「うわああぁああぁぁぁああんん!!!!!」

激しい叫び声と共に、ヒュームの娘が俺の部屋に飛び込んでくる。
流石に予期していなかった為、その振動と唐突さに、エルヴァーンの青年、ユーリエフは読んでいた本を取り落とした。
彼女がリンクシェル会話に参加していなかったこと。加えて「とある誰か達」が彼女と同じエリアにいた事に気づいていた為、実のところ本の内容など頭に入っては居ないのだが。

「兄さん、わ、私…!」

椅子に座っていた彼を視界に認めると、もう20近い歳にも関わらず、小さな子供のように涙で汚れた顔もそのままに、娘はユーリエフの膝にすがり付いて大泣きを始めた。
その黒い髪は二人ともよく似ているが、互いに異種族である所から、彼とこの娘が血縁でないことは、よほどの特殊な事情でも無い限り一目瞭然である。
驚きに固まるモーグリに、ユーリエフは目線で合図をし、扉を閉めて外へ出るよう促した。
予感はあったのだ。いつか、こうなるような。
ひっくひっくとしゃくりあげて泣き止まない娘、アーシャに対し、彼は深くため息をつきながら、頭をなぜる。

幼馴染であった彼らの両親が再婚をし、義兄妹となって得た幸せは長くは続かなかった。
度重なる不幸で新しい父母までをも失い、バストゥークの冒険者訓練所で共に修行をする事となった二人は、実の兄妹以上に、互いを必死で守りながら生き抜いてきたのだ。
たとえ、妹分であるこの娘が、自分ではない他の男に、いつしか恋心を抱いていたと知ってからも。

「アーシャ…」

宥めてやっても涙は止まらない。痛々しい表情でしゃくりあげるだけだ。
「泣くな。いい子だから、泣かないでくれ」
アーシャはこくこくと頷くものの、目尻からはあとからあとから涙が流れていく。
瞼はすっかり腫れあがっていて、どれだけの衝撃が彼女の心を打ちのめしたかを物語る。
赤魔道士であるユーリエフは胸ポケットからハンカチを取り出すと、ぎりぎりに威力を削いだ水の魔法を口の中でそっと唱え、そうして湿した布で顔を拭いてやった。10数年以上前からちっとも変わらない光景だ、と苦笑する。
「…もう、どうしたらいいかわからない。私、私ね…」
ぽつぽつと、娘は語りだした。
「ただの都合のいい存在だった。あんなに一緒に色々やってきたのに、あの人の為に頑張ってたのに…!」
やはり、と青年は納得した。アーシャの恋した男は、表裏の激しい人物であるとの噂を耳にしていたのだ。
彼は知性もカリスマも、そして実力をも兼ね備えて大人数のLSを率いるリーダーではあったが、
その代わり自分の意にそぐわない物事に対しては非常に容赦が無かった。
それゆえユーリエフはLSリーダーであるその男から距離を置いてはいたのだが、
若く素直なアーシャは彼の理念と実力にすっかり心を奪われ、義兄の心配をよそにリーダーの望むまま時には無茶な行動をもし続けてきたのである。

しかし破綻は唐突にやってきた。

「…無視されたの。今回のことはどう見てもリーダーの間違いよ?それなのに」
大人数を率いるとなるとメンバーの思惑が交錯し、時にはぶつかりあうこともある。
彼らを取りまとめるべくアーシャは必死にリーダーを補佐し、LS内部の不満を解消するため奔走していた。
人の心は、より自分を理解しようとする者に傾きやすい。
例に漏れず、メンバーの中で徐々にリーダーよりもアーシャに信頼を寄せるものが増え始めたのだ。
そんな中、ある日のHNM狩りの際に一人のメンバーが致命的なミスを犯した。
幸いモンスターそのものは倒せたものの、ミスを犯した者は咎めを受けるどころか、モンスターの落とした貴重な品の所有権をリーダーの鶴の一声によって手に入れるという事件が起きた。
流石におかしいと感じたアーシャや数名が問い詰めるも、リーダーはまるで取り合わずに居た為、
彼女は意を決して彼の住まいを訪ねたのだのだが。

「…できてたんだな?そんな事だろうとは思っていたが」

ぐっ、と息を呑むアーシャ。だがしばらくして、力なく頷いた。
LSに多大な被害と問題を起こしたメンバーの女性と、リーダーの男性は、体の関係を持っていたのだった。
ユーリエフは深くため息をついた。リーダーはあまり浮ついた話のない人物ではあったし、
向こうもアーシャを気に入っているそぶりを良くみせていたため、
両者が望むのであるなら潔くこの胸の内の感情を捨てきるつもりであったのに。
だが、リーダーの実力や資産に魅せられ、好意を寄せる美しい女性達が多かったのもまた事実であった。
「アーシャ、お前はもう十分頑張った。黙ってはいたが、お前を心配して連絡をよこしてきた奴もたくさんいる。
…このLSはもう諦めるんだ。俺も一緒に抜ける。上に立つものが公平にモノを見られない組織は、長くは続かんよ」
「でも、まだみんなの希望するもの、行き渡ってないのよ…?」
「大丈夫だ。まともな頭の奴なら、誰もお前が悪いなどとは思わないさ。考えても見ろ?あの女が一度だってまともな補佐をしたことがあるか?弱点の調査や・・布陣、物資や日程の手配、ほとんどお前がきりもりしていたようなものだろう…」
「…そうかしら、そうだといいんだけど」
「少なくともここに一人いる。不満か?」
「!、ううん…ありがとう」
娘の顔にようやく笑みが戻った。目の下はまだ泣き腫らして赤いままであったが。

「…うん、そうなの。だから……そうね、もう休むわ、また連絡する。心配してくれてありがとう」
冒険者に与えられる特殊な魔術器、それを介して離れた場所の相手との会話を終えたアーシャはふっと息を吐いた。
「誰からだ?」
「LSの人。ほら、兄さんのフレンドの戦士さん、よく色々助けてもらったでしょ?」
「あいつか」
「らちが明かないって言って怒ってた…やっぱり抜けるって。他にも何人か抜けちゃうみたい」
「当然だろうな…ん?」
そういって娘はまた表情を曇らせた。数年間所属し、守ってきた場所を去るのはやはり苦痛なのだろう。
何か言おうとした矢先、ユーリエフの魔術器にも通信が入る。

(ようエロヴァーン、アーシャちゃんはどうしてる?)
声の主はまさにいまアーシャが話していた相手であった。自然、声のトーンが落ちる。
「…今話していたろう。なぜこっちに話を振る」
(いやー、まーそのなんだ、可哀想とは思うが…失恋したんだろ?いまフリーってことでいいんだよな?)
「どういう意味だ」
(お兄様に一応お伺いを立てとこうかと、ね。悪いがコレを機にプッシュさせて頂wくwぜwwww)
「!?、おま…っ!」
(お前を兄貴と呼ぶのはいささか寒いけどなーwwwwじゃwwwwwwwwwwwww)
「一生御免こうむる!」
その叫びは相手に通じたか通じていないのか。
突然の怒号に目をまん丸にした娘と、叫び主を残して、ようやく部屋は静けさを迎えたのである。

「……ね、兄さん」
心づくしの夕食を終えて、ようやくアーシャの表情から悲壮感が消えた。
暖炉の脇に敷かれた厚い敷物の上に座り込み、クッションを抱いたまま娘が問いかける。
背はユーリエフに向けたまま、疲労を浮かべた視線は、ゆらめく炎をじっと見つめていた。
「わかんないな、男の人って。あんな風に、体が繋がっちゃうと、理性とか、なくなっちゃうものなの?」
「さあな。人それぞれだろう」
片づけを終えたユーリエフは、先ほどのフレンドからの衝撃の告白によって揺さぶられた心を
落ち着けるべく、読みかけの本を棚から引き出し、いつものようにアーシャの隣に座って穏やかな時間を過ごすべく、
ページを開こうとした。
しかし、そんな彼の努力は、次に視界に映った物がきっかけで容易く覆される事となる。
「…おい」
いつの間に持ち出したのか、アーシャの傍らにはワインの瓶と、外されたコルク、
そして大き目のカップが並んでいた。瓶の中身は既に半分以上減っている。彼女はあまり酒が強くないのに。
台所から食料の保存箱は微妙に死角になっていたため、いつ持ち出したのか彼はまったく気づかなかった。
それもこれも、先ほどのフレンドの不穏当な発言のゆえに。
「飲みすぎじゃないのか?」
「…飲みたい気分なんだもの」
アーシャは一言それだけを言うと、カップに残った液体を一気に飲み干した。
が、角度が悪かったのか、喉を焼く液体が気管に入ってしまったらしい。
慌てて口元を押さえると、げふ、げふ、と苦しげに咳き込む。
「おい、大丈夫か」
ユーリエフはすぐに台所に取って返すと、水桶から冷えた水をカップに注いだ。
部屋に戻ると彼女の傍らにひざまづき、口元にカップをあてがいながら小さな背をさすってやる。
月に何度か、つい酒場をはしごして二日酔いに陥るユーリエフが、アーシャから同じような介抱を受けることはあった。
今夜に限っては立場がまったく逆になっている。それがなおのこと、彼には辛かった。
「…う」
咳がおさまると、アーシャは涙で潤んだ瞳をユーリエフに向ける。
酒精で染まった表情がくしゃくしゃに歪むと、腕が伸びて彼に抱きつき、また激しく号泣した。
LSリーダーとすごす時間を何よりも至福とし、毎日のように彼と彼のLSで活動することを嬉しそうに話していただけに、
彼女の胸の内の苦しみは、最も近くに居た彼にも手に取るように理解できた。

加えて。
大事な妹分をいとおしいと思う反面、彼女を『女』として見ている者が他にいた、
という事実が彼を更に打ちのめしていた。
彼女の纏う部屋着の前身ごろは半ばはだけていて、
胸のふくらみを覆う下着がちらと視界に映る。
意図せずさらけだされた扇情的な光景が、
心の内の劣情を殺す機会を永遠に逸したユーリエフの理性を激しく揺さぶっていた。
大切な幼馴染であり、守るべき妹分でもあったアーシャが、
いつの間にか彼自身を『男』であると自覚させるに到る存在になっていたことを、
ユーリエフは再認識せざるを得なかったのである。
無防備に素顔を見せ、すがりつく娘の姿に、青年はごくりと喉を鳴らした。

健康な青年男性としての欲求がどうしても我慢できなくなると、
時たま彼は娼館でひと時の温もりを買っていた。
彼女が長期間のミッションや手伝いに出て家を留守にしている間に、
わざと空室のレンタルハウスを借り、自ら慰める事すらあった。
どちらの場合も、叶わぬ願いを夢想してただひたすらに本能を吐き出し、
そして身に染み付いた匂いをごまかすために酒場へと立ち寄って
あびるほど酒を飲んで自己完結をしていたのだった。
幸いなことに、そんな心の闇を吐き出す愚かな行為は誰にも知られることなく、
つい先週まで続いていたのである。
(もう、またこんなに飲んで・・)
困ったように呟きながらも甲斐甲斐しく二日酔いの手当てをしてくれるアーシャを見つめながら、
ユーリエフは己の最後のプライドによって、彼女の笑顔を今回も守りきれた事をいつも女神に感謝していたのだ。
しかし、この半日に彼を見舞った衝撃の数々は、その理性の堰をとうとう打ち砕き、
隠し続けた焼けつくような想いを再認識させるのであった。
そろりと片手をアーシャの顎に添えて上を向かせると、
彼女と出会ってから十数年以上も抱き続けた感情を、この日この時、とうとう暴走させる。

「…?……!」

アーシャの涙声が消え、その瞳が驚愕で見開かれた。
唇と唇が重なっている。キスをされている、と認識するのに多少の時間を要したのは無理もないことだろう。
兄として慕っていた人物がいま、異性として彼女の目の前に在った。
重なる影が、ゆっくりと離れる。しばらく、お互いに無言で見詰め合ったまま動けない。
「…俺では、あいつの替わりにはなれないか」
苦々しくぽつりとユーリエフが呟いた。
一時の気の迷いで、アーシャの心の傷に追い討ちをかけ、
これから更に酷い目に合わせるであろう自分を呪いながら。
「!、替わり、なんて、そんなこと思ったことない!」
アーシャがはっと息を飲む。
「兄さんの替わりなんて…いない。そんなこと、冗談でも言わないで…」
「…兄さん、か。アーシャ、俺はそんなに器用な人間ではないんだよ」
もう引き返せない。ユーリエフはとうとう決心してしまった。
「あいつがお前を選んでいたなら、この気持ちは墓まで持っていくつもりだった。
 俺たち、二度も親を失ったからな。お前だけは、望むままの道を歩いて、幸せになって欲しかったから」
ユーリエフと父とアーシャの母は、共に連れ子のある身で再婚をしていた。
もともと家族ぐるみの付き合いをしていたのだが、大きな戦争に巻き込まれてそれぞれの伴侶を失い、
互いを庇い合って生活するようになったのがきっかけだった。
しかし悲劇は再び起きた。
再婚から数年後、ヒュームであったアーシャの母は鎖死病であっけなく他界し、
ユーリエフの父もまた、鉱山に巣食う獣人の討伐隊に参加したまま帰らぬ人となってしまったのである。
家と、わずかに残された財産、そして義妹を守るため、ユーリエフは冒険者となった。
そしてアーシャもまた、義兄の後を追うように冒険者としての資格を得、
ようやく二人は忙しくも充実した現在に到る道を歩き始めたのだ。
その十数年の間、親の都合で兄妹の縁を結ぶ羽目になった初恋の相手への気持ちを捨て切ることが出来ないまま、
彼女の想いを尊重するために己が劣情を殺し堪え続けたユーリエフの苦悩を、
一体誰が責められると言うのだろうか?
そして今また、彼の親友である男が、何よりも大事なこのアーシャに手を出そうとしているのだ。
青年の理性は、枷を失って暴れる想いと、彼女を取り巻く他の男達の身勝手さに翻弄され、焼き切れる寸前であった。

「でも、もうだめだ。」

ユーリエフの瞳に、今までひた隠しに隠し続けた昏い炎が宿っているのに気づいて、娘はこくんと息を飲んだ。
優しい幼馴染から、頼もしい兄へと成長した青年が、アーシャが一度も見たこともない男に変貌を遂げていた。
「にいさ…」
「アーシャ、お前はもう、誰にも渡さない」
死刑宣告のように、その言葉は彼女の耳に突き刺さった。
言葉の与える衝撃で、心に深い傷を負ったばかりの娘はただうろたえるばかりで抵抗することも忘れている。
ユーリエフの脳裏に、何度も何度も夢想した光景が蘇り、彼は忠実にそれを再現した。
娼館で買う女は、いつも必ず、黒い髪のヒュームを選んだ。
自慰をするときも、心の中で愛する娘を抱いている自分を、想い描いた。
だが現実は、微妙に食い違っている。
唇を重ね、舌を差し入れても、アーシャは応えるどころか目を見開いて震えている。
カーペットに彼女を押し倒して服の合わせ目を引き裂いても、
その細い腕はユーリエフを抱き返すはずもなく、彼の下から逃れようともがくのだ。
こぼれた胸のふくらみは、彼が想像していたよりもやや大きく、そして柔らかい。
「ユーリ、にいさん…いやよ、どうして、こんな…!」
半泣きの悲鳴を無視して、ユーリエフは娘の首筋を舐め上げ、巧みに動きを封じながら乳房を手のひらで揉みしだいた。
温かな感触が、彼をますます興奮させ、急き立てる。
もう片方の手で腰紐をほどき、室内着がわりのブレーの隙間へと滑らせる。
「アーシャ…アーシャ…嫌なんだ、もう。お前が誰かを追う姿なんて、もう見たくないんだ…っ!」
搾り出すような、青年の言葉。
その科白が、今度は逆に数年前からアーシャの心を傷つけていた出来事を、とうとう告白させる事となる。

「…嘘よ」

はた、とユーリエフの動きが止まった。その口調に含まれた重さと暗さをすぐに感じて、彼はアーシャを見下ろす。
彼女は視線をそらしたまま、静かに泣いていた。

「嘘だわ。兄さん、好きな人いるじゃない。兄さんこそ、私をその人の替わりにしようとしているくせに…!」
「…なんだって?」
思いもよらない反論に、まるで覚えのないユーリエフがたじろいだ。
涙に濡れた瞳が、青年をきっと睨み付ける。
「知ってるのよ、私。兄さんが、私が帰ってこない日に時々外泊してるの。
 服に、香水の匂いつけて帰ってくることもあったよね。 気づいてなかったの?
 それともお酒の匂いでごまかしてるつもりだった?」

まくしたてるアーシャの言葉の裏に含まれるのは、怒りと、悲しみと、そして…?

「それでふられたからって、同じようにふられた私を、襲うんだ?…あんまりだわ。ひどい、ひどいよ」
強がる表情がくしゃくしゃと歪んだ。アーシャは組み伏せられたまま、両手で顔を覆って号泣する。
「私、ずっと我慢してたのに…諦めてたのに…!
 ユーリが…兄さんが他の女の人を好きになっても、笑ってお祝いしたかったのに!
 それを、今になってこんな…身代わりみたいに扱われるなんて…!」
そうして、心をごまかすために彷徨ううち、アーシャは二度目の恋をした。
兄に良く似た、頼もしく人望もある男に気に掛けてもらえるようになり、
彼女はその男の為に無理をしてでも共に行動をするようになった。
信頼が、いつしか慕情に変わって行き、ようやく昔の想いを割り切れるかと思った矢先に、
破局は訪れたのであったが。
途切れ途切れの告白に、ユーリエフは殴られたような衝撃を受け、言葉が出ない。

「女なら誰でもいいの?…兄さんも結局はあの人と一緒じゃないの!最低…!!」

ようやく、青年は我に返る。いま、この娘はなんといった?諦めた?誰を?
「違う!違う、違う!!」
かぶりを振る。激しい、ユーリエフの否、のことば。
「女なら誰でもいいだと!?ふざけるな、俺が、俺がどんな思いで…」
「なにが、思いよ…。嘘なんかいらない…!じゃあ、なぜ私に黙って泊まり歩いてたの?
 3年前、たまたま早く帰ってこれたあの日から、何度も服に香水の匂いをつけて帰ってくるのは、
 家があるのにわざわざレンタルハウスを借りるのは、どうしてなのよ…っ!!」

3年前のちょうど今頃、ユーリエフは己の心に潜む闇をようやく認識した。
冒険者としての忙しい日々の中で思春期を過ぎ、
青年男性としての本能をもてあます様になったある日、アーシャを犯す夢を見てしまったのだ。
まだ、潔癖さの抜け切らぬ彼は苦悩し、最後にたどり着いた手段は外で女性を買う事であった。
最も、すぐにそれだけではとても抑制しきれぬようになり、
心を落ち着ける意味でもひとり借部屋にこもるようにもなったのであるが。
だが。
よくよく考えてみれば、アーシャがLSリーダーを慕うようになったのも、
時期を同じくした頃ではなかっただろうか?

しかし今、アーシャの必死の激昂は、ユーリエフを返って追い詰める結果となっていた。
「そんなに知りたければ教えてやるよ」
青年の瞳に潜む闇が、一層濃くなった。
「俺はなアーシャ、いつもお前を抱いてるつもりだったんだよ。
 娼館でも、お前に似た姿かたちの女を買っていた。借り部屋ではな、
 自分で自分をシコって慰めていたのさ。いつもいつも、お前をめちゃくちゃにしてる自分を妄想しながらな」
昏く、苦い、疲れきった微笑をその唇に浮かべて、ユーリエフは独白する。
「…いつからか、我慢できなかった。あのバカげた夢を…お前を無理やり抱いてる夢を見た日から、
 気が狂いそうだった。クソ親父がお前のおふくろと再婚したことを何度も呪ったさ。
 そうやって正気を保つ方法を見つけている間に、お前はあいつに惚れた、 だから余計にそうしなくちゃならなかった」
彼はようやく、アーシャの体を解放した。
彼女はゆるゆると起き上がると、自分に背を向けて座り込み、うなだれる青年の背中を見つめる。
「バカだな、俺は。義母さんから、お前を頼むとあんなに言われていたのに。
 …いつもお前に偉そうに説教しておきながら、結局はこれか」
くつくつ、と喉の奥で笑うユーリエフ。だがその声はかすれていた。彼は泣いていたのだ。
「軽蔑してくれていい。でも俺は、ずっとお前が好きだった。バストゥークで初めて出会ったガキの頃から、ずっと…」
おずおずと、アーシャの手がユーリエフの背に触れた。青年の体がびくっと震える。
「…そう、だったの」
温かな双手が、ユーリエフの背後から回されて、胸の辺りで止まる。
「どこで、間違ってしまったのかしら…私たち」
「…さあな」
「兄さ…ユーリ。私、私ね」
アーシャが彼を抱きしめている。わずかに震えてはいるのだが。

「覚えてる?私、小さい時に鉱山区で迷子になったよね。怖くてわんわん泣いちゃって。
 その時に助けてくれた、近所の男の子がいて」
細い腕に、きゅっと力が篭る。
「…大丈夫だよ、って何度も慰めてくれて。それからいつも一緒にいてくれて。
 ある日、新しいお父さんが来るって聞いたとき、その男の子がお兄さんになるんだよ、
 って聞いた時、私どれだけ喜んだか」
アーシャの声がもまた、かすれる。涙混じりの切ない言葉が、紡ぎだされていた。
「好きなの。ユーリのこと、本当に好きだったの。だから、他に好きな人が出来たって思った時に、
 辛かったけど幸せになってくれればいい、って思おうとしてた。
 でも、でも、ほんとは辛かった!悔しかったんだよ…!」
泣き声が、とぎれとぎれに割り込んだ。

「そんな時に、あの人に出会って…この人と一緒ならユーリのこと、諦められるんじゃないか、
 兄さんとして思っていけるんじゃないか、って感じて、必死だった。
 だから軽蔑なんて、できない。…罰が、あたっちゃったのかな?
 私の方がもっと汚いから…醜い気持ちで、いつもいっぱいだったから…」

ユーリエフを抱くアーシャの手が、服越しに彼の肌へ爪をたてる。
そのわずかな痛みを、彼は呆然としながら受け止めていた。

ユーリエフの脳裏に、さまざまな思いが渦巻き、やがてひとつの結論にたどり着いた。

まだ、間に合うのではないか?と

だから彼は、茫然自失の状態から思考をまとめ、立ち直ると同時に行動を起こした。
アーシャの手を取り、ゆっくりとひきはがすと体勢を変え、向き直る。
「…ユーリ、と呼んでくれたな。久しぶりに」
娘は答えない。
今日何度になるかわからない嘆きで、目の下を真っ赤に腫れあがらせたままうつむいている。
「ずるいなと思っていた。俺は、いつもお前を名で呼んでいるのに、お前はなかなかそう呼んでくれなくなった」
アーシャが、つ、と顔を上げた。涙で潤み、充血した瞳は見ていて痛々しい。
「アーシャ」
慎重に、ユーリエフは顔を近づけた。そっと触れるような口付け。
彼の口腔に、苦い涙の味が染みる。
顔を離し、親指で彼女の頬をぬぐってやると、アーシャはなすがままにじっと動かずにいた。
「今のお前にどれだけ酷いことを言っているか、理解はしている。でも」
真剣なまなざしが、ひたと固定される。
「俺を、戻してくれ。ただの、幼馴染に。…頼む」
娘の瞳がわずかに見開き、しばらくの間ふたりは黙り込んだまま互いを見つめていた。
暖炉の薪が燃え崩れ、かしゃ、と音を立てる。
崩れた薪のひとかけらが燃えつき、灰と化す頃、アーシャはようやくこくりと頷いた。


ふたつ並んだベッドの片方に、ユーリエフはアーシャを押し倒した。
時刻はそろそろ深夜を回った頃であろうか。しんしんと冷え込む空気が、どこかから忍び込んできている。
アーシャが小さくくしゃみをし、その姿にユーリエフはわずかに微笑んだ。
「寒いのか?」
「少し…」
「しばらく冷えるかもしれないが、我慢してくれ」
「…そういうもの、なの?…うん」
服を脱ぐのだから当然だろう。とは言わずに、ユーリエフは上着を脱ぎ捨て上半身を外気に晒した。
アーシャの服にも手をかけ、脱ぎやすいように手伝ってやる。
「…下も?」
「ああ」
おずおずといった体で、アーシャは仰向けに寝転がされたまま、纏うものを一枚一枚外していった。
緊張しているのか、手先が強張り、震えていている。
「あっ…」
すでに胸元は露になっていたが、下半身まで脱ぐ事に抵抗が拭いきれないのか、下着に触れたまま戸惑う彼女。
興奮で焦れ始めたユーリエフはとうとう動いた。体を移動させると最後の一枚を容赦なく掴み、
アーシャの秘められた部分を己が目の前にさらしてしまう。
「にいさ…ゆ、ユーリ…だめ…」
あまりの羞恥にアーシャは瞼をぎゅっと閉じ、ふるふると震えていた。
一糸纏わぬ彼女の体に、青年は何度も生唾を飲み込み、最初はゆっくりと、次第に大胆なまでに触れ、愛撫する。
時々顔を近づけ、キスをした。そのまま頬を舐め、首筋や乳房の先端をきつく吸い上げ、ユーリエフが彼女を抱いているという印を散らしていくのだ。
(アーシャ…ずっと、ずっとこうしたかった…。俺は、本当にあいつを抱いてるのか?…まだ、夢を見てるんじゃないのか?)
彼はふと、そんな考えに囚われる。
拭いきれぬ背徳感と、失いかけていた想いが叶うという愉悦。相反する激しい感情に、ユーリエフの心は激しく揺さぶられていた。だが、その行為はどこまでも本能に忠実だ。もう片方の乳房の先端を口に含み、舌先で転がす。
いままでに肌を重ねたどんなに美しい女性とも、ましてや妄想とも違う反応を、アーシャは返してきた。
それがなによりも、ユーリエフを奮わせ、ますます激しく振舞わせた。
「ユーリ…こわい、怖いよ。嘘じゃないよね…?ほんとに、私の好きなユーリなのね…?」
アーシャがまだ処女であることは知っていた。その点だけは内心、彼はLSリーダーに皮肉混じりの感謝をする。
肩口、胸元、臍、あらゆる場所に音を立ててキスをする。その度に、慣れぬ彼女は小さく悲鳴を上げ、白い体を震わせた。その愛らしい姿が、彼の劣情をさらにかきたてる。

たまらずに手を伸ばし、ふたつの柔らかなふくらみを何度も揉みしだくと、乳首がこりこりと堅くそそりたった。
本来なら性欲などとはまったく関係のない刺激によって女性なら誰でもそうなる当たり前の反応であるのだが、今に限ってはユーリエフを悦ばせる現象と成っていた。たまらず、彼はそれを再びついばみ、舌先でなんども舐っては吸い立てる。
「やっ、ユーリ…くすぐったいよ…んぅ」
うぶな反応が、ユーリエフの心に火をつける。ちゅぽっと音を立てて唇を離すと、己の唾液で濡れた乳首が妖しくぬめっていた。たまらず手を伸ばし、指の腹でこするようにして先端を苛めつつ、乳房全体を何度も揉みしだいて感触を心ゆくまで楽しんだ。
「初めてでもこんなに堅くなるんだな…悪い子だ。触らずに、いられなくなるじゃないか…」
「…そ、そんなこといわれても。んぁ…っ」
乳首をきゅっとつままれて、アーシャが小さく叫んだ。冷えた体が彼の愛撫で徐々に火照り始め、心地よいぬくもりを感じさせる。
「気持ちいいのか?」
ふ、と微笑して、ユーリエフは胸への愛撫を更に続けた。
「わからない…わからないわそんなの。でも…でも」
戸惑う声も、彼の耳には蜂蜜のように甘く響く。白い腕がおずおずと伸びると、彼の首にすがりついてしがみつく。
「変なの。怖いのに、もっともっと触ってほしいって…思うの…。私、変なのかな?おかしいのかな?」
「おかしくなんかないさ。嬉しいよアーシャ。もっと、そう感じてくれ。俺も、このままずっとお前に触れていたい」
ユーリエフは全ての行為を中断すると、未知の行為に怯えて戸惑う娘を、できるだけ優しく抱きしめた。
心の奥からふつふつと湧き上がる慕情は、彼女を傷つけたく無いと訴えている。
だが、彼の下半身は本能に忠実で、痛いくらいに張り詰めていた。今すぐにでも目の前の獲物を押さえつけ、その中をめちゃくちゃに味わいたいと叫び、彼を突き動かそうとする。
「アーシャ」
からからに干上がった喉の奥から声を絞り出し、ユーリエフは愛しい娘の名を呼んだ。
「このまま、最後までいっても、いいか…?だめなんだ、お前を泣かせたくないのに、止められそうもないんだ…」
小柄な体がわずかに震えた。もし逃れようとしても、きっと彼は彼女を放したりなど決してしないのだろうが。
ズボンの下で存在を主張する青年の劣情が、生地越し自分の内股に触れているのに気づき、アーシャはひくっと息を飲んだ。彼女の知らない世界が、いままさに目の前にあった。
「ユ、ユーリ…怖いよ…私、まだ…あっ!」
男の整った指先が、するりとアーシャの秘所に潜り込んだ。二人の視線が絡み合うと、青年は切なげに微笑して、指先だけを別の生き物のように蠢かせるのだ。探るように、そして次第に大胆に、彼だけに触れることを許された場所を、弄ぶ。
「ゃあ、だめ、そんなとこ…ああ…やめ、て……」
アーシャとて、これが男女の営みの一環だと分からない訳ではない。しかし、快楽という感覚をまるで知らず、恋する相手をただ慕って生きてきただけの彼女には、あまりに酷な現実であった。ただ羞恥心だけが、未発達な心と体を責め、苛み続けている。
そんなアーシャの反応にようやく思うところを感じたユーリエフは、一度体を離してベッドの脇の引き出しに手を伸ばし、小さな薬入れを取り出した。
「…ユーリ?」
浅く息を吐きながら、いぶかしげに彼の名を呼ぶアーシャ。

わずかに薬草が匂うその軟膏は、本来なら外傷の痛み止めに使うものであった。だが、ユーリエフのように多少なりとも「遊び」を知っている人間であれば、これにある薬を加えて、とある場面で多用することもある。
この期に及んでそれを思い出し、使用に及ぶ辺りが、彼という男の人となりと、そしてどれだけこの娘を大切に思っていたのかを、現している。
指先に薬をたっぷりと取って体勢を戻すと、続けてアーシャの膝に手をかけ、驚愕する彼女を思い切り恥ずかしい姿勢で開脚させてしまった。
「…!?な、なにを…やだあ!」
「じっとしてろ。痛いのは、嫌だろう?俺もお前を苦しめたくないんだ…」
諭すように、静かな口調でユーリエフはアーシャをなだめた。ぱくりと割れた秘裂に指を這わせ、薬をまんべんなく塗りこんでいく。ゆるゆると、指先を使って刺激を与えることも忘れてはいない。
しかし想像ほどに潤う事はなく、瞬時の躊躇いを彼に覚えさせる。すぐに意を決して、青年は顔を近づけ、本能をそそってやまない中心へと口付けた。
「?!やあっ!!やめて、汚いよっ!んぁうっ!」
ユーリエフの頭を抱えるようにして、アーシャが半泣きで縋り付いてくる。おかまいなしに彼は舌を這わせ、たっぷりと唾液を馴染ませていった。
ちゅく、じゅぷ、と軟膏と唾液の混じり合う水音が部屋の空気を奮わせ、アーシャはあまりの恥ずかしさで気を失うのではないかとさえ思ってしまう。
度重なる刺激でぷくりと尖りはじめた肉芽を見つけたユーリエフが、それを軽く噛んでやると、娘はは短い悲鳴をあげてのけぞった。
「ばかぁ………っ、ん?あ、あれ…」
瞼をぎゅっと閉じ、ぽろぽろと涙をこぼす娘。しばらくして、ようやく己の体の変化を感じた。
青年は顔を上げ、そんなアーシャの変化をじっと見つめる。秘裂がふるりと震えて、わずかに別種の湿り気を帯びたのを、彼は見逃さなかった。すかさず指で擦り上げ、確かめる。
「…っ!」
娘の体が、今度こそあらぬ刺激でまたもひどく震えた。
「な、なに…これ、お腹が、変」
唾液で相当に薄めて使ったにも関わらず、性欲を知らない彼女の体には過分な影響を及ぼしている。
口の中に残った薬を、ユーリエフ自身も飲み込んだ。彼自身は薬に慣れているため、すぐには効果は現れない。
「お腹…じゃない、やだ、あつい…あそこが…それに、こ、この香りは…」
「すまん、我慢してくれ。これで、あまり痛みは感じないはずだから…」
熱でふやけた薬が、強い芳香を放ち始めた。
はっとして青年を見つめるアーシャ。苦々しげに言い訳をするユーリエフ。
彼自身が、誰もいない場所で可能な限りの性欲を吐き出し、いつも通りの顔で家に帰るために使っていた一種の媚薬が、服にしみいた香水の正体だったのである。
「痛みをやわらげて、ほんの少しいい気分にさせてくれる薬。…これを使って、処理してたんだ。お前へのバカな欲求をな…」
「そう、だったの…ごめんなさい。知らなかった、そんなに苦しんでたなんてぜんぜん…」
「いいんだ、もう、いい。今お前が、ここにいてくれるから、いいんだよ…」
ユーリエフの慰めに、アーシャの顔がくしゃくしゃと歪んだ。はあっ、と深いため息をつくと、潤んだ瞳で懇願する。
「ユーリ…お願い。もっと、もっと触って…、今日は、ううん、これからはずっと、ユーリの好きなように、して…。もう、私をひとりに、しないで…」

彼女の声が上ずっていたのは薬のせいだけではなかった筈だ、と、後にユーリエフはこの時の事を思い返す度、そう感じるのでだった。
だが今の彼には、その言葉は愛情の確認であると同時に、何よりも待ち望んだ許しに他ならなかった。青年はとうとう理性の紐をぶちぶちと断ち切り始めた。アーシャの体を組み敷き、小さく悲鳴を上げる彼女をいたわるゆとりを徐々に失いながら、思う存分にその肢体を味わう。
「ふ、あぅ…こんなの…ああっ。怖い、怖いユーリ…頭がおかしくなっちゃう、うう…あんっ」
薬がじわじわと二人を酔わせていくのか、アーシャの唇からは本人すら驚くような甘いあえぎが漏れ始めた。
「アーシャ…俺のアーシャ…」
うわごとのように呟きながら、白い肌に口付け、その感覚を愉しむユーリエフ。ズボンをずらして取り出した雄の象徴は先端がちろちろと濡れていて、いつ爆発してもおかしくないほどにそそりたっている。やがて欲情に犯された視線が、アーシャの秘所に向いた。
息を飲む娘を押さえつけたまま、膝裏に手を回して脚を持ち上げると、ゆっくりと分身をねじ入れてゆく。
「う、ううっ!」
苦痛に耐えようと、アーシャの手がシーツの裾をきつく握る。愛撫と薬で和らげたとはいえ、ヒュームの中でも小柄な体格の彼女が、初めての異性、しかも標準以上の体格を持つエルヴァーンの剛直を受け入れるのには困難を要した。
それゆえ、ユーリエフの方も狭い内壁にぎちぎち締め上げられ、相当の痛みを堪えねばならなかったのだが。
「だ、だめ…いたい…よ、ユーリ…ぃ…ひっ!」
その時、繋がる部分から何かがはじけたような感覚を二人は互いに感じた。
新たな涙がこぼれて、アーシャのこめかみを濡らす。歯を食いしばって、彼女は彼を受け入れていた。
そのいたいけな姿が、ユーリエフを感動させ、また深い恋情を想い起こさせる。
互いが互いを受け入れ、欲している姿は、彼が夢にまで見た光景でもあったから。
「うっ…うぅ……」
(薬を使ったのに、だめなのか…)
合意の上だと分かっているにも関わらず、あまりのアーシャの苦しみようにユーリエフは内心戸惑った。
嫌われるのではないか、と、わずかに残った理性の上を冷たいものが滑る。
だが、次に口からぽろりと飛び出た言葉は、彼の理性を裏切るものだった。
「アーシャ…全部入ったよ。わかるか、ひとつになってるのが…」
どうしようもないほどに愛しい娘、そのかけがえのない瞬間を、他の誰でもない自分のものにしたという事実。
何にも替え難い甘美で強烈な歓びと、本能の奥底で蠢く征服欲が、彼の思考を最も支配していたのだ。
「はぁ、はぁ…これが、ユーリなの…?私の中に、ユーリが…いるの?」
「ああ…。これでもう、お前は俺のものだ。もう一人になんか、してやらない…ずっと一緒だ」
「…ほんと?」
アーシャが視線を上げてユーリエフを見た。涙があとからあとから湧いて、なかなか止みそうもない。

青年は頷くとそっと唇を寄せ、目尻に貯まったそれを吸ってやる。
「うれしい…大好きよユーリ、もっと、ぎゅっとして、私を感じて…」
涙声で訴えながらすがり付いてくるアーシャを強く抱きしめ、互いの想いを再び確認すると、ユーリエフはまたしても欲求の僕と化していった。
ひとつの線を越えた更に、もっとその先が、欲しくて欲しくて仕方がなかった。
何年もの間、殺し続けた互いの想いが、今は赤裸々に吐き出されて二人を繋いでいる。
ゆっくりと、しかしすぐに激しく、腰を打ち付けてアーシャの中をこれでもかと感じようとするユーリエフ。
自分の分身に、わずかに血がこびりついているのにも気づかず、彼は箍の外れた獣のよう彼女を求めた。
卑猥な水音を立てて、赤黒い雄の象徴が娘の胎内を蹂躙する。
その行為は相当の苦痛をアーシャに強いているはずなのに、それでも彼女はユーリエフの全てを受け入れ、耐えていた。
「愛してる…!ずっと言いたかった、伝えたかったんだ、愛してる、アーシャ、アーシャ…!」
叫びながら、ユーリエフは登り詰め、そして愛しい娘の中に言葉も想いも欲情も、全てを注ぎ込んだ。

==============================================================================

「…!、い、いたたた。いたぃ…」
「アーシャ?だ、大丈夫か?」
アーシャが目覚めると、すぐ前に心配げなユーリエフの顔があった。
疑問に思うよりも先に、全身の、特に下腹部から起こる激痛が、彼女を苦しめている。
「ごめん…」
いつも冷静に物事を断じ、論ずる青年が、すっかり消沈した面持ちで謝罪していた。長い耳の先がわずかに下がっている。
互いに全裸でひとつのベッドの横たわっており、1枚の上掛けに一緒にくるまっていた。
秘めた思いを告白し、一線を越えたのだと思い出すのに、アーシャはしばしの時間を要する。
「痛むんだな?…ごめん、もっと優しくするべきだったのに…ごめん、ごめん…」
逡巡する間もなく、ユーリエフはアーシャをきゅうと抱きすくめ、何度も何度も謝ってくる。
(ああ、いつものにいさ…ユーリ、だ…)
冒険者としては非常に潔癖で、お堅い彼ではあったが、私生活での彼は本当に心優しい人物であった。
緊張を解くと、ユーリエフの胸板にそっと頬を寄せる。いつもの彼の姿を思い出し、アーシャの心は温かく穏やかなものでゆっくりと満たされていく。
「あんまり、謝らないで。痛いし、変な気持ちになるし…びっくりしたけど、大丈夫…だと思う」
「しかし…」
「怖かったけど、うれしかった。愛してる、って言ってくれて、泣きたいくらいうれしかった…。ユーリは、違うの?」
「!、そんなはずないだろ!!俺が何年間お前を見てきたと思ってるんだっ!?」
はっとしてつい声を張り上げるユーリエフ。そして、叫んでからはたと行動が停止し、みるみる顔を紅潮させる。
視線を逸らすと苦虫を噛み潰したような表情のまま、腕の中のアーシャを自分の胸に押し付けるように抱きしめ、彼女の髪に顔を埋める。
「すまん。今は、頭の中がぐちゃぐちゃなんだ。まだ夢を見てるんじゃないかとさえ、思ってる…」
「ユーリ?」
「嬉しくて・・」
腕の中の娘の体温がふわりと上がったことに、ユーリエフは気がついた。彼の心に刻まれた傷が、癒やされていく。
しばらくのあいだ、二人は夢見心地で横たわっていた。アーシャの方は、若干の痛みを堪えなくてはならなかったのだが。
「あ、そういえば」
不意に、アーシャが裏返った声を発した。青年は眉をひそめて言葉の続きを待つ。
「?」

「もう、兄さんって呼ばない方がいいのかな。………呼べない、よね?ちょっとだけ、さみしいな」

ユーリエフは、少年のように顔を赤らめながら苦笑した。
窓の外では夜がもう終わりはじめ、清々しい朝の光が、新しい絆を得た二人の上に注がれようとしていた。




==============================================================================

ほぼ同じ頃。
「んー・・・反応、ねーな。やっぱ、ビンゴ、かねぇ」
先ほどからまったく動作する気配のない魔術器を前に、壮年のヒュームの男が一人、酒を煽りながらしてやったりとばかりにに笑っていた。
親しい友人であれば、どんな時間のどんな用事であってもすぐ返事をよこしてくる生真面目な赤魔道士の友人。
その彼が、数時間前に最後の連絡を終えて以来、今夜に限っては魔術器の呼び出しに応じないのだ。
普段はきっちりと礼節を弁えているはずの、エルヴァーンの友人が、いつぞや二人きりで酒場に繰り出した際にひどく酩酊した事があった。
苦笑しながら介抱していた際、彼は途切れ途切れに衝撃的な言葉を漏らしたのだ。
その為、この友人が誰よりも大切にしてる義妹に対してどのような気持ちを抱いているか、この男は知る羽目になっていたのである。

ついでに。ものすごい偶然ではあったのだが。
ほんのつい最近、かけもちで所属していたLSのリーダーが、特定のメンバーと個人的な付き合いをしていた事も知るところとなっていた。
それゆえ、いつか今日のような事件が起きるだろう、と彼はひとり確信したのだ。
また、友人とその義妹が血の繋がりのない事も知っていて、一芝居打つことを心に決めたのだった。
もっとも、予想がはずれていたのなら、男は先ほどの己のセリフを忠実に実行する気まんまんでもあったが。

「ダチの幸福、頑張りやさんのあの娘(こ)の笑顔。酒の肴にゃ、悪くない。不器用な人間が、損ばっかりするってのは良くないしなあ」

「ほとぼりが冷めたらこっちのパール渡しておこうかね。あー、でも仲人はあいつらの分が終わってからでないと請け負いきれんなあ。ま…ともあれ、お幸せに」

次に赤魔道士の青年と吟遊詩人の娘に出会った時、なんといってからかってやろう?
それだけを思いながら、男は手にした杯を窓の外にむかって掲げ、一気に飲み干した。