テルカポルカ 樽♂ F4b
ミナナ 樽♀F6a
「ただいま。」
俺は久しぶりに、ウィンダスの自宅に帰った。タルタルの居住区のはずれにある小さな小さな一軒屋。そこが俺たちの家だ。
すぐに、トントントン…と奥から軽い足音が聞こえてくる。
「おにいちゃん!?おにいちゃん!!」
俺の妹、ミナナが奥から飛び出してきた。
「いつ戻ってきたの!?びっくりしたよ。お帰り、お兄ちゃん!」
おかっぱに切りそろえた青銀の髪を揺らして、ミナナはとびきりの笑顔で俺を出迎える。
「ただいま。…飯、できるか?何でも良いからさ。腹減った。」
俺は照れ隠しに、ふいっと目をそらして、戦闘魔道団のトレードマークのとんがり帽子を脱ぐ。
「ダルメルで良いかなぁ?最近、羊の肉とか手に入りにくくて。」
ミナナはそんなことは気にも留めず、台所でごそごそと食材を漁っていた。
ダルメルステーキをかじる俺を、ミナナは頬杖をついて、にこにこと見守っていた。
「…何だよ。」
「えへ。だって、お兄ちゃんが帰ってくるの久しぶりなんだもん。」
両足をぶらぶら揺らして、ミナナは機嫌良さそうに鼻歌を歌っている。
戦闘魔道団に所属している俺は、水晶大戦が始まってからずっと、あちこちの戦場を転々としている。
規律に馴染めないはみ出し者の俺は、除隊覚悟でもっぱら、傭兵に混ざって戦っていた。
ジュノ条約がまとまって3国の軍隊が入り乱れて戦うようになった最近では、他種族の仲間ができた。タルタル同士よりよっぽど気が合って、最近は連中とずっと一緒に行動している。
「お前は最近どうよ?」
「うん、順調。忙しくてララブの手も借りたいくらい。」
ミナナは服飾デザイナーになりたくて、数年前から裁縫ギルドで修行している。
「…魔道団の軍服とかばっかりだけどね。」
ミナナの目が暗く沈んだ。こいつの望む、ドレスとか子供服とか、可愛らしい衣装を縫うには、時代があまりにきな臭すぎる。
「…ちょっとの辛抱だ。戦況はこっちが押してる。もう、闇王の喉元まで矛先を突きつけてる。」
戦争屋の顔になった俺に、ミナナが不安そうな目を向けた。
「…口の院に納品しに行った時、聞いたんだけど…、北のほうで大きな戦いがあるって…」
「ああ。」
俺は力強く頷いた。
「たぶん戦局を決める戦いになる、いや、これで終わりだ。」
タブナジアの戦いも俺は参加した。かの地で犠牲になった人たちのためにも、この戦いは絶対に負けられない。
「………やっぱり。」
ミナナの顔色がすっと青ざめる。
「…お兄ちゃん、行くんだ…。」
「あぁ。その前に、お前に挨拶しとこうってな。それで今日、うちに寄った。」
今度の戦いは、今までの小競り合いとは違う。今度こそ、命を落とすかもしれない。
それでも俺はじっとしていられない。この日のために、キツい思いをして魔道士になったんだ。
「…やだよ。私、やだよ…」
ミナナが背を向けて肩を震わせた。
「今度こそ、お兄ちゃんが帰ってこないかもしれないじゃない…私やだよ…行っちゃ駄目だよ…お兄ちゃん…」
ミナナの声に嗚咽が混ざる。
「我儘言うなよ。これが俺の仕事だしさ。」
小さい頃からそうしていたように、ミナナの頭をぽんぽんと撫でてやる。
ミナナは振り向いて、俺に抱きついた。
不意を突かれて、俺はよろめきながらミナナを受け止める。
「私…お兄ちゃんが好き…!だから、行かないで…」
心臓が止まるかと思った。頭の中が真っ白になる。
「…はは…何言ってるんだよ…俺たち兄妹…だろ…?」
口の中がカラカラになって、うまく声が出せない。
「…違うもん!お父さんが、亡くなる前に教えてくれた…私とお兄ちゃんは…ほんとの兄妹じゃない…って。」
……馬鹿親父!!
ミナナと俺は血の繋がらない兄妹だ。
親父は母さんに三行半を突きつけられるようなロクデナシだったが、去年、ポックリ逝くまでの生涯に一度だけ、信じられない善行をした。
ミナナを拾ったことだ。
赤ん坊だったミナナが家にやってきたのは、俺が6歳の頃だった。
自分のガキも放ったらかしの飲んだくれが、捨て子を拾ってきたんだ。近所のおばちゃん達は心配した。
でも親父の奴、ミナナのことはそりゃあもう、目に入れても痛くないほど可愛がった。
酒もすっぱり止めて、毎日ミナナの世話に明け暮れた。
最初は俺も複雑だった。血の繋がらない娘ばかり可愛がって、俺はアンタの何なんだ?ってね。
でも、ミナナはそんな俺に無邪気に笑いかけた。
一番最初に覚えた言葉が、俺を呼ぶ「にーちゃ」なんだぜ?親父の凹みぷりったら笑えるほどだった。
歩けるようになったら、いつも俺の後をついてきた。
ミナナがいつも、俺の服の裾を引っ張っているから、俺も悪さが出来なくなった。
ロクデナシだった親父は、ミナナの為にまた働きに出た。
近所のおばちゃん達は「ミナナちゃんはテルカの家に来た天使ね」と口々に笑いあった。
…俺も、そう思う。
ミナナは天使の生まれ変わりなんじゃないかと。そう思うほど、ミナナは素直で可愛かった。そして、まっすぐな心のまま成長した。
俺は、ミナナが大きくなるごとに膨らんでいく想いを、『兄妹』という鍵でずっと閉じ込めてきた。
「…親父が逝く時の遺言がさ。」
俺の言葉に、ミナナは真剣なまなざしを向けた。
「嫁に行って幸せになるまで、ミナナを守れ、ってさ。…俺のことは一言も言わねぇ。本当にお前の事だけを心配してた。」
「だったら…」
ミナナがぎゅっ、こぶしを握り締めた。
「だったら、お兄ちゃんが私を幸せにしてよ!」
やめろよミナナ。俺、そんなに意思が強くないんだぜ。
「…俺が戦争に行って、帰ってこなかったら、お前はどうなる?」
ミナナの肩がびくっと震えた。
「俺が帰ってこなくても、お前は誰かいい奴と結婚して、可愛い子供に囲まれてニコニコして過ごさなきゃいけないんだ。それが親父と俺が望む、お前の幸せだ。」
「おにい…ちゃん…」
ミナナの大きな瞳から涙が溢れる。
「お前が幸せになるまで、俺はお前の『お兄ちゃん』じゃなきゃいけねぇんだ。」
俺のお前への想いは、妹への想い。そうでなくちゃ。
ミナナはしばらく、一人で泣いていた。さっきみたいに頭を撫でて慰めてやりたかったけど、それは出来なかった。触れたら最後、俺の理性はどっかに吹っ飛んじまうかもしれない。
ひとしきり泣いた後、ミナナは口をへの字に曲げて、きっ、と目を上げた。
「わかった。」
ほっとした、と同時に、落胆する俺がいた。心のどっかでやっぱり俺は『兄妹』の区切りを踏み越えたくてうずうずしていたんだ。
「お兄ちゃんが帰ってくるまで、私、待ってる。だから、今度の戦争から帰ってきたら、私と結婚して!」
「……わかってねぇよ。」
俺はぽかーんと口を開けた。
「わかってるもんっ!私が可愛い赤ちゃん抱っこしてニコニコしてる隣に、お兄ちゃんがいてもいいんでしょ?お兄ちゃんと私、一緒に幸せになっても、良いんでしょ!?」
だから…と言いかけて、ミナナは握りこぶしでぐっ、とこぼれそうな涙を拭った。
「だから…死なないで、お兄ちゃん……」
「ミナナ…」
親父、ごめん。これくらいは見逃してくれよな。
俺はちょっぴりしゃがむと、ミナナの鼻に軽くキスをした。
驚くミナナに、俺は照れた笑いを見せる。
「泣くなよミナナ。俺は死なねぇ。絶対にだ。」
「おにいちゃん…」
ミナナも釣られて、ちょっぴり笑った。
「それでも、俺が帰ってこなかったら、俺のことはきっぱり忘れて、いい男を探すんだ。…それで、もし、俺が帰ってきたら」
「帰って、きたら…?」
「問答無用で、お前を俺の嫁にする。」
ミナナの顔に花が咲いたように、笑顔が戻った。頬の涙がキラキラ光って、俺がいままで見つめてきたミナナの中で、一番綺麗だと思ったんだ。
「俺は死なねぇ!死なねぇぞ!!」
うだるような熱さに目覚め、激痛の中で俺は叫んだ。左目があったはずの所が燃える様に熱い。
デーモンの爪に貫かれた俺の左目は、もう戻らない。
全身が言うことを聞かず、右手と左手、右足と左足が好き勝手な方向に動きまくる。
「落着けっ!テルカ!!」
気がついたら、ルークが暴れる俺を押さえつけていた。奴自身もあちこち怪我をしているらしく、脂汗を流している。それでもモンクの怪力で、俺を簡単に押さえ込む。
痙攣がようやく収まると、貧血で頭がクラクラした。酸素を求めてぜいぜいと肺が鳴る。
「…どうせ押し倒すなら女がいいぜ。」
自分も相当顔色が悪いくせに、ルークはにやにや笑ってそんな事を言う。
「…悪かったな。ミヒじゃなくて。」
振られた彼女の名前を出されて、奴は憮然とした。
「…そんだけ口が利けるなら大丈夫だな。今、ラファールが補給の薬持ってくるから、それまで辛抱しろ。」
「エリーは?」
手当ては今まで、白魔道士のエリーがしていてくれたはずだ。
俺の質問に、ルークが顎で示した先には、ファイアエッグの膝に収まって眠るエリーの姿があった。目立った怪我こそ無いが、相当に疲労の色が濃い。エルヴァーンらしい長身の彼女が、今はとても小さく見える。
「…白魔道士が足りないから、あちこち駆り出されてな。魔力がカツカツなのに、起きてると無茶するから、さっき、ファイアエッグが寝かしつけた。」
俺は拳を握り締めた。
苦しいのは俺だけじゃねぇ。ルークもファイアエッグも満身創痍だし、エリーもラファールも、回復に奔走させられている。
それでも、この戦争はまだ終わらない。
「…俺は死なねぇぞ。」
何度目かの台詞を、また口にする。
「…俺は死なねぇ。絶対、ミナナのところに帰るんだ。」
俺の言葉にルークがにやりと笑った。
「クールなテルカ様の口から、女の名前が出るとはね。…オレも死なねぇよ。生きて帰って、もう一度ミヒを口説く。」
「どうせまた、逆走して振られるのがオチ。」
ルークの言葉に返したのは俺じゃなくて、戻ってきたラファールだった。両手いっぱいに薬品を抱えている。補給物資は貴重品だ。あれだけ確保するためには、すごい争奪戦を切り抜けてきたんだろう。
「子供の頃から変わらない。テンパると思ったことと反対の方向に暴走する癖、直さないと、同じことの繰り返しだよ、ルークは。」
貴公子の笑顔でズバズバと指摘する幼馴染に、ルークが怒鳴る。
「うるせぇ!この童貞内藤!!」
ラファールの端正な顔が凍りつく。
…あ。傷ついた。
女どもに人気の、白い鎧に金の髪。容姿も性格もそれなりに良いのに、どうして彼女が出来ないのかね?こいつ。
「…僕、この戦争が終わったら…彼女、作るんだ……」
がっくりとうなだれて、ラファールが呟く。お前それ死亡フラグ………人の事は言えねー。
「私は…この戦争が終わったら、大好きな人と一緒に暮らしたいわ。」
透き通った声に振り向くと、死人のような顔色で、エリーが微笑っていた。倒れないようにファイアエッグが寄り添って支えている。エリーが奴に目をやると、奴も肯定するように頷いた。
ファイアエッグは、俺の隣にエリーを座らせると、硬い声で告げた。
「1時間後に、総攻撃を開始するそうだ。…この攻撃で、外郭を落とすつもりらしい。」
俺たちの表情が引き締まった。
「いよいよ…か。」
ラファールの声はこころなしか震えていた。ルークは拳を握って気合を入れる。エリーは黙って、俺の目の包帯を巻き直してくれていた。
俺は鎮痛剤をあおった。
「俺も出るぜ。ここで暴れなきゃ、何の為に北の果てまで来たのか分からねーからな。」
「無理よ、テルカ…。その目じゃ。」
エリーが不安そうに言った。俺は包帯を巻いた左目を、とんがり帽子の縁で隠す。
「ひとしきり暴れて、魔力を使い切ったらすぐ戦線離脱するさ。それより、エリー…お前は残れよ。」
「…え?」
エリーが、信じられないという表情で俺を見た。
「ミヒのリフレシュも無いんだ。魔力の尽きた魔道士は足手まといだ。白であろうと、黒であろうとな。」
エリーがくっ、と唇を噛みしめる。ルークが俺に目配せをして、助け舟を出した。
「ここで待機しててくれよ、エリー。戻ってきた時ケアルしてくれる人がいないと、オレ達困る。」
「ルークの場合は、レイズしてくれる人がいないと、だろ?」
ラファールがにやりとして、さっきの仕返しとばかりに口撃した。
「…わかった、わ…」
エリーは目を伏せた。真面目な彼女だ。自分でそう言ったなら、ちゃんとここで待っててくれる。
「…あなたたちにどうか、アルタナの女神様のご加護があらんことを…」
祈るような眼差しのエリーに、俺は笑った。
「いらねぇよ。アルタナのご加護なんざ。」
俺達の心の中には、それぞれの女神がいる。
俺のミナナ、ルークのミヒ、ラファールのまだ見ぬ恋人、ファイアエッグのエリー。
世界のためとか、アルタナの名の元にとか関係ねぇ。俺達の女神のために戦うんだ。
出陣の仕度をする俺達に、エリーに聞こえないように、ファイアエッグが囁いた。
「済まん…ありがとう…」
彼女を一番残したかったのは、間違いなくこいつだ。根が優しいから言えなかった台詞を、俺達が代弁したに過ぎない。
「生きて帰れよ。お前が戻らなかったら、エリーは残ったことを一生後悔するからな。」
そう言いながら、ファイアエッグの装甲を叩く。奴は、うむ、と返事をした。
「ミヒが居れば、もっと上手に説得したんだろうなぁ。」
ルークが少し寂しげに、ぽりぽりと頬を掻く。
「…そしたら今度は、絶対についてくるミヒの説得に苦労するからさ…」
ラファールがため息混じりに言った。
「…ま〜、人の言うこと聞く女じゃないからな。こう、当身かなんかで気絶させて…あぁ、スリプルでもいっか。」
ルークがぼそぼそ呟く。
「…寝かし俺かよ!そんなことすりゃ、絶対後から殺される!」
俺の叫びに、あはは、とラファールが乾いた笑いを漏らした。
雑談で俺たちの緊張はすこし緩んで、余計な力が抜ける。
「とにかく全員、生きて帰ろうな!」
俺たちは強く頷きあった。
数ヵ月後。
ウィンダスへ引き揚げる傭兵を乗せた飛空挺の甲板に、俺はいた。
本来、戦闘魔道団所属の俺だが、無理を言ってこちらに乗せてもらった。
正規軍はしばらく現地駐留しつつ順次引き揚げを開始することになっていたから、あちらに残ったら当面は帰れない。
…どっちみち、この目ではもう、魔道団には残れねぇ。
俺は首を振った。将来のことを考えるのは、後で良いや。
…ミナナ、元気か?
ミナナにはあらかじめ手紙を出した。この飛空挺が着く前には、報せが届いているはずだ。
(あんまり期待するなよ、テルカポルカ。帰ったら「この人と結婚しました〜」とか言って、どこの馬の骨とも分からねぇ奴を紹介されたりしてな。)
舞いあがる俺を、客観的なもう一人の自分が哂う。
…それでも、いいや。ミナナが笑ってれば、いい。
強い向かい風に目を細めると、もう一人の自分が、やれやれと呆れたように肩をすくめて引っ込んだ。
やがて、飛空挺はウィンダス港に舞い降りた。水しぶきが春の日差しにきらきらと光る。薄紅色の水鳥が、驚いて一斉に舞い上がった。
太陽を背に逆光になった星の大樹を眺めて、俺は故郷に戻ってきたことを実感する。
焼き鳥どもの攻撃を幾度も喰らい傷つきながら、なお、ウィンダスという国はしたたかに美しい。
港には、大勢の出迎えの人で賑わっていた。その多くはミスラだったが、タルタルの姿もあちこちに見られた。皆、家族や友人を出迎えて、笑顔で語り合っている。
俺はミナナの姿を探して、数歩踏み出した。
その時、真っ白な人影が、俺に向かってまっすぐに駆け寄ってきた。
俺は目を疑った。
結婚式で花嫁が着るような、純白のドレスを身に纏った、綺麗な…とても綺麗な女性が、俺の名を呼んでいたからだ。
「テルカ!」
彼女は両手を広げて、俺の胸に飛び込んでくる。
「テルカ…!おかえり、テルカ!!」
「ミナナ………?」
俺は相当、間抜けな面だっただろう。
嘘だろ?別れてから今まで、1年も経ってないんだぜ?何でこんなに…綺麗になれるんだ?
「テルカ、よかった、無事で…」
そう言って、俺の顔を見上げたミナナの表情が凍る。
恐る恐る手を伸ばし、帽子のつばに隠した、俺の左目の瞼に触れる。
「あ…」
ひんやり硬い瞼の感触に、ミナナの声が震えた。
「…男前になったろ?」
俺が顔をくしゃっとさせて笑った。こうするとウィンクしてるように見えるんだって、エリーが俺に教えてくれた。
「こっちの目玉はデーモン共にくれてやった。でも、命だけは渡さなかったぜ…ただいま、ミナナ。」
ミナナが瞳に涙を浮かべて、俺にきゅっ、と抱きつく。
「ずっと、待ってた。テルカが帰ってくるのを。…このドレス、縫いながら、待ってた。」
「もう『お兄ちゃん』って呼んでくれねーか。寂しいもんだな。」
「約束、だもん…覚えてるよね?『お兄ちゃん』?」
ミナナが背伸びをして目を閉じる。
「お前が忘れたって言っても…」
ミナナの花のような唇に、俺はくちづけした。
「問答無用で、俺のもんにする!」
怒るなよ親父。文句はあの世で聞くからさ。
「なぁ、本当に、結婚式の後でなくて良いのか?」
俺の最後の確認に、ミナナは耳まで真っ赤にしながら、こくりと頷いた。
「おにい…じゃなくて…テルカは気まぐれだから、後回しにしたら「やっぱりやーめた」って、言いそうだもん…」
「…お前こそ、ギリギリになって「やっぱり駄目ー!」って言っても駄目だかんな。」
…駄目、言われても止まんねぇだろうなぁ。ああー、泣くかなぁ。泣かせちまうかなぁ。
『初夜』の作法なんて分からない俺は、どこかオロオロしていた。
今まで寝た女なんて、半分玄人みたいなのばっかりだったから、一片の汚れのの無いミナナは綺麗すぎて、どうしていいか分からない。
初めてのミナナの方がずっと落ち着いていて、恥ずかしいくらいだった。
まるい頬を両手で包んで、上を向かせる。
「…気持ち悪いかもしれないけど、我慢しろよ。」
言わなくてもいい一言に後悔しながら、恥らうミナナの唇を吸う。
緊張して噛みしめた歯列を割って、舌を口の中に進入させる。
ああ、汚しちまう。
まだ、きれいなミナナの身体をを汚していく罪悪感。その陰で、愛するミナナを俺だけの物にする支配欲が疼いている。
舌を絡めて、裏側から付け根を舐めあげる。唾液が混ざりあってぐちゃぐちゃになる。
「ん…んん…」
唇の隙間から、ミナナの甘い声が漏れた。初めて聞く大人っぽい艶っぽい声に、俺は興奮する。
キスしたまま、手は胸の辺りをまさぐると、ドレスの下に、ささやかな膨らみがあった。それをやわやわ揉みしだいてやると、つんとした感触のものが、薄い生地の下に触れる。
「ん…くすぐったいよぅ…」
親指で尖った先っぽを転がすと、ミナナが首を振って身悶えた。
「くすぐったいだけじゃないだろ?」
つん、と先端を弾くと、「ひゃぅ!」と喉の奥から悲鳴が上がる。
駄目だ駄目だ!優しくしないと。
「…ミナナ、服、脱げよ。」
私が?と言いたげな顔で、ミナナが俺を見る。…しょうがないだろ、ドレスって複雑すぎて、訳わかんねぇんだよ。
「脱いでくれよ、ミナナ…今日から俺のもん、なんだろ?」
ミナナは観念したように半身を起こして、背中の紐をするすると解いた。白い布がはらりとはだけて、健康的な肌が露になる。
ゆっくり、つま先からスカートを引き抜くと、ミナナは恥ずかしそうに両手で身体を隠して、俺の前にちょこんと座った。
「…これで、いい?」
俺はごくりと唾を飲み込んだ。
透けるほど薄いキャミソールと白いパンティだけのミナナは、俺の後をついて離れなかった、小さな小さな妹の姿を思い出させた。
ああ…大人になってもミナナはミナナなんだなぁ。
ギリギリになって『兄貴』が出てきてしまって、俺は少し気まずくなる。
でも、ふわふわと柔っこい身体を抱きしめると、そんな気持ちはどこかに吹っ飛んだ。
甘くていい香りだけど、赤ん坊の頃の乳臭さはない。成熟した女性の匂いだ。
豪華なレースを重ねて縫い合わせた、白い下着をはだけると、すべすべした肌を存分にまさぐる。
「…おにいちゃん…恥ずかしいよぉ…」
ミナナはせつなげに身体を震わせた。半開きの唇から、はぁはぁと熱い息づかいが聞こえる。
「すげぇ可愛いよ、ミナナ。」
ふたつの膨らみの先のピンク色の乳首を咥えてしゃぶると、ミナナの身体がびくんびくんと震える。
「…ひゃぁぁん!」
「すごい感度いいな。…俺が居ない間、寂しくて、ひとりでいじってた?」
ミナナは顔を真っ赤にして目をそむける。図星みたいだ。
「じゃあ…こっちも?」
片手を胸から腹、そのさらに下に滑らせて、パンティの中に手を入れる。
ミナナが反射的に脚を閉じようとするその前に、指先を脚の間に潜りこませた。
「………っ!」
他種族みたいに毛なんか生えてなくて、ふかふか柔らかいそこの奥は、とろとろに蜜が溢れて俺の指先を濡らす。
怖がらせないようにゆっくりと、女のキモチいいところを往復する。
「おにぃ…ちゃん…」
ミナナの身体から力が抜けて、くたりと手足がベッドの上に落ちた。
抵抗の無くなった両足を掴んで、下着を剥ぎ取り、いっぱいまで広げると、顔を近づけてぺろりと舐める。
「そ、そんなとこ…らめぇ!」
「すごい、綺麗。」
ひくひくと蠢くピンク色のひだを、夢中で吸い舐める。ミナナは、はぁはぁと荒い息を吐いて身悶えた。
「ひぁ…おにぃ…ちゃん…」
ミナナがとろんとした表情で、うわごとのように俺を呼ぶ。
駄目、限界。
「ミナナ…」
俺はミナナの腰にまたがった。今にも破裂しそうな俺のアレが、ミナナに触れる。ミナナがびくっと身体を震わせた。
「もう、戻れないからな。」
「あ…」
裂け目の入り口を往復させて馴染ませると、俺は一気にミナナの中に進入した。
「あああ…っっ!!!」
純潔を引き裂かれる痛みに、ミナナが悲鳴を上げる。
「おにいちゃん!おにいちゃん…っ!!」
痛みからもがいて逃げようとする腰を押さえつけて、奥まで沈める。狭くてあったかいそこは、頭の中が真っ白くなるほどキモチ良い。
「もう、『お兄ちゃん』じゃないぜ…」
ミナナがはっとしたように俺を見て、ひとすじの涙を流した。
「テルカ…!」
泣きじゃくりながら俺にすがりつくミナナを、ぎゅっと抱きしめる。
俺だけのミナナ。
小さい頃からずっと俺だけを大好きでいてくれたミナナが、俺の腕の中で女になる。
本能の赴くまま、俺は腰を動かす。ミナナが狂ったように俺の名を呼ぶ。
そして俺はミナナの最奥に、熱いものを吐き出した。
「…赤ちゃん、できちゃうかなぁ。」
まだ夢うつつの表情で、ミナナがつぶやいた。
う〜ん、ちょっと早いかな。まぁ、できたらできたで、それも良いや。
「ま、傷病者年金も出るし、一人や二人、大丈夫だろ。」
「笑えないよ」とミナナの耳が垂れる。
俺は嬉しくてたまらない。
あんなに痛い思いをさせられたのに、ミナナは俺の隣で微笑んでいる。それが嬉しくてたまらないんだ。
「明日の朝、お父さんに報告しようね。」
「親父ねぇ…」
俺は気まずげに頬杖をついた。
「…俺がお前に手を出したって分かったら、怒って、墓の下から這い出してくるかもしれねー。」
「そんなこと、ないよ。」
ミナナはうふふ、と笑った。
「お父さん、私の気持ちがわかってたから、最期に、私たちがほんとの兄妹じゃない、って教えてくれたんだと思う。きっと許してくれるよ。」
孫、抱かせてあげたかったなー、と、ミナナは遠くを見た。
「それと、近いうちに、お母さんにも挨拶に行かないと。」
ミナナの言葉に、俺はげぇっとうめき声を上げた。
「…行かないと駄目かよぉ。あの人苦手なんだよ、俺。」
「だ〜め。」
ミナナが俺の鼻を人差し指でつん、とつついた。
「…私に、はじめて『お母さん』って呼べる人ができるの。私、憧れてたんだよ?テルカのお母さん。」
「しょうがねぇなぁ…」
また説教されるかと思うとうんざりするけど、これもミナナの旦那の務めだと覚悟する。
「さ、遅いしもう寝るぞ。…寝言、うるさかったら勘弁な。」
左目を失ってから、毎晩、酷い夢を見てうなされる。目が覚めると内容も覚えていない悪夢。
「うん。おやすみ、テルカ。」
ミナナが俺の胸で目を閉じた。
「…おやすみ。」
あったかいミナナを抱きしめると、すごく幸せな気持ちに満たされる。
もう、悪い夢なんて見ないかもしれない。こいつと一緒なら。