長身から繰り出された厚刃のブレードが、分厚い皮を断ち切り、巨大な羊を打ち倒した。
「……ふぅ」
赤い鎧の胸元から手布を取り出し、額に浮かんだ汗を拭く。彼女にとってチャージング・シープは決して手強い相手ではないが、故郷サンドリアにはない湿気の多さのせいで一匹倒すのも汗だくだ。
「また、ダメか」
真っ二つになった羊の『残骸』を見やり、エルヴァーンの美女はため息ひとつ。
これではダメなのだ。肉はいくらか回収出来るだろうが毛皮が取れない。
腰に下がった蒸留水の瓶と袋に入った黒いクリスタルが、美女の気持ちを代弁するかのように空しくからりと鳴る。
「あー。それでは、ダメですよ」
やれやれとため息をついていると、後から声がかけられた。
「……誰だ?」
今まで感じなかった気配に慌てて振り向き剣を構えると、そこには……羊がいた。
正確には、羊の横に座っている何かが、いた。
「何をやっているのだ、貴公」
「見て分からないですか?」
「見て分からないから聞いている」
大羊のふくらんだ乳房を前にぺたんと座り、だらんと垂れた乳首を握っているミスラは当然のように答えた。
「乳搾りですよ」


「そこ左なのです」
「ああ、口元は殴らないように。歯も売れるですから」
「はい、そこを真っ直ぐ突き刺して……はいOK!」
ミスラの娘が手をパンと打ったところで、短いが激烈な戦闘は幕を閉じた。
「……凄いな」
ファイターロリカの胸元から手布を取り出し、額に浮かんだ汗を拭く。やはり一匹倒すのに汗だくだが、今度のは爽快感の残る汗だ。
「完璧だ」
毛皮部分には無駄な傷一つ無い羊の死骸を見やり、エルヴァーンの美女は感嘆の声を一つ。
力任せの戦いで潰された羊の『残骸』ではない。腑分けに近い状態の羊の『形を残したもの』が、
そこにはあった。
「ボクに任せれば、皮なんて楽勝なのですよ」
と大きく出たミスラの娘の指示に従ってみれば、なるほどこの成果。
「これで、肉が3つと皮が3枚取れるのです」
腰から取り出したナイフでざくざくと皮を剥ぎながら、余裕の少女。慣れた手つきで皮を剥ぎ、肉を切り分け、ついでにきれいな口元から折れてない歯を何本か拝借。
トレジャーハンティング。その能力は、そう呼ばれる。
「肉と歯がボクの取り分で、こっちの皮3枚がお姉さんの取り分なのです。ちょろまかしてないですよ?」
「ああ。助かる」
肉や歯は必要ないから、どうせ店に売るか棄ててしまうのだ。誰に持って行かれようと痛くも痒くもない。

「だが、乳搾りねぇ」
ふと、呟く。
ミスラは調理修行であちこちをフラフラしているらしい。ちょうどマトンのローストとセルビナバターでも修行してこいと言われたので、ここベドーにやって来たのだというが……。
「セルビナミルクくらい、我がサンドリアでいくらでも買えるだろうに」
「お料理は鮮度が大事なのですよ。こういうのは、取れたてが一番です」
肉の塊に臭みを取るマージョラムとにんにくを刻んだものを振りかけ、無造作に赤い光を秘めたクリスタルを突き刺す。
「本格派だな……」
「当然です」
えへんと胸を張り、えいやっとクリスタルに気合を送り込めば……
「火力の制御は無茶苦茶だが」
目の前にボワンと出来たのは、地面ごと真っ黒に炭化したマトンの黒焼きが一つ。
「んー。グリルや塩ゆではこれで上手くいったんですけどねぇ」
「……あれは直火料理だろう。貸してみろ」
ミスラから材料を一式借り、腰のナイフでマージョラムとにんにくを細かく刻んでまんべんなく振りかける。炎のクリスタルを前に置き、印を組んで軽く集中。 赤い光がぼぅ、と燃え上がり、正確な動きで羊肉を包み込んでいく。
周囲の枯れ草にすら燃え移らない不思議な炎は、中の羊肉を微妙な火加減でジリジリと熱していき……
「うはー」
炎の結界が消えた時、そこに残るのは完璧な焼き加減のマトンのローストが一つ。
「調理の基本はクリスタルの繊細な火加減だ。まあ、がんばれ」
「あの……」
これは革細工の前にシーフ修行だな、と立ち上がったエルヴァーンの女性は、掛けられた声に足を止めた。
「ん?」
「お姉さまとお呼びして良いですか?」

「調理印可ですか。すごいですねぇ」
美女の淹れたサンドリアティーを飲みながら、二人はクゥダフから徴収した部屋で一息ついていた。
もちろん剣と短剣を持って、『穏便に』交渉した成果だ。
兵士クゥダフの巡回ルートからも外れている部屋だから、日が昇るくらいまでは二人で占有しても大丈夫だろう。
「で、お姉さまはどうして革細工を?」
「後輩が冒険者になるらしくてな。祝いに、レザーベストでも作ってやろうと思ったのだが……」
なめし革は品薄だし、そもそもなめし革を加工出来るほどの技量もない。新人冒険者のうろうろするロンフォールやザルクヘイムで不用意に羊を乱獲するのもみっともなく、彼女もベドーくんだりまで流れてきたのだ。
「なるほどー」
そう言いながらミスラ娘は搾りたてのセルビナミルクを携帯用の皿に空け、岩塩をひと振り。ほんのりと青白い光を放つ氷のクリスタルを目の前に置き、美女に言われたようにゆっくりと精神を集中する。
「むーー」
しゅわしゅわと氷の結晶が周囲に浮かびだし、皿の中に置かれたミルクをゆっくりと凝固させていく。氷の結界の内側は0度近くまで下がっているのだろうが、結界一枚へだてたこちら側は寒気すら感じられない。
リィ……ン……キンッ!
「あー」
高い音を立て、氷の結界が割れた。
破壊の衝撃でミルクがおかしな形に凍結し、塵と砕ける。岩塩共々、もう再利用はできないだろう。
「……制御、メチャクチャ難しいですよぅ」
さっきから何度砕け散っただろうか。娘の手元には、もう数回分の材料しか残っていない。
「お姉さまぁ。なんかこう、一発でコツを掴めるような方法ってないですか?」

「ふむ」
合成の基本はコツコツやる事。何度も失敗し、試行錯誤の果てに自分なりの方法を見つけるのが一番の近道だ。今でこそ印可の美女でさえ、ミスラくらいの頃には火加減が分からず失敗ばかりしていたのだから。
だが、慕ってくれた者をいきなり突き放すのも忍びない。
それに……そういう修行がないわけでも、ないのだ。
「手段問わずで良ければ、一つだけ方法がないわけでは……ない。かなり無茶だし」
オススメはしないがな、と付け加えた美女の言葉への返答はただ一言。
「何でもやります!」
だった。


「お、お姉さまぁ。ホントにやるんですか……?」
「何でもやるのだろう?」
まあ、そうなのですけど。ぺたんと座ったまま半泣きのミスラに、エルヴァーンの美女は意地悪く笑った。
脱がせたズボンを作業台の上に置き、下着もその上に重ねておく。
「手で隠さない」
「あぅぅ……」
覆っていた手をどけると、赤い髪の毛と同じ色の茂みが露わになる。恥ずかしげにぴったりと膝をくっつけているから、その奥まで見る事はできなかったが。 「じゃ、まず手本を見せるから。これ持って」
部屋の隅に転がしてあった廃材を取り、座り込んだミスラに手渡す。
「……あい」
構えさせた位置は腰の上。廃材でちょうど秘部が隠れるようこっそり位置調整しているようだが、気にしない。
「見たところアッシュ材のようだから、上手くいくだろう。多分」
ポケットの中から緑色のクリスタルを取りだし、廃材の上にひょいと置く。
「は!? 印可の調理でやるんじゃないんですの!?」
「安心しろ。木工も徒弟だから、アッシュ材程度では失敗しない」
メープル原木からシロップを取り出す為に上げた木工だ。そこに至るまでの修行は、一通り済ませてある。
「じゃ、これがもしエルムやホワイトオークやローズウッドだったら?」
乏しい木工知識、いわゆる競売履歴の中から原木の名前を必死に思い出すミスラ。あの辺の原木は競売でいい値段がしたはずだ。きっと徒弟より上級の材木に違いない。

「……そのあたりは削った事無いな」
切削行程と完成品のイメージを整え、意識を集中。緑色のクリスタルから、ふわりと風が巻き起こる。
「いやにゃー! かえるにゃーーー!」
「バカ! 動くと死ぬぞ!」
「ひあっ!」
感じた風の気配にビクっと動きを止める、ミスラの娘。
美女も慌てて乱れた意識を集中させ直す。
ヒュゥゥゥゥゥゥゥン……
風が速さを増し、結界の中で鋭さを増してアッシュ材を削り取っていく。
「……ん?」
そこでふと、娘は気付いた。
半立ちになった股間に、僅かに風の気配を感じる事を。
「毛が削れてますの!!」
アッシュ材を削っている風の結界の中に、見慣れた色の毛らしきものが舞い散っているのを。
「バカ、動くな! もう止められんから、諦めろ」
アッシュ材が見事なアッシュクラブに削られる頃には、ミスラの股間は見事に剃り上げられていた。

「では、いよいよ本番だ」
剃毛されて泣きじゃくるミスラの背を軽く叩いて泣きやませると、エルヴァーンの美女はミスラを再び座らせ直した。先程と同じように膝をぴったりとくっつけているが、蒸留水で軽く洗った秘部は丸見えになっている。
「もう、火加減覚えるまで帰らないですよ」
「その心意気だ。頑張れ」
目元に浮かんだ大粒の涙を軽く拭いてやり、美女はセルビナミルクの入っている水袋を無造作に取り上げた。
「では、始める」
軽く傾け、一回分の合成に使う量を目分量で注ぎ込んだ。
「え? あ、ひあっ!」
ミスラの、ぴったりと閉じられた股間へと。
「膝を動かすなよ。ミルクがこぼれる」
ぱらぱらと岩塩を振りかけ、困惑したままの少女へ氷のクリスタルを手渡した。
「さあ、合成するがいい」
「こ、こんな格好で!?」
膝に力を入れないとならないし、股間はミルクがたまっていて気持ち悪い。バターのイメージどころの騒ぎではなかった。
「この状況でクリスタルを完璧に制御してみせろ。これが出来れば、炎のクリスタルの制御などどうという事はない」
「ンな……」
無茶な、と続けようとして、言葉を止める。
無茶を承知で頼み込んだのは、自分だったからだ。
「……でも、失敗したら?」
ふと、不安がよぎる。
「失敗すれば、大事なところが凍傷になるでは済まない……かも、しれんな」
まあ、安心しろ、と美女は言葉を続けた。
「死ぬ気でやれば、きっと成功する」

「あ……」
最初に来たのは、ひんやりとした空気だった。
生温かったミルクがクリスタルの力で少しずつ冷やされていく感触が、剃り上げられた股間にダイレクトに伝わってくる。
「ん……つめ……たっ」
冷たい。ブリザドがかすったような感覚に、身を震わせる。
「集中なさい。結界の壁を厚くして」
そこに声が。
言われるままクリスタルの結界の形を制御し、冷気が漏れ出さないように微調整。ひんやりとした、鉄の刃程度の温度が伝わってくるようにする。
「そのままミルクを回して。ゆっくりと混ぜるの」
小さな世界が少女の意のままに流れを変え、中身をゆっくりと攪拌。
股間の上にあるミルクの溜まりが、ぐるぐると回っている。それと同時に、結界の壁から何かがうごめいている感触が来た。
「ん……ふ……っ」
すっぱだかの股間が撫で回されるような感覚に、甘い吐息。
「どう? 何となく、分かってきた?」
「ぇあ……はぃ…………んぅ……っ」
ミルクの粘度が上がり、撫でられる感触が鈍くなってきた。
もっと撫で回されたい。そう願った時、師の柔らかい声が力の抜けた猫耳に届いた。
「出来たバターは、結界の一部を開けて外に押し出しなさい」
「ぁ……ぃ……」
朦朧とした意識の中でどんな形がいいか思考する。より気持ちよく、ちゃんと不要な個体が排出出来る形を考える。
とりあえず、底を普通に開けてみた。

「ひあ……っ!」
冷たいバターがむき出しの恥部に触れた感触に、悲鳴。慌てて元の形に戻す。
違う。この形じゃない。
次第に鈍くなっていく感触と、出来たバターの冷たさに、意識が少しだけはっきりとしてきた。
(そうだ……)
すり鉢状だった結界の底を引き延ばし、漏斗状に変えていく。漏斗の枝は、無毛の股間にしっかりと触れるように。
出口の先を解放すると、押し出された白いバターの塊がぼとりとこぼれ落ちた。
「あ……はぁっ!」
回転する漏斗の軸と、その中をゆっくりと押し出されていくセルビナバターの感触。
螺旋に削られる股間からの衝撃に曲がった背をぴんと伸ばし、口からは上擦った喘ぎ声が止まらない。
股の下に溜まるセルビナバターの上に、ミルクとは違う粘質の液体がぽたぽたと滴り落ちていく。
「ん……ふぁ……は……ぁ……」
気持ちいい。
無数の繊細な何かで恥部全体を撫で回される感触は、快楽を求める彼女に結界の完璧な制御力を与えていた。
「ほら」
そこに伸ばされた、細い指。
「これが貴女の作った初めてのセルビナバターよ。お味はいかが?」
美女のすくった愛液まみれのバターに舌を伸ばす。
「おい……ひぃ……ですぅ……」
ぺろぺろと指をしゃぶり、よだれを垂れ流しながら、とろけた声を出すミスラの娘。
「じゃ、残りのミルクも全部バターに変えていいかしら?」
「あ……はぃ……。全部、合成するですぅ……」

それから、しばらくの後。
「先輩……」
「ん? 何かしら?」
掛けられた声に、エルヴァーンの美女はそちらを振り返った。
先日冒険者になったばかりの件の後輩だ。LVも幾つか上がり、レザーベストを身につけている。
「あら? 私のあげたベストは、どうしたの?」
だが、それは美女が後輩に送った一式ではなく、競売で買ったらしい出来合いの品。
「ええ。先輩のくれたレザーベストなんですが……」
言いにくいのか、後輩はそれ以上言葉を続けない。
「友達のミスラに手伝ってもらって私が作ったのよ。会心の出来なのだけれど、気に入らなかったかしら?」
可愛い後輩の為に大量の素材を吟味して合成したHQを名乗れる逸品だ。その辺のレザー装備など歯牙にも掛けない強度を誇るはず。
「いえ……何というか」
そう言うと、後輩は美女の贈ったレザー一式を取り出して見せた。
胸元を持ち上げ、体のラインをクッキリと露わにするベスト。
普通の品よりも股間が急角度に切れ上がったトラウザ。
太ももを強調するよう大胆にカットされたブーツ。
全体的に露出が多く、体の線を強調するように調整されたデザインだ。
「これ、なんかエロすぎて……勘弁して下さい」

そしてウィンダス。
「新人。最近、火加減がメチャクチャ上手くなってないか?」
飛び上がったタルタルにぽんと肩を叩かれたのは、先日のミスラの少女だ。
「そうですか?」
「ああ。焼き物系も失敗しなくなったし、こないだの豆のスープや草粥も火の通り具合が絶品だったぞ」
今作っているのはミスラ風山の幸串焼き。エルヴァーンの美女が送ってくれたコカトリスの肉を、例によって絶妙な火加減で焼き上げている最中だ。
「ふっふー。先輩職人に、素晴らしい教えを請うたのですよ」
出来た串焼きを手に得意げに胸を張る、少女。
「ふむ。妙にバター料理が多い気はするが……まあ、素材の多い料理を上手く作れるのはよく勉強してる証拠だ」
串焼きを一本頬張り、タルタルは元気良く手を上げた。
「試験合格。これからは名取を名乗っていいぞ!」

HQをねらえ! 対決錬金術!