血縁より近く

「や、また来たよっ♪」
声と同時に一瞬頭をすっ、と撫でられる。
玄関を空けた私の前に現れたのは、最近良くうちに来る女の人だ。
すらっとした長い脚に、短めの髪。ややボーイッシュ。
「あっ、こんにちわっ!」
挨拶を返すと女の人は、にまっとわらう。
物音で気がついたのか、リビングから声がした。
「おい、まだ昼飯食ってないって言ったろ?早すぎだよ」
兄が私の背後から現れる。
「よっす、おじゃましま〜す」
女の人は靴を脱ぎながら、片手を上げて兄にそう言った。
実際食事中だった兄はやや困った様子だ。
「もうちょっと待ってろって・・」
「それじゃそっち終わるまでこの子と待ってるからさ。」
と女の人は兄の言葉を遮った。
「妹さん借りまーす」
女の人は、私の両肩をつかんで兄の方にぐるっと向かせる。
「おぅ、了解了解、お二階でどうぞ。」
兄はしょうがないか、という顔で答え、リビングに戻っていった。
女の人は私の目の高さまでかがんで、こういった。
「じゃ、すこしおねぇちゃんとお話ししよっか。」
そう、この人は私のおねえちゃんだ。
そして、最愛の兄の、彼女だ。



兄が彼女を連れてきたのは一週間前のことだ。
母親には大学の課題を一緒にやるんだ、と言っていたがハタから見て付き合っているのはバレバレだった。
何度も家に来る兄の彼女は、ほどなく私とも色々話すようになった。
そして、私の呼び方もいつのまにか「さん付け」から「おねえちゃん」に変わっていた。
兄を待つため二階に上がった私たちは、まずマットの上にころがった。
「今日、お父さんとお母さんは?」
おねえちゃんが聞いてくる。
「お母さんの親戚に会いに出かけちゃってるんです」
法事関連だと思うが詳細は良くわからない。
「さぁて、今日の"女の子が聞きたいちょっとえっちなこと"はなにかな?」
おねえちゃんは、少しからかったつもりだったのだろう、唐突にこんな質問を投げかけてきた。
私はしばらく考えたあと、こう聞いてみる。
「赤ちゃんはどこから出てくるんですか?」
私の率直過ぎる反応に、おねえちゃんはあからさまに慌てた。
「あー、うーんとね、なんつーかその・・・セックスってわかる?」
身も蓋もない言い方をされ、こんどは私が赤面する。
「そこは、分かりますよ・・・分かるけど、どうやって・・・
私は自分の脚の間をジェスチャーで示す。
・・・ここから出てくるかってことです」
私の知識では赤ちゃんを育てるのは子宮だが、どういうプロセスで膣口から出るのかが良くわからなかった。
「あ、ごめんごめんえとね、子宮口。」
「子宮、コウ?」
「そうそう、ここのアソ・・・えーっと、通り道と子宮をつなぐ入り口のこと。」
「ふーん・・・」
膣と子宮がそのまま繋がっていたとは知らなかった。
胎内に取り込まれて、それから子宮へ送られるものと考えていたからだ。
つまり、受精も直に精液が子宮へ入って行われるものということだ。
形について聞いてみると、さすがにそれはおねえちゃんでもよくわからないようだった。
「子宮口はちょっと膨らんでて、そうだなぁ、桜アンパンみたいな形、かな?」
「えー、よくわかんないですよー。」
ここから先は気まずいと感じたのか、私は適当に話をはぐらかされた。

その後、私は兄を課題に集中させてあげようと考えて買い物に出た。
新刊の小説を買い、立ち読みをし、服飾チェーン店のチェックをし・・・
そうやって私は2時間ほど時間をつぶし、家に戻ってきた。

ふと、鞄に鍵が入っていないことに気がついた。
出てくるときに忘れてきたということもある。
まぁ、兄も居るしいいか、とインターホンに手を伸ばす。
「・・・・・。」
一瞬、猫のような鳴き声がしたように感じた。・・・・空耳だろうか。
「・・。」
また聞こえた。
このへんで野良猫はまだ一度も見たことがない。
気になった私は、中庭のほうに回ってみることにした。
植木鉢をまたぎ、こじんまりとした庭に入る。
そのへんを見回しても、猫のような姿はどこにもなかった。
「なにやってんだろ・・」
やはり気のせいだったか。私が玄関に引き返そうとした時だ。
「ぁっ・・・」
人の、声・・?
「やっ・・・あぅ・・・」
確かに家のほうから聞こえている。
私はとっさに、壁に耳をつけてみた。
「んあっ・・・うっん・・・」
艶やかな女の人の声。軋む音。息遣い。それらが一辺に聞こえてきた。
「はぁっ・・・俺っ・・・」
兄の声だ。私はその場に凍りついた。
「んっ、い、挿れるの?」
おねえちゃんの声も。この壁の向こう側で、二人が何をしているかは明らかだった。
「まて、これ付けるから・・・」
もうこれ以上は聞き続けることは不可能だった。
震える足をどうにか動かし、私はそっと庭から出て行った。



「もしもし?おー、鍵か、俺らちょうど今から出かけるんだけどなぁ」
携帯から聞こえるいつもの兄の声。
「じゃ、いつものとこに隠しといてよ」
私の声は震えていないだろうか。
「わかったー、気をつけて帰ってこいよー」
じゃあね、と返事をして電話を切る。
もう5分ほどすれば兄達は家から出て行くだろう。
私は公園のベンチから立ち上がり、重い足取りで帰路に着いた。
あわてて家から離れた私は、すこし遠い公園に逃げてきていた。
「はぁ・・・」
念のため電話をかけたのが幸いだった。
あの行為にどのくらい時間がかかるものなのか、よく知らなかったからだ。
冷静になって考えれば、カップルの当然のことだ。
兄はやはり、"おねえちゃん"のことが大好きなんだろうか。

あの人には悪いけれども、私は兄を振り向かせることを選んだ。
究極の方法で。
一ヶ月前、兄の子を身篭ろうとした行為。
再びそれを実行するときが来た。

「ただい、まー・・・」
一応不在を確認するやいなや、私は階段を駆け上がった。
兄の部屋に入る。とたん、むっとする熱気に包まれる。
暖房がつけっぱなしになっていた。
そして、どことなく香る女の人の匂い。
「・・・・。」
悔しさも何もなかった。兄はまだ、気がついていないだけのことだ。
部屋の隅のゴミ箱を覗く。ティッシュの塊が幾つか見える。
私はそれを横に押しのけ、奥のほうを探ってみた。
「これ・・・」
頭の中で盗み聞いた言葉が響く。
"まて、これ付けるから・・・"
口を結んだコンドームがそこにはあった。


後ろ手で自分の部屋のドアを閉める。
「ふぅっ・・・」
二度目とはいえ、兄の分泌したものを使うことは緊張する。

コンドームをそろりと机に置いた。
ピンク色の薄いゴムが口の部分を硬結びにされ、中の粘液を封印している。
兄の精液。

以前見たティッシュの中のものとは状態がやや異なり、
白くにごった部分と透明の部分に分離していた。
指先で溜まっている所をつつく。
まだ、生暖かい。これなら使えるはずだ。
つい最近、精子は空気に触れると急速に死滅していくと聞いた。
一ヶ月前のあれはおそらく効果がなかったのだろう。
「・・・よし」
小さな声で気合を入れると、私はまずハサミで結び目を切り取った。
独特の臭いが立ち上る。
一気に鼓動が加速した。
そして私は、先ほど買ってきたスポイトを取り出した。
長いプラスチック製で、理科実験で使うようなものだ。
これで確実に奥に届く。あの人が言っていた、「子宮口」に。

スポイトの先端を精液に浸し、少しずつ吸い上げていく。
細い管の中に、白濁した粘液が溜まっていく。
目盛りが4mlほどのところで、全ての精液がスポイトの中に納まった。
私はそれを漏らさないよう、慎重にベッドに移動する。
濃度の異なる粘液どうしが、混ざり合っていく様子が見えた。
「ふうっ・・・・」
ベッドに乗り、脚を広げる。
下着の隙間から秘部に触れると、何もしていないのにうっすらとした湿り気を帯びていた。
これなら、このまま挿入しても問題はないだろう。
そのままスポイトの先端を膣口にあてがった。
「・・・・やらなくちゃ」
自分に言い聞かせるようにつぶやき、私はスポイトをゆっくり挿していった。
「うっ・・・っ・・・」
プラスチックの管がゆっくりと私の胎内に消えていく。
もう少し、もう少し奥へ。
「あっ・・・く」
手を進めていくうちに、ぐっ、と手ごたえがあり侵入が止まった。
その反動でスポイトのゴム部分を軽く押してしまった。
「えっ、あ、やっ・・・」
空気圧に押し出され、少量の精液が膣内に漏れ出す。
その一瞬、びくっと体がこわばった。
「・・・・っ!」
なにかが、体の奥で隆起したような感覚。
同時にスポイトを持つ手の手ごたえに変化があった。
「あぅっ、はぁっ、はぁっ、」
呼吸を整えてスポイトの先端をずらしていく。
精液に反応したのだろうか、膣が勝手に締まっていく気がした。
「も、も少し上かな・・・」
今度はスポイトを上方向に持っていく。
すると、かくっ、と先端がなにかにはまりこんだ。
「あった・・・・」
膣奥の小さな穴。
今先端がとらえている場所が、子宮口なのはまちがいなかった。
私はスポイトを持つ手に力を入れる。
先にいくらか漏れてしまった精液は、すでに子宮内に流れていることだろう。
もう、後戻りは不可能だ。
「お兄ちゃん、また、精子貰うね・・・」
そう宣言してから、私はスポイトのゴムを徐々に押しつぶす。
どろりとした異物が、胎内の奥に流し込まれていく。
私は粘液が通りやすいように、少し腰を上向きにした。
「あっ・・入ってきてるの、見える・・・」
視線の先のスポイトの目盛りは3.5、3、2.5と減っていき、やがて膣内に消えて見えなくなってしまった。
「全部・・・入ったのかな・・・・?」
だんだんと子宮の辺りが熱を帯びてきたようだ。
動悸は落ち着きを見せ始め、頭のほてりも冷めてきた。
私はスポイトをゆっくり引き抜いた。

思ったよりあっさりした儀式だった。
ただ下腹部だけには、妙なぬくもりが広がっている。
この結果は何時ごろ出るだろう。
そして、兄はどれだけ私を深く愛してくれるのだろうか。
私はしばらく仰向けのまま、兄の顔を思い浮かべて幸福感に包まれていた。