<キャラフェイス>
ミュリン エル♀ F4赤髪
ヴァーヴズ(スカイワンダラー) ガル F5茶髪


どこまでも白い世界に紅い花が咲き乱れ散っていく。



何もない、ただ真っ白な世界でもぞりっと何かが動いた。
雪の塊がむくむくと盛り上がり
同時に白一色の世界に紅い染みが滲み出す。
ただの雪の塊と見えたものは
緩慢に何かを払い落とすような仕草を見せた。
そこにはガルカが上半身を起こして座っていた。
高位の白魔道士しか着衣を許されないブリオーには
いくつもの傷と裂け目があり、そこから血が滲み出していた。
ガルカはゆっくりと辺りを見回し、誰の姿も無い事を確認した。

不穏な噂の絶えない最果ての城を調査した帰りだった。
調査隊は騎士団から選抜された本隊と
サンドリアに所属する冒険者の護衛隊で構成されていた。
本隊にはサンドリア教会から派遣された白魔道士がいるにも関わらず
他種族より魔力に劣る自分がメンバーにいる理由を心得ていた。
【命を賭して本隊を帰還させること】
護衛隊の最優先任務だった。
つまりは彼女を守り代わりに死ね、そういうことだ。
気位が高いエルヴァーンの騎士達はあからさまに護衛隊を
特にガルカで白魔道士などという変り種の私を見下していた。
その中で白魔道士の少女だけが笑顔を向けてくれた。
常に異端者である続ける私にはそれだけで十分だった。
彼女が生きて戻る為なら、全身全霊懸けて祝福を与えよう。

調査は大成功を納め、帰還すれば英雄として称えられるはずだ。
たが、得られた成果はガルカである私にとってひどく後味の悪いものだった。
エルヴァーンの騎士達どころか、護衛隊の仲間ですら私を見る目が変わってしまっていた。
当然だろう。
彼が語り部という特殊な能力を有してなければ、何も起らなかったのかもしれないのだから。
意気揚々と帰路を辿る仲間達と対照的に、
後ろからトボトボとついていく私に唯一人、声をかけてきたのは件の少女だ。
「あの方の魂に祈りを奉げてもよろしいのでしょうか?」
意味が分からなかった。
首を傾げた私を困ったような顔で見つめている。
「ガルカ族は亡くなると転生すると聞いたので、魂の安寧を祈るのは・・・その・・・」
なるほど、ごもっともである。
私は白魔道士とはいうものの、修道士ではないので死者に対する祈りの言葉を持たない。
まして、寿命半ばで倒れたガルカがどうなるのかも知らない。

だが。
「転生できるのは天寿を終えた者だけなのです。
貴女が祈ってくださるのなら、彼の魂もきっと彼女の元へ行けるでしょう。」
「本当ですか?私、心を込めてお祈りしますね。」
そう言うと彼女は北に向かって跪き、長い祈りを奉げた。
彼女の詠唱は風に乗り、最果ての空へと流れていく。
「楽園への扉が開かれますように。」
アルタナの印を結んで儀式は終わった。
彼女はふぅと息を吐き、立ち上がろうとしてよろめいた。
死者への祈りは秘術とされる蘇生魔法レイズを詠唱するよりも消耗すると聞いたことがある。
慌てて彼女を抱きかかえる。
「ご、ご、ご、ごめんなさい!」
顔を真っ赤にして、手をじたばたさせ、私の腕から逃れようともがく。
「じっとしていてください。そんなに暴れるとますます消耗しますよ?」
途端に大人しくなった。
「このまま走ります、随分と本隊から遅れてしまったようですから。」
「ええぇ〜〜〜?!」
私は彼女の悲鳴のような非難の声を無視して、
ボスティン氷河へと進路を取っているはずの調査隊を追いかけた。
しばらく走ると、まだ新しい行軍の跡が見えてきた。
「あ、あの。」腕の中で小さくなっていた少女がおずおずと話しかけてきた。
「もうすぐ追いつくのではありませんか?」
「はい。」
「では、追いつく前に降ろしていただけるといいのですが。」
「何故ですか?」
「何故って・・・」彼女は絶句した。
「私は修道女ですから、その、男の方にだ、だ、だ、抱かれたままというのは・・・あの・・・」
何とか気力を振り絞ってこう呟くと、真っ赤になった顔を両手で覆ってしまった。
ガルカの身体的特徴は男性だが、性別はない。
生殖機能もないから、性的な恥じらいとか欲求とかそういうものとは無縁である。
私もガルカの例に漏れず、その方面に関しては至って無頓着であった。
「これは申し訳ない。」彼女の立場をもっと考えるべきであった。
私に抱きかかえられたまま本隊と合流したら、どのような非難を浴びるか分かったものではない。
彼女をそっと雪の上に立たせる。
「気遣っていただいたのに、ごめんなさい。」
ぺこん、と頭を下げる。赤いおさげ髪が長い耳の後からこぼれた。
「いや、私の方こそ。」
顔を上げた彼女が「くすっ」小さくと笑った。私も釣られて「ははっ」と笑う。
「やっと笑ってくださいましたね。」
「そうでしたか?」
「ええ。」
「どうやら気を遣ってもらっていたのは私の方だったようですね。」
「そんなことありません。さぁ、行きましょう。そろそろ隊長様が…」
彼女が言い終わらないうちに鋭い声が通信用パールから響いた。
"ミュリン様!本隊から離れて一体何をしていらっしゃるのです!"
彼女は首を竦め、ほぉら来たと言うように私に目配せした。
"ごめんなさい。雪に足を取られてしまって。今すぐ追いつきます。"
"そういう時は言ってください。単独行動は危険ですから。"
"ヴァーヴズ様がご一緒ですから安心なさってください。"
"ヴァ…?失礼。ガルカ流の名前は発音しにくいもので。スカイワンダラーのことでしたね。
とにかく待っていますから急いで合流してください、いいですね?"
"はい。"
答え終わった彼女は、通信用パールに向かって舌を突き出した。
「べーっだ!」
少々呆気に取られている私を見て笑う。
「あはは、急ぎましょう。また怒られる前に。」
そう言って小走りで駆け出した。
頷き後を追う私の耳元で隊長の殺気立った声がこだまする。
"ガルカ風情がいい気になるな!"と。

氷河へと続く峡谷の入り口が間近に迫ってきた頃、止んでいた雪がまた降り始めた。
少し視界が悪くなっていたが、峡谷の手前で沢山の人影が視認できた。
が、何か様子がおかしい。
風に乗って金属の打ち合う音や怒号のようなものが聞こえる。
まるで戦闘中のような…
私は通信用パールを護衛隊のリーダーにだけ聞こえるよう調整して尋ねる。
"何かあったのですか?"
"ワンダか!?城にいたオークどもだ!やつら追いかけてきたのか、
ただ逃げようとして鉢合わせたのかは分からねぇが、とにかくヤバイ!頼むっ!"
城には各エリアに獣人達が居たが、あそこに巣食うデーモン族のように
盟主に絶対的忠誠を持って仕えていたものばかりではないのだろう。
求心力を失った寄せ集めの軍勢が役目を終えたとばかりに逃げ帰ろうとしてもおかしくは無い。
"了解。"
彼女も異変に気付いているのだろう、
小声で会話するこちらをチラチラ振り返りながら走っている。
「みんなが襲われています、急ぎましょう!」

駆けつけてみると、峡谷の入り口はオークで埋め尽くされていた。
この向こうで味方が頑張っているのだ。
私は防御魔法と合わせてスニークとインビジをかけ、
抵抗する彼女を無理やり肩に担ぎ上げるとオークの群れに飛び込んだ。
無闇に武器を振り回し、獲物を求めて荒れ狂うオークどもを押しのけて進む事など彼女には無理だった。
獣人を掻き分けて進みながら最前線をどうやって突破しようか少ない知恵を廻らせていると
聞き覚えのある旋律が聞こえてきた。
おそらく戦線を立て直す為に護衛隊の吟遊詩人たちがララバイを唱えているのだ。
このチャンスを見過ごす手はない。
歌声が途切れ、オークの動きが止まったのを見計らってインビジを解き味方目指して走り出す。
狩人たちが一斉に矢を番えこちらに狙いを定める気配に
「撃たないで下さいっ!」と叫びながら前衛の列を突破する。
「なんだ、あんたか。オークかと思っちまったよ。」狩人部隊のミスラがこちらを見てニヤリと笑った。
「よく戻ってくれた。早速で悪いが頼む。」リーダーの指示に後衛陣を見回してみれば
膨大な魔力を誇るタルタルの魔導士までもが疲労で座り込んでいる。
「ごめん、ちょっと休ませて。」小さな手をひらひらと振っておどけて見せるものの
ゼイゼイと肩で息をしてかなり苦しそうだ。
「いつまでお姫様を担ぎ上げてるつもりだ?早く降ろさないと後ろから苦情が来るぞ。」
赤魔導士がリフレッシュを魔導士たちにかけながら後方の本隊をひょいひょいと指差す。

「そうだった。」ミュリンを雪の上に立たせ、怪我をしていないか確認する。
「あの、私も白魔導士ですから。」手を胸の前で組んで焦るミュリンにリーダーが声をかける。
「早く本隊と合流してくれ、そうじゃなきゃ俺たちも引けないんでね。」悪気のない、
むしろ彼女を気遣っての言葉だったのだが、ミュリンは迷惑をかけているのだと思ったらしくしょげる。
「私にはこれぐらいしかできません、ごめんなさい。」そう言うと女神の印を結んでケアルガVを唱え、
本隊に向かって走り去っていった。
ぱぁーっと光の粉が舞い散り、護衛隊の体力が一気に回復する。
「それは私の・・・」言い掛けた私に「これからが大変だから魔力を温存しろってこったろ。」
ミスラが言葉と一緒に番えた矢を放った。
「来るぞ!」
ララバイが解けた瞬間のオークどもの虚をついて、狩人たちの矢が影を縫い止める。
体力の回復した前衛陣が抜刀し切りかかる。
「本隊が氷河まで撤退する時間を稼げばいい!」
リーダーの指示に「おおっ!」と短く答えると、それぞれの役目を果たすことに集中した。
戦闘は消耗戦に突入していた。
オークどもは闇雲に前に進むだけで、決して引こうとはしない。
倒しても倒しても仲間の死体を踏み拉き、
城にいたオークたちと同じとは思えないほどの力で押し寄せてくる。

「まだ本隊のヤツラは逃げてないのか!」
「分かりません!!向こうも交戦中のようなことを言ってます!!!」
全員が不味いことになっていると感じていた。
「すまん、みんな。貧乏くじを引かせてしまったみたいだ。」
リーダーが仲間を振り返る。
「ふふっ、英雄なんてガラじゃねぇってことかい。」
「そうみたいだな。」
「ま、やれることはやらないと。」
「悔いを残して彷徨うなんてまっぴらごめんだ。」
全員が限界まで能力を高め、持てる限りの技でオークどもを薙ぎ倒す。
私も覚悟を決める。脳裏にミュリンの花のような笑顔が浮かぶ。
全身を暖かい光が包み、私は女神が差し伸べるその手を取った。
「みなに祝福を!」
オークどもは怒りに燃える目を一斉に私に向けると狂ったように襲い掛かってきた。
「馬鹿、お前!」リーダーの怒声が遠くに聞こえる。
「私ならしばらくは持ちます!撤退してください!」
その後は何が起こったのか分からない。
おとなしく殺られるつもりはなく片手棍を打ち振るっていたところで私の記憶は途切れていた。

何故助かったのか分からずにぼんやりする私の手に
1枚のぼろぼろになった札が握られていた。
それは蘇生魔法の力が封じ込められていた呪符だった。
私が持ってきたものは城での戦闘に使ってしまっている。
一体誰のものだろう。
近づけて見ると、ライラックの香りが微かにした。
ミュリンだ。知らぬ間に私の片手棍の柄に貼り付けていったのだ。
白魔道士が武器を取る時、それは危機的な状況に他ならない。
私の行動を予測してか?
何があっても生きろと彼女が言っているのだと思った。
ならば、私は精一杯応えなければならないだろう。
戦闘の痕跡は降り積もる雪に覆われ見えない。
かなりの時間が過ぎているようだった。
パールに話しかけても返事がない。
この下にあるいは仲間が埋もれているかもしれないがもはや確認のしようがなかった。
軋む身体を起こし、雪を踏みしめ氷河へ向って歩き出した。

ふらつく足を引きずり、氷河へと辿り着いた私の目に映ったのは
累々と横たわるオークと仲間の屍だった。
駆け寄ることもままならず、這いずるように近寄って一人ずつ抱き起こしては名前を呼ぶが
その身体は冷え切って、もはや蘇生魔法も受け付けない状態だった。
「なんてことだ・・・」私一人が生き残ってしまったのか?
ミュリンは?彼女はどうなったのだ?
鉛の様に重い身体に鞭打って、私は彼女を探した。
屍の原が途切れる頃、崖の下で動くものが見えた。
オークどもだ。何かを奪い合うように群がっている。
私は崖っぷちまで進むと下を覗き込んだ。
2匹のオークが向かい合うようにして白いものを挟んで腰を打ち付けている。
周りで見ているオークどもは片手を白いものに伸ばし、片手は股間の辺りを弄っている。
それを取り囲むようにオークの輪が広がっている。
何をしているのか分からず身を乗り出した時、片方のオークが赤い糸束のようなものを
引き上げ他のヤツと交代しようとしていた。
なんということだ。白い固まりに見えたのはミュリンだった。
オークどもは寄ってたかってミュリンを嬲っているのだ!

もはや抗う気力も残っていないらしいミュリンは成すがままにされている。
外気に晒され血の気を失った白い肌には赤黒い醜い手の跡がいくつも浮かんでいる。
その光景はおぞましいの一言だった。怒りと憎悪がふつふつと湧き上がる。
だが、私は無力だった。己の身体さえ満足に動かすことが出来ない。
己の無力さを呪い、アルタナに祈った。
誰か彼女を助けてくれ!

ひゅん。一瞬、風が吹いたのかと思った。
周りを取り囲んでいたオークの壁が崩れた。
ミュリンを掴んでいたオークも異変に気がつき、顔を上げる。
その首が次々と落ちていく。
動くものがなくなった世界に、カチャンと剣を鞘に収める音が響く。
そこには雪よりも白い甲冑を纏った白髪のエルヴァーンが立っていた。
マントが風になびき、舞い降りた白い鳥のようだった。
おそらく女だと思われる人物はマントを外すと横たわるミュリンに掛け、抱き起こした。

彼女の手が動き、マントを掴む。生きていたのだ。
しかし、その喜びも束の間だった。
2人で何か言葉を交わした後、ミュリンは祈るように跪いた。
謎の女は立ち上がると剣を抜き、彼女の首筋に当てると躊躇なく引いた。
血が吹き上がり、彼女と女を赤く染めて行く。
「何故だぁ!!!!!」
絶叫する私を女は眉ひとつ動かさずに見つめていた。
氷のように冷たい目をして。
女に掴みかかるように手を伸ばしたところで私の記憶は再び途切れた。

目覚めた私は見覚えのない天井を眺めている。
彼女は事切れる瞬間、確かにこちらを見た。その唇は「生きて。」と言っていた。
ああ、生きてやる。必ずあの女を探し出し、この手で殺すために。

【さすらう者:了】