白い雪のちらつく凍えるような夜空の下を、ブレザーの上にウールのコートを着込み、寒そうにマフラーの中に首を縮めて、少年は早足に歩いていた。

 足を進めるたびにがさがさ鳴るスーパーの袋を肩越しに提げ、向かうのは彼の自宅ではなく、そこから少し離れた幼馴染の家。白い息を吐き出しながら、門の前にたどり着くと、空いている手でインターホンのボタンを押す。押す。押す。

『はーい、百瀬[ももせ]でーす』
「ああ、俺。寒いから早く開けてくれよ」
『あ、陽ちゃん、待ってたよ! 今すぐ行くから!』

 3回も鳴らしてようやく返ってきた返事に、変声途中の微妙な高さの声で短く返すと、彼――陽太[ようた]は、言葉のとおり、寒そうに靴を鳴らしながら、扉が開くのを待った。

「お待た――ひゃっ」

 一度は開きかけた扉が、悲鳴とともにぱたんと閉じる。続いて聞こえたのは、遠ざかっていくスリッパの足音。そして数十秒の後、もう一度扉が開くと、丸い眼鏡の女性が顔を出した。眉を寄せたあきれ顔で、陽太が言う。

「寒いって言ったろ、ひそか姉[ねえ]」
「あはは、ちょっと甘く見てたよ。ごめんね、こんな中で待たせちゃって」

 一度戻って取ってきたのか、薄めの上着の上に着込んだピンクの綿入れの前をかき合わせながら、少し恥ずかしげに笑って、ひそかはそう答えた。サンダルを鳴らして門の前までやってきた彼女がかがみこんで鍵を開けると、きいい、と、かすかにきしみをあげるそれを開け、陽太は敷地の中へと足を踏み入れる。

「あ、陽ちゃん。荷物持とうか」
「いいよ、すぐそこまでだし。それよりひそか姉、インターホンで名前名乗るのいいかげんやめろよな。馬鹿みたいに聞こえるから」
「う……。電話機でとってるから、ついやっちゃうんだよね……」

 ふたり並んで玄関をくぐりながら、ひそかはしゅんと肩をすくめた。


− 冬の雪の夜、ひそかと陽太 −


 百瀬ひそかは、才女だった。
 地元で一番の進学校を出て、日本で一番の大学へ行き、彼女が言うには、その分野では世界で一番の大学院の研究室に所属している。授業でつまづいたときや考査前、宿題が解けないときなども、陽太は何度も彼女のお世話になっていた。

 そして、百瀬ひそかは、美人だった。
 柔和な顔立ち、優しげな瞳、艶やかな髪、たっぷりとした胸元、きれいな腰のライン。ひとりの夜のベッドの中でも、陽太は何度も彼女のお世話になっていた。

 しかし。百瀬ひそかは、生活力には欠けていた。
 洗濯はできてもアイロンはかけられない。掃除はすみずみまでいきわたらない。ミシンなど触ったこともない。もちろん炊事もほぼからきしなので、台所では、彼女のほうが何度も陽太のお世話になっていた。

 そして今日も、陽太がここへ来たのは、その台所での世話のためだった。彼の作った料理をふたりで平らげたあと、また彼はブレザーの上から緑のエプロンを身につけ皿を洗う。それが終わるまで、食堂のテーブルの上に上半身を伸ばし、彼の背中を見ながら、幸せそうな顔でひそかが食休みする、いつもの光景。

「はー。やっぱり陽ちゃんのごはんは最高だねー」
「どーも。ま、お世話になってるし、これぐらいはな」
「いつも助かってるよー。ひとりでコンビニとか出前って寂しいし高いし栄養も偏るしねー」

 言いながら、よいしょ、と、ひそかが体を起こしたその瞬間、まばゆい白光が彼女の背後から部屋を満たした。何事かと振り向いたのと同時に、耳をつんざく轟音が響き渡り、部屋の明かりがふっと消えた。

「きゃああああっ!?」
「停電!?」

 洗っていた皿を持ったままで、陽太はひそかの方を振り向いた。が、明かりに慣れた目には、すぐ目の前にあるはずの食卓すら映らない。

「ひそか姉! 大丈夫か!?」
「だ、大丈夫ー……。ちょっと耳がきーんってするだけ……」

 必死に闇の中で目を凝らす陽太。やがて薄い光にも目が慣れてくると、食卓の向こうでうずくまっているひそかの姿が、彼の目に映った。シンクに皿を置いて側に駆け寄ると、同じようにしゃがみこんで、陽太はひそかの顔をのぞきこむ。

「びっくりしたー……。すごい近くに落ちたよね」
「ああ。……電気、点かないな。ひそか姉、懐中電灯とかあるか?」
「そんなの急に言われたって……ひゃっ!?」

 不意に鳴り響く電子音に、ひそかはまた驚いて首をすくめた。その目の前で、陽太はごそごそとポケットから携帯を取り出すと、ぱちんとそれを開く。

「あ、親父だ。……はい。うん。……そうなんだ。わかった。こっちは大丈夫。そっちも気をつけて。じゃ」
「石動のおじさん?」
「うん。停電で電車が止まったから今日は帰れなさそうだって」
「そっか……大変だね」

 ぺたんと床に座り込んだまま、そう言って振り向いたひそかの目が、窓の外の景色を見て丸く見開かれた。勢いよく立ち上がって、窓に駆け寄る彼女を視線で追った陽太も、彼女と同じものを見ると眉を雲らせる。

「すごいね……」

 窓の外には、大粒の雪が舞っていた。まだ降り始めたばかりなのか、うっすら地面が白い程度だったが、このまま降り続けば、朝方には町中が景色が真っ白になっているだろうことを思わせるその勢いに、ひそかは感心したように言った。ごろごろとまだ唸っている空には重そうな雲に覆われ、そう簡単には晴れそうにない。ぎゅっと眉を寄せたまま、陽太はひそかの隣に立ち、同じように窓の外を見て呟く。

「きっついな。帰るのが」
「うん。街灯も消えちゃってほとんど真っ暗だし、危ないよ。無理しないほうがいいと思う」

 そう言って彼のほうを見たひそかの顔を、ぎょっとしたように見る陽太。だが、彼はすぐに顔をもう一度窓のほうに向けると、動揺したように視線をさまよわせ、早口に答える。

「む、無理するなってなんだよ。帰らないわけにいかないだろ」
「でも危ないし、おじさん帰ってこないんだったら、泊まってったほうがたぶんいいよ。その、陽ちゃんが嫌なんだったら――きゃっ!」

 また視界を満たすまばゆい光と轟音に、ひそかは小さく悲鳴を上げて、そばにいる陽太のエプロンにしがみつく。突然の行動に彼は驚いたが、まさかその手を払いのけるわけにもいかず、だからと言って抱きしめる度胸もなかった。きつく目を閉じている彼女の顔を見つめて胸を高鳴らせながら、ただ硬直する陽太。
 やがて恐る恐る目を開けると、ひそかは少し涙目になって言った。

「うう、ごめんね。本当はちょっと心細いんだよ。電気はつかないし、雷も雪もすごいし。ねえ、陽ちゃんお願い、帰らないで。電気つくまででもいいから……」

 しわが寄るほどに彼のエプロンを握り締めて、額が触れそうな距離でひそかは訴える。内心の昂ぶりを隠すように、少し背をそらせながら、陽太はぼそぼそと彼女に答えた。

「わ、わかったから落ち着けよ、ひそか姉。一緒にいるからさ」
「本当? よかった……。あ、じゃ、じゃあ私の部屋いこうか。ここ、ちょっと寒いし。ね」
「あ、ああ」

 エプロンを脱ぎ、陽太はひそかに半ば押されるように食堂を出る。ゆっくりと階段を登り、彼女の部屋のドアを開けると、ふわ、と、鼻をくすぐる甘い匂い。どきん、と、また鼓動が跳ねて、思わず彼が足を止めると、その背中にひそかがぶつかった。背中に当たる柔らかな感触に、跳ねた彼の鼓動がさらに高鳴る。

「わ。ど、どうしたの? 陽ちゃん」
「あ、ごめん。な、なんでもない」

 甘いひそかの匂いを含んだ、しかし冷たい空気に満たされた部屋に慌てて足を踏み入れながら、陽太は答える。そんな彼の後ろで、ぱたんとドアを閉めると、ひそかは彼の横を通り抜け、ベッドの足に取り付けたホルダーの中のリモコンを手にとってボタンを押した。しかし。

「あれ?」
「停電なんだから点かないって。頭いいのになんか抜けてるんだよな、ひそか姉」
「あ、そ、そっか。うう、ごめんね陽ちゃん。と、とりあえず座って」

 リモコンを戻してクッションをベッドの上に2つ並べると、そのひとつに腰を預け、ひそかは陽太を手招きした。誘われるまま彼女の隣に腰を下ろし、陽太は所在なげに肩をすくめる。

「……寒いね」
「冬だし。こんなに降ってるとな」
「うん……」

 そこで、ふたりの会話は途切れた。落ち着かない様子で、視線を彼女がいない方向へさまよわせる陽太と、そんな彼をちらちらと見るひそか。部屋の中には、遠ざかっていく雷の唸りと、電池で動いている時計が時を刻む音だけがしていた。が。

「さむ……」

 ふる、と、身を震わせてそう呟くと、不意にひそかが陽太の腕に肩を寄せた。突然触れた柔らかさと温かさに、びくりと身をすくませる陽太。それとは反対に、ほっとしたような表情でひそかはため息をついていた。当惑したような表情で、陽太は自分に肩を預けるひそかを見て言う。

「な、なんだよひそか姉」
「寒いんだもん……。陽ちゃんはあったかくて気持ちいいね」

 一度触れたことでためらいがなくなったのか、ひそかは陽太に脚を寄せ、腰を近づけ、ぴったりと体をくっつけて、もう一度心地よさそうにため息をついた。が、彼女が頬を彼の肩に預けようとしたその時、陽太は状況にこれ以上は状況に耐えられないと思ったのか、ベッドの上で少し身をずらし、彼女との間に隙間を空ける。

「あ。陽ちゃん……」
「そ、そんなにくっつくなよ。何考えてんだっ」
「何って、あったかいなあって。そんなに怒ることないじゃない。どうしたの?」

 言うとひそかは振り向いて毛布の端をつかみ、それを背中に羽織る。そして、
 ベッドの上を膝立ちで歩き、陽太が腰を預けているクッションの上にぺたんと座ると、今度は陽太を後ろから抱くように覆いかぶさり、包み込むように毛布の前を閉じた。

「ひ、ひそか姉っ! やめろって恥ずかしいからっ!」
「誰も見てないじゃない。このほうがあったかいんだから、いいでしょ?」
「よくないって! 俺もひそか姉も子供じゃないんだから――」
「わかってるよ、そんなの」

 陽太の言葉を遮るように、ぽつりとひそかが漏らした声は、不思議なぐらいに重かった。一瞬ぎくりとした陽太の胸の上を、ひそかの右手が滑る。ひんやりとまだ冷たいその感触が太腿の上に乗ったところで、陽太は、はっ、と我に返った。

「ひそか姉! な、何してんだよ! ちょっと一回離せって!」
「……いや。いま離したら、陽ちゃんがいなくなっちゃいそうだもん」


 ぎゅ、と、彼の胸元を抱いた手に逆に力を込め、さらにひそかは右手を陽太の脚の間へと差し入れていく。あぐらのせいで脚を閉じることもできず、そして、やはり彼女を振り払うこともできずに陽太がいるうちに、彼女の手が、ズボンの上からそっとそこに触れる。

「うあっ」
「ひゃ」

 陽太は、そのひんやり柔らかい感触に、ひそかはその熱く硬い感触に、同時に息を呑んだ。彼女に触れられるうちに、すっかり張り詰めてしまっていた陽太のそこ。力強いその脈打ちに魅せられたようにひそかはそこを手で包み撫でる。

「すごい熱いし、硬い……。どくんどくんしてる……。陽ちゃんすごい……」
「ひ、ひそか姉っ。待てって、だめだったらっ」

 逃げるように、陽太が座ったまま体を前へ倒すと、その背中にさらに乗る形になるひそか。腰を浮かせて彼におぶさるような格好で彼の肩にあごを乗せ、手でさらに積極的にごそごそと熱い昂ぶりを撫で、揉む。決して巧みではなかったが、他人に、それもひそかに触れられているというだけで、陽太は自分で触れる時と比べ物にならないほどの心地よさに、息が弾むのを抑えられなかった。

「ひそか姉、やめ……っ」
「陽ちゃん、気持ちいい……」

 ふたりの興奮が、毛布の中に熱を呼び始める。背中を丸めた陽太の上で、彼の漏らす声に、彼の脈打つ昂ぶりに心を奪われ、ひそかの手にはさらに熱が篭った。手のひらで包んで揉むの動きだったのが、指をそよがせ、軸を探り、先端を撫で、手のひら全体で軸を絞るように擦って。施された技巧に身を震わせ、背中はまだ丸めたまま、陽太は首を仰け反らせて喘ぐ。

「うぁ、まっ、ひそ、ひそか姉っ、だめ、やばいってっ」
「だから、誰も見てないってば。大丈夫……」
「ち、違うっ。そういうんじゃなくて、俺、もう……っ!」
「え? あ、ええと。……うん」

 切羽詰った陽太の声にようやく事情が飲み込めたのか、ひそかはようやく手を止めた。腰の奥から溢れ出しそうだった気配が引いていくのを感じながら、硬く強張らせていた体をゆるめ、陽太は詰めていた息を吐き出す。その背中の上で、ひそかは頬を染め、うれしそうに、恥ずかしそうに微笑んでいた。

「えへへ……」
「えへへじゃねえよ……。なんで笑ってるんだっ」
「だって。陽ちゃんのこと、私でも気持ちよくさせられるんだってわかったから。陽ちゃんも私と同じなんだね」
「お、同じって、何がだよっ」
「陽ちゃんも、私が気持ちいい触り方で触ったら――あ」

 か、と、顔を朱に染めると、隠れるように顔を陽太の背に押し付けて、毛布の中にもぐりこむひそか。その言葉の意味を理解し、その場面を思い浮かべたのか、陽太も耳まで赤く染めている。

「も、もうっ。陽ちゃんったら想像したでしょっ」
「してないって! 別に俺は――」
「うそ。ここがびくびくってしたもん。絶対そういうこと考えたよ」
「うあっ、ちょ……」

 またひそかの手が動き、びく、と、陽太が悶えた。一度引きかけた快楽の波が急速に呼び戻され、吐息を震わせながら首をそらせる彼。その背中で、ひそかは毛布の中からくすくすっと笑った。

「陽ちゃん、可愛い……。ね、覚えてる? 小さい頃、くすぐりあいっこだけは私、陽ちゃんより強かったよね」
「ひ、ひそか姉、だめだって、俺……」
「もう二人とも小さくないけど、やっぱりこういうのは、私のほうが強いのかな」

 言って、する、と、ひそかは陽太の襟元から、ブレザーの中へ手を差し入れる。ごそごそとまさぐると、その度にびく、びくっ、と、彼が震えるのが楽しいのか、それを感じる度に、ひそかは小さく笑いを漏らした。そして、すう、と、指先で脇腹を撫でられたその瞬間、そこからぞくぞくと湧き上がった感覚に陽太は息を呑み、身を硬くする。

「く、はっ!」
「わ……。ここ……そっか。陽ちゃん、ここすると、すぐ降参しちゃってたよね。……そっか。じゃ、ここも?」

 毛布の中から頭を出し、唇を尖らせ、ふぅ、と、彼の耳の後ろ辺りへひそかは息を優しく吹きかけた。見る間に、薄い明かりに照らされた彼の首筋が総毛立ち、手の中で昂ぶりがびくびくっ、と、反応を見せる。

「ひ……!」
「やっぱり。大人になると、くすぐったいところは……感じちゃうところ、に、なるんだね。えへへ、そっか。それじゃ、私……陽ちゃんの感じちゃうところ、いっぱい知ってるよ」
「ひ、ひそか、姉ぇ……」
「陽ちゃん……」

 甘く囁きながら、ひそかは手を昂ぶりの上から動かした。ほ、と、一瞬安堵の息を漏らした陽太だったが、すぐに、太腿の内側を這い回る手の動きに、またも背筋を震えが駆け下りて、腰の奥が疼き、息を跳ねさせる。丁寧な指先の動きが、彼の知らなかった感覚を掘り起こしていた。

「ひそか姉、も、もう俺……っ、許して……」
「ぶーっ、ちがいまーす。くすぐりあいっこは、負けたらどうするんだった? 陽ちゃん」
「え……? あ、ひっ!」

 胸元を撫でていたひそかの手が、陽太の乳首をシャツ越しにつまんだ。鋭い、だが甘い感覚に体を貫かれ、陽太の声が裏返る。背中の上で楽しそうに笑って、もう一度ひそかが彼の肩に顎を乗せると、目の前に見えるのは赤くなった彼の耳。胸元に添えていた手を彼の頬に触れさせると、わあ、と、声を漏らして。

「陽ちゃん、ほっぺたもすごく熱くなってる。……興奮してるんだ。ね、ここも気持ちいいかな? こういうことしてる本、見たことあるんだけど……」
「ひそか姉……っ! お、俺もう、降――むっ」

 耳に舌を伸ばそうとしていたひそかの耳に届いた、陽太の声。今よりもずっと小さい頃に決めた遊びのルール。負けたら降参と言って、それでおしまい。だが、それを言い終えるより早く、ひそかは、ぐい、と、彼の頬を引き寄せると、その唇を自分の唇でふさいだ。内腿と昂ぶりを指先でくすぐり撫でながら、数秒ほど口付けを続けてそれを離すひそか。

「ぷぁ……。ふふ、昔、陽ちゃんもこういう意地悪したよね。降参って言おうとした私の口ふさいで。あの時は苦しかったなあ……」
「ご、ごめん。だから、もう……」
「あは、大丈夫、怒ってないよ。懐かしかっただけ」

 言って、またひそかは柔らかな胸を彼の背中に押し付けながら舌を伸ばすと、今度こそ耳へとそれを伸ばした。舌先に神経を集中させ、ぴと、と、それを彼の耳に触れさせて、ゆっくりとその輪郭をなぞっていく。

「ん……ん……ん……」
「あ、ああ、あああっ! うあ、あっ!」

 耳から頭の芯へ流し込まれるようなぞくぞくとした快楽に、陽太が激しく喘ぐ。女性が自分に施すような柔らかい優しい愛撫に、限界の一歩手前で留め置かれた昂ぶりが、下着の中で何度も跳ねた。ひそかがいなければ、とっくに自分の手でしごいて果てていてもおかしくない生殺しのまま、だが、わずかに残った理性がそれを拒んでいる。

「ひそか、ひそか姉っ、俺、俺もうっ、たのむ、たのむから……っ!」
「だから、陽ちゃん。負けたときは降参、でしょ?」
「そ、そうじゃなくて、俺……っ!」
「ひゃ!?」

 ついに耐え切れなくなった陽太が、ひそかの手をとってそれを自分の昂ぶりの上にぎゅっと押し付ける。びくん、びくん、と、先ほどよりも強く脈打っているそれに一瞬驚いたような声をあげたひそかだったが、やがて理解したのか、ごそ、と、そこを探って小さく笑う。

「そっか。男の子もイけないと苦しいんだ。ごめんね陽ちゃん……」
「ひ、ひそか姉ぇ……」
「うん。じゃ、終わりにしよう」
「そ、そんな……っ!」

 明らかに狼狽する陽太。ぎりぎりまで引き絞られた性感は、ただひと撫ででも弾けてしまいそうな程なのに。こんなに追い詰められて、ここで終わりだなんてひどすぎる。そう思った彼の勃起の上を、じじっ、と、言う感触が撫でた。

「うあっ!?」
「あれ。イかせちゃわないほうがいい? もっと撫でててほしいの?」

 指先に触れたジッパーの金具を慎重に引きおろしたところで、ひそかは陽太にそう訊ねた。その声は、笑い混じり。慌ててぶんぶんと陽太が首を横に振ると、くす、と、彼女がまた笑った。

「うん、そうだよね。じゃ、するよ……」

 言いながら、ごそごそと指先をそこへ差し入れるひそかだったが、ジッパーの奥から引っ張り出すには、彼の昂ぶりは張り詰めすぎていた。ジッパーを開けてそれを引き出すことに慣れていないこともあり、その指は昂ぶりに絡みついて、中途半端にしごくような動きをするばかりで、なかなか目的を達せられない。

「うう……っ!」
「ご、ごめん陽ちゃん。ちょっと、体、起こして……」

 ぐい、と、上半身をひそかが引くと、陽太は体を起こすのと同時に、ベルトを両手で緩め、ズボンのホックを外した。する、と、ゆるんだそこに入り込む手。あ、と、ひそかは声を上げると、彼の昂ぶりをそっと握る。

「うわ、すご……きゃっ!?」
「あ、う、ううっ!!」

 その途端、どくんっ、と、これまでにない力強さでしゃくりあげた昂ぶりに、ひそかは小さく悲鳴を上げた。薄い夜の明かりの中に、きら、と、何かの飛沫が光る。

「あれ……?」

 しかし、それだけだった。激しく脈打ってはいるが、それ以上、陽太の勃起は何も吐き出さない。不思議そうな声を上げて、熱い何かを浴びた指先を、自分と彼の目の前へ持ってくるひそか。

「ひ、ひそか姉っ、そんなの見ないでくれよ……っ!」
「でも……。あ、そうか。アレだね。えーっと、先走り? こうするんだよね、確かこれは……」

 きらきらと透明に光るその粘液。ネットや漫画で得た知識をもとに、ひそかがとった行動は、それをもう一度彼の昂ぶりの丸い先端に塗りつけることだった。柔らかく熱い手が、ぬらぁ、と、敏感な先端に絡みつき、陽太は腰が抜けそうな快楽に喘ぐ。

「あぅあっ、あ、う、う、うっ!」
「すごい。これ気持ちいいの? 陽ちゃん……」

 昂ぶりだけでなく、全身を痙攣させる陽太の様子に驚きと、悦びと、興奮とが混じった声でそう訊ねると、ぬるぬると、手のひら全体でそこを撫でるひそか。とろとろと先走りを零しながら、陽太は先ほどまで限界だと思っていた所から、さらにぎりぎりの限界へと追い上げられていた。

「不思議な感触……面白い。あは、陽ちゃんったら、そんなに気持ちいいんだ。ね、自分でするより気持ちいい?」
「あぅ、う、うん、うん……っ!」
「わあ……うれしいな。それじゃ陽ちゃん、今度来てくれた時も、またするね。陽ちゃんが気持ちよくなってくれるの、うれしいから……」
「あぁ、あぁあ、ひそ、ひそか姉っ! わかった、わかったからもっと、もっと、頼むよっ、もっと、強く……っ!」

 ギリギリ。意図した結果ではなかったが、ひそかの手の動きは、陽太のそれを本当にぎりぎりの所に留め置いていた。弾けない、弾けられない、苦しいぐらい強烈な、腰の奥がどろどろにとろけてしまいそうな快楽。呼吸をひきつらせて、陽太は必死に訴えるが、ひそかは心配げに眉を寄せて答える。

「でも、陽ちゃん。そんなにしたら、私痛いよ……?」
「俺、おれは、おれは大丈夫だからっ、だからあっ!」
「……こう?」
「は、ひいっ!!」

 きゅう、と、少し強めに、ひそかは先端のくびれを握りこむと、ドアのノブをひねるようにそこをぬるりと擦った。びくんっ、と、陽太の腰が跳ね、そして、また彼女の手の中で大きく力強く、昂ぶりがしゃくりあげる。

「うあっ、うああっ、あう、あぅあ、ううっ、うううっ、ううううっ!!」

 びゅうっ、と、淡い星の光の中を、白い何かが駆けた。初めて見るその光景に心を奪われたように、手を動かし続けるひそか。敏感この上ない射精中の先端をぬるぬると弄ばれて、陽太の頭の中が快楽に塗りつぶされていく。

「っ、っ! ……っ!!」

 二度、三度、四度。ほとばしる精は、びちゃ、びちゃっ、と、音をさせて床に、机に、そして入り口のドアにまで降りかかっていた。射精しているというよりも、ひそかの手で精液を引き抜かれているような錯覚に陥るほどの強烈な快感。声もなく痙攣する陽太に、ひそかが心配げに問う。

「よ、陽ちゃん、大丈夫?」
「あ、う……」

 やがて放出が収まると、陽太の体からふっと力が抜けた。突然のことに悲鳴を上げる暇もなく、ベッドにもろともに倒れこむふたり。はぁはぁと激しい呼吸を繰り返す彼の下から這い出すと、ひそかは慌てて彼の顔を覗き込む。

「陽ちゃ……あ」

 ひそかの目に映ったのは、切なげな、だが幸せそうな、そして苦しげな陽太の顔だった。ほうっ、と、安堵したような息をつき、彼女は綺麗なほうの手で彼の額を撫でると、ふうっと笑って言う。

「よかった。気持ちよかっただけだね。……えへへ。ね、陽ちゃん、大好きだよ。いままでも、これからもずっと。ずっと私と一緒にいてね」

 荒い呼吸と、時計の音だけが聞こえる寝室でそう囁くと、ひそかは体を伏せて、陽太に浅く、だが甘く口付ける。いつの間にか雷の音は聞こえなくなって、雪は薄明かりに輝いて、ふたりの横顔を照らしていた。