←マウラにて (首氏の壁)
「う…」
眠りと目覚めの合間で、今まで何度も経験した、重苦しい熱っぽさにうなされ、リルはうめきながら目覚めた。
柔らかい毛の生えた、三角の耳と、長い尻尾という、猫に似た特性を持つミスラという種族は、猫と同じように周期的に発情期を迎える。
これには個人差が激しく、普段とほとんど変わらずに過ぎるものから、強烈な興奮状態になる者まで様々である。
そのうち、ほんの一握りの「強い」発情期を迎えるものが、とても数の少ないオスのミスラと性交する機会を持てず、他種族にその相手を求めることも少なからずあり、そのために、一部の他種族の男性から、ミスラの女性へ偏見と誤解を植え付ける元となっている。
リルの発情期のサイクルは4〜5ヶ月と長めだが、比較的「強い」部類に入る。
「やだ…今日に限って…」
乳首は固くなって、下着にすれてチリチリと刺激が走る。下腹部は火照り、両脚の間がむずむずと疼き、刺激を求めている。
素肌に指を這わせたい衝動を我慢して、いやいやしながら起き上がる。
普段はその期間は自室に籠もって、波が過ぎるまでだらだら自慰行為を貪って過ごすのだが、今日は外すことのできない、大事な約束があった。
「しょうがない…あんまり、使いたくないんだけどな」
モグハウスの棚の中から、錠剤の入った茶色の小瓶を取り出し、何錠かまとめて飲み込む。発情期の衝動を抑える、ミスラ秘伝の薬品だった。
頓服の一種なので、感覚が鈍るし、何より副作用が強いので、めったに使うことがないのだが、仕方のないことと割り切り、コップに注いだ冷たい水を一気にあおる。胃に流し込んでしばらくすると、頭がボーっとしてきて、鋭敏だった部分がじわじわと冷めてきた。
のろのろと着替えを済ませ、亜麻色の髪をきゅっと束ねると、リルは重い足を無理やり動かして、待ち合わせ場所に向かった。
大都市ジュノのル・ルデの庭。待ち合わせ場所の噴水の前には、黒っぽい鎧をまとった、長身のエルヴァーンの男性が、不機嫌そうな表情で立っていた。
「ごめんなさい、クラード、遅れちゃって」
リルがぺこりと頭を下げると、クラードと呼ばれたエルヴァーンは「別に」と表情を変えずに答える。
不機嫌そう、というだけで、本当に不機嫌ではない。彼はいつもこんな顔だ。
「忘れ物はないね?」
クラードの確認に、リルは鞄をごそごそとさばく。
「渡航証と、緊急時の薬品、あと、デジョンの呪符…一応、大丈夫だと思います」
「k。じゃあ、行こう」
「はい。」
冒険者特有の了解の合図を受けて、リルはテレポメアを唱えた。
慣れ親しんだ柔らかい魔力に包まれ、、二人は遠く離れたゲートクリスタルに導かれる。
タロンギ渓谷のメア石の前で、レンタルチョコボを借りて、二人は港町・マウラに向かう。
アトルガン皇国。
この近東の大国には、いままで、冒険者が渡ることは許されておらず、ただ風の噂に名を聞くのみだった。
ところが、最近になって、天晶堂が秘密裏に、冒険者の渡航を仲介するという情報が、一部の冒険者の間に流れた。
リルは、その手の情報を集めることに長けている。
獣人達の持つ「証」を天晶堂が集めていることを聞きつけ、クラードと共に2枚の「証」を獣人から奪い取り、それを交渉に利用して、マウラから出航するアトルガン皇国行きの船の渡航証を手に入れたのは、昨日の深夜のことだ。
2〜3日もすれば、噂は冒険者達の間を一気に駆け巡り、皇都アルザビには、新し物好きの冒険者があふれかえるだろうが、今ならまだ、渡れる者は少ないだろう。
本来なら新天地を夢見て、リルの心はもっと沸き立っているはずだった。
(チョコボ使ったの、失敗だったな…)
チョコボの鞍と、股間がどうしても擦れて、その刺激で、薬で殺してあるはずの衝動が、むずむずと蠢く。
こうなることを見越して、露出が多い普段のサベジロインクロスではなく、布地が厚いズボンを履いてきたのだが、その内側は擦れて熱くなり、じわりと湿り気を帯びてきているのが自分でもわかる。
(どうか、クラードに感づかれませんように…)
前を行く相方のの、向かい風になびく淡い金髪を眺めながら、小さく祈る。
昼過ぎ、マウラに到着して、やっとチョコボを降りた頃には、薬の効能はすっかり役に立たなくなっていた。
「船は、いつ頃着く?」
クラードの問いにも反応できず、ぼーっと、近くの柱に寄りかかる。
「リル?」
いぶかしんで振り向き、近づいてくるクラードに、彼女慌てる。
(ちょっと、近づかないで…)
鞍に刺激されて下着はじんわりと湿っているし、両胸の突起は、生地を通して見えてしまうのではないかと思うほどとがり、固くなっている。
なにより…
広い肩幅、大きな手、厚い胸板、前衛らしく引き締まった筋肉、そして…目の前の仲間の「男」の部分を意識してしまっている自分がいる。
近づいてくる速度にあわせてリルは2、3歩下がった。
「どうした?」
そんな彼女の気を知ってか知らずか、クラードは高い背をかがめて、リルの顔を覗き込んだ。
(そんな接近しないで…)
リルは顔を赤らめて手を振り、とっさに言い訳を考える。
「昨日から、なんかちょっと風邪ひいたみたいなんですよ…寝不足かな?」
「そうか…昨日まで強行軍だったしな…疲れが、出たか」
クラードは心配そうな表情を見せて、彼女の額に手を当てる。ひゃっ!と叫びそうになるのを、リルは必死にこらえる。
「少し熱っぽいな。休んだほうがいい。」
「うん、船が出るのは…えーっと」
メモを取り出す動作で、彼の手を不自然にならないように振りほどく。これ以上触られたら、ドウニカサレタイ欲求を抑えられないかもしれない。
「4時、12時、20時…12時の船は、さっき出ちゃったみたいです。次の船は晩だから…これが着くまで休んでていいですか?」
「構わんが、大丈夫か?」
「宿で少し休めば大丈夫。荷物預かるから、釣りでもして待ってて。あ、私の分の切符も買っといてくださいね!」
そう言ってクラードの荷物を強引に奪い取って、一人で宿のほうまで駆け出した。一緒に部屋に入られてはたまらない。密室に二人きりなんて、この状態では爆発しそうだ。
ベッド一台の他には、ほとんどスペースがないくらい狭いが、この際、寝床がある密室ならどこでも構わない。
荷物を床に放り投げ、リルは、エルヴァーンでも眠れる、広いベッドに仰向けに倒れこんだ。
呼吸は荒く、心臓はドクドクと音を立て、体は火照り、じっとりと汗ばんでいる。薬で抑えていた反動で衝動はかえって強くなる一方なのだ。
こうなってしまったら、一度発散しなければ、冷めることはない。
上着のの前をのろのろとほどき、胸の部分をはだけて、窮屈な下着を上にずり上げると、はちきれそうな乳房がふるんと顔を出した。
「あ…」
開放感と、外気の刺激に、それだけで声が出てしまう。
リルは目を閉じて、両手で張りのあるやわらかな乳房を揉みはじめた。
「ん……クラード…して」
自分で自分を慰める時、いつもしているように、一番身近な男性である「彼」を想像していた。唇を重ね長い指で愛撫されることを夢見る。
クラードとは、所属していたLSが崩壊した時からずっと、二人で行動している。が、恋人同士ではない。
彼の強さはもちろん、冷静な判断力と、頭の回転の速さ、不器用な優しさ、全てがリルの憧れだった。側にいたくて、ずっと後についてきた。
しかし彼から迫られることはもちろん、キスひとつされたことはない。
リルは自分のミスラ特有の生理と、それにまつわる偏見が大嫌いだった。
「ミスラは好き者だから、すぐにヤラせてくれるw」
男達が、影で平然とそう言い放つのを何度か聞いたことがあった。
それを体現してしまうのが嫌で、発情期はいつも自分で慰めてきたし、憧れの彼に「抱いて」と迫って軽い女と軽蔑されたくなかった。
「あっ…!…きもちいい…」
乳首を指の腹でつまみ、転がし、軽くつねる。電流が背筋を走り、体がぴくん、と跳ねる。
息ができないくらいに責めたてると、片手は乳房を揉みしだいたまま、もう片手は体に沿って下に降りていく。
張りのある太股を、自分をじらすように撫でまわしてから、もっと大事なところに指を伸ばす。
「そんなところ…恥ずかしい…あ…」
パンティの隙間から指を差し入れると、中は、愛液でぐっしょりと濡れていた。割れ目に沿って指を這わせるとぞくぞくと快楽が背筋を駆け上がってくる。
「だめぇ…おかしくなりそう」
普段の彼女からは想像も出来ない、甘い声であえぎながら、もどかしげに濡れたパンティを脱ぎ捨てる。再び割れ目を往復させながら、胸を愛撫していたもう片方の手を離して、もっとも敏感な突起を探る。
「ひゃう!」
細い指に刺激された肉芽は既に固くなって、指の腹で揉み上げると、気の狂いそうな快感を撒き散らす。
「あ、あ、あ、あ、あ…!」
両脚をいっぱいまで開き、快楽に酔いしれる。入り口はぱっくりと開い、透明な蜜はあふれてシーツに染みを作る。
(「どうして欲しい?」)
想像の中で彼女を愛撫するクラードが、意地悪そうな笑みを浮かべて聞く。リルは身もだえしながら答える
「挿れてほしいの…」
人差し指を咥えて唾液で濡らし、そっと第一関節関のところまで沈める。
くちゅり くちゅり
いやらしい音を立てて、ミスラの細い指がくねる。入り口の粘膜がこすられて、快感で彼女の感覚がとろとろにとける。
「んあぁぁ…んあぁぁぁぁ…」
もっと奥に もっと奥まで
身体はそう要求する。
しかし、男性を知らないリルは、怖くてそれ以上射れることができない。奥まで差し込めば、処女を失ってしまうのではないか?彼女の周りにはそういう知識を教えてくれる人はいなかった。
まるで、じらされているように入り口をなぶりながら、肉芽を責めたてて絶頂を迎える。それがいつもの彼女の自慰だった。
「あ、あ、あ、あ、あ、クラード、クラード、きて!!」
それでもじわじわと昇りつめ、内側のひだが痙攣しはじめる。想像の中の彼の名を呼んだその時
「呼んだか?」
現実の彼女の耳に、聞きなれた彼の声が響いた。
冷水を浴びせされたかのように、全身の熱が一気に冷め、彼女の時間は凍りつく。
いつからそこにいたのだろうか、クラードがベッドの端…彼女の足側の方向に立っていた
開脚した彼女の大切な部分は、丸見えになっているはずだ。
「…!!!」
驚きのあまり声も出ず、あわてて身体を隠そうとした彼女を、クラードの逞しい腕が抱きすくめ、ベッドに押し倒す。
「…独りで慰めるなんて、寂しいだろう?」
今まで聞いたことがない、熱を帯びた静かな声。戸惑い混乱する心とはうらはらに、雄の体温と体臭に反応して、リルの身体はぞくそくと、再び熱を帯びてくる。
「違うの、クラード、違うの!」
心のどこかで望んでいたこととはいえ、突然のことで、男性経験のない彼女は恐怖し、逃れようともがく。
しかし、魔道師の彼女がエルヴァーンの前衛である彼に、力で敵うはずもない。
抵抗する彼女の顎を押さえ、強引に口付ける。
「…んん!」
リルの初めてのキスは、想像よりずっと濃厚だった。戸惑う彼女の舌を絡めとり、唇を、口腔を犯すように舐めあげられる。
頭の中がくらみ、全身の力が抜ける。くったりと目を閉じた彼女から、クラードは乱れて汗で張り付いた服を脱がし始める。
「だ…め…」
泣き出しそうな目で、弱々しくリルはいやいやするが、それもさらに男の興奮を誘うだけだ。よれよれになった衣服はベッドの下に投げ捨てられ、リルは一糸まとわぬ姿になる。
「みないで…」
乳房は揉みしだいた指の跡がうっすらと紅く残り、乳首は、咥えて欲しいとばかりに勃っている。押さえつけられ、足を閉じて隠すことも出来ず、しどしどに濡れた秘所は花弁を開き、心細げにうち震えている。
「可愛いよ」
クラードが耳元でささやいた。敏感な耳に息が吹きかかり、リルの身体がぴくんと震える。
「クラード、やめて、私、こんなの…」
弱々しく訴える彼女の乳房にクラードの手が伸び、乳首を吸い上げる。
「ひゃぅ!」
自分で慰める時とは全然違う、強い快感。両手と唇と舌が、容赦なくリルを責める。
「身体は、そう言っていない」
そして、秘所に指を這わせる。
「あっ…やぁっ…そこは…」
リル自身が昇りつめる直前までそこは、透明な粘液があふれ、太股までしたたっている。
さっきリルがしていたように、指先だけで入り口をもて遊び、もう片方の指は肉芽を貪る。唇は乳首を咥えて、舌と歯で弱く強く刺激する。
「あぁっ!や…あぁ、だ…ぁぁ…め…ぇあああ」
発情期の敏感な身体を同時に何箇所も責められ、拒否の言葉は喘ぐ声に消される。容赦なく追い詰められた彼女が、クラードの腕の中で悶える。
「どうして欲しい?」
想像の彼と同じ台詞で、クラードが聞く。
(いつもいつも、夢見ていた。ずっと、こうして欲しかった)(…い…しい…ほしい…欲しい…欲しい!)
身体と心の要求が一致する。リルの中の何かが吹き飛んだ
「…挿れて、ほしいの…」
甘い声でリルがねだる。
クラードは満足げに笑みを浮かべ、その指を根元まで一気に差し込んだ。
「あぁッ!!」
エルヴァーンの長い指が、リルの内壁の奥まで擦りあげる。未知の快感と、初めて中に受け入れた悦びに、リルは一気に高みに持ち上げられる。
「あ、あ、あ、あああああああああ!!クラード、クラード!!」
クラードがその指を激しく動かすと、リルの身体は大きく仰け反り、びくびくと痙攣して、彼女の意識は白い闇に飛んだ。
リルがぼぅっと目を覚ますと、クラードが衣服を脱ぎ捨てているのが目に入った。
引き締まった浅黒い身体、そして、赤黒いモノが目に入る。ソレは彼女が想像をはるかに超えた太さと長さだった。
ベッドがぎしりと音を立て、クラードが彼女にのしかかる。逆光で彼の表情は見えない。
「くらぁど…」
忘れていた恐怖が不意によみがえる。逃れたくても、脱力した全身は思うように動かない。両脚を楽々と開かれ、クラードのモノがリルの入り口に押し付けられる。
「クラード、待って、わたし…!」
リルの言葉を待たずに、クラードのものが、強引にリルの中に進入した。
「うぁっ!!いたいっ!いたいっ!いたいっっ!!」
両足を持って引き裂かれるような感覚に、リルは泣き叫ぶ。最初は痛いとは聞いていたけど、これほどまでに痛いものなのか。小柄なミスラの初めてのそこには、エルヴァーンのそれはあまりにも大きすぎた。
「……リル?」
クラードが動きを止め、いぶかしげリルの顔を覗き込む。
「初めて…なのか…?」
「…うっ…ううう…うぅぅ」
苦痛のあまりうめくことしかできないまま、リルは子供のように何度も頷いた。クラードの表情が驚きに変わり、そして、すぐに、とびきり優しい顔になる。
「済まん…少しだけ、我慢してくれ。」
リルの身体に密着して、背中に腕を回し、腰を少し浮かせる。リルもクラードの背中に手を回し、ぎゅっと抱きつく。
「ぐっ…うぅぅぅ」
さらに奥に挿入が再開され、リルが苦しげにのけぞって、クラードの背中に爪を立てる。クラードは彼女の尻をまさぐり、背中の下につぶされていた、長い尻尾を探り当て、根元を軽く握って、先まですうっとなで上げた。
「はぅぅん!」
くすぐったいような、全身が総毛立つ感じに、痛みで硬直したリルの全身の力がへなへなと抜ける。
その瞬間に、クラードは彼女の奥深くまで貫いた。
「……奥まで、入ったよ」
クラードは背中を丸めて、泣きじゃくるリルの頬に唇を這わせ、涙を舐めとる。
リルの膣は限界までぎちぎちと拡張されながら、なんとか彼のものを飲み込んでいる。
「…くらぁど…くらぁど…」
痛みと喪失感と繋がった悦びの混乱で、リルは壊れたように彼の名を繰り返す。
「…くらぁど…すき…くらぁど…」
「…私も」
リルの告白に、控えめにクラードが答える。リルの瞳から、新しい涙がこぼれた。
「…くらぁど…スキって言って…嘘でも、いいから…」
「好きだ。ずっと…前から。嘘じゃ、ない」
リルは彼の胸に顔をうずめた。それと同時に、彼女の奥がじわりと熱くなり、新しい愛液があふれる。
クラードはゆっくりと抽出をはじめた。それはまだとても苦しいが、痛みの峠は過ぎていたし、愛液が潤滑剤になって動きを滑らかにする。
「…ぁ…ぁ…ぁ…」
苦痛の悲鳴とは違う、ずっと甘い声が、リルの口から漏れる。発情期の身体は、望みどおり雄を受け入れることができたことに悦び、初めての彼女にも少しずつ甘い快楽をもたらしていた。快楽は苦痛を忘れさせ、
それによってまた新たな快楽が訪れる。
「…んぁ…んぁぁ…んあぁぁ…くらぁどぉぉ…」
彼女の嬌声を受けて、クラードの動きが激しくなる。子宮の入り口まで激しく突かれて、リルはもう痛みと快感の区別がつかない。刺激はすべて熱いうねりとなって、リルを高いところに連れて行く。
「んぁぁあああぁぁああっ!クラード!クラード!!」
「リル、出すぞ」
クラードのかすれた声とともに、リルの中に吐き出した。身体の奥にどくどくと熱いものが奥まで注がれるのを感じながら、リルもまた絶頂に登りつめた。
遠くのかすかな霧笛の音を聞きながら、リルは意識を放棄した。
「…ん」
彼女が深い眠りから目覚めた時には、もう夜は更けて、氷曜日の青い満月の光が、窓辺から明るく差し込んでいた。
ここがどこなのか、なぜここにいるのか、一瞬思い出せず、リルはごそごそと身体を起こそうとしたが、身体の奥に鈍い痛みが走る。
「目が覚めたのか?」
隣で横になっていたクラードが声をかける。
半裸の彼の姿と、痛みが、彼女の記憶を鮮明にさせる。
「きゃぁっ!」
自分が服を着ていないことに気づき、リルは毛布を頭までかぶって、丸くなって隠れた。
「まだ、寝ていればいい。」
クラードの声は至って平静だった。半身を起こし、左腕を軽く回す。その腕で、今まで腕枕されていたことにリルは気づいた。
恥ずかしくて、顔を見ることが出来ず、丸くなってそっぽを向いたまま、沈黙が流れる。
「…船」
リルが、ためらいがちに声を出す。
「…船、出ちゃいましたね。ごめんなさい…」
「謝らなくても」
クラードが鞄から出した蒸留水を2つのコップに注ぐ。片方は自分があおり、片方はリルの枕元に置く。
「眠くなるだろう、…あの時期は」
クラードは口ごもっって目線をそらした。直接単語を口にするのは、さすがにはばかられたらしい。
「…やっぱり、知ってたんですね。…気づいてた?」
リルは自分の膝を抱きしめた。毛布からはみ出た、耳と尻尾が、しゅんと垂れる。
「いや…ここに来たのは偶然だ」
そして、気まずい沈黙がまた続く。
「済まない、優しくしてやれなくて」
クラードが、背中を向けたまま謝った。
「初めて、だったのにな。」
「わたし…」
リルが丸くなったまま、つぶやく。
「自分の身体が大嫌いだったんです。何でミスラに生まれたんだろう、なんでこんな風におかしくなっちゃうんだろう、って」
クラードはベッドの端に腰掛けて、静かにリルの背中を見つめている。
「おかしくなって、流されて、どうでもいい男に奪われるのが嫌で…いままで…」
「私みたいな男に、か」
自嘲気味にクラードがつぶやく。リルはぴょんと起き上がって振り向いた。
「違うよ!私はずっとクラードが好きで!」
毛布がはだけるのも気にせず、両手を伸ばしてクラードの首に、ぎゅっとしがみつく。
「…貴方が好きで、好きで、…ずっと好きで、好きって言ってくれて嬉しかったの…に…」
うそだったの?
言葉の最後は、嗚咽に混ざって、ほとんど聞き取れなくなっていた。
「…嘘じゃ、ない」
クラードはしぼり出すように答えると、彼女を抱きしめて、髪を撫でる。緊張の糸が切れたリルは、彼の腕の中で声を上げて泣いた。
ずいぶん長い間、リルは泣き続け、泣きつかれて、クラードの胸に頬を埋めた。
「…眠るまで、こうしていて、くれます…か?」
リルの目はとろんとして、ろれつも怪しくなっている。
「起きるまでこうしているから、朝まで寝なさい。あんまり可愛いと、また食べてしまうぞ」
「あは」
ほんの少し、笑顔を見せて、リルは睡魔に身を任せた。
クラードは安心しきった彼女の寝顔に、そっと口付け、抱きしめたままベッドに転がり込むと、短い眠りについた。
→マウラにて (首氏の壁)