パウ・チャ :タル♂F6茶髪
サフィニア :エル♀F8黒髪
ゼノン   :ヒュム♂F7茶髪
ルーヴェル :エル♂F4銀髪


別になんとも思っちゃいない

俺は男だったから、ちょっとぐらいの痛さや理不尽さは我慢できるさ。
「おまえ」が、俺の魂の片割れがこんな目にあっていたかもしれない、その方がよっぽど耐え難い。
我ながらなんつー人生だとは思うが、差し引きマイナスでなければまぁマシだと言えるだろう。

…なぁ、「おまえ」。今の俺より幸せか?できれば、そうであってほしい

少なくとも、俺には、俺の最期を見守ってくれるヤツが、居るから。
それがどれだけ幸福なことなのか、誰よりも知っているから。

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「ったく、頑固な女だね。とっとと口を割ってくれないかい?、さもないと…」
ジュノ政府の高官を狙った暗殺者を、数人の冒険者が囲んでいた。
皆、苦い表情で犯人を見つめている。
両手両足の自由を奪われたヒュームの女は、それでも余裕の笑みを浮かべていた。
「割らなければ、なんだってんだい。拷問にでもかける?それとも輪姦(まわ)そうとでも?」
くくっを咽の奥をならして彼女は笑う。やれるものならやってみろとでも言いたげだ。
闇に生きる者として、骨の髄まで鍛え上げられているのだろう。
そして、このような相手に肉体の責めがどれほど無意味か、冒険者達も分かり切っていた。
「仕方ないね。…恨まないでおくれよ」
リーダーらしき壮年のミスラが、奥に控えていた仲間の一人をあごをしゃくって呼び寄せた。
蝋燭1本しか無い薄暗い部屋の奥から、やがてタルタルの男が姿を現す。
愛らしい外見に似合わず、その瞳には修羅場をくぐり抜けた者の持つ闇のようなものがたたえられている。
ミスラが他の者に、部屋の外へ出るよう促した。
これから始まる光景を見せないためか、それとも自分が見たくないためか、そこまではわからない。
だが、その尻尾が落ち着かない心境を表すかのように不規則に揺れている。

扉が閉まったのを確認し、タルタルは女へ近づいた。
「おやまぁ、ずいぶんと可愛らしい拷問係だこと」
暗殺者は、彼を見て蔑むようにそう言い放った。
雰囲気からして、まっとうな道だけを歩んできた者でないことは明瞭だった。
しかし、たかがタルタル一人に何が出来るというのか。
「なぁ、お前」
ヒュームやエルヴァーンからすれば、子供のそれにしか聞こえない高い音調の声で、男が口を開いた。
「タルタルと寝た事はあるか?」
タルタルが多種族と子を為せないのはヴァナ・ディールの常識だ。
女は一瞬ぽかんとしたが、すぐに大口を開いて笑い始めた。
だが男は何も言わなかった。じっと、馬鹿笑いが収まるのを待っている。
「ああ、そういえば」
くっくっと笑いながら、暗殺者は何かを思いだしたように語りだした。
「何度か、あるわね。寝たというか、奉仕して貰ったと言った方が正しいけど。お前もそれをしてくれるというの?」
彼女はにやりと笑ってみせる。小馬鹿にしたような視線が、タルタルの男を刺した。
「いや、悪いが俺は尽くすタイプではないんでね」
腰のポーチから手拭いを取り出すと、彼はそれを丸めて素早くヒュームの口の中に押し込んだ。
とっさの事に女は抵抗出来ない。
冷徹な筈の暗殺者は初めて不安を感じた。ボスディン氷河の凍土よりも暗く、冷たい瞳が彼女を見据えている。

「出来るものなら最後まで保ってくれよ。たいていは途中で壊れちまうんでな」

その言葉と共にタルタルの小さな掌が、女の心臓の真上に押し当てられた。


「およし、サフィニア」
所在なげなエルヴァーンの娘を、リーダーであるミスラの女がたしなめた。
「でも、本当に大丈夫なのか?あいつで…」
ジュノ警邏隊から今回の任務に抜擢された女騎士は、不満げにそう答えた。
若くしてその腕を認められ、白銀の鎧を纏う事を許された彼女は、きっちりと纏めた黒髪の先を指先で弄びながらうろうろと落ちつかなく歩き回る。
やがて、くぐもった絶叫が木戸の向こうから響いた。
ミスラの女が肩をすくめて眉間に皺を寄せ、そしてサフィニアは直情のままにドアを開け放つ。
部屋の真ん中には、恍惚とした表情で仰向けに倒れる女と、それを冷たく見下ろすタルタルの男だけが存在していた。
女の瞳はすでに焦点が合って居らず、口から涎が流れている。もはや、正気を失っていた。

「首謀者の名前はわからんが、こいつに仕事を依頼した場所は特定できた。向かうぞ」

状況の異常さに、言葉もない娘にそれだけを言い放つと、タルタルの吟遊詩人パウ・チャはゆっくりと部屋を後にした。
その背中には、不可視の闇がべっとりと張り付いているのを、サフィニアは見た気がした。
かつての恋人から紹介を受け、パウ・チャのギルド仲間となった彼女であったが、普段下層の酒場で演奏を披露しているその姿からは想像もつかない闇だ。
重たく苦しいその闇は、隙あらばパウ・チャの小さな肩を押しつぶそうといつも身構えている。
なのに、彼はそれを気にも留めない。
まるで、潰せるものならやってみろとばかりに、どんな無謀な依頼もやすやすとこなしてみせる。

彼は強かった。

最初でこそ、相反する彼の容姿と実力に嫉妬すら覚えていたが、
その強さが本物であるとやがてサフィニアは確信し、陶酔した。

だから、いつのまにか、サフィニアの胸の中には彼の存在が焼き付いて、離れなくなった。

「付き合ってくれ。お前が好きだ」

パウ・チャの手から、竪琴がごとんと落ちた。
ジュノ下層街の、吟遊詩人の酒場、そこは彼が気まぐれに美声を披露する場所でもある。
冒険者としては一流で、冷徹な思考と予測でみなをまとめるパウ・チャだが、
流石の彼もあんぐりと口を開いて、閉じることが出来ない。酒場の客達は、予想もしない珍事に皆、硬直している。

「おい、諾か、否か。はっきりしろ。わたしは中途半端が一番嫌いなんだ」

あまりに続く沈黙に苛つき、エルヴァーンの女はつい語調を荒げた。

「待て。お前気は確かか」

やがて。ようやく彼はそれだけを言った。
強い意志をたたえるその瞳が、予想不可能な事態に揺れているのを、サフィニアは確認した。
それはパウ・チャが、ただ冷酷なだけの人では無いことを、彼女に教えている。
「ああ、生憎私は至極まっとうだ。念のため上層の医者にもかかってきた。 五体満足だと太鼓判を押してくれたぞ」
腰に手をあてて、ふんっ、と鼻を鳴らす。どちらが告白されている側なのか、わからない。
さざ波が引くように、酒場の客が外に逃げ始めた。店主はこっそり溜息を付くと、手早く洗い物を片づけ、
表に「休業」の看板を掲げに出ていってしまう。店の中には、タルタルの男と、エルヴァーンの女だけが残された。
はあっ、と溜息を付いて、パウ・チャは竪琴を拾い上げた。
銘のある逸品であったのに、底に僅かに傷がついているのに気付いて肩を落とす。
ようやく彼は顔を上げ、苦々しげに彼女を見つめた。
「断る。女騎士の愛玩動物になる気はない」
「なんだと?」
拒絶の言葉に、サフィニアは即座に反応した。その全身からさっと怒気が吹き出す。
「愛玩動物だと?ふざけろよ、わたしがそんな下衆だとでも言うのか、貴様」
「ふ、ふざけているのはお前だ、冗談もたいがいにしてくれ…」
負けじとパウ・チャも反論する。だが、声音に生彩を欠いているのまでは隠しきれない。
それは、サフィニアが初めて聞く、彼の生の声だった。胸が切なくなる。
ずっと押さえていた想い。ただ、種族が違うからと言う理由で、隠し通そうとした気持ち。
ぐるぐると行き場を失った激情が、爆発しようとしている。
「だいたいだな。元サンドリア大使を親に持つエリート騎士が、よりどりみどりな縁談話を蹴った理由がそれか?冗談にしても性質が悪いわ。いっそ笑って流したいよまったく」

「…笑うなら笑え、でも、私は真剣だ!こんなこと、冗談で言えるものか!!」

きっと、泣きそうな顔をしていたのだと彼女は思う。目頭が熱かったから。
小さなタルタルの男は困ったようにエルヴァーンの娘を見上げていた。
いくつかの仕事を共にした縁で、パウ・チャが作った小さなギルドに入ってから、彼女の視線はやがて彼一人だけに向けられるようになっていった。
そして、パウ・チャが決まった伴侶を伴っていないことも、やがて知るところとなった。
そこそこ名の知られた吟遊詩人で、この酒場で彼が歌う日は、その美声を目当てにやってくるタルタルの娘達が、羨望の眼差しで壇上の男を見つめるのだ。
だが、彼は頬を染めて近づく同族の女性達を、誰一人として側に近づけなかった。
駆け寄る娘達を、歌っているときとは別人のように冷たく、厳しい眼光で追い返す。
最初でこそ、ウィンダス連邦のジュノ大使館付き冒険者という肩書きが、彼をそう振る舞わせているのだと思っていたが、徐々にその本質が見えてくるにつれ、サフィニアの心には、思慕と疑念が渦巻くようになった。

彼は、何かを背負っている。とてつもなく大きな、秘密を。

辿り着いた結論はそれだった。
だが、それを押して余りある、彼への想いが、彼女を突き動かしていた。
パウ・チャは無言で、サフィニアを見つめ続けている。

「わたしでは…駄目か?矢張り、同族でないとお前の側に居る資格はない、のか」
「…当たり前だ。俺に一生、色事を断てというのか?生憎、お前の精神愛趣味に付き合う義理は無い」

分かり切っていた拒絶の言葉を聞かされ、ようやく女はうなだれた。
彼への愛情を自覚したときから、体の関係を持てないことはすでに覚悟していた。
それでもいい、ただ、彼の心と強さが、自分の隣に在ってくれれば、それで良かったのに。
たとえそれが傲慢だと罵られようとも。

「…頼む、これ以上困らせてくれるな」

かき消えそうな声が、がつんとサフィニアの心を殴打する。
「さぁ、少し頭を冷やしてこい。お前にも立場があるだろう?」
金茶色の瞳が見開かれた。涙すら、そこからは溢れてこない。だから、黙って店を飛びだした。
ばたんと音がして、樫材の扉が乱暴に開閉する。

「やれやれ………」

深い溜息を付くと、タルタルの男は店の裏口へと足を向けた。
「お前が羨ましいよ、サフィニア…」
長身の娘が消えていった方向を、彼は寂しげに振り返る。
初めて彼女と出会った時、常人には無い異能力を持つ彼が見たのは、まばゆくまっすぐな意思の光であった。
理解ある両親に恵まれ、その意思と才能とをゆがませる事なく伸ばし、正しい道を自分で選んで生きてきたサフィニア。
暗い闇の中で、死ぬ事も許されずに必死にもがいて今の立場を作り上げた男には、彼女は望んでも得られない輝きそのものであった。

その美しい光があんなにも激しく、彼を欲しいと告げた。
パウ・チャにとってそれがどれだけ甘く狂おしい誘惑であるか、彼女は知らない。

「だから…お前は俺なんかに未来を預けるな。俺に、そんな権利は無い…から」

とぼとぼと、彼は暗い舞台を後にする。
昼日中の明るい世界から彼は、彼を待つ、昏い宿命と世界に戻ろうとしていた。

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「ああああああああ!やっぱりむかつく!も−、あんなヤツ知るものかっ!!」

だんっ、と音を立てて、サフィニアは空になったエール酒のジョッキをテーブルに叩きつけた。
ここは、ジュノ港区のとある酒場。すでに彼女の目は座りきっている。
向かい側のゼノンがちびちびと嗜んでいた蒸留酒のボトルをひっつかむと、止める間もなく中身をジョッキに注ぎ込む。
「をいをいをい」
ほどよく伸び始めた髭をなぜながら、ヒュームの騎士はギルド仲間である女騎士をたしなめた。
ゼノンの制止をまるっきり無視し、彼女はそれをぐびっぐびっと煽る。
ぷはー、と荒い息を付くと、濃厚なアルコールの匂いが男の鼻腔に届く。

「まったく、変われば変わるモンだな。おい。昔はお堅い騎士姫さまだったっていうのに…」

小さく溜息をつくと、ゼノンは店の給仕に新しいボトルを注文した。
「しっかしまた…お前ああいうのが好みだったとはねぇ。決して、悪い趣味ではないがいかんせん…」
「わかってる!わかってるよそんな事!!」
じわり、とサフィニアの目尻に涙がにじむ。
やばい、と思う暇もなく、彼女は突っ伏して店中に響く大声で泣き叫び始めた。
実は、彼とサフィニアは以前付き合っていたことがあったのだ。
性格の不一致で半年もたず別れたが、過去はすでに流してギルド仲間となり、友人として時々酒を飲む間柄である。

「ああ、そうそう」

耳を押さえながら、ゼノンは独り言のように話し始めた。

「この間の一件な、まだ続きがありそうだとさ」

ぴたりと泣き声が止んだ。
残念ながら、顔を上げた彼女の面構えは、とてもジュノ警邏隊に抜擢されたエリートには見えなかったが。

「奴さんたち、どうも人身売買の斡旋もしてたらしくてな。
 アジトの近くの小屋から、ウィンダスの魔法学校の生徒が何人か発見されたんだ。
 これがまた、揃いも揃ってハイクラスの生徒と来ている。
 おまけに、こないだ狙われた高官は親ウィンダス派だったな。なにか匂いまくりだと思わないか?」

酔っぱらい相手にどこまで話が通じているかは疑問だが、それでもゼノンは語りかけた。
下手な慰めなど、火に油を注ぐだけだと彼は熟知している。
「近い内に、確実に次のオファーが来るぞ。厄介な事になりそうだがな…」
穏やかな声音の裏に、やがて訪れるであろう修羅場への覚悟が、滲んでいた。

「そうそう最後に。パウから伝言だ」

がばあっ!とサフィニアが椅子から猛然と立ち上がり、ゼノンの胸倉を掴んだ。
そして鎧の重さもそのままに、ヒュームの男を酒場の床へと押し倒す。
よーよーねーちゃん熱いねー、そのままいっちまいなー、などと、無責任な野次がいくつか周囲から飛んでくるのだが、
ゼノンにとって不幸だったのは、酒場全体の騒音をかき消すまでには到らなかったらしく、押し倒された際に脚がもつれ、脛を椅子の足に思い切りぶつけた痛みを、結局誰も気づいてもらえなかったのである。
「…わかった、わかった。言っておくがお前が考えているような事じゃないぞ」
前置きをしてから、ゼノンはかつての恋人の暴挙を慎重にたしなめた。

「念のために、お前の『昔取った杵柄』を、いつでも使えるようにしておけ、だと。あいつの感は良く当たるからな」

サフィニアの手から急速に力が抜けていった。
ようやく介抱されたゼノンは彼女を立たせつつ、自分も体勢を立て直し、テーブルの上に酒代を置く。
一人分にしては明らかに多い額だ。彼なりに、傷心の友人を慰める度量はあるらしい。
「まぁ寂しいならいつでも来い、一晩くらいは胸貸してやる。ああ、明日はダメだぞ?下層の宝石屋の次女がやっと色よい返事をくれたんでな」
サフィニアの手が空のジョッキを掴み、ゼノンめがけて力いっぱい投げつけられた。
しかし彼もさることながら、回転して舞うジョッキを寸前で受け止め、店の給仕係の盆の上にさり気なく押し付ける。

「…あまりあいつを困らせてやるな。可哀想に、俺にわざわざ伝言を頼んできたんだぞ?」

最後は慰めるどころか、確実に爆弾そのものの発言を残し、ヒュームの男は悠々とその場を後にした。
複雑な感情を処理しきれず、泣く事も出来ないサフィニアをそのままに。


それから数日後、ウィンダスの大使より密命を帯びたパウ・チャとサフィニア、ゼノンら一行は、メリファトの東に位置するヤグード族の本拠地、オズトロヤ城への潜入を果たそうとしていた。

「姿を消す 忘れるな 見つかったら 死 私も あなた達も」

ぎこちない共通語でそう語りかけたのは、嘴の付け根に黄色いひだの残る、文字通り若いヤグードであった。
心なしか、その視線がきょろきょろ不安げに彷徨っているのが、アルタナ女神の子らであるパウ・チャ達ですら見てとれる。
「心配するな。見つかったら心おきなく攻撃してこい。なんなら、脅されていたと言えばいい」
大きな目玉が、少し驚いたように見開かれて小さなタルタルを見つめた。
「それ 困る 私 使命 果たせない」
嘴を小さく振るわせて、そのヤグードはふっと息を吐いた。溜息をついてでもいるのだろうか。
パウ・チャを除く、居合わせた全員がその光景に少なからず戸惑っていた。
アルタナ女神を信ずる5種族と、プロマシア男神に属する彼ら獣人は、長い長い戦いの歴史を繰り広げていた。
互いに憎み合い、殺し合う歴史が悠久の昔から続いている。
「なぁ、聞いても良いか」
所在なげな、ゼノンの声がかすかに響いた。その手には、練金術で作られた特殊な粉の入った瓶が握りしめられており、姿を見えなくする魔法が切れたらいつでも使えるように、身構えている。
「お前、俺達が憎くないのか。なぜこんなまだるっこしいことをする?」
若いヤグードは、きょろりと視線を動かす。彼らはあまり耳が良くないので、姿の見えない男の真意を読もうとかすかに目を細めた。
「高僧サマ 言う 我らヤグード アルタナの子ら憎む でも 自分個人 憎んでいない」
またしても、嘴の端からふうっと呼気が漏れる。
「憎むこと とてもとても 疲れること 現人神サマ それ理解しない だから 憎しみ終わらない 言った」
若いヤグードは、ぐるりと首の位置を戻して背中を向け、ゆっくりと先導を始めた。
「私 むかしむかし兄弟殺された 悔しい だから 少しむかし アルタナの子ら襲った」
サフィニアの指先がぴくりと反応する。いざとなればいつでも剣を握れるように。
「…でも 襲った奴ら 兄弟だった 困った 迷って 殺せなかった」
黒い羽毛に覆われているヤグードは、表情を読みとるのが難しい。
それでも、その声が、表現しがたい怒りと、深い悲しみで揺れているのが分かった。
サフィニアは、落ちつかなさげに剣の鞘をなぜる。ジュノの警邏隊に所属し、街を守ることだけに全てをかけていた今までの自分が、小さく小さく感じてしまう。

触れている剣で、いままでどれだけの獣人を屠ってきたか、分からないから。

「いつか 終わりにしたい 高僧サマも 私も 疲れている」
その言葉が終わる頃。目の前に、土色の巨大な扉が現れた。
「…居る。扉の向こう側に、すさまじい数が」
サフィニアの隣に居る、エルヴァーンの狩人ルーヴェルが、ぼそりとそう告げた。
彼は、つい最近パウ・チャがギルド仲間として連れてきた男だった。
無愛想で、口数も少なく、その瞳からは感情が読みとれないが、弓の腕と、その鋭敏な知覚は本物だった。
戦いにおいてはゼノンと息が合ったのか、彼ら二人で良く獣人の討伐隊に参加している。
だが、普段リンクパールこそ付けてはいるものの、街で彼を見かけることは滅多になかった。
「万一見つかったら、頼むぞ。ルーヴ」
パウ・チャがそう返した。わかった、とルーヴェルが静かに応える。
何故か彼は、パウ・チャの言うことには逆らわない。無茶とも思える要望でも、拒絶したことがない。

そして、重い音を立てて、扉が開いた。


「良く来た。歓迎はせぬが、まずは危険を冒してくれたことに礼を言おう」

綱渡りのような歩みを進めてたどり着いたのは、巨大な城の地下の、薄暗い室の片隅だった。
流暢な共通語で、老ヤグードがそう告げた。黒い羽根のあちらこちらに、人間で言えば白髪に相当する、灰色のそれが混じっている。瞼の張り具合や、瞳が多少濁っている所からも、彼が相当な高齢であることが伺えた。
パウ・チャが、大使より預けられた密書を手渡す。それを受け取ると、老ヤグードは自らそれに目を通した。
「読めるのか」
ゼノンが驚いたようにそう言った。老ヤグードはちょっと視線を上げて、彼を見つめる。
「年の功、だよ。お前達の中にも、賢しい者と、愚か者が居るだろう?」
少しずらされた嘴からギャギャ、と声が漏れる。笑って見せたのだろうか。
サフィニアはただただ混乱するばかりだ。今まで自分が居た世界を、鼻であざ笑われた気分だ。
「…ふむ、なるほど。だいたい用件は分かった。さて、どこから話したものか」
読み終えると、老ヤグードは密書を松明にくべた。ぱあっと炎が散って、それはあっというまに灰となる。
「あれを、喚びなさい」
老ヤグードが、パウ・チャ達を案内してきたヤグードに指示した。小さく頷くと、彼は印を結んで何事か念じ始める。
ひゅっ、と音がして、瞬く間にそこに現れたモノがあった。

「エレメンタル!?」

サフィニアは叫びながら、さっと剣を抜いた。タロンギやブブリム半島、そしてラテーヌ高原でよく発生する、風の精霊とまったく同じ姿形のそれに、みなが気色ばんだ。
「待て!…少し、違う」
ただ一人、パウ・チャだけがその様子をじっと見つめていた。老ヤグードがその反応に、満足げに頷く。
「そうだ。これは、自然発生するアレとは僅かに違う。呼び出した者に付き従い、守る存在だ」
タルタルの男だけが、その言葉を瞬時に理解し、ヤグードの高僧を思わず振り返った。

「まさか、召喚魔法!?」

パウ・チャとそして、先日のジュノ大使暗殺を企てた犯人を捕らえた、ミスラの女。
ウィンダス出身のその二人が絶句する。
他国出身の他の者達は、その意味するところが分からず、反応が鈍い。
「そうだ。永らく禁呪とされていた、あれだ。これの為に、いま我らの中では混乱が起きている」

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そのタルタルは、凄まじい力をもって、ヤグードの前に現れた。
折しも、オズトロヤは冒険者達によって、最深部に至るまで何度も荒らされており、
現人神の称号がその度に宙に浮いていた時だった。

「力を、やろう。私の望みを聞いてくれるのなら」

当時、最も権力と実力を持っていたヤグードの一人が、その取引に応じた。
幹部の数名が反対したにも関わらず、現人神の称号を手にした彼は末端の者を売り渡し、
代わりに、一つの小さな石を得た。それが、すべての始まりとなった。

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「あの時の光景はありありと覚えている。
 ヤツの喚んだ『大いなる獣』が、味方をも巻き込んで、盗賊達を肉塊に変えたのだ」

杖を握る、老ヤグードの爪先がかたかたと震えていた。
「やがて、その能力を元に、精霊を喚びだす魔法書がいくつか作られた。 『大いなる獣』に比べれば微々たる力だが、それでも我らの戦力が不相応に高まったのは否めない」
現在のヴァナ・ディールは微妙な均衡の下で成り立っていた。
どこか一つの勢力が力を得ると、他は団結してそれを叩き潰そうとする。
その時に限り、人間も獣人もある意味垣根を越えて団結しているといっても過言ではないのだ。
「…力を持つと、人は変わる。この地を見守るのが使命であるはずの我らヤグードが、力のために同胞を売るようになってしまったのだ。あり得ない、あってはならないはずなのに」
がっくりと肩を落とし、ヤグードの高僧は嘴から深く長く息を吐いた。
ふぉん、ふぉん、と音を立てながら、小さな精霊がくるくる回っている。まるで、止められない時計の針のように。
「ウィンダスの中には、我らとの戦いを嫌がる者が居てくれる。だから今回は彼らの力を借りて、こうして来て貰ったというわけだ。探して欲しいものは、お互いおそらく同じモノであるはずだからな」
「その、売られたとか言う同胞の事か?」
パウ・チャの言葉に、黒い羽毛で覆われた顔が、小さく頷く。
「そのタルタルは、若く魔力持つ者だけでなく、卵までをも奪っていったのだ。儂にはヤツの邪念がはっきりと感じ取れた。いずれにせよ、ロクな事ではあるまいよ」
「魔法学校…ハイクラスの、生徒…」
サフィニアが思わず呟いた。先日ゼノンが言っていた、保護されたという子供達の出所を。
ルーヴェルがちらりとサフィニアを見る。そしてパウ・チャを見ると、彼はエルヴァーンの男に首を縦に振って見せた。

「頼む。どうか彼らと、罪なき卵を救ってやって欲しい。我らにとて、血縁の情はあるのだ…」

声は、震えていた。そこにこめられた感情に、人間と獣人を隔てるものはない。
自分が住んでいた世界が、がらがらと音を立てて崩れていくのを、サフィニアは聞いた気がした。


「どうした、奴らの毒気にあてられたか?」
オズトロヤ城を後にし、浮かない顔で歩き続けるサフィニアに、パウ・チャが声をかけた。
「な、なんでもない…!」
ぷい、とそっぽを向いて、すたすたと歩調を早める。今は、ただただ混乱していた。
半端な優しさが、ひどくカンに触る。だから、彼と距離を取るしかなかった。
「まぁ、あまり深く考えるな。奴らが嘘をついていない保証はないのだから」
「うるさい!それより、次どうしたらいいのかだけ、言え!!」
ぷちっ、と何かが切れていた。気付いたら、意味もなく声を荒げ、タルタルの男に八つ当たりしている。
しまったと思うも、すでに遅い。パウ・チャが感情を消した瞳で、サフィニアを見上げていた。
「とりあえず、もう少し進んだら野営するぞ。獣人どもの相手はさすがにくたびれる」
たたっと駆け出す背中を、サフィニアは見下ろす。
閉じた世界を、無理にこじ開ける男。その真意が、いつもいつも、分からない。

好きなのに。私に【世界】を教える貴方が、こんなにも好きなのに。

想いだけがぐるぐるうずまいて、いつも彼女を立ち止まらせる。
ただ、情だけで動いている自分と、老ヤグードの姿が重なって、サフィニアは混乱していた。
やがて、崖の下に風を避けられる場所を、ルーヴェルが見つけてきた。
火を起こし、テントを張りつつ食事を済ませると、男女に分かれて潜り込み、見張りにルーヴェルを残して休息の準備を始める。

白い装甲を脱ぎ捨てて、楽な服装になると、サフィニアはテントを抜け出した。
焚き火の前では、ゼノンが静かに酒をあおっている。
「くれ」
それだけ言って、横から瓶をひったっくった。ぐび、とあおってから気付く。これは、ミスラの好む火酒だ。
普通の蒸留酒の、何倍も強いものなのだ。けほけほ、と軽くむせる。のどの奥が灼けついた。
「をいをい…」
ゼノンがサフィニアの背中を叩いてやる。彼女の目尻には涙が浮かんでいた。
自分を介抱するヒュームの男を、女は潤んだ瞳でじっと見つめる。
「ゼノン…」
かつて、自分を「女」にした男。
あまりの女癖の悪さに愛想をつかし、一発殴って、それで別れた彼。
ゼノンの、その女性癖に何か理由があるのだと気付いたのは、最近だ。
それは、彼が現在、一人のミスラの娘の保護者になったことに端を発する。
そのミスラは、ゼノンのかつての恋人の、連れ子なのだとも知った。

彼もまた、なにか秘密を持っている。

襲う者、守る者。善と悪、ジュノの警邏隊に所属してからは、ただそれだけの世界で生きてきたサフィニア。
パウ・チャ達とそれを取り巻く「何か」が、少しずつ彼女をも変えていた。

「…する?」

驚くほどさらっと、そんな言葉が出た。
男が目を見開くが、すぐに余裕を取り戻し、値踏みするようにサフィニアを見つめる。
問いかけるように、ゼノンの手がサフィニアの腰の辺りに触れた。
つうっ、と撫で上げ、腋の下を通って、胸の膨らみに到達する。
いつも、彼はこうやって女の反応を確かめる。
「変わらないんだな」
くすりとサフィニアは笑う。頭の中がごちゃごちゃして、どうでもいい、と思い始めた。
思いっきり気持ちよくなれれば、少しは気が紛れるのかな、とも。
さらに言えば、確かにゼノンは上手だった。
ヒュームの男とそう体格の変わらない、エルヴァーンの女を、ゼノンはぐいと抱き寄せた。
向かい合う形で自分の腿の上に座らせると、肌着の上から乳房の先端をこねくり回す。
「うんっ、あ…」
こりこりとしこり始めると、彼は黙って服の裾から手を潜り込ませ、下着をめくりあげた。
ふくよかな双丘が焚き火の明かりをうつして震えている。
たまらず、彼はその谷間に顔を埋めて吸い付く。
「こら、髭…ふっ、い、痛い…」
抗議の声を無視して、ゼノンはサフィニアの尻を鷲づかみにする。もう片方の手で、下衣をずらし、
的確に指先を秘所へと進めるのだ。
「あんっ…あ…そこ…は」
乳首に吸い付かれるのと、秘裂に彼の指が忍び込むのは、同時だった。
じわり、と下腹部が熱くなるのがわかる。
負けじとサフィニアも手を伸ばし、ズボンの上からゼノンの分身をきつく擦ってやった。
「ぐあ…!お、お前は、ほんとに変わったな」
「お陰様で。んうっ…!」
彼女の手の中で、そこがみるみる張りつめていくのが分かる。
我ながら不思議だった。パウ・チャに対して、肉欲なぞこれっぽっちも湧かないのに、
体を重ねられる相手にはこんなにも大胆に振る舞える。
そのギャップが、哀しいほど可笑しかった。

ちゅぷ、じゅっ、と下から音が響く。
ゼノンが指の数を増やし、突き上げるようにしてサフィニアの体内を侵しているのだ。

「ひっ、ああ…あんっ、ゼ、ゼノン…っ!」
びりびりと、痺れるような快感が全身を巡る。ただ彼の愛撫に身を任せていれば、それで良かった。
何も考えなくて良い、それは、とても昏くて甘い誘惑だ。だから、何も考えずに、彼の動きに自分を合わせる。
脳裏に白い閃光が走って、サフィニアはぐったりと脱力した。

息を整え、ゼノンは彼女と繋がるべく、下衣を脱ぎにかかった。しかし、そこでふいと何気なく視線を上げる。
サフィニアの肩越しの、更に向こうの闇の中を一瞬凝視してしまう。

「ゼノン…?」
「…サフィ、悪い。今日は、これで止めておく」
「はあっ!?」

固まるエルヴァーンの女、それを残して、ヒュームの男は慌てて服を整える。
「ちょ、ちょっと待て!人を馬鹿にするのもたいがいにしろ…!」
プライドを傷つけられたのと、乱れた服を直さなければならない羞恥で、サフィニアはテントの中にまで聞こえかねないほど大きな声を上げる。

「勘弁してくれ。俺はまだ死にたくない」

その言葉の意味するところがわからず、飲み残しの酒で手を洗いながらテントに逃げ込む男の姿を見つめたまま、サフィニアは呆然とその場に取り残された。
否、先ほどゼノンが座っていた場所から焚き火を挟み、丁度真正面に当たる位置にあった、「ヴァナディールで最も小柄な種族が隠れるに適当な」高さの雑草の茂み。
そこから静かな殺気を放っていた、もう一名もその場にとどまり続けていた。

翌日。
物資の再補給のためにジュノへ戻る道を進んでいた彼らに、ウィンダスから火急の知らせがもたらされた。
今度は鼻の院が何者かに荒らされ、研究中の資料がいくつか強奪されたのだという。
そして、その犯人はこともあろうに、鼻の院に深く関わる人物であった事も判明したのだった。

「バヤド・ドゥヤド、かつて鼻の院の長を任されるほどの秀才であったが、その研究内容は徐々に常軌を逸してゆき、やがて異世界の物語から名を取って"狂博士<ザ・モロー>"と呼ばれるようになった男だ」

そう語るミスラの女戦士の表情は、怒りや嫌悪と言うよりも、畏れを滲ませていた。
「15年前にウィンダスの守護戦士たちによって、サンドリアに潜伏していた所を捕らえ、処断したはずだったのだが…」
「サンドリア…?」
ミスラの言葉を遮った声の主に、皆が視線を集中させた。
それを受けて、話を中断させた人物はぎこちなく視線をそらし、それ以上の発言を押し留める。
「お前がそんな反応をするとは珍しいな、ルーヴ。何か気になる事でも?」
タルタルでありながら、精神的には兄貴分であるパウ・チャは、自分より遥かに体格の大きなエルヴァーンの弟分に水を向ける。
「…いや、15年前にあの国で少々事件があった……のを、聞いたことがある。…だけだ」
歯切れの悪い物言いではあったが、それはパウ・チャとミスラ戦士の記憶を呼び覚ますに十分であった。
「ああ、多少なりとも王宮に縁のあるものなら噂で聞いたことがあるだろうな。病弱だった王弟が不死を望んで他国の魔道士と怪しげな術の完成を目指した…と」
パウ・チャの懐古に、ルーヴェルの長い耳の先がぴくりと反応する。
「どこまでが真偽かは知らぬが、資金面での供与をしていたのは確かなようだ。当時の王家と教皇が揉み消しにやっきになっていたのは裏では有名な話なのでな」
タルタルの言葉を、ミスラが継いだ。ウィンダスから直に派遣された彼女はその仕事柄、こういった話には詳しいのだろう。
「その後やつは数年おきに現れてはあちこちで残虐な事件を繰り返している。すでに罪の重さから、見つけ次第即処断の許可がでているにも関わらず…いや、すでに処断は成されているはずなのだが」

「確かにバヤドは殺されている。俺が知っている限りでも3回以上。そのうち1回は俺が殺った」

またも詰まったミスラの言葉を、今度はパウ・チャが繋いだ。その言葉に、何事か思案していたゼノンが問いかける。
「その、奴さんがハマった術とかいうのと何か関係があるんだな?」
「そうだ」
パウ・チャは即答した。

「奴が研究していたのは記憶の保存…、いや『完全なる<個>の保存』という物だった」

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続きは発表済み作品を再編した下記自サイトにて近日発表予定
http://www.geocities.jp/dabun8gou/