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退魔師っていうかむしろ祓魔せ師
ますます日差しが強くなり、虫の声が境内に響くような季節。
特に今日は暑くて、はしたないとは思いつつも私――宮前琴音は着ている
巫女服の胸元をぱたつかせました。草刈をするのにこの格好は不適切極まり
ないですが、やはり巫女としての自覚を持たなければ。
「神社のお姉ちゃん、こんにちは!」
と弾むような声が聞こえてきました。
「はい、こんにちは」
いくら暑くても子供は元気一杯です。彼らの笑顔を見ていると私も頑張ろ
うって、そう思えます。子供の笑顔の力はすごいですね。私もいつかあんな
子供が欲しいです。
「お姉ちゃんのおっぱい見えちゃったよ!」
「あぅ……」
今更ながら慌てて襟を正しますが、恥ずかしさで余計暑くなってきました。
「琴音ー、暇だー」
と、今度はだるそうな声が聞こえてきました。何故か、もう熱中症で倒れそ
うなくらいに暑くなってしまいました。
暇なら掃除を手伝ってくれればいいのに、真悟さんはそれを言うと『めんど
い』とたった4語で断ってきます。そんなの私だって一緒なのに……
「私は暇じゃないんですけど」
そっけなく言うと、真悟さんは頬を膨らませて抗議してきます。
「掃除なんか後回しにして遊ぼうよ〜」
「そういうわけにはいきません。この季節は一日サボると草の伸びがすごいん
ですから」
「好きなだけ生やしとけばいいじゃん」
この人は、参拝客の方々に対する配慮を持ち合わせていないらしいです。私
は無視して草刈をすすめることにしました。
「しゃーねーなー」
ぼやき声とともに真悟さんは去っていって――
「ほら、鎌貸してみ」
しまわずに、私から鎌を受け取ると、手際よく草を刈っていきました。私は
予想外のことに、それを呆けて見つめていました。
「琴音はなんか何するにもすっとろいんだよね。もうちっとパッパとやんなき
ゃ、ま、その分丁寧なんだけどさ」
そう言う真悟さんは、確かに早いもののかなり雑に草を刈っていきます。
「ほい、終わり」
根の部分がかなり残ってるんですが、真悟さんは満足げに私に鎌を返してき
ます。差し出された鎌の柄を握った時、突然手を握られました。
「え? あ、あのあのあの……」
握られた手と全身が熱くなって、心臓が壊れちゃいそうです。体中の血が顔
に上ってきて、シチューみたいにぐつぐつ沸騰しちゃってます!
「指、血が出てる」
真悟さんが指差すのは、私の人差し指です。草で切っちゃったみたいです
が、今はそれよりもこの状況のほうが私にとって大問題で。これ以上手を握ら
れていたら、きっと私失神しちゃいます。
「わわわわた、私、あの私、バンソウコウですッッッ!!」
すでにオーバーヒートした言語中枢で、下手な翻訳のような言葉を紡ぎ、真
悟さんの手を振り払って駆け出してしまいました。
その日の夕方……私と真悟さんは“祓い”に駆り出されました。
今日の相手は半人半鬼の娘です。何でも、鬼の血による破壊衝動を抑え切れ
ていないとか。しかしながら、まだ理性は残っているようで、ご本人から自分
の中の魔を鎮めて欲しい、と連絡がありました。
基本的に対象に抵抗の意志が無い場合は私の出る幕は無いのですが、どうも
真悟さんは油断が多いですから心配なのでついて来てしまいました。
「ふうん……なんか普通の家だねえ」
真悟さんの言うとおり、依頼人の家はごく普通の一軒家でした。鬼の血が混
ざっているというから、てっきり純和風の屋敷とかを想像していたのですが。
インターホンを鳴らすと、これまたどこにでもいそうな清楚な印象の女の人
が出てきました。柳沢さんと言うらしいです。
私たちは彼女の寝室に案内されました。ご家族の方はいらっしゃらず、一人
で暮らしているそうです。好都合といえば好都合なのですが……妙にもやもや
するのはなんででしょう?
「それじゃ、早速始めますかね。琴音、いつものようにヨロシク」
「…………」
彼女は真悟さんの能力と、祓いの方法についてはすでに説明を受けています。
そのせいか、微かに恥ずかしそうな表情が伺えます。
とても異形の血が混ざっているとは思えない、いえ、もしかしたらだからこ
そなのか、白く肌理(きめ)細やかな肌。
今からあの肌に、手に、胸に、体の奥まで真悟さんが触れるのです。私の手
を握ってくれた、あの手で……
「琴音?」
知らず、私の手は真悟さんのシャツの裾を握り締めていました。
これは仕事なんです。魔を鎮めるには真悟さんの体液は最適で、その中でも
浄化の力が濃い精液を胎内に直接注ぐのがもっとも効率がいい。ただそれだけ
のことなんです。
――でも、いくら言い聞かせても、私の手は言うことを聞いてくれません。
強く真悟さんを掴んだまま、決して離そうとしません。
「真悟さん、お願いがあります」
折れたのは、私のほうでした。
「自分勝手で図々しいってわかってます。でも、どうか通常の方法で……い
え、体液を使うにしても血液にしては頂けないでしょうか?」
それなら幾分効果は薄れるにしても、問題はないはずです。
私は俯いているので、真悟さんの顔は見えません。怪訝な顔でしょうか?
怒っているでしょうか? 私のことを、鬱陶しい女だと思っているでしょうか?
そう思われたくなかったのに、それだけが怖かったのに……何て、馬鹿な女。
「……わかったよ」
「え?」
見上げれば、少し困ったような微笑。
真悟さんは、彼の胸の位置にある私の頭をわしわしと無造作に撫でると、柳
沢さんのほうに向き直りました。
「いっつも琴音には俺のわがまま聞いてもらってっからね。たまには言うこと
聞いてやらにゃ」
そう言って、真悟さんは柳沢さんにコップを用意して貰い、親指を噛み切っ
てそれに血液を注ぎました。鬼の血を鎮めるのに十分な浄化作用はあるでしょ
う。
私はそれを、床にへたり込んでぼんやりと眺めていました。もうちょっと油
断したら、泣き出してしまいそうです。
その夜、私は蔵にあったお酒から強いものを選んで夕飯に出しました。この
神社に住み込みで働いているのは私と真悟さんだけで、あとの方はご自宅から
通っているので、自然に夕食は私と真悟さんだけになります。
今更ですが、今日まで私が“巫女”で居られたのが不思議な環境ですね……
もっとも、それも今日で終わりですが。
「真悟さぁん、ささ、もういっふぁいろうぅぞぉ」
「止めたほうがいいと思うぞ。俺じゃなくて琴音の話ね」
「らぁにを言ってるんれすかぁ? まぁだまだこれからですよぅ」
いくら私だって一杯や二杯付き合ったくらいで酔いつぶれたりしませんのに、
意外と心配性なんですね。でも私を心配して下さっているのなら、これは喜ぶ
べきことです。
「ていうか、琴音が酒を出すなんて珍しい。しかも自分が飲むなんて……いつ
もなら『飲みすぎは身体に毒です』なんつってケチるのに」
そうでした。本来の目的を忘れてしまうところでしたね、いけないいけない。
ぱちん、とほっぺたを叩くと酔いも少しは醒めた気がします。
私は正座して背筋を伸ばし、ついでに長い黒髪をかき上げて、一つ咳払いを
して話し始めました。
「まず最初に今日のことなんですが、差し出がましい真似をして済みませんで
した」
「ん。まあいいんだけ「しかしながら、私があのようなことを言ったのにも理
由があることをわかって欲しいんです」
また一つ咳払い。ここからは勢いに任せて一遍に言わないと、とてもじゃな
いけど口にできそうもありません。
「真悟さんは祓いのためと言っていますがその実、女の人を抱きたいだけじゃ
ないですか。
私というものがありながら女性の魔とみれば見境無く……
そりゃあ私は貴方の恋人でも妻でもありませんし、口うるさくて、嫉妬深くて、
欲張りで、その上酒の力を借りなければ言いたいことも言えないような嫌な女
ですけれど、真悟さんだって我が侭で、女好きで、だらしないからおあいこで
すよね」
なんだか自分でも何が言いたいのかわからなくなってしまいました。
夕飯の用意をしながら一生懸命イメージトレーニングしたのに……
「と、とにかく! 真悟さんは少し周りに対する配慮が足りな過ぎると言って
るんです!」
ああ、もう全然ダメです。
「ちょっと待って」
真悟さんは片手を前に出して言いました。言われなくても、もう混乱して何
を言っていいのかわからなくなっています。
「それ、つまり俺が他の誰かとセックスするのは嫌だってこと?」
セッ……せっくす!? 余りに直接的な表現に、顔面に血が上ってきました。
多分リンゴのように真っ赤になってしまった顔を縦に振ります。
「そっか……でも、何で?」
本当に何故かわからない、という風な顔で真悟さんが尋ねてきます。
な、なななな何でですって? そのくらい察して……くれないのが、真悟さ
んなんですよね。
「そんなの……そんなの、貴方のことが好きだからに決まってるじゃないです
か!」
必要以上に大きな声で私は叫ぶように言いました。きょとん、としている真
悟さんに続けてまくし立てます。
「貴方は目の前で好きな人が他の女を抱いてるのを見ていい気分がしますか?
しないでしょう? 貴方のことが嫌いならどうでもいいですよ。誰と寝ようが
知ったことですか。好きだからこそ腹立たしいし、許せないんです」
「え……好きって、琴音が? 俺のことを?」
信じられない、と言いたげな顔の真悟さん。
「それ以外に誰が居るんですか」
私はさも呆れたと言わんばかりに、真悟さんを睨みつけました。
「嘘……だって……ええ? 琴音、俺のこと嫌いじゃなかったの? 俺に色々不
満言うし、離してるとたまに目逸らすし、今日なんか手握ったらダッシュで逃げ
てくし」
この人は女たらしのクセに、女心を欠片ほども理解していないようです。いえ、
素直になれない自分を“女心”なんて言葉で済ます私が卑怯なだけかもしれませ
んね。
私は自分でもびっくりするくらい落ち着いた声で言いました。
「そんなわけないでしょう。貴方のことが嫌いなら、とっくに見放していますよ。
不満を言うのも貴方を大切に思うからですし(まるで保護者ですね)、目を逸らし
たり逃げたりって……うぅ……恥ずかしかったんですもん」
私はダメです。ダメダメです。今夜、もっともっと恥ずかしいことをするつも
りだというのに、すでに頭から湯気が出そうです。
「と、とにかく私の気持ちはわかって頂けましたか?」
まだ半信半疑の面持ちで、真悟さんは曖昧に頷きました。
「それで、えとそのあの、真悟さんは私のことを……どう思いますか?」
最後のほうは声が掠れてしまいました。こんな時くらい堂々として欲しいので
すが、私には絶望的なまでに度胸が無いらしいです。
俯いて、畳の目を見つめていた私の頭に、大きな手が乗せられました。
「好きだよ」
至極当然のことのように言う声。
「でででででも、真悟さんは近くに居る私を放置して他の女性と……」
何を言ってるんでしょう私は。素直に喜べばいいものを。
「ん〜、だってさ、俺琴音に嫌われてると思ったから。無理に迫って泣かれたり
したら嫌じゃん?」
「そんな心配は無用ですよ」
私は真悟さんに吐息がかかりそうなくらいに近づき(体温が3度は上昇した気が
します)、今の私にとって――いえ、私の人生で一番大事なことを訊きました。
「さっきも言ったとおり、私は口うるさくて、嫉妬深くて、欲張りな女です。貴
方は、そんな女を貰ってくれますか?」
……怖いくらいの沈黙。 静寂は、聞こえるものだということを始めて知りま
した。
その中で、自分の心臓の音だけが五月蝿いくらいに耳に響きます。
早く、早く何か言って下さい。
私の願いが届いたのか、真悟さんは居住まいを正しました。珍しく緊張してる
らしく、唇が微かに震えています。
「う、受け取ります。いや、そうじゃなくて……」
真悟さんもこほん、と咳払い。
「喜んで! ……なんかこれも違う気がする」
うんうんと唸る真悟さん。
くす、と知らず、笑いが零れました。
「わ、笑うなよ」
言葉っていうのは、時に不便です。
だから私はもう何も言わず、微笑んだまま真悟さんの顔に自らの顔を近づ
け――
唇を重ねました。
やってしまいました。
キスです接吻です口付けです。愛の証というかある種の誓いというか。頭がぐ
るぐるして何がなんだか。
悲しくなんかないのに涙が止まらなくて、重ねた唇を濡らしてしまいます。
軽く触れるだけのキスですが、もう私の頭はアイスクリームみたいに蕩けちゃ
ってます。
唇を離すと銀色の糸が輝いて、すぐに切れました。
真悟さんは自分の唇に触れて呆然としています。
もうここまで来たらあとは勢いです。頑張れ琴音、もう少し!
私は意を決して立ち上がり、小袖の襟を左右に開きました。あのその、下着は
着けていないので、丸見えです。
「ちょっ、琴音!?」
次いで、袴の紐を緩めます。するり、とあっけなく緋袴は膝元まで滑り落ちま
した。あうぅ、こちらも下着は着けていないんです。
「わ、私は欲張りだって言ったでしょう? 心だけじゃなくて、身体も愛して欲
しいんです!」
性急過ぎる気もしますが、今を逃したらきっと私の二度とこんな勇気は出せま
せん。
そのまま真悟さんに覆いかぶさるようにして、再度唇を重ねました。
今度は舌を絡める、俗に言うディープキスです。くちゃくちゃと卑猥な音を立
て、私の舌が真悟さんの口内を嘗め回すと、真悟さんもまた最初は躊躇いがちに、
だんだん強く激しく私の舌を貪ってきます。
まるで二人の舌が溶け合って一つになったような、濃厚なキス。口の中はどち
らのものともわからない唾液で一杯です。
気付けば、いつの間にか私は真悟さんに仰向けに押し倒されていました。
舌を絡めたまま、真悟さんが私の胸に触れました。恥ずかしながら、私の胸は
あまり大きくありません……男の人は、やはり大きいほうがいいのでしょうか?
で、でも小さいほうが和服は似合うっていいますよね。
ゆっくり、ゆっくり、何かを確かめるように優しく胸を揉みしだく手の動き。
「ぷはっ、あっ、ん……」
背中がぴくん、と仰け反って唇が離れてしまいました。漏れ出た声は本当に自
分の口から出ているのだろうか、と思うほど艶っぽく、確実に雌としての歓喜に
震えていました。
恥ずかしい……
「琴音、やらしい」
いやらしい笑みを浮かべる真悟さんは、胸を揉む手と逆の手を私の太ももに這
わせます。その手がだんだんと付け根に近づいていきます。 私のあそこはもう、
触らなくてもわかるくらいとろとろになっています。
――くちゅ。
真悟さんがそこに触れた時、私の耳に届くくらいの音がして、私は恥ずかしさ
のあまり両手で顔を覆いました。
「ダメだよ、顔見せて」
あっさりとその手は取り払われます。
「あぅ……」
恥ずかしすぎて滲む涙を、優しく拭いてくれました。
「可愛いよ、琴音」
微笑む真悟さん。
「本当ですか?」
ホントホント、と言って真悟さんは私の割れ目をなぞりました。
「ひゃうっ!?」
はしたない声が出てしまいました。ますます顔が紅潮していくのがわかります。
真悟さんは私のそんな反応が楽しいのか、にやにやと笑って指の動きを早めて
いきます。
声、我慢できない……自分でするときの何倍も気持ちいい。
そして私のクリトリスを軽く摘まんで刺激した時――
「あぁあっ!」
ぷしゃあぁ。
私は潮を吹いて果てました。
乱れる呼吸。汗ばんだ背中。いつもなら気持ち悪く思うんですが、今はなんだか
嬉しい限りです。
私が余韻に浸っている間に、布団を敷いてくれました。
それを見るとこれから“する”んだなあ、と急に恥ずかしくなってしまいました。
「あ、あのっ」
私はまだ微かに震える指を畳について――衣服は乱れていますが――深々と頭を
下げました。
「よろしくお願いします」
下げた頭に、くすくすと笑い声がかけられます。
「わ、笑わないで下さい」
女性にとって(少なくとも私にとって)“初めての夜”というのはとても大切なこ
となんです。笑われちゃあ溜まったもんじゃありません。
真悟さんは失礼にも笑ったまま、私をそっと布団に横たえました。
「あの、服は脱がなくても?」
「ああ、いいよ。そっちのほうがなんかエロい」
これでも神聖な服装なんですが……まあ、喜んでくれるならいいですけど。
真悟さんは次々と服を脱いでいき、最後の一枚も迷うことなく脱ぎ去りました。
元気に天を向いたそれが、今から私の中に入るのだと思うと、怖いような、でも
嬉しいような。
私がぼんやりしていると、真悟さんは財布からコンドームを取り出しました。
「あ、待って」
「?」
「あの……それ、いらないです」
真悟さんは怪訝な顔をします。当然の反応でしょう。
「どうぞ、私の中に出して下さい」
真悟さんは眉をひそめて言いました。
「あのね、安全日とかあんまりあてにならないんだよ?」
私が言ってるのはそういうことじゃないんですが、やっぱり言葉にしなきゃ伝わ
りませんね。
「妊娠しても、いいんです」
少しずるい言い方でした。言い直しましょう。
「貴方の子供、下さいな」
すっごく恥ずかしいんですが、精一杯の笑顔で言いました。自分でも、今の私は
いい顔してるって思います。
「私は欲張りなんです。貴方の妻になりたいし、貴方の子供も欲しいし、簡単に言
えば、貴方との家族が欲しいんです」
古典的とか言われるかもしれないですが、私は好きな人と結婚して好きな人の子
供を産んで、みんなで仲良く暮らしていくのが幸せだと思うんです。
「じ、実はですね、私って子供好きなんですよ。沢山子供が欲しいなって思ってる
んです。それで計算してみたら、二年に一人産んだとしても二十歳過ぎてから初出
産だと六、七人目には高齢出産なんですよ」
きょとん、としてる真悟さん。
「幸いこの神社は経済的にも豊かですし、貴方の子ともなれば浄化作用もあるはず
ですから色々な方から援助も受けられるかもしれませんし」
「でも……」
真悟さんはまだ迷っている様子です。いえ、それが普通なのですが……仕方ない
ですね。こうなったらとびっきりの殺し文句の登場です。
「それとも……私に子供を産ませるのは、嫌ですか?」
視線を泳がせる真悟さん。
「嫌じゃない、けどさ」
「嬉しいっ!」
ぎゅうって抱きしめちゃえば、もうこっちのもんです。
「じゃあ、いくよ」
私はこくり、と頷きます。
ゆっくりと私を押し割って真悟さんが入ってきます。
「ん……っ」
覚悟はしていたのですが、やっぱり痛くて、真悟さんの背中に爪を立ててしがみ
ついてしまいました。
「大丈夫?」
頷くものの、実はあんまり大丈夫じゃありません。でも、こんなところで止めら
れたらそれこそなんのために今まで頑張ったのか。
「しばらく……このままで……」
真悟さんは軽く頷いて、優しく私の背中に腕を回してくれました。
……どのくらいそうしていたのか。私の身体はようやく“女”であることに慣れ
てきました。
「もう大丈夫です。動いていいですよ」
入れたまま我慢するなんて、結構辛いはずなのに真悟さんはそんなことはおくび
にも出さずに微笑みます。私もつられて、自然に口元が綻びました。
「動くよ」
言って、ゆっくり、壊れ物を扱うように真悟さんは動き始めました。
根元までゆっくり入れて、抜けるギリギリのところまで引いて。それを何度か繰
り返します。
まだ少し痛いけど、だんだんと気持ちよくなってきて……私、ひょっとして淫ら
な女なんでしょうか。
「もっ……と、強く抱いて下さい。もっと強、くっ」
荒い息遣いの合間から絞り出した声で、私は懇願します。まるで自分が自分じゃ
ないみたい。
真悟さんが動きを早めると、私は喉を反らしてぜいぜいと喘ぎながら、全身を電
流のように駆け巡る快感に身をくねらせました。
「真悟さん、大好きです真悟さんっ! 他の誰にも渡したくない」
貪欲に私を求める背中を固く抱きしめて、私は無意識のうちに彼の名を口にして
いました。
彼が私を求めてくれる。私は狂おしいほど彼を求めてる。ううん。彼に狂ってる。
だから、月まで飛べそうなくらい気持ちいいのなんか当たり前。
「真悟さぁぁぁあん!」
どくん、どくん。
自らの胎内に彼の熱さを感じながら、私の意識は白んでいきました。
ご縁は……もう要らないんですよね。いい語呂合わせが思い浮かびません。
結局、賽銭箱には五百円玉が投げ込まれました。
がらんがらん。
ぱん、ぱん。
これでよし。
「琴音ー、何してるの?」
「お祈りです」
言わなくてもわかるでしょうに。
「何の?」
そうそう、それを訊いて欲しかったんです。
「安産祈願です。あ、あと家内安全もです」
すごく自然に微笑みながら私は答えます。
「あら、じゃ俺もお祈りしとこうかな」
真悟さんは私のほうを向いて手を合わせました。
「ボロ神社の神様より、ご利益がありそうだ」
言って、子供のような無邪気な笑顔を私に見せてくれました。
「何を言ってるんですか」
私は溜息をつきながら、やっぱり顔は笑っていました。
――それから
ううん。我が子ながら可愛いです。もうこの可愛さは凶悪の一言に尽きます
ね。
生まれたばかりの娘にお乳をあげながら、私の親バカっぷり炸裂です。
私の指をこーんなにちっちゃい手で握ってくるんですよ? 可愛いのなんの
って。それに私のお乳を飲んでる時の安心しきった顔が……うぅ、たまりませ
ん。ほっぺたをぷにぷにしたくなっちゃいます。
「よく飲むこと、琴音の胸が余計ちっちゃくなるんじゃない?」
軽口を叩く真悟さんを怒る気さえ、どこかに吹っ飛んじゃいますよ。あ、飲
み終わったみたいです。ベビーベッドに寝かせると、すぐにすぅすぅと寝息を
立て始めました。
ぷにぷに……ああ、可愛いっ!!
「あ、ところで真悟さん。『一姫二太郎』って言葉を知ってますか?」
「んん? まあ、知ってるけど。それがどうかした?」
「ふふ……さあ、どうしたんでしょうねえ?」