口を離し、上体を起こして淫蜜に塗れた唇を舐める青年の顔を、言葉を、ウィステリアは霞の掛かったような頭でぼんやりと眺め、聴いていた。
 顔の横に手をついて覆い被さるよう覗き込んでくるその表情が、下肢に回されたもう片方の手が腰を抱えるようにして浮かせている感触が、どろどろに蕩かされた場所へ押し当てられたひどく熱い硬さが、それぞれ体の各所でばらばらに受け止められていて、まとまった情報として頭に入ってこない。

 しかしそんな混乱も、たっぷりと濡らされてはいても未だ狭い場所を圧し拡げるようにして侵入して来た暴虐に、その質量が与える圧迫感と固く閉じた襞がこじ開けられる痛みにあっという間に塗り替えられ、暗い洞窟の中に苦痛と絶望に塗れた女の悲鳴が甲高く響き渡った。
「ひ…ぁ……っあ、ああああ!! ……嫌…っ、いやぁ…! やぁああ!!」
 既に騎士としての矜持も何もかも投げ出し子供のように泣き叫ぶウィステリアの腹の中で、灼けた棒杭のようにも感じられる太く大きなものが動き回っている。
 今の今まで未通女の純潔を保っていたはずの秘裂からは鮮やかな血の滴が落ち、失われたものを嘆く涙のように白い肌へと紅の筋を描いていた。
 激しく前後する怒張に圧し拡げられ容赦なく擦り立てられる花弁はいよいよ濃く色付き、零れ出る蜜を纏わされてぬらぬらと艶やかに濡れそぼる。
「なんだ、まだ一度も牡と交尾したことが無いのか? お前」
 恐怖と痛みに怯える女の身体を貪る腰の動きは僅かも弛めないままに、深紅の髪の青年は意外そうな表情をしてただ泣きじゃくるウィステリアの顔を覗き込み、涙と汗で湿る頬をそっと撫でた。
 その手つきも、声音も、ひどく優しげなものではありながら唇に乗る笑みは刃のように薄い。 
「そいつは運が無かったなぁ」
 耳元に囁かれる声を、ウィステリアは既に意味のある言葉としては理解できていなかった。
 白い肌は淡く朱に染まり、全身から噴き出す汗にじっとりと濡れている。
 胸も、腹も、身の内に蟠る熱を逃がそうとでもいうのか大きく忙しなく上下し、炎天下の犬のように舌を突き出した口元は荒い呼吸をただひたすらと繰り返す。
 もはや何処にも焦点を結んでいない菫色の瞳が、うつろに男を見上げてゆるりと緩慢に瞬いた。
「…っぁ……ふ……」
 幾度目かの口づけから開放された唇からは心なしか蕩けた、熱の絡まったような吐息が漏れる。
 半ば放心状態で男を受け入れていた口腔内では桃色の舌がひくつき、飲み込みきれずこぼれた唾液は口元を濡らして顎の付け根へと伝った。
 その雫を拭うように男の舌が頬から耳元へと舐め上げ、人間のものよりは幾らか尖った白い歯が軽く耳朶を噛む。反射的にびくりと跳ねる体は強い力で抑え込まれてどこにも逃れられず、薄く付けられた歯の痕を舐め取るように舌先がなぞるたび、かたかたと身を震わせた。

「や…っ、い…や……ぁ…、…も………ゆ…るし…て……」
 時折、波が寄せるように浮上する意識は弱々しく身を捩らせ、譫言めいて呂律の回らない声で憐れみを乞うも、それが効を奏することなどありはしなかった。
 そればかりかむしろ相手の嗜虐心を煽り、征服欲を満足させる助けにしかなっていないのだが、肉体を満たして暴れ回る熱に喰い荒らされた理性はそんな事に考え及ぶべくもない。
 慈悲も、容赦もなく蜜壺への抽挿を続ける肉棒はぬるつく粘液と空気を巻き込んでぐぷぐぷと厭らしい音を立てる。
 その音に追い立てられるように、次第と女の腰がぎこちなく動き始めた。
 腹の奥を抉る律動から逃れたいのか、上へ、上へとずり上がろうとする動きはしかし、男の手に敢えなく引き戻されて、却ってより深く、強く陵辱者を咥え込むばかりのものへと変わる。
 どうにもならない身体にただ嫌々と首を振ることしか出来ない哀れな女の、涙に濡れる瞳に縋るような光がふいに浮かんだ。下腹から背筋を走って頭の裏側まで這い上がる感覚が全身を瘧の如く震わせ、白い両手が何か掴まるものを探すように頼りなく宙を泳ぐ。
 その手を捕らえて自分の背に回させ、深紅の髪の青年はいっそう強く、限界まで深く己の怒張をウィステリアの最奥へ突き入れた。
 膨れ上がった牡肉がぎちぎちと締め付ける粘壁を圧し拡げ、張り出した笠と浮き出す血管が脈打ちながら腹の中を擦る感覚に女の頸ががくりと仰け反る。
 喉の奥に留めることも出来ずに囀られる、苦しげな、しかしどこか甘い熱っぽさを帯びた泣き声。
「…イイ声で鳴けたご褒美だ」
 耳に流し込まれる声と同時に、どくりと腹の中で何かが弾けた。
 熱い迸りが奥の奥まで叩き付けられ、狭い空洞がいっぱいに満たされる。
 下腹から全身に拡がった熱で染め上げられるような、脳天から爪先までを焼き焦がされるような感覚に、ウィステリアの喉はひときわ高い叫び声を放った。
「……あ、…はぁ……っ…!!」

 身体の奥底まで汚され、怪物の所有を刻みつけられたことを混濁する意識のうちに悟った女騎士の瞳からはぼろぼろと止めどなく涙が落ちる。
 その雫を赤銅色の指先で拭い、汗に湿る髪を奇妙に優しい手つきで掻き撫でた影がぼやける視界の中で小さく笑ったように見え、次の瞬間全てが暗闇の中に沈んでウィステリアの思考はぷつりと途切れた。

 ぼんやりと目を開けば、薄い明かりと岩の天井が視界に入る。
 いま自分が何処にいるのかを咄嗟には把握できずに、とりあえず体を起こそうとし、途端に腰から全身へ走る鈍痛にウィステリアは己の置かれた境遇を、思い出したくもなかったがまざまざと脳裏に甦らせた。

 ここはドラゴンの巣穴で、自分はその一画に設えられた寝床に――その広さからしてどう見てもドラゴン用ではない、柔らかな枯れ草を厚く敷き詰めた上に何かの毛織物が一枚敷いてあるそれなりのものだった――横たえられている。
 苦心して上体を起こし己の姿を確かめてみれば、鎧も衣服も引きちぎられ剥ぎ取られて僅かに手足の先にガントレットとサバトンが残っているのみ、あとは隠すものない素裸で、しかも腿の内側には純潔を汚された証である血液と、それを奪った相手のものに違いない精液とが乾いてこびり付いている、もはや惨めこの上ないといった有様。
 肉体的な苦痛よりもむしろ屈辱に灼かれる心がちりちりと鋭く痛む。

 見たところ、洞窟の中には自分の他に動くものは何も存在していなかった。
 二頭のドラゴンはいずこへ姿を消したのか。餌でも獲りに出掛けたものかそれとも縄張りの見回りか、いずれにしろ自分を見張るために片方を残しておくほどの必要も感じなかったのは確からしい。
 逃げられるとは思っていないのか、もしくは逃げても一向に構わないのか。
「馬鹿にされたものだ……」
 自嘲めいた呟きを漏らしつつ、立ち上がろうと試みる。全身が軋んで悲鳴を上げたくなったが辛うじてそれを呑み込み、岩肌のごつごつした壁面に縋るようにして膝を伸ばす。
 ふと見下ろした己の姿の、あまりのみっともなさに慌てて周囲を見渡せば寝床となっていた一隅の更に奥の方に、昨日剥ぎ取られた甲冑が打ち捨てられていた。
 それも殆どは歪み潰れ、或いは引き裂かれて使い物にならないのは一目瞭然だったが、肩甲と共に外れていたマントだけは織り込まれていた防護魔法の効か奇跡的にほぼ無傷なようだ。
 もはや用を成さないガントレットは鎧の残骸の上に棄て、サバトンもブーツを残して取り外し、身軽すぎる格好となったウィステリアは裸身にマントを巻きつけてとりあえずの衣服代わりとすると、重く引きずるような足取りでドラゴンの巣穴から這い出した。

 洞窟からいくらか歩けば、程なくして足は鬱蒼とした森へと踏み入れる。
 すぐ近くに強大な怪物の巣があるというのに森の中は不思議なくらいに穏やかな静けさに満ちており、聞こえる音といえばさわさわという葉ずれの音と小鳥たちの囀りくらいのものだった。
 この森を抜け、半日ほど歩けば拠点を設けた僻村に辿り着ける。
 鎧も剣も、誇りすら失った惨めな姿であれだけ意気揚々と出立した場所へ戻ることを思うと相当に気は重いが、生きてさえいればこの先更に修練を積み、いつかはあのドラゴンを討ち果たして恥辱を晴らす機もあるかもしれない。
 そう自分に言い聞かせながら、ウィステリアは鈍る足取りを森の奥へと進ませた。

 おかしい。
 ドラゴンの洞窟を出て、森に入ってからずっと、太陽の位置で方角を確かめながら進んできたはずなのに。
 途中で水場を見つけて体の汚れを洗い流したり、そのまま少し休憩を取ったりなどはしたが、勿論その分の陽の傾きも計算に入れて正しく森を出る道を選んできたはずだ。

 なのに何故、いま目の前に聳えている岩山はドラゴンの棲処たる洞窟をその中腹に抱えたそれなのか。
 愕然と、ともすれば辛うじて立っている足から力が抜けて膝をついてしまいそうな様子のウィステリアに、不意に場違いとも思えるほど和やかな声が掛けられた。
「おかえり、ちょっと遅いから探しに行こうと思ってたんだよ。大丈夫? お腹とか空いてない?」
 ぎょっとして声の方に視線を向ければ、まだ10代半ばほどの背格好をした少年がにこにこと小首を傾げている。整って品のある顔立ちと、色白な肌にさらさらとした紺碧の髪は貴族や聖職者が連れている侍童めいた中性的な綺麗さだったが、しかしその首から下は細身の体に膝下までの丈の粗末なズボンを一枚穿いているだけのほぼ裸と言ってもいいような姿で――今のウィステリアに他人の格好をどうこう言える資格はないが――その剥き出しの胸や腕、背中や素足に色濃く刻まれた群青色の呪紋と人懐こそうな笑みを浮かべている金色の瞳が、その小柄な姿の中に折り畳まれている「もの」の正体を雄弁に物語っていた。
 昨日、ウィステリアが倒そうとした暗い青色のドラゴン。よく見れば、あの時斬り付けた場所なのだろうか、右の前腕には包帯のような布を巻いている。
 危ぶむような眼差しに気付いたのか、少年は小さく頷き、変わらずのんびりとした口調で答えた。
「兄さんがね、あなたが慣れるまで人間の姿でいる方がいいって言うから。確かに、あんまり大きさが違うと話もしづらいしね」
 言いながらごく自然な動作でウィステリアの手を取り、軽く引く。
 華奢とすら思える見た目の体格を裏切ってやはりその力は並みの大人とも比べ物にならないほど強く、思わずよろけるように一歩を踏み出したウィステリアはもはや、黙って少年について行かざるを得なかった。

「よう、散歩は楽しかったか? 人間」
 洞窟の入り口で、野生の猪と思しき獲物を肩に担いだ深紅の髪の青年が少し意地の悪い笑みを浮かべ立っていた。赤銅色の肌に血色の呪紋を帯びた体は昨日見た時と変わらなかったが、今は何か獣の毛皮で作ったようなズボンを穿き、長い腰帯を大雑把に巻きつけた格好をしているため、傍らに立っているもう一人の姿とも相まって、本当にどこかの蛮族に囲まれているような気分になる。

「何故……私が、戻ってくると……」
「ああ、そりゃ呪いを呑ませておいたからな。俺たちの縄張りからは一生出られねえよ。じゃあメシにしようぜ」
 顔を引きつらせた女騎士の問いに事も無げに答え、深紅のドラゴンは獲物を担いだまま大股に洞窟の中へと戻っていく。
 紺碧の髪の少年が背を押して促すのに半ば茫然自失の体で従い歩みながら、ウィステリアの頭の中には昨日口付けられたときに何か流し込まれたと感じたものの正体への合点と、今しがた耳に送り込まれた言葉の持つ絶望的な意味とが嵐のように渦巻いていた。
「…一生……出られない……?」
 呆然と呟きながら洞窟の床にへたりこんだウィステリアには構わず、深紅のドラゴンが変じた青年は右手の指先の爪を鋭く伸ばして狩りの獲物を解体し始める。
 切れ味の鋭いナイフのような鉤爪は獣の毛皮を容易く裂き、くるくると身から引き剥がして床に落とす。次に腹側の肉を切り開くと内臓を引き出して剥いだ皮の上へ分け置く。
 あっという間に死んだ獣から骨付きの肉へと変じたそれに向かい、青年がふっと息を吹き掛けるや否や、じゅうじゅうと音を立てて脂を滴らせる、焼けた肉の塊が出来上がる。

 その鮮やかなまでの手際に思わず一瞬他のことを忘れ、ぽかんとした顔で目を奪われてしまっていたウィステリアはふいに、昨日自分があの手に抱かれ、あの口に口付けられたことを思い出して背筋がぞっと寒くなった。

「ほらよ、焼いてやったから食えるだろ」
 目の前に差し出された肉を反射的に受け取って、一瞬素直に口まで運ぼうとしてからウィステリアははっとしたように顔を上げ、深紅の髪の青年を睨み付けた。
 しかし体は騎士の虚勢を裏切って、目の前の食事が欲しいと情けない音で腹を鳴らす。
「食えよ」
 首筋まで真っ赤になって俯く女を青年はひどく面白そうな表情で眺めながらも、気味の悪いほどに優しい声音で食事を促した。
 僅かの間逡巡した後、ウィステリアは不承不承といった感じで肉に口をつける。
 一口食べてしまえば、ほぼ丸一日何も腹に入れていなかったことを思い出した胃袋は貪欲に栄養を求め出す。騎士ともあろう者がみっともない、そう頭のどこかで思いながらも手は勝手に伸びて、再び手渡される肉を受け取っている。

 曲がりなりにも腹が満たされ、人心地が付くにつれウィステリアの脳裏は冷静に、今己が置かれた状況をはっきりと自覚しはじめた。
 功名心に逸って身の丈も弁えずにドラゴンへ挑み、敗れ、騎士の誇りはおろか純潔までも奪われた上、当のドラゴンに食事を恵んでもらっているという不様この上ない身の上を──

 肉を食む口の動きがのろりと鈍って、目と鼻の奥がじん、と熱くなり自然と視界が歪む。
「どうしたの? どこか痛いの?」
 すぐ隣に座っていた紺碧の髪の少年が覗き込むように尋ねてくるが、涙にぼやける目の端でそっと見やれば先ほど取り除いた獣の内臓を生のまま喰らっていたらしく口元が血だらけで、余計にいま自分が怪物の巣に囚われている事を思い知らされるばかりだった。

「泣くなよ、くだらねえ」
 同じく獣の血に塗れた口元を手の甲で拭い、深紅の髪の青年は女騎士の嘆きを切って捨てた。
 血色の呪紋を纏った手が白い頤を掴み上げるようにして俯く顔を上向かせ、涙の膜に覆われた菫色の瞳を金の邪眼で正面から射抜く。
「人間の騎士ってやつは名誉なんて喰えもしないモノのために俺たちドラゴンを殺しに来るんだろう?
 なら負けた時はその代価を何で支払うべきか、お前は解ってるはずだ」

 そう、解っている。
 生命には名誉を、名誉には生命を。

 ……解っているつもりになっていた。

「解ったら大人しく、俺たちに飼われろよ」
「飼………!?」
 青年の倣岸な笑みを刷いた唇から吐き出される言葉に自然と眦がつり上がる。
 が、ウィステリアの反応など一切意に介さない様子でその唇は更に言葉を継いだ。
「人間なんてのはやたらと無駄に数が多いわ、弱っちいくせに何処にでも入り込んできていちいち手前勝手な言い分を押し付けてくるわでうざってえ生き物だが、ひとつだけいいところがある」
 頤を掴んでいた指がするりと滑らされて頬を撫で上げる。
 正面から覗き込んでくる金色の目から視線を逸らしたいのにそうすることが出来ない。
「霊的な免疫が低いお陰で、ある程度仕込んでやれば種族が違っても繁殖用に使えるところだ。最近は俺たちの同族もすっかり減って、ちゃんとした牝にお目にかかる機会も無いからな」

 何を言われたのか、ウィステリアが言葉の意味を飲み込めるまでに僅かに時間を要した。
 理解したところで、全身が震えて頽れてしまいそうになる。
 そうだ、先ほど既に思い知らされていたはずだ。
 一生、ここからは出られない――大人しく、飼われる――ドラゴンの子を孕むための牝として――

「い…や……厭だ、そんな………」
「お前にそれを選ぶ自由はないぜ?」
 青年の顔が鼻の頭が触れ合うほどにも近付き、ゆっくりと唇が重ねられた。唇をなぞって割り開かせた舌先がぬるりと口中に挿し入れられる。擦り合わされる舌の表面に感じる獣の血の生臭い臭い。
 腕を突っ張って退けようとするのも空しい抵抗に終わり、腰と背中に巻きついた腕がウィステリアの身体を有無を言わさず抱き寄せる。
「元の大きさでぶち込んだらすぐに死んじまいそうだからな。しばらくはこっちの姿で慣らしてやるよ」
 強く引っ張られて、身につけていた布は破れこそしなかったものの敢え無くするりと解け落ちた。
 一糸纏うもの無い、もとい靴だけは履いているものの、それが余計に惨めさを増すだけの姿となった女を抱き上げた青年は巣穴の片隅に設えられた簡素な寝床に足を向ける。

 枯れ草の褥に背を預ける形に横たえられたウィステリアにはもはや抗う術も無く、ただ呆然と、自分にのしかかる人の形をしたドラゴンを見上げる事しかできなかった。



 木々の葉陰を透かした光が柔らかく降り注ぐ森の中、小さな泉のほとりに膝をついたウィステリアは水面に映る自分の姿につい眉を顰めた。
 澄んだ水鏡から左右を逆に視線を返してくる女の様相に、今や王都の騎士らしい面影を見て取る事は難しい。
 かつてはごく短く整えられていた髪も今はばらばらと頬や首筋に鬱陶しくかかるほどの長さにまで伸び、表情もすっかりと厳めしさを失っているように思える。
 身に纏う物といえばまた獣の皮や生の布を裁ち縫っただけの簡素な衣のみで、この姿を誰か人が見ることがあるとしてもけして騎士や貴族などとは思われまい、せいぜい森に棲む樵や猟師の女房か、何処かの辺境より迷い込んだ蛮族女と見られるのが関の山だろう。
 まるで時が止まっているかのように季節の移ろいを感じないこの地にあっても、実際のところ時間の経過は様々なものを奪い去っていく。


 そう、もう既に5ヶ月ほども経ってしまっている──ウィステリアが、ドラゴンの棲み処に囚われてから。

 最初の頃こそほぼ連日のようにドラゴンの縄張りから抜け出そうと足掻いていた女騎士も、その度に結界の内側をくたくたに疲れ果てるまで迷わされ、挙句に元の出発した場所へ戻され続けることの徒労感にいつしか倦んでしまったものか次第と日を空けるようになり、近頃は朝まだ目が覚めていないふりをしてドラゴンたちが巣を出かけていく隙を窺うことも少なくなってきている。

 ふう、と気鬱そうな溜息をひとつ吐いてウィステリアは水面に映る自分の姿から視線を外した。
 今日も脱走の途中で迷ったのではなく、最初からこの水場を目指して森にやって来たのだ。
 結界の外を目指さず、ただ縄張りである森の内側を歩くだけなら体内に巣食う呪いも邪魔をせず、こうしてすんなりと目的の場所へ辿り着かせてくれる。
 ひやりと冷たい水の中に手を差し入れて、掌や指に軟らかな抵抗を感じていると、不意にいつだったかドラゴンから問われた言葉が思い出され、知らず口元へ苦笑に似た表情が纏わりついた。
 何故、巣の中の泉を使わないのかと──なんとも怪訝そうな、自分の思い過ごしでなければ僅かに不満そうな色を含んだあの声音。

 確かに、ドラゴンの巣穴となっている洞窟の奥にも小さな泉はある、というかごく最近作られた。
 ふた月ほど前のことだったか、それは何かの拍子にウィステリアが日中度々、脱走とは別に森の泉へ足を運ぶ理由を訊ねた深紅の髪の青年が「ならこれを使えばいい」とばかりに魔法で地下水脈の一部を引きずり出したというとんでもない経緯で出来たものなのだが、しかしこういった事はただ便利でありさえすればいいというものでもない。
 口を濯いだり手を洗ったりするだけならまだしも、どうせ水浴びをして体を清めるのなら薄暗い洞窟の中に日がな籠もっているよりは周囲の眺めが彩りに満ちた森の中で、そして本性はドラゴンとはいえ、今は人の男の姿をしているあの兄弟の目を気にすることのない場所で行った方が気持ちが良いに決まっている。

 そのような些細な女心など理解しよう筈もないドラゴンの青年が、折角作ってやったのにと言いたげな表情と口調でそんな事を訊いてきたものだから、あの時もついウィステリアは笑い出してしまい、そして不覚にも思ってしまったのだった。
 ドラゴンのくせに、少し可愛い、などと。

 よくよく顧みてみれば、その頃から段々と、ドラゴンの巣穴から逃れようと試みる回数が減っていったのではなかったか。

 勿論、ウィステリアとてこんな所で一生を費やす──それも人外の怪物の慰み者、かつ子を為すための道具として──ことなど到底願い下げだ。
 どれだけ自由を奪われ、身を汚され誇りを砕かれたとしても、その心だけはけして変わらない。
 変わっていない、筈だ。


 思うに、あのドラゴンたちが意外なほど丁重に自分を扱うのが、取り込まれてしまうまいと抗う心を時として鈍らせてしまうひとつの原因となっているのではないだろうか。
 少なくとも、牝として飼うとは言いながらも地に這う獣じみた暮らしを強制するでもない、むしろドラゴンの側から人間の慣わしに、そして朝夕の寝起きや日に二度の食事など、数千年も生きる筈の生き物としては似つかわしくない程の細々としたサイクルに歩み寄ってさえいるのが現状だ。
 認めるのも悔しいが今のウィステリアの生命は彼らに扶養されており、与えられる食事も、衣服も、寝起きする空間も、些か素朴過ぎるとはいえ人としての尊厳を不要に損なうものではない。
 かつて王都の学院にて、ドラゴンなどというものはいくら高い魔力と知能を具えてはいようともその魂の本質は野の獣やモンスターと変わらないのだと教えられ、信じ込んできた常識を覆されて困惑を覚えるほどに、今こうして生活を共にする巡り合わせとなった二頭のドラゴンの振る舞いには人間くささとでもいうべきものを感じてしまう。

 実際、戦いに敗れた女騎士を自分たちの縄張りに閉じ込めたあの日からずっとドラゴンの兄弟は自ら宣言した通りその肉体を人の姿へ折り畳んだままで過ごしているのだが無論、見た目ばかりが問題という訳ではない。

 兄の方の深紅のドラゴンは言葉も行いも何もかもが野卑で粗暴そうに思えるのに、時に驚くほど理知的で繊細な一面を垣間見せることがある。
 本性はドラゴンであるから物理的な力も強いが魔力も高く、件の泉の件でも顕著なように人間ならば高位の魔術師や聖職者ですら扱うのが難しいだろう高度で複雑な術をいとも簡単に行使して見せ、縄張りである森から滅多に出ることもない割には不思議なほどに博識ですらあるようだ。
 勿論、夜毎に──そう、僅かに月経の期間などを除いては一日たりと空けもせず毎夜のこと──ウィステリアを抱き、犯す所行は初めから今日まで変わらず強引で容赦のない獣めいたものだが、それでいながら行為の最中やその他の日常の中、まれに見せる表情の柔らかさや声音の優しさ、野蛮と隣り合わせにある一種の愛嬌のようなものが、騙されまいと気を付けてはいるのにウィステリアの中からこの怪物を心底から憎もうとする気持ちをじわりじわりと削ぎ取ってしまいつつある。

 紺碧色をした弟の方は素直で裏表が無い。兄の半分ほどしか力を持たないのを反映した未成熟で中性的な容貌は大人しそうな第一印象を与えるが、思いの外に好奇心が強いのか、なかなかどうしていきなり突拍子もない言動に出ることもしばしばある。
 物理的な力も魔力も弱い──あくまでもドラゴンとして、は──分、柔軟な調整が利かせられるのか驚くほどに手先が器用で、しきりと人の暮らしがどんなものかをウィステリアに訊ねては日々ちょっとした品々を作り出し、頼みもしない内から住処である洞窟の中を人にとっても過ごしやすい環境へせっせと作り替えているのも彼の仕業だ。
 いま体に纏っている簡単な衣服も、はじめに引き裂かれてしまった服の代わりにと植物の繊維や獣の皮などを用いて彼が拵えたもので、それらについてウィステリアがささやかな謝意や賞賛を示すたび紺碧の髪の少年の姿をとったドラゴンはまるで母に誉められた子供のように心底嬉しそうな態度を見せる。
 通常、卵から孵った時点で親とも離ればなれに独り生きて行く習性の生き物に“甘える”という感情などない筈なのだが、これまで兄に守られてきたという特殊な身の上ゆえかウィステリアに向ける興味も専ら、仔犬が遊んでもらいたくてじゃれつくのに似た、邪気のないそれであるように思えた。

 深紅のドラゴンは以前、ウィステリアを兄と弟で共有の牝にするのだというような事を言っていたが、弟の方は交配の対象と言うよりはただ兄弟がひとり増えた程度にしか思っていないのではないだろうか。
 そこまで考えてウィステリアは些か安堵を覚え、そして──

 兄の方のドラゴンと交わる事じたいは、もはや不可避のものと納得しかけている自分にひどく愕然とした。


 暫しの間、ぼんやりと泉の水面へ視線を彷徨わせていたウィステリアだったが、やおら出口の無い思考を断ち切るよう頭を振り、すっくと立ち上がると纏っていた衣服を脱ぎ始める。
 重なり合う布地をまとめていた帯を解き、前をはだけた衣を肩から滑り落とせば、それ以上は下着も着けていない裸身が露わになった。

 何度か森の中を彷徨って解ったことだが、この周辺には狼や熊、下等な魔獣などの人間を襲うような生き物は棲んでいない──とびきり大きいのが二頭も奥深くに潜んでいるだけで充分だとは思えるが──ため、森の中で女独りであっても衣を脱いで無防備な姿を晒すことにさして問題は無い。
 が、それでもやはり僅かに落ち着かない気持ちで胸元を押さえるようにしながら泉に近付く。
 しばらく剣を握らぬ日々でだいぶ筋肉が落ちはしたものの、若木のようにすらりとした肢体は依然均整を保ってはいる。しかしただ一箇所、両の乳房のみが以前よりも大きさと重さを増したような気がしてならない。
 こうして明るいところで裸になり、その量感を改めて目の当たりにしてしまうとウィステリアは少しばかり憂鬱になった。こんなものは邪魔なだけなのに、どうして余計に大きくなったりするのだろう。もしかしたら、あの赤いのが事あるごとに執拗に揉んだり吸ったりするせいで腫れてきてしまっているのかもしれない。
 そもそも、ドラゴンは人や獣のように母の乳を吸って育つわけではないのだから、ああも乳房に執着を見せるというのもおかしな話ではないだろうか?
 何故と考えてみたところで答えが出る訳ではないが、まさか後で当人に訊いてみる気にもなれない。


 水辺の草の上に腰掛けるようにして、爪先をそっと泉に浸せば清冽な冷ややかさが皮膚にまとわりつく。
 凍えるほど冷たくはないとは言え、急に冷水の中へ飛び込む程には無謀ではないウィステリアは暫く、その水温を肌に馴染ませるよう泉の中に脚を遊ばせた。
 少ししてから、ゆっくりと体をずらして水に触れる部分を大きくし、さほど深くもない泉の底、腰まで浸るほどの深さに足をつけて立つ。手に掬った水を胸や肩にかけてから膝を屈めて肩まで水に沈み、体中を掌で擦るようにすれば汗のべとつきや埃っぽい汚れが肌から洗い落とされていくのが実に清々しく心地良い。
 しかし、やや強めに肩口や胸を擦ったところで、汚れは落ちても白い肌に散らされた紅い花弁のような鬱血の痕ばかりは消えもせず、冷やされたことでより鮮やかに浮き出て見えるのは些か不愉快だった。
 右の乳房の上についたその紅を指先でそっと触れれば、昨夜ここに触れていった男の唇と舌先の感触までもがまざまざと思い出されてしまい、知らず頬が染まる。
 この身体はあの深紅のドラゴンに隅々まで暴かれ、陵辱し尽くされて、顔も、首も、胸も腹も背中も、四肢の元から先、果ては口腔や秘所の内側まで、あの男の指や舌に触れられた覚えのない部分はただの一箇所もありはしない。
 体の表面を洗っていた手はふいに水中でのろりと動きを鈍らせ、厭わしげな仕草で脚の付け根をそっと撫でた。指先に返るすべすべとした感触。

 嫌々ながら視線を落とせば、水面を通して僅かに歪む白い下腹部の更に下、脚と胴の接合部が作る三角形は子供のように滑らかな、無毛の丘を頂いている。
 半月ほど前だっただろうか、それまでにも度々あった事だったが、性交を終えた後そのまま始末もせず、いや、させてもらえないまま相手の腕の中に抱き込まれるよう眠ってしまうと翌日は外に漏れた精液が縮毛に乾きこびりついて不愉快なのだと――そう直接的な表現では言えなかったが、色々遠回しながらも深紅の髪の青年相手に抗議したところ、そこで何をどう解釈したものか突然体をひっくり返され、止める間もなく陰部を覆っていた体毛を一本残らず剃り落とされてしまったのだ。
 思い出すだにあの時のやり取りは恥ずかしくも滑稽で、あまりの恥辱にすっかりと頭に血を上らせ食って掛かれば相手はとりたてて悪びれた様子もなく、逆に「無いと何か困るのか?」と質問を返され、それに答えることが出来ずに──無いと他者から未成熟と思われて恥ずかしいのだという体面など、ドラゴンの巣の中では微塵も意味を持ちはしないだろう──黙ってしまったウィステリアに、そんな余計なものは無い方が楽でいいと嘯いた男の手と口が――

「…………っ」
 淫らな記憶を辿るように指先は同じ場所をなぞり続ける。
 あれから日が経っても剃り落とされたものが再び生えてくる気配はない。おそらく何かの魔法でも同時に使ったのか、毛の根元まで取り除かれて無くなってしまっているようだ。
 何に遮られる事もないすべらかな肌をまさぐる指は次第とその位置を下げ、遂には両脚の間へ忍び込む。
「…ぁ………!」
 我に返ったときはもう遅い。
 泉の水とは明らかに違う、生温い粘液にぬめり始めていた花唇を押し分けるようにして自分の指が体の中に入り込んでしまったことに、ウィステリアの口から小さな狼狽の声が漏れた。
 これまでにも、そこへ指を入れて性交の残滓を掻き出すことは何度かしてきたが、今している行為は明らかにそれとは違う。
 交わりの名残を消すためではなく、逆にその感触を呼び起こすためのもの。あの時男の指と舌にされた事をなぞるよう、己の指が熱を持ち始めた秘花を弄り回し、何度も何度も蜜壺に沈められる。
 熱く湿った吐息が洩れ、胸の辺りが熱くなってじわりと重くなるような感覚。
 こんな浅ましい行為に耽るべきではないと脳裏から叱咤する己の意思が届いてはいないのか、指は一層激しく自らの性器を責め立てる。
 止まらない、でも自分の細い指などでは到底足りない。

「ふぅん、お盛んだな」
 不意に掛けられた声に、背筋が凍るような、全身の毛穴から汗が噴き出すような心地がしてウィステリアは弾かれたように顔を上げた。
 視線の先で、泉のほとりに生えた木に背を預けた深紅の髪の青年が、にたりと人の悪い笑みを口元に浮かべてこちらを眺めている。
「……や……ちが…っ、そ、んな」
 どこか身を隠せるような場所があったら即座に飛び込んでしまいたいのに、ここには水以外何もない。
 もはや言葉の形を為してない何ごとかを口走りながら水の中を慌てて後退ろうとしたウィステリアの体を、一瞬の内に距離を詰めてきた青年は容易く捕らえて腕を背中にねじ上げた。
 逃げるどころか抵抗もできなくなった女の耳に、低く笑いを含んだ声が流し込まれる。
「邪魔なもんが無いと弄りやすいだろ?」
「──────っ!!」
 耳の縁まで赤く染まった顔を、逸らす暇も与えず顎を掴んで上向かせ、慣れた呼吸で唇を塞ぐ。
 大した抵抗も受けずに差し込んだ舌でじっくりと口腔内を舐め回し、舌を絡ませて吸い上げながら、血色の呪紋を纏った両手は白く滑らかな肌の上を滑って水面下に没し、肌寒さにか、それとも別の原因によってか、ぞくぞくと戦慄く下半身を玩び始めた。
 男の大きな手が左右の尻臀を揉み、太腿を撫で回し、恥丘を捏ね回すようにして割れ目の間に挟み込まれた陰核を翻弄する。そのくせぬらぬらと蜜をこぼして待ち侘びている秘裂には少しも触れようとはせず、腕の中に囚われたウィステリアが焦れたように身じろごうとも、そ知らぬ顔で他の場所へ手指を這わせ続ける。
「……っ、んぅっ……っは、あ!」
 永久と続くかとも思われた口付けから解放された唇で荒い息を繰り返しながら、女の濡れた瞳はもの言いたげに深紅の髪の青年を見上げた。
 その意味するところを知りながら、意地悪を続けていた青年の金色の眼が不意に細められ、薄い唇が口角を上げてにいっと笑う。
「指ぐらいじゃ、足りない、よな」
 囁く程の声が耳をかすめて、ウィステリアがはっと我に返る間もなく、それまで抱きすくめていた男の腕が肩を掴んで体の向きを強引に変えさせた。
 二、三歩よろめいて上体をふらつかせた背後からぐいと腰を引き寄せられ、思わず後ろに突き出す姿勢となった尻のすぐ下に熱い塊が触れるのを感じる。
「……あ、やだ、待っ………!?」
 自分の指で開かれたその後はずっと放置され、焦らされてぐずぐずに蕩けた蜜壺へと、太く硬い質量が前置きもなく押し入ってくる。何度入れられても慣れることの難しい、腹の中で他の臓器が圧迫されて苦しくなるほどの逸物が、一気に、最奥まで。

「…かは…っ、ぁ……っあはぁあああああ!!!」
 背後から強引に突き入れられ、自然と岸辺の段差に押し付けられる形となったウィステリアはあられもなく悲鳴を上げる。
 咄嗟に縋るものを探った手は水際に生い茂った柔らかい草のひと群を掴みしめた。
「あ……ぁ、やぁっ! ひぅ…嫌ぁ…つめた……っ……!!」
 体内にねじ込まれた男根と共に泉の水が腹の奥まで入り込んでくる。
 体の表面を洗い流す分には清々しく感じた水温も、熱く敏感な粘膜に直に触れるとなれば驚くほどに冷たくて全身の震えが止まらない。
 加えて、普段は曲がりなりにも天井や壁のある巣穴の中でそうされるのとは違う、周囲の景色が開けた森の中で、昼日中の明るい空の下で、半ば立ったままの姿勢で後ろから犯されている自分。
 そんな己の姿を自覚するだけでもたまらなく恥ずかしいのに、互いの腰が打ち合わされる度に立つ大きな水音が、その動きに撹拌される水流が肌に絡み、こじ開けられた隙間から体の中にも入り込みぐちゅぐちゅと掻き混ぜられる感触が、一層羞恥を煽って正気を削り取る。
 理性が溶け崩れだし、取り留めのない感情ばかりが脳裏に渦を巻く。
 恥ずかしい、嫌だ、こんなのはひどい。
 だけどもっと欲しくて、もっと気持ち良くなりたくて、どうにももどかしい。
 男の逞しい、温度の高い掌を這わされる肌も、太くいきり立った牡肉に擦られる粘膜も、そこだけはとても熱いのに、下半身を包み体の内にも侵入した冷水のせいかいまいち芯までは熱が点されきらない。
 自覚もしないままに腰をくねらせてより深く、隙間無く相手と繋がろうとする動きに、それまで太腿を撫で回していた手が脚の付け根を掴むようにして引き寄せ、打ち付ける腰が女体への突き上げを更に激しくし始めた。
「あっ、あっ…は、ぁう、ぅ……ひ…ぁあっ、ん……!!」
 痛みとも痺れともつかない感覚が繋がった場所から頭の頂点まで突き抜けて、ウィステリアの口からは多分に喜色を含んだ嬌声が涎と共にこぼれ出した。
 全身が来るべき絶頂に向かって追い上げられる。あと一押しで、めくるめく快楽に全身の神経が塗りつぶされる予感。
 しかし、背後から女の身体を貪っていた深紅の髪の青年は唐突にその動きを止めた。

 肩透かしをされたように、期待していたものを与えられなかった女の体は戸惑い、もぞもぞと身じろぐ。
「そういやぁ、体を綺麗にしたくて水に入ってたんだっけな。ここでまた汚すのも悪いか」
 白々しいまでの口調でそう言うと、あっさりとウィステリアの体を捕らえていた手を離し、まだ放っておらず硬さを残したままの肉根を女の中から引き抜こうとする。
 拡がった隙間からまた入り込む水の冷たさに、中途半端に放り出されて行き場のない欲情に、思わず見開いた目からぽたりと雫がこぼれて水面に落ちた。
「……やぁ…っ、どう……して…ぇ……」
 焦れったげに身を捩り、鼻に掛かって甘えた声で不満をこぼす女の様子に、青年の口元にはどこか面白がっているような笑みが浮かぶ。
 普段とは変わった抱き方をしているからか、いつもより正気が飛びがちになっているようだ。この分だと男の下腹に尻を擦り付けるようにして続きを強請っている自分の動きにも気が付いていないかもしれない。
「俺に抱かれるのは嫌なんだろ?」
 今更な言葉で揶揄ってみれば、肩越しに振り向いた顔はあからさまな狼狽に彩られ、上へ、下へ、あらぬ方へとうろうろ彷徨った瞳はすぐに、ドラゴンの視線から逃れようとばかりに力無く伏せられた。
「……嫌…だ……お前など、嫌い…だ……嫌なの…に……」
 涙の湿りを帯びた声が唇から這い出し、肩が震える。
 その肩から背中までを男の指先が撫でれば、過敏さを増してびくりと身じろぐ肌の内に宿るのは仄かな熱。
「大嫌いな俺にどうして欲しいのか、言えよ」
 熱い息を耳に吹き込むように低く囁いた声と、背から腰椎までを這って落ち着かなく揺れていた尻を軽く叩くよう触れていった掌が女の欲望の、最後の扉を暴き立てる。
「………欲し……の…………入れ、て………」
 蚊の鳴くほどの声で懇願するウィステリアの表情は含羞と情欲に染め上げられ、先端だけを埋め込まれたままでいた媚肉は引き留めるように牡へと絡み付いて、内側へ呑み込むべく蠢いた。

 ぬるり、水と淫液を巻き込みながら再度の侵入を果たせば、待ちかまえていた肉の襞がひたひたと剛直を絡め取り、愛おしげに包み込む。
 そのままぐっと突き上げられ、舌を突き出しては、は、と荒い息を吐きながらも女の貌は歓喜に歪んだ。
「はぁ……っ! ぁ、ああ、来てる…おくまで、来て……」
 根元まで呑み込んでおきながら更に求めるよう、ウィステリアの腰はひとりでに動いて振り立てられる。激しい動きに水面は激しく波立ち水音も騒ぐが、それももはや熱に浮かされた意識には届いていない。
 腹の奥を一杯に圧し拡げて動き回る熱い肉。粘膜の襞を擦られるたび、行き止まりをこつこつと突かれるたびに、目の奥で火花が散るような快楽に意識が染め上げられるがそれでもまだ足りない。冷えた体を芯まで燃やしてくれるものを求めていっそうと体の中の屹立を喰い締める。
「…ッ、今日はずいぶんと欲張りだな…?」
 予想以上に激しく、逆に貪られて深紅の髪の青年は思わず喉につかえた息を吐き出した。
 背後から覆い被さる体勢で軽く首筋を噛み、鷲掴んだ乳房を、脚を荒々しく引き寄せるようにして腰を打ち付ければ、貪欲な牝肉はいよいよ咥え込んだものから搾り取るべくぞわりぞわりと蠢く柔襞で牡を擦り立て、きつい締め付けを繰り返す。
「ふぁ、あぁっ、出し…て…っ……なかに、あついの、ぜんぶ…だしてぇ………!!」
 促すまでもなく自ら膣内射精を求める女の声に、元から遠慮をするつもりも無かったが予想以上に煽られて隆々と膨れ上がった肉根が遂に弾け、迸る精は胎の奥を叩いてその圧力で肉洞の中に入り込んでいた泉の水を追い出した。
 注がれると同時に絶頂に達したらしい女の身体は一層と熱を孕み、白い肌をくまなく淡い朱に染めて、
幾度も幾度も背を跳ねさせる。
 切れ切れに放たれた甲高い声は甘い色を帯びて、男の精で腹の奥まで支配される悦びを歌い上げた。


「じゃ、俺は先に戻ってるから腹が減ったら帰って来いよ」
 先程立っていた木の側から、今日の獲物だったのだろう鹿と思しきひとかたまりを肩に担ぎ上げ、深紅の髪の青年は巣穴の方角へ足を向けると瞬く間にその姿を消した。
 水辺の草の上にぐったりと身を俯せ、肩で息をしていたウィステリアは起き上がる気力もなく視線だけでその後ろ姿を追う。
 全身の肌がじっとりと汗ばみ、顔は涙と涎でべとついていて、流石に疲労を押してももう一度水浴びをしなくては戻るに戻れない。
 僅かに身を捩った拍子に地面に伏せていた下腹が圧されて、中を充たしていた白濁汁が脚の間からこぽりと小さな音を立てて溢れ、地面を汚す。
 あの後、数度に渡り注がれたものを全て歓喜の内に受け入れ、もっともっと欲しいとすら希った。行為の最中の己の浅ましい動きを、媚びに満ちた強請り声を今更思い返せば顔が燃えるほどに恥ずかしい。

 自分はもう、きっとおかしくなってしまったのだ。
 あんな、人の姿をしているだけの、自分を繁殖用の道具ほどにしか思っていない怪物に犯されて体の奥底まで汚し尽くされているというのに、そんな行為にも今や歓びを感じているなどと。
 あの怪物の子種を腹に呑まされて、いずれその仔を産まされる事を考えても少しもおぞましくは思えなくなっているなどと。

 あんな、意地悪でろくでもない、名前も知らぬ怪物の男に心まで奪われてしまっているなどと。

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「名前? 俺たちの?」
 いかにもおかしな事を言う、といった反応を見せて、深紅の髪の青年はその金色の瞳を一度瞬いた。
 本来、繁殖期の番いを得るとき以外は一生単体で過ごす習性のドラゴンに個体の名前という概念はなく、ごく例外的なこの兄弟ですらそれまでは互いしかいなかった為に一人称と二人称さえあればそれで事足りていたらしい。
 しかしそれではウィステリアが話しかける際に常々やりづらいのだという主張に、兄のドラゴンは小さく鼻を鳴らして肩を竦めて見せ、弟の方は興味深げな面持ちで話の先を促した。

 幾ばくかの試行錯誤の末、兄の方をエリュトロン、弟をキュアネイデスと呼ぶことにしたウィステリアを、エリュトロンと名付けられた青年は僅かに口の端を曲げ、呆れたような口調で混ぜ返した。
「古言語で“赤いの”とか“青いの”とか言ってるだけじゃねえか」
「お前たちとて私のことを人間だの牝だのとしか呼ばないだろうが。それで充分だ」
 どこか拗ねたように口を尖らせたウィステリアに、横から無邪気な笑顔で少年の姿をしたドラゴンが請う。
「じゃあさ、僕もあなたのこと名前で呼びたいな。ねぇ、教えて?」
 その言葉に頷き、取り立てて何が不都合というのでもない、たった一つの単語を口から出そうとするのにどういうわけか舌がもつれて音にならない空気が唇から零れた。
 僅かの逡巡の果てに、やっと押し出すよう口にした己が名は、驚くほどに苦い味がする。
「……ウィステリア」
「それ、知ってる。きれいな紫の花と同じだよね。素敵な名前だね、ウィステリア」
 仔犬のように懐こく笑うキュアネイデスの唇に自分の名前が乗った途端、ウィステリアの奥底でずくりと何かが痛んだ。
 久しく呼ばれることの無かったその音の連なりは、人の間で過ごしてきた時間を嫌でも思い出させる。
 父も母も、姉も、友人たちも、剣の師も騎士団の僚友も、嘗てこの名を呼んだ誰もかも全てが、今となっては顔を見ることも叶わない遠くの存在だ。
 もう戻れはしない。あの場所にも、騎士として、一人の人間として送るはずだった己の人生にも。

 不意に表情を曇らせたウィステリアを不思議そうに、そして気遣わしげにキュアネイデスが見上げ、更にその二人を両側に抱き込むようエリュトロンが腕を回す。
「馬鹿だな、ウィステリア。俺たちに名前を付けて、自分の名を教えて、余計に呪いの糸を強く固く結び直すことにしかならないのに」
 強く逞しい腕の中、低く、幾らか揶揄いを含んだ声が耳元に囁かれる。
 しかし探るように細められた金色の目を見つめ返すウィステリアの顔にはどこか諦観にも似て、それでいて不思議とすっきりした表情が浮かんでいた。
 微かに苦笑を刷いた唇が小さく開いて、自らの人としての生に決別を告げる言葉を穏やかに紡ぐ。
「……いいんだ」


「ふぁ……! あ、ぁあっ、あっ、――――ッ!!」
 か細い叫びを放って、白い柔肌と中途半端な長さのプラチナブロンドが踊る。
 甘やかな嬌声と濃厚な性臭に充たされた閨の中、男の腰を跨がされた両脚の間には凶悪な太さの肉杭が埋め込まれ、性器と性器の僅かな隙間からは胎の中を満たして注がれた精と愛液の混じり合ったものが漏れ出して白く泡立っている。
 絶頂の余韻に仰け反らせていた背を、頸を、かくりと折ってウィステリアはエリュトロンの逞しい体の上に身を預けた。
 血の色をした呪紋が這う赤銅色の肌に頬を押し当てれば、力強い腕が労うように背を撫で、髪を梳く。
 普段通りならば、今夜はこれで眠っていい、はずだった。

「ねえ、兄さん」
 不意に場違いなほど呑気な声が、房事の空気を脇へ追いやる。
 この広々とした洞窟の中には部屋といえるほどの仕切りは一切無く、従って寝室の秘め事などというものも存在しない。
 初めの内はキュアネイデスがいる前で抱かれることに激しい抵抗を示していたウィステリアも、エリュトロンが弟に対し隠すような事など何一つ無いと取り合わず、いつでも強引に事に及ぶために最近ではそういった感覚が麻痺しつつあった。が、やはり情交の直後の、体を繋げたまま気を緩めたところを端から見られていたのだと再認識してしまえば顔に血が上る思いをさせられる。
「うん、何だ?」
「……僕も、したいな。ウィステリアと」

 一瞬、耳に入った音声をウィステリアは疑った。
 なのに頭を預けている胸を通して響く声は、何を咎めるでもなくきわめて鷹揚に返す。
「おう、やっとその気になったか?」

 やおら、もたれ掛かっていたエリュトロンごと体が起こされる。そのまま腰を掴むような形で浮かされ、腹の中に納まっていた肉の楔を一気に引き抜かれた。
「──────っ!!?」
 不意打ちのような感覚に高く喘ぐ。栓を抜かれた牝穴からどろりとこぼれ出る白濁が、褥の上にだらしなく染みを広げる。
 宙で軽々と向きを返され、背後から両脚を抱え上げられているため隠すこともできない股の間から注がれたものを垂れ流すままの姿を、まだ顔立ちにあどけなさを残した少年の目前に晒される。
「…や…っ……見…ない……で………」
 思わぬ恥辱に耐えかねて顔を覆った両腕を、群青の呪紋を纏った両手がやんわりと取って左右に開かせた。
 鼻の頭がくっつきそうなほどの至近から、金色の目が柔らかい笑みを湛えてウィステリアを覗き込む。
「恥ずかしい事なんて一つもないよ、ウィステリアはかわいいもの」
 そのまま擦り付けるように触れ合わされた唇はおもむろに角度を変えて、控え目に差し出される舌が探るように閉じた唇をノックした。これまで散々覚え込まされた手筈通りに薄く開かれる隙間へ滑り込むと、兄の強引さとは違って幾分慎重に、しかし意外な巧みさで口腔内を愛撫してゆく。
 既に力の抜けた女の両手を解放して体の表面を探る少年の掌は上がる呼吸につれて小刻みに震える二つの乳房を捉え、まずはそっと押すように力を籠めた。唇の間から洩れる声が艶を帯びるのを確かめると更に指先の力を強くし、ゆっくりと回すように揉み捏ねはじめる。
「んっ、んふ…っ、ぅく………ぁふ」
 眉を寄せ、息を荒げる女の唇をようやく解放したキュアネイデスは満足そうな笑みを浮かべると、口角から垂れ落ちた唾液を、次いで目尻に溢れた涙を次々と舐め取り、もう一度唇に、今度は触れるだけのキスを落として囁くほどの声音で言った。
「ごめんね、本当はもっと悦くしてからにしてあげたいんだけど、僕、もう我慢できそうにないから……でも、兄さんのが入ったばかりだから大丈夫だよね」

 その声に薄く目を開けたウィステリアは、いつの間にか下穿きを脱いだ少年の股間に予想していたよりも随分堂々としたものが猛り立っているのを認めて、一瞬見なければ良かったと微妙に後悔をした。
 しかし既に何度も開かれた身体は当の本人の心情などお構いなしにすっかりとその気になって、白いものの混じった涎を垂らしながら、キュアネイデスがその華奢な指を添えてとば口にあてがうそれをすんなりと受け入れる支度を整える。
 そっと押し当てられた亀頭に濡れそぼった花弁が絡み付き、淫らに水音を立てながら内側へと誘った。
「──ッ、ぁ……はぁ…っ!!」
 ぐい、と一気に押し入られてウィステリアの喉が仰け反る。
 びくびくと跳ねる背は後ろから抱えているエリュトロンの胸や腹に押し付けられ、相変わらず高い体温を受け取っては予想外の快さに細かな泡が弾けるような歓喜を覚えた。
 キュアネイデスの滾りを咥え込んだ牝肉がきちきちと収縮してその形を粘膜に覚え込ませ、ぞわり、ぞわりと撫で上げながら締め付けを与えれば群青色の呪紋を纏った少年の薄い体躯がびくりと震えて、その中性的な面差しには明らかな愉悦の色が差す。
「っあ、っ、ウィステリアの、なか…っ、すごくあったかくて気持ち、いい…」
 色白の面を紅潮させて、初めての快楽にのめり込むキュアネイデスは相手の反応を窺うのももどかしげに、すぐに加減を忘れて腰を動かし始めた。
 豊かな乳房の間に顔を埋めるようにしてむしゃぶりつき、いつしか嬌声とも悲鳴ともつかない叫び声が小刻みに上がるのも無視して突き上げを激しくする少年の頭を、ふと女の体越しに伸ばされた手がぐしゃぐしゃと、紺碧の髪を掻き混ぜるようにして撫でる。
「飛ばしすぎだ、それじゃ壊しちまうぞ」
 兄に窘められ、未成熟なドラゴンははた、と我に返った。
 そこでようやく、加減を知らない抽挿に苛まれ、快楽よりは苦痛が勝って半ば意識を飛ばしかけているウィステリアの様子に気付いたのか、慌てたように縮こめられる細い肩。
「…ぁ、…あの、……ごめん、ウィステリア」
 ぐったりと掠れた息を吐くウィステリアの頬に、首筋に、胸元に許しを乞うよう口づけを落としながらキュアネイデスはそろりと腰を退いた。
 背後から支えているエリュトロンの手もゆるゆると動いて、忙しない動悸に震える肌を宥めるように背や脇腹を、腕を太腿を撫でさすり、ぐっしょりと汗に湿る髪を梳き、耳の後ろに軽く口づけては過敏になりすぎた身体の感覚を散らす。

 僅かな間を置いて、朦朧とした中から意識を掬い上げられたウィステリアがぼんやりと目を開けばひどく所在なさげな表情をしたキュアネイデスが覗き込んでいて、あたかも叱られるのを待つ子供のような風情に女の唇は思わず苦笑を浮かべた。
「ん…、大丈夫、だから……最後まで……構わ、ない…」
 つい、と伸ばした手で未だ幼さを留めた輪郭を描く頬を撫で、さらさらとした紺碧の髪を指に絡めつつ頭を抱き寄せる。
 応えて縋り付いてきた腕が背と腰に回り、痺れたように感覚の鈍い秘所に再び熱を持った硬さが潜り込んでくる刹那、耳元に寄せられた唇がたどたどしく睦言を囁くのに、ウィステリアは小さく息を吐きながらゆっくりと頷いた。

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 いつ頃からか、ウィステリアは月日の経過を数えることをすっかり止めてしまっていた。
 ゆえに、ある夜耳元で囁くエリュトロンの言葉を聞いたときも、すぐには理解が追い付かなかった。

「…今日がどんな日だか知ってるか?」
 血色の呪紋が這う腕で女の白い上体を背後から抱き寄せ、柔らかくも張りのある乳房や肩を越す程の長さになった金糸をゆるく弄びながら深紅の髪の青年が唐突に訊く。
 汗に湿った肌を身じろがせ、熱に潤んだ菫色の瞳をゆっくりと瞬いてウィステリアは自分の肩越しに振り返った。
 覗き込んでくる金色の邪眼は心なしか柔らかい色を湛えて細められ、耳の付け根に寄せられたキスは頬を通って唇に辿り着く。
 二、三度軽く啄んだかと思うや否や角度の深い口づけへ変わったそれを、自ら唇を開いて従順に迎え入れながらも、女の視線は質問の答えを促すように相手へ投げられていた。
 が、しかし、更に深く、更に激しく唇を貪り始めたエリュトロンは自分が問うた事など忘れたかのようにウィステリアの口も体も解放しようとはせず、焦れて上げようとした声までも抑え込むよう舌を絡めて吸い上げ、唾液の混ざり合う音を敢えて大きく響かせながら口腔内を蹂躙し続ける。
「んぅう、んっ…ぁふ……」
 息が上手く出来なくなって苦しげに身を捩るウィステリアの目には涙と非難の色がうっすら浮かび、男の肩に縋る手指が軽く傷を刻むことも叶わない赤銅色の肌にぎり、と爪を立てた。
「ウィステリアが困ってるよ、兄さん」
 エリュトロンの逆側から女の耳元に唇を寄せたキュアネイデスがくすくすと笑う。
 紺碧の髪の少年の、中性的であどけない笑みを湛えた唇はウィステリアの目尻に滲んだ涙を拭い、頬に柔らかいキスを伝わせながら下りていき、エリュトロンとのキスで口角から垂れ落ちるままの唾液を舐め取ると、そこでようやく顔を退いて女の口を解放した兄と入れ替わるようにして濡れた唇に吸い付いた。
「は…っん、ふむぅっ……!」
 助けてもらうどころか余計に苦しくなったウィステリアは声にならない抗議の声を上げながらキュアネイデスの肩をさして力も籠もらない拳で叩く。が、キスを弟に譲って手持ちぶさたになったエリュトロンが背後から体を撫で回し始め、胸から腹へと滑った掌が下腹をぐっと押さえた途端、短く悲鳴を上げてがくがくと痙攣した体は糸が切れたようにくたりと脱力して、抱き寄せられるままに群青色の呪紋が這う腕の中へ倒れ込み、とろんと呆けたような表情を薄い胸に押し付けた。
「中に咥えてるもんを腹の上から触られると、すぐにイッちまうんだよな、ウィステリア」
 得意げに口の端を上げるエリュトロンの掌を押し当てられている下腹は、内部に詰め込まれた質量のせいで僅かに膨らんで見えている。
 その膨らみの上を赤銅色の掌が粘っこく撫で回せば、腹の中に深々と呑まされている二本の牡肉と、包み込む柔くぬめった粘膜が押し付けられ擦り合わされ、その度に女の体は止めどない刺激の波に翻弄されてびくりびくりと肌を跳ねさせた。

 どれほど前からそうなったのかをウィステリアはもはや記憶していなかったが、このところ夜毎の交合はドラゴンの兄弟を諸ともに、しかも大抵は兄と弟、両方の男根を同時に受け入れるのが常だった。
 初めのうちは無理矢理な拡張と詰め込まれる苦痛に泣き叫びながら犯されていた秘裂も夜を重ねるごとにいつしかこなれて、今では最初からそうするために誂えられたのだと言わんばかりに口を開いて二つの怒張を食み、その質量と感触を、肉洞の中を窮屈なまでにいっぱいにされる充足感を存分に貪っている。
 それは異常な行為なのだという認識もとうにどこかへかなぐり捨てられ、ウィステリアの意識には毎夜己を串刺しにする二本の肉槍から、体の両側から抱きすくめ愛撫を加える四本の腕から、ひたりと隙間無く合わされる肌から逃れようという考えはもはや毛ほども存在しなかった。

「……十ヶ月目だ」
 首筋にかかる金の髪に顔を埋めるようにして、項から耳の付け根までを這っていたエリュトロンの唇がぼつりと呟く。
「え……?」
「ウィステリアが僕たちのものになってから、この間で十の月が巡ったんだよ」
 説明を引き取ったキュアネイデスの指先が、ウィステリアの臍の僅かに上をちょん、と軽くつつく。
「そして今日は、ウィステリアのここで卵のもとが作られる日」
 言われて、既に自分が月経の周期を数えることも最近は忘れていたことに気付かされたウィステリアはその言葉の意味するところに思わず目を瞠った。
「ま…さか……」
「そう、僕と兄さんとで十ヶ月かけてドラゴンの因子を染み込ませたから、今ウィステリアの体は人とドラゴンがモザイク状に混ざり合って安定してる。特にお腹の中は重点的に調整したから、今日のはもうドラゴンの精でちゃんと受胎できるんだよ」
 これまではただおぼろげに解ったようなつもりになっていた事も、こうして決定的に宣言されればやはり、括りきれていなかった肚の底から怖じ気に似た動揺が沸き上がってくる。
 止めて欲しいのか、このまま続けて欲しいのか、己の心がどちらなのか判らないままに何か懇願の言葉を発しようとした口は、不意に背後から唇を奪ったエリュトロンに封じ込まれて意味のある音を紡ぐことは出来ず、代わりに目尻に溢れた涙が一筋頬を伝い落ちた。
「一度に両方はたぶん無理だけど、僕たちの仔を産んでね、ウィステリア……」

「んッ!? ん、くぅ…っ、ふ、ぁ、ああ! あはぁっ!!」
 その言葉を機に、前後の二人が急に激しく腰を動かし始めたためウィステリアの口からは驚きと快楽のない交ぜとなった嬌声だけが跳ね上がった。
 限界まで拡げられ、嬲り立てられる牝穴は二つの牡をきつく喰い締め、内部でぬらぬらと蜜を纏った肉襞を蠢かして撫で上げる。
 それぞれ別々の律動で蜜壺を抉って擦れ合う肉棒は共にその緊張を高めて更に膨れ上がり、元より余裕の無かった膣内を無慈悲なまでに隙間無く充たしきった。
「ひぁう、ぁあ、うぁ……ぁ、いやぁ! ひ…ろが…っ……こわれ、ちゃうぅ…」
 快楽も苦痛も一緒くたに混ざり合った感覚の波に髪も乳房も振り乱し、だらしなく涎をこぼす口から絶え絶えに啼き声を上げながらも女の腰は自ら動いて牡たちへの奉仕を続けていた。
 堰が壊れたように溢れ出る愛液は白く濁ってぐずぐずと泡立ち、咥え込んだ二つの肉が吐き出す先走りと混ざり合って絶え間ない抽挿の助けとなる。
「自分からこんなに喰い付いておいて、嫌だなんて嘘吐きな牝だな、ウィステリア」
 女の腰を掴み、自身をより深く突き入れながらエリュトロンが耳元で囁く。
 少し尖った歯が縁まで赤く染まった耳朶を捕らえて甘噛みし、熱い舌先がその歯の痕をなぞり、耳の中まで入り込んでじっくりと甚振ればウィステリアの背筋には更なる快楽の信号が走って、全身が瘧のようにがくがくと震えた。
 否定か、あるいは抗議の言葉を吐こうとした口の中には指が挿し込まれ、舌を弄られてくぐもった啼き声が鼻に抜ける。
「ウィステリアは兄さんに意地悪されるの好きだよね。ほら、またきゅうってきつくなってる」
 揺れる乳肉を掴むように揉みながら首筋を軽く食んでいるキュアネイデスの揶揄う言葉に、
蕩けきった表情をしていた女の眉がふと顰められ、力無く嫌々をするよう首が振られた。
 口の中から抜けていく指との間に粘った唾液の糸を引きながら、熱く湿っぽい息を吐き出した唇は精一杯の否定を主張する。
「…ぁ、ふぇ……ちが…う、の………や、なのぉ……」
 しかしその言葉も裏切るように、粗相をしたのかと思う程に淫液を垂れ流す牝穴はひくひくと蠕動して牡たちに絡み付き、更に大きな快楽を寄越せと強請り続けていた。
 一層きつく収縮した肉襞と、締め付けられる二本の茎が、限界まで密着して擦れ合わされる感覚がなおも再び絶頂を呼ぶ。
「嫌なのに、どうしてウィステリアのここはぎゅうぎゅうって絡み付いて離してくれないのかな。
こんなに締め付けられたら、僕も兄さんも我慢できなくていっぱい出しちゃうよ…?」
「嘘吐きウィステリアは腹ン中に精液出されるの大好きだもんな。ほら、お望み通りくれてやるからさっさと孕んじまえよ、俺たちの仔を」
 左右の耳へ寄せられた唇が好き勝手な言葉を嘯き、前後から絡み付く四本の腕がウィステリアの体をがんじがらめに捕らえて離さない。
 だが、もとより女には逃げるつもりもありはしない。腰を揺すって限界まで貫くものを呑み込み、潤みきった媚肉を隙間無く絡み付かせては今にも精を吐こうと緊張している怒張を舐め回す。
 獣のように舌を突き出し、忙しない呼吸を貪る上の口は正気の箍が外れたような痴声を上げてこれから自分を一匹の牝に変えようという牡たちをいよいよと煽り立てる。

 最高潮に達した興奮と搾り取るような締め付けに、ふたつの牡肉はどくりと相次いで達し、今や種付けを待つばかりの女の庭へと精の奔流を荒れ狂わせた。
「……ッ! ぁ、あアっ、あぁああああァあはあ……っ!!」
 一際高く声を放ってウィステリアの身体が弓のように反る。
 胎の中では立て続けの絶頂に誘われて位置を下げた子宮が、未だその先端から残りの子種を吐き出し続けている二本の茎へと頬摺りでもするかのようにひくりと身を震わせた。

「…そろそろ、お腹の中で卵になれたかな」
 くったりと、褥に横たえられたウィステリアの傍らに寄り添うキュアネイデスの手が優しげに白くすべらかな腹の上を撫でる。
「あと五年もしたら、きっとかわいい幼生が産まれてくるよ。僕と兄さん、どっちに似てるのか楽しみだな」
「赤だろうが青だろうがどっちでもいいさ。いっそ紫でもな」
 反対側から、放心したように視線を宙にさまよわせているウィステリアの頬や瞼に軽く触れるだけのキスを落としつつ、両脚の間でまだ交合の余韻に弛んだままの秘裂を指で宥めていたエリュトロンも満足そうに口角を上げた。
「それもいいな、ウィステリアの眼と同じ色だね」
 言い交わす兄弟の声に反応したのか、茫洋と焦点を失っていた菫色の瞳に光が戻り、緩く瞬かれる。
 まだ弾んでいる呼吸を均すように浅く喘いで、ウィステリアはのろのろとした動きで自分の下腹にそっと両手を添えた。
「…幼…生……って…赤…ちゃん……? わたし……の…なか……」
「ああ、胎盤を代用に使うから卵の殻とかは作られないが、生まれてくるのは正真正銘ドラゴンの仔だ」
 随分と優しく聞こえる声音を耳元に囁かれ、大きく逞しい手と、華奢でほっそりした手が左右両側から下腹を抱く手に重ねられる。
 どこか満ち足りたような想いに表情を和らげ、ゆるゆると深い息を吐き出したウィステリアの眼差しはしかし、ふと寂しげに伏せられた。
「……本当に身篭もったなら、私も…もう、用済みだな……」
 交配を終えたドラゴンの雌は番いを解き、遠く別の場所に拵えた巣に卵を産み付け自らは元の縄張りに戻るという。ウィステリアには縄張りなどありもせず、卵を産みっぱなしにする事も不可能だが、このまま雄の縄張りに留まり続けることは許されないのだろう。それがドラゴンの習性なのならば。

 ──が。
「馬鹿だな、ここまで仕込んだのにそんな簡単に手放すかよ」
 顎を持ち上げられ、伏せた視線を上向かされる。覆い被さるようにして覗き込んでいる二対の金色の眼。
「ガキは飛べるようになったらさっさと一人立ちさせりゃいいが、お前はどこにもやらねえよ」
「僕と兄さん、両方の仔を産んで欲しいし、それにウィステリアは僕たちの“お嫁さん”だからね」
 穏やかな声音で思いもよらぬことを口にするドラゴンの兄弟に、ウィステリアは更に呆気に取られる。
 そんな馬鹿な、いくら人の姿を真似ているからと言って生き物としての習いまでも変えられようはずはない。
 だけれど、理性が疑うよりも早く、どうしてか心を安堵と歓喜が覆って行く。
「俺たちは元々例外中の例外だ、ならもう一つや二つくらい例外を重ねたところで誰も文句を言いやしねえよ」
「兄弟が一緒で、お嫁さんがいて……そうだ、名前もあるよね」
 なんとなく子供のような理屈にとうとうウィステリアは破顔し、肩を震わせて笑い出す。

 白い両手が持ち上がり、自分を挟んだ兄弟の頭をそれぞれ抱き込むように回されて、たおやかな指が深紅と紺碧の髪を優しく掻き撫でた。
「……ドラゴンの夫を……しかも一度にふたりも持った人の女など、後にも先にも私だけだろうな」
 そう呟いた唇はこれまでに無いほど柔らかい笑みを形作り、左右から覗き込む夫たちへ代わる代わる口付ける。
 お返しとばかりに双方から降らされるキスと愛撫に、くすぐったげに身を捩りながらウィステリアは愛おしげな仕草で、新たな命の宿った腹をそろりと撫でた。