プロローグ

第一のターゲットは前園司。
今回の事故の加害者にして資産家のご令嬢だ。
幸いなことに彼女を孕ませることにおいて全くの負い目を感じることは無い。それゆえに子孫繁栄プロジェクト(と命名)が機能できるか試金石の意味合いを持つだろう。
前園司程度孕ませることが出来ないのならば、血を残すことなど一生できないというわけである。

コンコンと病室がノックされる。
いつも通り一時きっかりだ。故に誰が来たか判りきっている。
僕も何時も通り無言で返す。
それから三十秒程してから再びノックされてやっと「どうぞ」と答えるのがいつもやり取りだ。
ドアが開いて入ってきたのはもう初夏だというのに和服を着込んだ女だ。
長い黒髪にそれを結わえる桜色のリボン、紫陽花を彩った明るい色の和服など『お嬢様』と言うにふさわしいだろう。そして当然のことだがやや童顔ではあるが端正な顔立ちをしている。だが、その表情は怯えてるようであった。
「きょ、今日はいい天気ですね?」
それでも無理に笑顔を作り語り掛けてくる。
確かに快晴と言うにふさわしいだろう。だが、僕はそれに返事するわけにはいかない。
「・・・・・・」

「あ、あの今日は林檎を持ってきたんです。すぐに剥きますので」
「ああ」
司は僕が意識が回復したときより毎日こうして世話をするために来ている。
最初は示談などについて大事にしないためにかとも思ったが、数日観察しそうではないとわかった。あえて言うのなら罪の意識だろう。
ご令嬢である彼女なら業者の者にでも頼めばいいしその方が介護されるほうとしても助かる。しかし、罪の意識を軽くするためには自分自身で贖罪しなければいけないということなのだろう。
こういった点から彼女が大切に育てられてきたということが見受けられる。良くも悪くも彼女は素直なのだ。義務感からではなく、心からお詫びするために此処にいる。そして、僕はそこにつけこむのだ!



前園司は器用にうさぎさんカットをしている。そろそろいいだろう、今これよりミッションを発動させる。
「前園さん、もうここへは来ないでください」
「え、痛っ!」
途中ではなしかけたせいで指を切ったようだ。だが、こっちはそんなことで止まってはいられない。文字通り生死が掛かっているのだ。
「正直、貴女が来るのは迷惑なんです。」
「・・・ですが、『助かる』とこの間言ってくれたでは・・・」
確かに、最初のうちは親類縁者の少ない故にプライベートな面でサポートしてくれる彼女の存在はありがたかった。
「社交辞令ですよ。そんなこともわかりませんか?」
「・・・そうですか。」
シュンとなるその姿に動揺する心を無理やりに押し付ける。
もう始まったのだ、今更偽善者ぶるな!
「大体、どんな了見で被害者の前に顔を見せられるって言うんですか?ええ?」
「も、申し訳ありません!謝ってすむ問題ではありませんけど、せめて私に出来ることがあればと・・・」
ああ、そんな汚い病室の床に土下座なんてするから綺麗な服が汚れちゃうざないか。
「そうやって許してもらおうと言う訳か?あーまあそうだ。こっちは明日をも知れぬ身。なら、ここで許してもらわなきゃ目覚めが悪いもんね」
「そ、それは違います!!私は本当に
うん、君が善意から行ってるのは判ってる。
「何が違うって言うんだ!僕が死んでもお前は生き続ける!そしてお前は僕のことをすぐに忘れ、就職して結婚して子供を生んで孫が出来て・・・。そんな光ある人生に影を落とすのが僕の存在さ。
だから、君は僕が生きてる間に許されたいんだ!どうせ長くない命だ、その間少し拘束されるぐらい後々のことを考えると効率がいいだろうな!」
前園司を孕ませるに当たって攻めるべきは罪の意識だ。
今の僕では強姦一つできやしない。彼女自ら身を差し出すように誘導する。
「・・・そんなことを仰らないでください。確かに私は許されないことをしました。ですが、自分の手で未来を摘み取らないで・・・」
「勝手なことをいうなぁぁぁぁぁ!・・・ハァハァ・・・なんだよソレ。殺しかけておいて勝手に死ぬなだなんて・・・・・・うぅぅぅ、死にたくない・・・死にたくない・・・グゥッ・・・ウッ・・・ウッ・・・」
「・・・・・・っ!」
布団に突っ伏して泣くフリをしているうちに本当に涙が出てきた。
「・・・やっと、やっと、怖くなくなったのに・・・あんたを恨んで死んでいけると思ったのに・・・」
「・・・私を恨んで心が軽くなると言うのなら好きなだけ恨んでください。元より覚悟の上です。ですが、決して諦めないで!こんなことを言う権利は私にはありませんが、それが私の願いです。そのためでしたら私はどんなことでもします」
よし。だが慌てるな。最後のツメに入ろう。
グシャグシャと涙に濡れた彼女を見ながらそんなことを考えてる僕は地獄行き決定だな。
「・・・慰めはよしてくれ。そんな出来もしないことを」
さあ、ここが賭けだ。
「いいえ!本気です私は!貴方が望むのならこの身とこの命も思うままです」
「なら・・・一緒に死んでくれ」
「えっ?」
「一人は寂しい・・・死ぬときは一緒にいてくれ。・・・て言ったらどうする?」
「貴方がそれを望むなら。ですが、それまでは必死に生きてください・・・」
「・・・そうか。」
確信した。彼女は本気だ。
「なら、今のはナシだ。その代わり頼みたいことがあるんだ」
「なんでしょうか?私にできることならなんでも・・・」
彼女を立たせて、抱きしめた
「キャッ?!」
「・・・僕のことを忘れないでくれ。死んでも僕という人間がいたことを伝えて欲しい」
司がふわっ僕の頭を胸に抱え込んだ。
「・・・判りました。私は貴方のことを忘れません。魂にまで刻み込み永劫に語り継ぎましょう」
「もう一ついいか?」
「・・・はい、それで貴方の心が癒えるなら」
「・・・・・・」
ドサッと司をベッドに引き倒す。
「僕の子を産め」
「・・・はい。」