某日 某夜 某地方都市

「やれやれ、今回の出張も疲れたな」
ネクタイをゆるめながら伊原厳隆が杯を空けると、すかさず南山澄美は勺をする。
「でも、お客様への説明も無事に終わって良かったじゃないですか」
「ああ、でもお前にも資料作成につきあってくれて助かったよ」
「いえ、仕事ですから」
スーツ姿の澄美は大きな目を細めると、にっこり笑う。
「それに、入社3年目でサブリーダーとして任されたプロジェクトですし。
 伊原さんと一緒に仕事できて色々勉強にもなりました」
「まあ、明日は土曜日だ。今日はここで一泊して明日ゆっくり帰るか」
金曜日だけあって居酒屋の店内には多くの酔客がいる。
「しかし、今月に入ってから遅くまで本当にご苦労だったな」
「そうですよ、親にも心配されちゃいました。若い娘が土日も返上して仕事なんて…と。
 どう責任取ってくれるんですか?」
「責任?ああ、残業代と休日出勤つけていいよ。
 課長がなんか言ってきたら俺が言っておくよ」

(そうじゃなくて…)
憮然とした澄美に気づいてか気づかずか伊原はまた杯を空ける。
居酒屋のテレビでは丁度芸能人の離婚騒動を放映していた。
「ほう、こいつら今度離婚するのか」
「ええ、生活時間帯が全くあわなかったらしいですね」
「お前も気をつけなきゃいかんぞ。
 俺みたいに入社1年にして、残業の嵐で彼女に振られた、なんて例もあるからな」
「私が入社する前の年ですね…でも、伊原さんみたいに仕事ばっかりだと、たいていの女性は根を上げちゃいますよ」
「そうそう、SEなんてやくざな仕事だからな。お前も彼氏を作るならこの業界以外にしておけ。
 いや、逆にこの業界の方が理解があっていいかな?」
「ですから、その辺りの責任をどうしてくれるんですか?」
「お前なら、どうにかなるだろう」
詰め寄る澄美に、伊原は笑って流す。

「寒いな」
木枯らしが吹く中、寄り添いながら宿への帰途につく二人。
というよりも、澄美が、寒い、と伊原にくっついているのであるが。
「…伊原さんは、彼女と別れてから、新たな出会いはないんですか?」
「ああ、恋愛そのものが面倒くさくてね。それに仕事が忙しいし」
「そんなこと言っていると、ダメですよ。ワーカホリックじゃないですか」

折からの強風に、コートが、そして澄美のショートヘアが舞い上がる。
「そんなお前はどうなんだ?つきあっている相手とかはいないのか?」
「…好きな…好きな人ならいます」
顔を背けるように、呟くように澄美は答えた。
「そうか、じゃあ、さっさと捕まえておけ」
(………)
酔いも手伝ってか、風に負けないぐらいの哄笑を響かせる伊原。

「それじゃあ、お休み。明日は昼過ぎの飛行機で東京に帰ろう。10時ぐらいまでは寝られるぞ」
「…お休みなさい」

(気づいていないのかなぁ)
部屋に戻ると、コート、スーツをハンガーに掛けながら澄美は思う。
(…やっぱり、魅力無いのかなぁ)
部屋の姿見をじっと見つめる。
鏡の中には、小柄な、ショートカットで、目の大きい、そして少し幼げに見える自分の姿がある。
(顔は…かわいいと言ってくれる人はいるけど…「オトナの女性」じゃないしなぁ)
(プロポーションも…そそらないんだろうなぁ)
姿見の前でポーズを取りながら、Aカップの自分の胸を見て苦笑する。
(…ばっかじゃなかろか、あたし…)
空しくなり、ベッドに倒れ込む。
(はぁ、伊原さん…)
ぼんやりと「好きな人」の面影を思いながら、シャツを着たまま寝返りを打つ。

(…伊原さん)
そして、無意識の内にそろりそろりと指が股間に伸びる。
(…んっ)
下着の上から恥丘に触れた瞬間、我に返る。
が、その指は止まることなく、いや、むしろ、積極的に乾いた布をひっかく音を立てながら陰阜をなぞっていく。
(…んっ、んふっ…)
下着越しに淫唇の形を確かめながら−くぼみの感触、その柔らかさ、そしてその感覚−外側からだんだんと内側へとなぞる。
それにつれて、腰の奥深い所から甘い振動がズーンと全身にゆっくりと、しかし確実に広がっていった。
(…はうんっ…)
淫核に指をはわせると、振動が衝撃に変わる。
下着をひっかく音も、いつしか濡れた音へと変わっていく。
(…い、伊原さん…)
既にぐっしょりと濡れた下着の脇からもどかしげに指を入れ、焦ったように指を入れる。

もう止まらない。

奥からは泉のごとく愛液があふれ、指を濡らし、締め付け、呑み込もうとする膣口。
「…あんっ、あんっ…」
股間からはくちゅくちゅと淫猥な音を立て、だらしなく開かれた口元からは嬌声を上げ、狂ったように指を挿入する。
もう一方の手はシャツの間からブラジャーをまくり上げ、既に堅くとがっている乳首をつまみ、捻り、押しつぶす。
膣内の柔らかい感覚。
まとわりつくような襞の感触。
熱すぎるその温度。
挿入を繰り返す指の存在感。
ぐちゅっぐちゅっと音を立てる愛液。
とどまることを知らない愛液のぬめり。
そして、愛する男に優しくも荒々しく犯されているという妄想。

全てが気持ちいい。

淫核を直接弄り、昇り詰めようとしたその時、壁越しに物音と伊原の声が聞こえてきた。

深夜。
伊原の携帯が鳴り響く。
「…もしもし、伊原です」
「あ、伊原さん、電算センターです。障害が発生しました。バッチが停止しています。原因はハード障害のようです」
ベッドから跳ね起きると、状況を詳しく聴きながら、スーツに着替える伊原。
「分かった、すぐにセンターに向かう。障害を起こしたハードは交換できるように連絡しておいてくれ」
携帯を切ると、今度は枕元の電話が鳴る。
「もしもし?」
「あ、伊原さん、南山です。なんかあったんですか?」
「…南山か?障害が起こった。今から電算センターに向かう。お前は寝ていろ」
「分かりました。私も行きます!」
「お前は…。いや分かった。10分後に下ののロビーだ」



タクシーの中、澄美に状況を説明する伊原。
「…で、こっちのシステムからリカバリー後、再起動することになるだろう。向こうに着いたら状況を確認してから作業開始だ」
「分かりました」
「それにしても、あんな時間まで起きていたのか?」
「え、ええ、シャワー浴びたりしていましたので。それに伊原さんの声が隣の私の部屋まで聞こえてきましたよ」
「そうか。寝入りばなを起こして悪かったな」
そういいながら、厳しい顔つきで構成図をチェックする伊原の顔を、澄美はじっと見つめる。



電算センターに入ると、すぐさま電算室に向かう伊原と澄美。
「バックアップの最中にディスク障害が起きて、パンクしたのか…朝までに間に合うか?
 南山、他のタスクへの影響を調べてくれ」
「分かりました」
伊原は上着を脱ぎ捨てると、コンソールにかじりつき、猛烈なスピードでキーを叩き始めた。

数時間後…
夏ならば東の空も白んでこようかと言う頃、電算室では障害回復作業の最終段階に入った伊原と澄美の姿があった。
「…それじゃあ、再起動かけてくれ」
「はい…再起動しました」
「ディスクオンライン確認、システム再起動完了、タスク開始確認。…よし、どうにか間に合った」じっとコンソールを眺めていた伊原は、今度は電話を手に取る。
「…もしもし、伊原です。回復完了しました。バッチ処理再開してください。
 しばらく機械室におりますので、何かあったら内線XXXXまでお願いします」



「…お疲れさまでした」
「…おお、お疲れ…ふわぁ」
緊張が解けたのか、澄美に応えようとするものの、思わず伊原の口からあくびが漏れる。
「伊原さん、少し休まれたらどうですか?ここしばらく全然寝てないのでは?」
「ああ、でも大丈夫…ふわぁ」
「今のところ順調に動いていますし、私が起きていますから」
あくびが止まらなくなり出した伊原を見て、クスリと微笑みながら澄美が答える。
「じゃあ、お言葉に甘えてちょっと休むから、なんかあったら起こせよ」
そういいながら、パイプ椅子にもたれかかる様にして伊原はすぐに寝息を立てる。

伊原は夢を見ていた。

腰まで水に浸かっている夢だ。
いや、水にしてはどろどろしすぎている。
しかもなま暖かい。
とりあえず動こうとするものの、ずっぽりはまっているらしく身動きがとれない。
上半身で勢いをつけて動こうとしても、腕も動かない。
そのうち、それが全身にまとわりついてくる。
が、不快ではなく、こそばゆい様な感じだ。
「なっ、何だ?」
こそばゆさが別の感覚に変わった瞬間、電算室の無機質な風景、椅子に縛り付けられ身動きがとれない自分、
そして、目の前で口づけをせんとする澄美の顔が目に入った。

伊原が眠りについてしばらく後

「あらあら、よっぽど疲れていたのね、伊原さん…」
パイプ椅子の背もたれに寄りかかり、両腕を下に垂らし、うつむき加減に寝息を立てている伊原を見ながら呟く澄美。
手近な椅子に腰掛けながらぼーっと伊原を眺める。

(…やっぱり、ダメかなぁ)
暢気に寝息を立てる伊原を見つめていると、少し寂しくなる。
(…伊原さん…)
眉根を顰めている男の寝顔を見つめていると、思慕の情が募ってくる。

そのとき、「今この空間には自分と伊原ふたりっきりである」と言うことに気づく。

(バッ、バカ! 何考えているの! そんな、仕事先で、しかも、そんな…)
思わず目を背ける澄美。
しかし、一度心を捉えたその考えはガッチリと澄美を捉えて離さない。
胸の鼓動が高まるのを自覚する。
顔が火照るのが自分でもわかる。
(…いや、そんな、でも…)
どぎまぎしながら再び伊原をちらりと見たとき、男のズボンの股間が膨らんでいるのが目に飛び込んでくる。

全てがわからなくなった。

先程、絶頂の一歩手前でお預けをくらった子宮が疼く。
何も考えられない。
心臓の音と、顔の火照り、そして目の前で無防備な姿をさらす愛する男の姿以外は何も目に入らない、聞こえない。
夢遊病者の様にふらふらと立ち上がると、そばにあった梱包用の紐を手に取り、男の手足をパイプ椅子に縛り付けていく。
そして、静かにしゃがみ込むとそのまま男にしなだれかかる。
男の体臭が鼻を突く。
が、それは疼きをますます駆り立てるものでしかない。
ワイシャツ越しに男の筋肉を確かめるようになですさると、恐る恐る顔を近づけていった。

「うおっ?!」
伊原は目の前で起こっている出来事に頭がまったく付いていかず、頓狂な声を上げる。
「きゃっ?!」
伊原の驚きに併せたかのように、澄美も飛び退く。
伊原が目覚める、と言う考えを全く思いつかなかったのであろう。
「…お、お前、なにやってんだ?!」
かろうじて、パイプ椅子に縛り付けられている自分の醜態に気づき、問いかける伊原。
「え、あ、あの、その…」
急に現実に戻されたのであろう。澄美の顔が見る見る紅くなり、声もかわいそうなほどうろたえている。
パニックに陥りそうな澄美とは反対に、声を出すことで伊原はだんだん状況を把握していく。
「ったく、とりあえず、ほどけ」
「お前なぁ、客先だぞ。なに考えているんだ」
「ほら、早くしろ!」
状況が状況なだけに、声を潜めながらも、伊原の口調は荒くなる。
対照的に、澄美はますますうろたえ、おびえ、しゃがみ込む。
目にはうっすらと涙も浮かぶ。

(いかん、泣かせたか…?)
しゃくり上げ始めた澄美を見て、伊原の胸に小さな後悔の念が浮かぶ。
(少し強く言いすぎたか?)
(でも、いつも気の強いこいつが泣くとは…女の子らしい面もあるじゃないか)
すると、朝立ちから少し萎えだした伊原のモノがまた大きくなり始めた。
(ばっ馬鹿!落ち着け!俺!)
思わず欲情しかけた自分を取り繕うように、泣いている澄美にあやすように声をかける。
「あー、南山、大きな声を上げて悪かった、な?だから、とりあえずこの紐をほどいてくれ。話はそれからにしよう、な?」

しかし、澄美の嗚咽は止まらない。
「すまん!俺が悪かった、泣くな!だから少なくとも紐だけでもほどいてくれ」
(なんか、情けないこと言ってるなぁ。でも、とりあえず、収まれ俺!)
必死であやしながら、自分の意と反してそそり立つ分身の扱いに困り果てる。
「…さん…が…いんです」
「ん?なんだ?」
「伊原さんが悪いんです!」
目を真っ赤に泣きはらしながら澄美は叫ぶ。
「うぉ!ま、まあ落ち着け。あまり大声を出すのはやめよう、な?と言うよりも、なんで俺が悪いんだ?」
「だって、伊原さんぜんっぜん私の事気づいてくれないじゃないですか!
そもそも、私の事女としてみてないでしょう?!私だって女の子なんですよ!わかってます?!
「仕事ができる」とか「有能だ」とか言ってくれても一度も「かわいい」とか「きれい」だとか言ってくれたことないでしょう?!
私がどんな気持ちだったかわかっているんですか?!さっきだって居酒屋で私が一生懸命アプローチしても全くだめじゃないですか!
鈍すぎです、いくら何でも鈍すぎです!」

一気にまくし立て、胸の内を吐露したおかげか、少しは澄美にも落ち着きが戻ってくる。
「…そうか。いや、お前の気持ちに気づかなかったのはすまなんだ。わかったからとりあえず…」
「…それとも、私のこと…嫌いですか?」
伊原の言葉を遮り、しゃがみ込んだまま、潤んだ目を向けて質問する。
「ええ?いや、その、なんだ…」
「…そうですよね、気は強いし、背も低いし、胸も小さいし、こんなことする女だし…全然だめですよね」
そしてまた、その大きな目に涙がたまり始め、再び泣き出す。
「いや、そんなことはない。うん、嫌いじゃないよ」
「…じゃあ、好きですか…?」
「ん?あ、ああ、凄くかわいいし、好きだよ。いや…本当にかわいい」
(本当に、女の子らしく、かわいいじゃないか)
泣きじゃくり、必死ですがりつこうとする澄美。
まるで、雨に濡れた子猫の如く弱々しく、そして何ともいえない愛おしさを感じさせる。