「安西さーん、こっちですよ」

そう呼ぶのは、出版社が寄越した、アシスタントの小出敏雄だ。

「えっと、この船ですね」
「一雨きそうね」

雲行きが怪しい。海は時化ている。

「今年入社した小出です。よろしくお願いします」
「よろしく。私みたいなのに付いて、残念だったわね」
「そんなことないですよ」
「いいのよ。お気遣いなく」

次回作の資料集めに、青森沖の孤島、日向島まで話を聞きに行くのだ。
東北の太平洋側に島というのも、あまり聞かないので、観光も兼ねていた。
日向島が見えてきた。船着場で男が手を振っていた。
小出が挨拶をする。

「こんにちは。お世話になります」
「あんだらか?おや、むすめっごは、そぢらさんかい?」
「え?あ、ええ」
「聞いでだよりも、歳ぐっでるような」
「何の話です?」
「あ、ああ、いや、いいんだ。おらは案内を頼まれだだげだ」

小出が私の荷物を運ぶ。小声で離し掛けた。

「あの人、私の事知ってるの?」
「いえ、知らないですよ。事前に電話連絡した時は、安西さんと言う作家先生が、
 お話を伺いたい旨しか、伝えてませんし」
「年齢とか気にしてたけど」
「何なんでしょうね」

周囲数キロの日向島は、海岸線の開けた土地を除けば、殆どが山のようだ。
その少ない海岸線に、島民の家々が点在している。
本土で見るような漁村の家並みと比べると、どこか違和感がある。
島で唯一らしい、民宿兼商店を横切る。生活の全てはこの店で、まかり通る感じだ。
人を見ないな。皆、漁だろうか?

通りを更に進むと、突き当たりに、立派な門が現れた。
長老の日向家だ。要するに、村長だが島民は親しみを込めて長老と呼ぶとの事。

「はじめまして。東京から来ました、安西真理子と言います」
「聞いどる。今日はゆっぐりしでいぎな」
「ありがとうございます」
「離れの部屋を使うどいい」
「お世話になります」

夕食を終え、部屋に入ると、布団が敷いてあった。

ガタガタッ

嵐が来るのか、雨戸が唸っている。

ガタガタッ、ガタガタッ

私の背中に、何かあたる。
更に、触手が伸びてきて、胸をまさぐる。
その手が、下半身に移る。
私は、はっとして起き上がった。
黒い影が、逃げて行くのを見た。
しかし、扉の方からではなく、雨戸の方から逃げていったようだ。
隣りの部屋の小出を呼ぶ。嵐で聞こえないのか返事はない。

「ほう。そんな事があっだか」
「そんなって。私はもう少しで」
「平成の世になっだがて、ここじゃ明治、いや江戸時代と同じじゃ」
「どういう意味ですか」
「夜這いじゃ」
「夜這いって・・・。客人にそんな事するなんて。信じられない。わ、私帰ります」
「あんだも、そのつもりで来たんだべ」
「はい?私は**寺のお話を聞きに来ただけです」
「・・・あんだ、誰じゃ」
「誰って・・・」

「まだが・・・。・・・ここは日向島じゃない。日陰島じゃ」
「小出君・・・」
「そんな、だけど、ちゃんと日向島行きの船に。それに日陰島なんて聞いた事が・・・」
「当だり前じゃ。存在しないんじゃからな。日向島に対する日陰なんじゃから」
「どういう意味です?」
「どうもこうもない」
「船着場で手を振っていたから、てっきり長老の代理の人かと」
「権蔵じゃな。あいづはちと頭が弱い。それとのう、こごで長老と呼ぶのは禁忌じゃ」
「あなた、長老じゃ」
「口にするな。それは日向島の長の事じゃ。わしゃ、草羽の爺とでも呼べ」
「小出君・・・ちょっと、どうするの」
「どうしましょ」
「日向島と日陰島はな、日香夏島という、兄島と弟島からなる双子島じゃった。
 もどもど一づの村だった日香夏島は、それぞれに長がいで、物事は
 二人の長の合意で決めでいだ。それが・・・
 戦国の世の事じゃ。漁場を争う小さな諍いから、二国を巻き込む戦に発展しだ。
 日香夏島を治めでいだ殿様に仕えるのは、当然の事。
 それがどうじゃ、兄島の長は、敵方さ寝返っだ。
 戦況は一目瞭然じゃった。兄島の行動が勝敗さ分げだどいう。
 兄島は召抱えられ、義を通した弟島は・・・想像がつぐじゃろ。
 兄島は、日向島と改め、自らも日向を名乗った。
 弟島だっだほうは、日香夏の響ぎがら、日陰島ど蔑まれた。
 最近、向うにある日香夏神社、今じゃ日向神社ど呼んどるそうじゃが、
 寝返った日向伊助こと、草羽次郎衛門伊助が合祀されだど。やりぎれん。
 弟島の草羽家は細々ど生ぎ延びた。しかし、どうにも近親婚になっで、
 血が濃ぐなっでしもうだ・・・。殆どが草羽家の末裔じゃ。
 日向島の連中どぎだら幕末まで、日陰島は無人だと思うどっだらしい。
 自島の発展に浮がれで、目ど鼻の先の島の事なんぞ、どうでもよがっだんじゃろう。
 しかし、わしらにも意地がある。絶対に血は絶やさんど」
「・・・帰ります」
「たまにあんだらみだいなのが来るんじゃ。船は日陰島を経由して、物資さ卸しでいぐ。
 情けない事に、日向島の援助じゃ。なにせ、存在しないんじゃからな。
 船がらは日陰島は、日向島に隠れて見えん。 あんだらもそうじゃったろ。
 興味本意で見で回るが、幻滅しで日向島さ行っでしまう」
「そもそも、手違いなんですから。ご迷惑おかけしました。船を出してもらえますか?」
「やめどぎ。外は嵐じゃ。よう船はだせん」

「・・・さっき、そのつもりでって・・・どういう意味ですか」
「こういう意味じゃ」

後頭部を殴られ意識が朦朧とする。薄れる意識の中で
この二人でもいいか、と聞こえたような気がした。

「気が付いだが」

声の方を見る。長老、いや草羽爺と二人の男女が部屋にいた。
身動きが取れない。後ろ手に縛られている。
私の横には、こちらも縛られた小出が転がっている。
意識はあるようだ。

「こっぢさ来い」

草羽爺が二人を、私達の前に寄せる。

「今年の、はぐれ組じゃ」
「はぐれ組?」
「そうじゃ。あんだ、この男ど結婚しでくれんかのう」
「はい?何を言ってるの」
「はぐれ組はのう、この島では遅すぎる三十を越えでも結婚できなかった者のことじゃ」
「だからって」
「この男を見でみぃ。この年で結婚もせず仕事もできん甲斐性無しじゃ」

細身で、色黒い肌。体毛は濃く、頬がこけた冴えない顔をしている。
東京で見る、いや、どこで見ても見劣りのする風貌だ。

「権蔵があんだらを連れで来だおかげで、ほんどに来る娘っごさ、来れなぐなっだ。
 すでに、金さ払っでしもうどる。前金だで、ここじゃあ大金じゃ。捨でだも同じじゃ」
「金で女を買って、子を産ませるっていうの?」
「わしらものう、新しい血を望んでいでのう。そいで協力しでもらってるんじゃ」
「協力って・・・。警察に言って・・」
「無駄じゃ。ここはケッタイは通じん。これは決定事項じゃ」

「ふさよ、こっぢさ来い」

女の方が来る。

「女だげの予定だっだがらな。こげな若い男もいるなら、ふさに丁度いい。
 おんしは、この男の子を産むのじゃ。本土の血じゃ」
「ふ、ふざけるな。おまえら二人で夫婦にでもなればいいだろ」
「二人さ見でみろ。この二人じゃ生まれで来るのもきっど仕様もないもんじゃ」

ふさは女の私が見ても、酷いものだった。おかっぱと言えるのだろうか。
切りっぱなしの髪は艶がなく、眉は太く、眉間も黒々している。
頬は赤く、鼻の下には、産毛とは思えないヒゲが見て取れる。
口を開くと、黄色い歯が覗く。体は言うまでもなく、崩れている。
ここまで容姿を哀れむ気持ちになったの初めてだった。

「こど人が、おらの旦那様け」
「く、来るな」

ふさは力強く、小出の腕の縛り口を持つと引きずるように自分に寄せた。

「えがっだのぉ、ふさ。旦那様がおまえを女にしでくれっど」
「冗談だろ」
「おらぁ、どうしだらいいが、わがらねぇ」
「うんうん、わしが教えでやっがら」

草羽爺はふさに裸になるように言った。

「見事なもんじゃ。やっぱし女は幾分肥えでいだほうがいいなぁ」

今度は小出を裸にするように、ふさを促す。

「おうおう、生っちょろい。真っ白じゃ。直ぐに漁さ教えでやっがらな。
 そしだら、おまんもわしら海の男の体になる。心配さすんな」

小出は、身包み剥がされ、仰向けにされている。
手足を拘束されているため、陰部があらわになっている。

私は居た堪れなくなるが、視界の端に黒いものが見える。

「おまんの、ちんぼっこは“わっぱ”か。ふさ、ちんぼっこを握っでみろ」
「握るんけ。おら、見だごども始めでだども」

一丁前に照れている。

「初ぃのぅ。まずは握っでみぃ。そうすっど、立っでくるがら」
「こうか」
「んだんだ。立っだら皮さ下に下げてみろ」
「固っでぇなゃ。先っぽは、卵みでぇだ」

小出の男根は勃起した。

「ふさ、自分の股さ、手ぇ入れでみぃ。どうなっとる」
「おう、濡れどる。小便ちびったみだいになっどるど」
「よっしゃ、よっしゃ。ちんぼっこに跨っでみろ」

ふさは小出の腰に跨った。

「そうじゃ。そのまま、腰を下ろしてみぃ」
「やめろ!挿れるな、挿れるなよ。絶対に挿れるなよ!」

ふさは聞く耳を持たない。

「か、金、金を払うから。頼む、やめてくれ、な」

ふさは一瞬止まった。

「ふさ、おまん、この島で今まで金持っだごどあるがぁ?」
「ねぇなぁ。島から出たごどねぇけ、金さ、良ぐ分がらん」
「そういうこっちゃ」
「ふささんだったっけ。やめてくれ。俺には彼女がい、うわぁっ!」

ふさは一気に全体重を小出に預けた。

「いいぞ、ふさ。そのまま腰を動かせ」
「なんが、痛でぇど」
「大丈夫じゃ。股を見んと、腰を振れ。そのうぢ、ええ気持ぢさなる」

ふさが上下するたびに、小出の腰が歪む。拷問のようだ。

「爺さ、なんが股が気持ぢええど」
「そうじゃそうじゃ、それじゃ。ふさ、女になったんだど」
「ほんどけ」
「おまんさんも頑張りや」
「ちょっと・・・た、頼む・・・ぬ、抜いてくれぇぇ!」

ああぁ...

小出の願いも空しく、ふさの膣内に射精したようだ。
他人の絡みを見てしまった。しかもこれは強姦だ。なんという不快さ。
そしてこれから、その災難が、私にも容赦無く振りかかる。

「おかしいど。ちんぼっこが入っでる気がしねぐなっだど」
「そうじゃ、ふさの中に赤子の種を植えるど、ちんぼっこさ萎えでしまう」
「そうけ。そいじゃ、おらにも子が出来るけ」
「おう、そうよ」
「でも爺さ。なんか、おら、物足りねど」

ふさは、男根を抜かずに、また腰を振りだした。

「おいおい、ふさ、そげな事せんでも、その男はおまえの、まあいい。好きにすれ」

小出の目は朦朧としていた。

「ふさがこれじゃしょうがない。おら達は向ごうさ、行ぐべ」

草羽爺に続いて男が立ち上がる。私を抱えるように言われたらしい。
近づいてくる男の股間は張っていた。
私はこれから起こることに絶望し、出来る事なら気を失ってしまいたかった。

島の外れまで歩く。
海を見下ろす高台に植えたばかりの椿の木があった。私は手を合わせた。
私と小出は、島で顔を会わせる事を許されなかった。
しかし、連絡する手段を密かに見つけ会っていた。
小出は島になじみ、漁師の風貌にも違和感はない。
悲しいもので、人間諦めというものがつく。死ぬ勇気もない。
この島では、生きるだけなら何不自由無かった。それは小出も同じだった。

それはふさが二人目を身篭った頃だった。
小出と二人で、島を離れる計画だった。
潮の関係で、年に数度しかない機会を、逃すわけにはいかなかった。
小出は自分の子を愛してはいなかった。愛せるわけがない。
それは私も、その立場になったら同じ事を思うだろう。
しかし、私は妊娠しなかった。あの男との関係は単に慰みものとなっていた。
行為自体は受け入れざるを得なかった。しかし、あの単調で淡白さは憎悪すら覚えた。
そんな中、私達は互いの境遇から愛し合うようになった。結果、私は身篭った。
逃亡の足手まといになるというので、一人で本土に戻り、警察に連絡したら
すぐに迎えに来るという手はずだった。

しかし、目論見はもろくも失敗。

小出は草羽爺の逆鱗に触れ、島民に暴行され・・・。
私の事は一切口にしなかった。ふさは寝こんでしまったという。

腹が膨れる頃、一人、疑問に思う男がいるだろう。ざまあない。

立ち上がると、海の向うに日向島が見える。
私はお腹に手をやり、ただただ、波の音を聴いていた。