←第二話 願い
第三話 前奏
医者に相談なんかできない。真っ向から反対されるに決まってる。だから無断でやるしかない。デイケア施設に宿泊許可は取ってある。ナースコールさえしなければ誰がやってくることもない。
とはいえ、あんまり激しくして心拍数が上がりすぎると、ヴァイタルのアラームが鳴ったりしないとも限らないから、注意しよう。
そんなことを自分に言い聞かせながら、誰もが寝静まった夜の帳のなかで静かに息づくユキコの夜具をそっとめくる。もちろんユキコは起きているが、呼吸音は寝息とかわらない。それとは対照的に、僕の抑えきれない荒い息が部屋中に満ちてゆく。
「さあ、まずおめかしだ」
あおむけに寝ているユキコの寝間着を脱がし、「子作りする日のために」ってユキコが用意していた(ちょっとエッチっぽい)とっておきの下着に着替えさせる。あたりまえだが、ユキコはなすがままだ。脱がすのは得意だが、着せるのはなかなか難しい。
大事な部分をやさしく包む黒シルクの布地。伝統工房の手工芸でのみ作られるという極薄のレースは、明るいところに出れば、隠す意味があるのか疑わしいほどに透けるシロモノだが、白い肌とのコントラストでプロポーションをさらに引き立てている。
なにしろ「寄せて上げる」なんてことをせずとも、ユキコの胸は下着からこぼれそうなほどのボリュームだし、問題ない。ベッドとユキコのすきまに手を差し入れて、苦心の末ようやくホックを留めた。脱がせるために着せる。これぞ真理。
そして唇には薄くルージュを引く…のだが…ううむ、口紅なんて初めてで…ここんとこが…よし、なんとかはみ出さずに塗ることができた。暗がりでも白い肌に鮮やかな緋色がなまめかしく映える。思わずため息が出そうだ。
「きれいだよ。ユキコ。とってもきれいだ」
『とても』『うれしい』『〜』『〜〜』『〜』
手鏡をかざし、ユキコに見せる。枕元の灯りはあるものの、薄暗いせいでユキコの『言葉』は読みづらい。けど蛍光灯をつけようものなら誰に咎められるかわからないから、やむを得ない。それでもユキコが満足してくれたということだけは、わかった。
顔を近づけ、唇をそっと重ねる。やや肉厚のみずみずしい感触を存分に楽しんだ。それからすきまをこじ開け、歯や歯茎を丁寧に愛撫する。舌を動かすこともできないユキコのために、僕はせいいっぱい顎を駆使した。
口の内側の粘膜を舌先でたんねんに舐め上げ、にじみ出る唾液はすべて吸い取ってあげる。自発嚥下が不自由なため、そうしないと窒息のおそれもあるからだ。僕にとってユキコの唾液は蜜より甘い…比喩なんかじゃない、本当に甘い。
珊瑚のような唇から顔を離すと、なごり惜しそうに糸を引いてしたたる僕とユキコの唾液。乱れた口元は僕を妖しく誘っているかのようで、拭いてしまうのはちょっとためらわれたが、不恰好なところだけコットンでぬぐって整えた。
もういちど軽く口づけを交わしてから、額、眉、まぶた、鼻梁、頬、顎と順番に、あますところなくキスの雨を降らせる。顔の中心線へのキスが好きだったユキコ。息づかも徐々に荒くなってきたようだ。しっとりと汗ばんだ顔に、数条の髪がまとわりついて色を添える。
続けて首筋に舌をはわせると、わずかにぴくん、という反応があった。ユキコが感じてくれている。もっと感じさせてあげたい。生きているという実感を確かに得ることができる、生命の営みにもっと浸らせてあげたい。
そのまま鎖骨にそってつつーっとなぞる。そして柔らかなふくらみへ。体を横たえていても、重力に抗うようにつんと上を向いた乳房をてのひらで包み、ふもとから円軌道を描くようにやさしく揉みしだきながら、さきっぽの小さな突起を下着の上からまさぐった。
徐々に自己主張してゆく桃色のつぼみ。ブラをカップごとずらし、舌先で萌芽を転がした。ひときわ大きく跳ねるユキコ。ただの反射とはいえ、感度の良さはかわっていない。動けないことがまるで嘘のようだ。
でも、それ以上は体をよじるわけでもなければシーツの端を握るわけでもなく、もとのようにベッドに収まり、ただスプリングの揺れに身を任せていた。
ちゅっちゅっと音を立てて吸ってみたが、もちろんまだ母乳は出ない。少ししょっぱいのは汗のせい。その甘ったるい香りにつつまれながら、これから出るようにしてあげるよ、などと下卑たことを考えてしまう。
ひととおり双丘を堪能し終え、インターバルよろしく二の腕や脇の下を愛撫しながら、ユキコの息が整うのを待つ。それでも敏感な箇所を通りすぎるたびに、ぴくんぴくん、と体が小さくはじけるのが可愛くてたまらず、ついつい何度も往復してしまう。
お腹を舌全体でわざといやらしく舐め上げる。顔を上げられないユキコに、僕が何をしているかはっきりわかるようにするためだ。それから、まろやかな曲線のくびれに舌を這わせてみては、時折おへその周囲をついばむ。少しづつ、ゆっくりと、下へ、だいじな処へ…。
と思わせておいて、不意にユキコの脚を抱え、足指に僕の手を絡ませながらふくらはぎを甘噛みする。そのままユキコの表情を窺うと、かなり上気してはいたが、瞳は明らかに訴えていた。
『あなた』『いじわる』
「ん? どうしてほしかったのかな?」
『いじわる』『〜〜』『とても』『〜』
ユキコの可愛い膨れっ面が脳裏に浮かぶ。今のユキコは能面のようだったが、その瞳が織りなす表情はとても豊かであり、僕だけがそれを独り占めできる。なんて幸せなんだろう、と思わずにはいられない。
おあずけを喰ったユキコだが、女の部分は下着の上からでもわかるほど、しとどに濡れていた。むしろ覆っていた薄布はすっかり水分でふやけ、縫い目を伝って止めどなく雫がしたたっている。大事な下着、早めに脱がせてあげればよかった。
無理もない。半月ぶりだ。ユキコもそうとう「溜って」いたに違いない。僕も久しぶりのユキコの肌を少しでも長く味わいたくて、いつになく入念にいじくりまわしてしまった。ユキコはそうとう長時間じらされ続けていたわけだ。
しかも、いつもなら「僕の準備」をユキコがばっちりしてくれた。それがなかったので、うまくペース配分できなかった。もっとも今日の僕は早々に準備万端だったが。
→第四話 宣言