キギィィィィィィィィィィィィィィィィィッッッッ!!!!!!!
ゆっくりと黄色のビートルが僕へと近づいてくる。法廷速度の時速50kmぐらいだろうか、だけど僕にはそれはとてもゆっくりと感じられた。
こんなにゆっくりなら避けられるんじゃないか?一瞬そう思って足を動かそうとしてみたけど重く感じ無理だった。つまり思考だけが加速している状態。
どうしてこんなことになったのか、話せばとても短いがバイトから帰る途中道路に飛び出した少年がいたんだ。少年を助けるために身を挺して・・・なんてことならかっこいいのだが、車道に出るときに跨いだガードレールに足を取られて少年ごと転倒。そこへ迫るは軽自動車。
そう、助かるはずだったこの少年まで轢かれてしまう羽目になる所だった。
生来より取った行動が裏目裏目に出る不幸体質だがそのせいで他人まで巻き込むわけには行かない。つーかかっこ悪すぎる!
渾身の力で少年を避けさせたまではよかった。よくやった自分と褒めてやりたがったがやってることはマッチポンプなんだよな。そして僕自身は助からないと来たもんだ。
回想終了。
今頃になって気付いた運転手が慌ててブレーキを踏むのが見て取れたが、もう既に間に合わないことは明白だった。

その日僕は空を舞った。そして、この日から僕の人生は大きく変わってしまったのだ。

空白の空間。全てが真っ白で染まりやがてその中心にディスプレイが浮かび上がってきた。そこに映し出されるのは今までの思い出だ。
親は物心つく頃に亡くし、それから親戚の下を転々とした。厄介者を引き取ってくれただけでも感謝するべきだったが、彼らは親ではないことは明白である幼い頃から一線を引いた付き合いをしてた。
学校でも友達づきあいはあったが親友と呼べる存在はいなかった。恋人もいた時期はあったが、すぐに離れていった。僕自身もそれらを引きとめようとは思わなかった。いつか幸せがやってくると信じてた。信じてたつもりだった。
嗚呼、この期に及んでようやく理解した。僕は孤独だったのだな。
だけどそれを知ったからと言ってどうしようもない。けれど、寂しくて悔しくて情けなくて・・・。
誰かが言った、「人の価値はその人が死んだときに何人泣いてくれるか」だと。希薄な関係しか気付けなかった自分はすぐにその記憶から抜け出して忘れ去られてしまうだろう。泣かれても喜ばれても誰かに僕という人間がこの世に存在したことを覚えていて欲しい。
そうだ、僕は自分のいた証をこの世に残したいんだ!

そして僕は生き返った。証を残すために。


目が覚めたらそこは病院だった。頭には包帯が巻かれていてグワングワンする。看護婦によると一週間は眠っていたらしい。その後医者も来て色々と説明を受けたが、体の方は無傷に近くすぐにでも退院できる状態らしい。ただし、問題は頭の方。
なんでも脳内に損傷があり、いつ悪化するか判らないらしい。手術の成功率も分が悪く例え成功したとしても、それが生存に必ず繋がるとは言えないとのことだった。
まあ有り体に言えば寿命宣告。今の僕はいつ死んでもおかしくはないらしい。
ああ夢で見たのはそういうことだったんだな。
医者は手術を受けるかどうかは早めに決めるといいと言い残した。逆に死期を早めることになりかねない可能性が大きいために判断が難しいのだろう。
本当なら家族に相談すべきとも言っていたが生憎そんなありがたいものはいない。医者にそれを言うと気まずそうな顔をして「すまない」と謝った。
今までならここで逆にこちらこそ申し訳なく思ってしまうのだが、逆に気持ちよかった。きっと、この医者はこの先何かあるごとに今感じた負い目と共に僕を思い出すのだろうと思えたから。
狂ってるのかもしれない。けれどそれはそれで構わないといったところだ。

それからまた一週間。この世に俺がいた証をどうやって残そうか考えてみた。不思議なことに死の恐怖感はなかった。あるのは何も残せない焦燥感だろうか。今のこの生が云わばロスタイムだということを心身共に深く理解していることを実感する。
一つは名を残すという道。何かしら功績なり栄冠を為した人って言うのは後々の人の語り草になるだろう。だけど、今時分の俺にそんな類稀なる能力もなければ地位や権力も無い。
名を残すという考えなら悪名という道も考えたけど、ちゃちい犯罪ではすぐに風化してしまうだろうし、大掛かりな犯罪は功績よりも時間が掛かりそうだということで却下する。なにより、やはり人に嫌われたくは無いというのも人情だったりする。
となると残ったのはもっともポピュラーな手段。
血を残す。
つまりは女性を孕ませこどもを産ませるということだ
たとえ俺が死んだとしても子どもは成長しやがては結婚しまた子どもを為すだろう。
いずれ俺の名など消え失せるだろうが、俺がいた証はその血の中で生き続ける。それはなんて素晴らしいことなんだろうか。生命の神秘ここに極まり!といったところだ。

色々と障害はある。例えば、孕ませただけでは女性は降ろすことができる。そうさせない為には相手に子どもを産みたいと思わせなければならないし、それを納得させるだけの経済力も必要だろう。
レイプしてその後は知ったことかというのも手ではあるのだが確実性を期すためには避けたいところである。
幸い加害者が資産家だったこともあり、口止め料込みで示談金をふんだくった。これを全て母子の生活資金へと回す事にしよう。
どうせその頃には俺は生きていないのだから問題ない。残した人間には辛い生活をさせることにはなるだろうが、そこは僕のエゴを押しとおさせてもらう。
あと、もう一つは産んでくれる女性の問題。
こちらは硬軟で攻めて何とか口説き落とすしかないだろう。さっきも言ったが女性を納得させないと確実性は落ちる。
また、俺の死んだ後に「パパは鬼畜生でママを無理矢理・・・」だとか「ほら、あの子が無理矢理孕ませられて出来た子よ奥さん」とか言われるのは嫌だ。これも俺もエゴだが産まれた子には母と幸せになって欲しい。
例え、それが騙すことになろうとも・・・・。
本来ならその気持ちをまっさきに考えなければいけないんだろうがもう俺には時間がない。
許してくれとは言わないが俺のことを忘れないでくれ


人の気持ちを踏みにじり
     我行かんは孕ませ道
           
              例え鬼畜の諸行なれど
                 全ては子々孫々の幸せのため・・・




君に託す道