延々と続く儀式と式典が全て滞りなく終わり、やっとの思いで奥の間に引っ込んで、
初めて僕は、自分の妻になる人の顔をじっくりと見ることができた。
「このたび、貴方のもとに嫁いで来た。末永くよろしく頼む」
そういって、あるかなしかの笑顔を向けた玖宇皇女は、とても美しかった。
その水のように冷静な美貌に、僕はちょっと反発を覚えた。
「言われなくったって、よろしくしますよ。そうしなきゃいけないんでしょ……」
我ながら愚かしい事を言ったことだと思う。
僕の国<ナナシノ王国>の名目的な上位国である<空照(ソラテラス)帝国>の皇女、
──いや、つい先ほどの結婚式でナナシノ王妃となった女性は、
形のいい眉を僅かにひそめたが、僕の暴言に対してそれほどびっくりした風でもなかった。
たしかに、よろしくしたくなくても、よろしくしなければならない。
政略結婚とは、そういうものだ。
千年にわたって<大陸の皇帝>の座を維持してきたが、昨今は衰弱がはなはだしい老大国と、
先代──僕の父だ──の尽力のおかげで辺境王国随一の力をつけてきた僕の国との婚姻は、
双方に対して大きなメリットがある。
その政治的な好条件の前には、お互いが今日の式典まで互いの顔を見たこともない間柄だったということや、
僕が許婚との婚約を解消──これはこれで一揉めあった──したことの複雑な感情など一顧だにされない。
……ましてや、花嫁が花婿より五歳も年上だということなんか!
そう、十四歳の子供の僕は、十九歳の大人の女性を妻に娶ったのだ。
僕よりずっと背の高い皇女──まだ王妃とか、妻だとか絶対に呼べない──を見上げて、僕はため息をついた。
「そうだな。貴方と私は、よろしくやっていかなければならない。たしかにその通りだ」
皇女は頷いた。
──このひとは、大人だ。
王族として必要なあらゆる式典を儀礼どおりに執り行い、ファーストレディの責務を完璧に果たしていくだろう。
祖国では<女賢者>の異名を取った才媛である事をことさらに思い出す。
「……先ほどから気に掛かっていることがあるのだが、よろしいか?」
玖宇皇女は僕を見た。まっすぐな視線。なぜか、どきりとした。
「何でしょうか?」
「もう私に敬語を使う必要はない。今日から私は<皇帝の娘>ではなく、貴方の妻なのだから」
「でも、貴女は僕より年上だし……」
つい本音が出てしまった。
実際のところ、まわりから言われるほど、僕は<宗主国の姫君>と言う点を気にしていない。
ナナシノはもう随分前から<帝国>から独立独歩でやっている。
もちろん文化や伝統と言う点では、随分と遅れを取ってはいるけど、僕はそのことに劣等感を持っていない。
僕の国は、退廃の只中にある老国に比べれば、若くて健康的な国だから、
歴史の蓄積を補って余りある若さと活気があると確信している。
だから、僕が食う皇女に対して持っている苦手意識は、つまるところ、ごく個人的なものだ。
年上で、美人で、賢明な──政略結婚相手。
玖宇皇女はそれに気がついたらしい。何か考え込んでいる。
ひどく喉が乾いた気がして、僕は目の前のすっかりぬるくなった紅茶を飲み込んだ。
「……貴方は、異性経験はあるか?」
ぶはっ。
僕はむせこんだ。
「な、な、何を──」
「ないのか?」
「な、ないですよ、そんなの」
嘘ではない。
僕は晩生なほうだったし、父や母が亡くなって「王子もそろそろ……」と言い出す立場の人がいなくなると、
家臣たちはその手の問題に極力慎重になっていたから、問題はずっと先延ばしにされてきていた。
「私も皆無だ。つまり、男女として経験的には同レベルと言うことになる。歳のことは気にする必要はない」
そういう論法か。
──このひとは、時々ずれたところがあるように見えるが、その実恐ろしいほど賢い。
なんというか、ものすごい難しい計算式を暗算で解いていって、いきなり答えをはじき出すから、
相手は一瞬何を言われているのか、検討もつかなくなる。しかし、その言葉は問題の本質を的確に射抜いている。
「政略結婚と言うのが、気に掛かるのかね?」
──これも見事に正解だ。
僕は絶句した。


「そりゃあ……好きあって結婚したわけじゃないし、そもそも貴女とは今日初めて顔を合わせたくらいだから……」
白状すると、それが一番僕の心に引っかかっていたところだ。──自分でも気がつかなかったが。
王族の結婚なんてそんなものと頭では分かっていた、つもりだった。
だが、実際に自分の身に降りかかってみて、しかもそれが予想も心の準備もできないまま、
あっという間にのっぴきならないところまで押し流されてしまうと、それがトゲのような痛みで残った。
玖宇皇女に反発してしまう原因──そのもやもやとした痛みの正体が、はっきりした。
彼女に指摘されるまで、僕は、僕の心の中さえも自分でよくわからないでいたのだ。
「確かにお互い好きあっての結婚ではない。──貴方は、好きな人がいたのか?」
「いや。許婚の人はいたけど、それも別に好きという間柄じゃなかったし」
「よかった。私もいなかった。──それなら、お互いがお互いをこれから好きになればいい」
なんとなく──。
なんとなく、玖宇皇女との会話の流れが分かってきたような気がする。
このひとは、すごくまっすぐに、物事の核心を捉えてくる。
祖国でも敬意と揶揄が入り混じって<女賢者>と呼ばれていたのも、納得がいく。
「これから好きになればいい──?」
どうして、こんなに言い難い結論に、こうも簡単にたどり着くかな。
そういうのは、心の中の紆余曲折を迷いに迷って長い時間かけたあげく、見つけ出す答えじゃないか。
僕を閉じ込めていた迷宮が、一瞬にして雲散霧消したことを感じて、僕は気が抜けたような笑いを浮かべた。
ああ、このひとを好きになれそうだ。
そう思ったのはあちらも同じだったようだった。
玖宇皇女の、白磁のような頬に朱がひと刷毛。──唇にはかすかだが、はっきりとした微笑。
僕は少し背伸びをした。
皇女は少し腰をかがめた。
誘われるように、僕たちはキスをした。

どちらともなくソファに座った僕たちは、唇を重ね続けた。
意外スムーズな口付ができたことに、僕は自分で驚いた。
「こういうキスの仕方なんか知らなかったんだけど──」
「私もだ。こういうのは本能らしいな」
玖宇皇女は、にっこりと笑った。
「でも──」
夫婦ならば、これから先の行為に進まなければならないけど、僕はその自信がなかった。
もじもじとする僕の髪を、皇女はゆっくりと手で梳いた。
瞳を覗き込むようにして言葉をつむぐ。
「大丈夫だ。私は貴方と一緒につながりたいと思っているし、貴方もそうだろう。
ならば、ここから先のこともうまくできると思う。──つまるところ、貴方は男だし、私は女だ。
愛し合おうとする男女は、何千年も何万年もこういうことをしてきたのだ。貴方と私も、できるにちがいない」
玖宇皇女のはげましは、僕の心臓をひどく強く打った。
年齢は関係ないといったけど、やっぱり五つ年上と言うのはこういうときに、大きい。
背中を押された僕は、シャツとズボンを脱いだ。
皇女も衣服を脱いでいく。
お互いが下着姿になった。
「──」
玖宇皇女は、年齢にふさわしく成熟した体つきをしていた。
すらりとした体つきのくせに、宮廷内のどんな貴婦人や官女たちと比べて胸も大きかったし、お尻も大きかった。
何よりも、最上等の磁器よりも滑らかな白い肌は、
彼女が千年もの間最も高貴とされている一族の出身者だという事を教えてくれた。
「──ど、どうすればいいの?」
「──貴方の好きなように」
「うん……」
僕は唾を飲み込み、皇女の胸におずおずと手を伸ばした。
下着の上から触れる。
──僕の国で使われているというコルセットではなく、柔らかいが型崩れのしない布地越しに、ほのかな体温が伝わる。
「やわらかい……」
「貴方の胸は堅く引き締まっているな……」
「一応、弓とか馬とかやっているから……」
皇女は、上半身裸の僕の胸をなぞった。
白い指先に触れられると、背筋がぞくぞくとした。
「男女の体と言うのは、大分違うようだな」
大真面目な顔で言う玖宇皇女に、僕は、彼女も初めての営みなのだということを思い出した。

「し、下着も脱いで比べてみよう……か?」
「いい考えだ。私は貴方の身体にとても興味がある」
それはこちらも同じだった。
恥ずかしさは、わきあがるような情熱と好奇心に押し流された。
下着を脱ぐと、僕のものは跳ね上がるようにして天を指した。
「それが──貴方の性器か」
皇女が目をまん丸に見開いた。冷静な<女賢者>も、さすがに、頬が真っ赤になっている。
──僕のほうがもっと真っ赤になっているだろうけど。
「あ、貴女のも、見せて欲しい」
こんな破廉恥な要求、よくも言えたものだ。相方がストレートだとこちらも自然とそうなるのだろうか。
「ああ。──そうか、男性器はそうやって見えるが、女性器は立っているだけでは良く見えない構造だからな」
皇女は納得した風に頷いた。
「では、こうしよう。ソファに横たわってもらえるか?」
「──こう?」
「そう。それで、私がこうすれば……」
全裸の皇女は、僕の上に逆向きで乗っかった。
あからさまな光景が僕の目の前に広がった。
「これが……」
玖宇皇女の性器は、薄い桜色だった。これも薄い恥毛のおかげで、僕は彼女の全てを見ることができた。
皇女もまた、僕の全てをしげしげと見つめていた。
しばらくは、声もなく互いの秘所を観察していた二人が、本能のままに動き出すのは同時だった。
僕は皇女の、皇女は僕の秘所に口付けする。
雷に打たれたような刺激が二人の身体を駆け巡るが、奔流のような欲望は止まらない。
僕たちは、互いの性器をむさぼりあった。
知識はともかく、経験も技巧もまるでない二人は、しかし、的確に相手に快感を与えていた。
──やがて、
「あっ、も、もう、僕……っ!」
「わ、私も……っ!」
先に達してしまったのは僕のほうだった。玖宇皇女の口の中に、精を放ってしまう。
一瞬遅れて、玖宇皇女も達したらしい。股間を強く僕の顔に押し付け、状態をのけぞらせる。
力強い緊張のひと時が終わり、二人はソファの上でぐったりと伸びた。
両手や両膝で支えられることなく、皇女の体重が全部僕の上に乗ってきたが、全然気にならなかった。
僕よりも背が高く、こんなに大きな胸とお尻をしているのに、皇女の身体は軽かった。
これもきっと男と女の違いなのだろう。
やがて気がついた皇女が身を持ち上げた。
ソファの端っこにもたれかかってこちらを見る。
その表情は僕が始めてみるものだった。──もじもじしている。
「どうしたの?」
「……」
ちょっと上目使いで僕を見た皇女は、口元に片手の指先を当てた。目を閉じる。
「あっ」
僕は彼女が何をしようとしているか、わかって慌てた。
「吐き出して、吐き出してっ!」
でもその声より先に、皇女は口の中のものを飲み込んでしまっていた。
──今さっき、彼女の口の中に射精してしまった、僕の精液を。
「──」
飲み込んだ後も、皇女はしばらくもじもじしていた。
やがて──
「子種というものは、ずいぶんと濃いものなのだな。量も予想していたのよりずっと多かった。
書物に書いてあったものとは大分違うようだ──それとも、貴方のがすごいのか」
「わ、わからないよ」
「……これなら、早々に良い子を授かることができそうだ」
皇女の視線を受け止めて、僕は、欲望を吐き出したばかりの性器が、
素晴らしい速度で硬度と勢いを取り戻していくのを自覚した。
深呼吸を一つついて、覚悟のいる言葉を口にする。
「……あ、貴女とつながりたい。いいかな?」
「私も、貴方とつながって、──夫婦の交わりをしたい」
皇女の返答に、僕の欲望は完全に復活した。──どころか、先ほどよりもずっと強く。
ソファの上で下肢を大きく広げた皇女の上に僕はのしかかった。

「濡れてる……」
皇女の女性器は、先ほど舐めた僕の唾液だけではない、透明な蜜であふれていた。
「貴方を受け入れる準備ができている、ということだ」
下から見つめながら皇女が言う。
僕は皇女の性器に自分の剛直をあてがった。
何度か滑った後、僕は玖宇皇女の中に入り込んだ。
「──っ!」
皇女が眉を僅かにしかめる。
年上とはいえ、彼女は男性経験がない。これは破瓜の瞬間だった。
「だ、大丈夫?」
「大丈夫だ。──続けて。貴方と夫婦になれて、嬉しい」
実際、十分に成熟した身体と、たっぷりと興奮していたおかげか、皇女はすぐに痛みを克服したようだった。
今までの生涯に感じたことがない快感に頭がぼうっとなっている僕に、勝るとも劣らぬ嬌声が彼女の唇から漏れた。
初心者同士の交わりは、ひどく短時間だったが、とても濃密な時間だった。
今度は、二人同時に達することができた。
僕は、口に出した時よりもはるか濃くて大量の子種を、玖宇皇女の子宮へ送り込んだ。
彼女は、先ほどよりも激しい反応を示しながら、それを全部身体の奥で受け止めてくれた。

「政略結婚か、否か──。本当はどうでもよいことだったんだね。
大事なのは、結婚した後にお互いの幸せを維持するための努力なんだ」
「──理解してくれたようだな。貴方は驚くほど聡明だ。私は、今、貴方の事がとても好きになった。一生仲良くしていこう」
「い、一生!?」
「当然だ。私は貴方の正妻──この先何があろうとも、貴方の隣にいる女は私だ。
貴方がこれから、どれだけの数の愛妾を作ったとしても、
貴方の嫡男を産む女は私だし、貴方の葬式の喪主を勤める女も私だし、貴方と一緒の墓に入る女も私だ」
ぶはっ。
僕はもう一度むせこんだ。
「あ、愛妾って……」
「作らないのか? だとしたら、とても嬉しい」
玖宇皇女は、まっすぐに僕を見つめた。
「貴方が思うよりもずっと、正妻とは貴方にとって都合のいい存在だ。
愛妾たちと違って、どんなに懇ろになってもそれがもとで後宮がややこしく乱れることもないし、
貴方の後継者争いも順当になる。もし、貴方が自分の王国の安定をのぞむのなら、まず私に子供を産ませたほうがいい。
私は貴方と一心同体だし、私も、私の産む子供も、決して貴方を裏切らないから」
皇女の論理は明快で正しい。──ついでにその未来図も、きっと言うとおりになるだろう。
「私は、貴方の適切な助言者となるだろうし、貴方の王国の忠実なナンバー・ツーになるだろう。
良い王妃と言うのは、王にとって、いかなる宰相よりも有能な後方支援者となりえるものだから」
うん。そうだ。──母上も、父上にとってそんな存在だった。
考えたら、父上と母上も政略結婚だった。
そして子供の僕から見ても分かるくらい、お互いを補い合い、そして愛し合っていた夫婦だった。
「そして私は──貴方にとって最も誠実な恋人と、貴方の後継者のよき母親を兼ねることができると思う」
背筋がちょっぴりぞくっとした。
自分の未来がちょっとだけわかったからだ。
きっと、僕の後宮には、このひと一人しか女の人がいない。
でも、そんなに悪い気分じゃない。
世界中の美女全部あわせたよりも価値のある女性がいてくれるのだから。
「うん」
僕は精一杯背伸びして、皇女──いや僕の王妃に最初の挨拶をした。
「──ようこそ。わが王妃。僕の生涯を貴女にささげたい」
「喜んで。わが王よ。──私の生涯は貴方のものだ」
そして僕と玖宇はもう一度キスをした。
政略結婚。
──たぶん僕らの子供たちは、僕たち夫婦がそういう出会いをしたことなんて信じないだろう。