彼女がまだ駆け出しの冒険者だった頃だった。
腕試しにと挑んだクロウラーが仲間を呼び集め、逃げ切れた時には彼女は
浴びせ掛けられた毒のせいで瀕死の状態だった。
(や……だ……しにたく、な……)
迷い込んだ場所のせいか、重傷になれば働くはずの帰還の魔法も発動せず
ただ死を待つだけだった彼女の目の前に、毒消しの入った皮袋が差し出された。
「飲め」
ギギ…と耳障りに掠れた声に従い、痺れる手で袋の中身を喉に流し込む。
次第に苦しさから開放される中、見上げたそいつの手は痩せこけて黒い羽に覆われていた。
(ヤグード!?)
四肢が自由を取り戻すと、リアはさっと相手から距離を空け、ふらつく体で構えを取った。
対する相手はそんな彼女に苦笑するような声を上げて答える。
「まダ動クな。残っテいる毒ガまわるぞ。それに今のお前ハまダ、コの足欠ケにも勝テん」
言われ、改めてリアが目の前のヤグードを見ると、彼は片方だけの足に杖をついて立っている。
全く敵意を見せない相手に毒気を抜かれ、リアは思わず構えを解いた。
「どうして、あたしを助けたの?」
「さあな。タダの気まグれダ」
言うと、用は済んだとばかり彼女に背を向ける。
「待って!」
衝動的にリアは彼を呼び止めていた。何故か、このヤグードとこれきりで別れるのが無性に嫌だった。
「あたしはリア、リア・フェイル。あんたは?」
「ギー・ギラー」
それが出会いだった。
片足のヤグードは振り返らずにそう答えると、今度こそ草原の向こうへ杖を突き付き歩き去っていった。
再会はそれから数日と経たずに訪れた。
リアはギラーに出会った次の日から、助けられたあの場所で彼の姿を待った。
「呆れタ奴ダ。まさカ俺ヲ探しテいタのカ?」
「だってあたしまだ、あんたに何の礼もしてないもん」
バツが悪そうにそっぽを向いたリアに、彼はまたギギ…と苦笑する。
「アルタナの子らハ、時々面白い事ヲ言うな」
「良く、ここには来るの?」
「寝ぐらガ近くダ」
そっけなく答えると、再びその場を立ち去ろうとする。
リアは相手の首根っこの羽を掴むと、強引にギラーを引き止めた。
「ガガ…何ヲする」
「お礼に来たって言ったでしょ! 話も済んでないのに勝手に行かないでよ」
およそ礼に来た者の態度ではないが、フーッと逆毛を立ててまくし立てるリアに
ギラーは興味をひかれたか「ふむ」と小さく頷いた。
「お前ハ、拳ヲ己の武器トする者カ?」
「そうよ」
「なら暫らクの間、俺の道楽に付キ合っテもらおうカ」
そう言うとギラーは、興深げに笑った。
翌日からリアはそのヤグードに、格闘家として徹底的にしごかれる羽目になった。
それが彼の言う「道楽」というやつだった。
ギラーは五体満足だった時は相当の使い手だったらしく、師匠としても優秀で、しかも厳しい。
自身の技の全てをリアに叩き込もうとでもしているような、容赦のない修行の後は
モグハウスに戻って泥のように眠る。
そんな日々が続く中、リアのモンクとしての力量はメキメキと上がっていった。
修行の合間に言葉を交わすことは少なかったが、休憩の僅かな会話の中でリアはギラーの事を知った。
「お前ハ何故、冒険者になっタ?」
組み手――といってもリアがギラーに杖一本でいなされるだけだったが――が終わった後で
そうギラーが訊ねたのも、そんなある日のことだった。
「んー。月並みな理由だけどさ、やっぱ世界ってやつが見たかったから……かな」
草原に大の字にへばったまま彼女は答えた。
「『世界』カ……」
「うん。小さい頃から憧れてたんだ。世界はどんくらい広くて、そこにはどんだけあたしの知らない事
見たこともないようなものがあるんだろう、って。それをこの目で見て、この手で確かめてみたい」
瞳を輝かせて語るリアにギラーは眩しげに目を細め、再び「世界、カ……」と呟いた。
「俺にハ所詮、無縁のものダな」
「ん、何か言った?」
ぴくんと耳をそばだてたリアに、彼は何事もないように返す。
「いや、コチらの話ダ」
「そいじゃ、あたしからも質問。蒸し返すみたいだけどさ、あんたたち獣人はあたしらの敵でしょ。
なんでそのあたしを助けた上に、こうやって面倒まで見てるわけ?」
「気まグれダト、言っタはずダ。それに俺ハ追放されタ身ダ」
初夏の空を見上げ、彼はそう言った。
「追放? なんで……」
「俺ハ老いテ病ヲ得タ。それに片輪ダ。戦えぬものガ現人神に仕えるコとハデキん」
「……」
「コのまま野タれ死ぬ覚悟もしテいタガ、最後に一ツ道楽ガしテみタくなっタ。それガお前ダ」
そこまでを話すと、ギラーは重くなった空気を振り払うように言った。
「休憩ハ終わりダ。まずハ走り込み百本!!」
「ひえええぇぇ!!」
「やっ! はぁッ!」
空を切る拳を追って、汗の飛沫が陽光に煌めく。
マーシャルアーツの効果で速度を上げたリアの攻撃だが
そのほとんどはギラーのわずかな動作によってかわされていた。
夏の日差しも激しくなってきた頃。
ギラーとの組み手もサマになる程に腕を上げたリアの当面最大の目標は、彼から一本取る事だったが
それはいまだに果たされていない。
焦るリアの顔めがけて横薙ぎに杖が払われる。
「くっ!」
反射的に飛びのいて事無きを得たリアだったが、こうなると再び杖の間合いを超えて
彼の懐に飛び込むのは難しい。
「ドうしタ。そんな距離デハ俺に一撃も与える事ハデキんぞ」
(ちくしょー!!)
嘴先で笑い挑発するギラーにグッと歯噛みするリアだったが
勤めて平常心を己に言い聞かせ、機会を待って身内に気を溜める。
これもまたギラーの教えたことだった。
ザ……と風が流れる。
草葉へ反射する光に、ギラーが目を眇めた。
(今だ!)足元の小石を相手の顔めがけて蹴り上げる。
石を避けるため隙のできたギラーの懐に彼女は飛び込んだ。
「百烈拳!!」
蓄積したパワーを乗せた初撃がギラーの右頬を掠め、黒い羽が舞い飛ぶ。
(いける!!)
次いで繰り出された蹴りは彼女の予想に反して空を切り
ばさりという羽ばたきを残して相手の姿は頭上へと消えた。
「え……?」
リアは状況を認識する間もなく、後頭部に強烈な蹴りを受けて草原に転がった。
「いい線まデ来タガ、まダ詰めガ甘いな」
朦朧とするリアをギラーは組み伏せて両腕を捩じ上げ、その喉元に杖の先端を突きつける。
「ま……参った」
「相手の隙ガ、本物カ誘いカヲ見抜クのガ次の課題ダ」
馬乗りになったまま、ギラーがそう言って笑う。
どきり、とリアの心臓が跳ね上がった。
押さえつけた相手の腕の思いもよらない力と、のしかかる体の重みと温もり。
本来、獣人であるギラーから与えられるそれは、彼女にとって恐怖と嫌悪の対象となる筈だった。
背筋を走る奇妙な高揚に、リアはうろたえる。
相手がとうに彼女の上から退いても、早まった鼓動はなかなか治まらなかった。
(な、何考えてんのよ。あいつはヤグードで、あたしの師匠みたいなもんで、ずっと年上で……)
慌てて振り払おうとしても、一度意識してしまったものはどうにもならない。
もとより獣人とミスラという垣根を越えて、ギラーという男のありように惹かれ始めているリアである。
(っていうか、ヤグード! 獣人! むしろ鳥だ鳥!!)
ボカボカと自分の頭を小突いてなんとか意識を切り替えようとする彼女に、ギラーが不審の目を向ける。
「ドうしタ? ドコカ打チ所デも悪クしタカ」
どこまでも彼女の困惑には無頓着なギラーが、なんとなく腹立たしいリアだった。
むっとした顔のまま「むん!」と拳を固めて立ち上がり、つかつかとギラーの背中に近付く。
「ギラー!」
「何ダ?」
と振り返ったギラーの嘴にさっと彼女は唇を押し付けた。
「……ッ!?」
面食らった顔で嘴を覆う相手に、してやったりと真っ赤になった頬を緩ませる。
「い……一本取ったぁ」
言うだけ言ってダッシュで逃げようとしたリアは、尻尾の付け根に杖の一突きを食らってこけた。
「うにゃあぁぁっ!!」
お尻を撫で撫でその場にへたりこむリアに、ギラーの呆れたような声が降ってくる。
「馬鹿もん。下らん悪戯ヲ考える暇ガあっタら、少しハ精進せんカ」
「へん! 朴念仁のカラスじじいに、フクザツでセンサイな乙女心なんかわかりませんよーだ!」
精一杯のお返しにアカンベーで毒づくリアだった。
その日の修行は夜遅くまで続き、いつにも増してしごかれたリアは
足元をふらつかせながらモグハウスへと戻った。
夜半、塒の片隅で、片方のみの足を半跏に組んで瞑目する。
ギラーがかつて現人神の元に仕えていた頃からの、それは変わらぬ習慣だ。
ただひたすら信仰のみを恃み、血と戦いにまみれた己のこれまでを彼は回顧する。
しかしここ数ヶ月、回想の終わりに現れるのは、あの異教徒の娘だった。
始まりは本当に、ただの気まぐれだったと彼は記憶している。
信じる神に捨てられ仲間も失った彼にとって、残りの生は余分でしかない。
それならばその余分を埋める埋め草として、未熟な格闘家の卵を相手に師父の真似事でもしてみようか
始めはその程度のものでしかなかった。
それがいつからその存在を好ましく感じるようになったのか、彼自身にも定かではない。
そもそもが、アルタナの子らよりもそういった欲望に乏しいヤグードである。
まして彼は生涯を通じて妻子を得たことはおろか、甘やかな感情を持って異性に接したこともない。
ギー・ギラーは己が生の大半を、戦いによってのみ費やしてきた男だった。
(しかし……)
己は、遠からず死ぬ。
その時までにどれほどのものを彼女に伝え残すことができるのか。
それは生まれて初めて心に懸けた者に、せめて与えられるだけの物を与えてやりたいという思いであり
自身の存在の証を、可能な限りあの女に刻み付けておきたいという我欲でもあった。
「グ……ガハッ!」
不意に込み上げた咳が、ギラーの瞑想を中断した。
咳には血が混ざっている。残された時間がそう長くはないことを、彼は悟っていた。
「あーあ、どーして一本も取れないのかなァ……」
その日、リアがギラーの膝の上で気絶から目覚めて、最初に口にしたのはこんなぼやきだった。
「いや、お前ハ随分ト腕を上ゲタぞ。なにせコの俺に膝ヲ付カせタのダカらな」
確かにカウンターでギラーに痛打を与え、彼を跪かせたところまでは良かった。
しかし累積する疲労とダメージはリアの方が多く、追撃を入れようとしたところで彼女は体をぐらつかせ
とどめにギラーの草払いで落とされた。
納得がいかないという表情で「むー」と口を尖らすリア。
「リアよ。お前ハ、いずれ必ず俺よりも強クなる。それまデ精進ヲ欠カさぬ事ダ」
そう言っていつもの声でギギ…と笑うギラーに、リアは前から考えていた問いを口にした。
「もしあたしが一人前になってあんたに認められたら、あたしと一緒に世界を見に行ってくれる?」
「そうダな。お前ガ本当に一人前になれタなら、その時に考えテやろう」
どこかありえない夢の話をするような相手の口調に、何となく引っかかるものを感じて
リアは彼の羽をむんずと引っ張る。
「ガガ……やめんカ、馬鹿者」
「ホントよ。絶対約束だからね!?」
見上げるリアの顔は、親に置き去りにされかけている子供のようにも、ギラーには見える。
「……ああ、そうダな」
「ホントのホントのホントにほんとだよ……?」
語尾が舌足らずに途絶え、気が付けばリアは彼の膝を枕に寝息を立てていた。
余程疲れていたのだろうと、ギラーはしばらく彼女をそのまま寝かせておくことにした。
くしゃり、と黒い羽に覆われた手が、柔らかいリアの髪を撫でる。
「ああ」
聞く者のないまま、彼は今一度そう呟いた。
日差しは柔らかさを増し、吹く風には秋の匂いが混ざり始めていた。
やがて秋が訪れ、冒険者としても実力を付けはじめたリアは
他の冒険者と組んで仕事をこなすことも増えてきた。
一日一回はギラーの元を訪れ、その日の出来事やパーティの事を嬉しそうに話すリアを
最近では塒に篭りっぱなしのギラーが、目を細めて見る。
「お前ハ強クなっタな」
喜びの中に一抹の寂しさを含ませて言うギラーは、その身を覆う羽の上からも隠しようのないほど
日に日に痩せ細っていく。
時々彼から彼自身の吐いた血の匂いがする事に、リアは気がついていた。
薬の効く病ではないとギラーは言った。リアの持ち込む食べ物も、あまり口にしなくなっている。
獣人でも診てくれる闇医者を探すというリアの申し出も、彼はやんわりと断った。
「異教徒にハわカらんカも知れんガ、老いれば死ぬ、病めば死ぬ、それハ摂理ダ。
無理に永らえるコとガ良いわけデハない」
「そんなの、わかんないよ……」
聞き分けのない子供めいたリアの台詞に、ギラーはギギ…と困ったように笑う。
「お前に教えられるのもあト僅カダ。俺の道楽に付キ合っテクれテ感謝する」
「……やだ!!」
リアは思わず叫び、ギラーにしがみついた。黒い羽に顔を埋め、嫌々と首を振る。
「やだ……やだよ。ずっと一緒にいてよ。あたしまだあんたに教わってないこといっぱいある」
「リアよ。お前ハ、アルタナの子ダ。いずれ世界ヲ見に旅立ツ者ダ。別れハ遠カらず来る。駄々ヲこねるな」
言いながら、幼子をあやすようにその翼でリアの髪を撫でる。
ギラーの体からは、やはり血の匂いがした。
そして晩秋のある日、ギラーはリアに別れを告げた。
「死にに、行くのね……?」
「ああ」
リアは腹の底から沸き上がる得体の知れない何かを堪え、拳を震わせて立ち尽くす。
「最後に、お前ヲ弟子にデキテ良カっタ。
叶うなら俺の持ツ全テヲお前に伝えテ逝キたかったガ、未練ダな」
リアに背を向けたまま普段どおりの口調で言う。ギギ…という擦れたような声も、出会った時のままだ。
「一ツ頼んデ置コう」
「なに?」
「お前の旅立ツ世界のドコカで、時々コの足欠ケのヤグードヲ思い出しテくれ。
俺ハココで果テるガ、そうすれば俺の教えタ全テハお前ト共に世界ヲ歩クことガできる」
ポタリ、とリアの俯いた頬から乾いた大地に一つ雫が落ちる。
「……断る!」
震える声で彼女は答えた。
「あんたまだ、あたしとの約束を守ってない。一緒に世界を見に行くって……」
「しカし、それハ……」
「言い訳なんて聞かない。どうしても行くっていうのなら……」
ぐっと、握った拳に力を込めて言う。
「あたしの中にあんたの全部を刻み付けてから行け!!」
悲痛な声に応える術もなく、ギラーが「すまんな」と返す。
「今の俺ハ衰えすギタ。お前に応えテやるダケの力ハない」
だがそんなギラーの言葉も、彼女の意思を翻すことはできなかった。
次いだ彼女の台詞は、ギラーをいつになく驚かせた。
「戦うことはできなくても、あたしを女にすることくらいはできるでしょ?」
「!?」
思わず振り返った彼を、リアは真っ直ぐに見据えている。
「……正気カ?」
反射的に口にした問いは彼の本心ではなかったが
「正気だよ、当たり前でしょ。わかんないのこの朴念仁!? あたしは……ずっと……ッ!!」
怒ったようなリアの声は、その先を告げず涙となって零れた。
「どんな形でもいい。あたしがこの先、冒険者として生きていくために、あんたの事を忘れないために……」
しゃくりあげながら、彼女は必死で言葉を綴る。
「あたしはあんたを、自分の中に刻み込んでいく!」
バサ…と痩せた手がリアの肩に置かれる。不器用に引き寄せる腕に彼女は従った。
「コの馬鹿者ガ……」
「お互い様だよ」
ぽふ、とリアが黒い羽に顔を埋める。ギラーは長い沈黙の後
「承知しタ」
と短くそれだけを口にした。
塒に戻ると、リアは病身のギラーを寝藁に横たえて、彼に覆い被さった。
唇を相手の嘴に触れさせて舌を差し出すと、軽く啄ばまれる。
甘い痛みに顔を引こうとすると、恐る恐る伸ばされた相手の舌に絡めとられた。
なんだかぎこちないな、と苦笑しながら顔を離すと、ギラーも同じ感想なのか困ったように喉声で笑った。
「先に断っテおクガ、俺ハ今まデ同族の女も知らずに来タ男ダ。何カ不備ガあっテも許せよ」
「あんたも、初めてなの?」
不承不承頷くギラーに彼女は小さく「なんか、うれしいな」と呟く。
「大丈夫、知識だけならあたしの方があるはずだから……たぶん」
甚だ心許ない保証だったが、そう言い置くとリアは一旦体を離し、自分の着衣に手をかけた。
「そういえば、その新しい胴着ハ前に自慢しテいタな。誉めテやるのヲ忘れテいタガ」
「いいって、別に。それより目つぶるかあっち向いてくれない?」
「ああ、済まん。見トれテいタ」
「ばっ……真顔でそういう事言うの禁止!!」
があー! と真っ赤になって逆毛を立てるリアに、ギラーは「ふむ。難しいものダな」と真顔で思案する。
暫らくして「いいよ」という声に目を開いたギラーは、着衣を脱ぎ落とした相手の姿にしばし瞠目した。
「そんな、ジロジロ見ないでよ。あんまり胸ないし、筋肉ついちゃってるし、生傷だらけだし……」
「いや」
胸と腰を腕で隠し所在なげに佇むリアに、彼は眩しげに目を細める。
「異教徒の女ヲ美しいト思っタのハ、お前ガ初めテダ」
忌憚無い台詞にリアはますます縮こまる。ふと肌寒さを感じて身震いした彼女は
次の瞬間ギラーの羽交いにくるみ込まれていた。
「お前ハ暖カいな、リア」
「うん。あんたも……」
言って、もう一度口付けを交わす。
先ほどよりもスムーズに行われた行為は、次第に互いを貪るようなものになる。
夢中で吸い、絡めとったギラーの舌は、微かに血の味がした。
胸の奥に生じる痛みに、リアは黙って耐えた。
ふと、下腹部の辺りに感じた熱にリアが手を伸ばすと、相手はびくりと体を強張らせた。
「え、あ……ギラー、これ……?」
見れば羽毛の合間から、普段は体の内に納められているギラーの雄が顔を覗かせている。
「こ……これって、感じてくれてるって事よね?」
「そうダ」
細長く先端の尖ったそれは、リアがおぼろげな知識から想像していたもののどれとも似ていない。
体をずらしておっかなびっくり触れると、ひどく熱く、脈を打つ感触が彼女の指に返ってくる。
「これが、ギラーの……」
リアはなけなしの知識を総動員して、その先端に唇を触れさせた。
「んっ……」
おずおずとざらつく舌を這わせる都度、微かな呻きと同時に相手の身体が震える。
くしゃっと彼女の髪を撫でつける痩せた手は、ひどく暖かかった。
その羽が柔らかくリアの背中を掠めるたびに、彼女の体に甘い痺れが走る。
「っふ……ギラー、それ、もっとして……」
「ああ」
リアは背筋をギラーの翼に愛撫されながら、無意識に自身の秘部に指を伸ばしていた。
「ひゃぁうっ!」
触れたそこは彼女自身にも信じられない位に濡れ、指先でなぞるだけで
叫びだしたくなるほど感じやすくなっている。
そこから先は夢中だった。
生娘の身で男の、それも獣人の性器をしゃぶりながら自身を慰める。
己の行為の淫らさを自覚しながら、彼女はそれを止めることができなかった。
「クッ! リア……」
彼女を正気に返したのは、切羽詰ったギラーの声だった。
「!? ギラー、大丈夫!?」
冷水を浴びせ掛けられたかの如く青ざめたリアに、彼は「いや」と苦笑交じりに答える。
「慣れテいないのデな、コれ以上ハ俺ガ保タんだけダ」
「え……? あ、うぅ……」
今度は真っ赤になり羞恥に身を縮めるリアをいとおしげに見遣って、ギラーが
「そろそろ、抱いテも構わんカ?」
と問う。
もう一度、自分の唾液にまみれたギラーのものに目を落とすとリアは
「……うん」
頷いた。
自身の中心部にギラーを押し当て、ゆっくりと腰を降ろす。
「ギラー、教えて。あんたを、全部……」
次の瞬間、彼はリアの体をきつく抱き締めていた。
己のそれで彼女を串刺すように、濡れそぼった躰の奥にある僅かな抵抗を突き破る。
「ひっ……ぎっ!!」
喉奥で悲鳴をこらえ、リアは痛苦に震える体でギラーにしがみついていた。
「か……は……」
痛みすら感じるほどのキツイ肉の締め付けに呻きながら
ギラーは息も絶え絶えに喘ぐリアの背を繰り返し撫でつける。
「ふ……あ、ギラー……?」
「リア、耐エろよ」
幾許か呼吸の落ち着いたリアに一言告げると、リアがこくりと小さく頷く。
答えを待って、ギラーは羽交いに拘束したリアの体に、腰を打ちつけ始めた。
「くっ! ひは……ひあぅっ!!」
抽送のたび、苦鳴とも嬌声ともつかぬ声がリアの喉を突き上げる。
リアの内部は、構造の違う異種族とは思えないほどきつくギラーに絡みつき
必死に彼を抱き締め続ける。
胸板に柔らかく当たるヤグードにはない器官に指を伸ばし、掌で包み込むと
鼻にかかったような声がリアの唇にのぼった。
潰さないように注意しながら力を込め、紅く立ち上がった先端部を爪で弾くと
彼を呼ぶリアの声に、甘い響きが混じってくる。
「あっ! ふぁ……ギラー……ギラーっ!」
未知の感覚にポロポロと涙を零しながら、繰り返し彼の名を呼ばわるミスラの娘に
ギラーは胸底を締め付けられるような思いを知った。
彼女を拘束する指に力が篭もり、小麦色の肌に爪を食い込ませる。
腕の中でのけぞる細い背中を、逃すまいとギラーは強くかき抱いた。
「ギラー! あ、もぅ……あたし、もう……あああッ!!」
不意にリアの上げる声が、細く悲鳴じみたものになった。
ざわざわとまとわりつく内部の感触に、ギラーにも射精感が込み上げてくる。
「リア。今、俺ヲ全部クれテやる」
告げると、ギラーは低く呻いてその精をリアの内奥に放った。
胎内に流し込まれる熱に体を震わせながら、リアが微かに微笑む。
彼女が眠りに落ちるまで、ギラーがその身体を離すことはなかった。
翌朝、肌寒さにリアが目覚めた時、思ったとおり塒の中にギラーの姿はなかった。
枕もとには、形見のように風切り羽が三枚置かれていた。
「……ばかやろー」
黒い羽を抱き締めて、リアは少しだけ泣いた。
枯れた草原に、冬の到来を告げる粉雪が舞い降りてきた。
年が明けて次の春が訪れた。
宿主のいない塒の前に、リアは小さな墓標を立てた。
「今日ウインダスを出る事にするよ。
こうやっていつまでも燻ってるのも、あたしの性じゃないしね」
そう言って、何かを吹っ切るように笑う。
西サルタバルタの海岸で、片足のないヤグードの死体が見つかったという噂を聞いたときも
不思議と取り乱すことも涙を流すこともなかったリアだった。
別れは…いやもっと大事は約束は、とうの昔に済ませてあった。
「そろそろ、ずっと夢だった世界ってやつを見に行ってやるんだ」
そう言って、胴着の胸元に手を当てた。
形見の羽のうち、二枚は墓標の下に、一枚はそこに。
「だから、あんたも連れてってあげる。
あんたのくれたもの全部、この身体の中にあるから」
言って、主のいない墓標に背を向ける。
「さあ、行こうギラー!」
そう胸の内に告げると。彼女は振り向かずに走り出した。
日差しは再び暖かさを取り戻し、新しい芽が草原に芽吹き始めていた。
おわり