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第九話 兆し

それからのことは、あんまり声高に話すのも少々はばかられるのだが。
まず僕は医者からこっぴどく叱られた。そりゃそうだ…いくら妻とはいえ、動けない状態で性交してしまったのは事実だから。しかも彼らはユキコの意志を確かめようがない。僕がむりやり手篭めにしたかのような言い草だったが、まあ当たらずとも遠からず。
妊娠したらどうするつもりなのか、と問いつめられた。小一時間ほど。どうするかもなにもない、はじめから妊娠させるつもりで事におよんだわけなのだが、さすがにそれは伏せた。何を言われるかわかったものじゃない。僕とユキコ、二人だけの秘密でいい。
どうしてばれたのかって…全裸でからみあったまま眠る男女を見れば、子供じゃあるまいし何をしていたかぐらいすぐわかる。しかも僕のナニは行為後であるといわんばかりの状態。いつもはユキコが「後始末」してくれたから、まったく油断していた。
けれど最終的には、同意の上であったということも含めて医者を納得させた。なによりユキコの「訴え」が効いたらしい…医者が言うには「睨まれた」そうだ。もう僕にもわからないユキコの『言葉』。ちからをふり絞って告げてくれたんだね。

「ありがとう、ユキコ」

そっとユキコの唇にキスをした。キス、か…。眠れる姫君を起こすには…ばかばかしいとは思いながら、これまでにも何度かためしてみた。かすかな期待をこめて。でもハッピーエンドは、おとぎばなしの世界だけにしか許されないみたいだ。

その後、毎朝ユキコの基礎体温を測るのが僕の日課になった。はじめのうちは僕を性犯罪者みたいな目で見ていたナース達も、次第に協力的になっていろいろ教えてくれる。妊娠初期の対策なんか、僕はまったく無知に等しかったからとても助かった。
あの夜から20日が過ぎ、そのあいだユキコの体温はずっと微熱状態で、肌はいつもしっとり汗ばんでいた。僕はユキコが風邪でもひいてしまったのかとあわてたが、ナースは「ご懐妊かもしれませんよ」と言う。そして何より…生理が来ていなかった。
ユキコの生理は順調のはず。息せき切って表の薬局に妊娠検査薬を買いにゆき、転げるように戻る。「わざわざそんなもの」「確実ではないですよ」「病院にいるのにねー」と周囲には笑われた。ただ、目に見えるなんらかのサインが今すぐ欲しかっただけなんだ。
結果は、陽性。くっきりと示された紫色のライン。
エッチCGとかいう冗談みたいな名前のホルモンがどうのこうの言うナースらを後目に、僕はとびあがりたい気持ちを必死におさえながら、ベッドのへりに腰掛けてユキコの手をとった。検査薬の「判定」窓がユキコに見えるようにかざし、耳元でささやく。

「ユキコ、見えるかい。ちゃんとできたみたいだよ。よくやったね」

気がつくと、にやにやするナース達に囲まれていた。口々に祝福の言葉をあびせられ、僕はと言えばロボットみたいに頭を上下するのが精一杯だった。ユキコ、聞こえるかい。聞こえるよね。みんなユキコを褒めてくれてるよ。そんなことを考えながら。


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