北見清孝x九浄泪

 珍しく早くに目が覚めた。
 時刻は午前五時すぎ。いつもは平日にさえ七時頃に起きることを考えれば休日のこれ
は驚異的な記録だ。この時間なら居間に一番乗りできるだろう。黒い手袋をはめた左手
と素手の右手を組んで背伸びをする。背骨がバキバキ音を立てた。 
 何となく気分がよくなったので階段を高速で駆け下りて、一人きりの居間でのんびり
する・・・はずだったのだが。
「あれえ?ご主人、今朝は早いんですねえ」
 すでに居間でコーヒーを飲んでいた、ショートカットの猫の耳と尻尾を生やした小柄
な少女―――真央の声で僕の一番乗りの夢は瓦解してしまった。
 彼女は寝ぼけ眼のまま律儀に立ち上がって頭を下げた。
「おはようございます。今日は何かあるんですか?」
「いや別にそう言う・・・」
 わけじゃないんだけど、と言おうとして僕は固まってしまった。
 聞きながら近づいてくる真央の格好が下着にワイシャツという寝起きの頭には少々刺激
の強すぎるものだったからだ。
 そのワイシャツのサイズが彼女には大きすぎるというのも重要ポイントだったりする。
見えそうで見えないギリギリさがデンジャラスな三角地帯の破壊力と白い生足の魅力を最
大限に引き出し・・・
「何を朝っぱらからわけのわからないことを・・・」
「はい?」
 真央が大きな琥珀色の眼で僕の顔をじっと見る。その上目遣いは反則的だ。ってい
い加減にしろよ僕。
「いや何でもない。真央っていつもこんな早いの?」
「ええ、毎日五時には起きてますよ」
 それは凄い。今度爪の垢を煎じて貰いたい。ちゃんと味付けすれば飲めないことはな
いだろう。
 座布団をしいて真央の隣に座った。僕はコーヒーでなく日本茶を貰った。とりとめの
ない会話も早朝にするといつもより三割り増しで爽やかに感じる。真央もいつもより猫
耳がぴこぴこと動いている。真央は機嫌がいいとこうなる。
「おや、どうかしたのか清孝?」
 それから一時間ほどしてやってきた、茶髪をひっ詰めに結んだ着物姿の背が高い女性
―――泪さんは開口一番そんなことを言った。僕にとって早起きって言うのは病気か何
かなのか?
「いや何となく目が覚めたんですけどね。泪さんも早いですね」
「まあキミに比べればな・・・ところで今日は本家に行く用があるんだ。帰るのは夜に
なると思う」
 泪さんはよく本家にいくことがある。親族会議だったり報告だったり仕事探しだった
りその用はさまざまだが、電車で三時間以上かかる本家に行くのは大抵一日がかりにな
る。ちなみに僕は直接本家に行ったことはない。
 泪さんが苦い顔で話す次期頭首という人に会ってみたいのだが、泪さんにそれを話す
と絶対確実に一生一度たりとも会わない方がいい、と言われてしまった。
「それで、昼にはむこうに着いていないとだからもう出ることにするよ」
「朝ご飯くらい食べて行かれませんか?」
 僕が言おうと思ったことは先に真央に言われてしまった。三人の内誰が欠けても食卓
は寂しくなってしまう。でも泪さんは済まなそうに首を横に振った。
「すまないね、今日は遅れるわけに行かないんだ。後三十分早く起きればよかったな」

「そんなに重要な会議なんですか?」
 いつもなら遅れてもかまわない位のことをいうのに。何かまずいことでもあったんだ
ろうか。もしまた鬼退治がどうとかいうのなら泪さんがなんと言おうと付いて行くつも
りで聞いた。
「重要だ。少なくとも私にとっては」
 きっぱり言い切るあたり、やはりやばい話らしい。
「何があったんですか?」
 僕が真剣な声と顔で聞くと泪さんは柔らかな声と顔で答えた。
「私が結婚したのでね、その報告だ」
「はぁ?」
 おっと、間抜けな声を出してしまった。
「そういうことなら僕もいったほうがいいんじゃないですか?」
 結婚というのは法律上の正式なものでなく二週間ほど前に二人で決めあったものだが、
結婚の報告という以上二人で行ったほうがいいと思うんだけど。
「ああ、そのうちキミにも来てもらう。しかし今日は年寄り連中の小言だけだからキミ
は留守番していてくれ」
「はあ、そうしろってんならそうしますけど」
「キミには・・・そうだな、私の腹が膨れて来た頃に来て貰おうか」
 腹が膨れたって、それもちろん太ったってことじゃないよな。ていうことはええと、
つまりその・・・てことだよな。しかしまだ確実にできたとは聞いてないが。
「何を渋い顔をしてるんだ?」
「あ、いや、医者でもいったんですか?」
「医者?ああ、検査ってことか。いや行ってないが?」
 行ってないのか。まあ冷静に考えれば泪さんが普通の医者にかかれるはずはないか。
「でも、今・・・」
「今日本家でそのことも確認してくるよ。それに今できていなくてもいずれは作る
つもりだし。その時に、という意味だ」
 それで本家で確認してくる、か。なるほど今夜が楽しみだ。

 朝飯を食べた後、僕は真央の部屋に来ていた。自分の部屋にいてもやる事がないのだ。
 あれから二週間たって僕の体調は万全のつもりなのだが泪さんから修行、特に『破壊』
を使うことは堅く禁じられている。右手の力は制御できるもののやはり僕には過ぎた力
だ。危険な匂いがびんびんする。泪さんに言われなくとも使う気にはならない。

 それで真央の部屋に来て一緒にビデオ(DVDなどというハイテクなものはうちにはない)
を見ているわけだ。それにしても『猫の恩返し』とは。僕にとってはかなり身近なタイト
ルだ。
 真央は映画が見せ場に入ると耳と尻尾をせわしなく動かして画面に見入っている。こう
いうときの彼女は普段より子供っぽく見えて非常に可愛い。朝の色っぽい裸ワイシャツも
いいが着物姿ではしゃいでいる、祭りのときの中学生みたいな彼女のほうが僕としては好
きだ。
「いや〜いい話でした。やっぱり猫はいいですねえ」
 映画が終わると真央はにぱ〜、とかほわわ〜、とかの擬音が合いそうな笑顔をして弾ん
だ声を出している。
「それってつまり自分はいい子ですよ〜っていいたいわけ?」
「ええ、私もいい子ですよ。佐竹さんのうちのミウちゃんも丸山さんのゴロ君もいい子で
すよ〜」
(自分で言うなよな・・・)
 猫の名前を出されてもさっぱりわからないが、真央の顔があんまりにも楽しそうなので
黙って聞いていた。
「これでも私、猫には結構もてるんですよ。夜に散歩すると近所の猫が集まってくるんで
すから」
「これでもって・・・真央なら普通にもてると思うけど」
 お世辞じゃなく素直にそう思う。艶のいいショートの黒髪といい白い肌といい少なくと
も平均的な女性よりはずっと綺麗だと思う。小柄な体格や控えめな胸は好みによるだろう
が、まあ僕はそれはそれで好きだ。耳と尻尾にはあえて突っ込まない。
 猫の時の彼女も毛並みがよくて顔も整っているから僕からは可愛く見える。猫の目線か
らはどうだか知らないけど。
「あはは。なんだか照れますねえ」
 本当に照れているのだろう。言いながらあたりをいじくり回した結果積み上げていた物
が雪崩を起こしてしまった。
「あらら〜?倒れちゃいました」
「散らかしとくからだろ、掃除しろって」
 真央は料理のほか家中の掃除を任されている。というか家事全般か。僕はたまに手伝うが
真央のてきぱきとした動作にはかなわない。料理を教えたのは僕なのだが、弟子に追いつか
れる焦りを感じる間もなく追い越されてしまった。
 この家にはあと一人住人がいるが、その人と家事とは二つの洗浄液のような関係だ。
 すなわち、『まぜるな!危険』。料理は味がどうこう以前の問題だし、掃除をさせると家
中に圧倒的な破壊をもたらす。
 話が逸れた。真央は他の部屋の掃除はきっちりとするのだが何故か自分の部屋は汚い。し
かも用途不明の道具で溢れかえっていたりするため性質が悪い。
「んん・・・そうですね。ではすみませんがご主人はご自分の部屋にいて下さい。少々う
るさくなるかもしれませんけど我慢してくださいね」
「ん、わかった」
 やっぱり女の子なんだな、見られたくないものもあるのだろう。僕は言われたとおりに
部屋を出て自分の部屋に・・・
「あらあらあら?きゃっ!ひええっ!」
 行こうと思ったのだが、ものすごく心配になったので真央を手伝うことにした。

「なあ、これってなんに使うの?」
 僕は動物の骨らしきもの手にとって聞いた。
「さあ・・使い道なんてあるんですかねえ?」
 使い道があるかどうかもわからないものを置いとくなよ。この部屋にはその他にも妙な
杯やら束ねた護符やら怪しい壺やら、とにかく不思議グッズがたくさんあるのだ。僕は溜
息をついて蔵行きの箱にそれを入れると四次元空間と噂の押入れを開けた。

「これは・・・っ!」
 そこから出てきたのは、何故あるかはしらないが完全無欠のメイド服だった。
「真央、これどうしたの?」
 真央は恥ずかしがる様子もなく話し出した。
「それはですね、九浄の次期頭首様に頂いたんですよ。『猫耳のお手伝いさんならメイド
服は必須アイテムだ』って言ってましたけど、そういうものなんですか?」
 やはり彼とは一度会ってじっくり話し合おう。心の友になれそうな気がする。ていうか
真央はその人と会ったことがあるのか。
「次期頭首って・・・何処で会ったの?」
「以前唐突に屋敷にいらっしゃったんですよ。ご主人は学校でしたが。ごゆっくりして頂
きたかったんですが、泪様に追い返されてしまいました。それから数日後にこれらの服を
持っていらっしゃたんですよ。泪様は包みを開く前に燃やして捨てろって仰られましたが
勿体無いですしねえ」
 これら、と言いながら真央は押入れの奥からさらにスクール水着やら体操服とブルマのセ
ットやら巫女服やらを取り出した。これ全部プレゼントかよ。
「泪様にも同じものを一式送られたようですが中身を見た瞬間激怒されてしまいまして。変
身して包みごと焼き尽くしてしまいました。
 そういえばあの方も逆上した泪様に襲われていましたが・・・もう完治なさったんでしょ
うか?」
 変身って、あれだよな。金の妖狐。真央と並ぶと猫と狐の獣人コンビになる・・・じゃな
くて、二位の化物とタメはれる強さの。あんなのに襲われたら普通即死だぞ。
「九浄の次期頭首ってどんな人だったの?」
 おそるおそる聞いてみると真央は少し考えて、
「なんというか・・・変わった方でした」
 ものすごく曖昧なことを言った。そんなことは今の話だけでも十分わかるよ。

 掃除が終わった頃にはもう十一時を回っていた。
「つっかれた〜〜〜〜!」
 かれこれ二時間も動いていたので腰と腕が痛い。それは真央も同じようで、ふらふらとう
ずくまってしまった。いや、疲れたにしてもおかしい。
「真央!?大丈夫!?」
 近寄ってみるとやっぱりどこかおかしい。息は荒いしうっすらと脂汗をかいているようだ。
「真央?どうしたんだよ!?」
「困りました・・・精が尽きかけてるみたいです」
 精が尽きかけている―――使い魔というのは定期的に契約した主から生命力を貰わないと
生きていけないのだ。使い魔の反逆や逃亡を防ぐためのシステムらしいが、そういえば僕は
ここ最近真央に精を与えていなかった。
「なんでこんなに弱るまで言わなかったんだよ!ちょっと待ってろ!」
 ズボンにかけた僕の手は、しかし彼女の白い手に止められてしまった。使い魔に与える生
命力は血液なんかでもいいのだが、一番いいのは精液らしい。それなので僕が真央に精を与
えるのは決まって精液を通して、だった。だから僕がズボンに手をかけるのは当然の行為。
僕には真央が何故止めるのかわからなかった。
「なんで・・・?」
「ご主人は、泪様の夫なんですから」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ?このままじゃ死んじゃうんだぞ!」
「泪様の悲しまれる姿を、見たく、ないです・・・血さえ頂ければ、私は大丈夫ですから」
 真央はそういうが、彼女の状態はとても血液でどうにかなるものじゃない。もし血液だけで
なんとかするのなら僕の体中の血を全て抜くしかないだろう。
「わかった、それなら口でしてよ。それならいいだろ?」
 首を振る真央の顔を両手でつかんで言った。
「悲しませたくないとか言うけど、お前が苦しんでると泪さんも悲しむ。それでも嫌だってん
なら無理やりにでも押し倒す」
 真央は僕の勢いに納得してはいないようだが頷いてくれた。 

「んっんむ・・・ふっ、むぅ」
 片付けたばかりの部屋に水っぽい音と彼女の声が響いている。
 真央はあぐらをかいた僕の股間に顔を埋めてそそり立った性器に下を這わせている。
 直接的な快感よりもその懸命な姿に興奮が高まる。
 彼女の生命維持という真面目な目的があるのだがこの瞬間にはそれすらも意識の外に追いや
られていた。
「はぁ・・・気持ちいいですか、ご主人?」
 ペニスから口を離して真央が聞いてきた。その間も白く小さな手で僕のものに刺激を与え続
けている。
「うん。すごく、いいよ」
 本当にいい。一見純粋無垢に見える彼女だが、そのテクニックは卓越したものがある。それ
でいて男は僕しか知らないと言うのだ。信じがたいが、本当だろう。真央は僕に嘘を付いたり
隠し事をしたりということをしないのだから。
「そう、ですか・・・ふふっ嬉しいです」
 そう言って彼女は僕のものをくわえこんだ。更に指の動きも早めてくる。
「くっ・・・」
 思わず声が漏れてしまった。さっきまでの控えめな愛撫から急に激しい動きをされたため
僕はもう絶頂を迎えそうになっていた。
「真央、もう・・・イクっ」
「ふぁい、どうぞこのまま・・・」
「―――っっ!」
 僕は真央の小さい口の中に熱いものをぶちまけた。まるで性器から自分の中身が全部出て行
ってしまうようだ。
「んっ、んんっ」
 相当の量が出てしまったので少し苦しそうだったが、その全てを彼女はこくり、こくりと嚥
下した。
「ふふ、一杯出ましたね」
 無邪気な、しかし妖艶な声。
 最後に唇の端に残った分を舌で舐めとる彼女が偉く優雅に、それこそ一枚の絵画のように見
えた。
「はぁ・・・ありがとうございました」
 恍惚とした表情で言う彼女の顔は確かにさっきよりずっと元気そうだった。
「よかった、元気になったんだ」
 僕がそう言うと真央は少し照れたような顔をして、いつもみたいに明るく笑った。

 彼と出会う前の私は、一体何をしていたのだったか。
 家族と呼べる人も無く、仲間と呼べる人もいない私は・・・
 時間にすればたった二年足らず前のことだがもうほとんど思い出せない。
 ただ、森の夜はひどく怖かったのを覚えている。だから精一杯の幻術を使って人を近づけな
いようにしていた。
 本来使い魔である私が主人なしに術を使う。
 それが自分の命を削っているのはわかっていた。それでも、やはり怖かった。
 それが周りの人間に迷惑をかけているのはわかっていた。それでも、やはり怖かった。
 だから、人間たちがその道のプロに頼んで私をどうにかしようとしているのを聞いてもそれ
をやめることはできなかった。
 彼と初めて逢ったとき、私はきっと殺されるのだと思った。
 私が殺しに来たのか、と尋ねると彼は寂しい顔をして何も言わなかった。私はそれを肯定だ
と受け止めた。
 彼が少し話そう、と言った時も私に未練を残さないようにしてくれたのだと思っていた。今
となってはその時を純粋に楽しまなかったことを後悔している。
 だから彼が自分を使い魔にすると言った時、私は耳を疑った。
 その時の言葉、その時の彼の顔、木々や草の色、雲の数まで覚えている。
 懐かしい、私が独りじゃなくなったときの記憶。
 


 『ラーメン鈴屋』にて、僕はその男と睨み合っていた。
 なんだかんだで昼飯の用意ができなかったので近所のラーメン屋に来たのだが、僕は今そこ
の店員と眼と眼で戦っていた。
 こいつとは知らぬ間柄じゃない。話すこともよくあるし、個人的に会うこともある。まあ簡
単に言うとそいつは僕のクラスメイトで名は鈴原良平という。
 この店を選んだのもここがこいつの実家でたまにサービスしてくれたりするからなんだが。
「何でいるかなお前は・・・」
 実家の手伝いをしてるのだから何も不思議なことがないように一般的な人なら思うだろう。
しかし残念ながらこいつには常識とか一般とか普通という類の考えは通用しない。
 事実僕がこの店に来るときはいつもどこかに出かけている。なのに何故真央と来た時に限って
いるのだこの馬鹿は。しかもテーブル席が空いてるのにカウンターに座らせるとは、素敵なサー
ビス精神をしてやがる。
「けっ、真央ちゃんとピンク色のひとときを過ごそうとしてたんだろうがそうは問屋がおろさん
ぜ?」
 ひがみさえストレートな男だ。どっかの野球漫画の主人公じゃあるまいし、直球だけで渡って
いけるほど世の中甘くないぞ。
「ほい、真央ちゃん。味噌ラーメン。葱は抜いてあるよ。ついでにチャーシューもつけといたぜ〜」
「わあ、ありがとうございます」
 僕に話す時とは別人のような声を出しているなこいつ。
「ほれ、お前には実験メニューの秋季限定!ど根性ラーメン〜夏の日の輝き〜だ。ありがたく食え。
そんで感想を聞かせろ」
 僕が頼んだのは五目ラーメンだとか何故ラーメンにサブタイトルがついてるんだとか秋季限定なのに
夏の日の輝きとはこれ如何に!とか、そういう突っ込みはするだけ無駄だ。素直に頂くことにしよう。
「ちなみに値段は七百円だ」
「金取るのかよ!?実験だろ!?」
「俺の昼休みの楽しみを奪ったんだから、んのぐれーしろっての」
 こいつの楽しみ?購買のソースかけすぎの笹身揚げか?それともカレーの入ってないカレーパンか?
 ・・・って、サッカーのことだよな。
 僕が通っている学校のグラウンドは現在工事中になっている。ところどころにできたクレーター
や焦げ跡は僕のせいじゃないが、一際大きく抉れている地面は他ならぬ僕の仕業です、はい。
 学校側は悪質な悪戯ということにしているが、こいつは僕のせいだと見抜いた。
 こいつはうちの仕事のことも僕の手のことも知っているのだ。というよりこいつとの仲はそれが
きっかけで始まった。
 妖魔に憑かれた男に襲われていたこいつを僕が助けたのだが、僕の力を見ても普通に接してこれ
るあたり、こいつ実はかなりの大人物じゃないかと思う。
 こいつは僕の力を爆裂北見フィンガーと呼んでいるが、未だに修行が足りないため真っ赤に燃え
たり轟き叫ぶことはない。
「そういや今日は姐さんどうした?仕事?」
「ああ、今朝出て行ったよ」
「ふうん、そう・・か」
 何が言いたいんだろう。僕が考えていると隣で真央がごちそうさまでした、と言って箸を置いた。
「真央ちゃん食べ終わったんならその辺で買い物でもしてなよ。この後こいつと新メニューについ
ての相談するから」
「あ、はい。ではご主人、私は外で待ってますね」
 真央は僕のことを人前では清孝さんと呼ぶがこいつの前では家と同じにご主人と呼ぶ。今は尻尾
のない後姿を見送って、一息ついてから目の前の男に聞いた。
「何の話だ?」
 まさか本当にラーメンの話をするわけじゃあるまい。そいつは顎を撫でながら言った。顎を撫で
るのはこいつの話しづらい話をする時の癖だ。

「んー、いやさ、お前どうすんのかなって思って」
「は?なんだそりゃ?」
「真央ちゃんだよ。お前が姐さんにベタ惚れなのは知ってるし、姐さんがお前一筋なのも知ってる。
だけどそれじゃあ真央ちゃんはどうするんだろうなって思ってさ」
「・・・」
「真央ちゃんはお前から離れられねえだろうし、もちろん使い魔ってことを抜いてもそうだ。だけ
ど姐さんからお前を奪ったりもできねえ。真央ちゃんはお前のことも姐さんのことも好きだからな。
だから、ちと心配になった」
「・・・僕は・・・」
「わりぃ、余計なお世話だったか」
「いや」
 間抜けな僕のことだ。言われなきゃいつまでも考えないままだったろう。僕と泪さんが結婚して
子供もできて、でもその時真央はどうするんだろう。僕はどうしたいんだろう。僕は真央とどうな
りたいんだろう。
 考えれば考えるほど頭がぐるぐるしていった。

 その日の夕方は落ち着かなかった。昼に良平と話したこともさることながら、朝に泪さんが言っ
たことの結果がどうなっているか、とても落ち着いてなんかいられない。
 さっきから無意味に居間と自分の部屋を往復している。それでどうにかなるものじゃないとはわ
かっているがそうでもしないと気が狂ってしまいそうだった。
 それは真央も同じようで、外で何か物音がする度に猫耳をぴん、と尖らせている。
 かれこれ二時間はそうしていただろうか、ふいに玄関の戸を開ける音がして凛とした声が聞こえ
た。
「ただいま」
 ダッシュで玄関まで行きそうになるのをギリギリのところで堪える。いかんいかん、こういうと
きは落ち着いて報告を待たなければ。真央も同じ考えに至ったのか、動く気配はない。
「どうでしたっ!?お子様はできてましたか!?」
 あれえ・・・いつの間に玄関に行ったんだろう。しかも僕より先に聞かれてしまった。
「ふふ、清孝は居間か?二人一緒に教えるよ」
 あ、よかった。こっちに来てから発表してくれるらしい。
 いつもの着物姿で入ってくる泪さんの顔が嬉しそうなのは気のせいじゃないよな。その後ろを
同じく着物姿で付いてくる真央は、まるで受験の合格発表を見に来た中学生のような顔だ。
「ど、どうだったんですか?」
 もう少し冷静沈着を装いたかったが今の僕はどう贔屓目に見ても落ち着いているとは言えない。
「知りたいか?」
 泪さんは悪戯っぽい笑顔でそう聞いてくる。その顔だけで答えは想像できるが彼女の口から直
接聞きたかった。僕は力いっぱい頷く。それを見て泪さんは満足したのかこほん、と咳払いをし
て満面の笑顔で言った。
「妊娠してた。キミと、私の子ができた」
 それを聞くと僕は勢いよく立ち上がって歓喜の声を上げながら部屋中を駆け回った。途中で何度
も泪さんを抱きしめたり真央を持ち上げたり、さながら気が狂ったようだった。
「これから大変だぞ、清孝」
「やったやった!おめでとうございますご主人!おめでとうございます泪様!」
「ほん・・・よか、ひぐ・・・ひぃ」
 僕は二人の言葉を聞きながら涙を流して言葉にならない言葉を吐き出し続けていた。

「どうした清孝?にやにやしやがって、気味悪いな」
「ん〜?そうかぁ」
 どうやら顔に出ていたらしい。あんな話のあった次の日なら月曜の通学路さえ輝いて見える。
「喋り方まで気持ちわりいってーの!ついに壊れたか?」
「失礼な奴だな。普通そこは何かいいことあったか、とか聞くとこだろうが」
「むかつく答えが返ってきそうだから聞かん。お前がそう言う顔するときは姐さんか真央ちゃん
がらみだからな」
 勘のいい奴だ。まあいいさ、子供が生まれたら教えてやろう。

「北見君、どうしたの?ぼーっとして」
 声をかけられて我に返った。いつの間にか授業が終わっていたらしい。しかももう昼休みじゃない
か。都合よく意識を飛ばせる自分に感心しながら返事をする。
「いや、ごめん。あれ?あの馬鹿はどこ行ったの?」
 僕と良平と彼女―――浅岡千紗はいつも一緒に昼をとっている。しかし今日は馬鹿の姿が見えない。
「鈴原君なら三時間目の終わりに帰ったよ。覚えてないの?」
 良平が帰ったことはおろか、三時間目が終わったことにすら気付かなかった。今日はいつにもまし
てぼけてるな。
「ならしょうがないな。今日は二人で食べよう」
「うんっ」
 浅岡さんはいつも楽しそうだ。成績はいいがガリ勉というわけでなく、僕や良平の馬鹿話に付き合え
るくらいの柔軟性もある。さらに陸上部の短距離エースで顔もスタイルもいい。短く切った茶髪がこれ
またよく似合っている。
 当然クラス内の人気も高く男女ともに友人が多い。たまに何故僕や良平と一緒にいるかわからなくな
る。同じ中学出身だとしてもここまで仲良くするものだろうか。
(まあ、いいか)
 彼女と一緒に居る時間はとても楽しい。ならそれで十分じゃないか。

「北見君、今日はなんだか楽しそうだったね」
「良平にも言われたよ、それ」
「やっぱり。何かいいことあったの?」
 浅岡さんはどっかの馬鹿と違って素直な子だ。あいつも素直といえば素直だが可愛らしさには天地以
上の差がある。
「うん、昨日ちょっとね」
 浅岡さんは僕の家庭の事情までは知らない。そんな彼女にいきなり子供ができたとは言えない。言い
たくてたまらんが言えない。
「そうなんだ・・・ねえ、北見君は高校出たらどうするの?」
 唐突な話だな。でもこの時期普通の高校三年生なら珍しくもない話題か。
「僕は就職かな。浅岡さんは?」
「私は大学言って陸上続けるよ。
 ねえ、就職先とかって決まってるの?」
「ん。知り合いの仕事の手伝い」
「知り合いって、闇払いの?」
 それを聞く浅岡さんはとても悲しそうだった。
「うん」
「闇払いの仕事って危ないんでしょう?」
 確かに危ない。現に僕は今月の初めに死にかけている。
「うん。確かに危ないけどやりがいはあるよ」
「そう・・・なんだ」
 浅岡さんはまだ何か言いたげだったけど、それから先は自分の立ち入る領域じゃないと判断したのか
俯いて何も言わなかった。
「また明日ね、北見君」
 別れる交差点での浅岡さんの声は、しかしそれでも明るいものだった。
「うん、また明日」

 それからの数日、朝に真央と泪さんと朝飯を食べて、学校で良平と浅岡さんと話をして、帰ってから
また楽しくはしゃいで。良平とラーメン屋で話したことを思い出しもしなかった僕は、やっぱり救いよ
うのない馬鹿だと思う。


「起きろ清孝。起きろってほら」
 今日の真央は随分乱暴な言葉遣いだな。声もいつもより覇気があるし。
「・・・」
 なんだろう、唇に柔らかい感触が・・・って息が出来ないじゃないか!何が起きたんだ?さすがに寝
てる場合じゃない。僕は慌てて重い瞼を気合で開けた。
「・・・」
 目の前に泪さんの顔があるんだが、どういう状況でこうなっているんだろう。泪さんは僕が起きたの
に気付いて唇を離した。
「ええと、その・・・なにやってるんですか?」
 わけがわからないので聞いてみた。何故泪さん僕を起こしに来るんだろう。真央は何してるんだ。い
やその前に何故ここでキスがでてくる。何から聞いたらいいかわからん。
「何って、一度目覚めのキスってやつをしてみたくてな・・・嫌、だったか?」
「いや全然。ちょっと驚きましたけど」
 朝っぱらから不安げな泪さんの顔なんていいもの見た。今日はついてる。
「それで真央の代わりに起こしに来てくれたんですか?」
 いやいや、なかなか可愛いことをしますなあ。そう思ったけど泪さんの答えは予想外のものだった。
「いや真央は風邪を引いたらしくてね。まだ寝ているよ」
「風邪ぇっ!?」
 珍しいこともあるもんだ。僕も風邪引くことはあるし、やっぱり『馬鹿は風邪引かない』はただの迷
信だったか。
「食事はできてるから早くしろよ、冷めてしまう」
「は〜い」
 この会話で疑問に思うべきだったのだ。真央が寝てるのに何故朝飯ができてるのかを。そうすれば朝
食を抜くって選択も出来たものを。

「うん。見てくれはまあアレだ、が味はそう悪くないぞ」
 本当ですか?僕にはとてもそう見えませんけど。
「しかしハンバーグとは意外と難しいものだったんだな。もっと簡単にできると思っていたが」
 ああ、この黒い塊はハンバーグだったのか。しかしこのヘドロのようなものはなんだ?泪さんは普通
に食べているからとりあえずやばいものじゃなさそうだけど。
「食べないのか?やはり朝からスパゲティとハンバーグはまずったか・・・すまない、はりきりすぎた」
 いや朝からってのはかまいませんけど、これスパゲティですか?よく見ると麺らしきものがある。ど
うやら本当にそうらしい。もっともこれをスパゲティなんていったらイタリアと国際問題になりそうだ
が。


 さて、そろそろ覚悟を決めるか。
「いただきます」
 くそ、何故箸を持つ手が震えるんだ。奥さんの手料理だぞ。ありがたく頂けよ。しかしハンバーグに
箸が通らないのは僕が悪いんじゃなく単にハンバーグの堅さが原因のようだ。超人硬度なら間違いなく
十だ。悪魔将軍なんか目じゃないぜ。
 分割するのはあきらめて丸かじりすることにした。歯が割れそうですよちくしょう。やっとの思いで
噛み切った。
「ぐほっ!!」
 突然襲ってくる眩暈。意識を失いそうになるのを歯を食いしばって耐える。
 バカな・・・一体どんな魔術を使えば挽肉が油粘土の味を出せるんだ?
「どうした清孝?」
 何でこの人はこれを普通に食べられるんだろう。どんな味音痴でもこの堅さには疑問を持つと思うん
だが。そんなに顎が強いのか?
 ヘドロゲティは木工用ボンドの味がした。胃が痙攣しそうになる。
 できればもう一口だって食べたくないが、そんなことをすれば泪さんはこの世の終わりでも来たよう
に落ち込むだろう。そんな泪さんの姿は見たくない。
 ただのお茶がこんなに美味しいと思ったのは生まれて初めてだ。
 拷問のような朝食を潜り抜け、僕の胃腸の耐久度(無駄なステータス)は大幅UP!
 泪さんは仕事があるらしいので真央の看病は僕がしよう・・・学校?出席日数は足りてますが、何か?

 水を持って真央の部屋の前に来た。ノックして返事を待つ。どうぞ、と小さい声が聞こえた。
 横になった真央は赤い顔をして笑顔もどこか辛そうだった。
 真央のおでこ(猫の額ってやつか)を触ってみる。熱い気もするけどよくわからない。自分のおでこを
くっつけてみる。
「あぅ・・・」
「結構熱あるね、解熱剤飲む?」
 真央はさっきより真っ赤になっている。お約束ってやつだ。
「え?あ・・・えと、私に普通のお薬って効くんですかねぇ?」
「ん、そうか。薬は駄目か」
 そういえばそうだ。この家って純人間は僕だけなんだよな。泪さんはともかく真央は人間病院か動物
病院どっちに行けばいいかさえわからない。
「そうですねぇ・・・」
「だよね・・・」
 う、何だこの沈黙は?
 真央は話題が途切れて困っている僕の顔を見てくすり、と笑って
「薬はだめです。ですからご主人、少しだけこうしていてもらえませんか?」
 僕の胸板に小さい体を預けてきた。
 ふわり、といい匂いがした。
「なんだか落ち着くんです」
 僕は柔らかくて小さな体をそっと抱きしめて答えとした。

 黒髪の頭を撫でてやる。真央は耳を寝かせて目を閉じた。静かな時間。する音といえば、時折真央が
喉をくるる、と鳴らすだけ。
 いつのまにかそれすらも無くなって、安らかな寝息だけが聞こえる。
 僕は真央を起こさないように左手の手袋を外した。
 先日会った架神さんは『力の乱れはなくなっているからもう大丈夫』と言っていたけど泪さんからは
極力使わないように言われている。でも、こういうときにこそ僕の手は使われるべきだと思う。
 真央の体に触れて意識を集中する。風邪のウイルスくらいなら僕は難なく壊せる。九浄家と組めばた
とえ癌になっても、悪い部分をぶっ壊して九浄の血で埋めれば治るはずだ・・・まあ試したことは無い
けど。
 しかしいくら集中しても真央の体からはウイルスとかそういったものが見つからない。僕の手は『破
壊』する対象に関しては自分でも驚くほどの分析力があるのだが。
「・・・?」
 風邪じゃないとすれば精神的なものか。疲労の元になりそうなのはここにいるし。そういうことなら
今日一日休めば治るだろう。僕は手袋をはめ直して真央をそっと寝かせて布団をかけた。さて、昼飯作
るか。少なくとも朝よりはまともな食事になるだろう。
「ご主人?」
 立ち上がると真央が不安そうな声を出した。起こしてしまったか。
「ご飯作ってくるよ。うどんとお粥どっちがいい?」
 僕の質問に真央ははっとした表情で少し慌てて言った。自分の声が恥ずかしかったのだろう。
「あ、うどんでお願いします」
「わかった。あんまり期待しないで待っててよ」

 ちゃっちゃと作って持ってきた。こういうときは葱を入れたほうがいいのだろうが残念ながら真央は
葱類が食べられない。漫画のように魚や鰹節ばかり食べているわけじゃないが葱なんかは駄目らしい。
 泪さんもあぶらげ大好きってわけじゃないしな。
「ごちそうさま。さすがご主人ですねぇ、とっても美味しいです」
「いやいやもう真央にはかなわないって」
 悔しいが僕は家事では真央に追い抜かれてしまっている。さすがに字の読み書きと四則計算はまだ僕
のほうが上だけどその他に真央に勝てそうなものがない。術も僕のほうが先に習い始めたが真央のほう
が一枚上手だ。
「他に何か食べたいものある?」
「いえ・・・何もいりません」
「そう、じゃ、ゆっくり寝てなよ」
 真央の症状は疲れからくるものらしいし、寝ていれば治るだろう。
 そう言って僕が立ち上がろうとするとズボンの裾を引っ張って真央は気恥ずかしげに言った。
「あのぅ・・・ここに居てもらえませんか?」
「え・・・えと、別にいいけど」
 そんな迷子の子供のような顔で頼まれたら断れない。
「ありがとうございます。ご主人がそばにいるとなんだか暖かくなるんです」
 ・・・う、なんかぞくっとしたぞ。
 病気の時は心細くなるもんだ。それに今日は一日真央のために使うって決めたのだし。
「うん、ここにいるよ。安心して」
 僕は言葉どおり、真央が眠ってしまってからもずっとそこに、真央のそばに居た。
 真央の白い手を握る。
 ―――どくん。どくん。
 真央の鼓動が伝わってくる。
 ―――どくん。どくん。
 暖かくて、なんだか優しい感じがした。


「あっ、北見君!」
 振り向くと声の主は浅岡さんだった。僕は夕食の買い物の帰りだが、そうかもう学校も終わる時間か。
「あらら見つかっちゃったか。学校には内緒にしてよ」
 今日の僕は風邪を引いたことになっている。
「うんっ。後で購買のはちみつクリームあんぱんご馳走してね」
 良平みたいなこと言うな。いつも一緒に居るから影響されたか?同じことを言っても浅岡さんが言う
と微笑ましいから不思議だ。
「あ、半分持つよ」
 さすが浅岡さん。気が利くなあ。
 いつもの帰り道を歩く。僕はいつもと違って私服姿だけど。
 二人は黙って歩く。この沈黙は嫌いじゃない。
「ねえ、北見君」
 いつも別れる交差点を過ぎて、僕の家の前までついて来た浅岡さんが言った。
「何?」
「もうすぐ、卒業だね」
「すぐって・・・まだ十月だよ」
「すぐだよ」
 そう言った浅岡さんの顔はひどく悲しげだった。
「これから受験で、受かったの落ちたの言ってたらすぐ卒業になっちゃう」
「・・・」
「私、中学から北見君や鈴原君と一緒で、いつか別れるなんてこと考えてなかったから・・・どうして
いいかわからなくて、でももうすぐ卒業して離れ離れになっちゃうから、今言わなきゃって」
「浅岡さん・・・」
「北見君聞いて・・・私は、北見君のことが好き」
「浅岡さん、僕は・・・」
「北見君は・・・私のこと、どう思ってるの?」
 薄々はわかってた。気付かないふりをしていた僕は正しいのか間違ってたのか。わからない。
「僕も浅岡さんのことは好きだよ」
 好きだ、と言っても浅岡さんは表情を変えない。その後に続く言葉がわかってるのだろう。
「でも、浅岡さんの気持ちには答えられない」
「そう・・・」
「僕は他に好きな人が居るんだ。だから・・・」
 だからきっと、付き合っても浅岡さんを傷つける。
「うん。ありがとう」
 彼女が何に対してありがとう、と言ったのか僕にはわからない。結果がわかっていながら告白した
彼女の気持ちもわからない。
「また明日ね、北見君」
 そう言う彼女の顔は眼に涙を溜めても、それでもなお明るい笑顔だった。だから僕もいつものよう
に言う。
「うん。また明日」


 彼女の背中が小さくなっていく。夕日を浴びた背中を見送って僕はさっきから感じていた気配に声
をかけた。
「出てきていいですよ、泪さん」
 その人は仰々しい門の影から俯いたまま出てきた。
「・・・気付いてたのか」
「修行の成果ってやつです。今日は早いんですね」
 僕が冗談めかして言っても泪さんの顔は明るくならない。
「半分持とう」
 僕から荷物を受け取って、離れずに僕の顔を覗き込んでくる。
「何です?」
「さっきキミには愛している人が居るから彼女の気持ちに答えられない、と言ったな?」
「ええ、言いました」
 何が言いたいんだろうか。何故か申し訳なさそうな顔の泪さんは僕の顔を凝視したまま続けた。
「もし、もし仮にキミが私に気を遣ってそう言ったなら・・・そんな必要はないんだ」
「え・・・それって」
「私はキミを愛してる。キミも私を愛してくれる。私はそれで十分だ。キミが他にどんな女性を愛し
ていても、そんなことは関係ない。だから・・・」
 ああそういうことか。でも結構的外れなこと言ってるよ、泪さん。
「泪さんはそうかもしれないけど、多分浅岡さんは違います。僕が彼女と付き合えばきっと彼女を
傷つける。だから断ったんです。それだけですよ」
「ん・・・すまない。出過ぎた事だったな」
「いえ」
 それにしても、泪さんは結構嫉妬深いのかなって思ってたけど。女ってのはわからんなぁ。
 
「なあ良平。本当に愛してる人って、一人だけなのかな?」
「は?何言ってるんだお前?いつにもましておかしいな。ちーちゃんも元気ねえし、ったく」
 浅岡さんは傍目にはいつもと変わらないように見える。昨日のことを知ってる僕はともかく微妙な
変化に気付けるこいつには素直に感心する。
「で?あんだって?」
「歌とかドラマとか小説とかでさ、キミだけを愛してる、とかよくあるだろ?あれってほんとなのか
なってさ」
「馬鹿かお前は。んなわけないだろ」
「いやにはっきり言うな」
「だってよ、好きな女なんて時期によって変わるし。もしそうだとしたら初恋以外は全部嘘の恋って
ことになるじゃねえか。しかも初恋は実らないもんらしいから俺らは偽者の恋しか成就できないこと
になる。そんなん虚しいだろ。だから、んなわきゃあない」
「はあ、そうなのかなあ・・・」
「何かあったか?お前」
 何かあった、どころじゃない。昨夜とんでもないことがあった。

「お願いがあります」

「な、何?」
 真央がいつになく真剣な声でいうから少し驚いた。でも、本当に驚くのはそれからだった。
「私との契約を破棄して下さい」
「え!?」
 契約の破棄、それは主人と使い魔の関係を断ち切ることだ。
「なん、で?」
「私はこれ以上清孝様の御傍にいるべきではないからです」
 清孝様、なんて。なんでそんなふうに僕のことを呼ぶんだ。
「なんだよそれ、わけわかんないよ!」
「お願いします。どうか私のことは忘れて下さい」
「そんな・・・」
 いきなりそんなこと言われても。何がなんだかわからない。
「わけを聞かせてよ、真央」
「私は、もう駄目なんです」
「だから何がっ!?」
 真央はほろほろと涙を零しながら言った。
「私・・・私今までは泪様と清孝様がいるだけでよかった。けど今はもうそれだけじゃ満足でき
ないんです!清孝様と泪様がどれだけ愛し合っているか知っているのに!だから・・・だから私
は二人の傍にいちゃいけないんです!ですから、どうか・・・」
「そんな・・・」
 僕の頭にいつかの良平の言葉が蘇る。なんで僕は・・・自分の馬鹿さ加減に嫌気がさす。

 結局泪さんに仲立ちしてもらって結論は保留、となったが昨夜は一睡も出来なかった。
 今の僕はこいつに相談するくらい弱りきっている。わざわざそのためだけに学校に来るくらい
重症だ。しかしこいつに詳しい事情を説明するのもなんだしなぁ・・・
「はぁぁ・・・」
「何か知らないけど大変そうだな」
 良平はひとつ溜息をついた。溜息つきっぱなしの僕と良平の溜息が重なる。
「あのさ、怒ってもいいから聞けよ」
 良平は顎を撫でながら言った。
「何?」
「お前さ、少し臆病すぎなんだよ。誰も傷つけないようにするからそんなふうにテンパっちまう。
たまには自分のやりたいようにしてみろよ。それで誰かを傷つけたらそのぶんだけ優しくしてや
りゃあいいじゃねえか」
 自分のやりたいように?僕がやりたいように?
 僕のやりたいこと・・・
「よし!」
 突然立ち上がったのでクラス中から注目されてしまったが、全く気にならない。
「サンキュ、僕帰るわ」
 鞄を引っつかんで駆け出す。
 僕のやりたいこと・・・そんなの、決まってる。
 皆は面食らっていたが、良平だけは歯を見せて笑っていた。


「ただいま!」
 二人は昼間に突然帰ってきた僕に面食らったようだった。
「どうした清孝?」
「すい、ません・・・はぁっ、帰って来ちゃいました」
 急いで走ったから息が苦しい。
「いや・・・帰って来ちゃいましたって・・・」
 泪さんは僕の顔を見て帰ってきたわけを察したのか、最後までは言わなかった。
 まずは呼吸を整える。それから一つ大きく息を吸った。
「さて、二人とも聞いて!」
 僕が大きな声を出したので俯いていた真央もこちらを向いた。
「まずは真央。昨日のことだけど、僕は契約を破棄するつもりは無い」
「そんな・・・どうして・・・」
 どうして、か。そんなことは決まってる。
「僕が真央と一緒にいたいから。真央は僕の大切な家族だから」
 真央の頬に流れる一筋の涙。
 なんだか、前にも同じようなことを言った気がする。
「でも、私は・・・」
「真央」
 それまで黙って聞いていた泪さんがそっと真央を抱きしめた。
「真央は、どうして私たちから離れようと思ったんだ?」
 優しく、まるで母親が子供と会話するように泪さんが聞く。
 真央はほろほろと涙を零しながら言った。
「私は、もう駄目なんです。最初はご主人がいるだけでよかった。
 朝起こしに行った私におはようって言ってくれて、私に色々なことを教えてくれて、私の作った
料理を美味しいって言ってくれて。でも、もう・・・私はそれだけじゃ嫌なんです!
 私を見て欲しい。私と話して欲しい。触れて欲しい抱きしめて欲しい・・・愛して欲しい・・・」
 僕はずっと、真央のことを愛していた。
「私は・・・私は・・・」
「ごめんね・・・私、気付いてやれなかった」
 でもそれは、彼女の求める愛とは違うものだった。
「泪さん、謝ることがあります・・・」
 泪さんは泣きじゃくる真央の頭を撫でながら僕の顔を見た。その目はまるで女神か何かのようだと
思った。
「真央も聞いて・・・僕は泪さんのことが好きだ」
 ―――愛する人は、一人だけとは限らない。
 僕は間違ってるのかもしれない。
「でも、僕は真央のことも愛してる」
 顔は見えないけど、真央が息を呑むのがわかった。
「泪さんごめん。でも、これが僕の正直な気持ちだから」
 子供みたいな、わがままな発想。だけどそれでも
「僕は、三人で幸せになりたい」
 泪さんは優しい笑みを浮かべて言った。
「前にも言ったが・・・キミが私を愛してくれる、私はそれだけで十分だ。私に謝ることなんか無い。
 うん、私は幸せだ。真央も、幸せにしてやってくれ」
 泪さんは真央の体を離す。ゆっくりこちらをむいた真央は僕の顔を見ると尚一層激しく泣き出した。
 僕は顔を覆っていた彼女の両手を力強く握った。
 小さな手。涙で濡れて、とても冷たい。
 あの日僕を救ってくれた温もりを、今度は僕が教えてあげる番だ。
「ずっと一緒にいよう。愛してる、真央」
「はい。ずっと一緒にいてください・・・」
 真央はそれだけ言うと僕の胸に体を預けて声を上げて泣き出した。
 僕はその小さく暖かな体を力いっぱい抱きしめる。
 ―――僕の手は全てを壊してしまうけど、誰かの手を温めてやることも出来る。
 そう教えてくれた人は優しいまなざしで僕らを見ている。
 僕の選択は二人を傷つけてしまうかもしれない。
 それなら傷つけた分だけ癒してやればいい。そのための時間はたくさんある。だって、ずっと一緒
にいるって決めたのだから。


「・・・それで、両手に華ってわけですか」
 良平がラーメンを作りながらあからさまに不機嫌そうな声を出した。
「まあ、そういうわけです」
「馬鹿さとわがままっぷりは・・・ま、らしいっちゃらしいけどよ」
 こいつには昨日のことを報告しておこうと思って『鈴屋』にきたのだが、なんだかなぁ。
「この上元気ハツラツスポーツ少女まで喰ったら俺はお前を人類の敵とみなすからな」
 それって浅岡さんのことだよな。こいつは勘がいいんだか悪いんだか。
「浅岡さんか・・・幸せになって欲しいね」
 彼女には普通の幸せを見つけて欲しい。心の底から思う。
「お、それは何だ?俺にちーちゃんを幸せにしろってことか?いやはや、照れるぜ」
 お前じゃ無理だ、と気って捨てたかったが、僕にはそんな資格ないだろう。それに、案外こいつの
ような男が人を幸せに出来るのかもしれない。
「それはそれとしてだ・・・焚き付けといてなんだがよくやるよなあ」
「はは」
 これには苦笑するしかない。
「はは、じゃねえよ馬鹿」
「やっぱ、僕って馬鹿?」
「大馬鹿だ。一人の女だけでも面倒だってのに二人同時なんてありえねえ。俺は頼まれたって嫌だね。
 しかも一般的には許されることじゃねえ、っておまけつき。何の罰ゲームだ?そりゃ」
 たしかに、そうだ。かなり馬鹿なことしてるよな僕。
「たしかにお前の言うとおりだよ。馬鹿なことだと思う。
 だけど、僕は三人じゃなきゃ駄目なんだ。誰が欠けても嫌だ」
 そう思って出した答えだ。後悔なんかしない。
 我が悪友は溜息をついて顎を撫でた。
「まあお前の人生だ。好きにしろや。
 けどよ、ここまで馬鹿やっといてバッドエンドじゃ笑い話にもなんねえぞ」
「うん、何が何でもハッピーエンドにしなきゃな」
 くさい三文芝居のような会話だが僕らにとってはこの上なく価値のあるものだった。
「あのぅ・・・ご主人?」
 おいおいこんないいムードのときに話しかけてくれるなよ真央・・・って真央!?
「おおっっっ!?」
「うにゃっ!?」
 大声を出して振り向くと隣の椅子に驚いて声を上げる黒猫が一匹。僕は人語を話す猫なんて一匹しか
知らない。
 な、何で真央がここに!?厨房を見ると良平が腹を抱えて笑ってやがる。
 ―――こ、殺す・・・いつかぶっ『壊して』やる!
「あ、あの。遅いから迎えに行くように泪様に言われてきたんですけど、迷惑でした?」
「ええと、いやそんなことはないけど。あの、さ、聞いてた?」
「はい?」
 よかった。さっきのこっぱずかしい話は聞かれてなかったようだ。これ以上ここに居ると危険だ。とっ
とと家に帰ろう。 僕は席を立って真央を肩に乗せた。
「それじゃ帰ろう。じゃあな良平」
「おう、またな」
 震える声で言うこいつをぶん殴りたくなったが、今はそれ以上に言いたいことがある。
「良平、ありがとな」
「お礼なんか言うな馬鹿」
 ―――やれやれ、この男は・・・

 家に帰るといつもは無い靴が玄関にあった。
 お客さんだろうか。
 居間に戸を開けると
「お帰り、清孝」
 いつものように泪さんの声がして
「やあ、お邪魔してるよ」
 中性的な顔立ちの男の人、架神健一さんがその後に続いた。
「「あ、こんにちは」」
 肩の上の真央と声が重なった。不思議な気恥ずかしさがある。架神さんも笑ってるし。
「ん、それじゃあ行くか架神」
「だな」
 泪さんと架神さんはそう言って立ち上がった。
 迎えをよこしたのに帰ってくるなり出発することに普通なら怒るかもしれない。
 けど僕は、どんなに急いでいても仕事に行く前に一目僕に逢おうとしてくれる泪さんの心遣いを知
ってる。とてもじゃないが怒る気にはならない。
「どこか行くんですか?」
「頭首引継ぎの儀の打ち合わせだ。非常に気は進まないがな」
 泪さんに聞くまでも無かった。この二人が一緒に動く時は仕事の時だ。
 うちには車がないので仕事の時は大抵架神さんの車が足になる。ひょっとして架神さんてパシリ?
「引継ぎって・・・架神様ご頭首になられるんですか?」
 肩の上の真央が聞く。
 架神さん自分は20過ぎても子供がいないから頭首にはなれないだろう、って言ってたけど・・・
まあ能力は文句なしだからな。跡継ぎ問題に無関心でも頭首になれたんだろう。
 しかし架神さんは首を横に振っていった。
「九浄の家の話だよ。俺は新頭首と古い付き合いだからね。打ち合わせにも呼ばれたんだ」
 あ、そうなのか。・・・しかしなんかますますパシリ疑惑が。
「そういえばあいつが引継ぎの儀には君も一緒に三人で来て欲しいって言ってたよ。
 四家全てが集まるイベントだから良い経験にはなると思うよ。下手すりゃトラウマになるかもしれ
ないがね」
 こ、怖いことを言うなあ。
 それにしても三人って僕と泪さんと・・・架神さん?
「君と泪と真央君だよ」
 聞いても無いのに架神さんが言ってきた。心を読んだようなその言葉は『心眼』のせいじゃない。
僕がわかりやすいのと、架神さんの勘のよさのせいだ。
 三人一緒に来いって・・・その人、僕らのことわかってるんだなあ。
「それじゃ行って来るよ。頑張ってな」
 泪さんは家を出て行く際、そんなことを言った。頑張れって・・・何を?

 二人だけの夕食は、やっぱり少し寂しいけれどこれはこれで楽しいものだった。
 二人だけ?そういえば昨日あんなこと言って今日二人きりってのは・・・
 何考えてるんだ馬鹿!
「風呂でも入るかな〜」
 と妙にわざとらしい声を出すと、真央がこそこそと僕の背中に張り付いてきた。
「な、何?」
「えと・・・そのですねぇ」
 何か言いづらいことでもあるのか真央はもごもご口ごもっている。
 背中にぴったりくっついているのは顔を見られたくないからか。
「あの・・・お願いがあるんですけど・・・」
 お願い?こんな奇行をしてしまうくらい頼みづらいこと?

「何かな?」
 大抵のことでは驚かないように覚悟を決めて聞いたが、真央のお願いはそれでも驚きのものだった。
「ご主人の子供が欲しいんです・・・」
「は・・・?」
 子供が欲しいって・・・え?それって?
「はぁぁぁっ?」
 僕は素っ頓狂な声を出して振り向いた。
 真央は顔を真っ赤にして(真央の耳はどれだけ恥ずかしがったところで赤くはならない)俯いていた。
「え?あの・・・それって、つまり、そういうことだよね?」
「そういうことです。私にご主人の子を産ませて下さい」
 意味不明の質問だけど、答えはもう何の言い回しも無いインハイまっすぐだった。
「ええと、ね。子供を産むって結構大変・・・らしいよ」
「大丈夫です」
「子供を育てるのも大変だし」
「経済的な事情は問題ないと思います」
「いやお金だけじゃなくてね」
「子育ては責任持って私がします。ご主人に手間は取らせません」
「人生の転機っていうか、あれだし」
「どのみち私の人生はご主人なしにはありえません」
「ええと・・・あとは、ううん」
 僕が言葉を出せなくなると真央はさっきまでの恥じらいはどこへやら、満面の笑顔で抱きついてきた。
「お願いします、ご主人」
「・・・わかった」
 根負けしてしまった。こんなはじける様な笑顔で頼まれたら断れない。
 僕は真央の顔に両手を添えて言った。
「その代わり、約束。もう二度と僕から離れるなんて、言わないこと」
 真央は僕が今まで見た中で最高の笑顔で答えた。
「はい。私は二度とご主人から離れません」
 僕は誓いの証に、綺麗な笑顔を作った唇に自分の唇を重ねた。

 光る糸を引いて唇が離れる。
 濡れた琥珀色の瞳を見つめていると心臓が高鳴る。
 暫く見詰め合うと真央の顔がだんだん赤くなってきた。
「あ、あのあのあの・・・あ!お風呂入られるんでしたよね?」
 そういえばそんなことを言ってた気もするけど、そんなことどうでもいいだろうに。
「い、一緒に入りませんか」
 どうでもよくはない。まずは身を清めなければ。

「ん・・・ちゅ・・・はっ」
 真央は湯船の縁に座った僕のペニスに舌を這わせている。
 角度と強さを変えてありとあらゆるところを舐める。
 根元から先端までを舐め上げたり、時折袋にも舌で愛撫する。
「ちゅぅぅっ」
 根元のほうを手でしごいて先端に吸い付いてきた。まるで僕の中身を全て吸い尽くそうとするかのよ
うに。
「真央・・・もうやばい・・・」
「あっ!駄目」
 僕が絶頂が近いことを知らせると、真央は小さい手で僕のペニスを握り射精できないようした。
「痛っ!痛いって」
「あ、ご、ごめんなさい・・・」
 真央は申し訳なさそうに手を離して
「すいません・・・でも、いかれるのでしたら、私のなかに・・・」
 濡れた瞳でそんなことを言ってきた。
 か、かわいい・・・さっきのことを洗い流してお釣りが来る。
 僕は真央の股間に手を伸ばして、ほとんど毛の生えていないあそこに触れた。
 ちゅくっ、と水っぽい音がした。
「え?もうこんなになってるの?」
 まだ触ってもいないのに真央の陰部は濡れそぼっていた。
「あ、ご主人のを舐めていたら、その・・・」
 こうなっちゃたんですか・・・これなら弄らなくても入れられそうだ。
「真央、こっち来て」
 僕は真央の小さい身体を抱き上げて膝の上に乗せた。
 火照った真央の身体は熱いくらいだった。
「入れるよ」
 真央のお尻をの下に手を入れて持ち上げる。彼女の唾液で濡れたペニスを入り口にあてがった。
 水っぽい、淫らな音がした。
「はぁ・・・」
 真央の甘い吐息が顔にかかる。
 そのまま、ゆっくり奥に入れていく。
「あ・・・あぁ・・・」
 真央は僕の背中に両腕を回した。
 暖かい肉襞がペニスに絡み付いてくる。ゆっくり、ゆっくり奥に進む。
 何かに当たる感触がしてそれ以上進めなくなった。
「真央、奥まで入ったよ」
「はい・・・私の中に、ご主人を感じます」
 僕も真央を抱きしめた。とても小さい体。僕のペニスが入ってるのさえ信じられない。
「動くよ」
 言って、腰を突き上げる。
「ぁっ・・・」
 真央は喉を仰け反らせて小さく喘いだ。
 リズミカルに腰を動かす。
「あっ、あっ、あぁっ」
「気持ちいい、真央?」
 真央の頭の猫耳に吐息がかかるように聞いた。真央は身を捩らせて甘い声を漏らした。
 耳は真央の弱点の一つだ。

 真央の膝の下に手を入れて身体を逆にした。
「あ・・・」
 たとえ誰も見ていなくても子供におしっこさせるようなその格好は恥ずかしいのだろう。
 真央は手で顔を覆って羞恥の声を出した。
 腰を動かしながら足から離した左手で控えめな乳房を揉む。すっぽりと覆えるくらいの大きさ、
だけどたしかな弾力がある。
「あぁっ、あっあっあぁっ」
 だいぶよくなってきたみたいだ。
 僕は右手も足から離して充血し、勃起したクリトリスをつまんだ。
「ふぁあっ!」
 真央の身体がびくん、とはねる。
「ご、ご主人、わた、し・・・もう、もうっ!」
 絶頂が近いみたいだ。真央の足ががくがくと震えだした。
 それは僕も同じだった。
 腰の動きを更に早める。真央もそれにあわせて腰を振る。
「あっ、あぁぁっ、あっあっぁっ!」
 僕が渾身の力で腰を突き上げた時
「あっあっ、あぁぁぁぁっ!」
 真央が絶頂を迎えた。膣壁がきゅうとしまる。
 そして僕も、小さな身体をきつく抱きしめて真央の奥にびゅくびゅくと精液を放出していた。
「あ・・・ぁ・・・出てる・・・」
 ひく、ひく、と痙攣を続ける真央の締め付けにあわせて僕は長く、長く射精を続けた。
「すごい、こんなに」
 僕の出した大量の精液は真央の小さな身体には収まりきらなかったらしい。結合部分の端から
精液と愛液が混じった液体が漏れている。
「ふふっ、一杯出しましたね」
 真央が甘美な声で言う。
 その声を聞いて僕の分身は再び大きくなり始めた。
「え?あっ、また・・・」
 まだまだ夜は始まったばかりだ。

 一度達したくらいでは僕の熱さは治まらない。むしろ一度目はすぐにイってしまったので不完
全燃焼な気分だ。
 僕の部屋の布団に真央を四つん這いにして後ろから貫く。
「あっ・・・あぁん、はあっ・・・」
 小さな身体が壊れてしまいそうな位激しく腰を打ち付ける。
「あぁ、あっ、イイ、いいですぅ・・・あっ」
 僕が真っ白なお尻に容赦なく腰を打ち付ける度に黒い尻尾が動くのが見える。
 ―――ふと悪戯心が湧いた。

「あぁっ!?」
 突然後ろの穴に自分の尻尾を突っ込まれて真央が驚き、あるいは快感の声を上げる。
 真央の尻尾はそう太くないせいかたいした抵抗もなくするすると入っていく。
「ちょっ、何してるんですか!?」
「んん?何って、ねえ」
 あいまいに答えながらも腰の動きは止めない。更に今度は尻尾も出し入れを始める。
「あぁっ、ぁが・・・ひっ・・・」
 ぱんぱんと音を立てて二人の身体がぶつかりあう。
「ひぃっ、ひあっ、ふぁあっ!」
 真央の声はもう喘ぎ声というより悲鳴に近い。
 体重を支えていた腕が震えて力が入らなくなったのか、真央の上体がくずれた。
 僕はここぞとばかりに動きを早めた。
「あうっ、あうっ、あうぅぅっ、アアァァアっっ!」
 真央は獣のように叫びながら絶頂を迎えた。
 膣肉が痙攣して僕のペニスを締め上げる。
 発射寸前でなんとか堪える事が出来た。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・」
 まだ息の荒い真央の身体をペニスが抜けないように仰向けにする。
 そのまま前に倒れて、できるだけ二人の身体が密着するようにした。
 その状態で今度は純粋に射精の為の動きを始める。
「あっ、ご主人、ご主人ご主人、あっ、あぁご主人ん」
 狂ったように僕を呼ぶ口を唇で塞ぐ。
「んっ、んんっ・・・」
 躊躇いがちに伸ばされた舌を受け入れて自分の舌を絡める。
 僕らは心も身体も絡まりあって、融けて混ざって一つになっていく。
 僕らは沈んでいく。
 三人一緒に、二度と出られない泥沼へ・・・
 甘い甘い泥沼へ・・・

「あの、やっぱり手伝いましょうか?」
「いいよいいよ、真央は座ってて」
 真央の気遣いは嬉しいけど、甘えるわけにはいかない。
「しかし清孝・・・」
「いいんですって!『男子厨房に入らず』なんて今時流行りませんし」
 今の僕は身重になった二人の代わりに家事と仕事の両方をこなしている。
 仕事は一時休業にしてもよかったのだが、できるなら続けたかった。
 僕は人の二倍も三倍も苦労するべきなんだ。
「よし、できた!」
 栄養面もばっちり、味もなかなか。我ながらいい出来だ。
 居間のほうからは
「あ、動いた!真央のほうも大分大きくなったな」
「ええ、少し成長が遅くて心配でしたけど、もう大丈夫です」
 僕の大好きな二人の幸せそうな声が聞こえてくる。
 僕の苦労はきっと、いや絶対に一生続くと思う。
 だって、何が何でもハッピーエンドにしなきゃいけないんだから。
 僕は大馬鹿野郎だけど、それだけは成し遂げなくちゃならない。
 ―――ま、二人の笑顔があればどんな苦労も大歓迎だけどね。

                           FIN

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