「傭兵になりたいのなら、不滅隊に顔を売って来い」
サラヒム・センチネルの女社長に命じられた名もなき傭兵候補は、青銅の箱を抱えてアズーフ島監視哨を訪れていた。
「えっと……確かこのへん…」
「不滅隊への差し入れ」とだけ知らされた箱の中身を、傭兵は知る由もない。信書の封を暴くなど、無粋が過ぎると心得ていた。
だが、歩を進めるたびに、にかわで密封された蓋の隙間から甘い匂いが立ち上り、中身がころころと転がる音が絶え間なく響く。
「何が入っているんだろう…」
『中の国』で冒険者として名を馳せた傭兵の好奇心が、首をもたげた。
野次チョコボ根性と行動力で地位もギルも手に入れた若い男のそれは、一度目を醒ましたらもはやおさまることなどありはしない。
「ちょっとだけ…」
傭兵は立ち止まり、腰のポケットから小さなナイフを取り出した。
ためらうことなく刃先を箱の蓋の隙間に詰められたにかわにあてがい、ぐい、と力を込める。
砂が崩れるような音の後、あふれ出たのは濃密な甘い匂い。昼尚薄暗い湿地にまき散らされ、立ち込めた。
「ああ……それは……その華美で……妖艶で……清楚な香り……は……」
「ダメ……ダメよ……あけては……あぁ……あなた……あけてしまったのね……」
「だ、誰だ!」
高笑いのような、すすり泣くような、調子の外れた女の声。傭兵は慌てて箱の蓋を閉め、携えていた得物を掌に握る。
だが男は、人を殺したことはなかった。そう、目の前に迫るのは、まぎれもなく人間の女だ。
。薄汚れたメガスアタイアで華奢な身体を包み、薄絹のケフィエで狂気を帯びた瞳を隠し、金髪を高い位置で緩く結い上げたヒュームの女。
「とても貴重で…たいせつなソレを……あなたは……」
「ご、ごめん、返す、ほら返」
「いいえ……いいのよ…だってあたしはもう……ソレでどんなに洗ったって……ておくれ…だからあなたを……あなたを…」
女の青魔法が、やすやすと傭兵の身体の自由を奪う。ひやりとした手で頬を撫でられ、喉元に唇を寄せられた男は悟っていた。
「これが、青魔道士の…」
末路か。
「喰らうわ……」
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『アズーフ島監視哨に派遣した、男の傭兵候補が相次いで行方不明になっている』
サラヒム・センチネルの女社長の苦情を受け、不滅隊隊長ラウバーンは、単身毒沼広がる霧の地を訪れていた。
「移送の幻灯」を苦情の際に使用停止にしてしまったからか、普段はちょろちょろしている傭兵の影は、ついぞ見えない。
「……ナリーマめ…」
死ねない青魔道士は声に出して呟きながら、この出立が「不本意」なものであると自身に言い聞かせていた。
不滅隊の長である自身が、皇都から遠く離れた僻地まで足を運ぶのは「やむをえない」ことなのだと。
具体的に述べるなら「行方不明の原因」がおそらく不滅隊士であること、その隊士が少々止んではいるが無類の実力者であること、
皇都に残っている末端の青魔道士では手に負えないであろうこと、などなど。
「……人は喰らうなとあれほど…何度も」
そう、他の者では用を足さないから自身が来た。間違っても意思ではないと。
ラウバーンの爪先に、こつりと固いものが触れる。それはアトルガン皇国ではついぞ見かけない、錆びて朽ちかけた鎖鎧だった。
中にくるまれているのはひからびた干物のような『何か』だった。
首とおぼしき場所にひっかかっているクリスタルを加工したペンダントをもぎ取る。
サラヒム・センチネルの傭兵候補が例外なく持っている「冒険者端末」とかいう、魔法仕掛けの装置だ。
「バカが」
中の国から渡って来た頃の、「冒険者だった」部下の笑顔がラウバーンの脳裏に蘇る。
ほんの好奇心で「占い」を試した若い娘を、青の地獄に引きずり込んだのは己自身だ。
アーリマンの水晶体を埋め込み、ザッハークの呪印を刻み込み、空っぽの器に少しずつ魔物の血を注ぎ込み、身も心も青く染めたのも。
彼女の持っていた端末を、粉々に砕いて棄てたのも。
「ナリーマ!」
不滅隊の隊長は、霧の中低い声で部下の名を呼んだ。
「出て来い、『人間の』男などでは、貴様の渇望は癒されんだろう!」
足下に横たわる干物の頭だったあたりを踵で踏み潰し、なおも叫ぶ。
「くれてやる、お前を満たす、青も欲も!」
澱んだ空気が、ざわりと動いた。湿地に自生する背の高い草を踏みわけ、靴がラウバーンの元に歩を進める。
「……気儘が過ぎる」
目の前に現れたメガスアタイアの女は、人間の男の匂いを纏っていた。
「ナリーマ、満たされているか?」
名を呼ぶ。狂気を帯びた目が一瞬醒めた様に、またたく。すぐ傍に「美味しいモノ」があることに気がついたらしい。
「……あぁ……青のニオイ……魔物のケハイ……不浄なる……それでいて……とても甘い……ラウバーン…さま」
女は獲物にとびつくように、不滅隊長の背中に両腕を回した。
「満たして……あたしを」
狂気を帯びた部下の柔らかく暖かい舌先が、ラウバーンの唇をこじ開け、口の中におし挿ってきた。
魔物の魂で濡れた舌がねっとりと絡みつき、頬の内側をなぞり、歯茎を順番に舐め取ってゆく。湿地の中、立ち尽くしたままで。
飢えた部下は容赦なく唾液を貪り、口蓋を擦った。彼女にとっては無意識であろう「搾取」に、男の意識が一瞬青く染まる。
部下同様、いやはるかに業の深い「魂喰」である己から見れば、部下もまた、美味そうな魔物である。
甘い息の匂いに誘われるまま舌を吸い上げ、コバルトの含まれた唾液を啜った。
「……あぁ…あぁ……美味しい……のぉ、おなか……すいてたのぉ」
ぢゅるりと音がして、唇が離れた。混ざり合った唾液がねっとり糸を引き、切れる。
「あたしの……すきな……マモノと……オスの味がする……ぅ」
女は微笑み、ラウバーンに身体を摺り寄せた。メガスアタイアに包まれた柔らかいふたつの肉が、胸板に押し付けられる。
「そうか」
ラウバーンの「人」の器の中に残った衝動が、むくりと頭をもたげ始めた。
腕の中に在る壊れかけた部下は恐ろしく扇情的だ。
例えば後れ毛がかかる白い項が、青い血で汚れた爪先が、透き通るような白い胸元と、浮き上がった鎖骨が。
その下の不釣合いなほど豊かな乳房の感触が。
「…だが、人間は喰らうな。不純物が多い」
耳元で戒めながら、その柔肉を掴んだ。薄い黒布越しに、豊かで柔らかい肉が無骨な指の間に絡みつく。
「だって……だって、ほしくて」
「欲しいのなら、今、喰らえ」
長く忘れていた魅惑的な感触は、ラウバーンの中に残る「人」を、確実に煽った。力任せに握らずにはいられないほどに。
「…ひゃうっ…!」
形のいい柔肉が、布のむこうでいびつにひしゃげ、ゆさゆさと揺れる。
窮屈そうに乳房の中心でぴんとそそり勃った先端を、男の指先で摘んだ。
「あぁんっ……んっ…」
布の向こうに在りながら、ぷっくりと膨らんだそれそれを爪先で潰し、腹で転がす。
過敏な箇所を布越しにもどかしく弄られた女は、崩れ落ちんばかりに身体をびくびくと震わせた。
「脱いじゃいたい……っ、ラウバーン……さまぁ……じか、にっ」
もはや立っていることも辛そうな部下の股座が、ラウバーンの太腿に食い込む。
余裕を失くした声と反応が、「人」としての劣情をさらに刺激する。
「待て、それを脱いだら、貴様の器は」
不滅隊長は自分の腿に跨った部下の尻に手を伸ばし、双丘を乱暴に掴んだ。
「フフフ……そうよね……コロスのよね……ためらいなんかなく……アミナフ、みたいに」
「知っていたか」
「……でも……でも……隊長に殺されるなら……あたし、ホンモウよ?」
女は快感に潤んだ目のままラウバーンの顔を引き寄せ、唇を貪る。腿に擦り付けるように腰を蠢かせ、纏めた金の髪をばさばさと揺らす。
「そうか、だが我ら不滅隊の命は、聖皇様の御為にのみ在る。くだらぬ感情に流されず、黙って貪れ」
部下の痴態に促されるように、ラウバーンは己の前あわせを外し、自身を掴み出した。
腿の上に載った細い腰を覆う箇所だけを注意深く外し、下着を横に押しのける。
裸に剥いて裸になって、皮膚をあわせることは叶わぬと悟っていた。
己も女も、メガスアタイアの拘束があってこそ、、人でいられるに過ぎぬのだから。
髪の色よりは黒い、だが群生は薄い陰毛に覆われた丘を梳いて掻き分ける。
縦の筋をなぞった指先に、はっきりと感じられる熱い湿り気。前後に動かすと待ちかねていたように、ぐちゅぐちゅと音を響かせた。
「……人であったときと、変わらず淫らだ」
「…っ……んっ」
恥じらいからか過去を思い出したからか、女は軽く目を伏せて頷いた。
しかし欲は切羽詰っているらしく、ためらうことなく血管の浮いたラウバーンの肉塊を握る。
「あたしは、こんなになっちゃったけど…もうもどれないけど……それでも」
軽く腰を浮かせ、濡れそぼった襞をもう片方の手で割り開き、ためらうことなく先端をそこにあてがった。
「だいすき……ダイスキ……たぶん」
切なそうな声を漏らして、女が腰を一気に落とした。
「……ヒトでなくなっても……!」
ラウバーンを一気に包み込む、熱くて狭い胎内。内壁が女の鼓動に合わせて、どくどくと食むように絡み付いてくる。
「ラウバーン……さま……あっ……んあっ…!」
部下が息を吐くたびに締め付けてくるそこがもたらすのは、抗いようのない快感。
魔に蝕まれる日々の中、忘れかけていた牡の衝動が戻ってきていることに、死ねない青魔道士は気がついていた。
「ナリー……マ!」
衝き動かされるように最奥を目指す。汗で濡れた身体がぶつかりあう音と、肉塊と粘膜が擦れ合う卑猥な音が人気のない監視哨に響く。
「……あぁっ…いいっ……あぁぁんっ…!」
爪先立ちで立ったまま繋がった女が、腿の上で、自らもゆるゆると腰を振りはじめた。
ラウバーンの鼻先を金髪が掠め、耳元で唇が喘ぎ声と甘い息を吐く。
「んっ……あぁっ……はぁっ……」
視点が合わないぐらい近くで乱れ狂う姿、繋がった箇所から押し寄せる快感、淫らな声と卑猥な音、匂い。
それらに急かされ、追い立てられて、男の衝動がどくどくと膨らむ。イきたい。出したい。小さく、死にたい。
「……っ……く」
「……ラウバーン、さまっ、あっ、あぁああっ」
腿に跨ったままの女が髪と乳房を揺らし、高い声で名を呼ぶ。
「見苦しい、慎め……!」
きつい物言いしかできないのは、愛とか恋とか好きとか惚れたとか、
そういうものが詰まっていた箇所に、魔物の水晶体や組織を移植したからだろうか。
「ごめんなさ……ラウバー……あっ……」
不滅隊の隊長は他愛もないことを考えながら、仰け反る部下の背中を抱きしめた。
内壁は緩慢に性急に絡みつき、溜まっていた欲をぶち撒けろと促さんばかりだ。
「貴様のような失敗作、放ってはおかぬ」
柔らかい髪に指を絡め、喘ぎ続ける唇を自らのそれで塞ぐ。ともに果てたい、それだけ願って身体を揺すった。
「…イっちゃうぅっ…!あぁっ イいっ…あ あぁぁっ…あぁぁぁー…っ!」
ラウバーンの腕の中で、しなやかな身体がびくびくとのけぞる。
「……っ」
高い絶叫とともにきゅうっと締め上げられる己自身に、男は思わず呻いた。女の胎内に勢いよくとめどなく、熱い滾りをぶちまけながら。
繋がった隙間から溢れる欲の残滓が、「白い」ことにほんの少し、安堵していた。
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「傭兵になりたいのなら、不滅隊に顔を売って来い」
サラヒム・センチネルの女社長に命じられた名もなき傭兵候補は、青銅の箱を抱えてアズーフ島監視哨を訪れていた。
「不滅隊への差し入れ」とだけ知らされた箱の中身を、傭兵は知る由もない。信書の封を暴くなど、無粋が過ぎると心得ていた。
だが、歩を進めるたびに、にかわで密封された蓋の隙間から甘い匂いが立ち上り、中身がころころと転がる音が絶え間なく響く。
「美味しそうな……ニオイがする………でもだめよ、あれはフジュンブツが多いから、食べてはいけないの」
<終>
14夜目227氏のイラスト