僕の夏休み

「……美月ねえ……」
バスから降りた僕が声を掛けると、その女(ひと)はにっこりと笑った。
僕の母方の従姉妹――美月、星華、陽子の三姉妹の長女、美月(みづき)ねえだ。
「お帰り、彰(あきら)ちゃん」
──僕が帰省するとき、この女(ひと)は絶対に「いらっしゃい」と言わない。
「お帰り」と言う。
まるで、僕も、僕の両親も、「本家」から一時期ちょっと出て行っただけで、
またすぐにここに戻ってくるものだから、と言うように。
あるいは、美月ねえにとっては、僕は弟であるかのように。

──僕は、毎年夏休みの最初の日にここにやってきて、最後の日に帰る。
冬休みも、春休みも、ゴールデンウィークも。
そのことを不思議には思わなかった。物心ついた時からの習慣だったからだ。
そして美月ねえを「美月ねえ」、つまり「美月姉さん」と呼ぶことにも。
僕に対する美月ねえの挨拶が、「お帰り」ということにも。
……だけど。
だけど、今年の夏、僕はじめてそのことを意識した。
志津留(しづる)家の「お定め」を知った夏に──。
僕が当たり前に生きてきた世界が揺らいだ夏に──。

「……」
僕が何を言っていいかわからないまま立ち尽くしていると、
美月ねえは、くすりと笑った。
そして片手に下げていたものを僕に差し出した。
「はい、これ」
差し出されたものは──僕の麦わら帽子。
見慣れたそれを目にして、僕のなじんだ世界がすっと戻ってきた。
──今は。そう……今だけは。

「うふふ、やっぱり彰ちゃんは、それが似あうわね」
美月ねえは、麦わら帽子をかぶった僕を見て、嬉しそうに笑った。
その笑顔につられて、僕も自然に笑顔が出た。
「毎年かぶってるもん」
「そうねえ、こっちは、夏、暑いからねえ……」
「あっちだって夏は暑いよ。アスファルトの照り返しはきついし。
なんだか暑さの質がちがう……っていうか。こっちの暑さのほうがよっぽどいい」
「うふふ」
美月ねえは目を細めた。
くるり、と日傘をまわす──機嫌のいい時の美月ねえの癖。
「彰ちゃん、どうする? お車、呼ぶ?」
「本家」のお屋敷は、バス停からさらに相当な距離がある。
バス停は山のふもとで、「本家」の本宅は山の中腹に建っているからだ。
というより、この山と、その背後に広がる森と、つまりこの辺一帯全部が志津留家のものだ。
あんまり広いので、携帯電話──ちょっと前まではバス停の横にある公衆電話から
お屋敷に電話をかけて、お手伝いのだれかに車をまわしてもらうかどうか、聞いているのだ。
ちなみに、駅まで車を回してもらうことはもちろんできるけど、僕はそうしたことは一度もない。
さっきまで乗ってきた、くたびれたバスにゆられてこのバス停に降り立つことこそが
「夏休みのはじまり」のような気がしてならないからだ。
そして、バスから降りた後の行動も決まっている。
「うーん。歩いていこうかな――まだ陽が強くないし」
朝早くに出発したおかげで、まだ昼までにはだいぶ時間がある。
エアコン熱やらビル熱やらがない自然の中にあっては、午前中はけっこう涼しい。
僕はその空気がとても好きだった。
「ふふ。そう言うと思った」
美月ねえは、もう一度日傘をくるり、とまわした。

「んー、やっぱりいいねえ」
目の前に広がる青々とした水田を見て、僕は声を上げた。
お屋敷に行く途中のこの風景は、僕のお気に入りだ。
もう少し上がったところにある麦畑も好きだけれど、夏場は水のあるこちらのほうが映える。
けろけろと鳴きながらあぜ道を横切っていったアマガエルを見て、
僕は笑顔が思わずこぼれてしまった。
この視界、この音、この空気。
帰ってきた、という想いが強まる瞬間だ。
「美月ねえ、こっち、まわって行ってもいい?」
僕は、お屋敷へまっすぐ続くアスファルトの道路(とても私道とは思えないくらいに広くて整備されている)ではなく、
横手に外れて行くあぜ道を指差した。
「ふふふ、いいわよ。――彰ちゃん、こっちの道、大好きだものね」
美月ねえの言うとおり、僕はこのあぜ道が大好きだった。
水田地帯の真ん中を突っ切ってぐるっとまわっているから、お屋敷に行くには遠回りだけど、
時間さえあれば僕は、きれいな水が流れる用水路の脇を通ってお屋敷に行くことにしている。
この土と草で作られた道を踏みしめながら行くと、なんだか一歩歩くたびに元気になるような気がするからだ。
ため池の前まで来たとき、僕はすっかり上機嫌になっていた。
そんな僕を見て、美月ねえはにこにこと笑っていたが、
やがて、その笑顔がちょっといたずらっぽいものに変わった。
あ、やばい……。
僕は、美月ねえが何をしようとしているのかを悟って、ちょっと身をすくめた。
「夏がくーれば思い出すー。はるかな尾瀬ーー、遠い空ー♪」
美月ねえは、あぜ道で、歌を歌いはじめた。
とても、きれいな声。
とても、きれいな歌。
でも、僕は、真っ赤になった。
「やめて美月ねえ、美月ねえやめてっーー」
でも美月ねえは優しく笑ったまま、続きを歌う。
「水芭蕉の花が、咲いてる。夢見て咲いていーる、みーずのほとり……うふふ……」
美月ねえは、くすくす笑いながらため池の水面と僕の顔を見比べた。
「うーーー」
僕はさらに真っ赤になってため池を見た。
水面に密集している浮き草は──ホテイアオイ。池の造園などによく使われる水面植物だ。

これを見て、なんで美月ねえが「夏の思い出」を歌いだしたかと言うと……。
「……彰ちゃんってば、ずっとこれのことを水芭蕉だと思ってたものね」
──つまり、そういうことだ。
首都圏から帰郷してくるお馬鹿なお子さんは、
「水の上に浮いて花を咲かせる草」とは一種類しかないものと思い込んでいた。
それである日、美月ねえに「水芭蕉採って来たよ!」と
大いばりでホテイアオイを差し出して……現在に至る。
我が家での笑い話。
あの日から美月ねえは、ホテイアオイを見かけると「水芭蕉の花が〜♪」と歌って、
僕を過去の恥ずかしい記憶のどん底に沈めてくれるのだ。
……ひょっとして、美月ねえって、意外にいぢわる?
「うふふ、行きましょうか、彰ちゃん」
僕の悶える姿を見て、美月ねえの笑顔がとろけそうなほどに深まる。
恥ずかしさ半分、得した感じが半分の僕は、あぜ道をお屋敷のほうへ歩き出した

「――ふう」
それからは特に何があったわけでもなく、僕たちはお屋敷に着いた。
お祖父さん──僕の母と、美月ねえ達の母親のお父さん──は不在で、
ここからちょっと離れた大学に行くのに独り暮らししている星華ねえは今日の夕方に帰ってくる予定で、
陽子は学校から帰ってきていないから、僕は美月ねえとふたりで昼食を食べた。
この辺の名物のお蕎麦と、山菜の天ぷら。
美月ねえは台所へ行ってちゃちゃっと作ってきたけど、すごく美味しい。
はっきり言って、お手伝いさんの誰が作るのよりも。
本当なら、美月ねえは志津留「本家」のお嬢様だから、そんなことをする必要はない。
でも、この女(ひと)は、「みんながおいしいって食べてくれるのが嬉しいから」と言って、
お祖父さんや、星華ねえや、陽子や、僕――家族の分の食事は極力自分で作ろうとする。
お蕎麦と天ぷらをお腹一杯食べた後、僕は、客用の部屋──というと美月ねえは、怒る。
訂正──「僕の部屋」に荷物を入れ、昼寝をすることにした。
朝からの移動や、ここまで歩いたこと、それにこの間から気に掛かって仕方のない問題とか、
いろいろなことが重なって、涼しい風が入る部屋の中で、僕はすぐに寝入ってしまった。
そして、夢の中で、僕は数日前の事を思い出して、ひどくうなされた。

……。
……。
「――子供を作る?! ――美月ねえと、僕が?!」
夏休みに入る直前に、母さんから言いわたされたその話は、僕にとって青天の霹靂だった。

志津留(しづる)家は、平安から続く名門の支族で、この家自体も千年続いた名家だ。
公家侍の出で神官の家系と称して、お屋敷の近くの神社の宮司も兼ねているけど、
その本質は──もっと秘された存在。
それは、門外不出の「弓」の技を学んだ一族の人間には肌で感じ取れる。
……でも、その繁栄が、その総本家から分かれて以来連なる「血」の為せる業と言うのは、
「知っていた」けども、「理解していなかった」のかもしれない。
──平安の闇から生まれた七篠家と、その七つの支族は、
たった十数人の一族郎党で、強大な「敵」と戦うために、
一族を増やし、無理やりに「血」を重ねて強化することで力を得てきた。
怨敵を滅ぼした後もその「血」の力で、「ものの流れ」を感じ取り、操ることで一族は繁栄した。
志津留家の事業が成功してきたのも、その力によるところが大きい。
「力」を「血」に秘めた一族は、子供に血をつないでいくことでしか繁栄を得られない。
だからこそ、「本家」は薄まりつつある一族の「血」を再度結集することを決めたのだ。

──もっとも志津留の「血」を色濃く引き、そして一族の中で唯一の若い男である僕と、
現在の「本家」の三姉妹、その中でも僕と一番相性が良い、と判断された美月ねえとを交わらせることを。

「――志津留家の「血」は、他の六支族に比べて、だいぶ薄まっています。
本来、最も志津留の「血」が濃く出ていて、当主となる子を産むはずだった私が、
あなたのお父さんと結ばれるために家の外に出たせいで、本家に残った「血」は弱まってしまったのです」
目を伏せ、申し訳なさそうに説明した母さんは、いつもの母さんではなかった。
父さんと母さんが結婚するのに、「本家」との間でなにか揉め事があったのは、
子供心にも気付いていた。
夏休みや冬休みといった長期の休みの間中、僕が本家に行くようになっていたのも、
最初の一、二年以外は、両親がそれに付き添うことがなくなっていたのも、
何か理由があることなのだろうとは思っていた。
だけど、それがこんな荒唐無稽な話だったなんて……。

……だけど、僕は、そんな家のしがらみをすんなりと理解することが出来ていた。
なんとなく、志津留の家が普通とは「ちがう」ことはもうずっと前から気がついている。
それがどうやら、婚姻と血縁関係、つまり「血」の中にあるものだということも。
僕は──そして美月ねえたちも、見えないものが見えたり、見えてはいけないものが見えたりする。
感じ取れるはずのないものを感じ取り、時々、それを操ることさえできる。
それは、日常生活に差し支えのあるものではないから、気にしていないけれど、
もっと大きな「力」――一族の繁栄とかそういうものを含めて──に直結しているのは容易に想像がついた。
母さんから詳しく聞くまでもなく、その「力」のある人間が、当主として志津留の本拠地にいない限りは、
一族は衰退し、滅ぶしかないぎりぎりのところまで来てしまっている、ということも。

そして、その「力」のある当主とは、老いて衰えたお祖父さんではもうだめだし、
僕の母さんでも「力」が足りないし、美月ねえたち姉妹でも、僕でも「血」が薄い。
──僕と美月ねえとの間に生まれた子供、ではじめて十分な「血」の濃さと「力」をもつことができる、ということも。

けれど、頭で理解していても、それが逃れられない宿命だとわかってしまっていても、
僕の心の中は複雑だった。
……美月ねえと、子供を作る?
生まれてからずっと姉弟のように育ち、仲良く遊んできた女性と?
僕は、その話を聞かされたとき、足元の地面が崩れるような衝撃を受けた。
家族──実の姉と交われ。
そう命令された人間のように、僕はショックと本能的な嫌悪感を抱いた。

美月ねえ。
僕は、この女(ひと)のことが大好きだ。
でも、それは、ちょっと年の離れた姉のような存在という意味で、であって、
夫婦だとか、子作りの相手とか、そういう生々しい行為の対象としてではない。
美月ねえ。
いつだったか、僕がまだちっちゃなころ、
いっしょにお風呂に入って、タオルでごしごし頭や身体を拭いてもらったり、
小学生にもなっていないころに、おねしょしてしまった布団を
他の人に知られないように片付けてもらったり、
そんなそんな思い出ばかりがある女(ひと)。
僕にとって、実の姉と、母親の間にあるような女性(ひと)……。

その人と、獣のように交わって子供を作るだなんて、
──それは僕が今まで生きてきて築いた「良い思い出」を、すべてぶち壊してしまうようなものだ。

……だけど、僕はその「お定め」から逃れられない自分を一瞬で悟ってしまっていた。
目を伏せた母さんが、ぽつぽつと語る、志津留家の話が本当のことだというのにも。
いままで漠然と感じていた不思議が、ジグソーパズルがぴたりとあてはまって完成したように
すべての答えに導かれたことで。
……けれど、頭で理解したって、心が納得しない。
納得しないまま、僕はここまで来てしまった。

……。
……。
僕が目を覚ましたとき、外はもうオレンジ色にそまっていた。
いつの間にか、夕方遅くまで眠っていたらしい。
「彰ちゃん、起きた?」
しばらくして、ふすまの外から美月ねえの声がした。
「あ、うん」
「そう。疲れているみたいだから起こさなかったけど、星華と陽子が帰ってきてるわ。
そろそろお夕飯にしましょう」
「うん!」
僕はお腹にかけていたタオルケットを跳ね除けて立ち上がった。
汗で濡れたTシャツを着替えて、部屋の外に出ようとして、
──僕は、ふすまの向こうにまだ美月ねえがいるのに気付いた。
「……」
「……」
「……美月ねえ?」
「……彰ちゃん……」
「な、何……?」
「……あのね……あのことなんだけど」
僕は心臓が止まるかと思った。
美月ねえの言う「あのこと」が、何を指すのかわかったからだ。
そしてどこまでも普段と変わらない美月ねえの声の中に、今まで聞いたことのない響きを感じ取ったからだ。
「み、……美月ねえ?!」

「…………ううん、今はいいわ、――お夕飯にしましょう」
美月ねえはしばらく沈黙した後、不意に明るい声でそう言い、廊下を歩いていった。
美月ねえの気配が遠ざかっても、僕はしばらく動けなかった。
今、ふすまの外にいた女性は、まちがいなく美月ねえだ。
だけど、きっと、それは、僕の知らない美月ねえ……。


お祖父さんは、今日は帰ってこない──というより普段からめったにここには帰ってこない──というので、
夕飯は四人――三姉妹と僕──で取った。
トレーナーとタイトなGパン姿が自然に決まっている美人は、次女の星華ねえ。
この県の県庁所在地にある大学に入学した女子大生(!!)で、今年から一人暮らしをしている。
大学も夏休みになったので、僕と同じように帰省してきたのだ。
中学の時から化学(ばけがく)一本の理系ガールで、普段は白衣を手放さない。
キャンパスでもカジュアルスーツに白衣を羽織ってうろうろしていることで有名らしい。
さすがに御飯をたべるときとお風呂上りは脱いでいるけど。
星華ねえは、居間に入ってきた僕に無表情な顔をむけ、わずかに会釈した。
それは、星華ねえがめちゃくちゃ機嫌がいい証だ。
──なんでそれがわかるのか、って聞かれても答えられない。
僕と美月ねえと陽子にはわかるから、わかる。

もうひとり、ざっくりとしたTシャツに膝までのトレーニングズボンの女の子は、三女の陽子。
僕と同い年の女子高生(……)で、稀代のお転婆だ──。
ガツン。
「――い、いってえ、何すんだよ」
「彰。いま、あたしの悪口考えてたろ?」
「挨拶代わりにいきなり弁慶を蹴るな……」
ソフトボール部の期待のルーキーの脚力はものすごい。
ついでに、この男女は、なぜだか僕の考えていることが分かるらしい。
というか、美月ねえも星華ねえもそうだけど。

僕と陽子が言い争っている間に、美月ねえと星華ねえはどんどん支度をはじめていて、
いつの間にか、にぎやかな夕御飯が始まっていた。

──夕飯後、居間でのんびりしていると、いったん部屋を出ていた星華ねえと陽子が戻ってきた。
「にしし、これやろうぜ、これ!」
陽子が小脇に抱えたゲーム機をぽんぽんと叩きながら言い、
「……」
と星華ねえが、無言でマルチタップとゲームのCD−ROMを差し出した。
「あらあら、星華も陽子も好きねえ」
お茶を淹れていた美月ねえが、あきれたように笑った。
「何だよー。美月ねえだって好きじゃないか。そーゆーこと言うと、入れてあげないぞ」
「まあまあ、そんな意地悪を言う子に育てた覚えはありませんよ、陽子」
ぷうっと膨れた陽子をたしなめながら、美月さんは腕まくりをした。
なんやかんや言っても、この人もすごく楽しみにしていたことが見て取れる。
「じゃ、いつもどおりに、タッグマッチね!」
機嫌を直した陽子が、ぱちんと手を合わせて宣言したときには、
黙々と作業していた星華ねえは、もうコントローラーとかをつなぎ終えてるところだった。
電源が入った。
<スーパーグレートプロレスリング>――通称グレプロ。
数あるプロレスゲームの中でも、マニアックな動きが再現できることで有名な一品。
僕の従姉妹たちは、意外なことにこれが大好きなのだ。
もともと今は亡き彼女たちの父親――僕にとっては伯父さん──がプロレスファンで、
子供の頃からTVで見る機会が多かったのに加えて、
ある年の夏休みに地方巡業に来たプロレスをみんなで見に行ってから、みんなそろってファンになった。
その帰りに買ったグレプロの旧シリーズの対戦で大いに盛り上がって以来、
グレプロで遊ぶことは従姉妹たちとの年中行事になっている。
「よーし、くじ引き、くじ引き」
陽子がチラシの裏に書いたアミダくじでタッグチームが決まった。
僕は──。


⇒美月ねえとタッグを組むことになった。
 星華ねえとタッグを組むことになった。
 陽子とタッグを組むことになった。


美月ねえの持ちキャラは──サザン・ハリセン。
<不沈艦><ブレーキが壊れたダンプカー>の異名を持つ外人レスラーで、
むちゃくちゃな馬力と、一撃必殺の威力を持つラリアットが魅力なキャラだ。
もう何年も日本を主戦場にしていて、日本人のトップどころと熱戦を繰り広げ、
三姉妹の中では一番プロレスにもゲームにも疎い美月ねえでさえ知っている有名レスラーだ。
最初、美月ねえがハリセンを選択したときは、僕は思わず吹き出した。
──<西部の荒くれカウボーイ>は、あまりにも美月ねえとギャップのあるキャラだったからだ。
でも、陽子などに言わせると、
「暴走ぶりは、美月ねえにそっくりだ」
ということらしい。
そう言われれば、ハリセンが普段はとても知的で温厚な紳士だというのも、
温和な美月ねえに意外とかぶっているのかもしれない。
実際、細かい操作方法などは苦手な美月ねえが使っても十分に動けるキャラだし、基本性能も高く、何よりも
「ド近眼で、ここだ! と思ったときに思いっきりぶっ飛ばすので、本人さえどんな威力になるか分からない」
といわれる必殺のラリアットは、
「めちゃ下手で、ここだ! と思った時に思いっきりボタンを押すので、本人さえもいつ出せるのか分からない」
予想外の威力を持つ。
それは、やりこみ派で読みも深い星華ねえが、「真似しようとしてもできないくらい」と評するくらいに「ハリセンっぽい」。
美月ねえのハリセンは、今日もその「ハリセンっぽさ」全開で暴れまくった。

「くそっ、なんてパワーだ!」
陽子が操作する<風雲登り龍>――源龍天一郎がタックルをくらって吹っ飛ぶ。
──今のは、美月ねえがラリアットを出そうとしてボタンを押し間違えただけなのだが、
陽子はすっかり不意を突かれた。
傍から見ると、本物のハリセンがよく使うフェイントそっくりだ。
「うふふ、Ask him Give Up !!」
小ダウンした源龍をスリーパーで締め上げながら美月ねえがハリセンの得意台詞を吐く。
「……」
星華ねえのジャンプ鴨田がカットに入った。

「彰ちゃん、――タッチ」
源龍を場外へ落としたところで、美月ねえが僕と交代した。
僕の持ちキャラはリュック・ブレアー。
米マット界の老舗、MWAの王座に君臨すること10回、<ホウキ相手でも最高のプロレスができる達人>だ。
玄人好みする古典的なプロレス技が心地よい。
向こうも陽子から星華ねえに交代したところで、試合は一転、
今までのハイスパートなぶつかり合いからクラシカルなレスリングに移った。
バックハンドチョップ、首投げ、シュミット式バックブリーカー、
ダイビングボディプレスをかけようとしてデッドリードライブを食らう、
レフリーの隙を突いての細かい反則と観客へのアピール……。
そしてお互いの必殺技、足四の字固めとバックドロップを狙った攻防。
星華ねえが操るジャンプ鴨田も同じようなテクニシャンなので、流れるような攻防になる。

しかし、僕たちのタッグチームは、次第に押され気味になってきた。
もともと、ゲーム自体は星華ねえが一番上手い。
一番プロレスに詳しいので、有利不利を無視して「そのレスラーらしい試合」にこだわる分、
けっこう釣り合いが取れるようになるけど、やっぱり腕はダントツだ。
次に上手いのは、負けず嫌いでなんでもやりこむ陽子。
こういうとき以外にほとんどゲームをしない美月ねえは、三人の中では一番上手くないし、
実家にこのソフトがない僕は、やっぱりやりこんでいない。
その上、このゲームでは現実にタッグを組んでいるレスラー同士が組むと
ボーナス判定がもらえる設定になっている。
今は袂を分かっているとはいえ、ジャンプ鴨田と源龍天一郎は、
かつて「鴨天コンビ」として強豪外人を迎え撃った名タッグチームだった。
当然、この二人が組むとツープラトンの威力やカットの判定が強化される。
──それを見越して星華ねえや陽子がこのキャラを選んだわけではない。
僕らが、プロレスファンになった巡業の日、このチームはすばらしい試合をしていた。
そして、その日から彼女たちの持ちキャラは決まったのだ。
……ブルロープを片手に客席で大暴れしているハリセンに追いかけまわされ、
泣きべそをかいていた美月ねえの持ちキャラが、何でそのハリセンになったのかはよくわからないんだけど……。

「あ、食らった!」
鴨田の必殺技・バックドロップホールドが僕のブレアーをマットにたたきつける。
「彰ちゃん、助けに行くわよ!」
ハリセンがフォールを妨害しに出てきた。
「美月ねえの相手は、あたしだ!」
カットした後にまごまごしている美月ねえのハリソンに、陽子の源龍が乱入する。
四人が入り乱れての乱戦になった。

「ええと──えいっ!」
突然、美月ねえがコントローラーをはしっと叩く。

ハリセンがショートダッシュして、左腕をぶん、と振り回した。
それはちょうどハリセンに掴みかかろうとしていた星華ねえの鴨田をぶっ飛ばした。
ウエスタン・ラリアット。
星の数ほど使い手がいるラリアット系の技の中でも、次元が二つか三つくらい違う、問答無用の必殺技だ。
鴨田の頭の上に星マークがちらつく。グロッギー状態になったのだ。
「今だ!」
僕のブレアーは反撃できないジャンプ鴨田に掴みかかってくるりと丸め込んだ。
三カウントが入る。
「やったー!!」
美月ねえが飛び上がるようにして拍手した。
……美月ねえのハリセンは、これがあるから恐いんだ。
一瞬にして逆転された星華ねえと陽子が呆然としている前で、
僕と美月ねえは、手を取り合って喜んだ。

夕食と、その後の三姉妹との恒例のゲーム大会も終わり、僕は部屋に戻った。
お風呂の順番が来るまでの間は、姉妹と遊ぶか、部屋でぼんやりとしているかのどちらかだ。
美月ねえは、僕に先にお風呂に入るように言うけれど、
こういうのは、普通、お年頃の女の子たちのほうが、お湯がきれいなうちに入るものだと思う。
「僕は、ここの家の子でしょ。だったら、お客様扱いしないでよ」
昔、そう言ったやりとりがあって、僕は三姉妹のあとにお風呂に入る習慣になった。
……でも、今考えると、これって……。
僕は、僕がこれから入るそのお風呂は、美月ねえが全裸で浸かっていたものなのだ、と思い当たって当惑した。
今まで十何年、一度も考えたことがないことだ。
お風呂は広いし、お手伝いさんたちは、こまめに掃除をしているから、
後に入っても汚いということは全然ない。
でも、たまに、床の石畳の上に長い髪の毛が落ちていたり、お湯の香りに溶け込んだいい匂いに気がつくことがある。
うわあー。
僕は、恥ずかしさに畳の上を転げまわった。
ごろごろごろ、
ごろごろ。
部屋を一往復半したときに、美月ねえの声がかけられた
「彰ちゃん……」
「あっ、は、はいっ!!」
ふすまに隔てられて、今の醜態を美月ねえに見られてはいないはずだけど、
僕は飛び上がって座りなおした。当然、正座だ。
「お、お風呂? い、今行くよ」
どぎまぎしながら答える。
──僕のお風呂の順番と言うことは、美月ねえが入った後ということだ。
僕は再び畳の上を転げまわりそうになった。
でも、美月ねえの返事は──
「ううん。お風呂は、今、星華が入っているわ。
……彰ちゃん、ちょっとお話しがあるの。入ってもいい?」
──美月ねえは、さっき夕飯に呼びに来たときにふすまの向こうにいた美月ねえの声で、そう言った。

「うふふ、こんなに散らかして」
入ってきた美月ねえは、いつもの美月ねえだった。
声も、ずっと聞きなれている、あの響きのする声だった。
来たまんまで、あちこちに荷物を広げた部屋をぐるりと見渡す。
「リュック一つ、手提げ一つの中身でこんなになるなんて、
彰ちゃんって、部屋を散らかすことにかけては天才的ね」
「ち、散らかし名人です、はい」
「でも、これじゃ座ってお話できないわ」
たしかに、十二畳の客間──じゃない、僕の部屋──は
僕の荷物がぶちまけられて大変なことになっている。
「……お話の前に、お片付けしましょうね」
美月ねえは、僕の荷物をまとめ始めた。
着替え類は、たたみなおして風呂敷に包む。
僕は、服をたたむのも風呂敷に包むのも苦手だ。
Tシャツを一枚引っ張り出すのに、一回あけてしまったら最後、
風呂敷は絶対に包みなおせない。
というよりも、中に入れる服の容量のほうが、風呂敷の容量より絶対に多く感じられる。
だけど、美月ねえの手にかかると、僕の着替えは、随分小さくまとめられてすんなり風呂敷の中に納まった。
美月ねえは、何か魔法を知っているんだろうか。
「あらあら、食べかけのチョコ、溶けちゃってるわよ。
後で冷蔵庫にしまっておくから、もう一度固まってから食べてね」
くすくす笑いながらお菓子の箱を片付ける。
──いつもと変わらぬ美月ねえだ。
小さい頃から母さんが仕事で家を留守にしがちだった僕にとって、
母親と姉の間のような存在だった女性(ひと)――。
休み前に、母さんが言ってきたことは何かの間違いだったんじゃないかな。
「お定め」なんて、もう昔話なんだよ。
だって美月ねえは──。
「……あら?」
美月ねえがつぶやいた。
──僕は凍りついた。
今の──は、「僕の知らない」ほうの美月ねえの声だ。

「彰ちゃん、……これはなぁに?」
美月姉(ねえ)が、にこやかに微笑みながらこちらを振り返った。
見慣れた──でもはじめて見る美貌と笑顔。
僕のリュックを部屋の隅に片付けようとして、美月ねえは、「それ」を見つけたらしい。
──美月ねえの手にあるのは、「明るい家族計画」。
従姉妹相手に子作り、という話に、どうしても納得いかない僕が、
新幹線に乗る前に駅のドラッグストアでこっそり買ってきたものだ。
それを使ってどうしようとか深く考えたわけではない。
準備と言うよりは、お守りのようなものだ。
でも、それを目にした美月ねえは、一瞬で状況を理解したようだ。
柳のような眉が、わずかにつりあがる。
──僕は麻痺したように身体が動かなくなった。
美月ねえの微笑みはいっそう優しくなる。
――僕は恐怖に凍りついた。
「だめでしょ、彰ちゃん。――これから私と赤ちゃんを作るのに、こんなものを使ったら?」
美月ねえが、決定的なひと言を言った。
ああ、「お定め」は、昔話じゃなかったんだ。
志津留の「血」の呪縛は、本当のことだったんだ。
僕は、がくがくと震えた。
美月ねえの、優しく、そして恐い視線に絡み取られて。
美月ねえの目は、僕に(返事をしなさい)と言っていた。
「……はい…」
僕は舌をもつらせながら、やっと声を出した。
美月ねえは、すすっと座りなおして、僕に正面を向いた。
まっすぐに相対するその姿勢は、やんちゃをした僕をしかるときの姿だ。
でも、今の美月ねえが僕をしかるのは──。
「……あのね、彰ちゃん。こういうものを使うのは、
風俗とか、不倫とか、やましい交わりをする人だけなのよ?」
いきなり、一方的な、しかもむちゃくちゃな論理。
そんなことはない、と反論――は、とてもできない。
保健体育の授業で習ったこととか、そういうのは、今の「この美月ねえ」の前では一切無力だ。
「……はい」
僕はそう答えるしかなかった。

「……愛し合ってて、これから子作りしようって仲の男女はこんなもの、使わないの。
いい、彰ちゃん。許婚や夫婦の間柄で、交わる時に避妊する人なんか、いないのよ?」
えーと、DINK婚とかセックスレス夫婦とかの話をしたら、――できっこないよ!
「……はい」
やっぱりそう答えるしかない。
おっとりとした話し方だけど、美月ねえの声には、反論を許さない強さがあった。
「……わかってくれたのね。じゃ、これは屑篭にぽい、ね。──ほら、ぽい」
美月ねえは、優雅な動作でそれを屑篭へ入れた。
──後で拾いなおすことなんて恐くて考えられない。
美月ねえも、僕がそれをできないことを十分承知で僕の部屋の屑篭に捨てたのだ。
破ったり、没収して他の部屋で捨てるよりも、もっと確実な処分。
僕にとって、未使用の「明るい家族計画」は、箱ごとこの世から消え去った。
「……」
僕は、屑篭から視線を戻した。
美月ねえは、うつむいていたから、その美貌にどんな表情が浮かんでいるのか僕には分からなかった。
頭の中が混乱しきっていて、何を言ったらいいのか、全然わからない。
すると──
「……彰ちゃん」
「は、はいっ……!?」
突然美月ねえが、衣擦れの音を立てて、すべるようににじり寄ってきた。
え? え? ええ?
ま、まさか、もう「はじまって」いるの?
こ、心の準備が……。
「彰ちゃん。――私と、赤ちゃん、作りましょう」
美月ねえの声は、どきりとするくらい近くからした。
ふわりと、湯上りのいい匂いがする。
み、美月ねえ──。
声にならない声を上げた瞬間、美月ねえの白い腕が、僕の首に回されていた。
くいっ。
優しい、でもあらがえない強さで引かれた僕は、
美月ねえにはじめての唇を奪われた。

(――!!!)
美月ねえの唇は、温かくて、甘くて、いい香りがした。
「え、え、え……?」
意外に冷静にそう感じる脳みそと、状況に慌てふためく脳みそは別物だ。
心臓は、後者の管理管轄なのだろう、ばくばくと脈打っている。
「――叔母様から、聞いて来ているでしょ、志津留の「お定め」の話……」
「……うん」
「うふふ、彰ちゃんの赤ちゃん、私が産んであげる。志津留のお家を継げる強い子を。
だから彰ちゃん、……私に子種さんをちょうだい……」
ことばと同時に、僕は押し倒された。
「――!!」
すぐに、美月ねえの身体が、僕の上に重なった。
服の上からでも伝わる体温。
そして、美月ねえはもう一度、僕の唇を奪った。
「……うふふ、お洋服がじゃまね。脱いじゃいましょう、……ほら」
美月ねえは、僕のシャツをまくった。
ズボンに手をかける。
「み、美月ねえ、――だ、だめっ……」
「どうして? 彰ちゃん、裸にならないと赤ちゃん作れないわよ?」
「いや、だって、その──恥ずかしい」
今の僕は、お定め、つまりセックスのこととかは混乱した頭の片隅に追いやられていて、
ただただ純粋に、美月ねえに裸を見られることが恥ずかしかった。
八歳年上の美月ねえには、子供の時にそれこそ何百回もすっぽんぽんを見られている。
一緒にお風呂に入っていた時期もあるくらいだ。
だけど、この何年かは、そういうこともなくなっている。
「……あ、そうか。――彰ちゃん、自分だけが裸になるのが恥ずかしいのね。
ごめんね、私、気がつかなかった。待っててね、私も脱ぐから……」
美月ねえは、僕の上で帯を解き、身をくねらせた。
しゅるりしゅるりと衣擦れの音がする。
「あわわ……」
僕が目を白黒させている間に、美月ねえは、和服を脱ぎ捨てていた。
「ほら、彰ちゃん、私も裸よ。――今度は彰ちゃんの番」
美月ねえは、もう一度ズボンに手をかけながら艶やかに微笑んだ。

「うわあ……」
電灯の光の下、僕の上に乗った美月ねえは、たしかに全裸になっていた。
白くて豊かなおっぱいは、先っぽの鴇色の乳首まではっきりと見える。
「和服美人は寸胴体型」だなんて何処の愚か者のたわごとだろう、と思えるくびれた腰。
僕の身体を優しく押さえつける柔らかなお尻まで、むき出しだった。
そして、視界の端にちょっとだけ見える、黒い翳り……。
「うふふ、彰ちゃん、そこが見たいの? じゃあ、彰ちゃんも脱ぎ脱ぎしましょうね。
──美月に、彰ちゃんのおち×ちん、見せて……」
電灯の影になった美月ねえの表情は、長い黒髪にも隠れて、良く見えなかったが、
僕はその美しさと、淫らさに、身体が麻痺したかと思った。
同時に、先ほどに倍する猛烈な羞恥心も押し寄せる。
「……だ、だめ、ダメだよ、美月ねえ。
そ、そうだ、僕、まだお風呂に入ってないからっ!! 汚いよ!!」
「うふふ、私は全然気にしないわよ、彰ちゃん。
それに、彰ちゃんのここ、こんなに元気なんだもの、
今すぐにお顔を出したいっ、って言っているわよ?」
美月ねえは、脱がせかけのズボンと、パンツの上からそっと僕のそれをなでた。
優しい手の動きに、僕は身もだえした。
「うふふ……」
美月ねえの手は、するりと僕のズボンとパンツを抜き取った。
「わあっ!」
僕は、僕の「分身」が空気に触れるのを感じた。
美月ねえとのキスと、裸を見たことで、いきりたっている「それ」が、
ぶるん、とはじけるようにゆれてから、下腹に張り付くように上を向いてそそりたったのも。
「……すごいわ、彰ちゃん……」
しばらく絶句していた美月ねえは、そう呟いた。
「あっ、こ、これはっ、そのっ!」
わけのわからないことを言う僕は、まるで母親に自慰の現場を見られたような気分だった。
幸いにして、そういう経験はまだないけれども。
「うふふ。分かっているわ、彰ちゃん。――私と交わりたくて、こんなになっているのでしょう?」
美月ねえは、黒髪の下で笑みを深くしたようだった。
「うふふ、おち×ちん、触っていい? 彰ちゃん……」

美月ねえの手が僕の下半身に伸びた。
何をしようとしているのかを悟って、僕は慌てた。
「美月ねえっ!」
「うふふ」
美月ねえは、答えず笑って、両手で僕のおち×ちんを包み込んだ。
ひんやりとした手が気持ちいい。
でも、美月ねえの動きはそれだけで止まらなかった。
添い寝のような体勢で横たわる僕の上に乗っかっていた美月ねえは、
いつの間にか、身体をずらして僕の下半身を覗き込むような姿勢になっていた。
艶やかな黒髪の頭が、どんどん僕の下半身に近づく。
ちゅっ。
「――!!」
美月ねえの唇が、僕の先端に触れた。
そして、美月ねえは、口を開くと、僕のおち×ちんをつるりとくわえ込んでしまった。
「うわわっ──」
僕は、混乱の極みに突き落とされた
これって……フェラチオ……。
健康な男子のたしなみとして、僕だってアダルトビデオくらい鑑賞したことがあるし、
そういう場面を妄想してみたこともある。
でも、それをやられているのが自分で、やっているのが美月ねえ──
なんてのは、想像したこともなかった。
「み、美月ねえっ、だめっ! ダメだよっ!」
僕は、もうそれ以外にことばを考えられず、かと言って抵抗もすることもできずにいた。

美月ねえの柔らかな舌と唇が、僕の性器を愛撫していく。
美月ねえのぬめぬめとした口腔粘膜と、たっぷりと溜まった唾液が、僕の生殖器に絡みついてくる。
美月ねえと僕は、まるで食虫植物と小さな虫だ。

あでやかな花にからめ取られた僕は、すぐに絶頂感に襲われた。

「――ひっ、だ、だめだ、美月ねえ! 離れて!!」
僕は今度こそ、必死になって叫んだ。
はじめて経験する性行為、しかもその相手は、僕の憧れの女性(ひと)。
僕の性器は、あっというまに限界に達してしまった。
美月ねえの頭に触れて、押し返そうとして、僕の手は止まった。
艶やかな黒髪は、まるでそこに意思と生命が宿っているように、
触れた僕の手を押しとどめた。
あるいは、僕自身が、それをやめることを拒んでいたのかもしれない。
人生ではじめて味わう、すさまじい快楽。
「ああっ──美月ねえっ!!」
我慢の限界を越え、僕は爆発してしまった。
──唇を離さないでいる、美月ねえの口の中へ。
どくどく。
びゅくびゅく。
僕の精子は、とどまることなく美月ねえの口を汚し続ける。
「うわあっ……」
僕は、快感と同時に、ものすごい罪悪感に襲われ、身悶えた。
母のような、姉のような女性を、性欲で穢す罪悪感。
でも──。
こくん。
こくん。
美月ねえが喉を鳴らした。
飲んでる──飲まれてる。僕の精液が、美月ねえに。
「……」
僕の射精が完全に終わるのを待って、美月ねえは顔を上げた。
「……み、美月ねえ……」
僕は、ごめんなさい、と謝ろうとした。
こんなことをして、大切な美月ねえを汚してしまったのだから。
だけど、僕が謝ろうとした美月ねえは、まるで別人の笑顔で微笑んだ。
天女のように美しく、淫らに。
「――うふふ、びっくりしちゃった。彰ちゃんったら、こんなにいっぱい出すんですもの」……
僕の背筋に、ぞくぞくとした何かが走りぬけた。

「うふふ、赤ちゃんを作るのに、最初の濃ぉーい子種さんを子宮にもらおうと思ってたんだけど、
彰ちゃんがこんなに元気なら、二回目でも大丈夫よね?」
美月ねえは、射精したばかりなのに、天を向いたままカチカチの僕の性器を見てにっこりした。
その唇についている僕の精液の残滓を、舌をちょっと出して舐め取った美月ねえに、
僕は後ずさりした。
一度欲望を解き放って、冷静になったせいだろうか。
その目には、今の美月ねえは、とても恐い、見知らぬ女性に見えた。
「――どうしたの、彰ちゃん?」
美人て、淫らで、恐い、その女の人──美月ねえじゃない女性が口を開いた。
僕の精液を吸った艶やかな唇で。
その女(ひと)が、白い胸乳に黒髪を絡ませながらゆっくり近づいてくる。
「う…うわああああーーーーっ」
僕は、本能的に立ち上がって、部屋の外に飛び出した。

走る。
走る。
長い廊下は、子供の頃から慣れ親しんでいたけど、
こんなに長くて曲がりくねって、逃げにくいものだったけ?
僕は、すぐ後ろにあの女の人に追いかけられているような気がして必死に逃げた。
──廊下の角を曲がったところで、誰かにぶつかった。
「!?」
うしろに転げそうになって、ぶつかった相手に肩をつかまれて支えられる。
「――星華ねえ……」
僕を支えてくれたのは、星華ねえだった。
お風呂上りなのか、Tシャツと短パンにバスタオルをかけた姿だ。
「どうした、彰? 真っ裸で……?」
星華ねえは、慌てるふうもなく、静かに聞いてきた。
そうだ、僕ってば、無月ねえに脱がされたまま、裸で……。
「み、美月ねえが……」
それっきり絶句して、必死に股間を隠している僕を見て、星華ねえは何かを悟ったのだろう。
バスタオルを僕に手渡して腰に巻くように身振りで命じると、
「ついてきて。とりあえず、私の部屋に──」
と言って、廊下を歩き始めた。

星華ねえの部屋は、離れにある。
もとは、お祖母ちゃんの機織(はたおり)部屋だ。
意外におばあちゃんっ子だった星華ねえは、形見分けのときも裁縫道具とかを全部受け継いだ。
さすがに機織は出来ないので機械は処分したけど、機織部屋は改造して自分の部屋にした。
お祖父さんが渡り廊下をつないで作ってくれたので、雨の日でも母屋から部屋に行くことができる。
僕は、バスタオル一丁の姿でその星華ねえの部屋に入った。

「……」
全面改築された内側は、もとが機織部屋とはちょっと思えない。
女の子の部屋にしては、物が少なくてちょっと殺風景だけど、なぜかほっとする。
机の上の最新パソコン(星華ねえの自作だ!)と、
お祖母ちゃんの嫁入り道具だったという桐の箪笥のアンバランスさのせいだろうか。
化学(ばけがく)一筋のバリバリ理系少女なのに、星華ねえは渋い趣味をしている。
僕は、すすめられるまま椅子に腰をかけた。
バスタオルを巻いただけの下半身が、すうすうする。
「……短パン、着る?」
落ち着かない感じの僕を見て、星華ねえが桐箪笥を指差しながら言った。
「えええっ……、い、いいよ……」
僕はふるふると首を振った。
お風呂にも入っていない裸で、星華ねえの服を着たら汚れてしまう、と思ったからだ。
「……」
星華ねえは、ちょっと考えていたけど、つ、と立ち上がって、壁にかけてある白衣を取ってきた。
「羽織って。これなら、いいでしょ」
星華ねえの白衣は、糊がぴっちりときいていて、白衣なのになんだかいい匂いがした。
「あとで、彰の部屋に行って着替えとって着てあげるから、それまでそれで我慢して……」
僕は、ひんやりとして、でもなんだか落ち着く白衣を借りることにした。

「……!」
「……」
「…………!!」
「……」
「………………!!!」
「……」
美月ねえとのことはものすごく言い辛かったんだけど、星華ねえが相手だと隠し事なく言うことができた。
いつも冷静で、質問も直接的な星華ねえだからかも知れない。
志津留(しづる)家のお定めの話も、避けて通ったりせずに言うことができた。
星華ねえは、最後まで話しを聞くと、
「……美月ねえは、私なんかよりもずっと不器用だから……」
と一言だけ、言った。
その意味がわからなかった僕は、聞き返そうと思ったけど、星華ねえはすぐに立ち上がって、
「彰の部屋を見てくる。――取れたら、着替えも取ってくる」
と部屋を出て行ってしまった。

しばらくして、星華ねえは僕のTシャツとパンツ、それにズボンを取ってきてくれた。
美月ねえは、もう僕の部屋には居ないらしい。
でも、着替えた僕は、部屋に戻る気にはなれなかった。
部屋に戻ったら、また「あの美月ねえ」に会うことになるかもしれないからだ。
あの、綺麗で、恐くて、生々しい牝の匂いがする、見知らぬ人のような美月ねえに。

星華ねえが、部屋の大きなソファと毛布を貸してくれたので、
僕は星華ねえの部屋で眠ることにした。
あんなことがあって、とても眠れるとは思わなかったけど、
何か考え事をしている星華ねえに話しかけることも出来ずに、ひっそりと息をこらしているうちに、
僕はいつの間にか、眠りについてしまった……。

翌朝。
星華ねえに肩を押されるようにして、朝食に行く。

──美月ねえは、いつもの美月ねえだった。

「おはよう、彰ちゃん、星華」
「おっ、おはようっございますっ……」
普段と何一つかわらない美月ねえの笑顔と挨拶に、僕は、慌てて返事をした。
「……」
星華ねえは、こちらも、いつものように静かに会釈をするだけの挨拶だ。
「おっはよっ! ──ん、何、どうしたの?」
遅れてきた陽子は、固まっている僕に訝しげな顔になったが、すぐに席に着いた。
そのまま普段どおりの朝食。
食事中、僕は何度も美月ねえを盗み見たけど、
美月ねえは、昨晩のことが嘘のように普通だった。
僕は、昨日のことが僕だけが見た悪い夢だったのかと思ったけれど、
そう思い込むには記憶ははっきりとしすぎたものだった。
「……」
星華ねえは、そんな僕をじっと見つめていたけど、何も言わなかった。

「ごちそうさま……」
食べたのか、食べなかったんだか、全然分からない朝食が終わった。
美月ねえが作った朝ごはんは、それはもう美味しいものなんだけど、
今朝だけは、味なんか全然分からない。
美月ねえと星華ねえがお膳を片付け始める。
「彰。釣りに行こう!」
陽子が、声を掛けてきた。
近所を流れる小川は、僕と陽子の釣り勝負の舞台だ。
小さな頃から双子の「兄弟」のように競い合って遊んできた僕と陽子にとって、
大きくなって男女の差が出てきた今、釣りはゲームなどと同様に体力のハンデなしに楽しめる勝負だ。
──だけど。
「……ごめん、今日はちょっと……」
僕は、陽子の誘いに首を振った。

「そっか……」
陽子は、僕の顔を見て素直にうなずいた。
普段は悪口のオンパレードだけど、赤ん坊の頃からいっしょに育った仲だ。
何かあったときはすぐにわかる。
そして、今は一人になりたい時だということも。
「ちょっと……散歩に行ってくる」
「んー。あ、そうだ。彰、土間の冷蔵庫に麦茶のペットボトル冷えてるから、持ってきなよ」
居間の脇に、廊下を挟んで土間があり、そこには冷蔵庫が置いてあった。
もちろん、お手伝いさんたちが正式な料理を作る本館の厨房や、
美月ねえが家族の分の普段の料理をする台所にもちゃんとした冷蔵庫があるんだけど、
ここにもなぜか一台、旧式の冷蔵庫があった。
土間から外に出ることもできるので、星華ねえや陽子は、
この冷蔵庫で飲み物を冷やしておいて、出掛けに持って出かけたりする。
僕はありがたく一本頂戴することにした。
なにしろ、お屋敷から出たら、バス停の辺りまでは自販機一台ない山の中だ。
「さーて、じゃ、あたしは宿題でもやりますかねぇ」
陽子は立ち上がってうーんと伸びをしながら言った。
「げっ、僕がこれから散歩に行くのに、雨を降らせるような事を言うなよ」
──げしっ!
返事は、ほれぼれするようなチョップ──脳天唐竹割りだった。
……陽子は、<ギガント木場>が率いる<善日本プロレス>のファンだ。
絶対に女子高生の趣味じゃない……。

目の前でチカチカまたたくお星様と戯れている間に、陽子は自分の部屋に行ってしまったらしい。
美月ねえと星華ねえは台所で片付けをしている。
目立たぬように外に出るのにちょうどいい。
僕は土間に下りて靴を履いた。
冷蔵庫を開けて、麦茶を一本取ろうとする。
「……あれ……」
冷蔵庫の中を覗き込んだ僕の動きが止まった。

冷蔵庫の一番手前にあったのは、――僕のチョコレート。
昨日、僕が食べかけて放り出して、溶けかけさせてしまったやつだ。
あんなことがあって、僕は部屋を飛び出してしまったから、僕が入れたわけではない。
星華ねえが、着替えをもってきてくれた時に入れてくれたのだろうか。
……いや。
銀紙と包装紙を丁寧に包みなおしてきちんと置いてあるそれを、誰が入れたのか、僕はわかっていた。

(――あらあら、食べかけのチョコ、溶けちゃってるわよ。
後で冷蔵庫にしまっておくから、もう一度固まってから食べてね──)

昨晩の、美月ねえのことば。
──美月ねえは、あの後で、このチョコを冷蔵庫に入れておいてくれたんだ。
僕は、しばらく躊躇していたが、それを手にとってポケットにねじこんだ。

お屋敷を出た僕は、あてもなく歩いていった。
足を動かすと、色々なことが頭の中に浮かぶけど、
次の一歩を踏み出すとそれが消えて、別なことがとりとめなく浮かぶ。
……ふと気がつくと、僕は、いつの間にか見慣れた場所にやって来ていた。
水田の中の、あぜ道。
ため池の前。
僕は、土手に腰を下ろしてぼんやりと水面を眺めた。
ホテイアオイの、薄青の花があちらこちらに咲いている水面を。
「……」
ポケットを探ってチョコレートを取り出し、かじる。
ほろ苦さと甘みが口の中に広がった。

志津留家の「お定め」――。
美月ねえは、どう考えているのだろう。
従兄弟の僕と交わること、その子供を宿すことをどう考えているのだろう。
昨日の夜の美月ねえを思い出すと、わけがわからなくなってくる。
ぼくは、ぐらぐらする頭を何度も振った。

「――彰」
声を掛けられたとき、太陽は、もう空のてっぺんにあった。
「星華ねえ……」
YシャツとGパンに白衣を羽織った星華ねえがあぜ道に立っていた。
「やっぱり、ここだった。――屋敷に婆さまが来てる」
星華ねえは、ため池をちらっと見て、僕にそう言った。
「え……?」
婆さま、とは、お祖母さんのことではない。
お祖父さんの姉にあたる人で、僕にとっては大伯母さんだ。
だけど、みんな婆さま、と呼ぶ。
本家のほうにはめったに来ない人だけど、それがなんで──。
「――美月ねえが、結婚する。他の支族の男の人と。
婆さまが、それの手配を頼まれた……」
星華ねえはわずかに眉を寄せて言った。
「……え?」
「すぐに、婚礼が行なわれるそうだ。――この夏のうちに」
結婚するって、――美月ねえが!?
僕は、頭の中が真っ白になった。
──美月ねえは、子供を作るために、他の支族の男の人と交わるつもりだ。
僕は、足元がぐらぐらと崩れだしたようなショックを受けた。
美月ねえが、結婚する。――誰か知らない人と。
昨日、僕が美月ねえを拒んだから?
(──そんなに「お定め」とは急で、残酷なものなの?)
(──美月ねえにとって、それはそんなに重要なの?)
(──美月ねえは、相手は誰でもいいの?)
僕の頭は、混乱しきってわけがわからなくなっていた。
「……」
ぴしゃっ!
僕は、びっくりして我にかえった。
右頬に、焼け付くような痛み。
星華ねえが、僕に平手打ちをしたのだ。

「……落ち着いた?」
星華ねえは、呆然としている僕を真正面から見据えた。
この女(ひと)はいつもそうだ。真正面を、最短距離で進む。
「――美月ねえにとっては、相手は誰でも同じなんだ。――彰以外の男なら」
星華ねえが、僕の心の中を読んだように、ぽつりと言った。
「え……?」
「ばか……」
星華ねえは、僕をちらっと睨んだ。
それは、星華ねえの最大級の怒りと呆れの表現だ。
「美月ねえは、彰のことが好きなんだ。……「弟」じゃなく、男として」
わずかに眉をひそめたのは、言わなきゃわからないのか、という表情。
「えええっ……?」
僕は狼狽した。
美月ねえが僕を好きと言うのは、僕が美月ねえが好きだというのと同じように
姉弟、家族としての「好き」だと思っていた。
昨晩のあれにしたって、それは「お定め」のための行為であり、
そして、美月ねえにとっては──。
「でも、美月ねえは、昨日のあれで、彰に嫌われたと思いこんでいる」
「え……」
「美月ねえは、あの後、私にこう言ったんだ。
<彰ちゃんには、他の好きな娘と結ばれてほしい。「お定め」は私が守るから>
大好きな彰をあきらめる。彰が自分を拒むなら他の娘と結婚できるように、自分は「お定め」に従う。
――美月ねえはそういう人だって、彰だって知っているはずだ」
「……あ……」
僕はがくがくと震えた。
美月ねえ……。
僕は美月ねえを嫌いになんかなっていない。
ただ、いつもの美月ねえじゃない美月ねえが……知らない人のように恐かっただけだ。
僕の知らない、母と姉の中間のような神聖な存在ではなく、
綺麗で淫らで恐い、生々しい一人の女性としての美月ねえが……。
だけど、美月ねえは、よそに行ってしまう。
僕は目の前がぐるぐるとまわるのを感じた。

「――しっかりしろ、彰。
彰は、美月ねえをどう思っているか、もうずっと前に答えを出しているはずだ」
星華ねえは、ため池の水面を指さした。
その水面には──ホテイアオイの花がたくさん咲いている。
「……あっ……」
僕は、今までずっと忘れていたことを思い出した。

──あれは、美月ねえが大学に入った年だから、僕が小学五年生の夏。

その年の夏休みに、美月ねえは、お屋敷に「大学のお友達」を連れてきたんだ。
美月ねえは、志津留本家を継ぐ長女、しかもものすごい美人、とあって、
地元では知らない人が居ないくらいの有名人だった。
周りの人たちは、もちろん良くしてくれたけど、やっぱり近寄りがたいところもあって、
高校を出るまで美月ねえには、ずっと「家に呼べるような親しい友達」がいなかった。
「彰ちゃんや、星華や、陽子がいるからさみしくないよ」
美月ねえは、そう言って笑っていたけど、やっぱりさびしいんだということは、
僕たち三人にはわかっていた。
だから、美月ねえが県庁所在地にある大学に入って、一人暮らしをするようになり、
そこで知り合った「お友達」をはじめてお屋敷に連れてきたとき、
僕たちまでなんだか嬉しくなったのを、よく覚えている。
中学生の頃から家にいるときは和服だった美月ねえが、
お客さんに合わせて久しぶりに着ていた洋服が目新しくって、
僕と陽子は、何度も美月ねえを見に行ったのを覚えている。

でも、美月ねえが連れてきた二人のお友達──同じ大学の女子大生は、あんまりいい人ではなかった。
茶髪と金髪──今風の化粧と香水の匂いがぷんぷんするそのお姉さんたちは、
最初は、お屋敷のすごさや、家の中の物に興味津々の様子だったけど、
そのうちに、美月ねえに嫌味を言ったり、けなしたりするようになった。
彼女たちは彼女たちで、けっこうなお嬢様らしかったんだけど、
志津留みたいな素封家というわけではなかったらしい。
二人は、だんだんと嫉妬の感情をむき出しにして美月ねえに噛み付いていった。

(――こんな古臭い家なんて何の価値もないわね)
(――ここ、駅から何分かかるのよ)
(――美月って、センス悪いわね、あんまり美人じゃないし)
二人が次々に吐き出すひどいことばに、美月ねえの顔はどんどん曇っていった。
中でも美月ねえにとって一番こたえたのは、恋人の話だった。
(――美月って、恋人いるの?)
(――いるわけないよね、あなたみたいな野暮ったい子に)
(――ふうん、じゃ、男の子にプレゼントも貰ったこともないんじゃない)
(――あたしらなんか、バッグも服もみんな彼氏に買ってもらったわよ)
(――そうそう。こーゆーのって、お金じゃないよね)
(――あはは、美月は花束一つ貰ったことないんじゃないの?)
(――好きな花の花束を差し出されながら「結婚しよう」とか言われるの、
美月には、一生縁のないシチェーションかもね)
黙ってうつむく美月ねえと、調子に乗って罵詈雑言を浴びせる二人に、
「美月ねえのお友達のお姉さん」を興味津々で覗き見していた僕と陽子は憤慨した。

(……彰、弓とってこよう。あの二人の頭をぶち抜いてやる!)
(……陽子は左の茶髪な! 僕は右の金髪!)
怒りにわなわなと震えるお子様二人がそれを実行する前に、ことが動いたのは幸いだった。
──小学生とはいえ、オムツの頃から弓に触れて育った僕らは、
まともな弓道をやっていれば、県大会だのインターハイだののお話ではない。
……僕らが殺人犯にならずに済んだのは、星華ねえのおかげだった。
(お帰りくださいませんか、お客様。――志津留は卑しい成り上がり者を好みません)
普段の白衣姿ではなく、きっちりと和服で正装──美月ねえと同じく、どこかのお姫様のような──して出てきた
星華ねえが、絶対零度よりさらに冷たそうな瞳で睨みつけると、二人の女子大生はたじたじになった。
あいさつもそこそこに、送りの車に逃げ込んだふたりを見送ることもなく、
僕たちは美月ねえのまわりに集まった。
「……大丈夫よ、なんでもないから。――ごめんね、心配かけて」
テラスで、先ほどまで二人が座っていた椅子と、手付かずの紅茶をみつめていた美月ねえは、
僕たち三人を見ると、それを視界の外に追いやって、微笑んで謝った。
その優しい微笑の影のさびしさに気がついたのは、子供の観察力だったのかもしれない。
子供は、「母親」のことをいつも見ているから、ちょっとの様子の違いにもすぐに気がつく。
──いや、たぶん、それは、「それ以外」――「異性を見る眼」が気付かせたものだった。

「……陽子。――美月ねえが一番好きな花って何?」
「え? ……水芭蕉……かな? 美月ねえ、『夏の思い出』が大好きでよく歌ってるもん」
「よしっ! ため池に取りに行こう!」
「え? え? ええっ!?」
勢い良く駆け出した僕は、水芭蕉とホテイアオイの区別も付かないお馬鹿さんだった。
陽子はさすがに知っていたけど、「あの時の彰は、何か言って止められる勢いじゃなかった」そうだ。
実際、普段は往復一時間もかかる道を、僕と陽子は、池に飛び込んで花を集めるのも含めて三十分で戻ってきた
まだテラスでたたずんでいた美月ねえたちは、泥だらけの僕たちを見てびっくりした。
「はい。――美月ねえ、水芭蕉!」
大いばりで薄青の花束を差し出す僕に、星華ねえは口をぱくぱくさせていたけど、何も言わなかった。
(……無口なだけど、言いたいことはずばりと言う星華ねえを「絶句」させるのは至難の業だ)
僕が、
「美月ねえ、大好きです。――結婚してください!!」
と言ったから。
「……彰ちゃん……」
「――ほら、あのお姉さんたちが言ったことはウソだよね。
僕がこうして花束持って「結婚してください」って言ったんだもん!」
「……彰ちゃん……」
「だから、あのお姉さんたちの言ったこと、他も全部ウソだよ!
美月ねえは美人だし、野暮ったくなんかないし、お屋敷も古臭くなんかないし、
彼氏だって、お婿さんだって、すぐに見つかるよ!!」
「――彰ちゃん」
顔を真っ赤にして言い立てる僕を、美月ねえはぎゅっと抱きしめた。

──その抱擁は、それまでの何百回も経験した美月ねえの抱擁とはどこか違っていた。
「嬉しい……」
その違いがどこにあるのか、わからないまま、僕は美月ねえに抱きしめられ続けた。
甘くていい匂いのする美月ねえ。
その美月ねえが、ためらいがちにささやいた一言──。
「――彰ちゃん……いつか、……私のお婿さんになってくれる?」
「うんっ!!」
何も考えず、間髪いれずに、答えた一言。
でも、それは、美月ねえにとって大事な約束だったんだ。――そして僕にとっても。

「……あれからずっと、美月ねえにとって「特別な男性」は、彰だったんだ……」
ああ、それを僕は全然わかっていなかった。
美月ねえは、「長女だから」って、志津留の家を一人で背負い込んじゃう人だ。
親戚や、お手伝いさんや、まわりの人が思うような「志津留の跡取り娘」であろうとしている。
星華ねえや、陽子や、僕にさえも、自分を抑えて接してしまう。
でも、それは永遠に続くものではない。
昨日の晩に見せた、あの美月ねえ──。
あれを受け入れてくれる人が、美月ねえには、きっと必要なんだ。
……そして、それをするべき人間は──。
僕は、靴と靴下をまとめて脱いだ。
何をすればいいのかは分かっていた。
僕は、ため池の中にじゃぶじゃぶと分け入っていった。
夏場で水の量も少ないため池は、端のあたりは、そんなに深くない。
あの時も、こういう風にして集めたんだ──ホテイアオイの薄青い花を。
「……」
星華ねえが、無言で集めた花を持っていた糸で(星華ねえは、裁縫道具をいつも身につけている)束ねてくれた。
僕は、靴を履きなおすのももどかしく、その花束を持って駆け出した。

「――美月ねえっ!!」
息せき切って飛び込んできた僕に、美月ねえはびっくりして振り返った。
あの時は、ため池から戻るのに、全力で走っても十分以上かかった。
でも、今日は五分もかかってない──五年間で、僕はそれだけ大きくなっていた。
だから、あの時と同じことばも、全然ちがった意味と覚悟で言える。
「――美月ねえ……大好きです、結婚してくださいっ!!」
「あ…きら…ちゃん……」
美月ねえは、口元に手を当てて、眼を大きく見開いた。

「――他の男の人と結婚しちゃ、嫌だっ! 僕のお嫁さんになってくださいっ!」
「彰ちゃん……」
「――僕の、僕の赤ちゃんを産んでくださいっ!!」
「……彰ちゃんっ……!!」
美月ねえの瞳がたちまち潤んで、すっと、涙が流れる。
……でも、美月ねえは、涙を流したまま、微笑んでうなずいてくれた。
僕ががくがくと震えながら差し出した花束を受け取る。
「ありがとう……この花、あの日から、私が世界で一番好きな花なのよ。
水芭蕉よりもずっとずっと……。いつか、彰ちゃんがもう一度この花束もって、
今のことばを言ってくれるのを、ずっと夢見てたの……」
もう一度泣きそうな笑顔を浮かべた美月ねえは、これも僕が「今まで見たことがない」美月ねえだった。
でも、僕は、その美月ねえも──大好きになった。
僕は、美月ねえをぎゅっと抱きしめた。
あの日とは逆に、僕のほうから。
そして唇を重ねて──僕たちは初めての口付けを交わした。

「……彰ちゃん、私で、本当にいいの?」
ため池に入って泥だらけの僕はお風呂に入ることになった。
僕が抱きついたので、こちらも泥だらけの美月ねえは、いっしょに入ると言ってついてきた。
美月ねえと二人でお風呂──ものすごく恥ずかしくて、昨日までの僕だったらきっと逃げ出しただろうけど、
今日の僕は、今日からの僕は、恥ずかしいけど逃げ出さない。
母親と一緒に入るんじゃないんだから。
お姉さんと一緒に入るんじゃないんだから。
──この世で一番好きな、異性と入るのだから。
でも、美月ねえは、まだちょっとためらいがあるようだった。
「あのね、彰ちゃん。さっきは勢いでキスしちゃったけど、まだ間に合うのよ。
私、彰ちゃんより八つも年上だし、世間知らずだし、それに……。
……私、彰ちゃんが思ってきたような女じゃない、って自分でも思うもの」
服を脱ぎかけて手が止まった美月ねえは、視線を反らしながら言った。

「――私、本当は、子供っぽいし、性欲強いし、嫉妬深いし、すごくすごくいやらしい女なのよ……」
「……」
「昨日の晩、あんなふうに彰ちゃんにせまった、はしたない女が本当の私なのよ。
彰ちゃんがほしくて、彰ちゃんと赤ちゃん作りたくて、あんなになっちゃう女が、美月なのよ」
「……」
「彰ちゃんのこと考えて、毎日オナニーしていたことだってあるんだからっ……!」
「……美月ねえ……」
「彰ちゃんが、お母さんやお姉さんのように思っていた女なんかじゃ、全然ないのよ……」
「美月ねえ、ううん、美月さん――「彰」って、呼んで」
「……え?」
僕は、はじめての呼び名――美月さんと彼女を呼んだ。
この先、「美月ねえ」にかわって、ずっとずっと彼女をそう呼ぶことを確信しながら。
「僕は、もう、美月さんのこと、お母さん代わりや、お姉さんだと思ってないよ。
美月さんは、僕の、一番大好きな女の人。――お嫁さんで、恋人。
だから、美月さんが、どんなに子供っぽくても、嫉妬深くても、いやらしくても、大丈夫。
僕は、美月さんの全部が好きだから。好きになるから。――だから、美月さんの全部、僕に見せて」
僕は、勢い良く服を脱いだ。
これから、奥さんになってもらう女(ひと)相手なら、裸になったって平気だ。
「彰……さん……」
美月さんは、ためらいがちに僕のことを呼んだあと、今度はもっとはっきりとことばを発した。
「彰さん……」
そうして美月さんは、止めかけてた手を動かして服を脱ぎ、僕に生まれたままの姿を晒した。

それから、僕らは、お風呂場で、お互いの身体を洗いっこした。
子供のころ、「美月ねえ」と入った時のように、一方的に身体を洗われるんじゃなくて、
僕も「美月さん」の身体を洗う。
これから交わって子供を作る「つがい」の身体をお互いの手と肌で確かめるように、
美月さんは、僕の胸板や、太ももや、おち×ちんを丁寧になでさすり、
僕は、美月さんのおっぱいや、お尻や、あそこを撫で回した。
「……美月さんのここ、濡れてる……」
「……彰さんだって、おち×ちんこんなじゃない……」
真っ赤になって言い合うのも、二人の間では、はじめての経験だった。
──僕たちは、そのままバスタオルだけをまとって、美月さんの部屋に入った。

「美月さんの部屋、奥のほうに入るの、はじめてだ」
「あんまり見ないでね、恥ずかしいわ……」
美月ねえの部屋は、二部屋ある。
手前の机などがある部屋には何度も遊びに行ったことがあるけど、
その奥の短い廊下を挟んだ奥の寝室には入ったことがない。
ベッドに並んで腰掛けた美月さんの言うとおり、部屋にはなかなか「恥ずかしい」ものが満ち溢れていた。
日本の青少年なら誰でも一度はお世話になったことがあるという、
「巴里書院」のエロ小説の黒い表紙がずらりと並んだ本棚。
なまめかしい下着がディスプレイしてある箪笥。
セーラー服やらチャイナドレスやらから始まって、名前も知らないエッチな衣装がつるされたクローゼット。
「わ、私、本当に変態さんで、二十四にもなって男の人も知らないのに、こんなもの集めちゃって……」
話してて、分かった。
美月さんは、エッチなことでしか、自分を解放したり、ストレスを解消できない人間だ。
それも一番好きな相手との遠慮のないセックスでしか、全部を解き放てない。
でも根が真面目すぎる美月さんが、セックスできる相手は、結婚の相手のお婿さんしかない。
でもそのお婿さんが、一番好きな相手でなければ、遠慮のないセックスが出来る相手じゃなければ、
──美月さんは永遠に満たされない。
満たされないまま、「志津留本家の跡取り娘」の仮面をかぶり続けて生きていってしまう。
そして、いつか壊れてしまうにちがいない。
……なんだ。
美月さんが幸せになるには、ひとつしかないじゃないか。
僕が──美月さんが一番好きな相手──が、お婿さんになって、美月さんの性癖を受け入れる。
たった一つしかない、その選択肢は、僕にしか選べない。そして今の僕にはたやすいものだった。
真っ赤になってうつむく美月さんを抱き寄せて、唇を重ねる。
いつもおっとりと、悠然としている才色兼備のお嬢様が見せない、焦りととまどいの表情。
──これは、美月さんが「自分の男」にしか見せない表情だ。
僕は、僕が知らない美月さんが、もう全然恐くなかった。
だって、それは、世界中で僕一人しか知らない美月さんだから。
僕だけが独占する美月さんだから。
「んあっ……そんな、いきなり……」
唇を割って舌を差し入れると、美月さんは抗議の声を上げた。
でもそれは、すぐに甘くとろけた。

「……彰さんは……エッチな女……嫌い?」
「……わからないけど、――エッチな美月さんは大好き!」
「――!!」
キスを続けながら美月さんの手を取って、僕の性器を握らせる。
「ほら、美月さんと一緒にいて、僕のおち×ちん、こんなになっているよ……」
もちろんこんな台詞、生まれてこの方言ったことなんかないけど、なぜかすらすらと出てきた。
こうすると、美月さんが喜ぶ──美月さんの「つがい」は、それが分かるから。
「ああっ……彰さんったら……」
好きなように、心のままに振舞っていいと、「夫」から促された美月さんは、
心の檻に閉じ込めていたものを解き放った。
淫らで、積極的で、生々しい、美しい牝を──。

「ふわあぁ……美味しいよぉ……彰さんのおち×ちん、すっごく美味しい……」
僕の股間に顔をうずめた美月さんは、夢中でそれを吸いたてながらささやき続ける。
「うわっ、そんなにされたら、すぐにイっちゃうよ……」
「いいのぉっ! いっぱいイッちゃっていいのよぉ……!
美月のお口に、彰さんの精液、いっぱいドピュドピュしてえっ……!
彰さんの美味しいザーメン、美月、一滴残らず全部飲んじゃうからぁ……」
隠語を並べてうっとりとした表情になる美月ねえは、
ことば責めをするのも、されるのも、大好きな性癖の持ち主だ。
なら、そのお婿さんも、それが大好きになればいい。
「ふうん、美月さんったら、処女のくせに、精子大好きなんだ」
「はいっ、美月、彰さんのザーメン、大好きですっ……すごく、すごく欲しいのぉっ……!
「昨日のは、美味しかった?」
「はいぃっ! とってもとっても美味しかった……。
彰さんの精液、濃くって、量も多くて、すごくすごく良かったです……」
瞳をとろかせて熱にうなされたようにささやく美月さんは、
他の人が見たら別人か、気が違ったかと思うことだろう。
でも、僕は、僕だけは、これも美月さんだと理解できる。
「……後でたっぷりあげるよ、美月さん。でも、今日は、先に「お定め」をしよう」
「あ……はいっ……お、「お定め」っ……しましょうっ!
彰さんの赤ちゃん、作りましょうっ……!!」
美月さんの瞳がさらに熱っぽい興奮を浮かべて輝いた。

「うわ、美月さんのここ、もうとろとろ……」
ベッドの上で下肢を大きく開いた美月さんは、さすがに恥ずかしいのか、両手で顔を覆った。
僕の言う通り、美月さんのあそこはとろけきっていた。
憧れの人の女性器が、目の前にある。
そしてそれは、僕を受け入れたくて蜜を吐いて待っていた。
僕の男性器は、それを見て、限界までカチカチになった。
「来て……、彰さん。ここ、ここよ。
彰さんがおち×ちんを入れて、子種さんを出すのは、美月のここ。美月のここにちょうだい……」
美月さんが、熱っぽい目で僕を見る。
「うん。……美月さん、僕、今、美月さんのお婿さんに、美月さんの男になるよ……」
僕はまだ結婚は出来ない年齢だけど、美月さんと交わるということは、子供を為そうとすることは、
原初の昔から言うところの「つがいの儀式」、婚姻以外の何者でもなかった。
「はい……。美月を、彰さんのお嫁さん、彰さんの女にしてください……」
美月さんも、同じ事を考えていたのだろう、大きく太ももを開いた動きに、ためらいはなかった。
「……いくよ……」
「はい……」
痛いくらいに張り詰めた僕の性器は、とろけだしそうなくらいに濡れそぼった美月さんのあそこに沈んでいった。
つぶつぶ……。
ちゅくちゅく……。
「んっ──!」
美月さんは、わずかに眉をひそめた。
「あ──」
僕は、美月さんが、まだ処女だったということに今更ながら気がついたけど、
僕のおち×ちんは、つるり、という感じで美月さんの中に入りこんでしまった。
「い、痛い? 美月さん……」
「ううん、大丈夫。あなたのお嫁さんは、全然平気よ」
美月さんは、腕を伸ばして、僕の首を抱いた。
くいっと引き寄せて、口付けを誘う。
それは、美月さんなりの痛みのまぎらわし方だったかもしれない。
僕たちは、繋がった場所は動かさずに、無言で激しいディープキスを続けた。
二枚の舌が、貪欲な蛇の交尾のように絡み合う。
やがて、唇と唇を唾液を繋がらせながら離れた美月さんは、にっこり笑った。
「うん、これで、もう全然痛くなくなりました。――彰さん、美月をたくさん犯して……」

美月さんが、再び妖しい牝の雰囲気をにじませ、僕はそれに興奮した。
「くふっ……んあっ……すごい、すごいの、彰さんっ……。彰さんのおち×ちんがすごいのっ……」
交わる動きを再開すると、美月さんの淫らなことばも再開した。
本棚に並ぶ「巴里書房」の影響か、
美月さんは、セックスとはそういうことを言いながらするものだと思っているらしい。
最初――昨日の晩は「美月ねえ」とのギャップにびっくりして恐くなったけど、
僕は、僕のお嫁さんになった「美月さん」には、そうした違和感は感じなかった。
「僕の女」は、こういう人で、――それがとっても魅力的。
僕は、美月さんのことばに応えて耳元でささやいた。
「美月さんのおま×こも、すごいよっ……。僕をきゅうきゅう締め上げて離さないもん」
「それはっ……。彰さんの、子種さん、欲しいしっ……」
「あなたのお婿さんは、今日まで童貞だったんだよ。――そんなにしたら、すぐイっちゃうってば」
「!! いいのぉ! イっちゃってもいいの! 彰さんは、美月のおま×こでイっちゃっていいのっ!
彰さんの童貞ちょうだいっ、美月のおま×こに彰さんの童貞精子さん、ちょうだいっ……!!」
美月さんは、僕のささやきに激しく反応した。
「んん……、でも美月さん、僕たち、今、コンドーム使ってないから、
僕が美月さんのおま×この中でイっちゃったら、赤ちゃんできちゃうよ……」
「!!!」
美月さんは、ぎゅっと僕に抱きついてきた。
腕を回して僕の頭を引き寄せ、足で僕の腰の辺りを挟み込む。
仔を孕みたがっている牝が、射精しようとする牡を逃すまいと取る姿勢──。
「いいの……。彰さんは、美月相手に避妊なんかしちゃだめっ……。
美月にたくさん種付けして、彰さんの子供をいっぱい産ませてっ……!!」
それは、子作りのための交接のものにしては、淫ら過ぎることばと交わりだったけど、
僕ら夫婦はそれでよかった。
「あっ……もう、イっちゃうよ、美月さん! 僕、美月さんの中に精子出しちゃうっ!!」
「ふあぁっ! 来て、来てぇっ、彰さんっ!!」
びゅくっ、びゅくっ。
どくん、どくん。
頭の芯まで響くような律動と心臓の音をたてて、僕は美月さんの中に射精した。
それを一滴もこぼすまいとでもするように、美月さんは僕にぎゅうっとしがみついた。
「んふぅ……っ!」
絶頂を迎えたのは僕が先だったけど、それを受け止めた美月さんはもっと大きな絶頂を迎えたようだった。

「――うわあ、すごいや。美月さんのあそこ、僕の精子でぬるぬる……」
セックスを終えたあと、僕は好奇心にかられて、
僕に射精されたばかりの美月さんの女性器を覗き込んだ。
美月さんのあそこは、綺麗に整った形をしていて、ピンクの粘膜が汗と蜜液でてらてらと輝いていた。
「も、もうっ……彰さんったら……。恥ずかしいこと言わないで……」
美月さんは、真っ赤になった頬を自分の手を覆いながら、抗議の声を上げた。
「ええー。美月さんは、僕におま×こ見られるの、嫌いなの?」
僕は、意地悪くささやいた。
「……大好きです。彰さんに、美月のおっぱいや、おま×こや、お尻の穴、全部見られたいです」
美月さんは、さらに真っ赤になりながら、はっきり答えた。
「じゃあ、僕がもっとよく美月さんのおま×こを見えるようにしてよ」
「はい……」
美月さんは、足を大きく広げ、右手を自分の性器に這わせた。
白魚のような指が、ためらいもなく自分の生殖器を割って広げる。
僕に──自分のお婿さんに、女の子の一番恥ずかしいところをよく見せるために。
「見てください、美月のおま×こを。今、彰さんが子種さんをくれた私のおま×こを」
美月さんのあそこの中は、美月さんの透明な蜜液と、僕の白い精液の入り混じった粘液でいっぱいだった。
破瓜の血は、蜜液に薄まって、わかるかわからないかくらいのピンク色になっている。
「これ以上はダメ。……あんまり広げると、彰さんの子種さんが私の中からこぼれちゃう……」
「大丈夫だよ、僕の精子、こんなにねっとり美月さんの中に絡みついているもん」
実際、僕が射精した白濁の汁は、自分でもびっくりするくらいにどろどろに濃くって、美月さんの膣壁にこびり付いていた。
蜜液といり混じっている分も、固まりかけたゼリーのような粘り気を保ったまま美月さんの性器の中にとどまっている。
多分、半分以上はもう、今見えているところよりももっと奥のほうに流れ込んでいて、
美月さんの子宮の中に入り込もうとしているところだろう。
僕は、自分の牡としての力を再認識したような気持ちになって、いい気分になった。
その自信と、美月さんの女性器を間近でみた興奮とで、僕のおち×ちんは、またむくむくと大きくなってしまった。
「まあ……」
僕のお嫁さんが、驚いたように僕のおち×ちんを見つめる。
「美月さん、僕、もう一回したい。今度は、その──後ろからして、いい?」
「ふふふ、いいですわよ。今美月の中にあるのと同じくらい、いい子種さんをいっぱい下さい」
僕は、美月さんの白くて綺麗なお尻を抱えて、二回目のセックスを始めた。
後ろから犯される後背位は、美月さんの好みに合っていたらしく、僕のお嫁さんはたちまち絶頂を迎え、
僕は美月さんの中に、さっきに負けないくらい濃くて量のある精液を放った。

「……言ったかもしれないけど、私ね、すごく嫉妬深くて、いやらしい女なの……」
二人の記念すべき最初の交わり──立て続けに四回もしてしまったけど──の後、
僕たちは、汗にまみれた裸身をベッドに並べて横たえていた。
濃密な、でも長い長い「夫婦のはじめてのセックス」の間に、いつの間にか当たりは夕方になっていた。
遠くで鳴き始めたヒグラシの声を聞きながら、僕たちは天井を見つめて語らっていた。
「ずっと、彰さんとこうなることを夢見ていた。
――ううん、今でもそう思っている。結ばれる前よりもずっと強く……」
「美月さん……」
「彰さんを独占したい。彰さんをずぅーっと私のものにしたい。
毎日こうして彰さんのおち×ちんおしゃぶりして、おま×こにおち×ちん入れてもらって、
彰さんの精液飲んだり、いっぱい私の中に射精してもらいたい……。
この部屋にあるエッチな本以上のことを、彰さんが私にしてほしいし、私も彰さんにしたい……。
──こんな女は、嫌……?」
「――大好き!!」
僕は、天井を見つめたまま、傍らに添い寝する美月さんの手をぎゅっと握った。
指を絡めあうようにしてつなぐと、美月さんは、ほぅっと安堵のため息をついた。
「……だから、いいんだよ、美月さん。僕の前ではどんなにエッチになっても。
志津留の娘だからだとか、三姉妹の長女だからだとか、そういうのは他の人の前だけでいいの。
僕は、美月さんの「男」だから、美月さんの「女」の面を全部見せていいから。
僕は、美月さんの全部が大好きだから……」
ウソじゃない。
僕は、先ほど僕の身体の下であさましいまでに乱れた女性が大好きだった。
僕を相手に一切の隠し事なしに心と身体を開いてくれた「美月さん」は、
母親的な、姉的な存在としての「美月ねえ」よりもずっとずっと愛おしかった。
「彰さん……」
「……美月さん、泣いてるの……?」
「うん……すっごく嬉しいの……。一番好きな人が、ありのままの私を受け入れてくれて……」
「美月さん、言っておくけど、僕も、すっごくいやらしくて嫉妬深いよ。
美月さんをずーっと独占したい。志津留の「お定め」のためじゃなくて、僕がそうしたいから、
美月さんといっぱいセックスして、何人でも僕の子供を産ませたい……」
「嬉しい……。美月は、一生、彰さんのものになるから、彰さんも、一生、私のものになってね」
「うん! 絶対に!」
「私、毎年、あなたの赤ちゃん産むわ。この広いお屋敷が狭くなるくらい、たくさんあなたと私の子供を産むの……」
「美月さん……」
「彰さん……」
僕たちは、示し合わせたように身体を半身に起こして互いに見つめ合っていた。
どちらともなく、お互いの手が伸びて、互いの性器に触れ合う。
僕の指は、僕のお嫁さんのあそこをなぞり、
美月さんは、美月さんのお婿さんのおち×ちんをきゅっと握った。
似たもの同士の夫婦は、自分たちの無意識の動きに気がついて、照れたように笑いあって、
──もう一度、セックスすることにした。






「――んんっ、彰さんったら、おいたをしたらダメですよ……」
──僕に乗っかっている美月さんが抗議の声をあげた。
僕の顔を見て、ではない。
僕のおち×ちんを愛撫しながらだ。
「ええー? 美月さん、ここ舐められるの、好きでしょ?」
僕は、上になってお尻をこちらに向けている美月さんの女性器から口を離していった。
僕と美月さんは、俗に言うシックスナインの形になっている。
「……んんっ、大好きっ……だけど、今は朝のお勤めの時間ですよ」
美月さんは、ちゅるちゅると僕の性器を舐めたてながら言った。
「彰さんの精液は、お腹の中の赤ちゃんと同じ材料ですもの、
赤ちゃんが丈夫に育つのに、一番いい栄養なんです。
だから、彰さんの朝一番の取れたての精液、たくさん美月に飲ませてください」
おち×ちんの先っぽを咥えた美月さんは、茎の根元に這わせた指でくりくりとしごきたて、
僕を射精させようと責めたてる。
「うわ、もう出そうだ──美月さんもイかせてあげる」
僕は美月さんのあそこにむしゃぶりついた。
「ああっ、ダメです、彰さん。この体勢で私がイったら、お腹の赤ちゃんがつぶれちゃいますっ」
美月さんは身をよじって悶えた。
僕の胸の上には、大きく膨らんだ美月さんのお腹がある。
妊娠八ヶ月の、大きなお腹が。
「大丈夫、僕が支えてるから、美月さんは、いっぱいイっていいよ!」
「ああっ……彰さんっ……!!」
僕と美月さんが達するのは、今日も一緒だった。

「――彰、はやく行かないと遅刻するよっ!」
陽子が靴を履きながら、僕を急きたてる。
二学期から、僕は、こっちのほうの高校に転入した。
正式に結婚できる年齢になるまでの間も、美月さんと離れたくないからだ。
それに、お腹の中にいる父親として、美月さんの側でやれることは全部したいから。
陽子と同級生と言うのはちょっと不思議だけど、
まあガキの頃から「兄弟」みたいなものだから、新しい高校にもすぐに慣れた。
美月さんが僕の子供を孕んだので、もちろん、よその支族の男の人との婚礼の話もなしになった。
無駄足を踏まされた婆さまは、おこるかと思ったけど、にやりと笑っただけだった。
まるで、そうなることはお見通しだった、と言わんばかりに。
まあ──その、星華ねえや、陽子も含めて、僕と美月さん以外の全員が
「こうなる」と思っていたらしいんだけど……。
「陽子、お弁当は持った?」
美月さんが、台所から手を拭きながら出てくる。
さきほどベッドの中で僕に見せた痴態が嘘のような、穏やかなで清浄な雰囲気──「美月ねえ」だ。
美月さんは、僕と二人きりの時以外、決してあの「美月さん」の顔を見せない。
誰もが彼女に求める「志津留の跡取り娘」の姿は、より強固に、理想的に美月さんを覆っている。
でも、今の美月さんは、もうそれを全然負担に思っていないようだった。
本当の自分──「美月さん」を全部さらけだす相手がいるから。

「――あっ、忘れてた」
「うふふ、陽子はほんとあわてんぼうさんねえ」
「まったくだ」
「……あ、彰と美月ねえは、のんびりしすぎだいっ! ──もうっ、先にバス停に行っているよ!」
陽子はぱたぱたと駆け出した。

「うふふ」
──玄関で、一瞬だけ、二人きりになった。
それを見逃さず、「美月ねえ」は、「美月さん」に戻った。
「……彰さん、早く帰ってきてくださいね。
今日は、美月を縛ってお浣腸してください……」
「……お腹の子供に障るからダメ!」
「ええっ? この本には全然大丈夫だって書いてありますわよ」
美月さんは、『HRスレッド保管庫・文庫版』というエロ文庫を取り出して言った。
エロ小説集めとそこに書いてあるプレイの実践は、美月さんのライフワークだ。
でも、小説ならではの過激でエロエロすぎることもやりたがるので、嬉しいけど、ハラハラもする。
とりあえず、今はあんまり過激なことはできない。
──もっとも毎日十分すぎるほど激しくセックスしちゃっているけど。
「とにかく、それはダメ!」
「……じゃ、彰さんを縛ってお浣腸……」
「も、もっとダメ!」
「意地悪……」
拗ねたように、甘えるように上目遣いで僕を見る美月さんのこの表情は、
世界中で僕だけが見ることができるものだ。
「うーん、じゃ、帰ってきてから、何か考えよう!」
そのことに感謝しながら、僕は美月さんにキスをした。
よくわからないけど、本家のある御山の具合も、最近はぐっとよくなったらしい。
十分に志津留の血が濃い、力を持った、新しい当主が生まれようとしているから。
当分は、志津留が「お定め」に振り回されることもないだろう。
新しい世代は、自分が一番好きな人と結ばれればいい。
──僕と美月さんのように。

季節はもうすぐ桜の咲くころ。
五月晴れの頃には、僕と美月さんのはじめての子どもが生まれる。
長女になるのか、長男になるのかは調べてないけど、
どちらにせよ、弟や妹が何十人もいる子になることはまちがいない。

                               <美月編>FIN


学園祭の美少女