←―アルーア・シュドリアンヌの手記―
ブラッド:ヒュム♂F4B
ナリーマ:カダーバの浮沼にいる不滅隊、ヒュム♀F2A
アルーア:エル♀F3A
ジューン:ヒュム♀F1A
乾いた風が吹き、温暖な気候。
さんさんと照る太陽は、青空を一層蒼く彩って見せる。
水不足にならないのかと心配する程の雨量だが、水源はしっかりと保たれており、それはないようだ。
この国に住む人々は鎖国状態が続いていたにも関わらず、来訪者に優しい。
娯楽施設のようなものは少ないが、この温和な気候と国の人々。
訪れた者は、人それぞれ何かしらの新しい発見があるだろう。
個性的な人々に、独創的な文化。
そして美味しい料理の数々。
帰りの船に揺られる中、『アトルガン皇国にまた来たい』と言う思いに駆られる人は多いはず。
無論、獣人が攻め入ってこなければの話だが。
= アルーア・シュドリアンヌ =
アトルガン白門、茶屋シャララト。
店内の座敷に座る、二人の女性。
ジューンはチャイを啜りながら、文面に眼を通している。
アルーアは膝を立てて、そこに頬杖をつき、眼を宙に彷徨わせていた。
ふーっと大きな溜息。
「ダメだわ、やっぱり私にはこういう当地自慢みたいなものは書けないわ」
気を滅入らせながら、アルザビコーヒーを一口。
「それで、私を呼んだんですね?」
「そういうこと」
ジューンの持ってきたロンフォールマロンのシロップ漬けを口に放る。
「一応、会社から滞在費は支給されてはいるけど、色々出費が多くて……副業持たないと辛いのよ」
口の中の物を飲み込み、またコーヒーを啜る。
「で、アトルガン皇国観光会社から、皇国の宣伝文を書いてくれないかって話が持ちかけられて……僥倖と思って二つ返事で仕事を請けたわ」
でも……、と語尾に付け加え、
「思った以上に難しくて困ってるのよ………いつものノリが許されないから」
頭を抱えるアルーア。
「いつもの『アルーア節』は辛口塗れのトゲトゲ文ですもんね」
くすくすと笑う、ジューン。
「ええ……安請け合いした自分が怨めしいわ」
「うふふ、アルーアさんらしいですね」
ジューンの眩しく可愛らしい微笑みにつられて、思わずアルーアも口元が緩む。
「解りました、私なりにアトルガン皇国の宣伝文を書いてみます」
「ありがとう、助かるわ」
チャイを飲み干し、懐をまさぐるジューン。
「お茶代は奢るわ」
アルーアがそう言うと、
「ありがとうございます」
と、深々とお辞儀して答えた。
ポニーテールがふわっと舞う。
「では早速、街を取材してきますね。夕方までには戻りますから」
そう告げるや否や、ジューンは小走りで店を出て行った。
近東の皇国、アトルガン。
近年まで他国との交流を絶っており、この国に出入りが許されるようになったのは、つい最近の事。
元々はタブナジア候国との交流が深く、諸国との通商も盛んだったようですがクリスタル大戦時、アルタナ連合諸国からの再三にわたる援軍要請に承諾しなかったとのことです。
宗教的な思想、世俗的思想の違いからか孤立主義主体の国であり、アルタナの女神の名の下の戦いには赴きたくなかったのかも知れません。
皇国にとっての絶対の存在は『聖皇』であって、女神ではありませんから。
そのため、近年に至るまで国交が疎かったのでしょう。
港町マウラからの船に揺られ、この地に降り立った私の眼に先ず飛び込んだのは、青空でした。
爽やかな風が吹き付けると、皇国のレリーフがはためいて存在を誇示するかのようです。
皇国の街の模様はと言うと要塞都市のような造形になっていて、一階の屋根を通路とした多層構造になっています。
レンガが主体の建物は、何処となく懐かしい淡い色……黄昏てゆく夕陽のようでした。
なお、皇国は大きく三つの街、皇民街、人民街、辺民街に分かれているようで、私は「辺民街」と呼ばれる場所に居ます。
この街は、商人、傭兵、冒険者、そして私のような国外からの人間から織り成されているようです。
皇民街は、聖王様からの許可と市民権を持たない者は立ち入りを禁じられているため、まずは辺民街から、ご紹介したいと思います。
= ジューン・ラウリンド =
こんなところかな? と胸で呟く。
あまり沢山語りすぎても、観光客の人々の新しい発見の楽しみを奪ってしまうかもしれない。
慎重に、人の興味が湧きそうなことを仄めかしていかないと……と、ジューンは頭を悩ませる。
辺民街は大きく八つの区画によって分けられています。
南北に備える他国、他島への玄関である港。
雄大で見事な噴水の置かれた中心部には、冒険者の方々が集まって露店を開いています。
北西の区画には天晶堂との提携によってジュノ大国と連結した競売所もあり、南東の区画にはオシャレな茶屋がありました。
皇国を訪れた際は是非、ここでティータイムを楽しんでみてください。
中心部から西に進むと、バルラーン大通りに出られます。
この通りには、商人の露店が並び、様々な人々から織り成された、辺民街で最も栄えている場所です。
からくり士と呼ばれる大道芸士が人々を和ませ、鼻をくすぐる美味しそうな香りが、お祭りを思わせるかのようでした。
露店に並ぶ近東の名物料理、『シシケバブ』に舌鼓を打つ御方も多いのではないのでしょうか。
中心部より東に足を運びますと、前方の奥に大きな塁壁が望めます。
この先に皇民街があるらしいのですが……残念ながら、今の所は取材が認められていません。
この区画には傭兵の公務代理店、ワラーラ寺院、六門院と並んでおります。
六門院は許可が取れず、取材断念となりました……残念です。
公務代理店には、傭兵派遣会社である「サラヒムセンチネル」にて傭兵として認められた方々が、今も忙しそうに公務をこなしています。
噂によると、サラヒムセンチネルの社長はかなりのやり手だとか。
ワラーラ寺院には、宗教学と哲学を融合させた独自の研究施設となっています。
ワラーラ哲学を体現する謎の秘宝『ゴルディオス』の拝観は、一般の者にも認められてますので、一度お立ち寄りしてみては如何でしょうか?
その特殊な形状は、見るもの全ての頭を捻らせてくれるでしょう。
= ジューン・ラウリンド =
手帳に書き収め、ふうと一息。
もうちょっと綺麗にまとめたいな、と人差し指の腹を唇に当て、考え込む。
まばらに浮かぶ雲が徐々に彩られ、陽が傾き始めた事を教える。
大きな街灯にうっすらとした炎が燈され、風が吹くたびに揺らめいている。
「夕方までに戻るって、アルーアさんには伝えたんだっけ……」
まだまだ街の様子を細かく見て廻りたい気にもなったが、自分でそう告げた手前。
ジューンは手帳を閉じ、鞄の中に仕舞うとアルーアの宿泊している宿屋へと足を向けた。
所変わって、アルーアの部屋―――
対になったベッドに向かい合うように腰掛けた、アルーアとジューン。
アルーアはジューンの手帳に書いた文章を食い入るように見、黙読する。
外はもうすっかり真っ暗で、夜も更けていた。
「うん」
長い沈黙を終わらせたのは、アルーアの張りのある声だった。
「私のよりも良い感じ。ありがとうね、ジューン」
アルーアが頭を下げると、それに倣ってジューンも頭を下げた。
「いえいえ、おそまつさまです。まだまだ修正点は沢山ありますけど」
「ええ。締め切りまで、まだまだ余裕あるからジューンの気の済むまで書き綴ってちょうだい」
「はいっ」
嬉しそうに返事をするジューン。
手帳を返すとそれを枕元に置き、チャイを口にする。
「アトルガン皇国に来て……どう? ジューン」
コーヒーを手に持ち、アルーアは訊ねた。
「んー……やっぱり新鮮ですね。文化、風習、宗教概念とかが全然違いますから」
にっこりと、優しい微笑みで返す。
「楽しい?」
「はい」
ジューンが即答すると、アルーアは口元だけで微笑む。
微笑とも見て取れるその顔は、目元にどこか妖艶な色を浮かべていた。
コンコン。
不意に、部屋のドアをノックする音。
アルーアが立ち上がり、ドアまで歩み寄ると、
「こんばんはー、あのー……アルーアさん、の部屋ですよね?」
ドアの向こうから、幼い男性の声。
「ええ、ブラッドさんね。どうぞ」
アルーアはドアの向こうの男性とは知り合いなのか、何のためらいも無く鍵を開け、客人を招きいれた。
栗色の髪の毛をした若いヒュームの男性。
少し気弱そうな眉に、幼い顔立ち。
アルーア以外の存在に気が付くと、どうも、と頭を下げる。
それに倣って、ジューンも頭を下げた。
アルーアはジューンと同じベッドに腰掛け、ブラッドと言う青年は対になるように腰掛けていた。
一体何が始まるんだろう、と疑念に駆られたジューン。
落ち着かない様子の相方を見て、アルーアは優しく微笑む。
「緊張しなくていいのよ、ジューン。この人はブラッドさん。私の手記作成に協力してくれる人よ」
「ども、ブラッドって言います。よろしくっす」
「は、初めまして。ジューンと言います、以後お見知りおきを」
二人の挨拶が終えたのを見て、アルーアは話を切り出す。
「私は編集長に任された特集作りの他に、個人的な手記を書いてるの」
ジューンの顔を真っ直ぐ見つめる。
「近東の皇国には各地で奇妙な出来事が起きてるわ。で、ブラッドさんは自分の体験談を私達に語ってくれると言うわけよ」
「奇妙……ですか」
ブラッドの顔に二人の視線が集中する。
青年が「いいですか?」とでも言うかのような眼で見つめると、アルーアはそれに頷く。
「それじゃ、改めまして……オレの名前はブラッド。まだまだヒヨっ子のしがない青魔道士です」
二人に向かって、一礼。
「今から語るこの話は一ヶ月くらい前の話っす。オレは冒険者として皇国にやってきて、傭兵になるためにサラヒムセンチネルって言う傭兵派遣会社を訪ねたときのことでした」
部屋の空気が静寂に包まれ、ブラッドの声だけが音となる。
「色々問題はあったんですけど、何とか傭兵にしてもらえるところまで話を持っていったんです。すると社長から小包を渡されたんっすよ……なんでも、アズーフ島監視哨の不滅隊に差し入れを届けてくれって言われまして」
アズーフ島。
皇国の港から船で北へ進み、アラパゴ諸島の中で最も大きな面積を持つ島。
島の付近には暗礁が数多く存在し、座礁した船の破片が今でも浮かんでいるらしい。
波も激しく、霧が濃いせいで、アラパゴ諸島に向かう幾つもの皇船が沈められたという。
自然の洗礼を無事に抜けた先に、ナシュモと呼ばれる港町があり、皇国と繋ぐ海の玄関となっている。
「で、オレは社長に言われるがままに……船に揺られて、ナシュモに着きました」
アラパゴ諸島にある唯一の港町、ナシュモ。
かつては皇国軍の補給基地として利用されて栄えていたものの、疫病が流行した際に町ごと放棄されてしまったとの話。
今は疫病も影を潜め、ナシュモの空気を吸っても害はないと言うが、町は人間に代わって住み着いた獣人……キキルンが住み着いているらしい。
アラパゴ諸島を訪れる冒険者等を対象に商売をしており、コルセアと言う海賊もどきの者達との交流もあるとか。
昨今ではモーグリも住み着き、ナシュモを訪れた冒険者達の世話も賄っているとの話だ。
「カダーバって言う、そりゃもう恐ろしい沼地を何とか超えて、ようやくアズーフ島監視哨にたどりついたんですよ……」
噎せ返るような濃霧が辺りを包んでいる。
島全体を覆うかのような瘴気は空は濁し、太陽の光を通さない。
水分を存分に吸った植物達は、深い緑色に身を染め、垂れ下がる様はディアボロスのカギ爪のように不気味だ。
思わず身震いしてしまう。
歩くたびにべチャべチャと湿った大地が音を立て、いつか足を取られてしまいそうだ。
ブラッドは地図を片手に監視哨へと向かう。
東方の絵巻で見た「餓鬼」と言う怨霊に酷似した、インプ。
タルタルの握り拳の大きさしかないが、恐ろしい俊敏性と細菌を備え持つ、チゴー。
アンデッドである骨……ドゥルガーの身体には、解読不可能な呪文が刻まれており、その能力を飛躍的に伸ばしている。
舌先をチロチロと覗かせ、獲物を探すラミアとメロー。
噂以上の恐ろしい場所。
歩き回ること、数十分。
ブラッドはモンスター達の眼を潜り抜け、ようやく目的地らしき所に辿り着いた。
大きな木造の塀に囲まれ、さながら軍の休憩地のように見える。
特殊な魔法でもかけられてるのか、辺りにモンスターの影が無い。
門を押すと、湿気で太くなった木が擦れ合い、ギギギ……と不快な音を立てながら開いた。
松明の赤が霧でぼやけて見える。
墓場のような不気味な空気が漂い、背筋を震わせる。
霧の先に藍色の布が見える……テントの屋根だ。
ブラッドはそのテントらしきものの方へと歩いていった。
「……誰……」
突然の呼びかけに驚き、身体が跳ねる。
声のした前方を見ると、そこには一人の人間が立っていた。
まったく気配がしない。
「ど、どもっす」
その人物に近付いてゆく。
目の前に来て、ブラッドはようやくその人間が女性である事に気付いた。
青いターバンを被り、目元しか露出しないように顔全体をビロードのようなもので覆っている。
ターバンの端からは美しい金色の髪が、止まった流水のように垂れ、鈍く曇った蒼い瞳は死人のように曇っていた。
街中で見た兵士達と似た服装からして、皇国の人間であることは確かだろう。
目の前に佇む女性に言い表しようの無い恐怖感を感じ、思わず息を呑む。
ブラッドのたじろぐ姿を見て、女性は乾いた声で笑う。
「アハハハハ……聖皇の御ため……昼も夜も問わず……アズーフ島監視哨を監視してる……ナリーマよ……」
不滅隊の者、と解るや否やブラッドはペコリと頭を下げる。
「ご、ご丁寧にありがとうっす、オレはブラッドって言います。しがない新米傭兵っす」
ナリーマは不意に笑いを止め、眼を見開いて睨む。
「この地は……皇国軍の作戦領域……立ち去る……ことよ……さもないと……」
人形のようにカクンと動き、力なくブラッドのことを指差す。
「消すわよ……」
氷のように冷たく尖った声……いや、そんな声ではないのだがナリーマの身体から発する殺意めいた空気が、ブラッドにそう錯覚させている。
『あ、あの、オレは別にアナタの仕事の邪魔しにきたわけじゃないんすよ。ウチの社長からの命令で、アナタに差し入れを届けてくれって……』
……と、言いたいのだが、身体全体が凍り付いて動けない。
「あら、貴方……何か……こう……言いたそうな顔……してる……そうよ、そうだわ……なんなの……?」
殺意を潜めるナリーマ。
好機と踏んだブラッドは、社長から渡された小包を見せる。
「こ、これ……ウチの社長からの命令で、アナタに差し入れを届けてくれって」
小包を見た瞬間、ナリーマの眼が変わり、顔を隠す布の上からでも解るくらいに頬を染める。
「そ、それは……不滅隊への差し入れ……貴方……なんなの……よ……」
身体全体を小刻みに震わせ、小包を受け取る。
「ああ、不滅隊への差し入れ……華美で……妖艶で……それでいて清楚な香り……み、身も……心も……洗われる……流される……」
中に何が入っているのかは知らないがとにかく助かった、とブラッドは一安心した。
「とても……とても……貴重な品よ……それを……届けてくださるなんて……あああ……なにか……貴方に……そう……お礼をしなくては……いったいなにが……」
小包をその腕に抱きしめ、ナリーマは夢うつつのような顔で喋る。
「あ、いえ、いいっすよお礼なんて。じゃあオレはこのへんで」
あまりの恍惚ぶりに不気味になってきたブラッドは、そう告げると踵を返す。
「あら……遠慮なさらないで……そうよ……そうだわ……よいこと……そう、よいこと……教えてあげる……」
肩をがっしりと掴まれ、歩みを止められる。
「貴方の後ろ……青く……そう、青く光る……紋様が見えて?」
ナリーマの指差す方を見ると、紋章のようなものが浮かんでおり、青く淡く光っている。
「『移送の幻灯』というの……我が国の……皇国の……そうよ、誇り……」
一拍間を置く。
「偉大な……錬金術師たちが……開発した……人を……ばらばらにして……飛ばし……また……つなげる……装置なの……」
ブラッドは話が見えない。
「怖い……? そうよね……あたしも怖い……どんな仕組みか……よく分からないから………でも……世の中の……装置なんて……ほとんど……そうじゃなくて?」
ふうぅ……と妖艶な吐息を吐く。
「これを使えば……一瞬で……分解され……粒になって……王都の……
そう「六門院」に……飛ばされ……また、ひとつに……えと、再構成されるの……
しかも……こちらから……あちらへ行けば……あちらから……こちらへも……
来られるようになる……怖いけど……分からないけど……便利よ……」
「い、いや、いいっすよ。オレは徒歩ります、健康のために。それじゃっ!!」
ナリーマの手を解いて走り去ろうとする。
が……いくら離そうとしても、ナリーマの手はがっちりとブラッドの肩を掴み離れない。
「……いるのよね……たまにこういうボーヤ……でも……それがまた……愛しくて……美味しくて……」
「な、何言ってるんすか? あの、離してもらえますかね? お、オレ、まだ新米なんでサボってるわけにはいかないんすよ」
「まだ……解ってないのね……貴方の仕事は……移送の幻灯を使うこと……」
しどろもどろになるブラッド。
「い、いや、オレ船に揺られて帰りたいんっすよ。釣り人なんで。ははは、だ、だから」
「ああ……可哀想な人……だけど……愚鈍……貴方は虫……あたしを無視……」
ナリーマは空いた手で、己の顔を覆っていた布を下げる。
「な、何を」
思わず、ゴクリと喉がなる。
整った鼻筋……切なそうな目つきが、長い睫毛をより目立たせる。
不気味なまでに白いその肌は、きめ細かく滑らかで、美しい。
少し小さい唇は柔らかそうにふっくらとして、艶かしく潤っており、桃色のゼリーのようだ。
舌がゆっくりとなぞられると、ぷるんと震えたかのように見えた。
キュッと唇が窄められる。
「ふーー……………」
「うわっ」
ナリーマの吐息が、ブラッドの顔に吹きかけられる。
すると、首の座らない赤子のように身体を揺らした後、そのまま崩れ落ちた。
「ここは……あたしの巣……あたしは女郎蜘蛛……貴方は胡蝶……可愛い……美味しい……愛しい……餌……贄……」
鼻につく甘ったるい香りで、意識が呼び戻される。
ブラッドの眼に映ったのものは、上から釣られたランプの淡い光。
柔らかい敷布団に寝かされ、青い垂れ幕のようなものがテントの骨組みから垂れ下げられている。
紫色の煙は、御香のものだ。
どうやらテントの中で眠っていたらしい。
「……気が付いたのね……」
声のした頭上へと視線を向ける。
そこにはナリーマが立ち尽くしていた。
「な、ナリーマさん」
ふと、肌寒いことに気付く。
ブラッドは己の身体へと眼を向けると、心底驚いた。
「えっ!? お、オレ裸!? な、何で……どーして!?」
一糸纏わぬ裸体に剥かれ、尚且つナリーマのいるこの状況を理解出来なかった。
「はあぁぁ………」
首を擡げ、恍惚とするナリーマ。
すると、上着から順に不滅隊の服を脱いでいった。
「ちょ、な、ナリーマさん!?」
特殊な着付けにも関わらず、器用に一枚一枚脱ぎ捨ててゆく。
そして、金の装飾のついた小手、首飾り、脛当を残し、最後にターバンを外す。
美しいブロンドの髪が露にされ、ふわりと舞う。
ブラッドは、ナリーマの肢体を呆然と見つめ、視線が逸らせない。
「うふふ……」
小さな笑いと共に、頬を染める。
ゆっくり、ゆっくりと、ブラッドの許へと歩み寄る。
「あ、ああ」
ブラッドは起き上がろうとしたが、身体に力が入らない。
ふわり、とブラッドの隣へと座り、横になる。
人形のように、整った顔立ち。
ふくよかな唇は端が持ち上がっており、楽しそうな表情だ。
ナリーマが息遣いするたびに、その身体中から引き寄せられそうな甘い香りが匂ってくる。
雪のように白い肌はうっすらと朱が差され、桃色をしていた。
筋肉がまるで無いかのような、ムチムチと熟れた肉付きをしており、乳房はかなり豊満で少し垂れている。
見た目の若さと均整がとれていない妖艶な身体つきだが、それがまた不思議と美しい。
「若くて……逞しくて……ふふ……美味しそうな餌……ああ……良い匂い……」
舌先を覗かせ、唇を舐めるその様は、ラミアの行ったそれよりも遥かに獣じみていた。
ナリーマはブラッドの顔を両手で持つと、その唇を奪った。
脳天を突き抜ける甘美な感覚に、酔い痴れる。
舌と舌がお互いを洗い合うかのように、擦れ合う。
「はふっ……はふぅっ……」
ナリーマの切なそうな吐息が零れる。
ブラッドの胸板にその豊満な乳房を押し付け、一瞬で猛った男根を股に挟んで己の秘裂になぞらせる。
「あぅ……」
「うあっ」
敏感な所同士が擦れ合い、舌の愛撫にも熱が篭る。
ナリーマの舌を絡めとるかのように蠢きだし、不意に口を離した。
唾液の細い綱が二人の間に垂れる。
「貴方は……あたしの餌……でも……あたしも餌……若い野獣に無残に貪られる……白兎……」
「な、ナリーマさん、オレ、この状況がよく解らないんすけど」
「ナジャ社長からの……本当の差し入れ……それは……若いオス……そう……青臭い汁を沢山蓄えた……可愛い……美味しい……甘美な……オス……」
ナリーマの言葉に驚く、ブラッド。
「さあ……若くて……乱暴で……無慈悲な……野獣……あたしを……貪って……引き裂いて……潰して……喰らい尽くして……」
大きく口を開ける、ナリーマ。
暗い青の瞳が、いつのまにか真紅に染まっている。
舌を延ばしてくる。
その舌の上には、蠢くゼリーのような物体が乗っていた。
「んっ!?」
ナリーマはブラッドの唇に舌を差し込んで抉じ開けると、その物体を口内に流し込む。
物体は己の意思を持っているらしく、スライムのように這いずりながら喉へと進んでゆく。
音を立てて喉を通り、胃に落ちる。
即座に唇を離す、ナリーマ。
「う、うごっ……げほっ、な、なんだコレ……」
身体の自由が利かないため、顔を逸らせて咳き込む。
「……蛇の……印……」
「な……? う、うぐぐぐっ」
ブラッドは腹が焼けるように熱くなり、血液が沸騰しているかのような感覚を感じ、苦痛に呻いていた。
「う、うがぁぁっ……!」
自分の下で苦しむブラッドを見て、ナリーマは楽しそうにその様子を見つめていた。
「ぐあっ!」
つま先から脳天に電撃が、一閃。
次の瞬間に、痛みは消え去っていた。
そして苦痛に替わり、激しい欲望が腹に渦巻きだすのを感じる。
己の分身が膨張しすぎて破裂するのではないかと思うくらい痛む。
ナリーマは猛り行く男を愛しそうに見つめる。
そしてブラッドの身体から降りると、無防備に腹を見せて寝転がる。
「あぁ……偉いわ……よく……耐えぬいたわよ……さぁ……あたしを……壊して……」
自分の腕で柔らかそうな乳房を寄せ上げ、オスを誘う。
「はぁっ、はぁっ」
ブラッドは呼吸を荒げ、ナリーマの白い裸身に吸い込まれるように覆いかぶさった。
「そ……そうよ……本能のままに……あたしを……貪って……」
ナリーマが求める前に、ブラッドは既にその柔らかい肉体の感触を楽しんでいた。
「は……あんん……んむむ……!」
ブラッドはナリーマの頭を押さえつけて強引に唇を奪い、舌でねじ開くと、そこに潜んだ舌を絡め取る。
弄び、舐め尽し、吸い尽くす。
「あぁぁぁ…………」
肉食獣のように頬を舐め上げ、そのまま耳朶へと進み、執拗に舌で攻める。
ブラッドは押さえつけていたナリーマの頭を離し、両手で豊満な乳房を堪能する。
「あっ……」
その実が熟れて垂れ下がり、捥がれるのを待っているかのような果実……まさに最高の柔らかさ。
型の崩れないゼリーのようにぷるぷるとした桃色の突起を、指でこね回す。
「はぅん……!」
シャリン、と首に着けられた金の装飾が音を鳴らし、身体を弓なりに反らして白い扇情的な喉を露にする。
思わずその喉に喰らい付き、その肌を舌で蹂躙した。
「ああぁ……喉に……喰らい付かれ……今……あたしは……喰い殺される……哀れな草食獣……」
ブラッドはそのまま下りていって、鎖骨から乳房へと口を移す。
「あ……」
突起を口に含み、強烈に吸い上げると、
「はああぁん!」
ナリーマが快感の嬌声を放つ。
突起から甘い果汁でも吸い出すかのように強く吸引し、テント内にその音が響く。
「あ……ああ……」
吸引を止め、今度は舌で突起をころころと弄び始めた。
舌に弾かれる度に滑って逃げる突起を、また舌が追いかけては捕らえて舐め回す。
まさに好き勝手に弄ばれる、という様だった。
左右の突起が唾液に塗れて光っている。
その周辺には吸引の強さを物語る、赤い痕が点々と印されていた。
ブラッドがナリーマの身体を更に下る。
金色の茂みの下にある、綺麗な紅色の秘裂に眼を向けた。
「ああ………」
恍惚としながら、自ら脚を大きく開いて女の器官を見せ付ける。
視線が釘付けになった隙にナリーマは少しずつ身体を動かし、ブラッドの身体の下に潜り込む。
まるで別生物のように猛った男根へと手を伸ばし、しっかりと握り締めた。
一瞬身体を弾くブラッド。
先端の鈴口から漏れる露を見て、喜悦の吐息をするナリーマ。
お返しと言わんばかりに、紅色の秘裂を指でなぞる。
「はうっ……」
その行為に悦びの声で応えた。
卑猥な粘着質な音。
ナリーマが上となり、互いの雌雄の器官を愛撫しあう。
耳まで赤く染め、熱心にブラッドの男根を吸い上げる。
口を離し、舌で先端を舐め回しながら幹を手で扱く。
「この……絹のような……舌触り……ああ……なんて甘美……永遠の……至福の……一時……」
ナリーマは執拗に先端を攻め続け、粘膜の滑らかな感触に酔い痴れていた。
「う、うううっ」
苦痛にも似た呻き声。
膨張しきって痛みを生む器官が、ナリーマの舌と手によって苦痛から甘美なる感覚へと変わっていく。
「はあ……愛しくて……熱くて……凶暴で……素敵……」
口内や手の内で弾ける男根を弄ぶ。
射精へと近付いていく様を楽しんでいるようだった。
「うっ!!」
ブラッドが身体全体を弾かせ、跳ねた。
同時に男根の先端から絶頂の証である白濁した粘液が大量に放たれる。
丁度良く尿道口を舌で舐っていたところだったので、それはナリーマの口内へと飛び込んでいった。
突然の射精に驚く様子もなく、先端をしっかりと咥えて受け止める。
二度、三度、四度と身体を弾かせ、そのたびに発射する。
萎えることを知らぬ男根から口を離すと、ナリーマはブラッドの方へと顔を向ける。
つるー……と、先端と唇を濃厚な白濁液が結んだ。
勢い良く発射されたそれは、ナリーマの顔にも飛び散っており、胸元にも幾らか垂れていた。
妖艶な微笑みを浮かべると、喉を上下させ、口内に溜まっているであろう粘液を飲み込む。
「あああ……久しい……男の精気……何て……濃厚で……青臭くて……元気で……熱くて……美味しくて……」
飛び散った粘液を指で弄び、己に塗りたくる。
「何よりの……差し入れ……ああ……」
悦に浸り、艶かしく舌を覗かせる。
その様を見たブラッドの肉欲は更に燃え上がる。
ナリーマの尻を掴み、掲げさせると火照った秘部へ口を付ける。
「あ……あぁぁ……」
貪るような舌の動きに腰を振るわせ、喘ぐ。
潤滑液に塗れた秘裂がブラッドの唾液に濡れ、唇、陰核、すべてに塗りたくられていた。
男を受け入れる肉穴から更に潤滑を促す粘液が分泌され、淫靡なる花が香り更に勾引かす。
存在を誇示するかのようにぷっくらと立った雌蕊を舌で転がすと、歓喜の悲鳴を上げた。
「はぁうっ!!」
敏感なその突起を更に弄ぶと、秘穴はひくひくと物欲しそうに蠢き、男根を受け入れるべく潤滑液を溢れさせた。
秘裂から口を離すと、ブラッドはナリーマと向き合うようにし、腰を掴む。
凄まじい硬度を保ったままの男根は、己の発射した白濁液に塗れて半透明に透けて見えた。
「そんな……非道い……精液に塗れたままのを……でも……何て官能的で……背徳的な……行為……」
ナリーマは己の秘裂を指で開く。
「あ……はぁっ……!」
性欲に熱された肉棒が柔らかい膣内を開拓し、深奥へと進む。
充血して赤みを帯びた男根が秘裂を切り裂くかのようにめり込み、幾重にも襞を纏った肉壁を掻き分けてゆく。
「か……硬い……太い……熱い……」
唇の端から涎をだらしなく垂らし、夢幻の境地に達しているナリーマ。
脚をブラッドの腰に廻すと、逃れられないようにしっかりと捕まえると、それを合図に艶なる伽が始まる。
内部から大量に分泌される潤滑液のおかげで、ブラッドは己の分身を思うままに暴れさせていた。
狭い膣内と男根は、分泌された粘液によって寸分の隙間も作らず、密着しあった粘膜同士は音も無く行き交う。
「あああ……はあああ……か、快感……」
うっとりとした笑みを浮かべ、悦に浸っているナリーマ。
ブラッドは吸い付くような柔らかい双房を弄び、張った頂点の突起を指で擦り上げる。
腰が振られる度に二人の結合部が女の蜜に塗れてゆく。
「あたしが……こんな……坊やに……犯されて……あっ……ああぁぁぁ………」
思い切り深くまで挿入しては、一気に引き抜かれて。
膣内の至る所を亀頭の鰓で蹂躙され、ひたすらにナリーマの肉体を貪るブラッドの様は、さながら強姦の構図に見えた。
「あぁぁ……もう……イキそ………はうっ!!」
身体全体を弾かせ、シャランと装飾が鳴る。
だが性の野獣と化したブラッドにはどうでもいい事だった。
絶頂と同時に、内部が更に締まった。
「ぐうっ……!」
快感に呻きながら歯を食いしばり、動きが早まっていく。
「しゃ、射精の兆し……? ああ……中は駄目よ……そ……外に……」
ナリーマが拒絶の言葉を続けようとしたが、
「ううっ!!」
「あっ……」
膣内の男根が最高に太く硬くなり、弾け、そして跳ね回る。
最深部へと、大量に精を撒き散らした。
「酷い人……躊躇もせず……大量に……子宮が……熔けそう……」
最奥に精液を流し込まれながら呟く。
被虐の快感に燃えながらも脚をしっかりと絡ませており、どの道ブラッドが男根を抜く事は能わなかった。
絶頂の放出を終えたブラッドは、怒張の収まらぬ己の一物を引き抜くと、それをナリーマの顔に持っていく。
ナリーマは白濁液と潤滑液に彩られたモノを手に取ると、二人の欲望の残滓を舌で綺麗に舐め取る。
「美味しい……」
上の空のように呟くと、己の乳房を寄せ上げて男根を包み込む。
そしてそのまま亀頭を舌で舐め、乳房で幹を愛撫し始めた。
「熱い……まるで……炎に焙られた……鉄の棒……」
上下させ、捻って包み込み、極上の柔らかさを堪能させる。
ビクビクと胸の内で痙攣する肉棒を愛しそうに見つめ、喜悦の吐息。
「気持ち……良いのね……? あはは……そうよ……欲望に……身を任せて……」
ナリーマの愛撫の速度が上がり、柔肌に液が染み込んで粘質な音を立てる。
ブラッドの震えが大きくなってゆく。
「ぐっ」
くぐもった呻き。
同時にナリーマの頭を掴み、強引に先端を咥えさせた。
電撃に打たれたかのように身を大きく弾かせ、再び欲望を吐き出す。
「んん……」
口内で放たれる精液を、当然のようにして舌で味わってから飲み込んでいた。
「ぷはぁ……」
たっぷりと味わい、満足そうに口を離す。
「三発目の射精……なのに……まだまだ濃厚……凄いわ……」
余韻に浸るナリーマだったが、ブラッドはお構いなしと言った様子だった。
その細くて美しい腰を掴むと、身体の向きを変えさせる。
「あん……」
尻を掲げさせ、家畜の格好をさせた。
紅色の形の良い秘裂から濃厚な白濁液がドロリと垂れ、金色の茂みを卑猥に彩る。
秘裂を広げて膣口を開くと、男根を一気に奥底まで打ち込む。
「くうぅ……深い……」
ナリーマの形の良い尻にブラッドの骨盤がぶつかり、乾いた音を放つ。
亀頭は子宮をゴツゴツと叩き、激しく腰を打ちつけると嬉しそうに尻肉が跳ねる。
「あはぁぁぁぁ……こ、壊れる……」
両脇の腰をしっかりと掴み、逃がさない。
快感の赴くまま、本能の赴くままに、ただひたすらにナリーマの内部を掘り続ける。
一突きごとに結合部から二人の交じり合った粘液が零れ落ちてゆく。
ブラッドはナリーマの背に圧し掛かり、魅惑的に揺れる双房へと手を移す。
「あん……あぁん……あ……っ……もう……駄目……」
耳まで紅が注し、息も絶え絶えで己の限界を感じる。
早く絶頂に導かれたい一心で、ブラッドの動きに合わせて腰を振るナリーマ。
引き抜かれるときには、男根が抜けてしまわないように無意識に締め付け、打ち付けられるときには己の最も感じる場所に当たるように腰を捻る。
同時にナリーマは、膣内のブラッドが徐々に硬さと太さを増してゆくのを感じた。
「も……うっ……いっ……イ……ク……!」
下半身から生まれる快感の奔流に脳内は支配され、溺れる。
「ぐぅっ!!」
一際強烈な打ち込みと同時に、男の煮え滾った欲望が最奥で噴出された。
「あっ……あっ……はあああぁぁぁぅぅんんっ!!」
溶岩の如く熱い精が子宮を快感で溶かす。
涎を垂らし、舌をだらしなく覗かせて、絶頂を迎える。
結合部からは精を流し込むたびに、収まりきらなかった精液が溢れ出ていた。
「あ、貴方が……また……あ、あたしに……用があるなら……使って……あの、あたし……つぶつぶな……貴方でも……見つけるわ……ええ、きっと……」
はっ、と我に返る。
先程と変わらない、陰鬱とした湿地帯。
木々が風もないのに揺れる。
ブラッドは辺りを見回し、しばらく惚けた。
「どうしたの……?」
ナリーマの声。
紛れも無い、声。
頭の中に残って離れない、妖艶で美しい嬌声。
夢、だったのだろうか……と、頭を捻らせる。
「大丈夫……?」
綺麗に澄んだピジョンブラッドのような瞳から、冷ややかな視線を感じる。
「あ、は、はい、大丈夫っす。ちょっとボーっとしちゃいまして……そ、それじゃ……オレは失礼します」
一礼し、場を去るブラッド。
……数歩分離れてから、気が付いた。
ナリーマの青鈍色の瞳が、血のように真紅だったという事を。
ブラッドは恐る恐る振り返る。
視界を濁す、濃霧の先に妖しく真紅なる二つの眼光が、そこにあった。
だがブラッドはその眼を見つめると、不思議と恐怖感が消えていった。
何故なら、あの甘美なる肉の感触が身体に染み付いて離れないのだから。
脳髄が蕩けてしまうかのような、あの性本能の野獣に再びなれるのなら……またあの光に魅入られたい、と思ったから。
「本来、俺の体験はカダーバに差し入れを持っていった人間なら、誰もが経験することらしいんす」
ジジジ……と、行灯の中の炎が揺らめく。
「でもこの事を覚えてるヤツってのは、ほんの一握りの限られた男だけっすね。淫夢の記憶は消されちまうみたいなんです」
視線を落とし、大きなため息。
「で……その不滅隊のナリーマさんに気に入られたヤツだけは、記憶が残ったままだとか」
そわそわとするジューンとは対照的に、アルーアは落ち着いた様子だった。
「なるほどね。それじゃあ貴方が青魔道士になった理由は、もしかして……?」
「ええ……あの時の快感が忘れられなくて、気が付いたら青魔道士になって、アズーフ島監視哨に通って……」
バツが悪そうに頭をがりがりと掻く、ブラッド。
アルーアは熱心に手帳に文字を綴る。
しばらく執筆に専念し、綴り終えると筆を躍らせて、ふうっと一息つく。
「貴重な体験談をありがとう、今日はもう遅いわ。帰ってゆっくり休んでちょうだい」
「はいっす、それじゃあ……おやすみなさいっす」
ブラッドは深々と一礼すると、腰掛けていた寝台から立ち上がり、そのまま部屋を後にした。
静寂が二人を包む。
アルーアは書き綴った内容に誤字脱字が無いかチェックしている。
一方ジューンは、俯いたまま反応がない。
「ア、アルーアさん」
「ん?」
「な、何なんですか……今のお話」
下半身をもぞもぞさせて、頬を赤く染めているジューン。
「言ったでしょう? 編集長に任された特集作りの他に、個人的な手記を書いてるって……」
うろたえる事無く、さらりと返した。
「いつかジューンにも手伝って貰いたいからね。今のうちに耐性つけておかないと、って思ったのよ」
え? と驚くジューンに、アルーアは身を摺り寄せると不意に唇を奪い、そのまま後方に押し倒した。
――ジュノ。
全世界に向けて発行される新聞、ヴァナ・ディール・トリビューン本社。
チーフデスクには所長のタルタルが腰掛けており、その傍らには栗色の髪を後ろで結んだミスラが身を屈めて立っていた。
ジューンが担当したと言う「近東の皇国の魅力、ようこそアトルガン」の広告を手にし、にらめっこしている。
「うーむ、鎖国同然の皇国が観光チラシを作るとは……意外に皇国の台所は火の車か?」
「さすがジューンちゃんですニャ、皇国の見所や人口数、名物料理、皇国独自の諺……よく調べましたニャ」
所長の後ろから広告チラシを覗き込んでいるミスラが、瞳を輝かせている。
「まったく……けしからん。こんなものを作るためにジューン君は皇国に向かわせたんじゃないんだぞ」
鼻息を荒くついて憤っているように見せるが、内心は『よく書けている』と誉めているのがよく解った。
「面白そうですニャー……所長、わたしもアルーアさんの所に行って、皇国の取材を手伝いたいですニャー」
満面の笑みを浮かべる、ミスラ。
「うーん、構わないが……ナダ君」
ナダ、と呼ばれたミスラが「ん?」とでも言うように首を傾げる。
「副業は表立ってやらないように。いいね?」
所長の楽しそうな顔に、ナダは
「はーい」
と、子供のような良い返事をした。
→―アルーア・シュドリアンヌの手記3、ナダ・ソンジャのコラム―
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