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レティシアxマルク
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レティシアxマルク2
「まっさか“真紅の魔女”ともあろう御方が人間風情に骨抜きにされるとはねえ。驚き通り越して呆れるよ。ええ? レティシアさんよ」
髪を毒々しい紫に染めた女が露骨な侮蔑の眼を向ける。紅い瞳はそれを真正面から受け止め、言葉を返した。
「気味の悪いイソギンチャクもどきと毎夜乳繰り合っているような悪趣味な女には何も言われたくはないな、コニスお嬢ちゃん」
魔道生物学・魔道医学博士コニス・リオール。対するは“真紅の魔女”レティシア・フローネ。いずれ劣らず最高峰の魔術師だ。
今にも火花を散らしそうな二人に圧倒され、こちらは底辺の魔術師であるマルク・クラインはそろそろと部屋を出ようとした。のだが、
「どこへ行くマルク? 大切な話の時くらい、隣に座っていてくれ」
レティシアの懇願――の皮を被った命令に引き止められ、やむなく彼女と椅子を並べた。
「なあ旦那さんよぉ、こんなウマズメのアバズレのバケモノなんかよりは、多少は見た目が悪くたって人間の娘のほうがいいよなぁ?」
「答えなくともいいぞマルク。考え得る限り最も馬鹿らしい質問だ。マルクは私以外の女など視界にも入らんさ」
子供かよ。頭が痛くなってきた。
「レティシアさん、そろそろ本題に――」
「妙な生物に遠慮することはないぞ。いつものように無限の愛情をこめて『レティ』と呼べ」
「…………」
黙したままじっと紅い瞳を見つめると、レティシアは悪戯を叱られた子供のように神妙な面持ちで「済まない。大人気なかった」と謝罪してきた。マルクに向けて、というところに問題がある気がするが。
ふとマルクは鋭い視線を感じた。
コニスが見つめて――いや、睨みつけてきていた。眼差しに込められたのは怒りなのか何なのか。
「ではコニス、本題を話すぞ」
レティシアの言葉にコニスの視線はそちらを向いた。
「あまりお前にこういうことを頼みたくはないのだが……」
事の起こりは数日前に遡る。
「マルク、もっと栄養のつくものを食べよう」
突然のレティシアの言葉に、マルクは何と答えたものか迷った。
どうも最近、彼女の言動は突飛で良くない。
「どうしました? 気分転換?」
「いや。お前には元気な精子を作って貰わんといかんからな」
ああ、そういうことか。
「そんなに気張らなくても……気楽に行きましょうよ」
「気楽にとは言ってもな。もう1年近くになるんだぞ。毎夜毎晩セックスしてるにも関わらずだと、少しは不安にもなるさ」
誰が聞いているわけでもないが、『毎晩セックスしている』などと良く恥ずかしげもなく言えるものだ。むしろ聞いているこっちのほうが恥ずかしい。
「1年くらい種が実らないことなんて、人間の女だってザラですよ」
「しかしな、このまま漫然と過ごしていては何も解決にならんだろう? せめて栄養つけてお前の睾丸が元気になれば、また違ってくるかもしれないじゃないか」
「そういう問題でもないような」
「じゃあ何か? 畑のほうが悪いと言いたいわけか?」
柳眉を逆立てるレティシア。大陸全土と戦力を等しくする魔女の怒りに、しかしマルクは平静を失わなかった。
「俺が、そんなこと言うわけはないでしょう?」
自堕落な女たらし――自他共に認めるろくでなしのマルクだが、愛する女の痛みを間近で見ておきながら理解し得ぬほど愚鈍ではない。
レティシアの怒りが急速に氷点下まで冷えていく。
「済まない……お前に当たってどうなることでも無いのにな」
「いや、あの、そんな……」
一転、がっくりと肩を落とすレティシアに、マルクは気の利いた言葉の一つもかけねばと至高を巡らせる。
「あのえと、そうだ! レティシアさんの知り合いに妊娠しやすくなるような薬とか魔術とか扱ってる人、居ませんか?」
「――!」
レティシアの表情が再度変わる。この上なく不機嫌そうに。
「居ないこともない……だがしかし……」
「え? 何?」
自分では最上の思いつきだったつもりのマルクは混乱した。
「コニスという女が居る。あの女ならあるいは……しかしこいつに物を頼むと言うのは……」
その名を口にするのもおぞましい、と言わんばかりの紹介だった。どうやら不倶戴天の仲らしい。
レティシアは暫し頭を抱えぶつぶつと唸っていたが、意を決して顔を上げた。
「背に腹は変えられないな。忌々しいが、お前との子を成すためならば益体の無いプライドなど綺麗さっぱり捨て去ろう」
「……というわけだ、コニス」
コニスは短く切った紫の髪を指先で弄り、不機嫌さを隠そうともせずに溜息をついた。
「そりゃあ虫が良すぎるってえもんじゃないかい?」
「そ、そんなことは百も承知だ!」
コニスはレティシアの顔を穴が開くほど見つめ、にやりと唇を歪めた。
「跪いてお願いするってんなら考えてやらないこともないぜ?
ああ、念のために言っとくとアタシ以外のやつにゃまず無理な相談だね。そもそも魔道医学なんて酔狂な学問研究するやつが希少種なんだ」
コニスはクク、と喉を鳴らす。
「さあ、どうするよ?」
レティシアは頬を紅潮させたが、拳を紫色になるまで強く握り締め、怒りを喉の奥に押し込んだ。
椅子から下り、歯噛みしながらも床に膝をついた。
「なっ……」
「頼むコニス。頼む」
コニスは目を見開き、レティシアを呆然と見つめた。我に返ったように顔を上げマルクを睨みつけ、それからすぐに椅子から荒々しく立ち上がりくるりと背を向けた。
「わあかったよ! やってやるよ!」
レティシアの顔がぱっと明るくなる。
「恩に着る」
「うるせえっ!」
――1週間くらい検査と製薬に付き合ってもらうからこいつ預かるよ――
そう言い残して、コニスはレティシアを連れて帰っていった。
コニスの研究室は薄暗い。彼女曰く「いかにもって感じでいいだろ?」らしいが、レティシアはどうにも好きになれなかった。やはり根本的にウマが合わない。
「服脱いでそこのベッドに寝な」
言われたとおりレティシアは真紅のローブを脱ぎ去り、美術品のような裸身をさらけ出した。
緊張といった風なものは皆無だった。気に食わない女だが、コニスの腕は認めざるをえない。どれだけ期待しても裏切られることはないだろう。
「手足固定すんぞ。きつかったら我慢しろよ」
ぞんざいな手付きでコニスはベッドにレティシアの手足を×の字に縛りつける。
「固定しなきゃならないようなことなのか?」
「念のためだよ黙ってな」
首だけしか動かせないため何をしているかよくわからないが、音から察するに器具の用意をしているらしい。
「んじゃいくぞ」
ぬるり。総毛立つ感触が内腿を這う。ずるずると付け根を目指し、ついに薄桃の花弁に到達すると遠慮もなしに肉をかきわけ胎内に侵入してきた。
「う……コニス、何だこれは?」
「……」
どういうわけか答えはない。首を動かして下腹部を見ようと試みるが、うまくいかない。ぬめった何かはその間も奥へ奥へと突き進んでくる。
「く、気持ち、悪いな」
一体どのような器具を使っているのだろう? 太い蚯蚓のような……
「――!」
それは唐突に始まった。
最奥まで到達した何かは一度するすると入り口まで戻り、そこから一気に奥へと舞い戻ったのだ。
男に突かれるのとよく似た感触に、レティシアは縛られた身を捩らせる。
「コ、コニス?」
「ああ、何されてるか気になるか? ホラ、見せてやるよ」
もぞもぞとベッドに何者かが這い上がってくる。
数十の蚯蚓が絡まりあったような化物――レティシアが“気味の悪いイソギンチャクもどき”と称した生き物だった。
「こ、こいつは?」
「紹介するよ。あんたの検査に付き合ってくれるヤツだ。名前は、つけてなかったな」
コニスの声を合図に“イソギンチャクもどき”が触手の動きを早める。さらに2本の触手が乳房に伸び、突起に吸い付いた。
「コ、コニス! 何を」
「早速感じてるかい? まあせいぜい楽しんでくれや」
抑揚のない声でコニスは答える。触手は容赦なくレティシアの身体を貪り続ける。声を噛み殺して悦楽に耐えるレティシアを、コニスはどのような面持ちで見つめるのだろう。
「あんたが謝るところ、初めて見たよ」
囁き、コニスはレティシアの上に覆いかぶさってきた。
「あんたが跪くなんてねえ……いっつもお高くとまってたあんたが」
いつの間にやらコニスも服を脱いでいた。一糸纏わぬ二つの女体が重なりあう。
「あんたにそこまでさせる、あの男は何なんだい?」
“イソギンチャクもどき”が引いて行く。代わりに今度は細い指がレティシアの秘所を弄ぶ。
「なあレティシア、アタシはあんたが大嫌いだ。どこをとって完璧で、むかついてしょうがない」
「コニス……」
コニスの小ぶりな乳房と豊かにな膨らみが押し合い形を変える。時折、先端同士が擦れ頭を甘く痺れさせた。
「アタシはね、どこまでも偉そうなあんたが大嫌いなんだ。男に媚びるようなあんたじゃない」
奥歯を噛み締めるコニスに、レティシアは優しく囁きかけた。
「マルクはな、どこまでも偉そうな私を『好きだ」と言ってくれたんだ。だから、駄目だ」
「……どうしても、かい?」
「どうしてもだ」
二人の身体が離れていく。
ベッドを降りたコニスの顔はもう見れない。
「レティシアよ……やっぱあんた、むかつくよ。それとあんたの旦那もな」
――ありがとう、すまない。
レティシアは見えないコニスの泣き顔に、心中で言った。
1週間――長いような短いような時を経て、レティシアは帰ってきた。
「畑のほうはしっかり耕してあるからよ。今夜にでも種蒔きゃぽんっ、だ」
「どうもありがとうございました、コニスさん」
一度舌打ちしてコニスは答えた。
「あーあー、どういたしまして。むかつく野郎同士、せいぜい幸せになってくれや」
連れてきた天馬に跨り、コニスは「じゃあな、クソ夫婦」と別れの挨拶とも捨て台詞ともつかない言葉を残して去っていった。
コニスの姿がすっぽりと夜闇に飲み込まれていく。
「あむ……ん……」
二人はどちらからともなく唇を重ねていた。
舌を絡めて、相手の口内を丹念に舐め回し、唾液を交換し合う濃厚なキスだ。
一筋の糸を残して唇が離れる。
キスの余韻に浸るマルク。その頬を、耳を、首筋をレティシアは舐め、甘噛みする。
『お前は私の物だ』
レティシアはそう言っているのだ。
顔中唾液でベトベトになったマルクに再度キスを求め、白く細い腕ががっしりと捕らえてきた。
キスに応じ、マルクもまた美しい曲線を描く腰を抱き締める。
「んん……マルク……マルクぅ」
しなやかな指がマルクの手首に絡まりその手を自らの秘所へ導いていく。誘われるままにローブの裾をくぐり、花園へと入り込んだ。
ちゅぷ……
久々に味わう唇の甘露に、そこはすでに涎を垂らして“男”を待ち望んでいた。
「マル、くぅ……もう無理だ。ベッドに行くまでだって辛抱ならん」
涙声で訴えるレティシア。下の口も上の口も正直な女だ。
我慢の限界だったのはマルクとて同じだった。レティシアに背を向けさせて屋敷の壁に両手をつけさせる。レティシアも心得たもので、自分から尻を上げてきた。
ローブをたくし上げると、じっとりと濡れた花弁がマルクを待っていた。
そそり立つ剛直を入り口に押し当て、一息に奥まで貫き通す。
「あくぅ、うあっ!」
レティシアが鮮魚のように背を反らせる。小手先の調理など必要ない。本能のままに貪り食うのがこの鮮魚の喰い方だ。
腰骨を掴んで力任せに腰を打ち付ける。ぱん、ぱん。と肉同士が激しくぶつかる音が森中に響いた。
「あう! うあぁ……くぅんっ!」
悲鳴に近い声を上げてレティシアは喰われる悦びに身を震わせる。
太腿を持ち上げて犬が排泄するような格好にさせる。
「あ、おい、ちょっと!」
恥辱に頬を赤らめ、しかし膣はますます悦び、男を揉み下ろし存分にもてなす。肉襞の歓待にマルクは高みへと昇っていく。
もう片方の太腿も持ち上げる。レティシアはマルクの意を悟り、首に手を回してきた。
マルクが掴んだ臀部と、レティシアがすがりつく首と、そして二人の結合部で体重を支える形となる。奥まで味わいつくすにはうってつけの食事法だ。
「ああ、奥っ! 奥まで……」
根元までずっぽり咥え込んで、レティシアが上ずった声で啼く。果たして、喰われているのはどちらなのか。
「レティ……出すよ!」
容赦のない肉壺の貪りにマルクは絶頂まで押し上げられる。
「そう、奥に……一番奥にきて!」
奔流。
迸る生命の種子は神聖な温床へと至る。
「あぁ……」
1週間、溜めに溜めた欲望を残さず吐き出した一物を引き抜く。体位のせいか逆流は起きなかった。
「どれくれい出ただろうな? 全部、私の中に入ってるぞ」
満足そうに息を吐き、しかしレティシアはマルクに抱きついて言う。
「コニスにいい精力剤を貰ったからな。今夜は気が済むまでするぞ」
メインディッシュだと思っていたものが前菜に過ぎないとは。期待していいものか、むしろ恐れるべきか。
――朝。疲れ果て、泥のように横たわる二人は朝食にしようなどという気にもならなかった。
「マルク……」
「何?」
「受精した気分だ」
「何だよそれ?」
苦笑して答えると、レティシアはその顔を掴んで自らの腹部に引き寄せた。
「受精してるぞ。ホラ、わかるだろ?」
「わかんないって」
「いーや、わかる。わかるはずだ」
無茶を言う。
だが、今はわからないが、ここに自分の子供が居ると思うと不思議な気分だった。
――俺が父親かよ。やれやれ。
1年前はこんなことになるなんて思いもしなかった。
最初はただ魔術師になりたくてここを訪れただけだった。それがどうだ。どこでどう捻じ曲がったのか、自分は“真紅の魔女”の旦那として人生を過ごすらしい。その上、父親ときた。
人生設計は大きく狂ったが、それもいい。隣に愛する女が居て、それ以上にあれもこれもと望むほどには強欲でもない。
「レティ」
「何だ?」
言語というのは不自然なものだ。こんな時、ただ一言でしかこの想いを表せないのだから。
「愛してるよ」
「当たり前だ。私だって愛してる」
そう、当たり前だ。至極当然で、最高に幸せなことだ。
「だから何度も言ってるだろう。料理はお前にはまだ早すぎる。包丁といえど万が一ということもあるだろう?」
「だって……だって……」
泣き出した娘に、レティシアはそれ以上叱ることもできずそっと抱き上げた。
「済まない。言い過ぎたな」
優しく頭を撫でてやると、娘はすぐに泣き止んだ。
「だーめだってそれじゃあ」
マルクが呆れて口を挟む。
「叱る時はしっかり叱らなきゃあ。レティってばいっつも口うるさいくせに肝心なところで甘いんだから」
「だって可哀想じゃないか」
さしものレティシアも、愛娘の泣き顔には勝てないらしい。
「おとうさんこそ、いつもシリにしかれてるくせにへんなところでえらそう」
母の腕の中で、娘がぽつりと言う。痛いところをつかれ、マルクは黙り込むほかなかった。
「し、尻に? お前どこでそんな言葉覚えた? コニスか、コニスだな!」
かつては“真紅の魔女”と恐れられた魔術師も、今となってはただの女で、ただの妻で、そしてただの母だ。