めずらしく自宅の書斎にいたアジドマルジドは、遠慮がちなノックの音に顔を上げた。
「なんだ?」
ぴょこりと顔を出したのは妹のアプルル。彼女は難しい顔をしたままアジドマルジドが
座っていた机の前まで寄ってきた。
遠慮深い性格だがたった一人の兄には歯に衣着せぬ物言いの彼女が、これほど言いにくそうに
しているのはそう見た事が無い。
「なんだ?」
よほど困った事があったのかと促してやる。彼女は上目遣いに兄を見ながら小さな声で
告げようとした。
「あのね、シャントッ……」
「俺は居ない」
みなまで言わせず、アジドマルジドは言葉を遮った。今まで読んでいた本をばたりと勢いよく閉じて
窓へと向かう。
「じゃあな」
即断即決の彼らしく、一秒も無駄にせずに撤退を決意した。すぐさま窓からの脱出を試みる。
もちろんアプルルが黙ってそれを見逃すはずも無く、彼女は慌てて裾を掴む事で兄の逃亡を阻んだ。
「いやあよ!お兄ちゃん自分で言ってよ!」
「居ない人間が言い訳できるわけなかろう!」
「自分が出来ない事を人にさせるなんてずるい!」
「あの人の相手なんざごめんだ!」
「わたしだってできないもん!」
それぞれがひとつの院を任されている政府の重鎮とは思えぬような窓際の攻防戦は、
突然の高笑いに遮られた。
「あらあらまあまあ、ご兄妹仲が良ろしくて」
二人はぴたりと動きを止めて、ノックひとつせずに中に入ってきた女性を見た。
「お忙しい口の院院長がご在宅でよろしかったこと」
長い睫に縁取られたつぶらな瞳、チェリーの唇はいつも微笑んでいるような表情をしている。
好んで身につける黒色のローブは白い肌とつやつやとした淡い色の髪に良く映えていた。
だが、常人とはっきりと彼女を分けるのは、目に見えそうなほどに溢れる力だ。
力ある者に特有の雰囲気が彼女を覆い、彼女が誰かは知らなくてもすれ違った誰もが振り向くに違いない。
黙って立っていれば、可愛らしい、あるいは美しいとさえ言えるかも知れない。
恐らく崇拝者には事欠かなかっただろう。
……黙って立ってさえいれば。
しかし、ここにいるのは口を使うのを生業とする黒魔道士、その極めつけともいえる口の院院長を
担った女性である。前院長にして現在も巨大な影響力を持ち、ウィンダス連邦では高名勇名悪名が轟き、
他国では名を呼ぶ事すら憚られる。そして冒険者には畏怖混じりの視線の的である、
黒魔道士シャントットその人。
二人からしてみれば、訪問を受けたというより襲撃を受けたという気分である。
そこで立ち直ったのはさすがに兄が先だった。
「前院長こそ、お忙しいでしょうに」
「わたくしは隠遁した身ですからね、時間は自由に使えますのよ」
「……その自由な時間をわざわざ割いてお運びいただいたのはどんな理由で?」
アジドマルジドは一番聞きたくない質問を一番最初に放った。このままずるずるとまだるっこしい会話を
していると、どんどん彼女のペースに巻き込まれるのは既知の事だ。
ただでさえ不意打ちをくらって不利だというのに、余計自分の足場を無くすのは願い下げだった。
「それが聞きたいと仰るのかしら。よござんす、わたくしが今日わざわざ足を運んだのは他でもありませ……」
「ちょっと待った!」
アジドマルジドはシャントットの言葉を慌てて遮った。元々人の話を聞く方ではないが、
彼女の話を遮るなど後を考えるだに寒気がする。しかも黙って遮られてくれた彼女の方など恐ろしくて
見る事もできないのだが。
「アプルル」
「え、あ、なに、お兄ちゃん」
やりとりにあっけに取られていた妹は目をぱちぱちさせながら応えた。
「お前、外に出とけ」
「う、うん」
願ったりの兄の言葉ではあったが、そのままでは虎口に兄を見捨てていくような気分でもある。
「お客様にお茶くらい出せ」
それをわかったのか、アジドマルジドは言葉を次いだ。
「わかった」
アプルルは慌てて頷いて、りっくりっくと扉に向かう。シャントットはその背に声をかけた。
「まあまあ、気が利く妹さんだこと。何が好きかと問われたら、わたくし、濃い目のサンドリアティーと
ロランベリーのミルフィーユパイとお答えしましてよ」
それを聞いて、アプルルは眉をしかめた。
「ウィンダスティーしか置いてないよぅ、お兄ちゃん」
「……悪いが、両方買ってきてくれ。口の院にツケといていいから」
「だって、まだお店開いてないよ」
「時間掛かってもいいから。すまん」
「……うん、わかった。お兄ちゃんがんばってね」
めったにない兄の謝罪に、アプルルは頷いた。小声のやり取りを聞いているのかいないのか、
シャントットは澄ました顔だ。
アジドマルジドは妹を送り出すとため息をついて振り向いた。
「それで、御用の向きは?」
「あら、お礼なんていいんですのよ、わたくしが突然参ったんですもの」
「あばら家にわざわざのご来臨痛み入ります。で?」
「口の院の院長殿はせっかちだこと」
シャントットは突っ立ったままのアジドマルジドの側によると、顔に掛けていた眼鏡を奪い取った。
「ちょっ」
「まったく、こんなガラス球を顔につけて何が楽しいのかわたくしにはわかりませんわね。
あなた、お父上に似てまあ見れない顔ではないというのに」
シャントットはアジドマルジドの眼鏡を掛けて、ホホと笑った。
「わたくし、欲求が大変不満していますの」
「なん……」
シャントットは、絶句したアジドマルジドに笑いかけた。笑顔が恐怖の対象になる事を、
彼は心の底から思い知った。
「満足させなさい」
そう言うと、シャントットはアジドマルジドの服の前を乱暴に開いた。
アジドマルジドは圧倒的な地力の差を感じながらも必死で抗弁を試みる。
「貴女の相手したがるやつは他にいるでしょう、冒険者の連中とか!」
"酔狂な"とつけたいのをぐっと堪える。ここで彼女に更に不興を買うわけには行かない。
「わたくしが魔法力も碌に無い下等人種に触れさせるわけありませんでしょう」
「いや、タルタルの黒魔道士だってなんぼでもいるでしょうに」
「白魔法を唱える黒魔道士なんて堕落したもの、黒魔道士じゃなくってよ」
ヴェラだのイザシオだの、あんな者は許されざる存在ですわとシャントットは息巻いた。
ついでに手を伸ばしてアジドマルジドの髪飾りを乱暴に取って放り投げる。
アジドマルジドはそれにつれて落ちてきた髪の毛をうっとうしげに払った。
「俺だって白魔法知らないわけじゃないですが」
「そこは気に入りませんわね」
シャントットは頭の装備に掛けていた手を止めて、じろりと彼を睨んだ。
「でもわたくしは慈悲深いですから目を瞑って差し上げましてよ」
「いや、瞑らなくて結構ですが」
アジドマルジドはなんとかシャントットの魔手から逃れようと後ずさっていたが、
とうとうその背中が壁に突き当たった。進退窮まり冷や汗をだらだらと流す彼とは対照的に、
シャントットは涼しげな表情だ。アジドマルジドの頭覆いを引き降ろしてしまうと、
そのまま顎を捕らえてぐいと唇を重ねた。
「んむっ」
僅かに開いた口に舌を滑り込ませる。散々口の中を蹂躙してからシャントットは唇を離した。
「やっぱりこれ、邪魔ですわね」
掛けたままだった眼鏡を取って放る。割れるかと一瞬ひやりとしたが、眼鏡は割れる事無く、
部屋の隅にあるソファの上に無事着地した。
「で、何かまだ言う事はおありなのかしら、アジドマルジド?」
アジドマルジドはため息をついて天を仰いだ。部屋中どころかウィンダス中を見渡しても助けは望めない。
妹の帰りが遅くなるだろう事だけが僅かな救いである。
彼女がそれを狙っていたのかどうかはともかく。
「……降参です」
アジドマルジドは肌蹴られた服装のまま、降伏の印に両手を上げた。
シャントットは黒焼きを目の前にしたミスラのような顔でぺろりと唇を舐めた。
きゅっと釣り上げられた唇が濡れて光る。確かに魅力的な光景だ。その唇から出るのがこんな言葉でなかったら。
「結構だこと。妹さんも応援していたようですし、がんばっていただきましょう」
それは違う意味で言ったんだという言い訳はアジドマルジドの口に出される事無く消えた。
シャントットの白い手がアジドマルジドの顔を引き寄せて唇を啄ばんだ。ぞくぞくするような快感への期待。
それに押されてアジドマルジドは熱い息を吐いた。開いた口に、ピンク色の舌が侵入してくる。
別の生き物のように蠢いてゆっくりと口中を蹂躙し、歯列を割り捕らえた舌と絡み合う。
ねっとりとした唾液はどちらのものか、唇の端から糸を引いて滴った。
諦めたのか開き直ったのか。最初はされるままだったアジドマルジドもしだいに積極的に動き始めた。
共食いのような口付けを交わしながら、お互いの手が相手の衣服に手をかける。
シャントットは毟り取るように剥ぎ、アジドマルジドは慎重に取り払う
生まれたままの姿になると、シャントットはアジドマルジドの身体を巻き込んで倒れこんだ。
二人分の体重をカウチの柔らかい感触が受け止める。動こうとしたアジドマルジドの手を押さえつけ、
シャントットは体の上に馬乗りになった。男にしては柔らかい肌を舌と指で愛撫し始める。
ぽつりと色付いた乳首を舐めながら、空いた手がアジドマルジドの下半身に伸びた。
「……っ」
大きさを測るように男根を弄る。滑らかな掌の感触に、アジドマルジドの身体はすぐに反応した。
「元気でよろしいこと」
身体を下にずらし、彼女は文字通り舌なめずりをすると躊躇なくアジドマルジドのものを咥え込んだ。
大きく吸い込むように喉が動き、玉を弄びながら裏筋を舌でなぞる。
既に反応し始めていたとはいえ、遠慮の欠片もなく刺激を与えられて、
アジドマルジドは半ば無理矢理に勃起させられた。
硬く立ち上がったものは、タルタルの口には余る大きさだ。シャントットは先走りを零し始めた先端を咥え直すと、
舌先で嬲りながら両手で幹を擦る。鈴口を小さく幾度も吸ってみたり、舌を這わせて撫であげたり、
彼女が動くたびにアジドマルジドは蕩けるような感覚を味わった。
「……シャン……トッ……!」
アジドマルジドは喘ぎ混じりにそれを押し留めようとする。
「このままイったりしたら、おしおきですことよ」
そう言いながらも完全に主導権を握ったシャントットの愛撫は止まらなかった。
むしろますます煽るような動きを繰り返す。
足を大きく開かせると後門に指を添える。
「ちょっ、そこ……はッ」
慌てたような抗議に構う事無くシャントットはそのまま指を突き入れた。一瞬痛みに萎えたものの、
彼女の指は的確すぎる程の動きでアジドマルジドの快感を穿り出した。
身体の内でもっとも脆弱な部分を外と内から嬲られて、アジドマルジドの身体はあっけなく降伏した。
息を詰め身体を震わせて吐き出した精は、自分でも呆れるほどの勢いでシャントットの陶器のような肌を白く汚していった。
「あらあらまあまあ」
「〜〜〜〜〜〜っっ」
シャントットの揶揄交じりの声に、アジドマルジドはがっくりと項垂れた。
自分が漏らした白濁を拭い、それを舐め取る姿に、再びアジドマルジドの中心は力を増した。
「ほほほ、可愛らしい事」
シャントットの顔は笑みの形を作ったが、目は笑っていない。
「それはそれとして、勝手にイったのはおしおきですわね」
シャントットは起き上がった身体を再びカウチに押しつけると、その顔の上にまたがった。
目の前に淫猥な花が開いて彼を誘う。その無言の命令に、アジドマルジドは従った。
舌を伸ばすとその溢れるものを啜った。すでにそこは熱く潤みきり、どれだけ掬い取っても奥から泉のように
愛液が溢れ出て来る。猫がミルクを飲むようなぴちゃぴちゃという音が部屋中に響いた。
「くふ…ッ、はあっ、あんっ」
我慢できなくなったようにシャントットが腰を振り尚も押し付けてくる。
「もっと、もっとですわ……あぁっ」
柔毛の間から顔を出した小さな芽を尖らせた舌で穿ると、シャントットの艶めいた声が高まった。
アジドマルジドは先程のお返しとばかりに指と舌で襞の奥までなぞり、刺激する。
「あっ、あ、あ、んぁぁあんっ!」
軽く頂点を迎えたのか、シャントットの身体から力が抜けてアジドマルジドに重みが掛かった。
荒い息をつくシャントットの小柄な身体から、いつもは意志で制御している魔法力が溢れ出してくる。
ふと見ると、灯火に集まる羽虫のように、エレメンタルが二人の周りに現れた。
その光景にぼんやりと目をやっていたアジドマルジドの鼻にきな臭い匂いが届いた。
「ヤバっ」
嬉しげに躍る火のエレメンタルが、書棚へと近づいていく。アジドマルジドは慌ててシャントットの
身体の下から逃れようとした。
「……バインド」
その行動は、シャントットの気怠げな呪文で簡単に遮られる。
「ちょっ、焼き殺すおつもりですかっ」
極初級の呪文をレジストする事もできず、力の差に内心がっくりとなりながら、アジドマルジドは抗弁を試みた。
「お黙んなさい」
シャントットがそう言った途端に、水のエレメンタルがぶるぶると震え出し、小さく燻る本の間でぱちんと割れた。
「こうしておけばよろしいのよ」
火と水が絡み合い、風と氷が躍る。雷が歌い土が震える。それぞれを煽りまた打ち消しあう様は、
幻想的で美しい光景ではあった。巻き込まれる部屋の調度に目を瞑りさえすれば。
ため息をつくアジドマルジドの後ろで、シャントットは半身を起こしてアジドマルジドをねめつけた。
「わたくし全然まったくちっとも満足してなくってよ」
アジドマルジドは、妹への言い訳を考えるのをやめ、振り返った。
そのまま返事をせずに、不満を訴える彼女の口を口で塞ぎ、その身体に覆い被さった。
今度主導権を握った、あるいは握らされたのはアジドマルジドの方だった。
滑らかな頬からその長い耳まで軽く口付けて行く。
「くふんっ、ぁ」
唾液を塗すように耳の穴に舌を差込み、ねっとりと愛撫する。器用な指がするすると身体の曲線を下り、
恥丘にたどり着く。指を埋め込むと、つい先程までの熱は簡単に甦った。
くちゃくちゃと乱暴に掻き混ぜると、腕の中の身体が細かく震え、アジドマルジドにしがみついた。
「いきますよ」
「はや、く、なさいっ」
こんな時でも命令形の彼女は、多分死ぬまで彼女自身だろう。それは多分自分も似たようなもので、
折れるのは自分が消える時だとアジドマルジドは思い定めている。
泡のように浮かんだ感傷的な気分は、すぐさま快感の渦に飲み込まれた。
頷いて、熱く潤む胎内に楔を打ち込む。
シャントットの身体は、アジドマルジドを抵抗なく受け入れ、尚も貪欲に搦め取ろうと蠢いた。
気を抜けばあっという間に爆発しそうな感覚に、歯を食いしばる。
「あは、ぁあっ」
乳房というには些か控えめに過ぎる曲線を握って、柔々と揉みしだく。色付いた頂点の赤い実を口に含んで
転がすと、シャントットの唇からは快感に上ずった声が漏れた。
その声を聞きながら、アジドマルジドは汗ばんだ肌をぴったりと合わせて身体を揺すりはじめた。
もう彼にもほとんど余裕はない。抑えきれない本能のままに、アジドマルジドはシャントットの身体を貪った。
「あ、あふっ、よくってよ、ああんっっ!」
「くううっ」
動くたびに淫猥な水音が響く。大きく身体を引き、思い切り突き込む。夢中でお互いの身体にしがみつき
唇を重ねる。
「う、くっ」
吸い付くような密壺の動きにアジドマルジドは呻いた。背中を駆け上がってくる快感を息を詰めてどうにか耐え、
更に力を込めて突き上げる。
「あっ、あんっ、いっ、ああっ、くはぁぁあああんっっ!!」
絶頂を迎えるその高い声と、快感を残らず貪ろうとする貪欲な体が、アジドマルジドの芯を絞り上げる。
アジドマルジドもついに耐え切れず、そのまま最奥に激しく吐精した。
意識の糸が途切れていたらしい。
「アジドマルジド、重いですことよ」
シャントットの不満の声でアジドマルジドは慌ててそこから退いた。余韻も何もあったものではない。
「ご満足いただけましたですかね」
「まあまあと言った所ですわね」
「……お褒めに預かり恐悦至極」
ぐったりとしたアジドマルジドとは対照的に、シャントットの方は既にさっさと身だしなみを整えて上機嫌だ。
わざと、だろうか。窓から外を眺めると、楽しげにアジドマルジドに声を掛けた。
「あら、妹さんがお帰りですわね」
アジドマルジドはそれまで伏せていた顔を上げると立ち上がり、慌てて服を着始めた。
髪をまとめながら、シャントットを振り向く。
「用事がお済になった所でお送りしますよ」
「冗談じゃございませんわ、このわたくしが他人に頼むとでもお思い?」
それだけ言い残すて別れの挨拶ひとつなく。
瞬きする間にデジョンの魔法が発現して、シャントットの身体は消えていった。
残されたアジドマルジドはため息をついて部屋の惨状を眺める。
焼け焦げて水浸しの本、衝撃に割れた瓶。なぎ倒された調度品。
「……」
鬼とか悪魔とか、言いたい事はたくさんあったが、アジドマルジドは賢明にも口を噤んだ。
とんとん、と控えめなノックの音が聞こえた。
「いいぞ」
兄の声に答えて、お盆にパイと茶器を満載させたアプルルが現れる。
「失礼しm……」
静々と頭を下げて入ってきたアプルルは、アジドマルジドの言葉にぴょこんと顔を上げた。
「前院長はお帰りだ」
「えー!?」
せっかく買ってきたのに!とアプルルの耳が垂れる。慰めか諦めか、アジドマルジドがやけ気味に言った。
「あの女怪と食っても旨くないだろうが」
「それはぁ……」
素直に頷けないで視線を逸らしたアプルルが、遅ればせながら部屋の状態に気がついた。
「ちょっと、どうしたのこれー!」
呆然とした顔で兄を見る。
「何やってたのお兄ちゃん!」
「……あー、何というか」
言葉を濁した兄を他所に、アプルルは部屋中を見て回った。
「ひどぉい、お部屋中水浸しで焼け焦げだらけ!」
掃除の手間を考えて真っ青になっていたアプルルは、足元に光るものを見つけてそれを拾い上げた。
「お兄ちゃん、これ」
アプルルが拾い上げたのは髪飾りだった。見覚えのあるそれはつい先程までここにいた女性のものに相違なかった。
「知るか」
「えー?」
「俺はわざわざ届けるのはごめんこうむる。行きたきゃお前行け」
困ったような顔をするアプルルに、アジドマルジドはまだ無事なソファにどかりと腰をおろして催促した。
「それより腹減った」
「じゃあ、このパイ食べようか。お兄ちゃん休んでて、大変だったでしょ?」
一服したらお部屋片付けようねという妹の提案を聞き流し、髪飾りを自分の視界から見えない所に追いやると、
アジドマルジドは背もたれにぐったりと身をもたせかけた。
「……まったく大変だったよ」
〜了〜