白衣に身に包んだ髭面の男が椅子に座って喋っている。
ここは何処かの会議室か何かか。
硬材で作られた信じられない位大きい会議用の机の向こう側にその男が座っている。
分厚い資料を見ながら身振り手振りで何かを一生懸命言っているようだったが、何を言っているのか判らなかった。
当たり前だ。
朝、起き抜けに叩き起こされた上に見知らぬ人間から早口で話し掛けられたら誰だってそうなる。

「なあ。」
「と、云う訳だ。そこの所を教えてくれないか?……聞いてるのか?」
「聞いてないよ。」
「何?」
「悪いけどコーヒーか何か無いかな。
朝置きぬけに何の理由も知らされずに数人掛かりでアパートから連れ出され、
車に乗せられた上にこんな訳の判らない所に連れ込まれたんだ。」

俺がそう言うと髭面で白衣のその男は目を丸く見開いた。
「…ああ、ああ。これは気が付かなかった。すまないな。すぐ持ってくる。」
そう悪い男でもないらしい。これは気が付かなかったな。
などと言いながら手元にあった電話の受話器を持ち上げて何処かにダイアルしている。

「ああ、ああ、私だ。すぐにコーヒーか何かを持ってきてくれ。ん?ああ。ちょっと待て。
エスプレッソでいいかな?」
「ああ、何だっていいよ。」
椅子の背もたれに背中を預けると信じられないくらいに体が沈み込む。
絨毯もやたらと毛が長い。しっかり体重を乗せたら足首くらいまで埋まりそうだ。


「ああ、それでいい。後何か口に入れるようなものも幾つか持ってきてくれ。
彼は朝食も取っていないようだからな。」

「お前らが浚ってきたんだろうが。」

「ん。ああ、そうだ。よろしく頼む。……ちょっと待て。コーヒーは和歌葉に持ってこさせろ。ああ。よろしく頼む。」

髭面で白衣の男は受話器を置くとこちらに笑いかけてきた。
細面の顔に年齢は50歳位だろうか。如何にも学者然としている。

「すぐに持ってこさせる。気が利かなくてすまないな。」
「なあ、いったいここは何処なんだ?何で俺はこんな所にいるんだ?
俺は大学生で今日は授業だってあるんだ。」
そう言うと髭面で白衣の男は俺の話を聞いていないかのようににこにこと笑った。

「そうだ、自己紹介もまだだったな。梅原君。私は山田という。
当研究所のチーフマネージャーをやっている。よろしく頼む。」
「俺の質問に答えてくれよ山田さん。」
山田と名乗ったその男が突き出してきた手を突っぱね返すようにそう言うと山田は眉毛を一度だけ上げた。

「大体の事情は梅原君がここに来るまでの間に説明があったと思うが。」
「今日朝起きて目を開けたらスキンヘッドのごついゴリラが2匹、ベッドの上で俺の事を見下ろしてたんだ。
今までの素晴らしい俺の人生の中でも最高の目覚めって奴だ。
首を回すと長髪の男もいて、そいつは何故か知らんが俺のゴミ箱をひっくり返して何かしてやがる。
ベッドから起き上がりつつ何だ手前らと言うとゴリラの一匹が喋った。カルチャーショックだったよ。
知ってたか?ゴリラって日本語喋れるんだ。今度動物園に行ったら是非喋りかけてみる事をお勧めするね。
まあさておき俺の名前を確認しやがったそのゴリラに如何にも俺の名前はその通りだが、君達は誰だね?
という事を至極丁寧に聞いてやったら問答無用で部屋から引きずり出されて目隠しをされ、
車に乗せられてここまでつれてこられたってわけだ。説明なんかあるか。誰だお前。」

俺がそこまで一気に言うと山田は頷きながら椅子に座った。
手のひらを上にしながら椅子に座るように促す山田の仕草に合わせて椅子に腰を掛ける。
「多少の行き違いがあったみたいだな。私は丁重に君の意思を確認した上でここに招いて欲しいと頼んだんだが。」
「どこの動物園に頼んだんだか知らないが丁重って態度とは程遠かったな。」


「まあ、それはお詫びするとして、コーヒーと朝食が来るまで
まずここに来てもらった理由について話をしようか。」

なんだかマイペースな奴だ。そう思いながら椅子に掛けなおす。
人手不足だかなんだか知らないがゴリラの力を借りてまで俺を連れてきたいってのはどんな理由だ。

「まず聞きたいが君はマスターベーションをしているね?」
はあ、と息を吐く。
「朝も早くから何が聞きたいんだ?馬鹿かあんた。」

「至極真面目な話だよ。梅原君。答えてもらいたいな。」
「残念ながらしてるよ。今、恋人がいないもんでね。だからなんだ?
20そこそこの男なら誰だってしてるだろう?」

「そうだな。誰だってしている。だが君はマスターベーションの際、精液を出しているね。」
俺は黙った。

「政府の通達は君も知ってい」
「あの訳のわからねえ病気が流行った後、精液が生産されている男がいたら出て来い。だろ?」
「そうだ。」

俺は椅子に座りなおした。トントンと指でテーブルを叩く。落ち着け。
「黙ってた訳じゃねえよ。大体精液が生産されなくなったとか言ったって出てる奴はいる訳だろ?」

「何故か子供を作れない精液がね。一時期は大分詐欺が流行ったものだよ。」
正常に精液が出る男だって言って女を騙すんだそうだ。そう言って山田は薄く笑った。

「それは俺も雑誌で読んだ。俺だってそういう特殊なパターンの奴らの一人ってだけだろうよ。」
「君の精液は正常だよ。」
「何?」

「まあ細かく言えば【少なくとも正常と思われる。】っていう段階だがね。」
「なんでそんな事が」

「政府は必死なんだよ。政府だけじゃない。世界がと言い換えてもいい。
このままじゃ人類が滅亡するんだ。そりゃ必死にもなる。子供が作れないんだ。
これはもう核戦争っていうレベルじゃない。
もはやどうなろうと人類が衰退するのは間違いない。しかし我々は滅亡は避けたいと考えている。
これは極秘情報だが君には正直に言おう。各国政府が血眼になって探しても
正常な精液を生産できる人間は現在世界で34人しか確認されていない。
全人口の0.00000000005%だ。内訳は白人系が20人、黒人系が9人、アラブ系が3人、アジア系が2人。
我々は君が35人目だと信じている。しかも日本人で始めての発見者だ。」


「どうやってそんな事調べ」
「政府は必死なんだよ。全てをこれに掛けているんだ。
この施設の年間予算は公表してある分だけで今年3兆円を超えた。
日本全国に散らばった調査員が地域の噂話ですら入念に丹念に調査する位には潤沢なんだ。」

「……」
「1ヶ月ほど前、君は大学の飲み会で君の知らない女と出会っただろう?」
宙を仰ぐ。
「まさか、嘘だろ?」
「君の前の彼女と言う人物が君が精液を生産できる人間だと言っていたという噂話が私達の耳に入ったんだ。
我々は彼女を招いて色々と話を聞いた。
そして最近多い詐欺話を全て差し引いたその残りの信頼できるケースの中でも
君に関する情報は特に最も信頼性が高いと判断されたんだ。
まあそう苦い顔をしないでくれ。全エージェントの中で最高の美人を君の為に用意したんだぞ。
彼女はほんの数ヶ月前に結婚したばかりの人妻だが政府の為に快く協力してくれたんだ。」

「ああ、嘘だ、嘘だろ。」
俺はこの1ヶ月というもの飲み会で出会った自分より僅かに年上というその女に恋をしていた。そりゃそうだ。
売れっ子のアイドルかどこかのモデルと言われても全くおかしくないような美人だった。
飲み会の席に着いたとき向かい側に座ったのが彼女で、彼女は俺に微笑みかけてくれた。
最高の笑顔で、俺は一目で恋に落ちた。
これから一生添い遂げてもいい運命の女だと胸のときめきが教えてくれた。
その日は二人で最高に盛り上がり、そしてベッドでも彼女は最高だった。
彼女は朝になると消えていて、教えてもらった電話番号は嘘だったが、俺は確信していた。
彼女とはいつかまた会えるに違いないと。

「これだろ?」
そう言って山田が分厚い資料の中から1枚の写真を手渡す。
そこにはシックなスーツを着こなして仕事向けの笑顔を浮かべた彼女の姿があった。
ああ、こんな形で会いたくは無かった。

思わず両手で顔を覆う。
「ああ、嘘だ。神様、そんな。酷い。」
「君はキリスト教徒なのか?」
「ばあちゃんがそうだったんだよ。くそっ。マジかよ。」


「しかし君はSEXが中々上手いな。うちの若いエージェントも感心していた。」
「見 て た の か!?」
「ああ、勿論だ。君がきちんと射精しているかどうか確認しないといけないからな。
あのラブホテルには全部で50箇所以上の場所に高性能カメラを仕掛けてあった。
ベッドは言うに及ばず、廊下から風呂場、トイレに至るまで全てだ。
特にベッドは20個を超えるカメラであらゆる方向から監視されていた。」

「人権って言葉知ってるか?」
「知っているし最大限尊重したいとも思っているし憲法のその部分で良ければ何なら全て今諳んじてみてもいい。
それに君の言いたい事は重々良く判っているつもりだし
もし私が同じ事をされたら自分が傷つくだろう事も判っている。私はピュアだからね。
だがしかし、この事は公共の福祉に関わる事なんだ。しかも最大級のね。」

「信じられねえ。」
「まあそう言うな。彼女は最大限自分の仕事を果たしてくれた。そして君もね。」
そう言ってから山田はあろう事か俺にウインクをしてきた。
「彼女の旦那も同じエージェントだ。
この計画にはかなりの抵抗感を示していたが彼は旺盛な愛国心と仕事への責任感からこの難局を乗り切ろうとしていた。
そのビデオは私を含めた幹部が確認した後、現場のエージェントも不審点が無いかどうか確認する予定だったが
最終的に彼女の旦那はそのメンバーから外された。理由は判るだろう?
余分な成分が混ざるのを恐れて彼女には絶対にフェラチオをするなと言っていたんだが
2度目以降、彼女はとても情熱的に君のものを口にしていたからね。
部下の家庭内争議は私達もゴメンだという事だ。」

本当に全部見られている。彼女が俺のものを右手でしごきながらな舐め回してくれた時の事を思い出して、
自分の顔が赤く染まるのを感じる。

「な、な、な」

「そういう訳で我々は君の精液を手に入れ、そして入念に検査した。
正常と思われると云う判定が出たのは3日前だ。
勿論彼女の唾液の成分が混じっているだろう物でも正常の判定がなされたよ。
その報せを受けた時の我々の大騒ぎぶりはきっと君に話しても信じてもらえないだろうな。
昼の11時だったが全部門で乾杯の缶ビールが開かれ、書類が宙を舞い、皆が互いに抱き合った。
感極まって泣き出したエージェントも多数いたし、早速盗撮した君の写真を机に飾る奴も出た。
30分後には官房長官から、2時間後には総理から電話が入ってわざわざ俺にまで激励の言葉を下さった。」

山田が自慢げにそこまで話した時、ドアがノックされた。
山田はその時には立ち上がって手を振り回しながら話していたが、ノックの音に口を閉じた。
「さて、コーヒーが入ったようだ。続きはコーヒーを飲みながらにしよう。」


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秘書と言うには若すぎるきらいのある感じの女の子がコーヒーを持って入ってきた。
黒眼が印象的なエキゾチックな顔立ちで、肩まで切りそろえた髪を揺らしている。
凛とした雰囲気を纏っているが、なんだか見た目は高校生位に見える。
高校を出たばかりでここに就職したのだろうか。
何歳だかは判らないが高校生位の時にはさぞかし美少女で通っていただろう。
政府機関ともなると就職する女の子もとびきりの美少女を採用するっていう事か。

朝食用のプレートだろうか、湯気を立てているスクランブルエッグにウインナー、
付け合せのサラダとパン、それにコーヒーを俺の前に置くと、彼女は頭を下げて出て行こうとした。
それを山田が呼び止める。

「和歌葉、ちょっと待ちなさい。」
山田は出て行こうとした彼女の肩を抱いて俺の方を向かせた。
「紹介するよ。私の娘だ。和歌葉という。」

「嘘だろ?今日はゴリラが喋る所を目の前で見たばかりなんだぞ。
その上トンビが鷹を産んだみたいな話を俺に信じろって言うのか?」
「何を言っているんだ?」
その時、紹介された少女がくすくすと笑った。
すぐに真面目な顔に戻ったが、
笑ったその時だけ凛とした雰囲気がふにゃりと崩れたように見えたのを俺は見逃さなかった。
とても魅力的な笑顔だったからだ。

俺は自分から手を差し出した。美少女には礼儀正しく。男としての当然のマナーだ。
「梅原です。初めまして。」
彼女はまたにっこりと笑って俺の手を取った。
「和歌葉です。こんにちは。」


そんな俺達をにこやかに見ていた山田が口を開いた。
「お互い第1印象はそう悪くないようだな。和歌葉、安心しただろう。」
何を言っているんだこの髭は。
山田の言葉に彼女は唇をアヒルのように尖らせてなんとも味のある顔をした。
ちょっと小首を傾げた後、ちょっと拗ねたように言葉を出す。
「お父さん、何でもそうやって口に出すのはお父さんの悪い癖よ。」
山田は、はははははなどと笑っている。

「ここからは和歌葉にも同席してもらう。彼女は全ての事情を知っている。梅原君、良いかね?」
俺も連れて来られた身だ。否やはない。
頷くと山田は彼女を自分の隣に座らせてから、自分も椅子に掛けた。

「あ、ここからは食事をしながら、という事にしよう。
目の前の食事は君のだ。好きに食べながら聞いてくれ。」

「今までの話で、君は自分が置かれた立場がどんなものだかある程度掴めたと思う。」

「ああ、俺が女を妊娠させる事の出来る精液を持っているっていう話だろ?」

「そうだ。ここからはもっと実際的な話をしよう。
君を脅かすつもりじゃないが知っておいたほうがいいからな。」
そう言うと山田は手元の分厚いファイルをぱらぱらと捲った。
「我が国は正常な精液を保有する人間を発見した旨を
総理大臣から本日付で各国の首脳に向けて発表する。」

「は?」
「これは超極秘に行われるから近々にマスコミに漏れる事は無い。まあ時間の問題だろうがね。
まあそれでどうなるか。という事だが、
今後全世界から日本が軍事的脅威に晒される危険はほぼ0となった。」
「なんで?」

「判らないかね?もう核爆弾なんて何の役にも立たないんだ。
人間は今後増えないんだからな。
領土を広げる必要も資源を奪い取る必要もどの国にも無いのさ。
どの国も今後、毎年毎年19世紀のちょっとした大戦レベルで総人口が減っていくんだぞ。
100年後には殆ど0だ。
それもこれも新しい赤ん坊が産まれないからだ。
だから各国は自らの人口と文化を守る事にやっきになってるんだよ。
国が守るべきものは領土と資源から文化に変わったんだ。
どの国も間違っても精液保有国を攻撃したりしない。
万が一該当者に死なれた日には世界中から袋叩きに遭うからだ。
それよりも金を支払う方を選ぶさ。
何処の国も君の精液を喉から手が出るほど欲しがるんだ。
現在、正常な精液保有国はアメリカ、ロシア、イギリス、フランス、トルコ、エジプト、中国、タイの8カ国だ。
内訳はアメリカが11人、これは白人系が4人に黒人系が7人だ。ロシアは白人系が10人、
イギリスが白人系が4人、フランスが白人系が2人に黒人系が2人とアラブ系が1人。
エジプト、トルコがアラブ系を1人ずつ抑えている。中国、タイがアジア系を1人づつ。
そして日本が9カ国目に躍り出てアジア系1人となる。これが君だ。
この一報が流れた瞬間、世界では大変な事が起こるぞ。
これは私の私見だが、まず中国の首相と韓国の大統領が何を置いても吹っ飛んでくるだろうな。
総理が電話を切った10秒後には二人とも飛行機に飛び乗っている事は賭けてもいい。
3ヵ月後にはこの国は首脳会談祭りになる。
精液非保有国は元より、精液保有国でも、いやだからこそ多くの種類の精液が喉から手が出るほど欲しいんだよ。」

「なんだかパンダか競走馬みたいだな。」

「パンダどころの騒ぎじゃないさ。現在の正常な精液を保有している34人のうち、
アジア系は君が見つかるまで僅か2人だったんだ。
信じられない事だろうが教えよう。
これも極秘情報だが今、タイじゃ国民に掛ける税金を大幅に減らす事を検討しているらしいぞ。
何処かの大国がこぞってこう言って来るからだ。
そちらの国家予算位わが国で負担致しますよ。とね。
きっとエジプトじゃピラミッドを金色に塗る事を検討しているに違いないと私は思っている。」

「それで?」

「君は今、国際社会において核弾頭よりもナイーブな存在になったんだよ。
我が国はこれから第2次世界大戦後培ってきたのらりくらりとした外交に徹底的に磨きを掛けるだろう。
国内機関は元より、外交に関連する官僚の全てまでもが君の精液をどのようにして国益に繋げるかに頭を絞る事になる。」

「ちょっと待てちょっと待て。」
「何だ?」
「俺の人権はどうなる?」
「今の話を聞いていなかったのか?そんなものはない。君の人権を認めたら公共の福祉に反する。
今後の国の未来と国益が君の精液に掛かっている。」

「じょ、冗談じゃないぞ。そんなもんを俺の金玉に掛けるな。
冗談じゃない。冗談じゃないぞ。家に帰らせてくれ。」

「君はもう帰れないよ。」
がたりと立ち上がった俺に山田はこともなげにそう言った。

「何?」
「今までの話を聞いただろう?君はもう核弾頭よりもナイーブな存在になったんだ。
国が攻められることは無くても拉致やテロの対象になるかもしれない。」

「お父さん。」
それまで黙って父親の話を聞いていた和歌葉が窘める様な声を上げた。
「何だ和歌葉、俺は」
「きちんと理由からご説明しないとダメよ。
梅原さんは急につれてこられたんだから、不安に思ってしまうに決まってるじゃない。」
ぴしりと音が出るような勢いでそう言うと彼女は、俺に向ってね、という感じに首を傾げて見せた。

しかし、いや、などと呟いた後、
彼女の言葉に暫く考えるように沈黙してから、山田は一度目を閉じ、深呼吸をした。

「…すまない。娘の言うとおり、私は相手の気持ちを考えずに喋ってしまう悪癖があるんだ。」
俺が黙っていると山田は話を続けた。

「脅かすつもりは無かったんだ。
その、つまりそういう状況である事を君に理解してもらおうと思うあまり、
君に対して無神経な言い方になっていた事は謝る。
私は科学者だから時に人を人とも思わないような喋り方になってしまうんだ。
言い訳にしかならないけれどね。」

「勿論君の人権は最大限に尊重される。寧ろこう考えてもらったほうがいい。
君は超VIPになったんだ。例えばロックスターや芸能人、そういったような人たちみたいにね。
寧ろ既存のそういったものよりも遥かに高いレベルでそうなったと思ってもらっていい。
だから我々は、君にアパートに住んで貰う訳にはいかないんだ。
我々は君が決して不満に思わないような住居を無料で提供する。だからそこに住んで欲しい。
それだけじゃない。君には使い切れないほどの生活費が年金という形で国から支給される事になるし、
それに対して税金を支払う必要は一切無い。」

「それだけじゃないんだろう?俺は何をさせられるんだ?」
俺がそう言うと山田は頷いた。
「そうだ。君は聡明なようだから大体理解した事と思う。
君には今後、国、もっと具体的に言えば我々の研究所に定期的に精液を提供する義務が発生する。」

「どのくらいの頻度でだ?」

「2日、いや3日に一度でもいい。まあそれは交渉次第だ。
年金とは別に提供する度に金銭的又はその他を問わず何らかの報酬が存在する事も約束する。」

俺は溜息を吐いた。
「拒否は出来ないんだな。」
「残念ながら出来ない。事の重大性を理解して欲しいとしか私からは言えない。」
山田はいかにも済まなそうに俺にそう言った。

「外出は許されるのか?」
「勿論だ、護衛は付くが、君の視界に入るような事は無いし、
もし君が身の危険を感じるようだったらぴったりと貼り付ける事も出来る。」

「それ以外は?それ以外に制限は無いのか?」
「生活に対してある程度の制限がつくことを覚悟してほしい。
食事は基本的にこちらで用意させて頂く、勿論マクドナルドで楽しむのも自由だが、
君の健康と栄養を管理する必要があるという事だ。
後、過度な生活の乱れにも意見を言わせて貰うかもしれない。
例えば夜更かしをしすぎるというようなね。後は、言いにくいんだが…」

「何だ?」


「君は今後、性行為を行う相手を自由に決める事が出来ない。」
「お父さん!」
鋭い声を上げた和歌葉に対して山田は焦ったように言葉を続けた。

「ああ、説明が足りないな。我々が恐れているのはこういう事だ、
君が何処かの女性、つまり私達の管理下にない女性と性行為を行い、
結果エイズに罹ったというような場合だ。そういう事は絶対にまずい。
この為、君が性行為を行う事が出来る相手はあらゆる伝染病、感染症等に罹っていないクリアーな女性のみとなる。
更に言えば定期的に君と性行為を行うような相手は私達の管理対象にもなる。
言い方が悪いかもしれないが、クリーンでいてもらう為に
君以外の相手と交渉を持っていない事を証明できないといけないからな。」

「女性のみなのか?」
俺の言葉に初めて山田は本当に慌てた顔をした。
和歌葉まで思わずという感じに俺の顔を仰ぎ見た。

「冗談だよ。」
俺が手を振ると山田はほっと息を吐いた。
「焦らせないでくれ。全く想定していなかった。」

「どちらにせよそんな相手はいないし、当分出来るとも思えないな。」
「どうしてだ?」
「さあSEXしましょう、つきましてはあらゆる伝染病、感染症に罹っていないか病院に行って検査してもらえますか?
いえいえ気にする事はありませんよ。ただで検査してくれるいい病院を知っていますから、さあ今から行きましょう。
あ、それと俺と一度やると君が浮気をしないかどうか黒い服を着た男が周りをうろつきはじめますけど気にしないで下さい。
実害は無いですから。山田さん、あんたそう言って女を口説ける自信があるのか?俺は無いな。」
俺の言葉に和歌葉がくすくすと笑った。


「…確かにそれは私でも自信が無いな。そういう問題はある。
例えば、仕事やプライベート、何もかもに疲れ果てた時にふらりと酒場に立ち寄って
そこにいた魅力的な女に声を掛けて一晩を共にする、そういう事は君には出来なくなる。」
和歌葉がぎろりと父親を睨む。

「一般論だ一般論。私はお前もお母さんも愛している。
梅原君。我々もそのくらいは判っている。それに関して対策案も考えてある。
そこでだ。君のプライドをいたく傷つけるかもしれないが提案させて欲しい。
クリアーな女性はこちらで用意しよう。」

「何?」

「クリアーな女性だ。君が良ければこの和歌葉を提案させてもらおうと思っていたんだ。」
「何を言ってるんだ?」

「彼女はクリアーだ。あらゆる感染症には罹っていないし、健康そのもので、処女でもある。」
「お、お父さん。そ、そこまで言わないでよ。」
処女という山田の言葉に和歌葉がうろたえたように言う。

「身内の贔屓目かもしれないが頭も悪くないしそこそこ美人だとも思う。
それに何よりこの事を深く理解している。」

「この事?」

「君は大分理解してくれたが、きっとまだ本当に理解してはもらえていないと思う。
もう一度言うが、君は国家にとって核弾頭よりナイーブな存在になったんだ。
今後この状態に慣れるまで君は極度のプレッシャーをその身に受ける事になる。
無論これは君の判断次第だが、私としてはその時にこの事態を正しく理解し、
そして君と悩みを分かち合えるパートナーが必要だと、そう思っている。
そして彼女は私の娘で年は若いが今回の事の重大性を良く判っている。保証する。」



「それと誤解して欲しくないのだが、これは別に私が娘に強制した事ではない。
娘にはこう言ってあった。この話し合いの中、お前が相手を気に入らなければ直ぐに部屋を出て行っていいとね。
そうなった場合、君には他の女性を紹介する予定だった。」

「…」

「君が和歌葉を嫌というならどんな女でも連れてくる。そう、あの女でもいい。
この前君がコンパで出会った彼女だ。
夫婦でエージェントだからクリアーである事も保障されている。
彼女は人妻だから毎日という訳には行かないが…週に一回位だったら問題ないだろう。私が交渉しよう。」

「何と言えばいいのか俺には判らないな。」
本当に頭が混乱していた。

「そうだろう。それは判る。しかしだな。」
「お父さん。」
和歌葉が父親を黙らせるように腕を横に広げ、山田の前に伸ばした。
父親の方に向いてきっぱりと口を開く。
「ちょっと部屋を出て行って。」
「いやしかし」
「いいから。」


訝る様な山田を無理やり部屋から出すと、和歌葉はそのまま俺の方を向いた。
すうと息を吐く。顔が真っ赤だ。

「梅原さん。」
「何だ?」
「色々混乱されてるでしょうけど、一つだけ。
その、今の話ですけれど、はっきり言っておきます。別に私、殉教者になるつもりはないんです。」
「どういうことだ?」
「その、私も普通の女の子って事です。大人の人が言う今時のっていうそういう奴。
彼氏とか、そういうものに興味があったりするんです。」
「だったら。」
その気になったらいくらでも作れるだろう君ならと言おうと口を開きかけた瞬間、和歌葉に先を越される
「その、私は今日梅原さんを見ていいなって思ったんです。
お父さんとあんな風に、5分5分以上にやりあえる人ってそんなに見た事無かったですし。
とってもかっこいいと思いました。そ、そ、それに私、年上がタイプみたいだし。」
「だ、だ、だ、だから、その、いやいやとかじゃないって事です。梅原さんが私を信用してくれるなら、ですけれど。
でも本当にお仕事とか、世界だとか、国だとかそういう事じゃ無いって事です。
梅原さんがもし嫌でなかったら、お、お付き合いをするみたいな感じで思ってもらえれば良いと思います。」


「そ、その勿論、梅原さんの状況は判っています。その、SEXしないといけない事も。
だ、だからそういう所は普通のこ、恋人とはちょっと違うかもしれないんですけど。
それにその、私はした事がないのでそんなに自信はないんですけど、でも私そういうのも判ってますし、
その、一生懸命お相手しますし、それに、ええとそれにご飯も作れますし、お父さんに許可を貰えればお泊りもできます。ええとそれに、」
その、私結構お買い得だと思うんです。と俯きながら小さな声で和歌葉はそう言った。
思わず笑ってしまう。

「今、恋人はいないんだ。」
そう言うと和歌葉は顔を上げた。

「それにどうやら君のお父さんの話を聞いて思うに俺は恋人を一生作れそうにない。
少なくとも付き合う前に病院に行って徹底的に検査することを承知してくれる人が現れるまではね。
俺が思うにそんな人間は世界にもそうそうはいなさそうだし、第一その検査とやら、どの位掛かるのかも判らない。
正直言って、君のお父さんの言うとおり俺の相手は今のところ世界に君だけしかいないのかもしれない。」

和歌葉が俺の顔をじっと見る。

「まあ、でもはっきり言って俺は自分の状況をまだ良く理解できてない。
まだ今日起きてから3時間しか経ってないんだ。
朝のコーヒーも飲み終わってない状況だ。考える事はいっぱいありそうだしね。」

「はい。」


「とりあえず二人でコーヒーを飲むことにしないか?
それから、もしここの中を歩き回ってもいいなら案内してくれないかな。
もし新しい住処がこの近くにあるならそっちも。
お父さんに違う女性を頼んでみるか、それとも一人きりなるか、
それとも俺の相手は世界で君だけ、という事になるかどうか。
それを決めるのはその大仕事を終わらせてからってことにしよう。」

「はい!」
はっきりと頷いた和歌葉にコーヒーを持ってこさせて俺は和歌葉と並んで朝食を食べた。
食後のもう一杯のコーヒーを楽しんでいる最中、俺はふとある事を言わなければいけないと思って隣を見た。

和歌葉がふうふうとコーヒーを拭いているのを見ながら俺は口を開いた。

「会ったばかりの年下の女の子にいう事じゃないし、正直信じられないテンポだけれど、
君も言ってくれた事だし場合が場合だから先に言っておくよ。
君はとても頭が良さそうだし、君の事はとても可愛いと思う。」
それに。実は俺は年上の美人よりも年下の美少女の方が好みだ。

耳まで赤くしながら呆然と俺の方を見る和歌葉に向けて俺はしかめつらしく頷いて見せた。




35人目〜2