(この物語は20年前、水晶大戦当時の出来事になります)
その日は最悪の結果に終わった。
「…全滅、しちゃいましたね…」
一応、リーダーであるラファールが、衰弱しながらぽつりと呟く。ファイアエッグが、慰めるように彼の背中を叩いた。
白魔道士のエルヴァーン、エリーがレイズIIIを皆に配る中、赤魔道士のミヒは、一人の仲間にあえてレイズを唱える。
「…レイズIII、よろ…」
気絶寸前まで叩きのめされ、戦闘不能に追い込まれながら、モンクのルークは、ミヒのレイズに不平を漏らす。
「馬鹿言ってるんじゃないわ。誰のせいで全滅したと思ってるの?レイズもらえるだけありがたいと思いなさい。」
ミヒは腕組みしたままルークを見下ろし、頭をつま先で突付く。その長い尻尾がいらいらと小刻みに揺れている。
「ミヒ…」
「何よ!?」
「パンツ見えてる…」
まだ卒倒したままのルークを、ミヒが遠慮なく蹴りつけた。
「まぁ、反省を次回に持ち越して…ちょっと、二人とも聞いてる?」
ラファールが苦笑しながら、そっぽを向くミヒとルークを見る。
「反省もあったものじゃないわよ。毎度毎度、開幕百烈してタゲ取って死ぬモンクがいる限り、何度やっても同じだわ。」
「…戦闘不能の仲間を蹴るかよ。死ぬかと思った。」
ミヒの言葉など聞かず、ルークは不満げに口を尖らせる。
「馬鹿は死んでも治らんさ。まぁ、今日は解散だな。」
「はーい。終わり終わり。また来週、集まりましょう。テルカ、デジョンIIお願いね。」
タルタルのテルカポルカの言葉を受け、エリーが手をぱんぱんと叩いて場を締める。こういう事態になることに皆、慣れている。
テルカポルカの帰還魔法を受け、仲間達は一人、また一人と、所属国に帰っていく。失敗した任務の報告をしなければならないからだ。
ミヒはリフレシュとヘイストをテルカポルカに詠唱し、彼の負担を和らげる。
「次、ルークな。」
3人を送り終え、少し疲れた顔で、テルカポルカが詠唱を始めようとした時、ルークがばたばたと焦り顔で手を振った。
「い、いやオレ、ホームポイント変なとこに設定しちゃったからさ…歩いて帰るからいいや。…ありがとよ、テルカ。」
「…あなた、一人で帰れるの?」
ヒーリングをしていたミヒが、疑わしそうに片目を開ける。
「あー、実は地図無い…かなぁ。えーっと、ミヒ様、拠点まで道案内していただけませんでしょうか?」
あさっての方向を向いたまま、どこか白々しい丁寧口調で、ルークはミヒに頼み込む。
「………テルカ、デジョンお願い。」
「まぁ、そう言ってやるなよ。」
ぴょこんと起き上がって、テルカポルカは、とんがり帽子の奥からミヒを見上げた。
「スニークもインビジも無しで、この馬鹿が拠点まで戻るのは難しいだろう?帰ってすぐ、レイズ依頼で呼び出されたら、エリーも可愛そうってもんだ。」
「…わかったわ。」
テルカポルカの言葉に、ミヒは不承不承頷く。
「じゃな。俺はお先に。」
テルカポルカはルークににやりと笑ってみせると、デジョンを唱えた。
水晶大戦が始まって半年あまり、獣人混成軍の脅威に対抗するために、アルタナ連合軍が結成された。
各国の上層部には依然、わだかまりがあるようだったが、最前線に送られる彼らのような志願兵には、偉い人の思惑など関係ない。
ヒュームのラファールとルーク、ガルカのファイアエッグはバストゥーク所属、エルヴァーンのエリーはサンドリア所属、タルタルのテルカポルカはウィンダス所属だが、戦地で何度か顔を合わせるうちに、協調して戦うようになった。
ウィンダスで生まれ育ったミスラのミヒにとって、タルタル以外の他種族と親しく付き合うのは始めての事だったが、命を預け助け合う関係は、種族を超えた友情を育む。彼らと今では、十年来の友人のような間柄になった。
…このルークを除いては。
作戦は聞いていない、移動中に一人はぐれる、敵に不意打ちしようとして逆に発見される、ナイトのラファールよりも敵対心を奪って先に倒れる。ルークのやらかした失敗談には事欠かない。
その度に、ミヒは口うるさく説教し、次には同じ失敗をさせないように細心の注意を払うのだが、彼はミヒの想像を上回る失敗をして、やはり、真っ先に倒れるのだ。
他の仲間達とはいい関係なのに、ルークとだけはいつもどうしても、最後には喧嘩になる。
「遅れたら問答無用で置いていくから、しっかりついてきなさい。あと、次に会うまでに、地図は必ず買っておくこと。いいわね?」
ミヒはルークを睨みつけると、先に立ってすたすたと歩き出す。ルークは黙って彼女の後ろを追いかける。いかなる時も、うるさいほど軽口を叩くルークにしては珍しいな、とミヒは思った。
スニークはかけるが、インビジはどうしても必要にならない限り控える。お互いの姿を確認できなくなってしまうと、はぐれる確立が高いからだ。
「…スミロドンがいるから迂回するわ。気をつけて…」
虎の群れに警戒しながら、ミヒが言い終わる前に、ルークはのこのこと顔を出す。
「あっ、馬鹿っ!」
ミヒがルークの胴着の裾を引っ張るのと、スミロドンが威嚇の唸り声を上げたのは、ほぼ同時だった。
「タゲ取るな、って言ってるでしょっ!」
上腕からたらたらと血を流すルークに、回復魔法を施しながら、ミヒは叫ぶ。
「戦う場所も考えなさいよ!一頭ならそんなに危ない敵じゃないのよ!?そもそも寝かしたのを殴って起こすなんて、あなたどんな馬鹿?」
結局3頭もの虎と、無用な戦闘をする羽目になってしまった。
ミヒは赤魔道士だ。一対一ならそう無理せずに倒すことができるし、複数が相手でも、魔法を駆使して、いなすことにも慣れている。
…寝かした敵を起こして、ストンスキンをかけた彼女から敵を奪う、やわらかモンクさえいなければ。
(レイズが必要ないのは奇跡だわ。)
ケアルの連発にすっかり魔力も枯渇して、ミヒはバタリアの丘の陰の、枯れ草の上に座り込んだ。周囲の安全は確認してある。ここなら、しばらく休憩しても大丈夫そうだ。
「…だってよぉ。」
治癒してもらった肩をぐるぐると回して、感覚を確認しながら、ルークがぼやく。
「オレ、お前が傷つくとこ、見たくないもん。」
「…なによそれ。」
伏せていた顔を少し上げて、半眼でルークを睨みつける。
「私が弱いって言うの?」
「…だってさ。オレ、お前が好きだから。」
「…!?」
唐突な告白に、ミヒの頬が紅潮した。ルークは堰を切ったようにまくし立てる。
「ずっと、お前の事好きだったんだ。今日だって、お前と別れたくなくて…ミヒは、オレのこと嫌い…か?」
迫るルークに、ミヒは思わずたじろいだ。ルークの体躯はこんなに大きかっただろうか…どぎまぎとする胸のうちを見透かされないように、できるだけ冷たい声を作る。
「…嫌いよ。あなたみたいな馬鹿。」
「…そう言うと思ったよ。」
顔にはっきりと失望の色を浮かべて、それでもルークは引き下がろうとしない。
「だから、黙っていようと思ってたけどさ………オレもう限界。許してくれよ。」
ルークの声が低くなり、ミヒの手を掴んで力任せに引き寄せる。
「…!?」
唇を突然、湿ったものが塞いだ。キスされたと気づいて、ミヒは硬直する。
とっさに突き飛ばして、平手打ちを喰らわせようとするが、ルークはそれを片手で軽くいなし、彼女を地面に押し倒すと、もう一度唇を重ねた。
「んっ…!」
ルークの舌が進入して、ミヒの口腔を蹂躙する。とても気持ちが悪いはずなのに、何故か、頭の中がぼうっとする。
抵抗の緩んだミヒの服にルークの手が伸び、力任せにボタンを引きちぎる。下着も簡単にもぎ取られ、上半身が露になる。
「やめてっ!」
ミヒが叫んで、逃れようともがく。しかし、男性であり、モンクであるルークの腕力に敵う術はない。
(…どうして)
ミヒは絶望の中で自分に問いかける。
(…どうして、私はこの手を振り払うことができないの…?)
「ミヒ…オレは…」
興奮した表情で、ルークの腕が、張りのある乳房に伸びる。
「…んっ!」
節くれだった固い指先が触れた瞬間、自分の口から漏れた甘すぎる声に、ミヒは狼狽した。
「あ…ああっ!」
力任せに揉むだけの、ルークの稚拙な愛撫に、何故か身体の芯が熱くなる。
「気持ち…いいか?」
彼女の気持ちも知らずに、ルークは満足そうに問いかける。かぶりを振って否定するものの、弱々しいその仕草は、かえって男の劣情をあおるだけでしかない。
「ミヒ…抱いて、いいんだよな?」
答えないまま身を委ねていることを、肯定と勝手に解釈する。
凛とした他を寄せ付けない美しさを持つ、普段の彼女からは想像もつかないか弱い姿に、ルークの喉がごくりと鳴る。そして、更なる興奮を求めて、最後に残った黒い下着に手を伸ばす。
パンティに滑り込んだ手に抵抗しようとするが、もがけばもがくほど、指は柔らかい秘肉に食い込んで離れない。
「濡れてる…ビショビショだ。」
下着を剥ぎ取り、嬉しそうにルークがそこをかき回す。苦痛と紙一重の強すぎる刺激に、ミヒは息も出来ないほど悶える。
(…どうして…どうして…)
なす術もなく辱められる悔しさに、ミヒの目に涙が滲んだ。そのうち頭の芯がだんだん白くぼやけていき、何も考えられなくなる。
「あぁ…」
切ない声と甘い体臭が、雄をめしべへと誘う。
「ミヒ…オレもう我慢できない…」
ルークは下ばきを脱ぎ捨て、ミヒの上にのしかかった。ヒュームにしては大きいそれを、強引にミヒの花芯に押し込む。
「ぐっ!」
身体を引き裂く激痛が、ミヒの意識を現実に引き戻す。
(痛い!痛い!痛い!)
はじめて男を迎える狭い膣内で、それはいたわることも知らず、傍若無人に暴れまわる。
泣き叫ばなかったのは、ミヒのかすかに残った最後のプライドでしかない。無様な姿を晒したくない、それだけの理由で、ミヒは悲鳴を噛み殺し、苦痛に耐えた。
「すげえ狭い…締まる…気持ちいい…ミヒ…!」
本能の赴くままに突き上げて、ルークが悦に浸る。
苦痛を逃すために、彼女が腰を動かすと、それがさらに彼を喜ばせる。
「ああ、ミヒ!ミヒ!好きだ、好きだぁっ!」
(馬鹿な、男。)
ミヒは、どこか冷めた頭の中で、思った。
(信じられないくらい、馬鹿。でも…)
身体が痛みに慣れてくると、奥からもっと違う感覚が首をもたげる。奥からじわじわと背筋に広がる快楽の波は、ゆっくりと背筋を昇る。強い痛みと緩い快楽が同時に襲い、気が狂いそうになる。
限界が近付き、ルークは狂ったように突き上げる。その激しい責めに、ミヒの身体が跳ねた。
「ミヒ…出すぞ!」
くぐもった呻きと共に、ルークはミヒの胎内に、欲望の滾りをどくどくと吐き出す。はじめて注がれるその熱さを、ミヒは身体の一番奥で感じた。
(…でも、やっぱり、嫌い。)
ぐったりと草の上に寝転がるルークを尻目に、ミヒは黙々と衣服をまとう。激しい睡魔が彼女を襲うが、彼の腕で眠りたくはなかった。
「ミヒぃ…」
快楽の余韻を求め、伸ばしてきたルークの手を、ぴしゃりと叩く。
「調子に乗らないで。」
ひやりと冷たいミヒの声に、ルークは不審そうに身を起こした。
「あなたと寝たのは発情期だからよ。」
「…発情期?」
「そう。本能的に男が欲しくなる時期。別にあなたでなくても、誰でも良かったのよ。」
とっさに口から出た嘘に、ルークの表情が変わるのを横目で見ながら、ミヒはデジョンの呪文を唱える。
「さようなら。今日のことは夢だと思って忘れなさい。」
ルークが手を伸ばして捕まえる前に、彼女の姿は黒い霧に飲み込まれて消えた。
呪文により送られた、ウィンダスの宿舎に、ミヒは駆け込む。
「…あ…あ…」
誰もいない、薄暗い部屋に一人で立ち尽くし、ミヒは震える声をあげた。
身体にまだ、彼の抱擁の感触が残っている。
無骨な指、吐息、強引な口づけが、彼女の身体に染み付いている。
まだずきずきと痛む膣内からどろりと、血と、彼の吐き出したものが混ざったものが垂れて、太股に伝う。
「…あんな男、あんな男………!」
自分で自分を抱きしめるように、両肩を掴んで、彼女は声を上げて泣いた。
「ミヒ、どうしたの?約束をすっぽかすなんて、貴女らしくないわよ?」
エリーからのtellに「別に」とだけ答える。
ミヒはあれからずっと、宿舎に閉じこもったままだった。エリーたちとの約束を忘れたわけではなかったが、行けばルークと顔をあわせる事になるのが嫌だった。
「…ルークと何かあったの?」
ミヒの耳がびくりとしたが、それを見咎めるものはいない。
「…別に。何でよ?」
「ルークがえらく荒れてたからね。貴女がいないとブレーキもかかんないから、もう何度も戦闘不能よ。」
「そっか。お疲れ様。」
できるだけ、興味なさげに聞こえるように答える。
「ミヒ…」
「ごめん、眠いから今日はもう寝るわ。」
一方的にtellを切って、ハンモックに潜り込み、丸くなった。
(…エリーたちとも、もう、終わりかな。)
暗い部屋の中で目を閉じると、克明に、あの日の出来事がよみがえる。熱くなる胸をぎゅっと押さえて、今夜も独りの夜を耐える。
「ダメだわ。ミヒ、来る気ないわね。」
エリーが、お手上げ、とジェスチャーで示す。
「今日はもう解散ですね。」
ラファールがそう告げると、暴れたりねぇぜ、テルカポルカが、小さな鎌を振りかざす。
エリーは、ルークをちらりと見た。
普段のルークならテルカポルカ同様、ぶつぶつ不平を漏らすはずなのに、今日は、心ここにあらずと言った風体で、黙々と帰り仕度をしている。
「…あなたさぁ、ミヒと何かあったの?」
エリーはつかつかとルークに歩み寄り、見下ろす。
ミヒにtellした時、ルークの名前を聞いた彼女の態度が、明らかにおかしかった。
ルークはしばらく逡巡したあと、意を決したように、エリーに尋ねた。
「…なぁ、発情期って何だよ?」
「………はぁ???」
あまりの唐突さに、エリーは呆気に取られる。しかしルークは大真面目だった。
「…発情期だから誰でもいいって何だよ?しかも終わったら忘れろ、って、んなのアリかよ?あの女、そうやっていつも遊んでるのかよ?!」
ぶつぶつと呟くルークに、エリーは目を丸くする。
「…あなた、ミヒと寝たの?」
「あぁそうだよ、悪かったな!」
「…嘘。」
ルークにそういう嘘がつけないことは分かっていても、思わず口に出てしまう。
(…なるほど、ね。)
不自然なミヒの態度にやっと納得して、エリーは腕組みをして悩む。
(こりゃあ、ミヒと話さないと駄目だわ。)
「わかった。私はいまの話、聞かなかったことにするわ。」
そして、まだ何か言いたげなルークの鼻先に、ダークモールをぴしっと突きつける。
「ミヒを、他所の軽い女と一緒にするなら、私があなたをヘキサストライクで叩きのめすわよ。」
うっ、と身を引くルークを尻目に、エリーはミヒにメッセージを送った。
『いまから押しかけます。拒否は不可。』
「…なんでお風呂なのよ。」
ミヒは湯船に肩まで浸かりならがら、横目でちらちらとエリーを見る。
いつもはゆったりとしたローブ好むために目立たないが、エリーの、エルヴァーンの女性にしては豊満な裸身は、同性のミヒから見ても圧倒される。
「本音を話すには裸が一番ってね。」
豊かな胸を隠すことすらせず、エリーは湯船にゆったり手足を伸ばす。
宿舎備え付けの浴場は、昼間ということもあって、利用する者は皆無だった。天気の良い日なら、風呂より水浴びで済ましてしまうミスラが多いのだろう。
ミヒも暑いのか、耳をたらんとたらしたまま、浴槽の縁に顎を乗せて、ぼんやりとしている。普段は丁寧に束ねた鳶色の髪が、ゆらゆらと湯の中に広がっていた。
「…本音って何よ?」
ミヒが不機嫌そうに聞き返す。エリーは無言で、ミヒの身体にきっちりと巻かれたタオルに手をかけて、思い切り引き剥がした。
「…やめてっ!」
スレンダーだが、均整の取れたミヒの裸体が露になる。その首筋から、胸、太股にかけて点々と、ルークの刻んだ、赤く充血した痕がまだ残されていた。エリーの視線がその痕を順番に辿り、ため息をつく。
「ルークと寝たのね。」
「…なっ!」
ミヒの顔色が変わった。
「違うっ!」
「じゃあ、ルークじゃない誰か?違うわよね。」
「違う!襲われたのよ!!」
「襲われた…?」
エリーが正面からミヒを睨む。
「あなたが本気で抵抗すれば、あのお馬鹿さんが無傷で済む訳が無いわ。…手加減したのね、本心では抱かれたいから。」
「勝手に決め付けないで!」
ミヒが水面を叩いて叫ぶ。水しぶきの向こうのその表情は、ひどく傷ついていた。凛としたいつもの風情はどこにもない。
「誰があんな馬鹿を!!」
「…ミヒ」
エリーはあくまで冷静に言葉をかける。
「少し、素直になりなさい。」
ミヒは背を向けて、答えようとしない。
「…良かったじゃない。初めてだったんでしょ?好きな人とできて、さ。」
エリーは知っている。
ルークが無茶した時、白魔道士である自分よりも、ミヒのほうが早く気づいて回復魔法をかける。
ミヒが本気で怒るのは、いつも、ルークが危険に瀕した時だ。不安と心配の裏返しなのだ。
ルークがミヒを好きなのは、彼女以外の全員が気づいている。でも、ミヒ本人も知らない、彼女の思いを知っているのは、常にすぐ隣に立つ自分だけだ。
「…好きなんかじゃ、ない。」
肩を震わせ、ミヒは絞り出すように言った。
「嫌いよ。」
「強情ね。」
エリーは呆れたように言い放つと、ざぶりと水しぶきをあげて立ち上がった。
「私からすればうらやましい話よ。好きな相手に処女を捧げれるなんてね。」
彼女の過去を思って、ミヒは言葉を失う。
「エリー…」
「私たちとこれから続けるにしろ、別れるにしろ、ルークとは決着をつけなさい。…あなたのためよ。」
言いたい事を言い切ると、エリーは濡れた身体をタオルで拭いて、さっさと風呂を上がってしまい、ミヒはひとりで浴室に取り残された。
「決着なんて…。」
もうついている。とミヒはつぶやいた。
別れ際にルークに投げつけた言葉は、もう取り返せない。馬鹿な彼は、それを疑いもしないだろう。
身体に刻まれた痕が、否応なしにあの夜の記憶を呼び覚まし、ミヒの胸が…胸だけでない、もっと奥の方が熱くなる。
--少しは素直になりなさい--
エリーの言葉が再生されて、不意にミヒの口から、彼女の脳をずっと支配している男の名前が漏れた。
「ルーク…」
その日、ミヒは巡回任務に就いていた。
聖都の治安を守る、という建前だが、実際は閑職に過ぎない。ただ、うろうろと街中の決まったルートを往復して、時間を潰す。
街のあちこちに、武装したミスラが集まっている。皆、己の職務に誇りを持って勤めている。
(それなのに、今の私は…)
いつまでもうだうだと、思い悩む自分に、ミヒはため息をついた。
その時、彼女の視界の隅に、不審な人影が映った。うろうろと落ち着きがなく、たまに立ち止まっては、挙動不審に辺りを見回す。
その人物とうっかり視線を合わせてしまい、ミヒはさらに大きなため息をついた。
(…なんで、あいつが。)
今この瞬間、世界で一番会いたくない人物から、ミヒは視線をそらしたが、『不審人物』は彼女目指して真っすぐ歩いてくる。
「…お、おぅ。」
少し戸惑ったように、ルークは声をかけるが、ミヒはあからさまに無視をする。
「ちょっと、話があるんだけどよ。」
「今、巡回任務中。」
ミヒはすたすたと通過する。
「んじゃ、終わるまで付き合うからさ〜」
ルークは困ったように、ミヒの後にふらふらと着いて来る。
(…餌もらった野良犬みたいね。)
ミヒはうんざりとルークに振り返った。水の区の片隅の雑木林には人気が無く、任務をさぼって立ち話をしていても、見咎める者はいない。
「鬱陶しいからここで聞くわ。何?」
「…あ、あのさぁ…」
「何?」
「オレさぁ…」
「何よ!」
ミヒの尻尾がイライラと揺れる。
「…オレ、良く分かんないんだけどさ、発情期って奴、次いつ来るんだ?」
(………救いようの無い馬鹿だ。)
ミヒは軽く絶望した。エリーが何と言おうと、こいつとは縁を切ろうと心に決めて、冷ややかに答える。
「あなたには関係ないわ。」
「関係あるって!誰でもいいんだろ?だったら次の相手もオレでもいいじゃないか!」
「…あなたとは、嫌。」
嫌、のところを激しく強調する。が、ルークはへこたれない。
「オレさも、嫌なんだよ、お前が他の奴に抱かれるの。…お前が好きで好きでたまんないの。オレを嫌いって言うならしょうがないけどさ、せめて誰でもいい日くらい、オレに抱かせてくれよ。」
「…ものすごく自分本位の、相手のことをこれっぽっちも考えない思考ね。ある意味賞賛するわ。」
持論を展開するルークに、ミヒが心底うんざりした表情で、両手を挙げた。
「オレ、あんまり上手じゃないからさ、他の奴みたいに、おまえを満足させられないだろうけど…」
ぴくり、とミヒの耳が動いた。
「他の奴、ですって?」
ミヒがルークの頬を平手で叩く。
突然のことに、ルークは頬を押さえて、呆然とミヒを見返す。
「私が他に誰と寝たって言うのよ!」
「ミ…ヒ…」
ルークが間抜けな顔で問う。
「お前…あれが初めてだったのか?」
ミヒの目に涙が滲んだ。もう一度、殴ろうと振り上げた手を、ルークの拳が受け止め、きつく握り締める。
「ミヒ…ごめん、オレ…」
ルークがミヒの身体を抱き寄せ、強引に唇を奪う。ミヒはもがいた。しかし、がっちりとした腕は少しも緩まない。歯列が割られ、舌が絡め取られる。
--あなたが本気で抵抗すれば、あのお馬鹿さんが無傷で済むはずがないわ--
エリーの言葉が脳裏をかすめて、舌を噛み切ってやろうかと考えた。しかし、意思とは裏腹に、身体の力がゆるゆると抜けていく。
彼女をきつく抱きしめ、ルークは草の上に押し倒した。
「ミヒ…オレ、お前が本当に好きだ!」
「…私は、嫌い。」
「いいよもう。オレが二人分お前を好きになるから。」
(だからどうして、そういう論理になるの…?)
馬鹿馬鹿しすぎて、思わずミヒは吹き出した。気持ちが緩み、心の中でなにか、わだかまりが溶けていく。
「…いいわ…よ。今は…発情期…だから…」
あまりにみえすいた嘘だったが、ルークは真正直に信じ込む。
「そっか…良かった。駄目って言われても、オレもう止められないや。」
嬉々としてルークはミヒの衣服を剥がす。
(…ああ、私、なんでこんな馬鹿に…)
自ら身を許しておきながら、ミヒは己の運命を軽く恨んだ。
かちりとしたワーロックタバードが脱がされると、ふるん、と弾けるように乳房がこぼれ落ちた。ルークは喜んでそれに吸い付き、両手で揉みしだく。
「…ぁあっ!」
ミヒが声をあげて仰け反った。自分の痴態が、猛烈に恥ずかしくなる。
(…本当に発情期なんじゃないだろうか?…本当に発情期なのかもしれない…そういえば、そろそろその時期だ…でも…もう…どうでもいい…)
不器用な愛撫に屈服して、ぼやけた意識でそう思った。それほどに、彼の手と唇が、重ねられた肌が嬉しい。
「すげぇ、可愛い…ミヒがこんなに可愛いなんて…嘘みたいだよな…」
そう言いながら、ルークの舌が太股を舐める。ミヒの身体の奥から蜜があふれ出して、黒い下着に滲む。そこをぐりぐりと指でなぞると、信じられないくらい甘い声が、ミヒの口から漏れる。
「…気持ち、悪い…だろ?脱がしてやる…よ…」
ルークはかすれた声でそう言いながら下着を剥がし、ミヒの秘所を露にした。充血して潤った、綺麗な紅色のそこを両手の指で押し広げ、舌を這わせる。
「…ああ…ぁぁ…」
舐めとっても舐めとっても、蜜はどんどんあふれ出す。快感はぞくぞくとミヒの背を伝って脳に達し、彼女の鋭利な思考を鈍らせていく。
(きもち、いい…)
初めての時には、受け入れることができなかった快楽を、今度こそ素直に受け入れる。プライドも意地もどこかに捨てられて、愛しい男に抱かれるただの女になる。
「あ…ぁ………るーく…」
悩ましい肢体を見せ付けられ、とろける様な声で名を呼ばれ、ルークの中で急激に何かが沸騰した。
「お、オレもう…!」
下ばきから、ぱんぱんに膨張したそれをつかみ出し、ミヒの顔の前でしごく。
「う…ぐぅっ!」
限界ギリギリだったそれから放出された白濁した液体は、ミヒの顔をべったりと汚した。
「…っ!」
予想外の事に、ミヒは目を閉じて顔をしかめ、うめいた。
「ご、ゴメン…でも…」
男のなにかを刺激する淫らな姿に、ルークはごくりと唾を飲み込んだ。今吐き出したばかりで萎えた男根が、むくむくとまた起き上がる。
自分のシャツで丁寧にふき取り、ミヒの顔を綺麗にする。少し冷めて嫌そうな顔の彼女にキスをして、指を充血した膣内に差し込む。
「…あぅっ!」
始めはゆっくり、次第に早く抜き差しすると、面白いように悶え、喘ぎ、高みに昇っていく。
「…すげぇいやらしい。」
ルークの囁きに、何か言いたげにミヒが薄目を開けると、とたんに激しく責め立てられ、ミヒは絶頂近くまで持っていかれる。
「ああああああ!…イき…そう…」
ミヒが切羽詰った声で訴えた。ルークは意地悪い目で彼女を見ると、指を引き抜く。
「ぁ…」
物足りなそうに身を震わせ、ミヒはねだるような潤んだ目でルークを見つめた。
(あのミヒが、オレに…)
自分を求めるミヒの表情に、ルークの胸が熱くなった。
「指より、こっちのが…いいだろ?」
ミヒを四つん這いにして、完全に復活したそれを突き立て、最も奥まで一気に貫く。
「ひあっ!?」
ミヒの尻尾がぴん、と立った。
「ああああああああぅぅぅぅん!」
膣内がびくびくと痙攣し、尻尾が、そして手足ががくりと力を失って、地面に落ちる。
下半身は繋がったまま、はぁはぁと荒い息を吐くミヒの身体を、ルークは後ろから支えて抱き起こした。
「これで一回ずつイッたよな?次は一緒にイこうな?」
ミヒの耳を甘噛みしながら、ルークは抽送を始める。
彼女の目はとろんと濁り、もたらされる快感に、ただ身を任せる。
「あ…ああ…ああ…あああっ!」
プライドの高い彼女が、地面に肘と膝をついて、獣のような姿勢で男を受け入れて、喘いでいる。ルークはそんな彼女がいとおしくてしょうがない。
「ミヒ、愛して…るっ!」
真っ白になって快楽に溺れる彼女の脳に、その言葉だけが届いた。
「…ル…ク…」
絶え絶えに、せつなげに、名を呼ぶ。熱い繋がりに身を焦がしながら、ミヒは自分の気持ちを認めた。
(私は、私が愛されているのが、嬉しいんだ…私は、こいつを好きなんだ…)
好きだと告白されて、嫌なフリをしながら受け入れた。二人分好きになると言われて、もう一度、身体を許した。
このうえ、愛してる、と言われたら、もうどうにもならなくなる。
最奥がきゅっと収縮して、ミヒがルークの名を何度も叫び、仰け反る。
同時に限界に達したルークが、ミヒの中に精液を放出した。どくどくと子宮に熱いものが流れ込むのを感じながら、ミヒは意識を手放した。
柔らかい草の上に、二人で寝転がる。
ミヒは今度は、すぐに去ろうとしなかった。ルークの太い腕に背中から抱きとめられて、おとなしく丸くなる。
「ミヒってこんなに、ちっちゃかったんだなぁ…」
ルークが腕の中の小柄なミスラを、まじまじと見つめる。
「力、入れすぎると折れそうだ。」
「…馬鹿力。」
彼女の目にいつもの強さが戻りつつあった。だるそうに半身を起こす。
「髪も体も、目茶目茶だわ。…次はせめて、ベッドのある所にしてちょうだい。」
「お、次もいいの?」
(…餌の時間に尻尾を振る犬みたいだわ。)
ルークが目を輝かせるのを見て、少し呆れる。
「さあね。」
わざと冷たく言い放って、散らばった服をかき集め、その中からルークの服を選別して投げつけた。
「いつまでもその、みっともない物を出しっぱなしにしないで。恥ずかしい。」
「みっともない…」
ルークが軽く凹んでいる間に、ミヒは着替えを済ませてしまう。髪も整えて、もう、熱く乱れた痕跡はどこにもない。
「じゃあね。」
何事も無かったかのように手を振るミヒの背中に、ルークは叫んだ。
「ミヒ〜、好きだよぉ〜〜」
「…馬鹿。」
背を向けたまま、ミヒはくすりと微笑んだ。