――もう、駄目かも……
 一人山道を歩く少年、マルク・クラインは傾斜の厳しさと人の手がかかっていない道の険しさに早くも心が折れそうになっていた。『魔術師になりたい』幼い頃からの夢を叶えるため、単身故郷を飛び出したマルクは“真紅の魔女”に弟子入りするためこの山道を登っている。
 “真紅の魔女”ことレティシア・フローネ――魔女という割に可愛らしい名前だ――“白の道士”“蒼の賢者”などと並び称される魔術師だ。彼女に指南されれば一人前の魔術師への道は開けたも同然だ。幸い、マルクは家事には自信がある。身の回りの世話をする、と言って置いて貰おう。
 しかしながら、なんなんだこの山は。こんな辺鄙なところに住むなよ、これだから魔術師は。マルクは心中でぶつぶつと愚痴を零しながら、岩だらけの道を歩いていく。
 足の裏の痛みが耐えがたくなってきたころ、ようやくマルクの目に石造りの建物が見えてきた。大きさこそ大したことはないが、綺麗に磨き上げられ黒光りする建物は、魔女が住むにふさわしいものに思えた。
 戸板の前に立ったマルクは一つ咳払いして、腹の底から声を絞り出した。
「すいませえん!」
 返事はない。何かの研究に没頭しているのかもしれない。マルクの思い描く魔術師というものは、常に何かの研究をしているイメージがあった。
「すいませんっ!」
 もう一度、山中に響かせるつもりで叫ぶと今度は戸板がキィ、と音を立てて開いた。
「んなっ?」
 開いた戸板の向こうに立っていたのは、長身の女性だった。腰まで伸ばした髪は燃え上がる火のように紅く、訝しげにマルクを見据えるどこか眠そうな瞳も、これまた紅く輝いている。“真紅の魔女”とはよく言ったものだ。しかしながら、肌は透き通るように白い。
 首筋から肩、そしてそこから更に下って腰に至るまでのしなやかな曲線は言葉では形容しがたいほどに美しく、神秘的ですらある。両の乳房は大きく、しかしあくまで上品さを失わず。熟女の妖しい色香と生娘のあどけなさを兼ね備えた身体は、芸術だ。数多の芸術家が追い求め、ついに辿り着けなかった美の究極。それがレティシアという女だ。
 ここまでならいい。問題はその美を包み込むものが薄布一枚として“無い”ということだ。
 乳房の先端の尖った乳首や、余分な脂肪など1ミリもついていない下腹部の更に下を男の前に惜しげもなく晒し、恥ずかしげもなく堂々と立っているのだ。
「何だ貴様は?」
 さも鬱陶しそうに発せられた声は、それでも鳥肌が立つほどに高く澄んでいた。
「あ、あの俺……俺、弟子にして欲しク、てですね!」
 明後日の方向を見ながらマルクは、哀れなほどに狼狽した声で言った。
「断る。帰れ」
 にべもなく言い放つレティシア。狼狽している場合ではない。ここで追い返されてしまっては、今までの苦労が台無しだ。
「そ、そこをなんとかっ! 俺、何でもしますから!」
 マルクの懇願に、レティシアは眉をピクリと動かした。紅い目でマルクをじっと見つめる。数秒の沈黙の後、レティシアはくるりと踵を返した。歯を噛み締め、俯くマルク。その頭に「入れ」と声がかけられた。
「ありがとうございます!」
 うってかわって弾ける様な笑顔を見せたマルクは、館へと足を踏み入れた。


 館の中は明るく小奇麗で、およそ今までマルクが思い描いていた魔女のイメージとは似ても似つかぬものだった。窓際に小さい花が置いてあるところなど、そこらの娘と変わらぬではないか。
 「料理が得意だ」と言ったところ、「鶏肉が食べたい」と言ったレティシアのために、マルクは疲労困憊した身体に鞭打って厨房で奮闘していた。
 食材の並んだ棚はおそらく何かしらの術が施してあるのだろう、各種の肉や野菜、さらにはここら内陸部ではなかなか手に入らない魚介類が新鮮なまま保存されていた。
 その不可思議に少なからず驚嘆しながらも、マルクは料理に集中した。なにせこの料理に未来がかかっている、と言っても過言ではないのだ。
 腕によりをかけて作ったメニューを持ってダイニングへ行くと、紅いローブに身を包んだ(服を着てくれるのはありがたかった)レティシアが、切れ長の目でマルクの一挙手一投足に注意を払っていた。
「ど、どうぞ」
 乾いた口で言って、料理を差し出した。
 レティシアはゆっくりそれを口に運び――それだけで一枚の絵画になりそうだった――よく噛んで飲み込んだ。
「どうです?」
 発した声よりも、鼓動音のほうが大きく聞こえる。
「……美味いな」
 レティシアはそう言って、初めて穏やかな微笑を見せた。褒められた喜びと、その笑顔の美しさに眩暈を覚えながらも、マルクは何度も礼を述べた。



 それからすぐに、マルクは風呂に入って寝るように言われた。疲れを考慮してくれたのだろうか。
 とにかく、掴みは上々だ。与えられた部屋のベッドに倒れこむと、すぐに心地よい眠りが訪れた。
 ……
 ………
 …………
 目覚めた時には、月すらも山の陰に隠れた後だった。妙な時間に起きてしまった。マルクは目を閉じ、今度は朝まで眠ろうとした時――
「お目覚めかい?」
 いつのまにか、部屋の片隅にレティシアが悠然と佇んでいた。
「え? レティシア……さん?」
 マルクの困惑などおかまいなしにレティシアはベッドに歩み寄り、躊躇なく真紅のローブを脱ぎ捨てた。
「はぁぁっ?」
 叫ぶマルクの額に、ひんやりした手が置かれた。その途端何も言えなくなり、マルクはますます混乱する。
「少し黙れ」
 耳元で囁かれると、今度は身体の自由さえ奪われてしまった。暴れようにも手足が動かない。
「こういうのは嫌いかな?」
 ――冗談じゃない!
 声には出せないが、レティシアには伝わったようだ。
「諦めろ。魔女の家で貞操を守ろうなど無理な話だ」
 あっさり部屋着を脱がされ、硬く尖った一物が露になった。レティシアは値踏みするようにそれを眺めた。
「可愛い顔の割に、いいものを持ってるじゃないか。いいペットになりそうだ」
 ――ペット?
 はたと思い出した。レティシアは自分を「弟子にする」などとは言っていない。最初からそのつもりでこの館に招きいれたのだ。


 妖艶な笑みを浮かべ、ベッドに乗ったレティシアは、そのままマルクの顔に跨った。毛の生えていない薄桃の陰部を目の前に晒され、ますますマルクの一物がいきり立つ。
「舐めろ」
 その声に逆らおうなどという気は起きなかった。秘裂に下を這わせると、レティシアの身体がピクリと震えた。
 続けて舌を動かし、はっきり蜜が溢れてきたのを確認して秘裂に舌をねじ込んだ。レティシアが喉の奥から声を漏らした。押し入れた舌を膣内で暴れさせ、溢れてくる蜜をわざと音を立てて飲んだ。
「ん……上手いじゃないか」
 湿った声で言い、レティシアは腰をマルクの顔から浮かし、天を向いた肉棒の上へと移動させた。
「それじゃ、頂くとするかな」
 亀頭が入り口に触れ、濡れそぼった肉を掻き分け奥へと進んでいく。声が出せないのは幸いかもしれない。声が出せたなら、情けなくも脳髄を痺れさせる快感に呻いてしまったろう。
「フフッ、全部入ったぞ」
 無数の触手が肉棒全体を撫で回し、締め付け、揉みおろす。今まで味わったことのない快感に、マルクはあっけなく射精した。
「おや?」
 痙攣し、精を放つマルクにレティシアは冷たく微笑んだ。
「情けない、もう達したのか」
 冷笑とともに投げかけられた言葉は、マルクの心に深く突き刺さった。
 一人旅の慰めに、と足を運んだ娼館での初体験でもここまで早く達することはなかったのに……いや、それよりも今、自分の上に跨った女の侮蔑を込めた眼差しだ。
 いくら相手が魔術師とはいえ、マルクは男としての尊厳を踏み躙られた気がしていた。
 ――人が下手に出てりゃふざけやがってこの野郎。


「やれやれ、勝手に気持ちよくなるなんてな。どれ」
 レティシアの言葉と同時に、マルクの身体を縛っていた呪縛が解けた。
「女の悦ばせかたは知っているだろう? せいぜい楽しませてくれよ」
「ええ、頑張らせてもらいますよ」
 繋がったまま上下逆になる。思いがけない復讐のチャンスにマルクは唇を歪めた。
 まずは胸。豊かに膨らんだ乳房を両手で揉みしだく。力を込めるたび、手の中で形を変えていく乳房の感触を存分に楽しむ。柔らかな丘陵の頂上の尖った蕾を優しく摘むと、レティシアは身をくねらせて熱い吐息を漏らした。
「大きいと感度がどうとかって話は聞きますけど、問題ないみたいですね」
 片手で乳房を弄びながら、空いた手を結合部へと持っていく。ぷっくりと充血したクリトリスを指で転がすと、耐え切れなかったかレティシアが盛りのついたネコのような声を出した。
 マルクは耳朶をくすぐるその声に微笑むと、ゆっくり腰を動かし始めた。
 ゆっくり奥まで突き入れ、抜けるギリギリのところまで引き、また押し入れる。
 確認するようにそれを繰り返し、だんだん動きを早めていく。一度射精したのが結果的に幸いしたか、今のマルクには絡みついてくる肉襞の感触を楽しむ余裕さえあった。
 それとは対照的に、腰を打ち付けるたびにレティシアの余裕が失われていく。
ペットだなんだと言った手前、よがり狂うのは彼女のプライドが許さないのだろう、懸命に声を押し殺そうとしているが、強めに突くと艶っぽい声が滲み出る。
「結構、悦んで貰えてるみたいですね」
 意地悪く言うマルク。
「なか、なかやる……じゃ、んっ……ないか」
 強がってはいるが、嬌声混じりではそれも虚しい。
 レティシアの反応を楽しみながらも、マルクのほうも限界が近づいている。見事にくびれた腰を抱き、二度目の絶頂に向け小刻みに腰を動かす。
「また、このまま中に出しますよ!」
 一応言ったものの、レティシアの耳には届いていないようだった。レティシアは激しく身をくねらせながら「イク」を何度も叫び、絶頂を迎えた。
 そしてマルクもまた、絶頂の締め付けに熱くたぎる精を放った。
 神々が総出で創り上げた至高の美に自らの欲望を放つ。その背徳感もスパイスになり、マルクの征服欲を十二分に満たしていく。


 しばらく折り重なって乱れた呼吸を整えた。
「なかなか良かった……お前はいいペットになるよ」
 まだ熱を帯びた声でレティシアが言う。
 その言葉にマルクの自尊心が反応した。マルクは身体を起こすとレティシアの足首を掴んだ。
「良かった、なんてご冗談でしょう? まだまだこれからですよ」
 そのまま両足を顔のほうへやり、背中が丸まって尻が持ち上がるようにする。
「お、おい」
 初めてレティシアが狼狽を露にした。マルクはニヤリと唇の端を持ち上げ言った。
「まだ夜は長いんだ。ゆっくり楽しみましょうよ」
 体重をかけ、硬度を保ったままの肉棒を深く挿入する。レティシアは小さく喉を反らし熱く湿った息を漏らした。上気した頬を撫でて、リズミカルに腰を動かす。一番奥に届く度にレティシアはピクリピクリと身を震わせる。
「可愛いよ、レティシアさん」
「この……ぁ、調子に乗るな!」
 レティシアは歯を剥くが、そんな表情すら可愛らしい。今のマルクにはそう思える。“真紅の魔女”と言えども、ベッドの上では一人の女だ。月にダース単位で娼婦を抱いてきたマルクに御せない相手ではない。
 やや乱暴に腰を動かす。襞が肉棒全体を捉え、更に膣自体が収縮して締め上げてくる。すでに二回出したというのに、またすぐに達してしまいそうだ。
「イきそ……中に出すよ」
 レティシアの返事も待たず、マルクは欲望を爆発させていた。そしてレティシアもまた、甲高い声を上げてその欲望を受け止めた。
 きゅう、と精を飲み干そう、搾り出そうと膣が締まる。その収縮に合わせて肉棒が脈動し、長く射精を続けた。
「はっ、はあ……も、もういい。今夜はもうやめよう」
 レティシアがどこか不安げに言う。が、マルクはかまわず再び腰を動かし始めた。
「あっ! もう、やめようって……」
 マルクは答えず、ただ顔を歪めて乱暴に腰を動かした。


 どれくれいの時が経っただろうか。
 犯し続けられたレティシアの紅い瞳はすでに焦点が合っておらず、意識がはっきりしているかどうかも怪しかった。
「もう……やめてよ……これ以上、ホントにダメ」
 うつぶせに寝たレティシアが蚊の鳴くような声で言う。彼女の下のシーツは汗と涙と涎と、さらに愛液と精液の混ざり合ったものでじっとりと濡れていた。
 上から覆いかぶさり、責め続けるマルクが汗で額に張り付いた赤髪を払ってやった。
「可愛いよ、レティ」
 レティシアは反論しようともせず、ただ押し寄せる快感の波に身を任せていた。
 そして何度目かの絶頂に大きく背を仰け反らせたレティシアは、そのままぐったりとベッドに倒れこんでしまった。
 どうやら気を失ったようだ。
「あらら、やりすぎたかな」
 マルクは腰を引いて秘裂から肉棒を引き抜いた。どろりと、白濁とした液体が漏れ出てきた。
 
 冷静になってみれば洒落にならない。正当防衛(?)とはいえ、“真紅の魔女”にこのような狼藉を働くなんて……十回殺されてもしょうがない。
 ――起きる前に逃げよう。
 なるべく早く、できるだけ遠くへ。彼女の前ではそれすら無意味かもしれないが。
 マルクは大急ぎで服を着ると、館を飛び出した。


「少年、どこへ行ったっ!?」
 ――も、もう追いついてきた!
 館を出てから半刻も経っていない。険しい山道を駆け下りるも、天上の楽器の如き声はどんどん近づいてくる。
 ついに紅い髪が、紅い瞳が、紅いローブを翻し飛んでくるのが――文字通り“飛んで”来るのが――見えた。 紅い鳥はマルクを追い越し、眼前に降り立った。
「何をしている?」
 紅い瞳に見据えられ、マルクの肌が総毛立つ。
「あの、そのっ!」
 ――ああ、俺はここまでか。ちくしょう……最後に極上の女を抱けたのがせめてもの慰めか!
 永遠の向こうにもこれほどの女はいまい。その女の手にかかると思えば、それなりに幸せな最後かもしれない。
 覚悟を決めるマルク。しかし、レティシアは完全に予想外のことを言った。
「館に帰ろう」
 てっきりこの場で焼き尽くされるか八つ裂きにされると思っていたマルクはきょとん、と紅い女の顔を見た。
 白い肌に赤みが差しているのは堪えきれない怒りのせいだろう。
 ――館でゆっくり料理するつもりか。ええい、どうにでもなれ。
 ヤケクソに頷くと、レティシアはどこか安心したような顔を見せた。そこでようやくマルクは違和感を感じた。
「そう言えば名前を聞いていなかったな。お前、名は何と言う?」
「マルク・クライン」
 掠れる声で答えるとレティシアは笑って「そうか」と頷いた。
「知っているとは思うが、私はレティシア・フローネ。よろしくな、マルク」
 反射的に差し出された手を握った。レティシアは満足げに笑った。
「ああ、そうだ。一つ言っておくことがある」
 ついに死刑宣告か、とマルクの緊張が高まる。
「私は、どうやらお前に惚れたようだ」
 ……………………
「はぁっ!?」
 レティシアは頬をほんのり紅く染め、くすぐったそうに続けた。
「いや、先のあれはかなりの屈辱だったのだがな……何故かこう、よくわからんが……とにかくお前に惚れてしまったんだ」
 レティシアは「私はマゾヒストの気があるのかもな」と付け足した。
「というわけだ。お前は魔術を習いたいのだったな、教えてやろう。魔術も含め、私の全てをお前に教えよう」
 マルクはただ呆然として、腕にひしと抱きつく柔らかな温もりを感じていた。

レティシアxマルク2