「うぃーっす」

家に帰ってリビングに入るなり、はまさんは古いコメディアンの挨拶の真似をした。
右手にはエビスのロング缶が握られている。はまさんの好物。
今まで握られてたんだろう空き缶たちがテーブルの上に雑然と並んでいる。

「今日は、早いんだ?」
はまさんは僕のいとこだ。8つ年上の28歳で、化粧品会社の営業をやっている。
僕は大学に通うのに都合のいいおじさんの家に居候をしていて、はまさんと一緒に住んでいる。
昔から、「はまちゃん」と呼ばれるのが嫌いで、僕はいつも彼女をさん付けで呼んでいる。
なんでも「はまちゃん」と呼ばれると釣りバカの人みたいで嫌なんだそうだ。
大学が終わって家に着くのは午後6時前だ。今日は居酒屋のバイトも無い。
そんな時間に敏腕営業職のはまさんが帰ってきているのは珍しいことだ。
もう飲んでるし。

「うん、今日ね……仕事、早引けしちゃった」
「なに、風邪でもひいた?」
「ううん……ちがうけど」
「ていうかそれだけ飲んでるんだから風邪じゃないよね、ハハ」
「まあ……ね、」
はまさんが視線を落とした。
会社で何か嫌なことでもあったのだろうか、実社会の軋轢みたいなものがあるんだろうけど、
お気楽極楽大学生活真っ最中の僕にはそういうのはわからない。
ならば僕にできるのは限られている。


「ふーん。あ、またキムチばっかり食べてたでしょ」
「え、なんでわかんの」
「なんでもなにも……」
テーブルの上にあるのは空のビール缶と、乱暴に箸をつっこんだキムチの空き瓶だけだ。
寒々しい。
六時前からキムチだけでビールを一人でがぶがぶ飲んでいる28才OL。
寒々しい。
年齢のことを言うとはまさんは本気で怒る。だからいいたくても言わない。
はまさんは美人だから、年齢なんて気にすること無いのに。と付け加えても
冗談にしか聞こえないみたいで、怒り続ける。
私だって隆くんぐらいの年…ハタチのころにゃあ28なんておばさんに見えてたもの。
そう言ってぷりぷり怒る。僕はおばさんだなんて思ったこと無いけど。

「あはは…いやその、めんどくさくてさぁ、なんかつくるのも」
「わかってるよ、キムチ好きだもんね」
「ん、まぁ、ね……隆くん、なんか作ってよ」
そらきた。
居酒屋でバイトしてる僕に、はまさんはたまにこうやって料理を作ってくれとねだる。
「いいけど……まだ飲むの?顔まっかだよ」
「いい!今日は飲むの!ほら、早く作って!!」
テーブルの上に雑然と並んでいるビール缶を数えた。ロング缶で3本。今手に持っているのが4本目だ。
もう随分飲んでいる。
やっぱり何か嫌なことあったんだろうか、いつもは家でこんなに飲むことは少ない。
仕事の悩みとか、社会のぎしぎしとした大気圧みたいなものについて、僕がはまさんに
してあげられることなんて皆無と言っていい。
だからせめても酒のつまみぐらいは作ってあげようと思う。


「いいけど……あんまり凝ったのはできないよ、きっと」
「いいー!ありがとー、だから隆くん好きー!」
「ハイハイ、ちょっとまっててね」
酔うとはまさんは明るくなる。
朝出かける時みたいな、びしっとしたスーツ姿でばっちりメイクした格好じゃないけれど、
(はまさんは美人だ、確かに年はちょっと上だけど、街で見たら振り返ると思う)
今の油断しきった姿もそれはそれで可愛いと僕は思う。
はまさんは帰ってくるとすぐにメークを落としてグレイのスウェット上下に着替える。
その素早さと変わりようと言ったら手品師も真っ青だ。

酔ってるとは言え「好き」と言われて少し胸がドキドキした。嬉しい。
もちろん、男性として見られてるわけじゃないんだろうけど、それでも嬉しいんだからしょうがない。
実に単純なワタクシ。
「ええと……使えそうなのは……ネギと卵と…納豆、か」
冷蔵庫はいつもどおり寂しかった。
この三つでできるものを脳内検索にかける。
チキチキチキ、チーン。旧式のCPU。
「ネギマヨネーズ焼きと納豆オムレツ……ならできるけど、それでいいかな」
「うん!隆くんのネギ焼き好きー!」


フライパンでごま油を熱する、そこに3〜4a程度に切ったネギを放り込み、
焦げ目がつくまで焼く。
焦げ目がついたら、醤油、酒、みりん、砂糖少々を混ぜたたれを一気に入れ、ざっと
からめて皿に盛り付ける。うえからマヨネーズを適量網目状にかければ
僕の得意料理、ネギマヨネーズ焼きの完成だ。所要時間わずか3分。
「はいお待たせ」
「わ、いいにおい……」
はまさんはキムチのびんに突っ込んであった箸を取り出すと、無遠慮に手を伸ばした。
ごま油と醤油とネギの焼かれたいい香りが渾然となってたちのぼっている。
「……うん、おいしい!まえ一回私もつくったんだけど、どうもこの味になんないのよね、なんで?」
「……秘密」
「けち」
「この味は一子相伝なの」
秘密はタレの割合とそれをかけるタイミング、あと絡めるときの手際のよさなんだけど、
それは言わなかった。
だってはまさんがこれを作れるようになったら、僕が作る必要もなくなる。

「はい、納豆オムレツお待たせえ」
納豆オムレツを作って持っていったころには、たっぷり作ったネギ焼きの半分がなくなっていた。
食欲旺盛。
「おー!うまそうじゃーん……ね、食べていい?」
「どうぞお」
「……うまーい!納豆うまいよー!隆くん、料理、上手だねえ」
「うんまあ、バイトで慣れてるからね」
「うん、料理上手で気が利いて、年も若いと来たもんだ。いいお嫁さんになれるよあんた!」
「はは、お嫁さんにはなれないけど」
こんなお婿さん、いらない?言外にそんな気持ちを出してみた。
まあ、そんな回りくどい表現、今のはまさんに通じるわけないし、
通じたら通じたで、いろいろ面倒なことも起きるだろうから、それはそれでいいんだ。


はまさんは持っていたロング缶をぐいっと煽って、トン、と音を立ててテーブルに置いた。
「隆くんも飲みなよ、まだビールあるから」
「うん、そのつもり」
立ち上がってビールを取りに行く。ついでにグラスも。
「はい、グラスも」
「あ、ありがとー。いいねー、気が利くねー」
はまさんのグラスにビールを注ぐ。黄金色の液体から泡が立つ。

「じゃあ、かんぱーい!」
はまさんのグラスにグラスを合わせる。カチン。
高い良い音が響いた。乾杯、と言ってもはまさんはもうだいぶキテいるけれど。

ぐい、久しぶりのビールは砂漠の雨みたいにのどに染み込む。
狂喜する喉。うまい。
「……っぷはぁ」
「いいねー、いい飲みっぷりだ。いやあ、若い子はいいねー!」
「なに、今日はどうしたの、こんなに飲んじゃって」
「うん?むふふ、まあー…なんだ!若い子には分かんない悩みつうのが、お姉さんには
 あるわけよお!わかる!?まだハタチだもんなあー、わっかんねえだろうなー!」
「……けっこうキテルね」
「ん?ふふ?……あー、ネギ焼きおいしー!オムレツも!あんだよ!若いのに料理上手って!
 おまえミスター味っ子かよ!」
はまさんは三村のツッコミみたいに言った。やっぱりなんかあったのだ。
「やけに年齢にこだわるね……今日、なんかあったでしょう」
「え」
はまさんが固まった。
固まったけど言いたくないわけじゃないのだ。
言いたいけどなかなか言い出しかねることがあったのだろう。それくらいは社会経験の無い
僕にだってわかる。
嫌なことがあったとき、飲み会でやけにはしゃぐことは僕にもあるからね。



「まあ……聞いても、僕には何もできないから、それを前提にね。辛い話は酒の場で
 笑い話にしちゃおうじゃあないか!」
できるだけ明るく振舞ってそう言った。はまさんは
「へへ……」
と薄く笑って黙り込んだ。

まずかったかもしれない。
ビールをすする。二口目のビールは驚くほど苦かった。

「あのね」
はまさんが口を開いた。
目を上げる。はまさんはいまにも泣き出しそうな顔をしていた。

「私の……彼氏がね」
彼氏のことは知っていた。もう何年も付き合っている彼氏だ。長い。
「うん」
予想通りといえば予想通りだが、どうやらやっぱり聞いても何の助言もできない。
仕事のことの方がまだ何か言えたかもしれない。
恋愛のことなんて、完全に専門外だ。それも大人の恋愛。
しまったと思ったが、はまさんの話はつづく。

「彼氏が……別れる、って」
話の核心がでろりんと現れた。予想よりお早い登場。
はまさんは涙を流し始めた。しゃくりあげている、酒のせいもあって感情のコントロールが
効かないんだろう。


「別れて……結婚すんだって……私より、ずっと若い、ハタチの子と」
ぐ。
それであんな絡んできたのか。
それにしても藪をつついたら大蛇が出てきた。
ずいぶん付き合ってきた彼氏が「若い女と結婚する」と言って振られた。
それがはまさんにとってどれほど辛いことか、想像できるだけに何も言えなくなった。
いや、もとから僕にはなにも言えるようなことではなかったのかもしれない。
僕にできるのは酒のつまみを作ってあげたり、はまさんにできるだけ優しくしてあげることだけだ。

「だから、ごめん……って。なんだったんだろうね、私と付き合ってる間のことは」
はまさんは隠すことなく泣き続けている。
流れる涙は柔らかな頬を伝って、あごの先から落ちる。
はまさんは鼻をすすって、スウェットの袖であごを拭った。

「うん……」
それ以外に言葉を忘れてしまったみたいに、僕はただうなづいていた。
だって彼女に何が言える?

「もう一本、飲もうか」
あまりにもいたたまれなくて、ビールを取りに行った。
はまさんは首を横に振っていたけど、見えなかった振りをして立ち上がった。
今の僕は、はまさんにかけてあげられるような言葉を持たない。
僕の人生は短すぎて、彼女に偉そうにアドバイスできるような経験は持ってないのだ。
酒に頼ろう。情けないが、それしか思い浮かばない。ほんとうに、なさけないけど。

冷蔵庫のドアを開ける。缶ビールの底がこちらを見ている。
食材はいつも少ないけど、この家の冷蔵庫からビールが切れていることはない。
左端の缶を取ろうとしたら、不意にうしろから腕が伸びてきた。

腕は首の前で組まれた。
「はまさん」

はまさんだ、背中に柔らかい重みを感じる。
「そのまま……ごめん、ちょっと泣くね」

はまさんはそう言うと、無様にも大声で泣き始めた。
背中に押し当てられた顔が、震えているのが良くわかる。
涙が染み込んで、背中が冷たい感じがした。
僕はとりあえず、冷蔵庫の扉を閉めた。
やっぱり僕には何もできなくて、ただ黙ってじっとしていた。
暗くて狭い台所に、はまさんの泣き声だけが響いていた。

はまさんはそのままで、五分間泣き続けた。
「ごめん、ありがと」
といって上げた顔の表情は、いささか晴れたようだ。
少しほっとする。

「隆くんは優しいね」
はまさんはそう言って笑った。目じりに浮かぶ小じわ。年相応。
でも、涙を浮かべたその笑顔がすごくかわいくて、愛しかった。
心臓がわしづかみにされた感じ。それも水仕事後の冷たい手で。

「はまさん……」
できる限りの優しい声を出した。つもりだったけれど、うまく言えなかった。
「僕は、はまさんが好きだよ。すごく。たしかに、28才だし、昔から変なこと
 気にするし、酒飲みだし、料理だって下手だけど、それは、違うんだ。
 はまさんのもっといいところは、いっぱいあるんだ。いつも明るいし、元気だし、
 いつも仕事、一生懸命だし……。すごく、素敵だと思う」

動揺していた。

それほど飲んだつもりはなかったんだけど、なんだろう、はまさんの涙を見て、
気が昂ぶっているのかもしれない。
はまさんもだいぶん酔ってるみたいだし、いまなら「励ましの言葉」ということにできる
と思ったからかもしれない。とにかく僕は、はまさんに僕の気持ちを告白してしまっていた。
言うつもりなんて、無かったんだけれど。

はまさんはと言えば、無表情で、酒で顔を真っ赤にしたまんま、黙って僕のほうを見ていた。
きまずい静寂。

「……って僕は思うんだけど、どうかな、元気出せそう?」
そう、励ましなんだこれは。けして愛の告白なんてものじゃない、それでないと、良くない。
だって、僕はいとこの子ってだけの関係性だし、8つも年下だし、
相手にされないのは良くわかってるから。

はまさんがようやく口を開いた。
「うん……ありがと……」
はまさんは照れたように、少し下をうつむいて両手を体の前で組んだ。
なんだろう、もっと何か言った方が良いのだろうか。
「あの」
しかし先に声を出したのは僕ではなくはまさんだった。
「私の部屋……いこ?」
急転直下。
そんな四字熟語の展開になるとは、このときは思いもよらなかった。







はまさんは、これは「お礼」なのだと言った。
励ましてくれたお礼。
だからこういうことをするのだと。

部屋に入るなりはまさんはぼくをベッドに押し倒した。
「わっ」
驚いて小さく叫び声を上げた僕の唇に、はまさんのたっぷりとした唇が押し当てられる。
「んっ……んぶっ……」
いきなりで事態が飲み込めず、すこし抵抗してしまった。
事態は飲み込めないけれど、執拗に送られてくるはまさんの唾液は何度か飲み込んだ。
はまさんの舌は僕の口の中でよく動く。僕はまだ事態が理解できずに固まっていた。
はまさんがようやく唇を離すと、互いに行きあっただろう唾液が糸を引いて消えていった。
残る濃厚な味と余韻。

「は、はまさん……?」
たった今まではまさんの唇が乗っけられていた僕の唇には、はまさんの感触ばかりが残っていて
上手く喋ることができない。
「隆くんが、あんなこというから……」
その先は言わなかった。
その代わりに体を覆いかぶせてきた。

やわらかい。
熱い息が耳にかかる。いや、意識的にかけられてるのだ。

「…………――。」
「え?」
はまさんが何か耳元で言ったけど、声が小さすぎて聞き取れなかった。

はまさんは口を近づけてもう一度言う。
「――欲情しちゃった」
ぶ。
今度は聞き取れた。
はまさんらしいセリフ。実に直接的な表現。男らしい。
そんなことを考えている余裕は無いはずだけど、心臓のペースが速くなればなるほど
頭は変にさめていって――いや、興奮しているからこそ、変なことを考えてしまうのかもしれない。

「あひゃ」
急にはまさんの舌が耳に滑り込んできた。
そんなとこ他人に舐められるのなんて、もちろん初めてだ。
きたなくないだろうか、毎日風呂上りに綿棒で耳掃除はしているけど。
「ちょっと、はまさん、せめてお風呂に入ってから……!」
女の子みたいなセリフをはいてしまった。それもベタな。
もちろん今のはまさんがそんなことを聞いてくれるはずがない。

諦めてはまさんを受け入れよう。
こんな状況を望んでいなかったわけじゃあ決してないんだから。
両手をはまさんの背中に回す。小さな背中。
はまさんは小さい人ではないけれど、女性の背中は思う以上に小さいものだと知った。
たしかに、何度か想像したような場面ではあるけれど(何のためにかは聞かないでほしい)
こんな風にそれが訪れるなんて、思いもよらなかった。


はまさんの舌は無遠慮によく動きまわる。表も裏も、側面も、まんべんなくぺろぺろ。
う、きもちいい。なんだこれ。
舌の感触もそうだけど、熱のこもったはまさんの呼吸がよく聞こえる。
えろい。

反応した。当然の帰結ともいえる。
なにが、とは言わないけれど。
どうやら耳が僕の性感帯らしい。
いや、自分の好きな女性に馬乗りにされていれば、何をされようがそれはそうなるか。

「…………へっへー…」
はまさんは自分の体の下から、固いものが脈打ち始めたのを確かに感じたようで、
唇の端をつりあげて、にやっと笑った。

「どうしたの、隆くん……ここ、こんなにしちゃって」
「な、は、はまさんがっ……」
「……え、へへー」
はまさんはそう言って小さな前歯を覗かせた。暗闇に浮かぶエナメル質の白。
きれいな歯並び。
でもそれは歯列矯正のおかげだということも僕は知っている。
もう十年以上前の話だけど。
歯列矯正の器具をつけている中学生のはまさんの記憶も、はるか彼方、かすかにある。
はまさんはまた唇を重ねた。今度はすぐに離したけど。


はまさんは僕のベルトを外しにかかった。
「わ、ちょ、ちょっと……!はまさん!?」
抗議の声を上げる間に、ベルトは外され、ズボンから抜き取られる。
ジーンズのボタンを外し、ずり下げる。トランクスも一緒に。
先ほど耳を蹂躙したはまさんの舌が、今度は僕の息子に侵攻しようとしていた。

「う」
ぺちゃっとしたはまさんの口内の感触に、間抜けな声が出てしまった。
違う、僕が言ったんじゃない。息子がそう言わせたのだ。
予告なくはまさんの頭が上下し始めた。黒髪がそれにあわせて揺れる。
はまさんの口は息子の頭を完全に包み込み、そこから下を右手で握っている。
もちろん口と一緒で右手も上下するのだ。
冷え性気味のはまさんの冷たい手が、触覚を敏感にさせる。細い指がまとわりつく。
柔らかい口と手が動くたびに、背筋を快感が立ち上っていく。
ぴちゃ……ぺちゃ……ぴちゃ……
初めて聞くような卑猥な水音と、はまさんの喉の音が、暗い室内でよく聞こえた。
はまさんが僕のモノを咥え込んでいる。そう意識したら、急に快感の度合いが増した。
「はまさん、出るッ……!!」
快感が突き抜ける。人生史上最高の射精。




僕は急いではまさんの顔をひきはがした。が、
間に合わずに、精液がはまさんの顔にたっぷりとかかってしまった。
大塚愛のCDジャケットを思い出した。あれは赤色だったけどこれは白い。
そうか、あれはそういう意味が隠れた写真だったのかと気付いた。
「あ、う、ごめん」
「うん、大丈夫……いっぱいでたねー、さては、溜まってたな?」
「……はい」
はまさんは顔をティッシュで拭きながら言った。
服にはつかなかったようだ、それはよかった。

「というか、恥じらいというものはないのか」
「なにが」
「きゅ、急にこんなことしたり、溜まってた?だとか」
「……28才ですもの」
はまさんはそうおどけて言うと、スウェットを上下とも脱いだ。
電気もつけてないくらい室内で、まぶしいほどに白い肌がうかびあがる。
きれいだ。
お世辞抜きでそう思った。

さすが大人の女性というような、黒い、レースのついたブラと、それにおそろいのショーツだ。
見覚えのあるショーツだ、そうだ。
以前、洗濯機の中にこのショーツだけ取り残されていたことがあった。
男兄弟で育った僕はこういうときどうしたら良いかわからなくなる。
とりあえずそのときは見てみなかったフリをしてふたを閉じた。
はまさんの罠の可能性もある、そう思ったからだ。
本音を言えばすぐに手にとっていろいろと試したかった。
自分でもたまに自分は変態じゃないだろうかと思う。
でもそんなことしたくなるのも、それがはまさんのだからだ、と思う。きっと。

「ぬがせて」
はまさんは唐突にそう言った。
慌てる。
はまさんの顔を見ると、にこぉっと笑った、どうやら僕の慌てる様子を楽しんでいるようだ。
なにくそ、僕だって男だ、そこまで馬鹿にされると奮い立つものがなくもない。
覚悟をきめて手を伸ばす。

ぴく。
胸に触れた瞬間、はまさんの体が震えた。柔らかい。
どうして女の人ってこんなに柔らかいんだろう。
肌も、指も、体も、女の人は全部が全部柔らかい。
筋肉までもがしなやかなのだ。

でもその男女の体の差が持つ魅力はきっとはまさんも感じていることなんだろう。
セックスって言うのは、その差異の確認行為でもあるんだ。快感を伴う。

壊れそうな仕組みのホックを不器用に外す。
ぷるん。
束縛からとかれる感じは確かに伝わる。
はまさんが腕を抜くと、控えめな大きさの胸があらわになる。
「あんまり、みないでよ……恥ずかしいから」
そういって少し手で隠すようにした。
「あは、あはは」
実のない笑いでごまかす。たぶん今すごい顔で見てたと思う。本性丸出しの。

僕だってハタチの男だから、昨今の巨乳ブームは嫌いじゃない。
おっきいことは良いことだ。
でも、好きになってしまった人の胸が大きかろうが小さかろうが、それはもう関係ない、
手遅れだ。もう好きになってしまっているんだもの。

「きれいだよ」といいたかったけど、歯が浮いて飛んでいきそうなのでやめた。
もともと口は上手い方じゃないのだ。白い両乳を前にしてそんなセリフ言えるか。
かわりに黙って右の乳首をくわえる。
舌先に感触。
目を瞑って舌先に神経を集中させる。転がす。
「んっ」
はまさんがくぐもった声を上げた。調子に乗って舌の動きを加速させる。
舌、と一口に言ってもいろいろな部位があるもので、それらを駆使してみることにした。
つんつん、乳首をつついてみる。乳首独特の弾力が返ってくる。
ぞりぞり、味蕾の集まった舌の表面で大きく舐めあげる。汗の味がする。
ぺろぺろ、乳輪をなぞるようになめると、舌の裏や側面の滑らかな場所が乳首に当たった。
「んん……っはあ……」
はまさんの息に熱がこもる。
「ねえ……」
下も、とはまさんは促した。そうだ、楽しくて忘れてた。


洗濯機の中で一度見たショーツに手を伸ばす。
よく見ると、その、大事な部分に花の刺繍がしてある。かわいい。
「……秘密の花園?」
「ばか」
はまさんは僕の冗談にいつもそうやって笑ってくれる。
その少しはにかんだような笑顔がすごくかわいくて、好きなんだ。
上目に見ると胸の間からはまさんの顔が見えた。絶景かな。

「じゃあ、とるよ」
「ん……」
ショーツをゆっくり脱がせると、むわっとした香りが広がった。
黒いレースのついたショーツは細い足首を通り、脱ぎ捨てられる。
いや、僕がやってるんだけど。

これではまさんは一糸まとわぬ姿になったわけだ。
上から下まで眺める。
「やだ、もう私、おばさんだもん」
「そんなこと……」
はまさんは自分をおばさんだというけれど、そんなこと僕は思わない。
たしかに、胸もおしりも肌も、若いときの張りは失われているのかもしれないけど、
でもその分はまさんの柔らかさが堪能できるから、好きだ。

そっとはまさんの股間に手を伸ばす。
「んっ」
湿っている。指に絡まりついてくる陰毛。
指で何回かはまさんのをなぞった。じわ、じわじわじわ、と開いていくようだ。
がば。
頭を股間に押し付けて、一度にはまさんのを舐めあげる。
「ひゃあっん」
素敵な反応。
唾液を塗りつけるように、しつこく舐め続ける。
上下に上下に、何度も。
はまさんはそのたびに体を震わせ、悶えている。
柔らかい太ももをさすって、感触と反応を楽しむ。
優しくさする感触は、鳥肌が立つような快感があるみたいで、はまさんがぞくぞくと震えるのがわかる。

丸いおしりをがっしり握り、おもいきり顔を左右に振る。
上下に動くのは速くできないから、方向を変えてみた。
「んんんっ……あっ……んんっ……」

効果はあるようで、ぴくぴくとはまさんの背が震えるのがよく伝わってくる。
はまさんがきもちいいなら僕も嬉しい。
どんどん続ける。
「あああっだめぇ、隆くんん……!」
びくん、と、はまさんの体が震えた。
「……んっ!……はああ、ゃぁあ、あああ……」
はまさんが息をついた。けどそれがどういうことなのかいまいちわからなかったので、
僕はまだ舐め続けていた。できるだけ速く。
「ちょ、んんん!りゅ、う、くんっ……!もうっ……!!」
はまさんの声も耳に入らない。それほど集中していた。

「りゅ、うくんっ……んんっ!あ、ああああんんんああああああああっ!」
またはまさんの体が震えた。今度はさっきのより大きい。
粘度の高い汁が、口の中に入ってきた。頑張って飲み込む。
味わうものじゃないけど、そうしたかったから飲み込んだ。
「んんんっ……っはぁああ……」
はまさんのため息。腕を額に当てて肩で呼吸をしている。



「……もう、驚くじゃない」
はまさんは息を落ち着けて、なんとかそう言った。
僕は僕にできることを一生懸命するだけだ。
それではまさんが気持ちよくなってくれるなら、嬉しい。

「わ、さっきあんなにだしたのに、すごい元気いいね」
一瞬何のことを言っているのかわからなかったけど、はまさんの視線が僕の下半身をばっちり
捕らえていたので、何のことか分かった。
そう、元気いいのだ。若さ。

「若いねー」
はまさんは彼氏を思い出しているのか、そんなことを言った。
「おなかも……すごいね、筋肉」
「いや、部活やめてもう筋肉しぼんじゃってしぼんじゃって」
はまさんは僕のおなかを見て目を見張った。
僕のおなかはブルース・リーが3年食っちゃ寝食っちゃ寝したくらいの割れ具合。
いちおう六つの田んぼが数えられる。角度によっては。
このセリフだけで高校三年間つらい練習に耐えたかいがあった。
本気でそう思った。
いっしょに甲子園を目指したやつらはなんて言うか知らないけど。
高校球児並みの筋肉はもうないけど、元高校球児並みの筋肉ならかろうじてある。
ジム、通おうかな、維持するために。
「んふふ、いいねー」
はまさんはそういうと僕のおなかに手を当てて、一緒に体重もかけてきた。
「わ」
後ろに押し倒された。
はまさんの胸が僕の胸に当たる。良い感触。
「……隆くん」
はまさんは僕の名前だけ呼んで、自分で挿入して行った。
「あふ」
えもいわれぬ快感。
ぬるっとしていて、あたたかい。
「んんっ……ふうぅっ……うう」
「はまさん」
下からはまさんを見上げる。表情は読み取れない。
「へへへ……動く、ね」
きっといつもの、少しはにかんだような最高の笑顔を浮かべている。
暗くてもわかる。だって大好きだもの。


上になったはまさんは最初は控えめに、どんどん大きく動き出した。
「んっ……んんっ……」
はまさんが動くたびに切なげな声が喉を鳴らす。
控えめな胸も動きに合わせて揺れる。
そしてもちろん、動くたびに、はまさんに包まれている僕のものが一番の快感を受ける。

聴覚、視覚、触覚。
鼻を鳴らせば、はまさんの、女のにおいをありありと感じられる。
嗅覚。
体全体が快感に包まれたような、不思議な感覚。

はまさんは僕の体をまたぎ、スクワットのように動き始めた。
「はあんんっ……はあっ……ああ……」
動きの激しさと快感で、はまさんの呼吸も荒くなってきた。
その呼吸のひとつひとつがすごくいろっぽい。
むくり。
起き上がってはまさんの体を支える。
対面座位、というんだっけ。
汗に濡れたはまさんのうなじをなめる。味覚。
「はあんっ」
はまさんは快感を隠すことはない。体全体で正直に喘ぐ。
「はまさん……」
正面からはまさんの目を見た。
すこし半目の、とろけそうな瞳。呼吸に合わせて弾む唇。
「好きだよ」
それが僕の、今思っている一番の気持ちだった。
僕はすごくはまさんが好きだ。
「……ありがと」
少しのあとに、はまさんはそう言った。
照れたような笑顔。八つ年上なのに、どうしてこの人はこんなに可愛く笑えるんだろう。
嬉しくて、今度は僕が押し倒した。
どさ。
はまさんの足が僕の腰のあたりを挟んだ。


はまさんに思い切り腰を打ちつける。
「ああっ、んんんっ……激し、いぃ、ね……ぇっ」
はまさんは何か言ったが、とても答えるような余裕はなかった。
ひょっとしてはまさんにも余裕はなかったのかもしれないけど。

「りゅ、うくんっ……!すごいっ…………!!」
「はまさんっ……!はまさんっ……!!」
ピストンを更に速める。はまさんの喘ぎ声も同じペースで速まる。
思い切り腰を打ちつけるたびにはまさんの体は波打って、快感を表している。
きもちいい。
好きな人と好きなことを全力でやっているんだから、当然のことだ。
一番奥で出すのが一番きもちよさそうだから、その通りにやったら、
はまさんはその日一番長い叫びを上げて、どうやら僕と一緒に果てた。





「……なかで、出しちゃったでしょう」
「ごめん」
うつぶせのままで答えた。
「もう……どうなっても、知らないよ」
「うん、いいよ」
「いいよ、って?」
「できちゃえば、いいと思った。だってそうでもなけりゃ、はまさんと僕……」
もうこんなふうにはならないだろう?
今日のははまさんの酔いが過ぎた上の蛮行だ。本気で僕のことを好いてくれてるわけじゃない。
それくらいの空気は読める。
「そんなこと、ないよ」
「え」

「……もう、次は、ちゃんとつけてしようね」
「それ、って……」
「ううん、若い子にカレシとられたはらいせに、若い子と付き合っちゃうのも、いいかな、なんてね」
「……ほんとに?」
「隆くんはわからないかもしれないけど、私的にはその割れた腹筋とか、ポイント高いんだよね」
やっぱりジムに通おう。
維持しなければ。意地でも。

「それに……」
「それに?」
はまさんは僕の息子に手を伸ばしながら、
「やっぱ、若い子はええのう!もうこんなにしてるじゃないかぁ!」
笑った。
えろい。
「はまさん、えろいよ」
「……28ですもの」
そういうものだろうか。
なんにしろ、とりあえず今夜はもう1ラウンド――――


結局、その日はあと3ラウンドあった。
僕もはまさんもへろへろ。
はまさんは3ラウンド終えると、ようやく満足したように眠った。
その寝顔を見て、僕も満足して、寝た。
はまさん、好きだよ――そう呟くと、眠ったはまさんの唇の端が持ち上がった。様な気がした。
はまさんと僕の関係性は大きく形を変えたけれど、どうやらよりよい形で続くことになりそうだ――――