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35人目 〜3 居酒屋にてくだが巻かれる。
「さあ、遠慮せずに食べてくれ。」
白衣に身に包んだもさい髭面の男が椅子に座って喋っている。
とは言っても机越しに見るその顔は見慣れた顔ではある。
研究所の主任研究員の山田だ。
和歌葉ちゃんの父親でもある。
俺と山田は月に一度、経過報告もかねてこうして顔を合わせる。
ただ顔を合わせたから何と言う事もない。
ただ食事なんかをしながら喋るだけだ。
そのときの話題も時間もバラバラで、特に意図も感じられない。
世の中で流行っている事だとか、政治の事だとか、テレビ番組の事だとかそんな事を話す。
もさい男同士で話していても特に楽しくも無い話だが山田はそういう下らない事を実に楽しそうに俺に向かって話す。
研究者などと言う者は案外こういう話題に飢えているものなのかもしれない。
今日もテレビのクイズ番組で見たなんとかとかいうアイドルが実に馬鹿でといった話を嬉々として話している。
重ねて言うが、俺と山田は友達でもなんでもない。
公的には精液提供者と政府担当の研究者、私的には和歌葉の父親と娘の恋人(なのか監視員なのか)という関係以外、特に俺達に関連は無い。
恋人の父親かつ現在の俺の給料を払っている男と2人で食事と言うのはなんとも場持ちが悪いものだ。
正直言ってこの時間はそんなに好きではない。
「信じられるか?梅原くん。その娘、現在の首相は?と聞かれて答えられなかったんだ。首相だぞ首相。
まったく最近の子供は新聞も読まないからな。ははははは!」
「はあ・・・」
「なんだ。梅原くん、全然減ってないじゃないか。朝食はパワーの源だぞ。ほら、卵ももっと食え。」
生返事をしていると目ざとく俺の皿の上を眺め回し、自分の皿からふわふわのスクランブルエッグを俺のほうに寄越してくる。
「沢山喰って、沢山出せか。種馬を飼うのも大変なもんだな。」
俺の皮肉に山田はははははは。と大きく身振りを交えながら笑った。
最初に会った時の神経質な学者然とした態度とは大分違う。
細面な顔や姿は変わらないが、最近の山田はどこか自信に溢れているように見える。
「まあそう言うな。梅原君のやっている事はこの日本を救うことだぞ。
昔は日本を救うなんてのは赤穂浪士の時代からそれ即ち死ぬ事だった。
日本人の美学ってのはそういうもんでな。それに比べれば梅原君のなんてのは幸せなもんだろう。
死ぬ必要は無い。まあ死なれちゃ困るんだが。兎に角生きて、精液を提供してくれれば良い。
昔の将軍様みたいなものと考えていればいいさ。」
「将軍もきっと色々考えただろうな。自らの存在意義とか。超悩んだぜきっと。」
はあ、と溜息を吐くと話を変えた方が良いと思ったのだろうか。山田はぽんと手を叩いた。
「おお、そうだ。ニュースがあった。36人目が見つかったんだ。精液発生者の。」
「え、精液出る奴の!?へえー。良かったじゃん。日本?」
精液精液言いながら飯を喰うのも嫌な物だが他に言いようも無い。
さすがにこの件には興味がある。
俺と同じくお前は核弾頭と同じだと言われた不幸な奴は誰だ。会った事も無いのに親近感が湧く。
顔を上げた俺に山田は重々しく頷いてから話はじめた。
「いや昨日韓国政府から打電が来た。我が国でも精液発生者が発見されました。と。
いや文面にまで滲み出るような大喜びぶりだったな。」
「なんだ。日本じゃないのか。・・・へー。韓国ねえ。あ、焼肉食いたいな。締めはカルビクッパで。」
「いや当たり前だがそれはもう聞かんことまでつらつら書くほどの喜びようでな。
精液発生者に関しては我らが英雄と呼ぶ事にし、早速国中に銅像を建てる予定らしい。」
「へぇ、あ、何か判るな。あそこってそういうノリするよな。
こう銅像つっても片手を天に突き上げるみたいな格好の作るんじゃねえ?
本人どうあれ関係ない感じでラオウみたいな超強そうなの。へー。」
「ただこれは梅原君だから話すんだがな。少し問題もあるらしい。」
「ん?問題?」
「アメリカの諜報機関からの情報だから確かだと思う。その男、李なんとかとかいう男らしいが、ある宗教団体に所属していてな。」
「うん。」
「こう、なんていうのかな。私には理解しがたいのだが・・・。
その、将来の妻以外の女にはけして指も触れぬという誓いを立てているらしい。」
「……あちゃー。」
「韓国政府が今、手厚く保護しているらしいが、一穴主義の上に人工授精だとかそういった自然に反する行いには断固反対。
女をあてがうどころか精液の提供なんて事をさせた日には自殺しかねん勢いらしい。」
「あー、そういう所難しいからな。宗教。
人の心ってのは他人に強制されてどうこうなるものじゃないしなぁ。
その男の言う事も判るわー。あーなんか判っちゃうなそういうの。」
「その点我らが梅原君は違う。と昨日は皆で胸を撫で下ろした次第さ。」
「こう親近感湧いちゃうよな。きっとそいつも急に連れ去られてさ、・・・何か俺の事馬鹿にしてるだろ。オイ。」
「まあ、国家の一大事だ。向うもどうにかするんだろうけどな。」
「オイ聞いてる?なああんた。別にな、俺はお前らに言われたからしかたなくやってるだけでだな。オイ。オイって。」
この野郎締め上げてやる。と俺が立ち上がったその瞬間に部屋の扉が開いた。
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「あれ、梅原さん、とお父さん。」
「和歌葉ちゃん。」
にゅっと顔を突き入れてきたのは今現在俺の恋人である所の和歌葉ちゃんだった。
肩まで切りそろえた髪に凛とした雰囲気の清廉な感じのする可愛らしい美少女だ。
ちょっとアヒル口ぎみな所が真面目な顔をしていても少し笑っているように見えて
全体として凛とした顔立ちの中に愛嬌を加えている。
今日は紅葉のように赤いブラウスを着ている。
それに紺色のスカートを合わせている所が高校生の制服を着崩しているようで似合って見えた。
もさい男と2人きりと違って和歌葉ちゃんが入ってきただけで一風清涼な風が吹いたように感じるから不思議だ。
「お父さん会議は?」
和歌葉ちゃんは上半身だけを扉から入れるようにして声を掛けてきた。
和歌葉ちゃんは普段はここで山田の秘書のような事をしている。
娘を秘書にとはなんだか私物化と言ってもいいような気もするが、
山田にはそれだけこの組織で力があるという事なのだろう。
「ああ、忘れてた。くそ。どこだ。」
「5階の左。」
「キャンセルできないのか。」
「出来る訳無いでしょ。皆もう待ってるんだからね。」
「ああっ。仕方ないな。」
山田が立ち上がる。と同時にぴょんと和歌葉が部屋に入ってきた。
とてとてと俺の横に来るとポケットから菓子パンを取り出してきた。
「お父さんは会議室に早く行って。私はここで梅原さんとご飯食べるんだから。」
俺の顔を見て少し舌を出して笑う。
俺のこのような事情にも拘らず、和歌葉ちゃんはごく普通の男女交際を心がけてくれている。
清い男女交際と言う奴だ。週に3度はご飯を作りに来てくれ、食事をして帰る。
無論監視員は付いているのだろうが時には2人でどこかに買い物や遊びに行ったりもする。
この和歌葉ちゃんの存在に俺は随分助けられていた。
一生かかっても買えない様なマンションをあてがわれ、衣食住に不便は無い。
監視は付いているのだろうが、俺に意識させるような事も無い。
プライバシーにも極力配慮してくれているのがわかる。
それどころか精液を出す為に週に3度は優子さんを抱ける。
抱けるどころか好きなように思うが侭にする事が出来る。
人妻とはいえ全エージェントの中で一番という美人だ。
グラビアアイドル顔負けの身体に知的でもある24歳の年上の美女なんて
本来であれば俺なんか目も引っ掛けてもらえないだろう。
なんら問題の無い生活といえる。パラダイスと言っても良いかもしれない。
これは金持ちがいくら金を稼いでも気持ちが満たされないといったような問題だろうか?
それとも中学生の小娘のように環境の変化が不安なの。私うまくやっていけるかしら。といったような問題?
我侭を言うな。生きていられるどころか何不自由無いじゃないか。
それでもやはり不安は心の奥にけして小さくなく存在していた。
全世界で35人、いや36人しかいない存在。
日本だって相当広い。その中に俺は1人しかいないのだ。
核弾頭よりナイーブな存在?テロにあうかもしれない可能性?
今までの俺が感じる必要も無かった恐怖。
そして何より一生監視され、見張られる圧迫感。
「おい、ちょっと見てみろよ。」
俺が確実に仕掛けられているだろう部屋の中のカメラを探せば俺を見ている奴はコーヒーでも飲みながらこう言うだろう。
「やれやれ、外したって又つけるだけなのにな。」
俺が何をしてもハムスターが籠を逃げ出す度にやるようにひょいと摘んで籠に戻しておしまい。だ。
彼女はそういった事を俺に忘れさせてくれた。
一緒に食事をし、無防備に笑い(時には仕事場の悪口さえ言いながら)、一緒にテレビを見た。
確実に盗聴されているだろう電話でこっちが慌てる位プライベートな話をしてきた。
監視されているのを知らない?盗聴器が無いと思っている?
そんな筈は無い。彼女の父はこの計画の実質的な責任者で彼女はその計画にどっぷりと首まで浸かっているはずだ。
それなのに彼女はごく普通に俺に付き合ってくれる。
俺が普通の人間と何も変わらないように。
それも仕事出でじゃない。俺の事を慕ってくれているのが見て判るだけにいじらしい。
彼女は俺の事情を知った上で、俺の事を想ってくれている。
そんな彼女の態度に俺がどれだけ救われているかきっと彼女自身にも判っていないだろう。。
「あのね、ディズニーランドのチケットがですね。あるんです。」
菓子パンの袋を開けながら和歌葉が口を開く。
そう、こういう事だ。
これこそが分不相応な幸せなのかもしれない。
隣に座った和歌葉に返事をしようとしたその時、ドアから出て行こうとしていた山田が振り返った。
「ああ、そうだ。言ってなかったな。」
「うわ。まだ行ってなかったんだ。」
「言い忘れる所だった。」
下半身をドアの外に出し、上半身だけを室内に残した形で山田はそうそう。と言いながら振り返った。
別段もさい髭面の男がそうした所で一風清涼な風は室内に吹かない。
「あに?ほうはん」
和歌葉ちゃんが菓子パンを咥えたまま山田に声を掛ける。
山田は和歌葉ちゃんの方には視線をやらず、俺をじっと見つめた。
「優子君だがな。」
山田の言葉にぴくりと隣の和歌葉ちゃんが震えた。
「優子さん?どうかしたの?」
和歌葉ちゃんがいないところで言えばいいものをとは思うが、
山田にとってみれば和歌葉ちゃんは計画の一員だ。
気にも留めていないのだろう。
山田は俺の言葉に一度頷くと言葉を続けた。
「昨日の検査で判った。妊娠したぞ。」
「・・・は?」
「梅原君、膣内に射精しただろう。この前。どんぴしゃだ。」
「・・・は?」
何で知っている。と言いかけて何を馬鹿な事をと思い返した。知っているに決まっている。
「人工授精では君の精液に授精させる力がある事は判っていたが、
実際自然な形で妊娠させる能力もあると実証できたと言う訳だ。
君の子供に正常な精液を作る能力があるかどうかはこれからの最優先研究課題だが、
人工授精と自然な妊娠との違いがあるかどうかも今後のテーマだな。
これまでは膣内射精は精液の無駄と思っていたが今後は考え直す必要もあるかもしれん。」
「・・・えーと。」
「いや寧ろ自然な妊娠の機会を増やす事も考えるべきか・・・。
まあいい、私としては君の能力が実証されて嬉しく思っている。おめでとう。
優子君に関してだが、君の相手は難しいだろうが
君が嫌でなければ君のカウンセリングと言う形で訪問は続けさせようと思っている。
和歌葉以外にも事情を判っている友人は君にも必要だろうし、彼女はカウンセリングの資格も持っている。
実際優子君や和歌葉と会った日の君は穏やかで心拍数も落ち着いており、眠りも深いという事だからな。」
そこまで監視してるのは知らなかったぞ。という言葉を飲み込んだ。
パニックだった。妊娠?俺の子供?
何がだ?何を言っている?
何を言っていいか判らなくて、それでも何かが口から出る事を期待して口を開いた。
「・・・え、なんだ。いや、それ、いや、何?そ、それは俺の子?優子さんに出来たのがお、俺の子って事?」
「はっはっは。なかなか面白い冗談だ。センスあるな。」
はっはっはと笑いながら俺を指さすと山田は扉を閉じた。
高い車っていうのは何が違うか判るだろうか?
時速300Km出るスピード?それとも車体の頑丈さ?それとも最新鋭の電子機器?
俺もこの立場になるまではそういう物だと思っていた。
一目で判るような洒落た外観に最新鋭のカーナビ。
シートは皮張りでアクセルを吹かせばものの数秒で時速100Kmまで加速。
しかもオプションでバックする時にはカーナビにバックカメラが写るって奴だ。
この車はそういうマジでカッコいい奴とは大分違う。
外観ももさいし、カーナビは付いていないし、多分300Kmもスピードは出ない。
でも間違いなくこの車は高級だ。
ビロードに包まれた広々とした車内。
後部座席と運転席は分厚いガラスで区切られていて後部座席側からカーテンを引く事も可能。
窓はフルスモークで包まれていて外からは見えないし、それでも不安なら付いているカーテンを閉めればいい。
プライバシーはばっちりと守られる。
ソファーは体が沈み込む位に柔らかくて座ったまま脚を前方に思い切り投げ出しても前の座席に足なんて付かない。
エアコンに空気清浄機。小型の製造庫とテレビ。なんかやたらといろんな方向から流れてくる音楽。
それだけじゃない。
乗り心地は柔らかくて、運転手が少し気をつけるだけでタイヤが地面を擦る音も聞こえない。
その効果たるや一度カーテンを閉めてしまえば正直乗っていて動いているのか止まっているのか良く判らなくなる位だ。
その上フルスモークのガラスはライフル弾を止めるって話だし
車体は頑丈かつ特殊なタイヤを付けていて噂じゃ戦車用の地雷でも止まらないらしい。
そう。
高い車ってのは運転席に乗るものじゃない。後部座席に乗るものって訳だ。
高い車と聞いて運転席の事を考えてた人は即ちその時点で高い車ってものから離れていたって訳だ。
こういう事は結構ある。
認識の差、勘所の差。
成金と小金持ちの差という奴だろうか。
あるいは大人と子供の差。
男と女の差。
ここが勘所と考えて、でもその場所がお互いで全然違うって奴だ。
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「んっ・・・すごい・・硬い・・・」
車内のソファに深々と座った俺の股間の前で、跪いた優子さんが悩ましく上下に首を振っている。
左手で俺のモノの根元を優しく握り、裏筋部分に少しだけ力を入れて上下に動き、
温かい口の中では舌が俺のカリ首をなぞりながら唇で扱き上げてくる。
いわゆる、判っている動き。腰の辺りにじんわりと追い込まれるような快感が溜まってくる。
音も下品には立てない。
優子さんの口の中で俺のモノは温かい温泉にでも浸かっているみたいに包まれているけれど、
優子さんが上下に首を振る度に立てられる音はくちゅ、くちゅといった程度だ。
しかし、かといって口の中の舌先は大人しくしている訳ではない。
優子さんの柔らかい舌先は俺のカリ首の周りで忙しなく纏わり付いてきてひっきりなしに俺に快感を与えてくる。
時々亀頭の先端を責める時だけ唇をすぼめて口を離す。
その時だけ優子さんの唇からぽん、ともずちゅ、とも言えない濡れた音が響く。
俺がこうやって時折音を立てられるのを好きだっていう事を知っているからだろう。
下品に音は立てずあくまで静かに、それでいて時には男を喜ばすかのようにちょっとあからさまな音と仕草で責めてくる。
運転席と後部座席との仕切りにはカーテンが引かれている。
運転手はいつも決まっている。どこかの警察署の人間で柔道は赤帯だとかいう噂の角刈りの四角い顔をした大男だ。
年齢は40歳位で殆ど何も喋らない。
山田曰く小さめのヒグマ位なら素手で倒すそうだ。
まあ冗談だろうが。
「んっ・・もう少し?」
左手でカリの根元を激しく扱き上げながらぺろぺろと亀頭に舌を這わせていた優子さんが上目遣いで俺にそう聞いてくる。
と、俺の返事を待たずに亀頭部分だけをぱくりと口に含んで唾を塗して吸うようにしてくる。
良く判ってらっしゃる。もう我慢できません。ちょうど爆発寸前です。
優子さんに頷くと優子さんはゆっくりと目を閉じて首の角度を変える。
優子さんが思い切り直角にいきり立っている俺のものに真上から被さる角度に身体を持ち上げると、
上半身が座っている俺の股間にぴったりと密着され、釣鐘型の乳房が俺のものを挟み込むような形になる。
その格好のまま優子さんは首を曲げ、真上からゆっくりと奥まで飲み込むように顔を沈み込ませ、
唇で締め付けるようにしながらゆっくりと俺の根元まで咥え込んでくる。
その上その間、優子さんは唾液を塗された舌で俺のものの裏筋を擦って啜り上げるように動いてくる。
根元まで咥え込むと優子さんは今度は上へと首を動かす。
ゆっくりと首を廻し、扱くように、まるで俺のものを絞るように上下に動く。
俺のものがねっとりと温かい唾液で包まれ、唇で締め付けられてまるで優子さんの中で扱きあげられているような感触を俺の脳天へと与えてくる。
俺のもの全体に破裂しそうな快美感を与えてくるその動きは
先程までの責めで敏感になりきった俺のものに最後のとどめになる。
「んっ・・・んっ・・・」
さすがに辛いのだろう。根元まで入れる度に優子さんの眉が顰んで、顔が紅潮するのが見える。
ちょっとやそっとの美人じゃない優子さんの上気した顔を見ながら、限界が訪れる。
「いく、いくよ優子さん。」
どっと弾ける一瞬前にそう言うと、上ずった俺の声にん。と頷いて思い切り口の中を俺のものを絞るように狭める。
それが合図となって俺の限界が訪れる。
腰を少し突き上げ、恥知らずな一撃と言っても良い位の勢いで思い切り優子さんの口内に放つ。
思い切り射精したその瞬間、根元まで咥えていた優子さんは俺のカリ首部分まで唇を後退させてそれを口内で受け止めた。
どく、どくと6回位に分かれて精液が俺の先端からびゅるびゅると優子さんの口内に入っていく。
どく、どくと精液を押し出す動きの一回毎に信じられない位の快感が脳天で弾ける。
ぶるぶるっと体が震える位の会心の射精から来る肉体的な快感と、
優子さんの口の中の隅々までを俺の精液で汚していく精神的な征服感。
俺の欲望を全て受け止める温かいジェルのような優子さんの口内。
至福の瞬間。
「んっ・・・んんんっ・・・」
それだけじゃ終らない。
そこから大体30秒から1分。
優子さんは快感からくすぐったさに変わる丁度その境目位までの時間。
俺の精液塗れであろう口内でゆっくりと掃除でもするように舌を使って俺のカリ首を嘗め回して、
それからちゅっと音を立てて唇を離す。
射精終了。
そこからは忙しい。
優子さんが足元に置いておいた500ml用のペッドボトルを少し小さくした感じの大きさの
銀色の硬い金属製の採取用ケースを手に持って、
両手を使ってそのヘッドに付いている開閉口の密封栓をパキンと外す。
真空だったケース内に空気が入るプシュッという湿った音と共にキットの口が開く。
ピッという音と共に採取ケース上のランプが黄色から緑色のランプを灯した事を確認してから
優子さんは重厚な金属製のキットを上から覗き込むようにして口元に当てる。
見ないで。というように優子さんが俺に視線を上げてからキットの入り口の上で信じられない位艶やかな唇を開く。
その唇から今さっき俺が思い切り放った精液がとろりと垂れてキットの中に吸い込まれていく。
ちょっとこちらが恥ずかしくなる位に濃い精液が優子さんの唇から唾液と混ざってどろ、どろとキットに落ちていく。
射精後の気だるさでぼんやりとソファに沈み込みながらその様子を眺めていると優子さんが唇から俺の精液を垂らしながら俺を睨んでくる。
見るな。と言う事だろう。
優子さんは口に出した後のこの動作を見られるのをとても嫌がる。
が、そんな怒ったような仕草までが色っぽい。
そう、そんな時でも優子さんは見れば見るほどやたらと美人だ。
いつもはシャープで優しげな猫を思わせるような優子さんだが、
こういう時は少しだけ目尻が下がって甘い顔つきになり、上半身は上気して更に柔らかい印象に見せている。
かといってエージェントらしいその知性を感じる眼差しは少しも損なわれていない。
「んっ・・・ぷっ・・・」
優子さんが俺の精液の全てをキットに流し込むべく、唾を溜めてキットに垂らす。
華奢な身体に不釣合いな大きさの乳房が揺れる。
そう。その上顔だけじゃない。人妻で、スタイルが良くて、おっぱいが大きい。
「んんっ・・・見たら駄目って言ってるのに。これ恥ずかしいんだから・・・」
最後の一雫までキットに垂らした後、優子さんが採取用ケースの開閉口を閉じる。
優子さんの手の中のケース上のランプが緑から赤に変化し、
シューッという音と共に空気が排出され、採取用ケース本体の温度が冷えていく。
それを車内に備え付けている箱に入れた後、優子さんは恨みがましい目をして俺の方を見た。
「ちゃんと全部キットに出してるか監視しないとね。」
俺がそう言うと、優子さんは赤くなって慌てたようにそっぽを向いた。
「ちょ、ば、バカ。」
「この前は半分位飲んでたからね。今日は全部出した?」
優子さんが耳まで赤くしながっら首を振る。
「ぜ、全部出したに決まってる!こ、この前のは・・・」
「明らかにわざと飲んでたよね。しかもこっそり。」
「わ、わーわー!ば、バカ。駄目だって!嘘!そんなの嘘!」
慌てて俺の口を塞ごうとしてくる優子さんを抱きとめる。
その勢いでスリムなくせに釣鐘型のけしからん胸をゆっくりと掴む。
優子さんは上半身裸、下半身はエージェントの制服姿だ。
フェラチオの際は上半身は裸。胸は悪戯し放題。基本です。
この男の夢は皆に判ってもらえることと思う。
まあ時には半脱ぎとかも良いけれど。
「この前もそういえば山田が、優子さんの唾液が入っている奴は俺の精液が少ない気がするって・・・」
「わー!嘘!そんなの嘘だって!ばかっ!」
揉み上げる俺の手も気にせず俺の口を塞いでくる。
手に余る釣鐘型の胸をむにむにと楽しみながら優子さんの耳元に口を近づけた。
「ちょっと残ってるかもしれないけどどうする?」
「そんなっ嘘ばっかり言って!私・・・え?…」
俺の言葉を理解するなり優子さんは口をつぐんだ。
俺の口を塞いでいた手が落ちて胸に掛かる。
「………」
「綺麗にする?」
びくんと背が反る。
「ほら、終った後の後始末。」
胸に掛かった手がぎゅうと握られる。
そう、そして優子さんはその上Mっ子だ。
ソファーの背もたれにどかりと背を落とし反り返る。
「全部綺麗にしないとね。優子さん。」
「ん・・ああ・・・」
優子さんが吐息を漏らす。
別にこれは優子さんを虐めている訳ではない。
虐めているんだけど。
いや、そうじゃなくてね。
俺がフィニッシュの時上から吸い込みながらされるのが良いとか
余り音を立てずに(でも時にはあの下品な音もあり)してもらうのが好きとか
そういうのと一緒。
優子さんの好みに合わせてって奴だ。
「ぅ・・・その・・・」
これもその一つ。別に言わなくてもやってくれるんだけれど。
「ほら、優子さんの唾液と俺の精液で汚れてるだろ?優子さんが汚したんだからな。
早く綺麗にするんだ。優子さん。」
まあ、言うとその、熱心さが違うというか。
「…・・・はい…綺麗に、するね。」
ゆっくりとまた俺の股間に優子さんが顔を下ろしていく。
今度は後始末だからいきなり咥えたりはしない。
優子さんの唾液と俺の射精でべたついた俺のものをゆっくりと子犬のようにチロチロと舐めていく。
汚れたそれを丹念に舐め取っていく。
けして強制してさせられているといった感じのしない献身的で柔らかな舌の動き。
重力に従って揺れる乳房を持ち上げるようにするとシルクで出来た風船を触るような、
えもいわれぬ柔らかい感触が手の平に伝わる。
そのまま手の平を動かすと優子さんは嫌がるどころかやや俺に押し付けてきているようにも思われる動きすらしながら俺に乳房を触られている。
そう。めちゃめちゃ男を興奮させる優子さんのおっぱい。
そして。
その下にある鍛えられ無駄な贅肉の一つ無い、すらっとした真っ白なお腹を見ながら俺は考えた。
ここにいるんだ。
今日言わなければならないと思っていた事を、考えていた事を快感に疼く頭で思い返す。
そう、今日俺は優子さんに伝えなければいけない事があった。
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そう。俺は今まで考えて無かったのだ。
今俺に覆いかぶさるようにしている裕子さんのこの真っ白なお腹。
鍛えられているからか、すらりとしていてそれでいて柔らかい肌触りのその部分。
その意味を。
まだ大きくはなっていないすらっとしたお腹。
今までと全く同じに見える。
でも優子さんのこのお腹には俺の子供がいる。
俺と優子さんの子供がいる。
男の子か女の子かは判らないけれどこの、優子さんのお腹の中に俺の子供がいるのだ。
山田から優子さんが妊娠したと聞いてからずっと俺は考えていた。
そう。ずっと俺が今まで考えもしなかった事を考えていた。
一番考えなければいけなかったのに、それなのに微塵も考えていなかった事。
俺はどうあるべきなのか。という疑問。
俺は何をすべきなのか。という疑問。
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俺が何をしているのかという事。
どうしてこういう事になっているのかという事。
俺の行動がどういう結果に結びつくのかという事。
12歳の女子中学生じゃあるまいし俺の精液がどう使われるのか知識として知らなかったわけじゃない。
この金属製のキットに収められた俺の精液は別段しまいこまれて博物館に飾られる為にある訳じゃない。
詳しい事は判らないし教えてももらえないが、研究所でそれは実験材料とされ、
そして何処かの誰かの卵子と組み合わされ、そして授精したその卵子は誰かの母体へと
戻され、育ち、誰かが産まれる。
試験管ベイビーという奴だ。
その産まれた子は俺と、その卵子の持ち主の子な訳だ。
何人くらいかは知らないけれど日本国内で、
いや輸出された先の国でも現在現在進行形で俺の精液を使ってそれは行われている。
誰が俺の精子で妊娠するのか、産まれた子供がどうなるのか。
俺の精液が俺から出て行った後にどういう風になっているのか、それすら俺は知らない。
希望者が妊娠するのか?
子供はその夫婦の養子に行くのか。
今後国内で産まれて来る子供は他の精液発生者が見つからない限りはその殆どが俺と誰かの子供なのだ。
例外は輸入した精液で産まれる子供だけだ。
それ以外は全て俺の精液が元だ。
つまり、俺の子供だ。
勿論その事自身は知識として判っていた。
精液発生者とはそういう事で、俺が出した精液はそうやって使われるものなのだ。
俺の作った精液で誰かが妊娠し、そして子供が産まれる。
それなのに俺は何も考えず、何も知らない振りをしていた。
勿論世界に36人しかいないという精液発生者だ。
その精液がそう使われるのは当たり前だし、そうであるべきだ。
山田の言葉じゃないがどれだけ神の摂理に反しようが情が無くシステマティックだろうが
人口を増やさねば人類は滅びる。
精液発生者の精液は一滴たりとも無駄には出来ず、
そして一滴たりとも無駄にせずに使ったとしてもそれは焼け石に水でしかないのだ。
だから俺の精液だって一滴も無駄には出来ず、
それを使って何処かの誰かが妊娠し、そして子供が産まれる。
焼け石に水でも日本の人口を増やす為に。世界の人口を増やす為に。
そんな事は判っている。俺はその仕組みの一番上流の歯車の一つというだけだ。
無いと動かなくて困るかもしれないけれど、決して中心ではない歯車のひとつ。
でもそんな言い訳は置いておいて。
俺は何も考えてなかったのだ。
山田から聞いた後、ずっと考えて。
そして今目の前の優子さんを見て、やっぱり今まで俺は全く判っていなかったのだとそう思う。
優子さんのお腹には、俺の子供がいるのだ。
上手く言えないけれど、俺は全然判っていなかった事だけは判る。
優子さんのお腹の中に、俺の子供がいるのだ。
子供を作るなんて事は今まで考えた事も無かった。
精液正常保持者と判る前は尚更だ。
5〜6年前に流行った世界中の男から精液を奪い取ったこの病気があったから考えなかったって事じゃない。
大部分の大学生と同じで、俺はSEXと子供っていうのを繋げて考えた事なんて一度も無かったのだ。
そして俺は自分が精液正常保持者だって判ったのにも関わらずそれでも全然考えようとしなかったのだ。
この病気が流行る前までのドラマや漫画でこういう描写がある。
「私・・・・出来ちゃったみたい。」
今だったら国を挙げての大騒ぎになるが、ドラマや漫画では相手の男だけが困る。
薄笑いを浮かべて困ったな・・なんて事になる。
薄笑いだけじゃなく、その顔には恐怖の色すらあったりする。
俺も同じで、そういう男だったって事だ。
この病気が無くて、そしてそういう立場になれば。
その時は和歌葉ちゃんや優子さんと会うことも無かったけれど、
もし誰か付き合っている女の子にそう言われたら俺は困惑してそして恐怖したのかもしれないと思う。
いやそうだっただろう。
どうしただろうか。
この病気が無い世界だったら。
普通の大学生で、相手が妊娠して。
俺はどうしただろうか。
「堕胎してくれ。」
そう言っただろうか。それとも逃げただろうか。
それとも。
この2,3日ずっと考えていた、
この世界には俺の精液で妊娠した人がいて、これからする人がいて。
そして俺はいろんな事情があるにしても、それでも。
その産まれて来る子供は俺の子供なんだ。
目の前にいる優子さんのお腹にいるのも、俺の子供だ。
法律的には違う。
俺の精液は法律的にすでに俺の物では無くなっている。
この前の国会で精液正常保持者の精液は体から出た時点で個人のものではなく国家のものとなるよう法律は改正されたし
当然そこから産まれた子と精液保持者の間に親子関係は無い。
ああ、そうじゃなくて。
俺の言いたい事はそういう事じゃなくて。
そういう事じゃなくて。
俺は卑怯者なんあないだろうか。
そうかもしれない。
人妻である優子さんを綺麗で性格が良いからって自分の地位を利用して抱いた。
それどころか精液を出すっていう理由の為にその後も何回も性欲の捌け口とした。
そのうえ和歌葉ちゃんにも甘えて優しくしてもらっている。
国から与えられたセキュリティーは完全な豪華なマンションに住んで、
こんな高級な車に乗っている。
卑怯者といえばこれ以上無い卑怯者だ。
この2,3日ずっと考えていた。
そう。俺は卑怯者なのだ。
俺は卑怯者で、流されるばかりのバカだ。
何も出来ず、正常な精液が出るだけが取柄で、そしてそれを垂れ流して生きるだけの男だ。
世界の為に。日本の為に必要な事?
そんな事は関係ない。
そんなのは山田が考えれば良い事で、俺はそういう事を言っているんじゃない。
精液を出すだけが取り得の男。
それでいいのか?
卑怯と言えばこれ以上の卑怯は無い。
ハーレムを作った将軍だって王様だって政治的には責任を負っていたんだ。
俺にはそれすらなくて精液だけ。
責任も無く精液をばら撒いて生きていくだけの男だ。
そこまで考えが至った時、俺は自分に我慢がならなくなった。
日本に、世界に精液をばら撒いて何の責任も取らず、
その意味も判らず生きているだけの卑怯者。
そんなものにはなりたくはなかった。
俺は卑怯者で流されるだけのバカかもしれない。
でも俺はそうはありたくは無かった。
もし俺がそんな存在なら、自分の精液がどこでどうされてるか考えもせず、
そして自分の子供がどうあるかも知ろうとしないバカって事なら。
それは卑怯でバカってだけの事じゃない。
自分で自分の責任が取れないゲス野郎だ。
仕方がない部分もある事は判っている。
だって俺の精液で沢山の子供が生まれなければいけないし、それはどうしようもない事だからだ。
この前聞いたどこかの国の奴みたいに嫌だ嫌だと言っていたって仕方が無いことだ。
だから卑怯者なのも、バカなのもそれが俺の役回りなら仕方がないのかもしれない。
でも、俺はゲスじゃないつもりだった。卑怯者かもしれないしバカかも知れないけれど
少なくとも俺は自分で自分の責任が取れないようなゲスじゃない。
そうありたくは無い。
この病気が無い世界だったら。
普通の大学生で、もし何かの奇跡があって優子さんとSEXをして子供が出来たら。
俺はどうしただろうか。
俺は自分で自分の責任を取る。
そういう男でいたいし、格好が悪くても、
何も持っていなくてもそれだけはできるんだと、そう信じたかった。
目の前のそれに気が付きもせずに見逃すような男にはなりたくなかったのだ。
@@
俺のを舌ですっかりと綺麗にした後、優子さんはエージェントの制服を着て、俺の隣に座っていた。
先程までの雰囲気は少しだけ普段の感じに変わって、優子さんは凛とした雰囲気で前を見ている。
「あ、そうだ。明日は、どうしよっか。」
と、いきなり優子さんはくるりと俺の方を向いた。
へにゃ、とちょっとだけまた目尻が下がる。
「え?」
「えじゃなくて、明日。どうする?私は検査があるけど、その後なら。」
ぼうと考え事をしていた俺を少し睨んでから
「ごめん。またお口でだけど。梅原君、好きでしょ。」
耳元に口を寄せてきて当たり前みたいにこう言って来る。
おれはぼんやりと綺麗な優子さんの顔を眺めた。
優子さんは娼婦じゃない。
それどころか優秀なエージェントで、
それこそこの車を運転しているあの男かそれ以上には何かの特技を持っているエージェントで
学もあって、美人で。
俺の精液を取るなんて、そんな事をしなくたって
国の為にでもなんの為にでも凄い事が出来るだけの能力はあったはずだ。
少なくとも俺の精液を取ることなんかよりももっと有意義な事を。
その優子さんを優子さんの意思を無視して抱いて、そして妊娠させて、
その上そうしたら今度は口で俺の欲望を処理させて俺は平気でいる。
それは優子さんが積極的に望んだものだっただろうか。
いや、そんな事はないだろう。
優子さんは賢い人だから避けられなかった訳じゃないだろうとは思う。
でもこんな事を積極的に望んだなんて、そんな事は決して無い。
そう思いながら目を逸らさずにじっと優子さんの顔を見続けていると
優子さんは目をくるりと廻してちょっとびっくりとした顔をした。
「ど、どうしたの?梅原君。」
「優子さん。」
ゆっくりと優子さんの名前を呼ぶ。
すると俺の口調に改まったものを感じたのだろう。優子さんは両手を膝の上に置いた。
「はい。」
改めてみるとびっくりするくらい整った顔だ。
いつもつけている薄い色の口紅は先程ので落ちてしまっているけれどそんなのは関係なく
はっきりとした虹彩の強い目、ちょっと笑っているみたいに見えて愛嬌のあるちょっとアヒル口ぎみの口。
びっくりするほどストレートで艶やかな黒髪。
とても綺麗だ。
そして俺は、言わなくちゃいけない。
「優子さんのお腹には、お、俺の、その」
決心して、それでも言えなくて途中で口ごもった俺の言葉に、それでも何を言いたいのかはわかったのだろう。
優子さんは優しく笑った。
「すごいよねー。あんなの一回だけだったのに。できちゃったね。」
そう言って優しい手付きで自分のお腹を撫でた。
その手を掴んだ。何から言えばいいのか判らなくて、それでも口を開く。
「その、良く判ってなかったんだ。判っていなかったって、そんなの嘘だけどそれでも良く判ってなかった。
俺は良く判ってなくって、でも、俺は卑怯だった。」
何を言っているのか判らなくて、それでも何故だか悲しくなっていつの間にか目の前がぼやけてきた。
「どうして良いのか判らなかったんだ。どうしたらいいのか、どう考えれば良いのか、判らなかったんだ。
優子さんに甘えて良いのか判らなくてそれなのに甘えて。
どういう事をしたらどういう結果になるのかなんて全然考えてなかったんだ。」
なぜだか判らないけれど色々な物が心の中から出てきていつの間にか俺は泣いていた。
「急にあんな事になって、精液正常保持者だって言われて、自分の事しか考えてなかったんだ。
自分がしなきゃいけない事ばかり考えて、それで流されて。優子さんの事なんて全然考えてなかった。」
「・・・えーと。梅原君は、私とした事を、後悔してるのかな。」
優子さんの声は優しかった。
「そうじゃない。そういうことじゃないんだ。そうだけど、そうじゃない。
俺は全然ちゃんと考えてなかったんだ。考えてしたならいい。自分で責任を取る。でもそういうことじゃなくて、
俺は自分が精液保持者だって言われて、それで何も、何一つ考えてなかったんだ。
自分がどうしたらどうなるのか、そんなこと全然考えてなかったんだ。
責任を取る事とか、優子さんの事とか、何も、何一つ考えてなかった。」
「そんなに難しく考える事、無いのに。」
「難しくなんて考えてない。俺は全然考えてなかったんだ。
優子さんに俺の子供が出来たって聞いて、それで、やっと考えられたんだ。」
俺は何をする為に生きるんだ?
そんな中学生みたいな悩みじゃない。
もっと簡単な事だ。
男なら取るべき自分の責任。
俺が精液保持者というものと引き換えに失うかもしれない捨てたくない責任。
優子さんの中にいるのは俺と優子さんの子で、そして法律なんて関係ない。
特別な存在だ。
考えただけでもわくわくする。男の子か、女の子か。
俺の、優子さんの子供。
それは俺が取らなきゃいけない、取らせて欲しい責任だ。
そう。全部は取れないし、取らせても貰えないけれど。
けれど、目の前の一つ。そのたった一つ。
俺が考えられるたった一つの責任。
「お願いだよ。優子さん。俺に、責任を取らせて下さい。
優子さんのお腹の子の、父親にならせてください。」
そう言って頭を下げると、ふう。という溜息が聞こえた。
「梅原君の言っている事は滅茶苦茶だけど、でも何となく判るよ。」
優子さんは俺が握っていないもう片方の手で、もう一度お腹をゆっくりとさすった。
「…大人が取らなくちゃいけない責任って色々あるよね。
そういう事、考えたんだよね。うん。
きっと、梅原君は、君が自分で思ってるほど馬鹿じゃないよ。
君が言っている責任が適当に言った責任って言葉じゃない事は、良く判るよ。」
「ずっと考えたんだ。お願いだよ優子さん。
俺は、上手くいえないけどその子の父親にならなくちゃいけない。なりたいんだ。
そうじゃないと駄目なんだ。駄目になるんだよ。
SEXして、子供が出来て、それが自分の子供じゃないなんてそんなの嘘だ。
考えたんだ。本当は俺の精液で出来た子供全部が俺の子供だ。
でも俺の精液がどこかで子供になっていても、それは諦めなくちゃいけないのかもしれない。
諦めちゃ駄目かもしれないけどそれでも諦めなきゃいけないのかもしれない。
でも目の前の、優子さんの。それだけは俺、絶対諦めちゃいけないんだ。」
「うん。梅原君が凄く大変なのは判る。
君は頭が良いから、いろんな事を考えてしまうんだね。
君って自分では気が付いていないけれど
今まで人類が経験した事の無い状態の、誰も経験した事の無い立場に立たされているんだよ。」
「そうじゃないんだ。俺なんてどうでもいいんだよ。
そうじゃなくて、俺は逃げたくないんだ。
そんなこと考えた事も無かったけど、それでも嫌なんだ。
自分の子供を、自分のものじゃないなんて、そんな事を考えたくなんてないんだよ。」
「君が他人が言うほど楽じゃないのなんて、ずっと、判ってたよ。
だから私は、その、君に抱かれたの。」
ちょっと、夢中になりすぎちゃったけど。耳元でそう言って優子さんは笑った。
「でもね。ごめん。私は、君のその悩み、本当には判ってないのかもしれない。
だからこんな事を言うのかもしれない。
でも、言うね。
この子は、私と私の旦那様の子。もうそう決めたの。
私と私の旦那様の子で、産んだら、一杯可愛がって育てる。」
一瞬、優子さんの声が耳でこだまする様に聞こえた。
「私が妊娠したって言ったら、梅原君、あの人どう言ったか判る?
最初、ちょっと複雑な顔をした。きっと私には、女には判らない顔。
でもその後、本当に喜んでくれたの。嘘偽りのない、本当にね。
産んでくれ、育てよう。この世界の中で、僕と君の子供を育てようってそう言ってくれた。」
「梅原君。ごめんね。
私は夫の事を愛しているの。だから私が最後に帰るところは、やっぱりあそこだって思ってる。」
目を閉じる。地面が揺らぐように感じてソファに手を突く。
「それとね。一つだけ。これだけは言っておくね。
ありがとう。嬉しかったよ。
私は、君が思ってるほど、ううん。全然今の状況、嫌じゃないよ。
だって、ちょっと楽しいから。私ってやらしかったんだな。って思う。
君さえ良ければ、これからも。
でもね、君の気持には答えてあげられない。
それに、君の責任は私に取る物ではないと思う。
私の帰る場所は、君のところじゃない。
君の帰る所も。
だから冷たいようだけど君の帰るところがどこか、君は君で見つけて。
責任なんて私で取ったら、きっと後悔しちゃうよ。
そこに君が取るべき責任がある筈だから。ちゃんと探して。」
@@
いつの間にか車を降りていた。
頭の中がぐちゃぐちゃでどこを歩いているのかも判らないままゆっくりと歩く。
ファミリーマート。
中華蕎麦屋。
古本屋。
大きな家。
少しだけ雨が降ってきて俺の顔を濡らす。
構わず歩く。
俺は振られ男の情けない顔をしているんだろうか。
こんな時でもどこかで俺は監視されているんだろう。
俺がどんな顔をしているか、どこかで見られているんだろう。
この空虚感はなんだろう。と思った。
振られたって云うのとももっと違うショックを俺は受けていた。
優子さんに旦那さんがいたのは知っていた。
学生時代から付き合っていたことも、仲が良い事も。
そう、優子さんが俺との子供を旦那さんとの子供だと思うっていう事。
俺はそれにショックを受けているのかもしれない。
普通逆じゃねえのかよ。くっくっと笑う。
カッコウの託卵。ラッキーって思うものじゃないのか。
毒々しい青色で塗られたブラジリアン柔術の看板。
どこか知っているような道。
どうせどこかで見てるんだろう?
邪魔したら、声なんて掛けてきやがったらぶっ飛ばしてやる。
牛丼屋。
小さな公園。
ゆっくりと歩いていて、ふと顔を上げておかしくなった。
昔住んでいたアパートだった。
もう解約されて、他の誰かが住んでいるのだろう。
窓に引いたカーテンの隙間から光が漏れている。
ゆっくりとアパートの鉄製の階段の下に入ってじめじめしたコンクリートの上に腰を下ろした。
もう、何も考えたくは無かった。
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