「できちゃったの……」
夕飯を終えリビングでくつろぎ、なんとなくTVを見ていた時だった。洗い物を済ませた芽衣さんが、俺に近づくなりそういった。
「は?」
最初は聞き間違いかと思った。TVの声に被った芽衣さんの発言は、あまりにもさりげなかったからだ。俺はゆっくり、座椅子から体を返して芽衣さんの顔を見た。
「だからぁ、できちゃったのよう。私と、春君のあかちゃん……」
そういって芽衣さんは困ったような、嬉しいような表情で顔を伏せた。セミロングの髪が流れてあらわになった彼女の耳は、ちょっと赤くなってるような気がする。

──が! しかし! 肝心の俺にそういう事態がぼぼ勃発するに至った記憶が無い!

俺の脇に芽衣さんがちょこんと、正座したので、思わず俺も正座で向き合う。
「今年の始めくらい新年会でぇ、ハル君すっごい酔っ払って帰ってきた事あるでしょ?」
「はぁ、そういえばそんなことも……。で、それが、あの……?」
とは言ったものの新年会の記憶はあってもどうやって帰ってきたかは覚えてない。
「その時ね、ハル君ったら無理やり求めてきて……。酔った勢いだなんて、いやだよぅって私言ったのに、ハル君ったら……。なんか、レイプみたいな感じだったな。
……あ、思い出したらなんか涙でてきちゃった」
そういって芽衣さんは、すん、とちょっと鼻をならした。
まいった。そんな事があったとは。っていうかせめて覚えてたら……。そんな我侭なセックスを芽衣さん相手にした事とか無いし。
「面目ないっス……。あー、新年会かぁ、あれ一月の第二金曜日でしたっけ……? 
ん? んーっ?!」
カレンダーを見やった俺はあることに気づく。今日は四月一日! すなわち──。
「おほ、なんだ、俺本気あせったっスよ、そか、エイプリ」
「嘘じゃないよっ?」
「は?」
家ではおっとりしている芽衣さんの強い言葉は、俺を黙らせるのに十分だった。
「私がママで、ハル君はパパになるんだよ? そんな大事な事で嘘つくわけないよ?」
「そ、そうっスね……、い、いやでも母子手帳とか、は?」
「ウチの市町村はぁ、毎週火曜日じゃないと母子手帳を交付してくれないの! まーだ疑ってるの? ハル君!」
「いやあの聞いてみただけっス……」
「これはもう、責任をとらなきゃダメって、ハル君判ってる?」
「そ、そうっスね……」
芽衣さんが正座のまま、ずいっずいっと少しづつ俺に近寄って来る。
「『そうっスね……』じゃないでしょ?! とるの? とらないの?! 責任!」
お袋に説教されてるみたいだった。芽衣さんの口調は仕事の時の毅然としたそれに変わっていた。俺は思わず──。
「とります……。男として……」
「はい今とるって言った! ハル君言いました! 私ちゃんと聞きました! じゃぁ食後のデザートだねっ!」
すっくと立ち上がった芽衣さんはちょっと小走りに冷蔵庫に向かった。なんか無理やり説得されたような、引っかかる気持ちを抱えながら、俺はTVを消してカーペットに大の字になった。

            〜maternity rhapsody〜

俺、佐川春一と芽衣さんは同棲して二年ほどになる。芽衣さんは六歳年上で、出会ったのは仕事上の取引で、だった。三十路手前のキャリアウーマン。数人の部下を持ち、仕事ではやり手のバリバリ。対して俺はしがないヒラだ。
幾度か同じ仕事をこなし、それとなく彼女と付き合いだし、「家賃もったいないから私の家にね、こない?」と誘われ、言われるままに芽衣さんのマンションへと転がり込んだ。よってこの家での俺の地位は低い。俺が勝手にそう思ってるだけかもしれないが、やはり依存していることは否めない、と思う。体育会系出身だから余計だ。

芽衣さんも結婚の事を、それとなく俺に切り出したことがあった。だが、うやむやな返事で終わりにしていた。俺が彼女を引っ張っていけるだけの経済力を持ってから、なんて古風なこだわりがあったのは認めざるをえなかった。
なので婚前交渉には、必ずスキンを使って、避妊には気を使っていたというのに……。
ああ、バカバカ俺のバカ。そして初めての生で中出しを経験した、あのヤラかしちゃった晩の俺を殴ってやりたい。

「プリン、おいしかったねぇ。コンビニの甘いものって、いろいろあるけどどれも美味しいよねぇ」
「はい……」
芽衣さんは 家用のチャコールカラーのセルフレームの眼鏡(仕事では2ポイントフレーム。え? 聞いてない?)でパジャマ。完全にOFFモードだ。対して俺は先ほどの告白のショックから立ち直れないモードである。
カーペットに座って二人して見るくだらないTVは、俺にとってはただ点けてるだけだった。
芽衣さんは時折反応したり観客と一緒に笑ったりしているが、俺は焦点の合わない目で眺めているだけのみ。
「どうしたの? 元気ないよ」
「芽衣さんだって判ってるでしょうに……」
「……あー、そっかぁ。いきなりだもんね。なんか、ゴメンなさい」
「いや、芽衣さんが謝るトコじゃないっス! 悪いのはその、俺の方で……」
うつむいた俺の向こうで、ふと、芽衣さんが笑ったような気がした。TVが消えた。
芽衣さんが消したのだ。
「でも、悪いことかな? 私、嬉しいよ? あかちゃん欲しかったしな……」
「え? ……でも俺、芽衣さんの仕事に差し支えちゃうかなとか、ちょっと……」
「そんな事言ってたら、私オバサン通り越して、おばあちゃんになっちゃうでしょ?」
「まぁ、そうっスね、はは」
「あー、今、老けちゃった私の事を想像した? もー、ハル君のバカー」
あまり抑揚の無い、のんびりした口調で怒られた俺は、だいぶん気が楽になった。
ややふっくらぎみの芽衣さんの笑顔を見れば、まぁ、いいかなんてすら思えてくる。

「そしたらね、ハル君、そんなハッピーの記念ついでに、お近づきにならない? あかちゃん、できたからね、スキン要らないよね」
ちょっとテレた、他人行儀な『お近づきにならない?』は、芽衣さんの使う、今晩エッチしませんか? の暗号だ。だがそれよりも俺の心を震わすワードはスキン要らないすなわち生OK! である。
ぼんやりしていて回転の遅かった頭に火が入った気がした。ちょっと息を呑む。
「いいんスか……?」
「……いいんだよー?」

ならば、だった。俺は小さくうなずいてから、そっと芽衣さんの髪に手をやり、撫でる仕草から彼女の眼鏡を外す。
スキン無し、という事実は俺のテンションを上げていた。ローテーブルに普段使いのタオルが在る事を確認すると、それを彼女の傍らに置いた。
芽衣さんが、『え? ベッド行かないの?』という顔をしたが俺はお構いなしだ。
なれた手つきで芽衣さんのパジャマの上を脱がす。彼女は寝る前にブラをつけない。
大きめバストがすぐあらわになって、テレ屋の芽衣さんは、ちょっと普段より強引気味の俺に戸惑いの顔を向けたが、嫌がる様子は無かった。覗けた普段は白い肌。今は興奮からなのか、血色がよくなってピンク色。だが、俺の方が興奮している自信があった。

なぜなら、俺はこれから孕ませの追体験をするのだから──。

「ハル、君……」
小さく呟いた芽衣さんの唇を自分ので塞いで、息が続くまで重ねた。その間にパジャマの下にも手やる。俺に協力してくれて芽衣さんはお尻を浮かす。すかさず、タオルをその下に敷いた。ショーツに指を忍ばせて前戯、なんてまどろっこしい事はしない。
お尻を撫でるように、俺は芽衣さんを開始一分(くらい。別にタイム計ってないし)で生まれたままにした。

見てろよ、一月第二金曜日の晩泥酔していた俺。俺はこれからお前なんかが到底できもしなかったセックスを展開してやるからな。独りよがりな、芽衣さんの事を慮らないあたかもオナニーのようなそれとは違う、本当に、『子供つくろうね』ってセックスをしてやる。あああ、だがしかし今芽衣さんのお腹に宿った新しい命の父親がお前ってのが本当に悔しい。って俺だが。なんかよくわかんなくなってきた。集中するわ。芽衣さんに。

「もう、準備できちゃってるっスね……」
芽衣さんの体が熱い。指で触れた柔らかい箇所はもっと熱かった。そしてよく濡れそぼっていた。こちょこちょと擽るだけでも、ねっとりと愛液が俺の指に絡んでくる。
「……いいよ、来て……」
仰向けで、芽衣さんは顔を横に向け、小さく俺を誘う。開かれた両足はさらに開いて、俺を向かい入れる準備をしている。俺は有無言わず彼女の芯を前に膝立ちになった。
「それじゃ、生の芽衣さんいただきますっ!」
「私食べ物じゃないよぉ、んんっ!」
「っ! うぁ、ヤバイっス……」

背筋がぞっとした。記憶があるうちでは始めて、スキン無しの挿入。そりゃ芽衣さんと体重ねて、今までだって気持ちよかった。だが、この一閃は違う。俺のペニスが芽衣さんの秘所に触れ、そこから突き進んだ時の感触がまるで別物だ。
入り口の狭まさに亀頭を刺激されるのは序の口、そこを抜け、腰を突き進めると更に、折り重なった熱い粘膜のヴェールが連続でかぶされる様な……。
それすら芽衣さんのポテンシャルの一つに過ぎなかった。次に感じるのはやや固めの、おそらくはGスポット。そこすらペニスへの刺激を緩めない感触。さらにはそれらが、なにより、くんっくんっと脈動しているのだから!
「あ、れ?芽衣さんもしかしてイってる……?」
横向きのまま芽衣さんは頷いた。ぎゅっと目を瞑って、快感に痺れてるのが判る。
か、かわいい。俺だけではないのだ。芽衣さんも生の感触に震えてるんだ。

もちろん、その感触は今までだって感じていた。でも、裸眼で2.0の俺が眼鏡を掛けたら視界がぼやけるのと同じように、スキン無しの、ダイレクトの感触は新鮮で、なんというか嬉しさ、(それも褒められた時のような)多幸感が湧き上がってくるのだ。
初めて芽衣さんと夜を共にした時の事を俺は思い出した。
小さいストロークで、俺は再び動き始める。柔らかく彼女の体を揺らす。芽衣さんが『あっ……』と声を上げる。
いつものペースだったら、おそらく俺はすぐに達してしまうだろう。なんというかそんなもったいない事はできない。
芽衣さんのその顔を見ながら、息を整え一定のリズムでペニスを抽送する。
その顔は真っ赤になって、俺のリズムを感じている。俺が動くたび、快感が彼女の中に溜まっていっているに違いなかった。
閉じられていた目は次第に開かれ、極力声をあげまいとこらえていた口もまた──。
俺はそっと、芽衣さんの下腹部を動きながら押す。ペニスと手で芽衣さんの肉を挟み撃ちにする。

「あっああ……っ!」
控えめに呻いて、芽衣さんがやわやわと俺に顔を向けた。
「……、いいよぅ。イこう? 私、おかしくなっちゃう、終わりにして? ね?」
助けて、と言わんばかりの顔で、芽衣さんは俺の首に腕を伸ばし、俺の腰に自身の足を絡ませた。俺もラストに向け、遠慮なく!

「おっきいのくる、あ、ぁん……っ! いいよ、妊娠させてぇ!!」
「っつあ!」
どん、と、それまでより強く、俺を打ちつけた瞬間、芽衣さんも俺もほぼ同時に感電にも似た痙攣を起こした。深い、今までと比べ物にならない射精。内臓が引っこ抜かれるような快感。普段の倍の時間放出しているかのようだ。そして、その脈動とシンクロするかのように、芽衣さんの奥が同じく俺を締め上げる。これが、然るべき女性に精を注ぎ、子よ宿れと、命を繋いでいく、本当の射精……っ、かっ。
あ、でももう芽衣さん妊娠してるか。
ん? いやまて──。『妊娠させてぇ』って、今……。

「ねえ、ハル君怒ってる?」
「いや、別に……」
ベッドに寝転がって、俺はぼんやり天井を見つめる。横にうつぶせになっている芽衣さんが、足をぱたぱたさせていた。
俺はまんまとハメられていたのだった。芽衣さんの狙いは、もう妊娠しちゃってるのだから、と俺と生で子作りしまくり、既成事実を後から作り上げる事だったのである。
先ほどの一戦を終え、二人してシャワーを浴び、裸のまま寝室に移った時、芽衣さんはふと、『騙してるの、悪いから……』と俺にすべてを白状した。
そういう、なんか素直でやさしいトコも好きだが。でも事後という事実は揺るがない。
「私ね、やっぱり不安だったんだよー? 何か無いと、その、これから先、無くなっちゃうような気がして……」
しょげた顔の貴方を見たら怒れないに決まってるさと、声には出さず、俺は芽衣さんに向き直った。
「男にね、二言は無いっスよ。順番めちゃくちゃっスけど、俺みたいな甲斐性無い男でも、いいんスか?」
「うんうん、いいよぅ♪」
芽衣さんの笑顔は柔らかい。
「それにしても、ハル君かんっぜんに騙されてたねー。私、大学で演劇部だったんだぁ。
いぇい♪ 面白かったぁ」

あ、ちょっと調子に乗ってますね芽衣さん。

「覚悟決めたついでに、もっとディープに、今晩はお近づきになりまスか」
俺は上体を起こし、芽衣さんの背中から手を流して丸いお尻に触れる。
「うん、さっき、凄かったねぇ。毎晩しても、いいかも……、ぁう……」
俺の精をまだ収めて、そしてさっきの余韻もあるのだろう。芽衣さんのソコはまだ十分に熱い。水音がするたび、その気になった芽衣さんはお尻をわずかづづ持ち上げてく。

「どうしよう、カラダ震えちゃうよぅ、感じ方、変わっちゃった……」
「俺もっスよ。もうスキンなんてつけられないかもっスわ」
芽衣さんのバックに陣取って、俺はその腰を手繰り寄せる。芽衣さんの仕上がっちゃってる秘所に、俺のペニスが触れた。
「は、はやくぅ……、は、ぁぅぅっ」
まだ挿入はせずに、秘所の先端のクリトリスを指で転がした。芽衣さんのお尻が悩ましげに振られる。
それでも俺は、まだ挿入しない。

「……ねぇ……? ハル君?」
不安げに俺に顔を向けた芽衣さんに、俺は少し意地悪な表情をしていたろう。
「……欲しいんすか? 俺の。芽衣さんの何処に?」
「あ、……っ」
芽衣さんはとても恥ずかしがり屋なので、女性器のその名を言ったこととか無いのだ。
俺は騙された報復、とでも言うのか、性欲を盾にして彼女を脅迫している。
「陸上で鍛えてたから、今晩はマジ寝かせない勢いで頑張りますよ俺。でも、芽衣さん、ちゃんとおねだりしなくちゃダメ、っすよ?」
芽衣さんの顎が震えた。
「あ、あの、私の奥、ハル君の、下さい……」
「奥って、どこっスか?」
「奥は、あの、お、おま……。ば、ばかぁ、言えないよぅぅ」
「じゃぁお預けっスね」
俺は腰を引いた。ペニスが離れる瞬間、引き止めるかのように芽衣さんの秘所が動いたのを感じた。
「ダメぇ、言う、言うからぁ……」
「じゃぁ、ちゃんと、礼儀正しく、おねだりしてみて下さいよ」
芽衣さんは耳まで真っ赤にしてこくんと頷いた。恥ずかしさからか、目尻から本気の涙がこぼれてる。俺はことさら、ぞくっときた。

「あ、あの、あの、ハル君のを、私の、その、その──っ」
泣き声交じりに恥ずかしい単語を発した芽衣さんの事を、俺は背後から、勢いよく貫いた。

だが、よく考えると俺はやっぱりまんまとハメられてるのではなかろうか。まぁいい。
そうだ。子供の名前は男の子でも女の子でも、『まこと』にしようか。漢字は後から考えるとして。
嘘から出た真。なんちて。



PS その話を朝、芽衣さんにしたら、『ふざけてるぅ。却下!』って怒られた。
まぁその晩も子作りしたがな!!



            〜maternity rhapsody〜  おしまい。
                                  20100402