今朝も藤高幸江は、義母から妊娠の兆しがないかを尋ねられた。結婚して五年、同居中の姑は早く孫の顔が見たいとこぼし、幸江をいささか鬱にさせていた。不妊症という訳ではなく、それなりに励んではいるのに子宝に恵まれないのだから、幸江にも夫の寛にもどうしようもない。姑は幸江が結婚後も仕事を続けている事を、暗に責めるような口ぶりで、そろそろ主婦業に専念してはどうだと言い、退職を促した。市内の公立高校で数学の教師を務める幸江は仕事をやめる気がなく、もし妊娠しても休職して、出産後は復職するつもりでいる。昔と違って今は女が家庭に入らなければいけないという時代ではなく、姑の考え方は明らかに封建的であった。そもそも夫の寛は優男で、性行為もいたって淡白なので、子供の出来ない原因はそこにあるのではないかと幸江は考えている。
それでも子供が欲しいという気持ちに変わりはなく、年を重ねていくうちに幸江も焦るようになってきた。出来たら三十を超える前に産んでおきたい。そう思いながら、ついに二十九歳の誕生日を間近に控えたある日の事──
「先生」
廊下を歩いていた幸江に生徒が声をかけた。三年生の大谷という生徒で、あまり近寄らないのに煙草臭いと分かる。しかし、生徒指導は筋骨逞しい体育教師に一任されており、か弱い女教師が注意をする事はなかった。大谷は顔にあばたを散らし、どこをどう見ても少年らしい愛らしさがなく、卑屈な性格が体全体からかもし出している。だらしのない髪形、制服を着崩しチンピラのような歩き方をする大谷は、少なくとも異性から好かれる要素が無く、当然、幸江も生徒でなければ知り合いになりたくない男である。
「なにか用かしら」
「ストッキングが破れてるぜ」
大谷に言われて確かめてみると、確かにパンティストッキングの一部分が伝線している。
しかし、その事を生徒に注意されても、素直にありがとうとは言えなかった。伝線しているかどうかを知るには足を凝視する必要があり、大谷がどういった目的で自分の足を見ていたのかを考えるのが嫌だった。
「どこを見ているのかしらね」
嫌味ったらしく幸江が言うと、大谷は頭を振って、
「うちの男どもは皆、先生を見ているぜ」
と嘯いた。確かに言われるとおり、幸江は学内で生徒たちに注視されるのに気づいている。
年頃の少年達である。若い女に対し、興味があるのは仕方がないと割り切っていたが、こうあけすけにされると薄気味悪いとしか思えない。幸江だって男の性衝動の事は理解しているし、女なのだから抱かれる快楽も知っている。だが、それはあくまでも互いの同意があってこそ成り立つのであり、一方的に好意をもたれても迷惑でしかなかった。大谷とはそこで別れ、幸江は職員室へ戻ったが、廊下を折れるまで大谷がずっと自分を見ていた事に彼女は気づいていた。蛇が獲物を嬲る時のような、鋭く射抜くが如きの鋭い視線である。幸江は目で犯されるような恐怖に怯えながら、自分の机に戻るまでの間、気が気ではなかった。それから数日が過ぎ、幸江はまた姑から子供の事について尋ねられた。今度は隣町に住む小姑まで同席し、揃って幸江を責めるのである。小姑は母を楽にしてやりたいと言い、お涙頂戴の寸劇を演じて見せた。姑の肩を抱き、この老いた母にどうか孫の顔を見せてやってくれと何度も繰り返したのである。これには幸江もほとほとまいり、正直、別居したいとまで考えた。しかし、夫の寛は長男で、跡取り息子が故に家を出る事は許されない。
幸江だって子供は欲しい。しかし、教職についているのとそれは別の話ではないか。姑も小姑も幸江があえて子供を作らせないと思っているらしく、しきりに退職を勧めるのである。これ以降、幸江は本当に躁鬱状態になった。ある時は必要以上に明るく振る舞い、そうかと思うと一日中、肩に誰かが乗っているような重苦しさを感じたりする。些細な事で激怒したり、不意に大泣きする時もあった。このままでは駄目になると感じた幸江は、いささか乱暴な手段を取っても妊娠すべきだと考えた。もっといえば夫以外の子種でも良い。
血液型さえ合えば、後はどうでも良い。父親が誰でも産まれてくるのは間違いなく自分の子供である。愛情をもって育てる自信が有った。
ところが、である。夫の寛はRHという抗原が赤血球の表面に無く、きわめて珍しい血液型であったが為、幸江の目論見はすぐ霧散した。
(そんなにうまく行く訳無いわよね)
もとよりそんな気も無かったのだが、追い詰められて少し自暴自棄気味だったのかもしれないと自嘲しつつも、ふと全校生徒の血液型を調べてみると、なんと一人だけ寛と同じ血液の持ち主が居たのである。名前を見ると大谷明俊、そう、先日、幸江に話しかけてきたあの少年であった。
「まさか」
あのあばた顔の大谷が希少な血液の持ち主である事に幸江は驚いた。なんという運命の悪戯だろう。
あの好色そうな大谷の子種であれば、妊娠するのは容易そうな気がする。そもそも若いし、夫と違い回数だってこなせるであろう。
(馬鹿な考えを起こしちゃ駄目よ)
自分にそう言い聞かせながらも、姑と小姑の顔を思い浮かべると、きわめて不健康な精神状態に幸江は陥った。あの小姑が見せた寸劇と、姑の嫌味を聞かなくてすむと思うと、誘惑に負けそうになる。別にどうするという訳でもないが、幸江はふと席を立って生徒指導の体育教師のもとへ歩き出した。
「あの、先生。ちょっとお伺いしたい事が」
「なんでしょう」
よく日焼けした体育教師は幸江を見ると、白い歯を見せた。
「三年生の大谷君についてなんですが」
「あいつが何か仕出かしましたか」
余程、普段の素行が悪いのだろう、大谷の名前が出ると、体育教師は身を乗り出し、顔を険しくした。
「いえ、そういう訳じゃないんです。ちょっとからかわれただけで。面識が無かったんで、どんな子かと思って」
苦しい言い訳だったが、人を疑う事を知らない体育教師は頷きながら、幸江に同情した。
「困ったやつだ。あいつは美人を見るとすぐにちょっかいかけたがるんですよ」
「身なりは大きくても、まだ子供ですもの。仕方がありませんわ」
幸江は苦笑いをしながら、書類の上だけでは分からない家族の事や友人関係をそれとなく尋ねた。大谷は素行が悪い為、家族から離れて一人暮らしをしているそうで、友人関係も暴走族や街のチンピラと親しいという話だった。
概ね、予想したとおりの結果だった。大谷は家族からも見放された、どうにもならない少年のようである。生徒の住所録を見ると街外れのアパートに一人で暮らしているらしく、幸江が考えている事を実行するには都合がよさそうであった。それから幸江は大谷の友人に声をかけ、彼がどこにいるかを尋ねた。
「今日は学校に来てないんで、多分、パチンコ屋でとぐろ巻いてるんじゃないですかね。
やつのねぐらは駅前の玉金ホールです」
という情報を得て、幸江は早速、玉金ホールへ足を運んだ。幸いこの不況で客が少なく、大谷はすぐに見つけられた。
「大谷君」
「う、うわっ、先生」
ジャージ姿の大谷は咥え煙草でパチンコ台に座っており、幸江が現れると呆然とした。
十八歳未満は入店を禁じられている上に、教師の目の前で喫煙中となれば、停学か下手をすれば退学である。大谷だって高校くらいは卒業したいに決まっているし、この時点で幸江は自分が優位に立つ事が出来たと思った。こんな男であれば、きっと自分の頼みをきいてくれるに違いない。そう確信すると幸江は大谷を店外へ出るよう促した。客が吸う煙草の匂いと今も耳に残る有線放送に幸江はうんざりしつつも、困り果てて目を合わそうともしない大谷を見た。
「心配しないで。別に学校へ報告しようって訳じゃないから」
「なに?」
大谷は怪訝そうな顔をした。生活指導ではないが、幸江だって一応は教師である。普通に考えれば、自分の仕出かした事を報告する義務があった。それをしないとなれば、何か裏があるに決まっている。大谷は明らかに警戒していた。
「ちょっと食事でもしながら話さない?」
幸江は自分の企みを悟られぬよう、作り笑顔を見せながら大谷を食事に誘った。お誘いではあるが、弱みを握られている以上、これはほとんど命令である。大谷は黙って従うしかなかった。
「大谷君って一人暮らししてるんだっけ」
「ああ、そうだよ。ここから五分くらいの所にあるふぐり荘だ」
「じゃあ、お弁当でも買って、そこへ行きましょう。私、ちょっと頼みたい事があるの」
幸江は途中で弁当と酒を買い込み、大谷のアパートへ向かった。ふぐり荘は今にも潰れそうな構えで、アパートというよりはあばら家という方が正しいように思われた。部屋の中は更に薄汚れており、住んでいる者の性格をよく表していると幸江は思った。それでもなんとか場所を作り、ちゃぶ台の上に弁当と酒を広げて、大谷と幸江は向かい合ったのである。
「飲むわよね?」
そう言ってビールを差し出す幸江を、大谷は上目遣いに見た。何を考えてるのかよく分からないという表情だったが、ビールを渡されるともうどうにでもなれといった感じで、一気に煽る。幸江はその様子を見ながらちびちびとビールを飲み、弁当を行儀良く食べ始めた。
「よう、先生」
「なあに?」
「何か用があるんだろう。本当の事を言えよ」
「何だと思う?」
幸江は箸を止めて、大谷をねめつけた。しかし、その表情に教師の威厳は無く、何か企む女の意地悪さそのものだけが浮き出ている。
「分からねえ」
「この前、ストッキングの事、教えてくれたでしょう。そのお礼がしたかったのよ」
「ふうん」
大谷は勿論、納得がいった訳ではない。だが、媚びるような幸江の態度に、悪い気はしなかった。
酒が進むうちに二人は下品な話題を持ち出すようになった。大谷は幸江が人妻である事は知っていて、夫婦生活についてあれこれと聞くのである。幸江はそれにいちいち答え、亭主が淡白だといって軽く欲求不満である事を匂わせた。すると、大谷の目つきが変わった。酔いも手伝ってか、大谷は幸江を抱ける女として見始めたのである。そうなると部屋の明かりが落とされるのは早かった。
「俺が欲求不満を解消してやるぜ」
街灯が部屋に差込み、二つの影が近づいていくのが浮き彫りとなる。幸江は服を脱がされ、一応は抗った。いや、抗うふりをした。
私には夫が居るの、許してと心にも無い事を言い、大谷が抱く情欲を焚きつけるのである。スーツを脱がされ、下着姿となった時、幸江は抗うのをやめた。すべてが予定どおりだったからである。大谷の強引な愛撫は若いという事で許され、幸江は女穴に陰茎を根元まで受け入れてやった。陰茎は何度か出入りを繰り返すと、すぐに子種を出した。
その瞬間、幸江はにやりと笑った。目的の物を戴いたという充足感に満たされた。幸江は自分に背を向けて煙草を吸っている大谷を、横目で見やった。自分にとって彼は単なる種馬であった。愛情などは欠片も無く、ただ肉体のみのお付き合いがしたいだけである。それも妊娠するまでの間に限定されている。
「大谷君、今日は帰るわね。また来るから」
「ああ」
幸江は慌ててパンティを穿き、身なりを整えてアパートを出た。空を見ると星が美しく、外はすっかり夜になっていた。この日を境に幸江は大谷のアパートを訪れるようになった。
欲求不満の人妻女教師を抱けるという事は、大谷に生きがいを与えたも同然である。大谷と幸江は頻繁に逢瀬を重ね、危険な関係を紡いだ。それもすべてが子供を得る為であった。
大谷の家にはチンピラがよく出入りしていて、幸江がいるのを羨ましがったり、卑猥な言葉でからかったりした為、時に彼女は火遊びを楽しむ余裕も見せた。子種だけ膣内に出させなければ良く、世にもみだらな複数姦に耽溺する事もしばしばで、大谷をはじめチンピラ達を驚かせるのであった。その際、中出しさせてあげるのは大谷君だけよと言い、大谷の子種だけはすべて膣内で受け止め、他は避妊具をつける事を条件にしている。そんな事が二月も続くと、幸江の体には変化が現れた。明らかに妊娠の兆候である。幸江はそれが確実になると、夫と姑を前に嬉々として報告をした。
「本当なの?幸江さん」
「ええ、お母様」
幸江は得意満面であったが、顔色を失ったのは夫である。
「それは本当か」
「ええ、あなた」
夫はさぞや喜んでくれるだろうと思っていたのだが、どこか表情が優れないのを、幸江は不思議がった。そして次の一言で、場の空気は一変する。
「僕は無精子症なんだ…」
部屋全体が凍りついたようになった。幸江の笑いは引きつり、姑は目を丸くしている。
「君にも母さんにも本当の事が言えなくて、ずっと心苦しかったんだが…幸江、その子供、どこで作った?」
幸江の顔は引きつったまま動かず、言葉は何も出ない。
「もう一度聞くが、誰の子供なんだ」
「おっしゃい、幸江さん」
迫り来る夫と姑の問いに、幸江はついに答える事が出来なかった。
それから半年後、離婚した幸江は教職も辞し、行方をくらませた。そして、大谷のアパートへ転がり込み、チンピラ相手の娼婦という世にも惨めな生活を送っている。薄汚いふぐり荘の一室で、もうだいぶん腹も大きくなった幸江が、男たちに犯されていた。
「このビデオを売れば金になるぜ」
カメラを構えた男はそう言い、尻の穴に陰茎をねじ込まれている女を笑った。女は幸江だった。
「ああっ、お尻、気持ち良いっ!」
もう教師時代の威厳は無く、堕落そのものであった。色素の沈着した乳首を男たちに引っ張られ、喘ぐ姿を大谷も呆れ顔で眺めている。
「まったくスケベな女だぜ。こんなやつが俺の子供を孕んでるとはな」
吐き捨てるように言うと、大谷はパチンコへ行くといって出て行った。後はチンピラが数人、幸江を取り囲み、代わる代わる犯すだけであった。幸江はもう何も考えられなかった。失った生活も人としての威厳さえも忘れていた。
「ああ、もっと私を犯してください…」
精液まみれの幸江はそう言うと、気を失った。それでも男たちは脱力した女を犯し、カメラを回し続けたのであった。
おしまい