ドラギーユ城。
大聖堂と並んで、サンドリア王国の象徴とされる荘厳な建築物だ。
政治の場であり、国防の要である騎士団の詰所であり、国を統べる王族の住まいでもあり、何故か地下に監獄まで抱えている。
よく言えば懐の深い、悪く言えば無秩序なこの城は、彼女にとっては職場であり、護るべき場所であった。
だが今日は…少し違う。

三日月が青白く光る夜。
亡き王妃が愛した美しい中庭で、彼女は想い人と逢瀬の約束を交わしていた。
手にはハート型のチョコレート。
ヴァレンティオンことヴァレーナがカフューに贈ったのは薬草を煎じた飲料だったが、彼女の想い人はククル豆を甘く固めた菓子を望んだ。
「もういいお年なのに……子供っぽいのだから…」
そう、今日は、ヴァレンティオン・デー。
貴族と小姓の娘が身分の壁を超えて結ばれた記念の日だ。

「せめて私が小姓で、彼が貴族ならよかったのに」
月を見上げて、彼女は溜息をついた。
2月の冷たい空気が、古い傷を刺す。
眼帯の下の、ぽっかり空いた洞のあたりを。

彼女の名はクリルラ・V・メクリュ。
神殿騎士団を束ねる美貌の女将軍の名を、サンドリア国内で知らぬ者はいない。

カフューとヴァレーナの恋物語から数百年。
世界は大きく変わった。冒険者が闊歩し、さまざまな種族の人間がさまざまな言葉でやり取りを交わす。
ありえないとされていた種族を超えた恋も、珍しい話ではない。
…だがクリルラのまわりでは、やはりそれは「他人事」だったのだ。

将軍であろうとなんであろうと、所詮は王族を護る騎士。駒のひとつに過ぎない。かわりはいくらでもいるのだ。
駒が、第一王子と結ばれることなんて有り得ない。
王族と騎士の間には、貴族と小姓の間よりも高い高い、越えられない壁が、今もまだ、在った。

「王妃様…御前での無礼、身の程を弁えぬ差し出がましい真似を…お許しください」

だからこんな愚かな行いは今日だけだ。
大昔の甘い御伽噺に、少しだけすがり付いて、夢をみるだけだ。


「クリルラ!」


背にしたローズマリーの植え込みの影から名を呼ばれ、彼女は振り返った。
「遅くなった、今日に限ってハルヴァーがくどくどうるさくてな!」
「いえ…」
照れくさそうに頭をばりばりかきながら歩いてくる男を愛おしげに見つめ、名を呼ぶ。
「私も今参ったところです、王子……いえ、トリオン」

短いキスを交わし、能天気に「俺の子を産め!そうすれば全部解決だ!」と笑うトリオンに曖昧にうなずき、彼が欲しがったハート型のチョコレートを渡した。
「クリルラがつくったのか!すごいなオマエは!何でもできるんだな!」
ベンチに座って無邪気にチョコレートを頬張る姿を眺めているだけで、クリルラは幸せだった。
「母上が生きていらっしゃったら、お前を嫁にすることに賛成してくださるとおもうぞ」
口の周りに食べかすをつけたまま自信たっぷりに笑うトリオン。
では教会の頭の固い連中と宰相をどうにかなさってください、と進言しそうになって、思いとどまった。
王子は決してバカではない。だが、駆け引きや言葉の裏を読んだりする術は持たない。
特殊な環境で育ちながら、驚くほど正直で真っ直ぐなまま成人した彼にそんなことを言ったら、明日の朝教会は大騒ぎになっているだろう。
「私は然るべき女性が現れるまで、王子のお傍に居させていただければ、それで幸せです」
あえて王子と呼ぶ。あえて距離を作る。そうすると単純な王子様は、我慢ができなくなる。
「俺はお前以外の女を、傍においたりはしない!」
仕向けた結果とはいえ、息ができないほど強く抱きしめられて、クリルラは幸せを感じずにいられなかった。
薄い夜着越しにじんわり伝わってくる体温と、可笑しいほど早く打つ鼓動をいとおしいと思った。
「…幸せです、トリオン……でも」
抱きしめられたまま、空を見上げる。月がだいぶ、傾いてきている。
「そろそろ巡回が来ます、もうお部屋にお戻り下さい」
夜風に当たって冷えたトリオンの頬を撫でて、背中に回っていた腕をやんわりと解き、夜着の中に潜り込もうとしていた掌を制する。
そっけないほどあっさりと、身を離した女将軍。
王子様は一抹の寂しさを覚え、ベンチから立ち上がろうとする手を、握って呟いた。
「……愛している、クリルラ」
望んだ言葉を、望んだときにくれる単純で可愛い恋人に、クリルラは微笑んで答える。
「…お慕い、しております」
愛しているとは言わない。言えない。 所詮は叶わぬ思いだ。

神殿騎士団の詰め所に戻る廊下を、クリルラは急ぎ足で歩いていた。間もなく夜勤と早朝の勤務交代の時間である。
…今日は新兵が初登城する日だったはずだ…
勿論、騎士団長に立会いの義務などない。だがひと声かけてやれば名もなき新兵の士気が著しく上がるのもまた事実だったし、彼女自身もそれを認識していた。
仕事を、しなくては。身の丈に合わないほの甘い時間を振り払うためにも。
自身にそう言い聞かせ、回廊の角を曲がる。詰所はもうすぐそこだ。

「…クリルラ」

不意に背後から声をかけられる。
「あれほど止せと言ったのに、懲りずに王子との逢引か?」
悪意を含んだ冷たい声に、クリルラは一瞬、身をすくめた。
…まずい男に…
立ち止まり、恐る恐る振り返る。
首まできっちり留め上げたガンピスン。浅黒い肌に漆黒の長い髪を後ろで束ねた男が、訳知り顔で笑みを浮かべて佇んでいた。
「ハルヴァー…様」
サンドリアを裏で統括する鬼の宰相。多種族を蔑み、血族や家柄を重んじる彼に、クリルラはひどく疎まれていた。
下級貴族の、赤魔導士の娘。女の癖に剣を振り回し、王子を負かして王家の名誉に泥を塗った、隻眼の醜い娘として。
「教えたはずだ。一介の騎士如きがドラギーユの長子をたぶらかしたなどと知れたら、その一族はこの国に居られなくなると」
立ち尽くすクリルラにゆっくりと歩み寄り、全身に舐めるような視線を送る。
「…私は何も……ただお話を…」
勤務時の鎧姿ではなく、薄い木綿の夜着に上着をひっかけただけであることに今更ながら気がつく。
その視線が胸元と股の間あたりにねっとり絡みつくのを感じ、クリルラは恥ずかしさのあまり全身を火照らせた。
「首に痕が」

ハルヴァーがさりげなく間合いを詰めながら、耳元で囁いた。
「…!」
反射的に首筋に手を当て、赤面するクリルラ。
「…話だけではなかったのか?私への虚偽の申告は、王国への背信とみなすがそれでよいか?」
その言葉でクリルラは気がついた。はめられた、と。だが既に遅い。
「……知れたのが私でよかったじゃないか。教会にでもばれたら即刻罷免は免れないぞ」
ハルヴァーの手が、クリルラの細い腰に触れる。もう片方の腕が肩にまわり、顎を掴んだ。
だがそんな不躾な行為にも、クリルラは抵抗できない。王族の次に権力を持つこの男に背けば、彼女も一族も、路頭に迷う。
拒むことのできない、薄い冷たい唇が近づいてくる。情緒のかけらも無い口づけを甘んじて受けながら、クリルラは自嘲した。
…ほんの一時の幸せのあとに、こんな代償が待っているとはな…
ハルヴァーの舌が口腔内をねっとりと弄る。クリルラの舌に絡みつき、歯茎をなぞり、どろりと唾液の糸を引いて、唇を舐めて、離れた。
「…来なさい。戒告で済ませてやる」
ハルヴァーは口元をガンピスンの袖口で拭うと、あくまで事務的に言い放ち、廊下を歩き出した。
方向は神殿騎士団の詰所ではなく、彼の私室だったが、クリルラに異を唱える権利は、勿論なかった。

「ここへ来るのは何度目だ、クリルラ?」
豪華な私室に鎮座する、ベルベッドのカバーをかけた大きなベッド。
入るなりそこに押し倒されたクリルラは、ガンピスンの肩越しに、天井のシャンデリアを見上げていた。
「…3度目…です」
ハルヴァーの手が、首筋をなぞる。襟元から夜着の中にするりと滑り込み、下着ごと乳房を掴んだ。
「……んっ」
乱暴に揉みしだかれ、下着をずりあげられ、直に指で捏ね回される。
好きでもない男の指の感触に嫌悪しながらも、痺れるような快感がじんわりと広がってくることに、クリルラはうんざりした。
「あの脳筋と乳くりあいたいなら、もう少しうまくやればいいものを」
のしかかった男が、薄く笑う。夜着を捲り上げられ、形の良い乳房が灯りの下に晒された。
重装備での日々の警邏、休みの日なく行われる剣の稽古によって彼女の身体は引き締まっていたが、乳房だけは豊かな丸みを帯びていた。中心の乳輪は淡いピンクでやや大きめに縁取られていて、さらにその真ん中に少し濃い色の乳頭がうずくまっている。
「なんだ、まだ勃ててないのか?王子に可愛がられたのではなかったのか?」
ハルヴァーの爪先が、ぎりりと乳首にかかった。
「…いやぁぁっ…!」
親指と人差し指の爪を、抉り取らんばかりの勢いで、食い込ませてくる。
同時に指の腹で、乳輪をすり潰しにかかった。
「…あぁっっ やっ やめてっ…」
もう片方の手が、あいていた乳房に伸びる。柔肉を掌全体で揉みしだきながら、同じように先端を捏ね回し、弄り、口をつける。

「ひぁぁっ あっ やめ……やめてくださ……!」
生暖かい舌に唾液を塗りこめられ、クリルラは悲鳴をあげた。
ハルヴァーは意にも介さずじゅうじゅうと音を立てて乳首を吸い、甘噛みというにはきつめに歯を立てる。
「………っ!」
鋭い痛みに耐えかねて、クリルラの背中が反った。それでも容赦なく噛みつかれ、もう片方の先端は爪先で刻み込まれた。
「痛いだけではなかろう、ここでよく感じるんだ」
手荒に扱っていたものに、一転して優しく触れるハルヴァー。
丁寧に舐め、転がすように扱う舌。いとおしむような指先。
強すぎる刺激を受け続けていたクリルラの両胸は、その愛撫にたちまち反応した。
「……んんっ……あっ」
ピンクの乳頭はたちまち芯をおび、ぷくりと勃ちあがってハルヴァーに存在を主張する。唾液で塗れ光り、どこか卑猥だ。
「ちょっと優しくしてやるとすぐ本性を現すか、この淫売が」
汚い言葉と裏腹に、ハルヴァーの手だけは、未だ優しい。
脇腹を撫で、臍の下を擦り、そろそろと下に下りてゆく。
遠慮がちに、そろそろと様子を伺うようにしていたトリオンの手の感触が、不意に思い出され、クリルラは唇を噛んだ。
「どうせもう濡らしているのだろう」
冷たい声で現実に引き戻される。いつのまにか内股に触れていた指が、下着越しに縦の筋をなぞる。
「……んぁっ」
クリルラの脳天に突き抜けるような快感と、小さく、だがはっきりと濡れた音。
その反応に気をよくしたのか、指がぐい、とねじ込まれ、ぐちゅ、ぐちゅと乱暴に前後しはじめた。
「……っ …んくっ…」
気丈な女将軍が声をたてまいと必死に口を押える姿に、ハルヴァーの中の嗜虐心が確実に、大きく膨らみはじめる。
「何だ、もう我慢が出来ないのか」
下着の股の部分を掴み、乱暴に引き摺り下ろし、脚から抜いた。股間の部分はじっとり湿り、絹の光沢の中、そこだけ色を変えている。
「だらしない口だ」

濡れた箇所を外側にして丸め、喘ぎ声を漏らす口に、ぐいと押し込んだ。
「噛んでろ、発情った牝はうるさくてかなわん」
屈辱的な物言いに、クリルラは目を潤ませてかぶりを振る。ハルヴァーは意に介さず、ガンピスンの下に穿いていた下衣の釦に手をかけた。
「下級貴族の出のお前が、王族を咥えこもうなど笑止」
白い太腿に、浅黒い手がかかる。力をこめたせいか、内側に赤い指の痕が浮いた。
「本来なら騎士団の慰み者でも文句も言えぬ家柄の分際で」
そのまま大きくM字に開脚し、濡れそぼった箇所を露わにするハルヴァー。
金色の陰毛は濡れてぺったりと張り付き、濃いピンクの秘肉と淫猥なコントラストを見せていた。
「恥じを知れ、クリルラ。この物欲しそうな様は何だ、情けない」
てらてら濡れ光る襞の奥に、遠慮なく指が挿しこまれる。
「……っ…」
爪先で柔らかい胎内を引っ掻かれ、クリルラは小さく呻いた。
「……っ ……んあっ…」
疼痛と一緒に、強い快感がやってくる。
「…っ …ぁっ …ぁあっ…」
ずぶずぶと出し入れされるたびに、遠のき、そして強く打ち込まれる。
「…… 脳筋のもこうやって咥えて、締め付けてやってるのか? このいやらしいま○こで」
指の動きと同調して背中を反らせ、腰をびくつかせるクリルラを見下ろし、ハルヴァーは面白そうに訊いた。
尻が浮き上がったところに片手を差し込み、二つの丘を割り開く。
「それとも、こちらか?」
襞から溢れた愛液で濡れた指先を、無理やりに褐色のすぼまりへ捻じ込んだ。
「−−−−−っ!!」
予測していなかった肉を抉られるような痛みに、クリルラの身体が大きくのけぞる。
「私はこちらも、嫌いではないぞ?」
ハルヴァーは笑いながら、無意識に逃れようとする細い腰を押さえつけた。
さらに体重をかけてベッドに押し付け、動きを封じてからゆっくり、挿しいれた指を突き動かす。
ほどなく2箇所の穴から、微妙に異質な濡れた音が響きはじめ、クリルラは身体をくねらせはじめた。
「…はぁぁっ あっ いやぁぁんっ」
噛み締めていた下着が口からこぼれ落ち、鼻にかかった甘い声を止める術はもうない。
指の動きに合わせて、豊かな胸もふるふると前後に揺すりたてられる。

「…クリルラ……トリオンでは…」
突き立てた指の動きは止めないまま、ハルヴァーは反った背中に腕を回し、抱いた。
「…トリオンでは、お前を幸せに出来ぬ」
大きな耳に唇を寄せて、声を落とすように囁く。
「…私の、ものになれ……」
耳の内側に舌を這わせる。わざと汚らしい音を立てて嘗め回し吸い上げると、クリルラが涙目で激しく首を振った。
「……王子…」
剣士にしては華奢な手が、ベルベットのシーツをぎゅっと握る。
その姿に、名を呼ばれなかったハルヴァーの、嫉妬と欲の我慢がきかなくなった。

髪を掴んでベッドから引き摺り下ろし、豪奢な姿見の前に引き立てる。
立場的に逆らえないクリルラはなすがままに、ハルヴァーの望む屈辱的な姿勢を取った。
「己の姿を、よく見ろ」
クリルラの背後に立ったハルヴァーは、彼女の紅い髪を掴んで、顔を無理やり鏡のほうに向けた。
鏡面には羞恥と快楽で上気した裸体が、床に這いつくばり尻だけを高く上げて、男に犯されるための姿勢で映っている。
乳首はぴんと勃ち、さんざん指で弄られた肉襞はぱっくりと口をあけて、内側の濃いピンクが濡れ光っているのが曝け出されていた。
「王子を想うなら好きにすればよい」
白い豊かな尻肉を、浅黒い指が掴み上げる。
「……っ」
熱く滾った怒張を押し付けられて、クリルラがもぞもぞと尻を振った。拒否の意思なのだろうが、それは男を煽る仕草でしかない。
「だがよく見ていろ」
ハルヴァーは喉を鳴らし、赤黒い己の器官の先を、クリルラの胎内に捻じ込んだ。
「……ぁ」
暖かい女体の内壁が、侵入したペニスを歓迎するかのように絡みつき、着実に締め付けてくる。
「……お前を征服するのは、この私だ!」

先端から広がる快感に急かされ、自身を根元まで、一気にクリルラに打ち込み、沈めた。
「…あぁぁあぁぁぁっ……」
鏡のほうに顔を向けられたまま、貫かれたクリルラが啼き声をあげる。
「…見ろ!お前は誰に犯されている?お前の乳房を、子を産む箇所を辱めているのは誰だ!?」
ハルヴァーは耳元で執拗に囁きながら、豊かな乳房を揉みしだき、パンパンと音を立てて腰を打ちつけた。
芯を持った乳頭を爪先でこね回し、陰毛の影でひっそりと剥けている肉芽をも責める。
「…いや……いやぁっ……トリ…ン!」
敏感な箇所を直接すり潰され、クリルラは玩具のようにがくがくと仰けぞった。繋がった箇所からはどくどくと愛液が垂れ流され、毛足の長い絨毯に染みをつくっている。
「王子の名を呼びながらもこのザマか」
自らの腕の中と、鏡の中の乱れるクリルラにハルヴァーは酔った。
視覚が、触覚が、匂いが、異常な状況が、そして何より自らを咥え込んで離さない貪欲な身体が、彼を着実に追い込んでゆく。
ハルヴァーの中で、出口を求める衝動が急激に膨らむ。限界が近づく。
「……あぁぁっ…やぁっ……いやぁっ…イっ……イッちゃ……」
締め付けてくる。きつく緩く、きつくきつく緩く、きつくきつくきつく。
「…私の子を産め、クリルラ…!」
汗にまみれた身体を抱きしめて、吐精と同時に呟いた言葉は、彼の本音に他ならなかった。

「お話は終わりでよろしいでしょうか…」
絨毯の上に崩れていたクリルラが、気だるげに身体を起こす。
先刻まで繋がっていた箇所は、未だひくひくと蠢いていたが、彼女はかまう事無く下着を身につけ、ハルヴァーの着ていたガンピスンを纏った。
「クリーニングしてお返しいたします、宰相」
目をあわす事無く乱れた髪を結い上げ、振り返る事無く部屋を出て行く後姿に、ハルヴァーは確信していた。


…仮に、身分や慣習や周りに阻まれて彼女の思いが叶わなくても。
 それでも自分の思いが叶うこともないと。