ある日、会社にいるときに嫁が携帯に電話掛けてきて、「今日何時頃帰る?」とか言う。
「今日ってなんかの記念日だったかな?」と焦りつつ、何の記念日にも引っかかってないことを
確認して「用事がなければ会社に電話掛けるなって言ってるだろ」と言って一方的に切る。

なんか引っかかって仕事を早めに切り上げて帰宅。
「めし食ってないからなんかない?」と言って嫁を見ると「おかえりー」と妙にニコニコしてる。
いつもは「もー、ごはん家で食べるかどうかちゃんと連絡してよねー」とかブチブチ文句言うのに。

「ねえ、それより、これ見て」と言ってなんか紙切れを持ってきた。

「なにこれ」
「わかんない?」
写真は、よくわからない扇形の真ん中に、黒い●が写っていた。
「わかんない」
「この●が何かわかんない?」
それでも嫁はニコニコしてる。
「何これ?写真なの?」
ちょっと上目遣いになりながら
「これは、あたしと○○くんとの赤ちゃんなのだー!」

「え…………」
一瞬理解できなかった。
でもなんかこの満面笑顔の嫁の顔と、今の言葉、そして、小さい●を見比べて、
「もしかして、できたの、子供?」と言ってみる。

満面笑顔のままうなづく嫁。

「え、ほ、ホント?」
それでも実感わかなくて、聞いてみる
「えー、うれしくないの○○くん」
いや、それ以前に俺が父親になるってのが実感わかない
「いや、嬉しくないわけじゃないけど、実感わかなくて」
「もー。この子のためにもがんばってよね。お父さん」


それからの数ヶ月はあっという間に過ぎた。母子手帳をもらってきたと言っては見せ、
腹もふくらんでくる。
「ねえ、ほらほら。動いてるよ赤ちゃん」
幸せいっぱいの顔で言う嫁。
でもやっぱり父親になる実感はわかなかった。

臨月に近くなると、彼女の腹もすっかり大きくなった。
「ほらほら。蹴ってるよ。」
そう言われて彼女の腹がぽよぽよと動くのを見ると、なんとなくほんわかした気分になる。

しかし、妊娠が判明してからは1度もセックルしていない。
元々淡泊だったが、しようとしたら「赤ちゃんに悪いから…」と言って拒否されたことがあって、
それ以来なんとなく迫るのも悪いような気がして我慢していた。

そして出産当日。

「あたし、痛いのだめだから」と言って彼女は無痛分娩の産院を選んだ。
当然のように、通常の出産費用の倍以上の金額(7桁)がかかる産院だ。
それでも子供のためだと思って、「ああ、いいよ」と言った。

そして、出産当日。
「どうしても立ち会って」
という彼女のお願いで、休みを取って立ち会うことになった。
ちなみに、無痛分娩というのは基本的に計画分娩でもあるので、出産日は病院の都合で
決められる。でも、「休日の出産は追加料金がかかるから平日にしよ」と言って平日出産に
されて(ちなみに追加料金は、もともと高額な出産費用からすれば誤差の範囲内)、しかも
その産院で1つしかない差額ベッドを事前に押さえていて、その差額の方が大きい状況だった。

よく、「出産に立ち会った男はインポになる」「出産を見て以来、勃たなくなった男は多い」というが、
計画出産の無痛分娩でもそれを初めてみたショックはかなり大きかった。

子供が股の間から出てくる。それはまだ「生命の神秘」で片付けられることでも、後産とかモロモロ。
生まれてきた子供を抱かせてもらったとき、看護師が「お父さんにそっくりですねー」と言っていたが
とてもそうも思えなかった。

「これからこいつらを養って、俺の人生は終わりなのか」
正直、そう思ってしまったことは否定できない。

生まれた子供は男の子だった。
「女の子でなくてよかった−。○○くんロリコンだから、絶対あたしより娘の方が大事だと思うでしょー」
そう冗談を言って笑う嫁。でも、なんか違和感がある。

以前、嫁と一緒にTVを見ていて、いつもはTVをそんなに見ない俺がとある番組をじっと見ていたのを
見て「なんでこの番組だけ見るの?××ちゃんがかわいいから?」と嫁が聞いてきたことがある。
俺はギャグのつもりで「俺ってロリコンだからこういう娘好きなんだよねー」と言ったら、嫁は「じゃあ
あたしはなんなのー!」と半ばマジで怒っていた。嫁が貧乳ロリ顔であることは自分でも半ば認めて
いる事実ではあったのだが。

それが今やロリコンを笑い飛ばす。なんだろうこの違和感は。
母親になったという余裕なのか?それだけでこんなに対応が変わるのか?

そうこうしているうちに2番目の子供が生まれた。
今度は女の子だった。
「あーあ、これで、○○くんはこの子に取られちゃうな」
嫁はそう冗談ぽく言っていた。

嫁は俺のことを名字で「○○くん」と呼ぶ。
それは結婚前から変わらない。
子供が2人も生まれて、しかも長男が3歳になってしゃべり始めた今も。
「長男も○○なんだし、『○○くん』って呼ぶのもやめないか」と提案したこともあったが
「うーん、でももう慣れちゃったし」と言ってそのままになった。

次に違和感を感じたのは教育方針だった。
俺は、自分で言うのもなんだが、それなりの大学も出たし英語もそれなりにしゃべれる。
しかし、嫁はやたらと英語教育にこだわる。
「英語なんて、中学くらいから勉強すれば普通にしゃべれるようになるし、それまでは
日本語をきちんと身につける方を優先した方がいい。どんなに英語がしゃべれても、
自国の言語や歴史を知らない人間は、国際社会では尊敬されないよ」
そう自分の体験を元に説明した俺に、嫁は「あなたの英語なんて日本人丸出しの発音の
日本人英語じゃない。これからはネイティブレベルの英語を話せる人間が天下を取る
世界なのよ」と言い放った。

それでも、このあたりまでは「違和感」で済ませようと思えば済ませられる話だった。