【魔女の真髄‐もしくは隣人を求める異邦人‐】

 その山の頂上、黒鉄と煉瓦、そして幾重にも描かれた人払い結界の魔方陣によって構成される屋敷がある。
 住人はヒトとしての禁忌を破った者――その号は魔女。
 この山の麓に住む村人は魔女の存在を恐れて山の中腹から先に立ち入ることはなく、また時折訪れる旅人も噂を聞いてこの山を越えることを断念する。
 いつからかその山は「見下しの魔山」と呼ばれ、麓にあった村も幾年も過ぎるうちに消え去ったという。
 それだけの年月を超え、魔女が至ったもの…それは――

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「終ぞ、終ぞ、終ぞ終ぞ終ぞ終ぞ至る!」
 少女は歓喜する。
「模索と錯誤を重ね理論に至り、試行と破綻を重ね実現に至り、追求の果てに終に我は結果に至った!」
 叫ぶ声はヒステリック。
 少女特有の甲高さを含みながらも、響く言葉には積み重ねられた年月が滲み出る。
「これこそが我が真髄、これこそが到達点――ついに! 悲願がかなう!」
 哄笑する少女の目前には、無数のガラス管とフラスコ、そして蒸気と歯車により稼動する動力を組み合わせた巨大な装置がある。
「我は今……ここに命を生み出す!」
 紅潮した頬はまるで絶頂を迎えた女のごとく。淫靡さを撒き散らす。
 笑いに応えるかのように、装置の中央に据えられた大釜がぼこりと音を上げる。
「おお……おおっ!!!」
 音は次第に間隔を狭めていき、そして遂には
 
 ――――がしゃぁんっ!!!!!!!

 大釜が破裂した。
 内部にたっぷりと注がれていた様々な薬品を、液体を……そして、最後に「ヒトのカタチをした何か」を吐き出し、その崩壊は終わる。
「ふ……ははっ……くははっ……あーっはっはっはっはっはっはっ!」
 そのヒトガタを見た瞬間、少女……幼い容姿に無限の知識を蓄えた魔女は、愉悦に酔った。

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ホムンクルス。作られし命。フラスコの中の小人。
 多くの名称で呼ばれるソレこそが、魔女の求めたものだった。
 なぜ彼女はその命題に挑んだのか。
 己の欲望が赴くままに知識を蒐集し続け、いつの間にか不老に、そして不死にまで至った魔女が得たのは、永遠の孤独だ。
 知己の命は短く、同胞であったはずの人間は彼女を恐れた。
 不老不死の魔女は異邦人として各地をさまよい続け、その果てにヒトの立ち入らぬ山頂の屋敷を棲家と定め、永遠の責め苦である孤独を解消するための研究を始めた。
 
「他人が我を恐れるのならば、我を恐れない誰かを作り出せばいい」

 ヒトの枠を外れた魔女だからこそ至り、ヒトの枠を外れてしまった魔女であるがために至ってしまった狂った命題。
 それは果てしない時間の末に実を結び、そして彼女の横に、確かに隣人を作り出したのである。

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 ホムンクルスは、順調に育った。 
 まっさらなヒトガタとして生み出された彼は当然のように魔女を受け入れ、母のように慕い、姉のように敬い、時に妹のように愛した。
 最初、魔女は隣にホムンクルスがいるだけで満足だった。
 だが、次第に、ホムンクルスに触れられていなければ不安を覚えるようになった。
 気がつけば、不安は遠い昔に忘れたはずの恋慕に変わっていた。
 そして、恋慕が狂気を内包した一途な愛に変わるのに、そう時間はかからなかった。

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魔女にとって、警戒心のないホムンクルスの寝所に立ち入るのは楽なことだ。
 贅の尽くされた部屋でこそないが、そこは魔女が永遠の孤独の末に生み出したゆがんだ愛の満ちた、ホムンクルスにとってもっとも居心地良く整えられた部屋である。
「……あ、は……ふぁ」
 ホムンクルスの寝顔を眺めながら、自慰にふける。
 孤独を癒すための手慰みだったはずのそれは、今ではやり場のない思いをひと時でもまぎらわせるための手段だった。
「くぅ、あ……」
 少女の外見そのままに密やかなその場所をゆっくりと指先でなぞる。
 ぴちゃり、と静謐さで満たされた寝室では、わずかな粘りさえ響き渡る淫猥な音となった。
 浅く、時に深く指を突き入れて、ぐちゃぐちゃと掻き回す。
「ああ…ああ…あああああっ!」
 指で穴を押し広げ、掌を押し付けて敏感な豆を潰す。
 自分で設計し、生み出した我が子にも等しいホムンクルスを狂おしいまでに思いながら魔女は果てる。
 虚脱。
 数瞬の緊張と、それに伴う飛翔にも似た快感を得た後の満ち足りた瞬間。
 いつもならば、それだけで終わり、それだけで終わらせてきた過程。
 だが、その日はそれで収まらなかった。
 魔女が、ではない。
 狂気に等しくなった秘められた愛。それを白日に晒す行動を取ったのは、今まで寝顔を見せていたホムンクルスだった。
 虚脱し、膝立ちの状態で天を仰いでいた魔女の腕を、いつのまにかホムンクルスが掴んでいた。
「――お前っ!?」
 二人しか存在しないこの場所で名前は意味を成さない。だから、魔女の呼びかけはこの世で唯一人だけ存在する隣人を表す代名詞。
「横で……こんなことされて……ガマン、なんて、でき、ないです……マスター」
 故に、返すホムンクルスの言葉も、この世で唯一の主人をあらわす代名詞。
 半身を寝床から起こし、ホムンクルスは魔女を己の手元に引き寄せる。
「何を、するっ!」
「マスターの書架を、漁らせて、頂きました……抑え切れぬ情動は、こうして発散するものだと」
「おま、なっ――!!!!!!」
 腕を引き寄せ、肩を取り、ホムンクルスは当然のように己の唇を魔女のソレにぶつける。
 かち、かち、と硬いもののぶつかる音に混じって、粘る音が漏れる。
 拙い舌戯。
 最初は突然のことに抵抗するそぶりを見せた魔女も、ホムンクルスの勢いか、己の思いか、それかその双方に負けて身を委ね始める。
「ふ――ん……ちゅ、じゅる……あ……ふむ、ぅぅ」
 ぺちゃり
 ぴちゃり
 舌の触れあいは濃厚になり、細い魔女の呼吸が濡れたうめきを生み出す。
 じゅるじゅるとはしたなく互いの唾液を交換し、口腔を舌で蹂躙しあう。
 二人の口元と、その直下のシーツがびっちょりと唾液に塗れたころ、漸く長い長いキスが終わる。
 息は荒く、はぁはぁという音だけが寝室を支配する一瞬。
「――いつから、気づいていた?」
「……一月ほど、前から」
「……ふふ、はははっ」
 一月も己が子の前で痴態を演じていたのか、と魔女は自嘲の笑いを漏らす。
「あはは、ははははははははっ……」
 ひとしきり笑いを漏らした後、魔女は自分を抱きしめているホムンクルスに目線を合わせた。
「なぁ、お前はどうしたい? 我の書架から何を学び、我をどうしたいと思い、我にどうしてほしいと思った?」
 にやり、と口角を片方だけ吊り上げて、発情した魔女は夫であり兄であり弟であるホムンクルスに問う。
「……このようなときは、こういうのでしょうか……マスター、私は、貴方を抱きたい」
 期待通りの言葉に、魔女は微笑みと、その後のキスで応えた。

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寝床は、二人が抱き合い臥しても十分なだけの広さがあった。
 しばらくホムンクルスの僅かな体臭と体温、そしてキスの応酬を楽しんだ後、魔女は一度その抱擁から逃れた。
「あ……」
 これで終わりだと勘違いしたのか、情けない声を上げるホムンクルスを愛しげに見ながら、魔女は仁王立ちになる。
 着衣は、質素なワンピースが一枚のみ。
 下着をつける習慣は失って久しい魔女にとって、それ一枚が、己の裸身とホムンクルスの視線を結びつけることを阻む壁だ。
「いいか、よく聞け……我の身体はお前だけのために開かれ、お前の愛撫だけを感じ、お前の思いを受け止めるためだけにある……だから遠慮せずに、お前の全てを……ぶつけてくれればいい」
 ぱさり、と肩紐だけでひっかかっていたワンピースが落ちる。
 ごくり、とホムンクルスが生唾を飲む。
 それほどに……他の比較対象を何も知らないホムンクルスが絶対的に美しい、と思うほどに魔女の裸身は少女のソレとして完成されていた。
 細い首筋、鎖骨が浮き出る肩、絶妙な曲線で形成される乳房、くびれた腰、そこから伸びるスラリとした脚と程よい肉付きの尻。
 完璧な少女の態でありながら、足の付け根に存在するその場所は、わずかとはいえ女としての淫らな匂いを放ち、ホムンクルスを魅了してやまない。
「あ…あ? ます、たぁ……」
 呆けて裸身を見続けるホムンクルスに苦笑を漏らしながら、魔女は問う。
「お前の好みの身体かな? もっと乳は大きいほうがいいか? 背は? 肉付きは? 髪の長さは? 瞳は? 耳は? 手足はどうだ? お前のためなら前だけでなく後ろの穴でも使わせてやるぞ?」
 畳み掛ける狂気の愛。もしホムンクルスが否という箇所があるのならば、魔女はあらゆる手段を講じてその部分をホムンクルスの好みそのとおりに改造するだろう。
「綺麗です……美しいです……ますたぁ、ますたぁっ!」
 ホムンクルスの腕が魔女を求めて伸ばされる。
 求められる腕に応じ、魔女はその身体をホムンクルスに任せた。
 まずは唇に、そして首に、肩に、乳房に。少しずつキスの箇所が降りていくのを感じながら、魔女はホムンクルスの行動を害さぬよう気を使いながら呪文を詠じ、ホムンクルスの服を消し去った。
 今はヘソのあたりを丹念に撫で回し、時折肋骨の下に唇をおとすホムンクルス。屈み、奉仕する、少年の姿をしたイキモノの股間には、苛烈なまでに自己主張をする肉杭がどくどくと脈打ち、行使されるのを待っていた。
「ん、ちゅ……ちゅぱ……ん――は、マスター、マスター、マスターっっっ!」

 魔女の細い腰を抱きしめ、ホムンクルスは叫び、そして唐突に身体を震わせた。
「おや、まぁ……なんという……」
 己の足元に撒き散らかされる白濁の熱を感じ、魔女は先ほどより明らかなあきれの表情を見せる。
「……我の身体をめでているだけで、達したか?」
 こそこそと耳元で囁かれる魔女の言葉に、ホムンクルスは僅かに顔を赤らめ、頷く。
 びくびくと搾り出すように白濁を放った肉杭は、しかしまだ出したりないとでも言うのかより大きさを増してそそり立つ。
 今にもホムンクルスの腹に張り付きそうなほどまで反り返ったそれは、先端を紛い物の精液と先走りで濡らし、産みの親の胎内へ突き立つのを今か今かと待ちかねている。
「……ふふ、我と、どうしたい?」
 片足をあげて、ホムンクルスの長大な逸物をもてあそびながら魔女は問うた。
「マスターの、マスターの、中で、次は、中、でっ」
 にぎにぎと足指が動かされるたび、ホムンクルスは切れ切れの嬌声をあげる。
 頬を羞恥と快感の色に染めながら啼くホムンクルスを見て、親心かそれとも憐憫か、魔女は足指での刺激をやめ、股を開いた。
「……ほら、お前は、ソレを、大きく長く熱くグロテスクなソレを、我のココに入れたいのだろう?」
 脚を開き、股を開き、さらには片手の指を使って濡れた部分を押し広げながら、魔女はホムンクルスを誘惑する。
「あ……あ……ま、す、た、ぁ――!!!!!!!」
 だが、誘惑できるほどの余裕が続いたのは、ホムンクルスが魔女を押し倒す、それまでのことだった。

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押し倒し、片腕で少女の姿をした魔女を押さえつけるホムンクルス。
 ぜぇはぁと激しく洩れる呼気は、興奮のあまりに体温が増したのか、僅かに水蒸気をなして煙る。
「マスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスター!!!!!!!!!」
 肩を押さえつけた腕をそのままに、もう片方の空いた手で己の肉槍を、可憐な姿をした親の姫洞の入り口にあてがう。
「お、は――息、がっ!?」
 押し倒された魔女は、肩を抑えられついでとばかりに叩き込まれた衝撃で肺の中身を全て吐き出し、ホムンクルスとは違った意味で息を荒くしている。
「私のもの、私のもの、ますたーは私の、私の、私の……」
 肩に乗せられていた腕が、今度はがっちりと魔女の細腰を捕まえた。
「あ、う、あ、ます、たー」
 目は焦点を失い、ただ焦がれ続けた情動だけを映している。
 自制を失ったためか、さらに大きさを増した肉槍は、その先端部だけで魔女の拳ほどのサイズがある。
「はいら、はい、いら、はいら、ない? ますたー、わたしの、なか、いれ」
「ひぁ、あ、あ、や、だめ、そこ、擦れて!?!?!?!?」
 やたらと腰を動かし、魔女の胎内へ入り込もうとするホムンクルスだが、動きは空回りして逸物が虚しく魔女の秘裂をなぞるだけだ。
 血管の浮き出た表面はその凹凸を以って割れ目から飛び出たクリトリスを擦り、結果として魔女に絶え間ない快楽を与えている。
 とはいえ、ホムンクルスは自分がまだ愛する人の深奥に至れていないことだけを判別し、入り口を探す。
「あ……ク、るっっっっっ!!!!」
 クリトリスを執拗に擦られた魔女は、自慰でも達する寸前にしか弄らない場所を刺激されたことによる絶頂を迎える。
 絶頂により熱を得た身体は、その反応として膣から溢れる愛液と、秘めるべき場所の緩まりという結果を返した。
「あ――い、あぁあぁぁぁぁぁ!?」
 ひくひくと絶頂の震えを得ていた魔女の内側へと、偶然の産物としてホムンクルスのモノが入り込む。
 自慰と絶頂による潤みを得ていたとはいえ、いかんせんホムンクルスのモノが必要とする空間に比べて、魔女が不老不死の結果として得た少女の身体が持つ広がりは狭すぎた。
 じゅくじゅくに濡れており、処女でもないというのに、ホムンクルスのモノが勢い良く埋め込まれたせいでわずかな赤が生じている。
「あ、これ、が、これが、ますたー、の、な、かぁ!」
 先端が魔女の子宮口を小突き、それでもまだ余りの見えるホムンクルスのペニス。
 奥部を示すぶつかりを感じて、ずりゅ、と一度腰を引き、打ち付ける。
「ひ、ぐぁ!?」
 ずぅん、と身体の奥深くまで響く快感を得て、魔女は不必要なまでに大きいペニスで引き裂かれた痛みを忘れた。いや、痛みすらも快楽に感じるよう、その瞬間、魔女の身体のスイッチが切り替わったのかもしれない。
「が、あああああああああ!!!」
 獣の漏らすようなうめき声を上げて、魔女は盛大な失禁とともに早すぎる3度目の絶頂を得た。
「ます、たぁの、あたた、かく、てぇ!」
 2度目の射精が近いことを感じながら、ホムンクルスはぴちゃぴちゃとかけられる薄黄色の液体を気にもせずにまた腰を引き、打ち付ける。
「で、ちゃい、ま――あっ!」
 ぐちゅ、と魔女の腰を引きながらの打ち付けは派手な水音を鳴らし、その動きの快感がホムンクルスの体内で2発目のトリガーを引いた。
 ごぼ、ぼぼ、と射精には到底似合わないような音が魔女の腹から聞こえる。
 奉仕による精神的なものだけでなく、確固たる刺激を得て放たれた射精は、たった一度で魔女の子宮を埋め尽くし、なお余るだけの量を誇っていた。
「中、だされ、て、す――ご、ぁ……❤」
 連続して与えられる快楽に、魔女もついに理性を飛ばした。
 腹部に、女として最も愛する存在を孕む場所にだくだくと子種を注ぎ込まれ、犯され、そして精神的な充足を得る。
 寝床の上、ホムンクルスに組み敷かれた状態でカクカクと身体を揺らし、だらしなく開いた口の端からはとろりと粘性の高い唾液が零れ落ちてシーツに染みを作る。
 射精が終わるまでの間、ホムンクルスは動きを止め、魔女とともに快楽に溺れた。

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膨れ上がった腹を撫でながら、魔女は満ち足りた日々というのを感じていた。
 数百年来忘れていた思い。
 そして、おりしも時節は春。
 この満足感を共有する相手が一人増えるのには丁度いい頃合だ。
「ふふふ……」
 屋敷のテラスで春の陽気にあたりながら、魔女は重い身体を安楽椅子に任せてゆらゆらと揺れる。
 結果から言えば、魔女の試みは間違っておらず、ホムンクルスは完璧に「ヒト」としての機能を持っており、魔女もまた「ヒト」としての機能を捨て去ってはいなかったということだったのだ。
 今、魔女の胎内には魔女とホムンクルスが育んだ新たな命が眠っている。 
「妾の名、あやつの名、そして、子の名――ふふ、考えは尽きぬな」
 ぎい、ぎい、と安楽椅子が鳴る。
「マスター、昼食をお持ちしました」
 テラスへの戸をあけて、ホムンクルスが顔を覗かせる。声に抑揚が薄いのは相変わらずだが、表情は生まれた頃とは比べ物にならないほど豊かで、主夫業がよく板についているようである。
「うむ、ありがとう」
 手軽に食べれるようにという配慮か、昼食はサンドイッチ。手に取れば、ふわりと香辛料の匂いが鼻をくすぐり、食欲が掻き立てられる一品だ。
「……あと、どれほどでしょうか」
 ホムンクルスがこう聞く時、二人の間に主語は必要ない。
「古より、新たな命は十月十日の時を経て生まれる……あと少しじゃから、そう急くな」
 苦笑を浮かべながら、魔女は再び己の腹部をなでた。
 ホムンクルスもそこに手を重ねる。
「…………」
 一陣の風。
 夏は近い。
 なんとなしに目を合わせ、そして照れたように笑いながら、二人はそう遠くない未来に生まれる子供へと思いを馳せた。

 Fin.