レティシアxマルク


 隣で眠るレティシアがもぞもぞと動き、マルクは夢の世界から引き戻された。
 夢を惜しいとは思わなかった。どんな世界が眠りの中に広がっていようと、彼女のいる現実に敵うべくもないからだ。
「レティシアさん、朝ですよ」
「ん……」
 ゆっくり開いた瞼。紅い瞳にマルクの顔が映った。
「おはよう……」
「おはようございます、レティシアさん」
 そう言ったマルクの頬をレティシアはぎゅっ、と軽くつねった。
「今はレティって呼べ。“さん”もいらん」
「ああ、悪い」
 謝った後もじっと見つめてくる視線に耐えかねて、「悪かったよ、レティ」と言い直す。
 それを聞いたレティシアは、くすぐったそうに笑った。
 頬を桜色に染める彼女は、とても“真紅の魔女”と畏れられる魔術師とは思えない。
「朝飯、作ってくるよ」
 そう言って、マルクは身を起こそうとしたが、白い手に胸板をそっと押さえられて再びベッドに背中をつけた。
「まだいいだろう? もう少し、このままで」
 甘く囁く声。
 マルクの一物は元気にシーツを押し上げているが、それは朝特有の生理現象なのか、はたまた擦り寄ってくる柔肌のせいなのか……おそらくは後者だ。
 ――昨日あれだけ“した”ってのに。
 自分自身に溜め息が漏れた。
「でも、お腹空いてない?」
「空いた」
 そう答えたが、しがみついてくるレティシアが起き上がる様子はない。
「いっそ、パンでも持って来たら?」
 レティシアの魔力を持ってすれば、台所からパンを念動で運ぶことなど容易い。考え得る限り、最善の方法だ。
 しかしレティシアは首を振った。
「嫌だ。お前の料理がいい」
「ん。なら早いとこ起きようよ」
「嫌だ。もう少しこうしていたい」
 ――やれやれ。
 マルクはさっきよりも深く、今度は隣の女に溜め息をついた。

 レティシアの下に弟子入りして、はや半年。
 その年月は同時に、彼女の“恋人”として過ごした日々でもある。
 それはひとまず置いておくとして、マルクの目下の悩みはこの屋敷での生活だった。
 まず掃除、洗濯などの家事は全て各々の道具が行う(唯一の例外が料理で、これだけはマルクの仕事だ)。そのカラクリは至って単純で、レティシアが念動で動かしているに過ぎない。未だに念動でサインも書けない自分とは比べるのもおこがましい。
 頭ではわかっているのだが、ひとりでに動く様は不気味でならない。
 この手の不可思議は他にもあり、屋敷のランプはよく見ればそれ自体が発光しているし、いつまでも物の傷まない食糧倉庫もそうだ。
 慣れれば快適な生活なのだろうが、10数年培ってきた感性はどうにもここの生活を受け付けない。
 ――魔術師志望のクセして、情けない。
 しかし、何よりも謎なのは他ならぬ屋敷の主人だろう。
 何故、自分なんぞに惚れたのだろう。
 何度か尋ねてみたが、「私自身にもよくわからないな。強いて言えば、そうだな……お前が私と対等に話してくれるから、か」と更にわからなくなる返答ばかりだった。
 聞けば、彼女は長い人生で時たま訪れる弟子入り志願の少年を数多く逆レイプしてきたが、その中で億さずレティシアに立ち向かったのはマルク一人だったとか。本人にしてみれば、単にヤケになっただけなのだが……
「おい、マルク! 何をしている?」
 怒鳴られ、マルクは道具を運んでくるよう言われたことを思い出した。
 ――まあいいさ、俺だって惚れられて悪い気はしねえ。
 なら、それでいい。強引に結論づける。
 彼女もまた「過程など、どうでもいいだろう。とにかく今、私はお前を愛している。それでいいじゃないか」と言ってこの話を終わらせる。
 ――案外、似た者夫婦なのかもな。なんてね。

 言いつけられた道具を持って行くと、レティシアは「遅い」としかめ面で言った。
「すいません、レティシアさん」
 頭を下げ、道具を渡す。ケジメをつける意味で、こういう時はさん付けだ。
「何してるんですか?」
 巨大な壺と睨めっこしているレティシアに尋ねる。
「錬金術だ」
 レティシアは壺から視線を外さず答えた。
「錬金術……」
「聞いたことくらいはあるだろう?」
「まあ、一応。賢者の石とかホムンクルスとか」
 魔術師見習いとして、その程度の知識はある。
「作れるんですか? そういうのって」
「賢者の石はともかく、ホムンクルスは作れる。理論上は、な」
 レティシアは、「作るつもりは無いがね」と付け加えた。
「そりゃまた、どうして?」
 錬金術に手を出した以上、ホムンクルスくらいは作ってみたいというほうが当然の流れに思える。
 レティシアは頬を掻いて、「私の持論だが」と話し始めた。
「命を産み出すというのは、研究心なぞからしてもいいことではないと思う。命を誕生させるというのは、暖かな愛があって初めて許される行為だ」
 紅い瞳は優しげで、しかし憂いを含んだ奇妙な光を放っていた。
「子を産むというのは、何も子孫を残すというだけではないだろう?
 な。そういった命の連鎖の素晴らしさ、その中で生きるお前に今更言うことではなかったかな?」
「そんなことないですよ」
 恥ずかしながら、マルクはこれまでそんなことを真剣に考えたことはなかった。
「ん、そうか……この世に産まれて、その連鎖に加わることができぬやもしれないのは、少し寂しいな」
 言葉だけでなく、紅い瞳の中に確かな寂寥を見て、マルクは自分でも意識しないうちに椅子に座ったレティシアの頭を胸に抱いていた。
 個体として、人間より遥かに優れた種族である彼女らは生殖機能が弱い。以前そう聞かされた。
「……がとう」
 胸の中でポツリと溢れた言葉は、ともすれば泣き声だったかもしれない。マルクは両の腕に力を込めた。
「そんな沈まなくても、できないって決まったわけでもないんだし」
 芸のない慰めと自分でも思う。愚鈍な頭を呪った。
「レティシアさんだって、子供できますって。俺も頑張っちゃうしさ」
 芸どころか品もない。いよいよもって最悪だ。
 続く言葉が見付からずしどろもどろしていると、不意に鼻を軽く摘まれた。
「今はレティと呼べよ」
 顔は見えないが、彼女が笑っている気がした。

 二人の“夜”はいつも長いキスから始まる。
 息の続く限界まで舌と舌を絡め合い、相手の口腔の隅々までを舐め回す濃厚なキス。それを何度も何度も繰り返す。空いた手でお互いの体を抱き締め、愛撫しながら何度も、何度も……
 幾度目かのキスの後、銀の糸を引いて二人の唇が離れた。
「ふっ……はぁ……」
 舌を吸いながら、乳や秘裂を撫で回していたせいですでに彼女は“男”を迎え入れる準備ができている。いつもならこのまま繋がるのだが――
「昼間、あんな話したせいかな……今、自分がすごいことしてるような気がするよ」
 冗談めかしてマルクが言うが、その実ある種の感動を覚えてさえいる。
「すごいこと……まあ、お前がすごいのは夜だけだしな」
「おいおい」
 これまた冗談めかして返すレティシアに、自然な笑いが溢れた。
「せっかくだ。今日はちょっと趣向を変えてみるか?」
「そりゃ構わないけど、どうするの?」
「そうだな……このままじっくりいじり合うか?」
 おそらくは期待のせいだろう、頬を赤らめるレティシアにマルクは言葉ではなく、彼女の股間に手を伸ばして答えた。
「あ……」
 熱っぽい吐息が漏れたのを確認して、まず一本、指を彼女の中に潜らせる。根本まで入れ、ゆっくり引き、抜ける寸前でまた奥まで入れる。それをテンポを早めつつ繰り返し、十分に蜜で濡れてくると更にもう一本、入れる指を増やす。
 中で二本の指を暴れさせ、ついでとばかりにクリトリスを親指で刺激すると、レティシアは悲鳴じみた声を上げて背を反らした。
 空いた手で抱きおこし、体を反転させて背中越しに豊満な乳房を揉みしだく。
 もちろん、下のほうもおろそかにはしない。
「くうぅっ……」
 ビクン、と身を震わせたレティシアから蜜が溢れ、シーツを濡らした。
 息も絶え絶えに痙攣を続ける体をそっと横たえた。
「今度は俺も気持よくして貰いたいなー……なんて」
 駄目で元々、言うだけ言ってみる。レティシアは一瞬怒ったような表情を見せたが、意外にも「どうして欲しい」て訊いてきた。
「じゃ、じゃあその……口で」
 そそり立つ一物を指して言う。
「口で……だと?」
 唇を噛むレティシアに、調子に乗りすぎたかと思ったが、レティシアはおずおずと顔を一物に近付け――
 ――ぺろ。ぎこちなく舌先で舐めた。
 “真紅の魔女”が男の前に跪く。プライドを捨て去ってまでの奉仕に、マルクの興奮は早くも絶頂の高みまで押し上げられた。
「やばっ……出る!」
 耐える間もなく、レティシアの口内で欲望が爆ぜる。
「ん、ぐっ?」
 突然の放出に驚き口を離したレティシアの顔に、白濁液がかかった。
「あ……ご、ごめん」
 レティシアはそれを指で掬い呆けて見ていたが、ふいと舐め取った。
「ちょっ、汚いって」
 レティシアは艶然と微笑んだ。
「おや、お前はいつも汚いものを私の中に出していたのかな」
 意地悪く言われ、マルクは頭をガシガシと掻くほかなかった。

 白い指が尖端を愛しそうに撫でた。
「まだ硬いな」
 上目遣いにマルクの顔を見つめて微笑むレティシア。今すぐに、滅茶苦茶にしてやりたい衝動をすんでのところで堪える。
「レティ、お尻こっちに向けて」
 マルクの意図を理解したレティシアは、彼の顔を跨ぎ逆向きに覆い被さる形になった。
 すでに愛液でグショグショに濡れた秘所に舌を這わす。ぴくん、と震えて快感を受け入れるレティシアの尻を掴み、より一層激しく責め立てる。
 身をくねらせながらもレティシアは、負けじと責め始めた。豐満な胸で一物をすっぽりと包み込んでしごく。
 柔肉に挟まれる刺激は圧倒的なまでに強く、あっという間に再び欲望が硬く尖った。
「また大きく……ふふっ、いつまで持つかな?」
「く……そ、そっちこそ」
 サディスティックな台詞を吐いてはいるが、レティシアの限界が近いのはわかっていた。
 マルクは舌を挿し入れ、中をかき混ぜ、溢れた蜜をすすり、レティシアを高みまで押し上げた。
 喉の奥から絞り出したような声を上げ、レティシアがなだらかな背を反らした。ぴんと張り詰め、ぐったりと脱力する。
 しかし、マルクは責めるのを止めない。
「ぅあっ! マル、クぅ……駄目、もう……早く……」
「『早く』なんだい?」
 意地悪く言う。レティシアが耳まで真っ赤にしたのが見なくともわかる。
「早く……い、入れて」
 マルクはにんまりと笑った。本当なら『入れて下さい』まで言わせたいが、今のところはこれで良しとしよう。実のところ、自分の我慢も限界だ。

 レティシアの体を横に転がし、手早く上体を起こす。一瞬で上下が逆転した。「それじゃ、いきますよ」
 唾液と愛液で濡れた秘所は、抵抗感なく男を受け入れた。だが、膣肉全体が蠢いて肉棒を貪る感触は眩暈がしそうな程だ。
「すげ……気持ちよすぎ」
 すでに蠕動に耐えうるだけの潤滑液は分泌されている。マルクは襞の感触を確かめるように、ゆっくりと腰を動かし始めた。
 くわえ込む――雌が雄を受け入れるのを、そう表現したのはどこの誰だろう。
レティシアは、『くわえ込む』などと生優しくはない。雄を貪り、喰らい尽くす。
そう言ったほうが余程近い。
 マルクはしなやかに伸びた右足を持ち上げ、両手で抱えた。左足に跨り腰を打ち付ける。
「あっ、うぁっ! こ、こんなの……嫌だ」
 あまりに無防備な格好に、レティシアは恥辱の声で抗う。だが彼女は、案外このような本能を刺激するようなセックスを好むのだ。
 ――まったく、“女”としても“雌”としても最高だよ。
 子宮が精子を求め、膣を締めて雄にねだる。『早く貴方の精を下さい。私を貴方で満たして下さい』と。
 マルクは至高の雌に乞われるがまま、がむしゃらに腰を動かした。
「マルクぅ、私また……マルク、マルクッッ!」
 悲鳴じみた声で愛する男の名を叫び、レティシアは登り詰めた。
「レティ――っ!」
 絶頂の締めつけに、マルクもまたレティシアの中で爆ぜた。
 その射精は長く、レティシアの膣も一滴でも多く絞り取ろうと収縮を続ける。
「まだ……まだ出てる……」
 レティシアの表情は、“雌”としての本能を剥き出しにした恍惚に浸っていた。



「ふうっ」
 何度目かの射精を終え、マルクはまさに精根尽き果てて横たわった。
「お疲れ。今日は燃えたな」
 隣に寄り添うレティシアが満足げに微笑む。
 なんとなく、その白い腹を撫でてみた。
「どうした?」
「いや、ここに赤んぼがいるかもしれないんだなって思って」
 レティシアはくすくす笑って、吐息がかかりそうな程に近付いてきた。
「もし、私がお前の子供を孕んだらどう思う?」
 決してありえない“もし”ではない。そう思いたい。
「ん……なんて言うか、やっぱり嬉しいよ。レティは?」
 待ってましたと言わんばかりに、レティシアが答えて言う。
「涙が出る程嬉しい」
 頬をマルクの肩に擦り寄せるレティシア。
「800年生きてきて、こんなに誰かを好きになったのは初めてだ。愛したいと思うし、愛されたいと思う。お前の子を産みたいと思う。ずっと一緒に居たい」
「そ、そりゃどうも」
 よくもまあ、照れもせずに言えるものだ。
「本当だぞ? 私が今まで見てきた男は、ちょっとつまみ食いしたらぷるぷる震えているような意気地無しばかりだった。“真紅の魔女”ではなく、レティシア・フローネとして接してくれたのはお前だけだ 」
「それはあんたが悪いと思うけどな」
 肩に乗った頭が「むう」と唸った。
「お前は私のこと、好きか?」
「言わなきゃわからない?」
 彼女に魅了されない朴念仁がこの世にいるかどうか。非の打ちどころもない美貌も、可愛らしい傲岸さも、時折見せる子供っぽさも全てが愛しい。強気なくせに打たれ弱いところもだ。
「言わなきゃ駄目だ」
 やれやれ、とマルクは深めに息を吸った。
「好きだよ、レティ」
 柔らかな温もりを抱き締める。
「お前に抱かれてると気持ちいい。ずっと、こうしていてくれるか?」
「もちろん」
「ずっと、ずうっとだぞ? 明日も明後日もだぞ?」
「わかってるって」
 両腕に優しく力を込める。
 何度も何度も繰り返し言う「愛してる」を聞き、また言いながら、いつの間にか2人で寄り添い眠った。


レティシアxマルク3