「……ふむ」
その呟きは、ごくごく事務的なものだった。
冷静で、正確極まりない。例えるなら、バストゥークやサンドリアの役人が見本通りに書き上げられた定型書類を前にした時のような、一言。
だが、ここはバストゥークの役所でも、ましてやサンドリアの王城でもなかった。
鬱蒼と茂るジャグナーの大森林。
目の前にいるのは役人でも苦情を申し立てに来た住民でもなく、凶暴性をむき出しにした巨大な虎。剣虎の異名の元となる長大な牙で相手を噛みつき、切り裂こうと襲いかかってくる。
「ちょっとゴイル、平気!?」
猫耳の少女の慌てた声に、小山のような『そいつ』は悠然と答えた。
「……無論だ」
新米冒険者なら一撃であの世送りにしてしまう猛獣の一撃を食らったというのに、平然としている『そいつ』。慣れない冒険者であれば、そこらをうろつく獣人と見間違えてしまいそうな、巨大な姿。
「ケアルは後で構わん」
構えた腕は鋭い牙の直撃を受け、ダラダラと血が滴っている。
言い換えれば、ただそれだけのダメージしか受けていない。
「続け。MBも忘れるなよ」
「え、あ、ちょっと!」
言葉に遮ったのは耳をつんざく打撃音。
艶のある漆黒の毛皮が、甲冑の強度を保つ骨が、破城槌のような豪腕に打ち抜かれる音。
「ああもうっ」
娘は呪文詠唱を止めて舌打ち一つ。拳に砕かれ無防備になった腹を狙い、構えていた片手剣をひるがえす。

「バーニングブレード!」
炎の一閃。
次の瞬間、拳の衝撃に震えていた空間が、ぐにゃりと歪んだ。
全てを吸い込むような鈍い破砕音と共に大気が燃え、溶け落ち、黒虎の居た場所を溶鉱炉のごとき灼熱の地獄へと変えていく。
その世界の中では、聞いた者の身をすくませる虎の咆吼すら灼き溶かされ、外の世界に届く事はない。
そして。
「……ファイアっ!」
溶鉱炉と化した空間へ解き放たれた魔力の炎が、断末魔の叫びを上げる虎を一瞬のうちに焼き尽くしていた。


「ったくゴイル。アンタといると、あたしの存在意義を疑うわよ」
ぱちぱちと燃える焚き火へカニの肉を放り込みながら、少女は小さくため息をついた。「久しぶりに呼びつけたかと思えば、それか」
ゴイルと呼ばれた巨大な影は静かな声でそう返す。拳ダコに覆われた大きな手で、熱くなっているはずのカニ肉を器用にひっくり返しながら。
モンクのゴイルが赤魔道士のコトと知り合ってから、もうどの位になるだろうか。新米冒険者としてロンフォを歩いていて斬りかかられて(オークと間違えたらしい)以来だから、それなりに長いはずだ。共にラテーヌで修行を積み、セルビナで生き残る術を学び、ジュノに初めて足を踏み入れたのも一緒だった。


そのコトから久方ぶりに連絡が入ったのは、修行の地をクフィムからバタリアに移して暫くしてからのこと。
『二人で丁度いい獲物がいるから、一緒に狩りに行こう』
懐かしい友人の誘いを断るはずもなく。
初めてジュノに着いた時には乗れなかったチョコボに乗ってバタリアを横断し、ジャグナーへ。
それから適度な歯ごたえの敵を狩って、日が沈んでから今に至る。
「……それからな、その格好はやめろ」
「ん?」
思い出したように言われた言葉に、コトは不思議そうに首を傾げてみせる。
「あたし、そんな変な格好してた? このLVでブラススケイルだから、そう悪いもんじゃないはずだけど……。お金無いのは、お互い様でしょ」
「戦い方云々じゃない。とりあえず、今服を着ろ」
小さな赤魔道士から視線をそらし、ゴイル。
そう。ブラススケイルを着てグラディウスを振り回していたのは昼間のこと。水浴を終えた今の彼女は、下着に短い薄手のシャツ一枚という裸同然の姿をしているのだ。
「あーなんだ。いいじゃん、別に」
だが、言われたコトは気にするでもなく、軽く伸び。肩に引かれた服の裾から形の良い乳房がちらりと見えるが、恥ずかしがるどころか気に留めた様子もない。
「いや、だから……なぁ」
言い淀むガルカをのぞき込み、ミスラの少女は「ん?」と首を傾げる。
視線を僅かに下にずらせば服の隙間から胸元がしっかり見えてしまう、そんな体勢だ。
「……コト。お前、他の男の前でもそうなのか?」

「ンなバカな」
ゴイルの逃げるような問いに少女は一笑。
「タルタルやヒュムの前でこんな格好してみなよ。『誘ってるんだろ?』ってすぐ押し倒されちゃうよ」
そこまで身持ちの軽い女じゃないよぅ、と笑いながら、程良く焼き上がったカニ肉を短剣で拾い上げる。コトが水浴に出掛けている間にゴイルが取ってきた物だ。二人分にはいささか多い気もするが、余った分は茹でて競売にでも出すのだろう。
「ゴイルは新米の頃からずっと一緒だったし、ガルカって性別無いしえっちな事もしてこないから。
……これでもアンタのこと、信頼してんだよ?」
「ふむ……」
胸元を隠す気配もない少女は、そう言って屈託無く笑う。
「訂正しておくが、別にガルカは性欲を感じないわけではないぞ?」
「にゃ……っ!?」
そのゆるんで伏していた少女の耳が、ひょこんと立った。
「恋愛感情もあるし、女性の裸を見れば、興奮だってする」
かつてはガルカの女性がいた名残だとも言われるし、ヒュム達異種族と交流を深めるうちにガルカという種族そのものの性格が変わってきたからとも言われる。真偽のほどは定かではないが、バストゥークの若いガルカで異種族の異性に興味のない者は、いないといっていい。
もちろんゴイルとて、その若いガルカの一人。
「そのカニも、頭を冷やしついでに取ってきただけだ」

「嘘だぁ。ゴイルが、あたしみたいな子供相手に……」
自慢にはならないが、少女は16という歳の割にはかなり幼く見える。胸もないし、腰も足も太い。その所為か、押し倒されるどころか未だに子供扱いされる事の方が多い。
例え酒場に入ってもあっさりと蹴り出されるか、セルビナミルクを出されてやんわりと追い返されるかのどちらかだ。
そんな自分を、大人のゴイルともあろう者が……。
「今まで私を幾つに見ていたのかは知らんが……。私はお前と同い年だぞ?」
同い年の少女が水浴をしている姿を想像すれば、興奮だってする。それを悲しいかな力によってしか発散できないのが、ガルカという種族なのだ。
「そっか……」
ふぅ、とため息をつき、少女はゆっくりと立ち上がった。
「なら、異性の前という事で、少しは慎みを持ってだな」
「よかったぁ」
ゆらゆらと座ったままの巨漢に近づき、倒れ込むようにしなだれかかる。
「……は? おい、コト!」
慌てて抱き留めたガルカの耳元で、少し熱を持った少女の唇が、静かに言葉を紡いだ。
「実はさ。今日あたし、発情期なんだ」
「……は!?」


「いつもはLSの先輩に発散してもらってたんだけどさぁ。先輩、遠出しちゃってねー」
北方の異変を確かめるため、遠くバルドニアの地に旅立ってしまった。高ランクの猛者にとっては庭先のような場所でも、ようやくジャグナーを闊歩できるようになったばかりのコトにとっては、バルドニアとて伝説の空の街に等しい場所となる。
「おい、だからって……だな。っておい!」
股間から伝わってきた感触に、ゴイルは思わず悲鳴をあげた。
コトの細い手が、マーシャルズボンの上からそっと触れているのだ。
「ガルカでも、勃つんだねぇ」
掌を押し返す力強い手応え。大きさは想像もつかないが、その辺の男とは比べ物にならない大きさなのは、予想出来る。
「ヒュムの物とは違う。ただの排泄器官だぞ」
「風情がないなぁ。もう」
いつもの無邪気な笑みとは違う、どこか艶っぽい笑みを浮かべ、コトはミスラのざらざらした舌でゴイルの浅黒い肌をそっと舐め上げた。
ふふ、という鼻に掛かった笑いも、いつもの彼女とは明らかに違っている。
「だからな……ガルカは、生殖行為は出来んのだ」
ガルカにも性別はある。だが生殖行為はしない。どこからともなく現れて、どこへともなく去っていく、そういう種族だ。
始まりと終わりは、当のガルカであるゴイルにすら記憶がない。
「でも、あたしの格好見て、ドキドキしたんでしょ?」
平たい胸を押し付け、コト。
「それは……そう……だが。だがな」

「だが、じゃないの」
コトのしゃべり方にトゲが立ち始めた。もともとは穏やかで呑気な彼女だが、時期が時期なせいか少々過敏になっているらしい。
「分かんないかなぁ。別にゴイルの子供が欲しいなんて言ってないじゃん」
「……? だが、発情期なのだろう?」
生殖行為のないガルカとて、発情期くらい書物で学んでいる。子孫を残せる準備が整い、子孫を残す行為を望む状態の事だ。
子孫を残す事を望むコトが、子孫を残せないゴイルに何を望むのか。
……理解出来なかった。
「発情期になったからって、そうそう子供なんて作らないわよ。えっちな気分になっちゃうから、それを発散したいだけなんだってば」
…………。
「そういうもの……なのか?」
「そーいうものなの」
愛おしそうにゴイルの股間を撫で、コトはくすくすと笑う。
「嫌じゃん。いくら躰が治まらないからって、その辺の知らない男に犯されるの」
くすくすと微笑むコトの言葉に、ガルカの喉がごくりと鳴った。
「その辺の男って……お前」
言葉より紡がれたイメージから、どす黒い感情が沸き上がったのを理解する。
感情よりも理性が先んずるガルカですら制御しきれない、強い強い想い。
ヒュムか、エルヴァーンか……。まさか、
「痛っ!」
気が付いた時には、コトの体より太い腕で少女を抱きしめていた。
「……あ。すまん」


「先輩は、ミスラだよ」
LSのミスラの内で発情期の周期が近かったから、お互いに発散し合うようになった仲だ。一流の冒険者として尊敬はしているし、実の姉のように慕ってもいるが、それ以上の感情はない。
「……そうか」
少しムッとした様子のゴイルを見上げ、小さなミスラは目をそらした。
「やっぱり、発情するようなコは嫌? それとも先輩とエッチしたのが良くなかった? あたしの事、嫌いに……なった?」
「いや。嫌いにはなっていない。私はコトの事が好きだ……と、理解している」
先輩の正体に、かっと頭に上っていた血が下がる。
「先輩に関しても特に問題はない。自慰行為の延長であれば、それは妥当な手段だ」
冷静に動くようになった理性が、機械的に感情を解析し始める。
「ゴイル……」
ただ、それはあまりに理想論的で……。対するコトの表情は、徐々に寂しげになっていく。
「……難しく言ってしまったが、コト。ヒュム流の感情論で言えば、こういう事になるのだろうな。
あまり、自信はないが」
その少女の様子にふぅ、と一呼吸し、理性的なガルカの青年は目を伏せた少女の頭をぽんぽんと軽く撫でる。
「コトをよがらせてるヤローの姿を想像して、そいつに嫉妬しただけだ。女同士なら、別に気にしやしねえよ」
ゴイルの言葉に、コトはぱっと顔を上げた。

森の中を、数人の冒険者が歩いていた。
「なぁ。キングアストロ、ホントにこっちに出るんだろうな?」
闇夜にも白く輝くそれは、高みに位置する事を許された騎士の証。しかしその振る舞いは、高潔というより高慢さを感じさせるもの。
「ああ。特殊な薬を撒いて感覚を狂わせれば、子分の呼びかけを勘違いしてこっち側の岸に出てくるんだとよ」
大きくふくらんだ帽子の下、狡そうな顔で笑う男がまとうのは、緑のショートベスト。魔法の合い鍵をじゃらじゃら言わせたその姿は、一流シーフの証だ。
「って事は、雑魚カニを殺らずに親玉だけイタダキってか。アンタも悪だねぇ」
「情報料と薬代、高かったんだからな。分け前はそのぶんキッチリもらうぜ?」
「ま、それもこれも、馬鹿なアストロが出て来たらの話だがな」
他の面々も、高位冒険者にのみ許される上位装備をまとっている。狩れたら、ではなく出て来たら、という辺り、相対すれば倒せる事は確信しているらしい。
「……ん?」
ふと、先頭を歩いていた狩人が足を止めた。
「どうした?」
「いや、なんかよがり声が聞こえた気がしてな」
狩人にそう言われ、他の面々も各々耳を澄ませる。人相は悪くとも腕は確かな面々だ。スニークも掛かっていない相手、簡単に音の源を特定する事が出来た。
「ジャグナーで野外プレイってか? 好き者がいるねぇ」
「オークにでも襲われてるのかもな」
へらへらと笑う一同は、再び移動を開始した。
もちろん、声の元に向かって。
NM討伐の前哨戦をこなすために。

「じゃあ……入れるよ?」
「ああ」
寝ころんだゴイルの上に、小さなコトが跨るように乗っかっていた。
コトの腰の下には、天を向いてそそりたつゴイルの分身。片手では掴みきれないそれを恐る恐る鈴口にあてがい、コトはそっと自らの秘部に触れた。
「ん…………っ」
柔らかい肉をくつろげる、くちゅり、という水音がして、少女の下の口からとろとろと粘液質の液体が溢れ出す。
ゆっくりと糸を引いて滴り落ちるコトの愛液が、ゴイルの分身を濡らしていく。
生殖器の機能を持たないガルカのものは自ら潤滑油を出す事がない。だからこうして、コトが愛液を絞っているのだ。
「コト……?」
「やだ……ゴイル。見ない……でぇ……」
「……ああ」
頬を赤らめた少女にそう言われ、ゴイルは慌てて視線をそらした。だが、視線を外しても股間に愛液を塗される感触は伝わってくる。
「ぐっ……」
柔らかい、細い手で、少女の潤滑油がゴイルのものに塗り広げられていく。
「……ッ!」
「ひゃんっ!」
太いものが数度震えてコトの手を弾き、ビクビクと暴れた。
「す……すまん」
幾度果ててもゴイルのものから精が出る事はない。そもそも、出る精がないのだから。


「ううん。……じゃ、行くね」
「ああ」
そして、コトは軽く鎮まったゴイルのものを再び取り、口に触れさせた。
触れている処から、ミスラのやや高めの体温が伝わってくる。冷たいガルカの体を焼き尽くすよ
うな、熱い、血のたぎり。
ゴイルの内の熱を知ってか知らずか、コトは自らの腰をずぶずぶと沈めていく。
「はぁ……あ……んくっ……ふとぉ……ぃっ……!」
喘ぎながらのコトの手が、分厚い筋肉の付いたゴイルの腹をぐっと握りしめる。
(コト……)
「ぁ……にゃぁ……ぁぁ……」
ゴイルの巨大なものを根本まで呑み込み、短い髪を振り乱してよがっている、幼いミスラの娘。
もともと思慕の念を抱いていた少女が硬くなった自分のものに貫かれ、淫ら極まりない姿をさらけだしている。コトの小さな秘密の場所が自分のものをくわえ込み、ぎしぎしと締め付けている。
今までコトの裸を想像した事はあった。
だが、ゴイルが夢の中ですら……思考さえした事のない光景が、目の前にはある。
「ゴイ……ルぅ……。すごい、よぉ……」
発情の真っ只中。快楽に振り回され、溺れる、無邪気な少女。
愛する青年にとってはコトの重さも、激しい締め付けも、時折立てられる爪の痛みすらも心地よく。
だが。

「く……ッ」
ゴイルは、ひたすらに耐えていた。
辺りに転がる倒木を掴み、握りしめ、ひたすらに。
果てる事に対しての恐怖や恥ずかしさではない。
「コ……ト。気持ち、いいか?」
「うん……うんっ。ゴイル、気持ちいい。気持ちいい……よぅっ!」
熱に浮かされたような笑みを浮かべるコト。小さな胸が揺れ、玉の汗を弾く。
「ねぇ……ゴイルはぁ? ゴイルは気持ちいい?」
「あ、ああ。私も、夢のようだ」
脂汗を浮かべたまま、ガルカの青年は少女の問いに穏やかな笑みで応える。
「よかったぁ」
夢のようなのは真実だ。
(ぐぅ……っ。コト……)
しかし、苦しいのもまた、事実。
コトに伸びそうになる手を必死に押さえつけ、快楽の波に押し流されないよう、必死に意識を保つ。
「あは……ぁっ……。また、太くぅ……ッ」
軽く腰を突き上げるだけで、コトは狂ったようによがり叫ぶ。
(コト……っ。私……はッ)
握りしめていた倒木が、ガルカの全霊の力を受け、メキメキと砕け散った。
意識を解き放つのは簡単な事だった。コトがくれる快楽に身を委ね、体の内に宿る獣性を解放すれば、ゴイルはいくらでも気持ちよくなれるはず。
だが、そうすれば、間違いなく目の前の小さな赤魔道士の命を奪う事になる。
それだけの力が、ガルカという種族には秘められているのだ。

「私……はッ! コト……っ」
再び、軽く腰を突き上げる。1割の力も必要ない。半割ほどの力を込めただけで、太いガルカの分身はコトの一番奥までを貫き通す。
「ああ……っ……。はあぁぁァッ! ゴイルぅぅぅぅぅっ!」
絶叫。
ぎりぎりと締め付けるコトがもたらす快楽に、目の前が真っ白になり……。
(コト……私は……お前を傷つけたくは……っ!)
最後の理性を振り絞ってゴイルはその場にあった『何か』を掴み、全ての破壊衝動をそれに叩き付けた。

「だぁぁぁぁっ!」
それを叫んだのは、一体誰だったか。
「あのクソガルカぁ! 俺様のアストロを握りつぶしやがった!!」
激昂し、紅い装備をまとった戦士が剣を引き抜く。
エルディーム古墳の奥、7つの罪を背負った骨から奪い取った秘蔵の曲刀だ。いかなガルカとて、一太刀の元に切り伏せられる事は間違いない。
「おいおい。アストロはまあ、勘弁してやれよ」
へらへらと昏い笑みを浮かべ、白い鎧を着込んだ騎士が戦士の肩を叩く。
「それより、あのミスラ」
「……だな」
騎士の言いたい事を理解したのか、戦士は曲刀を鞘へと納めた。
シーフや狩人の視線も、ガルカにまたがって嬌声を上げ続けているミスラに注がれている。快楽に溺れ、すぐ傍で倒木と陸ガニが砕かれたというのに気付いた様子もない。
「ガルカぶっ殺して、サカってるミスラとやりまくりか」
狩人が弓を引く。止まっている相手に外す気は、ない。
「鬱憤晴らしにゃ、丁……」
その瞬間、狩人の体が宙を舞った。
「なっ!」
『コトを犯した奴は、貴様か……』
地の底から響くような、声。
最果てに潜む闇に相対した以上の戦慄を感じ、戦士は一瞬動きを止める。
「な……ッ!?」
『許すまじ……』
秘蔵のグリードシミターを再び抜く間もなく、多段の打撃を食らってメシューム湖にぼしゃんと落ちる戦士。

『コトは……私の、ものだ……ッ!』
「うはwwwwwwwまだやってないwwwwwww」
ナイトが目にしたのは、嫉妬の炎に包まれた、巨大な黒い影。
無敵の防御を発動するより先に猛烈な衝撃。
「な……何だったんだ……今のは」
危険を感じ、自慢の足ではるか遠くに逃げ去ったシーフが聞いたのは、ジャグナーを揺らす悪鬼
の如き咆吼……。

「……ん?」
ゴイルが目を覚ました時最初に見たのは、彼の腹の上でくぅくぅと寝息を立てているコトの姿だった。
ジャグナーは珍しく晴れ。柳の木の間から差し込む陽の光も、随分と穏やかに見える。
「何とか、無事に済んだか」
あまりの快楽に意識を失ったのははっきりと覚えている。快楽に暴走してコトを傷つけないよう、
内に荒ぶる破壊衝動を外へ外へ向けようと必死に祈ったのが効いたのだろうか。
ガルカモンクの手は何故かボロボロになっていたが、幸いにも、コトの小さな体には傷一つない。
後でコトにケアルでも貰えば問題ないと判断し、眠っているコトを起こさないように再び顔を戻す。
「アルタナの女神に感謝……」
ふと、そこで気付いた。
その手に、一巻きの輝く布が握られていることに。
バストゥークの工房で一度だけ見た事がある。確か、その金属布の名は……。
「……していいのか、本当に」
手に入った理由が思い出せないダマスク織物を手にしたまま、ゴイルはこれを売ってコトの魔法でも買おうか、ぼんやりと考え始めた。