古びた建物特有のカビっぽい臭い。
生暖かい澱んだ空気のせいか、ここにはセミの声さえ届かないらしい。
ボタンを押すと、静まり返ったアパートの廊下にけたたましいブザーが響いた。

「…………誰?」
インターホンごしに返ってくる声は、どうも虫の居所が悪そうだ。
「こんにちはー。蓮川です、原稿いただきにあがりましたー。」
平坦な声で用件を述べると、インターホンの向こうはばつが悪そうに言葉を詰まらせた。

「あー……、とりあえず上がってくれ。鍵は開いてるから。」
「先生……、寝てましたね?」
ガチャ。
返答はなく、インターホンは代わりに受話器を置く音だけを正確に伝えた。
どうやら、図星らしい。

「はぁ……、それじゃあ失礼しまーす。」
勝手知ったる他人の家。
古いくせに広い。広いくせに片付いてない。
来るたびに、ここはいつか訪ねたことのある古本屋を連想させる。

「せんせー?」
リビングに入ると、視界に紫色のもやがかかった。
「やあ、いらっしゃい蓮川君。ゆっくりしてってくれたまえ。」
「げほっ、原稿もらったらすぐ帰りますよ。げほげほっ。」
部屋に充満したタバコの煙にむせながら言葉を交わす。

僕が先生と呼んでいるこの女性は、自らを烏丸 黒と号するそれなり――、
いや失礼、輝かしい将来が期待される女流ミステリー作家で、本名を黒羽 神無という。
書いてる話は、猟奇殺人鬼ものだったりやたら死体の描写が生々しかったり、
女性とは思えないほどグロいものを書いているのだが、本人自身結構気にしているので、あまり言わないであげて欲しい。
曰く、恋愛ものを書こうとしても気づいたらキャラが死んでるのだとか。

閑話休題。

生来、文字列と血なまぐさい話にしか興味が向かないらしく、髪は染められもせず荒っぽく耳あたりで揃えられ、
服も名前にあやかってか黒と白のものしか身に着けない。
が、そう悪くない素材のせいか、それもまた妙に似合っていた。

自分、蓮川 甲次と彼女の関係はいたってシンプル。
作家と担当編集者、作家の数だけ存在する実にありふれた関係である。

「原稿、ね……」
タバコを片手に呟く。
その目はどこか遠くに焦点を結んでいた。

「……出来てないなら今すぐ書いてください。」
「いや、まだ出来てないとは言ってないじゃないか。」
「出来てるんですか?ならすぐ印刷に回すんで出してください。」

事務的且つ冷ややかな言葉を浴びせかかるとと恨みがましく僕を見上げる。
「キミ、最近冷たい。」
「先生みたいな手合いを甘やかすと、ろくな事にならないって学習したんです。」
この人のおかげで、何回編集長に頭を下げたことか。

「酷いなぁ……、この間はあんなに熱く愛し合ったって言うのに。」
よよよ、なんてペンも持たずに茶番を繰り広げる先生に、思わずため息がついて出る。
「はぁ……、まあ今回は逃げなかっただけでも良しとしましょう。いつもは原稿出来てないと部屋に居ないですし…
 今日一日は待ってるんで、出来るだけ早くお願いします。
 なんかいるものはありますか?コンビニで買えるものだったら買ってきますけど。」
「ああ、それは大丈夫だ。大体のものは買い置きがある。 …ただ、どーも筆が進まない。」
「それは僕の管轄じゃありませんから。プロとして続けたいなら気合で書いてください。」
「かぁ…、キミも初めて会ったときはあんなに初々しくて可愛かったのに……」
懐かしむように目を細めて、先生はまた遠くへ旅立ってしまう。
つられてこっちまでその頃の自分を思い出してしまって、つい一年くらい前のことだというのになんだか照れくさい。

「いーから、早く書いてください!ほら、ペンを持つ!」
嫌な話の流れを断ち切りたいのもあって、タバコを持っていないほうの手にペンを握らせながら一括する。
「んー……」
やっぱりペンを持ったから書けるというものでもないのか、それとも最初から書く気がないのか、先生は渋い顔をしながらペンを回すばかり。
けれど、これ以上自分に出来ることもないので、たどたどしくも原稿用紙に字を書き始めたのを見届けると持参してきた雑誌に目を落とした。

ゆっくりとペンが歩く音に、時々雑誌のページをめくる音が雑じる。
途切れ途切れのペンの音に、今日は徹夜仕事かな、などと暗い気分になってみる。
「……はぁ、」
再びため息。
「なあなあ、蓮川君。」
「あ、はい。なん――――んぐっ………………、む――」
悪戯っぽい声に顔を上げると、同時に言葉と共に唇をふさがれる。
素早く差し込まれた舌が、有無を言わさず口這い回る。

「――――――ん、ん…………ふぁ、」
一通り口の中を嬲ると、一方的に満足したのか唇が離され、名残惜しそうに唾液がその間に橋を渡す。

「……また、ですか。」
口元を一度拭うと、ため息のように言葉がこぼれた。
そんな呆れたような声にも、先生は楽しそうに笑うだけだ。
「そんな嫌そうな顔しないでくれって。リフレッシュに協力するのだって仕事のうちだぞ?
 ……一回だけ――、ね?」
「ぅ…………」
僅かに頬を染めて、顔を覗きこまれる。

……それだけで拒めなくなる自分が、嫌いだ。

タバコ臭いリビングからほんのりと甘い臭いのする寝室に移動して、またキスからやり直す。
今度はこっちからも舌を絡ませながら、お互いに服を脱がしあった。
その動作があんまりにも緩慢なものだったせいか、ソレが外気に触れる頃には、もう期待でパンパンに膨れ上がっていた。

「相変わらず、節操のない……」
言われて、かぁ、っと顔が熱くなる。
何度目にしたって、やはりこういうのは恥ずかしいものだ。

「まだ触ってもないっていうのにこんなにして…………、どうしてほしい?」
先生は、黒い下着姿で意地悪く僕を見上げてくる。

「どうしてほしい、って……」
まだ残る羞恥心や男として意地が、女性に言われるがままに卑しい欲望を口にするのを躊躇わせた。

「まったく、今更何を恥ずかしがってるんだか。」
拒むように口を閉ざしたまま僅かに視線を逸らしても、そんな事はお構いなしに指はゆっくりと胸板を這い回る。

「っ…………!先生っ?」
ぞわりと、なんとも言えないむず痒い感覚。
胸の突起を、舌が舐め上げた。

「男でも、ここは感じるんだろう?」
「ちょっ――――、ぁ……ぅ、」
歯を食いしばって耐えようとするのだけれど、どうやってもその隙間から声が漏れる。
男が喘いでるなんて、我ながら気持ちが悪い。
そう思うのだけれど、思ったところでどうにかなるわけでもなく。
先生はそんな情けない姿が楽しいのか、舌と指でしつこくこねくり回してくる。

「く…………、あっ―――!」
僅かにしこってきた乳首を、なぞり、弾き、吸い、噛む。
普通なら男性が女性に向けて行うような愛撫を受けて喘いでいる自分。
そんな想像が、快感に屈辱的な色を添える。

これは、まずい。
なんというか、男の尊厳を粉々に砕かれてしまうような感覚がある。
そのくせ達してしまえるような鋭い刺激ではなく、無尽蔵に強まる下半身の疼きがただ、もどかしい。

「せんせ…………、やめっ、」
「ん……、どうした?気持ちよくなかったか?」
顔を上げながらも、責め立てる両手は休めない。
この人は、こんなときにさえ意地が悪い。

「それとも――――、やっぱりこっちを弄ってほしい?」
不意に伸ばされた手は、滾った部位を触るか触らないかで撫ぜた。
その程度の弱々しい刺激でも、さんざ焦らされたソレは見っともなくビクビクと震える。

「――――ふふ、元気でよろしい。」
自分には何度見てもグロテスクとしか思えない男性器の様子を見て、先生は楽しげに顔を綻ばす。
笑みはひどく扇情的で、一際大きく、ソレが震えた。

「せん、せぇ……」
「わかってるわかってる。そんな物欲しそうな顔をするな。」
まるで母親が子供にするように、軽く額にキスをすると、そのまま首、胸、腹とゆっくりゆっくりキスが落ちていく。
一度臍に寄り道した口が、とうとう屹立した男根にまで辿り着くと、ぺろり、と滲んだ先走りを舌で掬い取った。

「っ――――!」
「んっ…………、蓮川、可愛い……」
ようやく訪れた直接的な愛撫。
ざらついた舌の感触に、ぴくっと体が震える。
先生は陶然と僕の顔を見上げて、形を確かめるように根元から舐め上げると、一気に口の中へ飲み込んだ。

「ん、ん……ふ…………ちゅ、」
暖かい口腔の感触に寒気が走る。
合図もなく始まった口による愛撫は、あっという間に溶けるほどの熱を持つ。

「む…………、っ、ぷは……また、大きく……んッ……」
熱に浮かされたような表情で、尿道を舌先でついたり、唇で竿全体をしごいたり、時折溢れる腺液を吸い上げたり。
その一つ一つの動作の度にどくん、と血液が送り込まれる。
快感に抗うことも出来ない両の手は、痛いほどベッドのシーツを握り締めていた。

「ちゅ、ちゅく、む…………、ぁ、ん……こっちは、大丈夫だっけ……?」
言って、伸ばされた手は、
「ぐ――――、はッ……!?」
後ろの穴にねじ込まれた。

「ちょっ!せんせ、そっ……、ちは、無理、です……!」
せいぜい人差し指の第一間接程度しか入ってないだろうに、すでに息も絶え絶えだ。
必死の訴えに、先生は口を休めて不思議そうに僕の顔を見る。
指はそのままだけど。

「…あれ、蓮川って、こっちは無理だっけ?」
「……マジ泣きします。」
なんか脂汗出てきたし。

「どーしても、無理?」
コクコクコクコク。
涙目で頭を立てに振ると、渋々指が引き抜かれた。

「ッ…………!」
「ありゃ……、ホントに無理だったみたいだね。」
少々萎えてきてしまったソレを前にして、残念そうに苦笑いを浮かべた。
しょうがない、これはまた今度じっくり開発するとして…なんてブツブツ言っている。
……勘弁して欲しい。

「ごめんな、ちゃんとやったげるから……」
一言謝ると、今度は慰むように優しく舌を這わせる。
しょぼくれてはじめたはずのものは、現金にもそれだけですぐに立ち直った。
至近距離で、流石若いなぁなんて感心されると、なんだか、まいる。

「じゃ、続きだ、な?――――ん…………ぺろ、ちゅ……」
先生はまた意地悪く微笑んで、愛撫が再開される。
生殖器を這い回る舌。
ゾクゾクと背中を駆け上がる快感に、なんとか歯を食いしばって踏みこたえた。

「ん、――――が、はッ……!」
けれど、そんなやせ我慢も微笑みのもとに打ち砕かれることになる。
そそり立った陰茎に添えられていた手が、根元の袋を掴んだ。

「ん……、こっちは大丈夫みたい、だな――――」
五本の指で、中の精液が詰まった睾丸をあくまで優しく転がす。
同時に、陰茎が再び口内に吸い込まれた。

ギリ、と軋むほどに歯を食いしばっても、もう限界だ。
痛いくらいの快感が、押し込めたモノが下から押し上げてくる。

「ふ……ぷぁ、まだ……大きく――――!」
熱のこもった声が下半身に響く。
それが最後の引き金になって、頭が真っ白に――――

「せん、せ……っ、も、もう――――!」
「っは…………ちゅ、ん……、いい、ぞ……出して――――」
吸い上げられる。
マグマみたいに煮え滾った白濁液が、逃げ道を得て狂ったように迸った。

「んっ、んっ、んんんッ…………!」
二度、三度。
脈動に合わせて吐き出される白い体液を、先生は僅かに唸りながら受け止める。

「ぁ…………ふ、ん――――」
こくん、と白い喉が動く。
指は、射精を促すように根元から扱き上げてくる。
搾り取るようにして尿道に残った精液も一通り飲み干すと、ほのかに血の色が透けた唇が離れた。
力尽きた男根の間に、白く糸が引く。

「ん…………ごちそう、さま――――」
満足そうに、凄艶な笑みを浮かべる。
場違いなほどに行儀良く食後の挨拶をして、彼女は口での愛撫を締めくくった。

「――――――ぷはっ、」
気を利かせて冷蔵庫のミネラルウォーターを取ってくると、先生はすぐにラッパ飲みで流し込んだ。
その様子は……まあ、百年の恋も冷める、って感じだけれど、こういうところも先生の良いところだと思う。
今更こんなところで科を作られても…、ねえ?

「ありがと、蓮川。 けほ、キミのこれはどーにも喉に絡まって……」
小さく咳き込む先生。
そりゃあ、いっぱい出したからなぁ――、ってそうじゃなくて。

「別に、嫌だったら無理して飲まなくてもいいんですよ?」
勿論、飲んでもらえるのは男として少々感慨深いものがあるとはいえ、こういうのは相手がいることだし。
「馬鹿言うな。本当に嫌なことを私がすると思うか?」
そんな気遣いも、先生は事も無さげに一蹴してしまう。

「ほら――――、続き…」
こっちが何か口にするより早く、先生はこの手を引いて仰向けに寝転がる。
結果、当然こっちが覆いかぶさる形になるわけだ。
攻守交替、ということらしい。

「………………ぅ、ん――――」
馬鹿正直に、また唇を合わせるところから再開する。
一応、水ですすいだことにはなるのだろうか。
さっきまで自分のイチモツを這っていたものかと思うと、一抹ではあるが抵抗があった。
それもすぐに微かな甘みにかき消されるものではあったのだけれど。

「ちゅ――――ふ………………、んっ!」
攻守交替に従って、今度はこっちから手を伸ばす。
黒い下着の上から胸に手を添えると、目の前の女性は素直に体を振るわせた。

ベットの上でこういう格好になってみると、先生の体はひどく、小さい。
普段の先生は背筋がぴんと伸びていて目立たないが、僕の方が少しだけ上背がある。
けれどそれ以上に、腕の中で頬を染めて口付けを受け入れている先生はまるで少女だった。

「ぅ、ふっ――――んっ…………!」
唇を離す。
荒い息が、すぐそばで聞こえる。
うすく桜色に染まった肌に、視界からも思考が乱されていくようだ。

「せん、せ――――」
耳元で囁いて、自分の息も上がっていることに気がついた。
余裕がないのがみえみえで、どうもみっともない。

「…直接、触っても?」
「そんなこといちいち訊くんじゃない……!」
先生がそっぽを向いたのを肯定の意味と受け取って、黒いブラに手をかける。
と、こっちがずらすより早く、先生は自らそれを取っ払ってしまった。

しっとりと汗ばんだ二つのふくらみが、目の前で微かに揺れる。
中心の鮮やかな桃色をした突起に目を奪われた。

「……? どうか、したか……?」
思わず見入ってしまって、先生の不思議そうな声ではた、と我に返る。

「あ、いや――――、綺麗…、です。 凄く。」
当然だ、なんて恥ずかしがるどころか不敵に笑ってみせる。
それがいかにも先生らしくて、おかしかった。

「んっ…………」
両手を左右のふくらみに手を添えると、ぴくん、と敏感に反応してみせる。
感触よりは、そんな様子が可愛らしくて指に力を込めた。

指が肌に沈むたび吐息が漏れ、突起を摘むたび声が弾む。
それを聞くたびに自分が昂っていくのが、分かった。

「ふ、あっ……!」
赤い舌がその突起を捉えると、一際大きな声があがる。
それはかたくしこっていて、軽く歯を立てるとコリコリと音を立てそうなくらい。

なんの意味も成さない嬌声が部屋に響く。
外側から、脳髄が蕩けてゆく。
夢中になってしゃぶりつくと、抱きしめるように先生の腕が頭に回った。

「く、ん――――そう、上手……」
熱を帯びた声に、自分でも悦ばせているんだと、嬉しくなる。
こんな風に頭を撫でられていると赤ん坊みたいで格好悪いのは否めなかったけれど。

このままじゃ余りに情けない、と空いてる手を下に伸ばす。
黒い布の上からでもはっきり分かるほど、そこは湿っていた。

「ぁ――――ん、や……」
逃げるように腰がうねる。
「嫌、ですか……?」
舌による愛撫を一旦止めて、意地悪く訊ねる。
唾液に塗れた胸は、灯りでてかてかと光っていた。
問いかけるに、先生は真っ赤になって無言のまま僕の頭を小突いた。

「んっ、んっ、んっ、んっ――――、」
指の律動に合わせて、押し殺された声が跳ねる。
先生は、たまに主導権を握られてしまうといつも大人しく腕の中に納まってしまう。
ひたすら腕にしがみついて切ない声を上げている先生を見ていると、
普段の抑圧された感情せいか、妙な優越感が湧いてきて、心の中でほくそえんでいた。
しかし、やっぱりというかなんというか、そんな優越感もあっという間に突き崩される。

下からの力で体が仰向けに倒されたかと思うと、くるん、と完全に体勢が逆転する。
気付けば、鼻先に黒い布。
数瞬遅れて、先生が俺の顔をまたいでいるのだと理解した。

「は、あ――っ、直接、頼む…………」
目の前でショーツが取り払われると、愛液滴る裂け目が現れた。
こっちが応答するより早く、こすり付けるように腰が降りてくる。

女性そのものの匂いに息苦しさを感じながらも、必死に舌を這わせる。
汗をかきすぎて塩分が不足したせいだろうか、少ししょっぱい愛液が、なぜだかとても舌に馴染んだ。

――ん…………あ……、
べろり、と表面を一舐めする。

――ふぁ、ん……く…………、
舌先を尖らせて、穴の位置を確認する。

――んんんッ、あ……っ……、
その穴へ捻りこむように舌を挿入する。

――ふぁ、はっ…、ああああ……ッ、
挿し込まれた舌を、膣内でぐにぐにと動かす。

――ひゃッ!ふっ、んあっ……、
時折、思い出したように蕾をなぞり上げる。

舌の動きに合わせて聞こえる嬌声。
けれど、息苦しさにそれを楽しむ余裕もない。
滴る愛液をすするたびに、その匂いに頭がくらくらする。

「あ――――」
前戯が決着を見るより早く、腰が顔から離される。
唾液か愛液か、未練がましく糸を引く。

「ほら…………、蓮川のほうももう準備はいいだろ……?」
「ッん…………!」
不意を付いて細い指が先走りを絡めとると、馴染ませるようにこすり付けてくる。
限界近くまで張り詰めた男根はビクビクと呻き、さらに快感を生み出した。
再び攻守交替。
先生をイカせられなかったのが不満ではあったけれど、そんなことを言ってる余裕もなさそうだ。

「――――う、ん……、」
天に向かっていきり立つ槍に手を添えて、先生は自身を突き刺してゆく。
十分に湿らせてもまだ先生の中はばかに窮屈で、背筋を駆け上る快感に力いっぱいシーツを握り締める。

「は、ぁ……ん――――全部、入った……ぞ……、」
根元まで飲み込むと、先生は体を倒して額に軽くキスをした。
その表情はどこか嬉しそうですらある。
じんわりと、痺れのような感覚が額から全身に伝わった。

「っ…………、せん、せぇ――ッ!」
溢れ出す感情は、単なる快楽よりもっと大きなもの。
その衝動にまかせて、縋りつくように先生を抱きしめた。

汗ばんだ肌はぴったりと重なり合い、普段より少し早い鼓動が二つ、聞こえる。
包み込まれる温もりが心地よくて、暫くのあいだ白い肌に指を滑らせたり舌を絡ませたり、意味もなく呼び合ってみたり。
射精を催すような鋭い刺激こそないものの、こうしていると溶けるような気持ちよさがある。
心の深いところが満たされるのを感じる反面、昂った体はもっと別のものを求めているようだ。

「っ…………そろそろ、動いてもらってもいいですか……?」
男っていうのは見っともない。
それとも、これが若さってやつだろうか。
腰の疼きはもう限界で、今すぐにでも動き出したい。
けれど、体勢的に先生に動いてもらわないとどうしようもなかった。

「ん、わかった…………ほら、動くぞ――――」
僕の"おねだり"に、余裕の笑みで応えてくれる。
ふと、頭を過ぎったのは自慢の巣で獲物を捕らえた蜘蛛のイメージ。
口にしたら間違いなく引っぱたかれるだろうな、なんて考えると無性に可笑しかった。

「ぅ、ぁ…………」
そんな最後の余裕も、すこし腰が浮いただけでざっくりと丸ごと刈り取られた。

こんなの、反則だ。
膣はぎちぎちに異物を締め付けて、襞はそれぞれ意思を持ってるかのように絡み付いてくる。
与えられる快感は強すぎて、痛みと紛いてしまいそうなほど。

「……ね、蓮川…………、気持ち、いい――――?」
熱のこもった問いかけに、僕は壊れたように頷くしか出来ない。
腰の動きは、自らが快楽を貪ろうとするものじゃない。
溶鉱炉のような膣による煮溶かすような愛撫は、間違いなく僕のためのものだ。
どくん、と、
もう限界だと思っていた男根が、さらに容積を増した気がした。

「っ、あ、っは――――――、」
違う。
もう限界なんだ。
もう限界まで張り詰めて今にもはじけてしまいそうだっていうのに、
先生は言葉や動作で限界のさらに先へ、無理やり引き上げてくる。

だから、気持ちよすぎる。
気持ちよすぎて、どうにかなってしまうんじゃないか、と思えるくらい。

「――――ふぁッ、は……、あッ!」
耳に届く、先生の声の色が変わる。
気付けば、無意識のうちに下から先生を突き上げていた。

「や、あっ、んんッ! は、すかわ……、はすかわぁ――――、」
跳ねる白い体。
乱れる黒い髪。
ふやけた甘い声。
そのどれもがひどく官能的で、理性がガリガリと削られていく。
頭が真っ白になっていく中、ただ僕の名前を呼ぶ女性に応えるために腰を突き出す。

「ん、はっ…、奥、まで――――とど、いて…………ッ!」
愛しくて、抱き寄せる。
背中に回された手が、ぎり、と爪を立てるのを感じた。

「は、あ――――、せん、せい……も、う――――ッ」
「ん、ふぁ、あッ、大丈夫だから……っ、中に――!」
誘う声は、もうほとんど涙声。
そんなわけにはいかない、と僅かに残った理性が早鐘を鳴らす。
安全日だなんだっていったって、100パーセント間違いないってわけじゃない。
万が一ってことだってありえるんだし、中になんて――――

ぐるぐると回る思考とは裏腹に、体は止まらない。
むしろ、その勢いは増していく。


「あ、やッ……! イッちゃっ――あ、あああぁああぁ――――――!」
「ッ……っ―――――――、」
声に導かれるように、気が遠くなる。
視界がホワイトアウトする。

最後に、男根がこれまでにないほど膨張して――――爆ぜる。


どくんどくんと脈動に合わせて白い迸りが、吐き出される。
甘い痺れの中、腰を引くことさえ思いつかない。

「ふ、ぁ…………、熱いのが、いっぱい――――……」
とろん、とした、先生の声が遠くに聞こえる。

頭はまだ真白で、思考を取り戻すにはまだ時間がかかりそうだ。
だから、もう少しだけこの余韻に身を任せていよう。

「……う、ん…………」
快感の後味をかみしめるように、繋がったままどちらともなく唇を合わせた。

……………………

「……結局、こんな時まで『先生』なんだよな、キミは。」
事の後、一緒にシーツにくるまった先生は不満そうに唇を尖らせる。

けれど、僕はそれどころじゃない。
その場の勢いで、取り返しのつかないことをやってしまった後悔と自責の念で、頭を抱えていた。

「…だから、今日は大丈夫な日だって言ってるだろ?」
そんな僕を見かねてか、先生がため息半分にフォローを入れてくれる。

「当たるとしても万が一、といえる程度なんだし。そう気にすることもないんじゃないか?」
先生の言うことは、あくまで希望的観測だ。
僕は小心者だから、悪い方向にばかり物事を考えてしまう。

重たい沈黙が部屋に漂う。
先生にとっては、それはなんてことのない間だったのかもしれないが。

「……先生、」
重い声で、ようやく見つけ出した結論を搾り出すと、ん? と先生が耳を傾けてくれるのが分かる。
いや、結論は最初から一つしかなかった。ただ自分が口にしていいものか、迷っただけだ。

「その…、万が一のときは――――、きちんと、責任を、取ります。」
なんとか、目を見て言うことが出来た。

「――――――――」
先生は、完全に予想の外の言葉だったのか、豆鉄砲を食らったような顔をしてみせる。
丸く目を見開いて、ぱちぱちと、まばたきを二つほど。

そうしてようやく言葉の意味を理解したのか、
「――――ぷっ」
吹き出した。
よっぽどツボにおはまりになられたのか、げらげらちお腹を抱えて笑っていらっしゃいます。

そうですか。
そんなに面白かったですか。吹き出すほどに可笑しかったですか。
お気に召してなによりです。ええ、本当になによりです。



…死んでやる。

「い、いや、ちょっとまて、蓮川。 話を聞け。」
ひとしきり笑った後、ぜえぜえと息を切らしながら言う。
僕は、自分で言うのもなんだけど結構傷ついていた。

「もういいですなんでもないです忘れてください。」
「だから、そうじゃないって。いくら蓮川でも言わないだろうな、って思っていた科白を言われて、少し面白かっただけだ。」
…やっぱ面白がってるんじゃないか、この人。
先生は楽しそうに言葉を続ける。

「実際そうなったとしても、もっと現実的な選択肢というものがあるだろう? ほら、色々。
 なのに真っ先にそんなことを言うなんて、まったく、君らしい。」
中絶、堕胎――。
現実的な選択肢、と言われて、いくつかの言葉が頭を過ぎる。
そんなこと、考えたくもない。

「やっぱり、現実的じゃありませんか……」
宇宙飛行士になる夢を笑われた少年の気持ちというのは、まさにこんな感じなんだろう。
寂しいというか、恥ずかしいというか、そんな気持ちが圧し掛かり、頭が垂れる。

でも、自分が死に物狂いで仕事をすれば何とかなるんじゃないか。
いざとなれば、親に迷惑かけてでも、どっかで借金を作ってもでもいい。
半ば意地で、そんなことを口にしようとする。

「――――いや、」
けれど、僕より早く、先生がいつもの自信に満ちた声を部屋に響かせる。

「私にだって、収入はあるんだ。そう非現実的なことでもない、な。」
子供というのも悪くないかもな、などと言いながらゆっくり腹部を撫でてみせる先生。

その表情は、余裕を見せ付けるように、悪戯っぽく笑っていた。
やはり、どこか楽しそうでもある。

――ああ、やっぱり。
この人には永久に、未来永劫、敵わない。

きっと苦労するな、僕。




「…………で、名前はどうする?」
「……勘弁してください」


             ――ひとまず、お終い



「固い、な。」
ズバリと、慈悲の欠片もない声でダメ出しをされる。

透き通るような白い肌と、吸い込まれそうな黒い髪。
加えて、白いシャツに黒いパンツという色のない服装のせいもあって、まるでモノクロ映画の住人のようだ。
その中で、タバコの火だけが赤く、燃えていた。

なるほど、目の前の作家・烏丸 黒には確信犯的な残酷さが良く似合う。


本ばかりが並ぶ、埃っぽい、やにっぽい部屋の中。
担当する作家先生が想像もしなかったくらいタバコの似合う美人だったせいもあって、
記念すべき初仕事である引継ぎの挨拶は、ガチガチに緊張したままに終わった。

「え、あ……すいません。」
「蓮川――――、だっけ? そんなに畏まられちゃ、こっちがやりにくい。
 作家と担当は一心同体なんだ。ほら、もっとリラックスしてくれ。」
「うう…………」
元来、自分は社交的なほうじゃない。
そんな優しく呼びかけられたって、無理なものは無理だ。

僕の煮え切らない態度に、先生の眉間の皺が一段と深くなる。
ぶっきらぼうに揃えられたショートカットが、揺れる。
「仕方ない――――…、呑もう!」
「はい?」
言うが早いか、書卓の下から瓶が出てくる。
中の琥珀色の液体は、麦茶というわけではなさそうだ。

「なに、生来人見知りする性質ならそれはそれでしょうがない。
 ならばいっそ、酒を入れて腹を割って話そうと思ってな。」
少々飛躍しすぎのような気がする理論を展開しながら、瓶をグラスに傾ける。

「あのっ、僕、あんまり呑めないんですが……」
「それがどうかしたか?」
……まあ、半ば予想通りではあるのだけれど。

「ま、大きく見ればこれも仕事のうちだと思って、諦めるんだな。」
言うわりにその表情は楽しげだ。

「ほら、」
差し出されたグラスは、乾杯を求めているらしい。
まだ帰ってからも仕事があるっていうのに……
こっちの都合を全く意に介さない彼女の態度に嘆息しつつ、グラスを当てる。
チン、と小気味良い、ガラスの触れ合う音がした。

「新しい出会いに――――、乾杯っ!」
「…かんぱーい」


もう、ここまできてしまったんだからと腹を括って、ぐい、とグラスの中身を飲み干して――、
「――――――――っ!」
そこでようやっと、これがかつてないほど強い酒だということに気がついた。
かあああ、と体の奥から熱がこみ上げてきたと思うと、次に夢の中のように思考にもやが入る。

「バッ――――、そんな無茶な呑みかたをする奴があるかっ!」
「は、ひゃ。す、すいひゃへんっ、ごめんにゃはいっ!」
怒られたので、慌てて謝る。
……あれ、なんでか呂律が回らない。

なんでかなー

どうしてかなー

とりあえず申し訳ないから謝っておこう。
「もうひわけごじゃいまひぇんー、ごめんなひゃいー」

「…これなら、管撒いてくれた方がよっぽど良かったぞ……」
「すみまひぇんー」
とりあえずあやまるー

「…しょうがない、今日はするつもりはなかったんだが……、まあ、ちょうど良いか。」
「ごめんみゃはいー」
とりあえずー

「……キミ、ちょっと横になった方が良いぞ。」
「ふぁー?」
「まったく……、ほら、肩。」
肩を貸してもらって、よたよたとベッドまで運んでもらった。
あー、ふかふかできもちいー

「ちょっと待ってなさい。今水を持ってくるから。」
あー、きーもーちーいーいー

なんか眠くなってきたー

…ぐー


///

「――――――あ……」

目を開けると、見知らぬ天井。
重い頭を奮い起こして思考を取り戻すと同時に、自分がとんでもない失態を演じてしまったことを思い出す。

やばっ、どれくらい寝てた……?!

慌てて体を起こそうとすると、がちゃり、という金属音と共に、手首に何か、革のようなものが食い込む感触がある。
腕に視線を走らせると、自分はバンザイの格好のまま手錠でベッドに縛り付けられていた。
一度、力いっぱい引っ張ってみるものの手錠は、革のリングを鎖でつないであるようなもので、冷静に引き千切れるはずもない。
仕方なく、首だけ回して部屋を見回すと、寝室らしい簡素なインテリアが視界に映る。
「なんだ、こりゃ……」
「おっ、目が覚めたか。」
状況が把握できず途方に暮れていると、ドアが開く音がする。
まさしく今しがた初対面の挨拶を交わしたばかりの人物だった。
とすん、と枕元に腰をかける。

「まったく、全然呑めないならそう言えば良かったんだ。」
僕が目が覚めたのを確認するや否や、そんなことを言って嘆息する。

…華麗にスルーしたのはどちら様だったでしょうか。
っと、いや、今はそんな悠長なことを言ってる場合ではない。

「いや、その……、これはどういう状況でしょうか?」
ついでに、なんで先生はそんなに楽しそうなんでしょうか?

「…鈍い奴だな。曲がりなりにも女性の寝室に招かれてるんだ。
 健全な若者ならもうちょっと気を使うべきことが他にあるだろうに。」
いやー、縛られてるんじゃちょっとねぇ。

「…って、え?」
「なに、安心しろ。荒っぽいのやらそんなに妙なのは趣味じゃない。私はいたってノーマルだ。」
ぺろり――――、と
赤い舌がその口の周りをなぞる。

「へ?! いや、ちょっ、ちょっと待ってくださいよ! 本気ですかっ!」
枕元に腰掛けた先生には届かないと知っていても、抵抗の意思を見せるために自由の利く下半身を必死にばたつかせる。
これじゃあ、まるっきり男女の立場が逆だ。

「……趣味じゃないとは言ったが、荒っぽいや痛いのもいけなくはないんだぞ?」
一際低い声が、大人しくしろ、と凄みを利かせる。

「うう……、だからって、こんな……」
「キミも気持ちよくしてあげるから……、な?
 まさか、その年になってこういう経験がないわけでもないだろう?」

――――どきり。

否、ざっくり。

「え…………もしかして、キミ、まだ――――」
俯く僕の様子で察したのか、少しの間を置いて、ゆっくりと話しかけてくる。
というか、心なしか自分の体が震えてる気も、した。

「…………そうですよ。」
「え?」
ぼつり、と呟く。
声が小さすぎたのだろう、聞き返された。
それで一気に倍掛けになった羞恥心が、思考を埋め尽くす。


「ああ、そうですよっ! 二十過ぎで童貞で悪いですか! なんか文句ありますか!」
ええい、くそ。
せめて涙は流れるな。
そんなの見っともなさ過ぎる。
まだアルコールが残ってるのか、いつか振られて自棄酒に走ったを記憶がだぶる。

何だよ真面目すぎるって。
真剣に生きて何がいけないんだ。


「あーあー、真っ赤になって。 くくっ、そんなに恥ずかしかったのか?」
「からかってるんなら、もう放っておいてくだ――――んっ、むーっ!」
含み笑いを隠した声さえ癪に障って、さらに喚こうとしたその口を、柔らかい唇で、塞がれた。
同時に、馬乗りの状態から密着してきた体が、未知の感触を伝えてくる。
バタバタもがいて抵抗するものの、腕が縛られたままじゃ体を引くことさえ叶わない。

「んっ…………ん、ちゅ……」
深く、甘い、口付け。
こくん、と誰かの唾液を飲み込むたびに、体の奥に熱が溜まる。
その代わりに、冷静な思考がすみに追いやられてゆく。

「ふ、あ――――」
どれくらいそうされていたのだろうか。
不意に、舌が解放されると、知らず声が漏れてしまった。

「…どうだ、少しは落ち着いたか?」
少し体を離し、余裕たっぷりに微笑む先生に対して、僕は呼吸を乱しながらそれを見上げることしか出来ない。
落ち着いたというよりは、ただ真白な頭でぼうっとしていた。

「キスだけでこんなに気持ちよさそうな顔しちゃって……ふふっ、かわいいなぁ。 ――んっ…」
すっかり緩んだ頬でそう言うと、もう一度、今度は啄ばむようなキスを降らせてくる。
部屋に響く、唾液の、湿った音。
その度に触れる柔らかい唇の感触が気持ちよくて、溺れそうだ。
唇が重ねられている間にも、体を這い回る細い指は肌蹴た胸板や首筋を愛撫している。

「――――んっ…!」
その指が、最も熱を持った部分に到達した。

哀しいかな。
すでにそこは準備は万端とばかりに屹立としている。
童貞の節操なんてそんなもんだ、などと頭の片隅に自嘲が浮かんだ。

けれど、指はやわやわと布の上からそれを撫ぜるだけで、中々本格的な愛撫には移行しない。
「なんだ、もうすっかり勃ってるじゃないか。」
楽しそうな、嬉しそうな、声。

快楽に負けそうな心を奮い起こし、歯を食いしばりながら頭を振る。
このまま流されてしまうのは、最後の意地が許さない。

――と、急に、体が離れる。
覚悟を決めた直後だけあって、肩透かしを食らった気分だ。

「……そんなに、嫌?」
白い手が、頬に添えられる。
鼓膜に届く声はとけるほどに熱を帯び、真っ直ぐ見つめてくる瞳は確かに熱を帯びていた。

そんなものに騙されるなと、ぐらつく意地が叫ぶ。
逃げるように、力いっぱい瞼を閉じた。

少し、遠ざかるため息。
微かに、金属同士が擦れる音がしたかと思うと、腕のつっかえが取れた。

「――――?」
思わず、目を開く。
金属光沢を持った何かが、先生のポケットに戻っていくのが見えた。恐らく鍵だろう。
どうして、今になってあの永劫消えることが内容にも思えた束縛が解かれるんだ。

「キミが嫌だというなら、無理強いはしない。 私を放って帰ってくれたって構わない。」
困惑している僕に、先生は囁く。

「だけど、キミは本当にしたくないか?
 ――――私は、キミが欲しい。 欲しくて堪らない。
 ほら、分かるだろ? こんなに胸が高鳴ってる。」
「――――っ!」
ひんやりとした先生の手に導かれて、一際柔らかいふくらみに汗ばんだ指が触れた。
いくらシャツの上からだとはいえ、生まれて初めての感触に、一瞬、頭の中が真っ白になる。

柔らかいだとか暖かいだとか、そんなことばっかり感じてしまって、心臓の音なんて聞いてる余裕はない。
ただ、自分の顔が赤くなってることだけは嫌でも実感できた。

ほんの少し、好奇心に負けて手を動かすと、指の腹が硬くなりはじめた突起に触れた。
「んっ……」
「あっ、ご、ごめんなさい。」
すぐそばで辛そうな声が聞こえて、痛くしてしまったのかと不安になる。

慌てて引っ込めようとする手を引き止めて、先生は少しだけ、笑った。
「まるで子供だな、キミは。 初めて触れるんだろう?
 ……平気だから、好きにしてくれていいんだぞ?」
甘く、優しい声。
状況に流されてしまっていることに気付かないように、ごくり、と口にたまった唾液を嚥下した。

「――――ふ、あ……、ん、そう、上手…………」
ゆっくりと全体を揉んでみたり、もうすっかり硬くなりきった突起を摘んでみたり。
その度に思っていたよりも随分と可愛らしい声が部屋に響く。
こんな状況でどうにかならない男がいるっていうのなら、是非、病院にいくことをお勧めする。

「はすか、わ…………」
「ん、ふ――――」
呼ばれて顔を上げると、唇が重ねられた。
少しだけこちらが優位だった体勢から、肩を押されて再び先生が上になる。

「ん……、もう、挿れ、ちゃうぞ……?」
自らパンツに手をかけながら、哀願するように涙目で囁く。
勿論、こっちだってもう準備は万端だ。
流れや勢いで行為に及んでしまうことも、今さら我慢できるとは思えない。

けれど――――、
「せん、せ……ゴム、は……?」
呆けた頭で、そんなことを口走っていた。
「そんなの、なくたって……」
ここまできて今更そんな下世話ともいえるようなことを口にする僕に、少しだけ先生の声に不機嫌な色が混じりはじめている。

小さな肩に手を乗せて距離を置きながら、ゆっくりと体を起こす。
「――――駄目です。」
目をそらさないように苦労しながら、出来るだけ強く、言い切った。
そんな様子に驚いたのか、先生は目を丸くして僕を見ている。

「ちゃんとした関係ならともかく、こんな成り行きで間違いがあったら大変ですから。
 僕は男だからまだ良いですけど、女の人はそうはいかないし……、」
なにより、間違いなんかで生まれてきてしまった子供が、可愛そうだ。



「…………はぁ、」
少しの沈黙の後、ため息と一緒に、ぽりぽりと頭をかく音が聞こえる。
僕はというと、なんだかいづらくて俯いてしまっていた。

「堅物め。」
忌々しげに先生は唇を尖らせた。
実を言うと、似たような展開で一度『卒業』のチャンスを逃している。

「あ、いや、別にしたくないってわけじゃないんですけど……
 やっぱりこういうことはちゃんとしないといけないかな、って。」
空気に耐えられず、情けなくもごにょごにょと言い訳を始めてしまう。
ああ、またこのパターンか、なんて、心の中では半ば諦めはついていた。

「……隣にコンビニがある。」
先生は、枕元に腰掛けてタバコに火をつけている。

「……へ? え……っと、それはどーゆー…」
「…………私だって、こんな体が火照ったまま放っておかれたら、その、…困る。
 ――とにかく、早く買って来いといっているんだっ!」
「あ、はい、はいっ! じゃ、じゃあ行ってきます!」
タバコの火が燃えうつったかのように赤面する先生にこっちがドギマギしながら、慌てて部屋を出る。

歩きながら服装を整えて、ズボンの尻ポケットに財布を確認する。
なんだかよくわからない今の状況を深く考えてしまわないように、ドアを開けると同時に駆け出した。


……にしたって、全力疾走はやりすぎだった。

「帰ってくるのは十分に早かった。 けど、これじゃあ、まったく意味がないな……」
汗だくになって倒れる俺を見下ろして、先生はまたため息をこぼしている。
なにせ、高校時代はずっと帰宅部だったのだ。
もう何年も全力疾走なんて忘れていた体はゴールテープを切った瞬間、オーバーヒートした。
「すっ、すみば、せっ」
「あー…、いや、無理に喋らなくてもいい。」
息も絶え絶えに何か言おうとする僕の言葉を苦笑いと一緒に遮ると、一度、思索に耽るように紫色の煙を吐く。

「……一度、シャワーで汗流すかい?」
半分ほど灰になったタバコが、灰皿に落とされる。
「は、い……?」
「そんな汗まみれのままじゃ気持ちが悪いだろう。 うん、それがいい。そうしなさい。」
先生はこっちを気遣ってくれているようで、その実、僕の都合なんてまるで考慮に入れちゃいない。

まだ色々と意識してしまっているせいか、シャワーを借りるのにもなんだか抵抗があった。
……でもまあ、それも今更か。
「それじゃあ、お言葉に甘えて……」




間違いなく自分しかいない脱衣所で、一瞬、裸になるのを躊躇する。
自分でも緊張しているのが分かった。
さっきは、まあ、勢いというか雰囲気というか、強引にそうゆう気分にさせられてしまったけれど、こうして間を置かれて気持ちが落ち着くと、やっぱりまだ、迷いがある。
そりゃ、お世辞なしに先生は美人だし、こんなチャンス男としては喜ぶべきなんだろう。
「にしたって、なぁ、」
これが初めてになるわけだし……、と、そんなことを考えている自分に気がついて、自嘲がこみ上げてきた。
処女じゃあるまいし、なに幻想を抱いてるんだか。

迷いを振り払うように一気に服を脱ぐと、浴室のドアを開ける。
浴室はただっ広いわけでもないけれど、よく掃除されていて綺麗だった。
乱暴に頭から冷たい水を被ると、一気に意識が鋭敏になる。
いくつもの滴が体を滑り落ちる感覚の中、ため息がひとつ、水音にかき消された。

「――なんだ水なんか浴びて。 風邪を引くぞ。」
「っ!?」
浴室に響いた呆れた声に、慌てて振り返り、またすぐ前を見る。

「ちょっ、せんせ、何をっ!?」
「どうせだから、私もシャワーを浴びてしまおうと思ってな。
ついでだ、ついで。」
当たり前のように言って、シャワーの頭を取ると温度の調節をしはじめる。
僕は背中を向けて、そんな先生の様子をちらちらと伺っていた。
タオルを携えているとはいえ、先生はほとんど裸みたいなものだし、
同じくタオルで隠してるとはいえ、こっちには見せられないものがある。
とてもじゃないが正面から向き合える状況じゃない。

「あ、あのっ、俺、すぐ出ますからっ!」
俯いたまま、顔を上げることが出来ない。
せめて、浴室に充満し始めた白い湯気が赤くなった頬を隠してくれるよう、願った。
「こらこら、逃げるやつがあるか。」
ひたりと、背中にあてられた手のひらが、逃げようとする僕を制する。
素肌に直接触れたそれは、ひどく生々しく感じられて、一度大きく心臓が跳ねた。


「ほら、早く座れ。 背中ぐらい流してやろう。」
「せ、背中って……」
「いーから座れと言ってる。」

少し強めに言われて、臆病者の僕は半ば強引に座らされる。
先生は一度後ろからをかけた後、泡立てたスポンジで背中をこすり始めた。
ゆっくりで、丁寧なスポンジの動きのせいか、直接触れ合っているわけでもないのに、なんだか妙な気分になってくる。
実際、気持ちよくないわけでもなかったし、わざわざ振り払うのも気が引けたので、されるがまま、泡の感触に身を任せていた。

「よし、――次は前だな。」
細い腕が前に回されたかと思うと、代わりになにか柔らかいものが、背中に当たった。
「い、いいですっ! 前は自分でやりますからっ!」
こういう展開もある程度予想はしていたものの、だからといって恥ずかしいのには変わりない。
「何を今更……、ここまで来てそんなつれないこと言うんじゃない。」
そんな僕の僅かな抵抗も先生は意に介さず、胸から腹にかけてゆっくりとスポンジを這わせる。
勿論、背中の感触もそのままだ。
もうさっきから心臓は早鐘のようになっているし、自分がどんな格好をしているのかさえわからない。

「ん? どうだ? 変な気分になってきちゃったか?」
泡だらけの指でへそをほじりながら、悪戯っぽく囁く。
「もお、いいですから……!」
「そうもいかない。 ……まだ、洗ってないところが残ってるだろう?」
喋る息が耳にかかって、ぞくりとする。
もうスポンジも捨てた指が、へそよりさらに下へ、体をなぞりながら降りてゆく。
指は、一度内股に寄り道してから、"ソレ"に触れた。
「ッ! っせ、せん、せっ?!」
「んー、八分目ってところか。」
くにくにとその感触を確かめられる。
たったそれだけのことで、息が出来なくなる。言葉が、出ない。
「気持ち、いいのか……? 少し元気になってきたぞ?」
「っ……、は…………」
意地悪な問いかけと共に、握るだけだった手が上下に動き始める。

息が乱れる。
やっていることは対して違いはないというのに、自分でやるのとは全く違う。
泡のぬめりのせいだけじゃない。
他人の手でやられているという性感が、脳髄に突き刺さるようだ。

「…………く、ッ――――!」
喉の奥から漏れる声が恥ずかしくて、必死にかみ殺す。
「我慢、しないで……、声を聞かせてくれ…………――」
そんなことさえ見抜くように、甘く囁くと、手の動きをより一層早くする。
ざらり、と生暖かい舌が、耳を舐めた。

「ふ、く…………、」
「は、あ――――、可愛いな、キミは……」
気付けば、先生自身も感じてきているのか、背中にこすり付けられる二つの突起は、すでに固く存在を主張している。
「ん……、蓮川……こっち向いて…………」
「――――っ、ふ、あ…………ちゅ、」
振り向いたところを、少々強引に唇を重ねられる。
互いに舌を絡ませあいながら、それでも、手の動きは止まらない。
むしろ激しくなる一方だ。
下から突き上げられるように、追い詰められてゆく。

「いいぞ……、出したいときに、そのまま、出して――――」
「ん――、は……、せん、せぇ…………ッ!」
許可か出たのとほとんど同時に、先生の手の中で達する。
キスでとろけた頭じゃ我慢することもできなかった。
びくびくと見っともなくソレが痙攣して、先生に見られるっていうのに何度も白い粘液を吐き出している。

「ぁ…………う、」
「気持ち、よかったか……?」
「は、い……、すごく…………」

空っぽになった頭は、思ったことを正直に口走る。
「ん……、いい子だ、」
そうして、少し嬉しそうな先生ともう一度口付けをした。

「じゃあ、続きは、ベッドで――――、せっかく買ってきてもらったんだから、使わないと、な。」
泡とか、その他諸々を洗い流すと、現金にもキスだけで復活しかけている俺自身を見て、ちょっと照れくさそうに微笑んだ。



僕の体を拭きたがる先生をなんとか退けて、寝室に戻る。
こんな時、ちゃんとした恋人同士だったのならお姫様抱っこくらいのサービスをしても罰は当たらないのだろうけど、そんなこと僕が出来るわけもなく、先生の後に続いて静々と廊下を歩くのは、なんだか妙な感じだった。

「キミも飲むか?」
言って、居心地が悪そうにベッドに座る僕に、自分が飲んでいたペットボトルを差し出してくる。
「あ、ありがとうございます。」
バスタオルを一枚巻いているだけの先生の格好にあまり視線が行き過ぎないよう苦労つけながら、それを受け取った。
ボトルの中の水を流し込むと、すんなり体にしみこむ。
どうやら、思ったよりこの体は乾いていたらしい。

先生は枕もとの小さな冷蔵庫にボトルを戻すと、隣に腰をかけた。
「緊張してる?」
拍動を確かめるようにこっちの胸に手を当てる。
風呂上りだからだろうか、先生からはなんだか良い匂いがした
「してますけど……、大丈夫、です。」
「ん……、良かった。」

どちらともなく顔が近づき、唇を合わせる。
三度目にもなってやられっぱなしなのも癪だったので、こちらからも舌を出すと、すぐに先生の舌に絡め取られた。
そのまま一緒にベッドに倒れこむと、白く光る糸を残して、顔が離される。
いつの間にかタオルは剥がされていて、お互い裸になっていた。
僅かに朱を混ぜた頬と、なだらかで白い肩が目に入って、どきりとする。

「ね……、私は大丈夫だし、もう、いいよね…………」
腕が回された背中のほうでぱり、と、包みが破られる音。
いつ取ってきたのか、先生の手には先ほど買ってきた例のものがあった。
先生は体を下にずらして、すでに臨戦態勢になりつつある剛直を掴む。
けしからんことに2,3度しごかれただけで万全になってしまったソレに、
くるくると手馴れた手つきで避妊具を装着させると、ちゅっと音を立てて横合いからキスをした。
呼応するように、一度ビクンと跳ねる。
「ふふ……、元気でよろしい。」
子供をあやすように一撫でして妖艶に微笑む。
ゆっくりと体を起こして僕の上に跨ると、暴れるソレを黒い茂みの尾の奥にあてがった。

密かに、ごくり、と唾液を飲む。

「いくぞ……?」
「――……はい。」
静かに、頷く。
男の僕に不安なんてあるはずもない。
あるとしたら未知の感覚への期待だけだった。

「ん――、ふ、ぅ…………」
深く息をつきながら、先生は腰を下ろしてゆく。
薄いゴムの膜を通してでも、その熱は十分に感じられた。

「は、ぁ……、全部、入ったぞ……?」
先生の指が、僕の頬を撫ぜる。
「ん……、どう、だ……? どんな感じ……?」
包まれている感覚。
少しきついくらいの締め付けも、絡み付いてくる幾重ものひだも、まるで自分が求められているような気がして、たまらなく心地よい。
「すご……、熱く、て……ッ」
息も絶え絶えに、どうにか答える。
もう昂りすぎていて、歯を食いしばっていないと今にもあふれ出してしまいそうだった。

「私も……キミを感じる……、」
僕を見下ろして、くすり、と笑うと、ゆっくりと腰を使い始める。
強すぎる刺激に僕は息を飲み、部屋には淫靡な水音と、荒い息遣いしか聞こえない。

「は、――――せん、せ…………ッ!」
加速度的に激しくなる動きに、ふたつの手は行き場を求め、無目的に目の前にある白い肉体をなぞる。
先生は動きを緩めることなく、自らの胸にそれを導いた。
「ん、……こっち――さわって……」
膨らみに馴染ませるようにその上で円を描く。
吸い付く肌の感触はまともな思考を奪い取り、飲み込まれた昂りは早くも限界に近い。
「は、あ…………、気持ち、いい……? 出したかったらいつでも出していいからな……」
そういう先生はまだまだ余裕たっぷりで、このまま終わってしまうのも情けない、なんてちっぽけ自尊心が頭をもたげた。

「は、……ん、んん――ッ?」
不意に半身を起き上がらせると、目の前の唇を奪って、そのまま体勢を逆転した。
「あ……、や、ちょっと……――」
急に体勢を変えられて、下になった先生はもぞもぞと体を捻って抵抗してみるけれど、こっちはそんなことお構いなしに動き始める。

「は…、やッ、ん…あ、は……っ!」
やはり自分のリズムじゃないと勝手が違うものなんだろうか。
さっきまでとは、少し、様子が変わった。
抗うように突っ張った手は、けれど僕を突き放すように力を込めはしない。
息はすっかり乱れ、時折耐えるようにぎゅっと目をつぶる。
対して、僕はというとリズムの強弱が思うようになったお陰か、ほんの少しだけれど余裕が、出てこないこともない。

「ん、ふ……っ、せんせ……、かわい……、」
「あ、やッ……、うそ…、かわいい、なん、て……!」
先生の声は泣き出してしまいそうにも聞こえるのに、膣は求めるように蠢く。
ただ体を重ねてるだけだっていうのに、愛しさがこみ上げてくるのを抑えられず、舐めるように唇を奪った。

「ん…んん……、はッ、――本当に、かわいい……です、」
言葉にするたびに締め付けが強くなる。膣の熱さも、灼けてしまいそうなほど。
もう強弱なんて考える余裕もなくて、ただ、力任せに叩きつけていた。
いつの間にか腕は首の後ろに回されていて、互いに抱きしめあっている。
頭の中は真白で、限界が、近い。

「は、ぁッ、ああ……、や、やぁ、あ、あぁあああ――――ッ!」
「く、はッ……せん、せッ……っ――――」
ほとんど悲鳴に近い声を聞きながら、あっさりとゴムの膜の中へ、吐き出してしまう。
浴室のときとは比べ物にならないほどの快感が腰から全身に駆け巡り、そのまま倒れこんでしまいそうだった。

「――――蓮川……、イッた…………?」
ほとんど同時に達したのか、先生も体を投げ出したまま、どこかぼんやりと、宙を見ている。
「ん、よかった…………」
小さく頷いて応えると、そういって満足そうに微笑んでみせた。




・・・



「…なんスかコレは。」
「決まってるだろう、新作だ。」
先生は当たり前のように言って、また煙を吐き出す。
「…ノンフィクションですか。」
「流石、鋭いな。」
「………………」
…いや、そりゃ分かるでしょうよ。

まさか自分の初体験がノベライズされるとは思ってなかった。
しかも随分リアルだ。
悪趣味だ。
というか出版するつもりなのかこの人は。

「…没です。」
ビリビリと、渡された原稿用紙を破り捨てる。
努めて冷静に。
こういうとき、冷静さを見失ったら負けである。
「いくら実体験とはいえ、慣れない濡れ場なんて書いても、これじゃあネット転がってる三流エロショートですよ。」
「……可愛げがないなぁ。初めの時はあんなに……――」
「だからそういうこと言わないで下さいよっ!」
あー、くそ。結局赤面してるぞ自分。
「ま。ちゃんとコピーはとってあるから安心しなさい。」


いつものようにタバコをくわえ、
いつものように僕をからかって、
いつものように笑って、

いつものように一緒にいる。


きっかけはどうあれ、後悔はしていない。

……今のところは。

「…さて、これを実名住所つきでネット上に公表されたくなかったら――――」
「あーもーッ、何が望みですかッ!」



   おしまい。



秋の色もすっかり濃くなり、吹き付ける風が少々肌寒くなってきたある日。
実に珍しく、先生は約束の時間通りに待ち合わせの場所へ到着した。

「あー……、今日は雨かぁ」
残念だ。
せっかく早引けまでしたのに。
喫茶店の、柔らかな夕日が差し込む窓際の二人席で、コーヒーカップを置きながら大げさに首を横に振る。

「……どういう意味だ?」
「いえ、口にするのもはばかられますんで、」
ご自分の胸に手を当てて、良くお考え下さい。
ちなみに僕は今日も五分前行動ですが。
「ったく、可愛げのない……」
ブツブツ文句を言いながら、先生は向かいの席に座るとコーヒーを注文する。
ついでに、僕も空になったカップにお代わりを貰った。

「にしても……、なんだか妙な感じだな」
先生は、運ばれてきたコーヒーを生のままに一口飲んでから、なんとなしに呟く。
「はい?」
「こうやって外で顔を会わせるのは今までなかったんじゃないか?」
くるくると、無意味にスプーンをカップの中で回す先生はどこか楽しげである。
「あー、確かに仕事以外ではこれが初めてになりますね。」
とはいえ、顔を会わせるだけだったら仕事でしょっちゅうだったし、
その時に先生の気まぐれで体を重ねたことだって、一度や二度のことじゃない。
ただ二人とも積極的に外に出たがる性分でもなかったから、わざわざ外で会う理由もなかっただけのことだ。
今更こんなことでどうこう言って意識するほうが、よっど妙なことだろう。

「一体どういう風の吹き回しなんだ? 随分突然だったじゃないか」
「いやあ、目の前にこんな美人がいるのに、誘わないのも失礼かとこの間気付きまして」
質問に軽口を返すと、口が上手くなったな、なんて満更でもなさそうに先生が笑った。

話の流れってわけでもなかったし、突然って言われれば突然だったかな、と思う。
少し大きめの仕事を終えた先生がちょっと疲れたように見えただとか、
もう一仕事残っている先生の息抜きだとか、理由ならいくらでもつけられた。
けれど本当のところは、やっぱり理由なんてなかったのかもしれない。

「さて。 あんまりここに長居していても時間がもったいないですし。
 どこか行きたいところでもあります、せんせ?」
映画でも、買い物でも。
一応、ある程度の持ち合わせは用意してあった。
「別にこれといってないけれど……、うん、じゃあ、少し歩こうか」


週末の夕暮れ。街は休日を待ちきれない人々で賑わっていた。
一週間の仕事を終えたサラリーマンや、仲間たちと賑やかにはしゃいでいる若者たちの中、
恋人同士であろう男女もちらほらと見つけられる。
並んで歩きながら、僕と先生もそういう風に見えるのだろうか、なんて考えていた。

僕らの現状は、曖昧な関係だ。
肉体関係まであって、仕事だけの間柄とは思えないけれど、
面と向かって愛を確かめ合うなんてこっぱずかしいことはやった憶えもない。

そりゃあ、たまにはそれっぽい、良い雰囲気を感じる時だってある。
だけど、相手があの先生だ。
果たして本気なのか、遊ばれているだけなのか。

――まあ、どっちにしたって大事なのは自分の気持ちなんだろうけれど。
とどのつまり、僕はいつだって臆病なのである。


「なにか目ぼしいものでもありますか?」
通りのディスプレーで立ち止まる先生に声をかける。
先生の目は、見るというよりぼんやりと全体を眺めていた。

「別に……」
気のない返事。
陳列されている華やかな洋服やアクセサリーは、先生の興味は引けなかったようだ。

…弱った。
こんなんじゃ僕だって誘った甲斐がないし、なにより先生がちっとも楽しそうじゃない。
無理にでも何か買ってあげたら喜んでもらえるだろうか、などと考えながら、
またふわふわと歩き出した先生の後についていく。

「おっ」
不意に、先生が今までで一番活き活きした声を上げる。
見れば、交差点に面して少し大きめのビルが建っていた。

ああ、そういえば話には聞いていた。
この辺じゃ珍しいくらい大きな書店がこの間できたんだとか。

そんな記憶を引っ張り出している頃には、もう先生に腕を引かれて新品の紙の匂いがする店の中に立っていた。
先生は早くも一角で立ち読みに耽っている。

あまり意識はしていなかったけれど、このところ忙しくて本屋にも立ち寄れて居なかった。
平積みしてある新刊が見たことのない表紙ばかりで、新鮮な気分になる。
一応この業界に勤める人間としてタイトルぐらいはざっと聞いたことがあるのだが、
それだけで何がわかるというわけでもない。
これからはもう少しこまめにチェックしておいたほうがいいかもしれない。

「ん?」
平積みの中の一冊。
本の山も薄くなり、売れ行き好調と見えるその一冊に目が行った。

「うへえ、もう新刊出てるんだ」
思わず手にとってぼやく。
まったく、うちの先生とは大違い。
この間出たと思ったら、もう新しいのを出してやがる。

「ヤな奴だぞ、そいつは」
声を潜めるでもなく、いつの間にか立ち読みを終えていた先生が言う。

「へ?」
「そいつって言ったらそいつだよ。その本を書いている奴さ」
名前を言うのも嫌なのか、うんざりした口調で指示代名詞を連呼する。

「知り合いなんですか?」
「ああ、以前な。なにかの集まりで顔を会わせたことがある」
へえ、と。
狭い業界だということを実感する。

「初対面のその日のうちに、口説かれた」
「――――――」
うわぁ。
女ったらしか、色物好きかは知らないけれど、とにかく只者じゃないことだけは良くわかりました。

というかこの人は自分を口説いてきたら"ヤな奴"なんだろうか。


「気障ったらしい、聞いてるこっちがさぶくなりそうな科白を履いて来るんだぞ」
うあ、思い出しただけで鳥肌が、なんて先生が体を縮こまらせる。

思わず感嘆の声を飲み込んだ。
先生に仕掛けてきただけでなく、十分に渡り合えているとは。
ファンになろうかな、なんて本気で考えてしまう。

「それはまた……、災難でしたね」
としか言いようがない。

ブツブツとまだ怒りが燻っている先生の横で、
なんとなしに彼の新刊をパラパラめくっていると、本編のあとに著者近影を見つけた。
コメンテーターなんか引き受けているおかげで、時々テレビなんかで見かける顔。
まあ、先生とそりが合うようなタイプじゃないなあ、とは思う。

「……そういえば、先生って写真とか載せませんよね」
ふと思ったことを、そのまま口にする。

先生は、著者近影を含めてどんな取材に対しても一枚も写真を許していない。
サイン会なんかも、もっての外だ。
美人なのにもったいないなあ、なんて担当としては密かに思っていたりする。

「ああ、そういうのは出さないと決めているんだ」
初耳だった。
「ほら、私が読み手に認められたのは、あくまで作品だけだろう?
 私という個人の存在全てが認められたわけじゃない。
 そこのところを勘違いして、やたら表舞台に顔を出したがったり、
 エッセイと称して知りたくもない自身のことを語ったりするのは、愚の骨頂ってものだ」
あいにく、世の中にはそんなことさえ判らない馬鹿もいるみたいだけどな、と先生は憎々しげに付け加える。

「はあ……なるほど」
先生の持論はしっかりと芯が通っているようで、僕なんかは間抜けな返事をすることしか出来なかった。
「そういうもんですか」
「そういうものだ」
先生は迷いなく頷く。
きっと、それが自身で定めた『烏丸 黒』という作家の在りかたであり、信念なのだろう。

自分の作品に対する自身と誇り。
けれどそれは、裏返せば『黒羽 神無』という人間を、ひどく、貶めたものではないだろうか――

そんなことを、考えてしまった。


作家とその担当という組み合わせなので、基本的に先生と僕の本の趣味は似通っている。
自然、一緒に店内の本棚を回ることになった。
読んだことのある作品の感想を聞かせたり、
二人ともまだ未読の作品は並んで内容を吟味してみたり。
交わす言葉こそ少ないけれど、それは和やかな時間。
願わくば、先生にとってもそうであれば良いと思う。



「――そろそろ、飯時か」
「……ですねぇ」
二人仲良く書店の名前の入った袋をぶら下げて、腹時計を確かめる。

洒落たホテルのレストランでも予約しとけばよかったのだろうが、
なんだか構えてしまいそうで、結局、夕食の予定は決めていない。

「勿論キミの奢りだよな?」
「了解。今日は僕が誘ったんですしね。
 けど、お寿司とか言うのは出来れば勘弁してください」
流石にメニューに値段の書いてない店とかに連れてかれると破産する。
かといって女性を連れて、回ってる寿司っていうのも情けない。


「安心しなさい。キミの甲斐性にそんな期待してないから」
「むぐ……」
くすくすと笑う先生。
それはそれで心外なのだが、全くもって信実なので返す言葉もない。


「うん、じゃあ、良い店を教えてやろう」
「良い店、ですか……」
先生の言葉に、なんとなく嫌な予感を感じながら、先導する先生の後について歩き出した。


「なんだかなぁ……」
二人分の会計を終えて、財布を尻ポケットにしまいながらぼやく。
それが聞こえたのか、満腹で上機嫌だった先生が不思議そうな顔をみせる。
「どうした、口に合わなかったか?」
「いや、美味しかったですよ。美味しかったですけどね?」
いくら先生の紹介とはいえ、
女性を連れての食事で、焼肉、というのは余りに色気がなさ過ぎると思うのは、僕だけだろうか。

「…………んー?」
「いや、別にいいです。なんでもないです」
少なくともこの場でそんなことを気にしているのは僕一人だけらしいので、贅沢は言わない。

肉もビールも旨かったし、値段も良心的だったし、
野郎だけの戦場のような焼肉を考えれば、はるかにのんびりと食べられたし。
なにより、先生がご機嫌なので。

うん、まあ。
…今日のところは良しとしようか。


「しかし、良く振るなあ」
ざあざあという雨の音。
軒先で、二人して雨の町を眺める。
図らずも、最初の予言は当たってしまったらしい。
手を出して雨粒を確認する先生もなんだか複雑な表情をしていた。
これで、今度からはちゃんと遅刻してくるようにしよう、とか思ってませんように。

「車でも捕まえましょうか?」
一応折り畳み傘はあるものの、二人分にはちょっと小さいだろう。
隣の先生に目をやると、なぜか視線を外された。

「あー……、ほら。ちょっと酔っちゃったみたいだから、さ、私。
 ……少し、休んでかないか?」
「休んでく、って……」
らしくなく、先生の言葉は歯切れが悪い。
俯き加減の先生がさっきからチラチラと目線を送っている方向を見れば、
そこには、いわゆるホテル街が広がっていた。

「…………――」
間抜けな僕は、そこでようやく夕闇に隠れた先生の頬が、真っ赤に染まっていることに気がついた。

「えっ、と……」
つられて、こっちまで顔が熱くなる。
こう、なんていうか。
出先でそういう施設を利用するとなると、お互い勝手が違うようだ。

何を言っていいかわからなくなってまごまごしている僕の、その背中を押すように、
先生はやっぱり恥ずかしそうに俯いたまま、きゅっと、弱々しく僕の服の裾を掴んだ。

ラブホテルの受付という人生初の関門を突破したあと。
先生は、部屋に上がるなりキスをせがんできた。
首に手を回し、見上げるように唇を押し付けてくる。
拒まずに受けれると、すぐに侵入してきた舌に舌を絡めとられる。

「は……、んっ…………」
呼吸のために離れるのも一瞬で、またすぐに唇が重なる。
こちらも負けじと舌を動かしてみるのだが、経験不足がたたって少々形勢不利。
「ふっ、は……ん、あ…………」
胸板に添えられた指が、シャツのボタンにかかる。
唇を合わせたまま、ひとつ、またひとつとボタンを外してゆく先生はどこかもどかしそうだ。

ようやくボタンが全て外されると、先生は唇を離し、まくった肌着の中に潜り込んでいく。
相変わらず、僕はされるがまま。
情けないなんていう感情も、唾液の跡から掻き上がるゾクゾクした感覚にかき消される。
「あ、は……、勃ってる――――」
嬉しそうに、先生が囁く。
それは下半身のではなく、上半身の小さな突起。
固くなり始めたそれを唾液で濡らして、ちょん、と指でつつく。
「っは――――」
口づけ一つで感覚は嫌って言うほど研ぎ澄まされている。
せめて、声は出すまいと歯を食いしばった。

その眼前に、一本の指が差し出される。

細く、長い。
整った爪の形に、一瞬、見惚れてしまう。

「舐め、て――――」
「…………え?」
もやのかかった頭では、何を言っているのかすぐには理解できず、咄嗟に聞き返す。
長いキスのせいか、僕も先生も呼吸が乱れていた。

「指……、舐めてくれ。いつも、私が"キミの"に、してあげてるみたいに……」
先生の熱っぽい目が、ねだるように僕を見つめている。
その熱がうつったのか、それとも元々それは僕の熱だったのか。
言葉の意味を理解すると、僕はなんの躊躇もなく、その人差し指に舌を伸ばした。

「ん……ちゅ――――」
粘ついた音。
少し汗ばんだ肌の味。
ざらざらした指紋と、滑らかな爪の感触。
目を閉じると、そのどれもがひどく濃やかに感じられる。

あからさまな隠喩に、舌を這わせるたびにくらくらしてくる。
男女が逆転してしまったこの状況に、僕はもう、どうしようもなく興奮していた。

――どうか、してる。
もう、異常を普通じゃないと思う理性さえ霞んで、溶けてしまいそうな熱だけが体を支配していた。

「そう――――、もっと、絡めて…………」
先生の声が、炉に薪をくべる。
ベッドに寝かされたまま両手で先生の手にすがり付いて、唾液の音を滴らせている。

それは愛撫ともいえないような、滑稽な行為。
けれど、お互い体が火照ってきているのは確かだった。

「は、…………ふぇ、ん……へ――――っ」
指に邪魔されて、言葉がくぐもった音になる。
それに、先生はもう一方の手で僕の頬を撫でることで応えた。
「うん、蓮川……、気持ち、いいよ……」
ただ体の末端を口に含んでいるだけ。
それだけなのに、先生は気持ち良いと声を蕩けさせる。

男女の営みなんて、そんなものなのかもしれない。
ただ触れ合っているだけでも、お互いこんなにも昂っている。

どれくらいの間そうしていただろう。
「ぁっ……、は…………、」
聞こえる吐息に甘い色が混じっていることに気がついて、目を開けた。
ぼやけた焦点が、少し遅れて先生の表情を捉える。
頬は朱に染まり、瞼はなにかに耐えるように強く瞑られていた。

「せん、せ……?」
それが辛そうにも見えて、指を口から離しながら呼びかけた。

「――っ、……はす、かわぁ…………、」
先生はうわ言のように僕の名前を呟いている。
手を伸ばすと、唾液に濡れる指をそれに絡めて、安堵したように目を閉じた。

部屋に響く水音は、滴る唾液の音じゃない。
見れば、先生は空いている左手はそのスカートの中に潜っていた。

――先生は自分で自分を慰めている。
それが、僕の脆い理性を突き崩す。

「っ、く……んっ…………」
先生は身をかがめて体重を僕に預けると、すぐ目の前で切なげな声を上げている。
体の熱に堪えきれず、自分だけ、僕を置いてけぼりにして、手淫に耽っている。

「はっ――――――、」
短く息を切る。
ぎちり、と猛った下半身が、更に一回り体積を増す感覚。


我慢なんて利かない。

こんな淫らなものを見せ付けられて、あんな緩慢な交わりで満足できるはずがない――

「ふ、ぁ……?」
ころん、と先生の体を転がして、体勢の上下を入れ替えた。
戸惑う瞳を無視して、微かに汗ばんだうなじに口付けをする。
そのまま黒い服を乱暴にたくし上げて、その中の女性的なふくらみに手を伸ばした。

「ふっ――――は、」
真白に焼けた頭で先生の体にむしゃぶりつく。
噛み付くようにうなじに舌を這わし、二つのふくらみを乱暴にこねた。

続けざまに打ち鳴らされる心臓に突き動かされて、
女の柔らかさと味に酔い痴れながら、下半身はもう達してしまいそうなほど昂っていた。

「う、ん…………んッ、」
対して、先生の声は耐えるような色しかない。
それも当然。
力任せの愛撫は本当に自分勝手なもので、苦痛を押し付けることはあっても快楽を与えるものではなかった。

「……くッ、ふぁ、ん、」
でも、止まらない。
ブレーキはとっくに壊れている。
苦痛に喘ぐ声さえも興奮の追い風にして、獣じみた欲求はひたすら加速を続けている。
それが、まだ足りないと、頭の中で叫んでいる。
こんな上辺ばかり撫でるだけじゃ、全然足りない。



もっと。


もっと深く、

もっと奥に――――――




「――――はすか、わ…………」



「――――ぁ……」
名前を呼ばれて、さっと我に返る。
慌てて飛び退くと、瞬間、寒気にも似た罪悪感が体を駆け巡った。

「……あ、あの、」
「あ、いや……、ちが、そうじゃなくてっ、」
途端、狼狽してみせる僕に、先生は慌てて首を振る。

「服――――、皺になっちゃうから……ね?」
「あ……、す、すいません……」
いいから、と先生は笑ってくれた。
その笑顔に、少しだけ気が楽になる。

「ぅ……」
するすると先生が目の前で服を脱ぎはじめるのが気恥ずかしくて、背を向ける。
別に見たって良いのに、なんて先生が笑うのが聞こえた。

先生だけを裸にしておくわけにもいかないと、背中越しに布擦れの音を聞きながら、自分も服に手をかけた。

上半身まで肌蹴たところで、不意にこちらを見ている視線を感じる。
早々に先生は脱ぎ終えたのだろう、気付けば後ろの布擦れの音は止んでいた。

金属音を鳴らしながらベルトを外し、ズボンを下ろす。
その一挙一動をつぶさに見られている気がして――いや、実際先生は見てるんだろう――、
一瞬、最後の一枚を取り払うのが躊躇われた。

「――――どうした……?」
「――ッ!」
ぴたり、と。
躊躇っていた背中にひんやりした五指の感触があてられる。
それだけで、大きく心臓が跳ねた。

「今更、恥ずかしがることもないだろう?」
指が僕の背中でくるくると円を描く。
先生の声は楽しげで、からかわれてる気分になる。

「ほら、こっち向いて……?」
背中の感触が離れる。
先生は、僕が振り向くのを待っている。

口の中に溜まった唾を飲み込んでも、喉は張り付くように渇いたまま。
こんな甘美な誘惑に、僕が抗う術を持っているはずがなかった。

「――――――、」
振り返って、静かに息を飲む。
薄暗い部屋の中に浮かぶ白い体は、ほんのりと赤らんでいる。
それを、なにより綺麗だと、思った。

「せん、せ――――、」
手を伸ばす。
荒ぶる感情はもう消えている。
今はただ、先生に優しくしたい。

さっき乱暴にしてしまった分、気持ちよくしてあげたかった。


「う……、ん…………」
口付けを交わしながら、先生の素肌を撫でる。
しっとりと汗で湿った体は、すべすべして気持ちがいい。

一頻り体を撫で回すと、指を滑らせ二つのふくらみを覆う。
固い蕾の感触を手のひらに感じながら、ゆっくり手を動かした。

「ふ、ぁ…………ん、」
先ほど乱雑に触れてしまったことをわびるように、柔らかく揉み上げる。

相手のための、目の前の彼女のための愛撫。
けれど、そんな重いとは裏腹に、滑らかな肌は否が応にも男としての部分を刺激してくる。
「ぁ、…………っや、」
乱れ始めた息を隠すように、勃ち上がった蕾へ吸い付くと、先生は甘い声を堪えきれずに体を震わせる。
それが楽しくて、もっと強く、吸い上げた。

「あ、は……、蓮川、赤ん坊みたい……」
小さく微笑むと、先生は抱きかかえるように僕の頭を撫で始めた。
僕は不思議な安心感に包まれながら、口の中の突起を転がしている。

「…………っ、そんなに吸っても、なんにも出ないぞ…………?」
「ん……でも、先生のここ、……なんだか、あまい、です」
きっと錯覚だろう。
だけど、僕は先生の胸から何か出ているような気がして、無性に興奮してしまっていた。

「ん、ん…………あ、――ふふ、キミのも、もう……、こんなに――――」
僕が胸への愛撫に没頭していると、
見っとも無いほどに下着を押し上げている男性器を先生の手がいきなりつかんだ。

「――――ッ、くっ、あ……」
思いがけない反撃に、仰け反る。
もう限界近くまで昂っていたそこは、少し触れられただけでもう達してしまいそうだった。

「ん、すご、…………あつ、い、」
囁きは夢現。
先生は、片手ではまだ僕の頭を撫でながら、空いている手は握ったソレを上下に擦り始める。
足元をぐらぐらと揺さぶる快感から気を紛らわすように、もう一方の乳房に吸い付いた。

「――――、ん――――、」
「ふ、は……、っや………」
互いの熱が混ざり合い、愛撫は相乗的に速度を上げていく。
先生は僕の頭を胸に掻き抱き、下に伸びる手で急き立てるようにしごいてくる。
ぐつぐつと煮える快楽は体を巡り、頭の中を塗りつぶす。

「っ――――ハ、」
それもやがて、限界がやって来る。

下半身に溜まった熱は、ついに行き場を失い今にも決壊しそう。
最後に、それを警告するようにどくん、と脈打ったその刹那――

「ぐ――――、ぁ――――ッ!」
力いっぱい握られたソレが、悲鳴を上げる。
今まさに解放されようとしていた快楽が無理やりに押しとどめられて、思わず呻き声が漏れた。

「あ……、ごめん、ね、」
謝りながら、先生はベッドの枕元にある引き出し手を伸ばし、清潔感の漂う小さな袋を取り出す。
先生が封を開ると、中からすっかりお馴染みのゴム製品が見えた。

「やっぱり、こっちに欲しいから、さ……」
くるん、と、隙をつかれて二つ体が横に回転する。
馬乗りになった先生は悪戯っぽく笑うと、持っていた避妊具を手際よく装着させる。
屹立した陰茎全体がゴムの膜に包まれたと思うと、予告もなく、先生は一気に腰を落とした。

「――――ッ、」
「――――――ん……ぁ、」
反射的に、歯を食いしばる。
熱くほぐれた胎内の感触に、先生もずっと我慢していたしたんだろうか、なんて考えた。

「っ……は――――、」
根元まで飲み込んで、先生はただ、じっと息をついている。
包み込むような温かさに、限界近かった昂りも落ち着きを見せ始めていた。
「――――はす、かわ……」
名前を呼ばれた。
だけど先生が腰に跨ってるこの体勢じゃ、唇を寄せることもできない。

その距離。
繋がっているはずなのに、こんなにも離れているのが許せなくて、勢い良く体を起こした。

「んッ、ぁ――――」
突然の動作に驚く先生にキスをする。
それが終わって、次は右の乳房に吸い付くと、びくん、と敏感に先生の体が跳ねた。
「……ッ、は…………」
腕の中の白い体は、細く、柔らかい。
こうして抱き合えば、結合こそ浅いもののさっきよりはずっと温かだ。


それでも、まだ遠い。

薄いゴムさえ鬱陶しい。
一つになることは叶わなくても。
せめて、埋められる隙間であるなら残さず埋めてしまいたい。


だから――――




「――かん、な――――――」
目の前の大切なヒトの名前が、初めて、口から零れた。

「かんな……、神無――――ッ」
一度呼ぶと、溢れ出すように口からついて出る。
その度に強くなる膣の締め付けに、いつの間にか体は動き始めていた。

「……ふっ、ぁ――――」
下半身はもうとろとろだ。
部屋の中は淫靡な水音で満ちている。
先生の口から漏れる甘い吐息を舐め取るように、もう一度唇を寄せる。

「ん、ぁ――――はすか、わぁ……」
背中に手を回し、ぴったりと体を寄せ合う。
口付けをして、名前を呼んで。
体全体で、がむしゃらにお互いの温かさを感じている。
いっそ、このまま溶け合ってしまいたかった。

「――――っ、」
だけど、果てがある。
どれだけ耐えたって、柔肉から与えられる快楽には限りがないし、
全て吐き出してしまいたいという欲望は昂る一方。
そしてなにより、膨れ上がるこの感情が抑えられない。

「は、す……かわ……、はすかわぁ…………ッ」
切れ切れに息を乱しながら、彼女はさっきから同じ言葉しか発していない。
自分で何を口にしているのかもわからない僕も、きっと似たようなものなのだろう。

「…………ッは、」
息が詰まる。
飛びそうな頭で、その瞬間を待ちわびている。

「ん、ぁ…………、いっ、しょ……一緒、に――――ッ!」
彼女も限界が近いのだろう。
一際強く抱きしめてくる体に応えるように、回した腕に力を込める。
「かっ、んな――――」

白色に染まる視界の中、
最後に、今までで一番深い口付けをして、――――限界を向えた。

「ん、く――――――――っ、」
「は、んっ、ん、む――――、ぁ――――ッ!」

どくん、と脈を打つ熱い塊。
深く、彼女に包まれていることを感じながら、滾りに滾った迸りを吐き出した。



ひとつだけ、心残りだったとすれば。

無粋なゴムの膜に阻まれて、それは彼女に届かなかったことだろう。


・・・



最低限の後始末だけ済ませて、二人でシーツに包まった。

「寒くないですか?」
「ん……、平気だ」
ありがとう、と先生は僕の腕を枕にして微笑む。


白い快楽は全部吐き出して、黒い欲望はすっかり萎んでいる。
残ったのは、澄んだ、綺麗な透明の感情だ。

それを、伝えたい。


「神無――――――さん、」
腕の中の女性を呼ぶ。
さっきまであんなに乱暴に呼んでいたのが信じられないくらい。
余計な接尾語をつけたって、やたらむず痒い。

「……どうせ呼ぶなら、呼び捨てにしてくれ」
先生はぶっきらぼうに返事をする。
朱に染まった頬は、行為の余韻というわけでもなさそうだ。

「神無、」
「……なんだ?」
思い切ってまだ慣れない呼びかたをすれば、先生は恥ずかしそうに体を竦める。
それがまた可愛らしくて、幸せな気分が溢れてきた。


ばれないように、深呼吸を一つして、
小さな声で、それでもはっきりと聞こえるように、

「――愛して、ます」

今、自分の中にある、唯一の思いを口にした。

「ずっと、一緒にいてくれませんか――――?」
先生を抱いている腕に力を込める。
華奢な体は、すっぽりと腕の中に納まってしまう。

けれど、それを拒むように、先生は手を突っ張った。
「――気持ちよく、なかったか……?」
先生の声は、不安そうに震えている。
「それとも……、もう、セックスだけじゃ足りない?」
僕の担当している大胆不敵な作家先生とは程遠い。
裸の先生は、今にも泣き出してしまいそうな弱々しさがあった。

「――私は、小説を書くくらいしか能の無い人間だ。
 我侭ばっかりで、若いコみたいに可愛げがあるわけでもない。
 せいぜい、女としてキミを悦ばせてあげることくらいしか、できない」

頼むから、自分にそれ以上求めないでくれ、と。
先生は、少女のように肩を震わせていた。

「………………、」
先生の言っていることは、変だ。


僕は先生に何をして欲しいといってるんじゃなくて、
ただ、先生にそばに居て欲しいと願ってるだけ。
大切なのは互いの利益じゃなくて、二人の気持ちだ。

感情でものを言ってるのに、損得を論ぜられたって、ピンとくるはずがない。


「――愛してます」
だから、むしろ腹が立った。

先生がこんなことを言っているのも、
先生にそんなことを言わせてしまっているのも、

僕には、我慢ならない。

「愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます。
 世界で一番、誰よりも愛してますッ!」

「はす、かわ……?」
困惑する先生の声。

気付けば、僕はわけもわからず泣いていた。

「だから――――、そんなこと、言わないで下さい」
こぼれる涙が止まらない。
どこかツボにハマってしまったらしい。
しゃくりあげ、むせびながら、それでも涙は頬を濡らしてゆく。

「あーあー……、ほら、大の男がそんな風に泣くんじゃない」
困ったように微笑んで、先生のほうから抱きしめてくれた。
鼻を鳴らして、大泣きする僕の頭を、あやすようにぐりぐりと撫でる。
その様子は、恋人同士というよりは、まるで母と子のようだったに違いない。

ちくしょう、なに泣いてるんだ俺は。
情けないにもほどがある。

「うん……、ありがとう、蓮川――――、ずっと一緒にいよう」

口からは嗚咽が漏れるばかりで、返事は出来なかったけれど、
ただ精一杯、先生を抱きしめ返してコクコクと頭を縦に振るう。


呼吸も、鼓動も。
今迄で一番、先生を近くに感じていた。


「愛してる……よ――――、大好き…………っ」


...end





「……そんなに嬉しかったのか?」
夕食の後に、ソファーの上で手の中の少し不恰好な包みを眺めている僕に、斜め上から不機嫌そうにも聞こえる神無さんの声が降ってきた。
見れば、湯上りの頬はほんのり紅く染まり湯気を立てている。

「えっ? あっ、もしかしてニヤついてましたか、僕」
噛みしめていたはずの喜びがにじみ出てしまったのかもしれない。
慌てて手を当ててみると、盛り上がった頬の筋肉に触れた。
「…………まぁ、キミが喜んでくれたのなら何よりなんだが」
神無さんはひとつ、ため息を吐く。
呆れてるのか照れてるのか。
多分、7:3ってとこだろう。


今日は2月の14日。
製菓会社の陰謀だなんて拗ねながら、小さな義理チョコを頬張っていた去年とは大違いで、
今年は生まれて初めていただいた本命チョコの幸せの重さに浸っていた。

ああ、もう。
バレンタインデー万歳。


「そんなはしゃがなくたって、どうせ毎年貰ってるんだろう?」
神無さんが苦笑いを向けてくる。
酷い誤解だ。
僕は大きく頭を振るった。
「とんでもないです。 義理で手作りのチョコなんて貰えませんって」
「手作り、っていったって、そんなの売ってたヤツを溶かして固めただけだぞ?」
「それでも、神無さんが僕のために作ってくれたんでしょう? 嬉しくないわけないじゃないですか」
ちょっと浮かれていたのだ。
普段なら照れくさくて口にするのも戸惑われるような正直な言葉が衝いて出る。
真正面からそんな言葉にあてられた神無さんは、気恥ずかしいのだろう、軽く目を逸らしながら、頬を掻いた。

「まったく――――、舞い上がりすぎだ、キミは」
「…………? 神無さん?」
不意を付かれて、背中に腕が回される。
表情は見えないけれど、髪から薫るシャンプーの微かな香りに、どきりと心臓が跳ねた。

「――――油断してた。
 正直、そんな無邪気に喜んでもらえるとは思ってなくてな。
 ……なんだか、今、お返しが欲しくなった」
そう言うと、背中に回っていた手が、早速僕の体をまさぐりはじめた。
お返し、というのはどうやら僕の体のことらしい。

「ええ、っと、お返しなら、ホワイトデーにでも……」
「イヤだ。待てない。私はせっかちなんだ」
服は捲り上げられ、しなやかな指が素肌に添えられる。
微妙な力加減で背中を撫でられると、意に反してぞくぞくと体が震えてしまう。

「……普通、逆ですよね」
チョコレートのお返しなら、僕が神無さんにしてあげるのが道理だと思う。
「何を今更。 キミはこっちのほうが好きみたいだから構わないじゃないか」
「う、ぐ……」
お見通し、とばかりに神無さんは猫科の笑みを浮かべた。
恥ずかしながらそれは全くの事実なので、返す言葉もない。

「それに、私もこっちのほうが、……甲次くんにしてあげるほうが、いい――――」
囁きは、消え入りそうなほど細かった。
誤魔化すように、すぐ唇と唇が重ねられる。
お互いに下の名前で呼び合うようになってから暫く経つけれど、未だに神無さんの口から出る代名詞の登場回数は多かった。
それだけに、こういう時、少々ぎこちない調子でファーストネームを呼ばれたりすると、弱い。
嬉しいやらくすぐったいやら、もはやメロメロと言っていいような状態になってしまう。
もしかして、神無さんもそれがわかってて出し惜しみしてるんじゃないか、なんて疑ってしまうくらいだ。

「は、ぁ…………、っん……」
神無さんは僕の頭を抱えるようにして、何度も、何度もキスを降らせてくる。
蕩ける思考でそれに応えてるうちに、どうしようもなく気持ちが加速していくのを感じていた。

「……少し、溶けてきちゃってるな」
神無さんは、少し体を離して脇の机においてあった包みを手に取ると、丁寧にリボンの結び目を解きはじめる。
密かにハート型なんて期待していたのだが、出てきたのは数個の、無愛想なくらいシンプルな丸いチョコだった。
何をしようとしているのか判らず、ただそれを見ていた僕の前で、神無さんがそのうちの一つを口に含む。

「――――ん」
そして、口移しでそれを僕によこした。
「ふ……ぁ――――、」
柔らかくなったチョコが、喉の奥に流れていく。
ざらりとしたひとの舌の感触と、むせ返りそうなカカオの香りに頭がくらくらと揺れる。

「どう、かな……」
「……すごい、甘いです」
唾液交じりのチョコレートは、頭が灼けるくらい甘ったるかった。
けれど、それは決して不快なものじゃなくて、むしろもっと欲しいくらいだ。

「神無さん……――――、」
今度は僕のほうから。
ひとつくわえて神無さんの唇を塞ぐ。
神無さんが飲み込むと、また交替。
チョコが全部なくなったのに気がつくまで、夢中になって唇を貪り合った。

「……、ぁ――――」
「…なんか、癖になりそうだな」
唇が離れる。
至近距離で目が合うと、くすりと神無さんが小さく笑った。

「ほら……、ついてる」
柔らかく微笑んだまま、指で僕の口元を拭った。
神無さんの指にチョコがつく。
突き出されたその指に、僕はごく自然に舌を這わせた。
「……っ――――」
舌が触れた瞬間、神無さんはぴくりと反応して見せたものの、指は引っ込めず、僕が舐めているのを見つめている。
「……ぁ……ん、」
口を離すと、神無さんが大きく息を吐いた。
唾液で濡れた白い指が銀糸を引き、灯りを反射して光っている。

まだ鼻腔に残るカカオの香り。
二人の荒い呼吸だけが、耳には聞こえる。
頭は真白に灼け付いて、もう何にも考えられない。

「――――甲次、くん……」
感情の昂りのせいだろう。神無さんの声は震えている。
「もう、いいよね……?」
僕はすぐに頷いた。
当たり前だ。
下半身は既に痛いくらいの自己主張をしている。
腰の上に跨った神無さんにはもう判ってるはずだ。

服を脱ぐのさえじれったくて、お互い、相手の必要なところだけ肌蹴させる。
一番熱い部分に触れると、神無さんもびっしょりと濡れていた。

神無さんの指に導かれ、いきり立ったそれが入り口にあてがわれる。
先端が擦れる感覚に、頭の芯が甘くしびれる。

「っん……、ぁ――――」
微かな水音を立てて、一息で根元まで飲み込まれる。
それだけで、粘膜が直接触れ合う快感に息が詰まった。

「すごく、熱い……」
熱を帯びた声で、神無さんがぼんやりと呟く。
繋がりは比較的浅いものの、興奮はもう最高潮だ。
貪欲に絡み付いてくる柔肉のせいで、もういつ達してしまってもおかしくない。
「ん……、む――――」
どちらからでもなく唇が重なる。
隙間を埋めるようにぴったりと抱き合うと、上になった神無さんが動き出した。
始めはゆっくりと。
律動は段々と加速していく。

「――う、ぁ…………、」
「あ、は…………声なんか出して……、可愛い――――ん、」
舐めるように、吸うように。
キスをして、キスを受ける。

「んっ、は……、コージ…………、私、もう――――っ」
神無さんの声が跳ねる。
動きに合わせて僕も下から突き上げる。
「――――ッ、」
「あ、や……、コージ……こう、じ……っ、一緒、に…………」
締め付けが急激にきつくなる。
それに合わせて、強く、すがりつくように抱きしめられた。

「ひ、あ……っ、ん、んんん――――ッ!」
そうして、神無さんが達したのがわかった瞬間、
「かっ、んな、さ――――っ、」
僕も、実にあっけなく、その滾りを吐き出した。

「――――っ、……っ」
びくびくと震えるたび吐き出される白濁が、無遠慮に膣の中を満たしていく。
自分でも驚くくらいの量を神無さんは焦点の合わない瞳で受け入れている。
「は、ぁ……」
脈動が収まってから引き抜く。
どろり、と入りきらない白い精液があふれ出た。
神無さんは、ゆっくりとした動作で、それを指に絡めると、
「……いっぱい、出たな――――」
少し照れくさそうに、微笑んだ。

・・・


後始末を終えて、なんとなく二人揃ってぼんやりしていると、ふと神無さんの指がタバコを探すような動きを見せる。
無意識だったのか、それに気付くと、神無さんはばつが悪そうにふっと笑った。
「…やっぱり、なかなか抜けないな」
「そりゃ、しょうがないですよ。なかなか、ね」
結構根深いヘビースモーカーだった神無さんは、最近、全然タバコを吸っていない。
今では、自分についたヤニの臭いを気にしてるくらいだった。

「別に僕は気にしませんけど…」
そういうところも含めて好きになったわけですし、なんて恥ずかしくてとても口に出来ない。
体のことは置いといて、タバコを吸ってる神無さんは格好よくて好きだった。
勿論、神無さんの健康を考えれば、吸わないほうがいいのに決まっているのだけれど。

「ん……」
小さく頷きながら、神無さんは服の上からお腹をさすっている。

別に、自分の体のためにタバコを止めたわけではない、と。
以前、ほのめかしていたのを思い出す。
そう遠くない未来、自分の内に宿るであろう命のために断ったのだ。

「神無さん……」
急に愛しさがこみ上げてきて、目の前の人を抱きしめた。

「蓮川、神無さん」
「ん………………」
もう一度。
今度はフルネームで。
神無さんは腕の中でくすぐったそうに体を捩る。

「ホワイトデーは覚悟しておいてくださいね」
「……ああ、楽しみにしてる」


愛しくて仕方のない笑顔に、改めて来月の復讐を固く心に誓う僕だった。