―アルーア・シュドリアンヌの手記―
―アルーア・シュドリアンヌの手記2、ジューン・ラウリンドの広告―
―アルーア・シュドリアンヌの手記3、ナダ・ソンジャのコラム―




メトト:タル♀f4A
アルーア:エル♀F3A
ジューン:ヒュム♀F1A
ナダ・ソンジャ:ミスラF7B
所長 タル♂f3A

青魔のお二人はご自由なフェイスで妄想ください。



美しい赤い三日月が、夜空を彩る。
藍色のやや明るい夜空に散りばめられている星々がうっすらと輝き、それを朧げにする薄布のような雲。
乾いた風と共に雲は彼方へと舞い、去ってゆく。

アトルガン皇国。

大陸との国交が解禁された現在、この国には様々な人間が織り成す都だ。
国を追われた者、商人、職人、冒険者……
夢を見るためにこの地に降り立ったのか、否応なしにこの地にくるしか無かったのか。
それは当人達にしか解らぬ事であり、他人からは知るよしもなく、そして詮索する事でもない。
自らが名乗らねば一括りで『大陸からの来訪者』なのだ。
その者達が皇国に来て何をしようが、知ったことではない。
全ては皇都、皇国の民、そして聖皇のために、この国の兵士達は動いている。

そう、例え宿の一室が常に明りが灯っていようとも気にはならない。
中から嬌声が発しようとも、気にはしない。
怒声や悲鳴が聞こえようとも、気にはしない。
その部屋の借主が、濃厚な油の匂いを漂わせても気にはしない。


そして今日もまた、アトルガン皇国の陽は暮れてゆく。
おなじくして、とある貸し部屋の一室から聞こえる悲鳴、怒声も又始まる……


「ジューンさんっ! ほらココ、『ら』が抜けてますことよっ!」
「は、はいっ」
金色の髪が煌き、ツインテールがフワリと揺れる。
スペクタクルズをかけたタルタルの女性が羊皮紙を突き出し、ジューンに指摘する箇所を促す。

少し広い一室に長方形の机……その上には黒インク、羊皮紙、木製紙、羽ペンが無造作に置かれている。
そこに腰掛けるアルーア、ジューン、ナダの三名。
髪の毛を乱暴に描きむしりながら右手を動かすアルーアに、口をまごつかせながら没頭するジューン。
半分泣いているような顔で作業を進めるナダに、机の上に直に座り、積まれた原稿をチェックするタルタルの女性、メトト。
「ナダさん! コラムのページ数が4ページから先が全部4になってますわよ!」
メトトの一喝が部屋に響き、驚きからかナダが飛び跳ねて机が揺れる。
「あああっ、字がぶれちゃったぁぁ」
ジューンが涙を浮かべ、思わず言葉を発する。
「まったく仕方がありませんわね! 以前も注意なさったでしょう? 気をつけてくださいな!」
「わ、わかったニャー」
しょげるナダとジューンに構うことなく、メトトは原稿ページ数の訂正を行う。
「アルーアさん」
「んー、なに?」
「口舌の刃はもう少し控えて下さいまし。あくまでこの雑誌は皇国特集であって、良い所だけをとりあげて欲しいのですわ」
「あー……ごめんごめん、適当に直しといて」
互いに目もくれずに言葉が行き交う。
「テ・キ・ト・ウ、ですの? いけませんわねぇ、記者がそんな単語をお使いになられては」
スペクタクルズをクイと指で正すと、その黄銅の縁がキラリと輝く。
「それも編集の仕事でしょ? 私は原稿に忙しいの。オッケー?」
「あらあら……アルーアさんの原稿次第でワタクシの編集の仕事も減るのですけれどねぇ」
声を荒げない二人の様子が、返って不気味さを増す。
場の重い空気に、ジューンは思わず冷や汗を垂らした。
「ほらほら、ジューンさん! 手が動いてませんわよ!?」
「は、はいっ!」

陽もすっかり落ちたアトルガン皇国、辺民街の一室からは今夜もまた、消えぬ明かりが灯っていた。


メトトの課した締切、それはかなりのハードな期間であった。
せめてもう少し時間をちょうだい、とアルーアはお願いしてみたものの、
「この企画が立ち上がったのは何ヶ月前でしたかしら?」と、冷やかな眼と声で一蹴されてしまった。
メトトの話によると、ヴァナディール・トリビューンは今現在、廃刊寸前だと言う。
冒険者達は知恵を身につけ、一般の人間は各冒険者個人の発行する特集雑誌や、自伝ばかり購入するらしい。
公式の発行雑誌は目新しい事もなく、冒険者達のような個性的で愉快なコラムもなく、今や風前の灯火。

「我が社の運命はアナタ達の双肩にかかってらっしゃるのです、何としてでも珠玉の一冊に仕上げますのよ!」

メトトの鼻息荒げながらの言葉に、アルーア達はガクリと肩を落としたのだった。


「ああ……誰か私にヘイストくれないかしら……」
アルーアがぶつぶつと呟く。
「アルーアさんの筆の速さではあまり効果は得られませんことよ、特性で原稿完成速度アップでも覚えてからおっしゃってくださいな」
メトトの言葉がアルーアの独り言を一蹴。
「メトトさん……後でコーヒー……いれてくれませんか……? 濃いめのを……」
「胃に悪いですわよ。そのぶん砂糖とミルクを多めにしてお渡ししますわ」
ジューンの疲労に塗れた弱々しい声と違い、毅然とした声で返答する。
「にゃ……ニャーが最強ニャー……」
「1+1は?」
「よん?」
「大丈夫みたいですわね」

重い空気の中、ペン先が紙に擦られる音が妙に大きく聞こえる。
時にため息、時に安堵の一息。
うめき声は常に発せられ、そして大きな喝が飛ぶ。

眠らぬ街アトルガン皇国辺民街・通称白門……今日もまた、一室の明りは灯ったままだ。



どれくらいの時間が経過したか、もう解らない。
ただ一心にペンを走らせている時ほど、時間の経過を早く感じることはない。
いつの間にか眠りにつき、ふとした瞬間に眼を覚ましてはまたペンを走らせた。
時折メトトが外に行き、三人の飲み物、おやつなどの差し入れを買ってくる。
合間を見てはパンをかじり、コーヒーやチャイを啜る日々。
胃に鉛の重りを乗せられるような感覚と背中に感じる寒気にも似た、締切の期限という悪魔がアルーア、ジューン、ナダの三人を超人に変える。
メトトの厳しい原稿チェックにも動じない。

世に言う『修羅場』だ。

ただただひたすらに、没頭する。
ペン先が折れようとも、インクが垂れようとも、ペンを持つ手の小指が痛もうとも、歯を食いしばり必死に。
髪の毛にタンパク汚れが付こうが、目の下に隈を作ろうが、遠近感覚がぼやけようが、ただ必死に。

四人一丸となって、作業にとりかかり、また陽は暮れてゆく………








「……はい、総ページ数200、不備なく確かに。お疲れ様でしたわ、皆様」
メトトが原稿を縦に持ち、トントンと机で形を正す。
にっこりと、メトトが微笑む。

「……はぁぁ〜〜……」
肩の力を抜き、アルーア、ジューン、ナダの三人は同時にため息をついた。
「お、おわったぁぁ……」
机に顎を乗せ、アルーアは呻く。
背もたれに身体を預ける、ジューン。
大きく伸びをする、ナダ。
眩しい朝日が部屋を照らし、三人共通して、髪の毛がぼさぼさで目の下には隈を浮かべている。
「お見事です、皆様。では早速ワタクシは複製誌を一冊仕上げますわ」
本社に送る際に、万が一配達事故で紛失しても良いように、予め一冊コピーの雑誌を作成するのがメトトのやり方だ。
ウィンダスの魔法学校を首席で卒業したメトトの複製魔法の速さは折り紙つきであり、大量の雑誌を発行する際には必ずメトトが携わるくらいだった。
原稿をタルタル用の背の低い見台に置き、ペンと紙を魔法で浮かして複製作業にとりかかる。
「皆様、よろしかったら船宿でお休みになられては如何? お風呂にも入りたいでしょうし、足の伸ばせる寝台でぐっすりと眠りにつきたいでしょう?」
魔法で命が宿ったペンが、さらさらと紙に文字や絵を書き込んでいく。
「予約は済ませてありますわ、ワタクシに遠慮なさらずお休みになられて下さいな」
修羅場の際の『鬼メトト』とは打って変わり、『天使メトト』になったと三人同時に確信する。
「ありがと、メトト。お言葉に甘えさせてもらうわ」
「ありがとうございます」
「ニャー」
お辞儀する三人を見て、メトトは再度にっこりと優しく微笑む。
「いってらっしゃいまし」
その言葉を背に、三人は宿を後にした。



順調に複製を進めるメトト。
最後にもう一度、複製をしながら原稿のチェックを行っている。
誤字脱字、掲載された絵の貼り間違い、上下反対等は無いかと再度眼を通す。
最後の最後で追い込みをかけた原稿ほど、妙に不自然な箇所があるものである。
同じ単語が二行続けてあって読みづらかったりする時は同義語に変換したりなどするが、そういった事が出来ていなかったりする。
些細な事だが『読む側』の立場を考えるなら、そういう修正は至極当然のものだと思う。
長すぎる文章を指摘し、削らせるのも然り、読ませるためにあえて長い文章を羅列するのも然り。
文章というのは、平たく言うと自己満足であり、そして自己表現の塊に過ぎない。
だからといって意のままに書いた文を製本し、読み手の事を考えないで雑誌を発行した日には、その本を手に取った消費者側に失礼だ。

『読んでくれる』

だからこそ、記者は気を遣って文を書き、そして書き上がったそれを担当が慎重に編集する。
メトトはこの仕事に、誇りをもって挑んでいるのだった。

作業は順調に進み、陽が空の頂点に達する頃には複製はすっかり終わっていた。
「これにて終了……完璧ですわ」
スペクタクルズを外し、首にぶら下げ、眼をこする。
複製原稿を封筒に大切にしまい、見台に置いた原文原稿を取り、これもまた封筒にしまう。
ペンを手に取り、『発行用原稿』『原文』と各封筒に書き記し、複製原稿の入った封筒を脇に抱える。
メトトはインク油の匂いとコーヒーの香りに包まれた部屋を後にした。


宿を出て、競売所のある区画へと移り、配達員に複製した原稿を手渡す。
「ジュノ大公国、ヴァナディール・トリビューン本社宛てでお願いしますわ」
そう告げると配達員は「かしこまりました」と承諾し、一礼する。
アトルガン皇国からジュノへは転送魔法を用いた配達方法を実施しているため、明日には原稿が本社に届くであろう。
安堵のためかメトトは、はぁと思わず一息。
「ん〜……」
小さな身体で大きく伸びをし、深呼吸。
「さてさて……後は貸し部屋の片付けですわね」
最後の大仕事を前に心機一転し、メトトは帰路へとついた。


借りた一室のドアを開けると、ムワッと濁った空気が襲いかかってくる。
インク油の匂いとコーヒーの香り……甘い匂いも混じってるのは茶菓子やパンのものだろう。
辺りに散乱しているくしゃくしゃに丸められた紙。
澱んだ空気の中へと身を投じ、部屋の片付けに取り掛かるメトト。
濡れ雑巾と乾いた雑巾、ゴミ入れ用の麻袋にホウキとチリトリ。
職場をよく清掃するメトトにとって、これらの道具はよく使い慣れた物であり、必需品とも言えた。
「よいしょ……よいしょ……」
ペン先から飛び、床に点々と散ったインクをふき取る。
「まったく、世話の焼ける御方達ですこと……でも、課せられた事はしっかりこなす所はお見事ですわね」
まんざらでもない様子のメトト。
鬼編集と謳われつつも、細かな気配りや気遣いが出来、仕事を懸命に取り掛かった者に対して暖かく労う。
だから怒声を上げたり記者の尻を蹴飛ばすようなマネをしても、疎まれる事無く、頼られるのだ。
鼻歌交じりにテキパキと掃除をこなし、荒れ果てた一室が、元の姿を取り戻してゆく。

その時だった。

「あら……何かしら? コレ」
アルーアの机の上にある見覚えのない原稿を、メトトは手に取った。


「くー……すー……かー……」
そよ風と共に、三人の静かな寝息が飛び交う。
原稿を終えた記者三人は豪華なシングルベッドに寝ており、各々女性スタッフからマッサージを受け、大仕事を終えた後の開放感に身を任せる。
優雅な花風呂にも浸かり、食欲も満たし、小休憩の後のマッサージを受けている最中に三人は泥のように眠ってしまっていた。
この世で一番幸せな瞬間、とでも言いたげな寝顔。
修羅場を潜り抜けた後の睡眠は、何物にも代えがたいもの。
声をかける事無く、スタッフの方々はその場を後にした。

平和な一時。
三人の睡眠を阻む要素はもう何一つ無い。
このまま気の済むまで、惰眠を貪る。

……はずだった。

入口側のほうから怒声と、困り果てたスタッフの声が行き交う。
間もないうちに、その怒声の主はズンズンと部屋へ上がり込んできた。
幸せ一杯、と言いたげな顔で眠る三人を一瞥し、プルプルと身体を小刻みに震わせる。
身を屈め深呼吸し、体を反らして大きく息を吸うと、

「起きなさい、アナタ達ぃぃぃぃーーー!!!」

大気を揺るがす凄まじい怒声が発せられた。
その声たるは冒険者、傭兵達のシャウトに負けず劣らず大きな音量であり、夢の世界に漂っていた三人を現実に引きずり戻すには充分すぎる程だった。
「ぎゃーー誤字脱字!?」
「写真反転!?」
「ノンブルミス!?」
三人は思わず飛び起き、おろおろしながら辺りを見回す。
一拍置いて、今自分たちが船宿にいる事を思いだす。
「ふー……びっくりしたわ」
原稿を終えたことが夢なのかと思ったわ、とアル―アは安堵の息。
「びっくりしたのはワタクシのほうですわ」
三人の視線が声のした方に移ると、そこには腕を組んで口を真一文字にして立つ、メトトの姿があった。


「なーによメトト……原稿あがったんだから、休んでいいって言ったのはアンタでしょ?」
大きな欠伸をしながら語りかけてくるアルーアに、メトトの怒りの視線が突き刺さる。
「……コレ……なんですの?」
そう言いながら、メトトは原稿用紙の束を前に突き出した。
「あー」
呆けた様子のナダの声に、
「あー、じゃありませんことよっ!」
と、怒声で返し、視線をアルーアに移す。
ふんっと荒い鼻息を一つ。
「アルーア・シュドリアンヌの手記……」
冷たいながらも、熱い怒りを携えながら、語り出すメトト。
「正直、最初は敬服致しましたわ。仕事の片手間に個人のエッセイを書くだなんて、記者魂ここにあり、と」
鋭い場の空気に耐えかね、ジューンがアルーアに救助申請の視線を送る。
「中身を読んだら オ ド ロ キ !! ただの官能文書じゃありませんこと! 一体これはどういう事ですの!?」
「そりゃー記者たるもの、大人向けの文一つも書けなくて雑誌記者は語れないじゃない」
「皇国特集雑誌を作る身分でありながら、その皇国を取り扱った官能文書を作っていたとは、言語道断ですわ!!」
悪びれる様子もないアルーアに対し、メトトは怒り心頭に達していた。
「だってさぁ……」
「だっても何もありませんわ!! しかもジューンさんにナダさん、アナタ達まで制作に関わっているなんて!!」
眉を吊り上げ、三人を睨みつける。
「とにかく! この原稿は処分させて頂きますわ……それとこの事は所長にもご報告致します! 覚悟してくださいまし!」
三人に背を向け、立ち去ろうとするメトト。
「ちょ、ちょっと待って! その原稿書き上げるまで、どれくらいの月日を要したと」
「どんな言い訳も聞く耳持ちませんわ!」
アルーアはベッドから飛び跳ねるようにしてメトトの傍に寄る。
「メ、メトト……ちょっとだけで良いから! 話を聞いてちょうだい!」
必死に頼み込むアルーア。
背中越しに一瞥し、はぁと溜息を一つ漏らした。
「そうですわね、ワタクシとアルーアさんの仲ですもの……言い訳くらいは聞いて差し上げますわ、どうぞ」
両手を腰に当てて、アルーアと正面に向きあう。


「あっ、背中向けたままでいいわ」
アルーアの不可解な言葉に首を傾げながらも、言う通りにする。
「よろしくて?」
「うん、オッケーオッケー」
メトトはアルーアに背を向け、話を聞き入る姿勢になる。
「えっとさ、メトト……実はね」
瞬間、
「ブレインシェイカーッ!!」
「むぎゃっ!!」
凄まじい轟音と共に大気が震え、いつの間にか持っていたアルーアのジャダグナがメトトの後頭部を直撃した。
メトトは衝撃に足元をおぼつかせ、ふらふらとそのまま前のめりに倒れこんだ。
「ふーっ」
一仕事終えた時のような溜息をつくアルーア。
メトトの様子を心配し、ジューン、ナダの両名が二人の元へと歩み寄る。
そっとメトトの容体を確認するジューン。
「気絶してます。うまいものですね」
「ケガは大したこと無さそうですニャ」
「ええ、手加減したもの」
手にしたジャダグナを肩に乗せ、ポンポンと小気味よいリズムで弾ませる。
「流石は元冒険者ですニャー」
気絶したメトトの手に握られた原稿を、奪い取るアルーア。
「迂闊だったわ、この原稿を目につく所に置きっぱなしにしちゃうだなんて……メトトに加わってもらうつもりは無かったんだけど、こうなっちゃ仕方ないわね」
「良いんじゃないですか? メトトさんが居てくれると色々助かりますし」
「ですニャー。これは天運と見るべきですニャ」

メトトが気絶している中、女三人が奇妙な眼光を宿し、妖しく微笑む。


これから起こるであろう、饗宴を思い浮かべ。




喉の奥に感じる、血の味。
絡みつくように濃厚な不快で堪らない感触は、喉の渇きから来るものだ。
カラカラに渇いた気管に湿気た空気が入り、そう感じさせている。

 ……これは一体……

 何で、こんな不快な空気が?

意識の覚醒と共に生じた疑問。

 背中が冷たい……

布のような感触は感じるものの、敷かれたそれより更に下にあるものに体温を奪われているようだ。
これは何の感触だろうと考えるが、頭の中に響く鈍痛が思考回路を麻痺させる。

 ワタクシは確か……部屋を掃除していて……アルーアさんの原稿を見つけて……それから……

目を見開くメトト。
そう、アルーアに後頭部を殴られて、そこで意識が途絶えた事を思い出す。
辺りを見回すと、そこは薄暗い地下室。
四方の壁に燭台が置かれ、自分の寝かされている広い台にも燭台が、四つ。
ヒューム用の寝台と同じくらいの大きさだろうか……群青色のシーツが敷かれ、その台は石で出来ている。
身体に感じる違和感は、四肢を噛む頑丈な鋼鉄の錠。
突然の拉致監禁状態に、戸惑うメトト。
「こ、ここはどこですの……」
脳内でよぎった純粋な疑問が口から出る。
その時何処からか音が聞こえてきた。
カツン、カツンと狭い壁に音が跳ね返るそれは、足音。
段々と近づいてくるその足音……幾つもの音からして、恐らくは数人だと判る。
思わず不安から喉を鳴らし、背中に嫌な汗が垂れるのが感じられた。
大の字に寝かされた状態のまま、顔を起こしてその音の方へと見やる。


足音が間近に響き、燭台に灯っているであろう炎に揺らめく影が見える。
「あら、おはようメトト」
気の抜けた声。
燭台に立てられたロウソクを手にした、アルーア。
普段と変わらぬ、平常な声音にメトトの心に、急速に怒りの炎が焚き上がる。
「おはよう、じゃありませんことよっ!! アルーアさん、これは一体何の真似ですのっ!?」
小さな体躯からは信じられない程の大きな声。
部屋に木霊し、実音量よりも大きく聞こえる。
「まあまあ、落ち着いてよメトト。こうでもしないと、あなたにもアトルガンの素晴らしさが解ってもらえないと思って」
「落ち着けと言う方が無理ですわ!! 早くワタクシを解放してくださいまし!! 背中が冷えて、痛くて仕方ないですわ!!」
あーもう、とアルーアが人差し指で耳の穴を押さえる。
「あんまり大きな声出さないでよ、反響で耳が痛くなるわ」
「これを世間様で何と呼ぶかご存じ!? 監禁ですわよ、か・ん・き・ん!! 立派な犯罪ですことよ!!」
一向に話を聞かぬメトトに、取りつくしまもない、とアルーアは理解する。
大音響の壊れたスピーカーのような小さな淑女の様子に対し、ふぅと厭きれるような吐息を漏らす。

「これ以上は何を言っても無駄ね。アナタタチ、やっちゃって!」

パチン、と指を鳴らそうとしたのであろうアルーアだったが、期待にそぐわぬスカッと間の抜けた音。
「……鳴らないなら、やらない方が潔いですわよ」
思わずツッコミをしてしまうメトト。

すると、後ろからヒュームの男性二人が姿を現した。
青いターバンに、所々金の装飾が施された装束。
皇国でよく見かけた「不滅隊」……その者たちと同じ服装だ。
「い、いいんすか? アルーアさん、本当に……」
「オッケーオッケー。でも本番は物理的に裂けちゃうかもだから止めといてね」
挙動不審気味の二人に反し、満面の笑みのアルーア。
その笑顔のまま、メトトへと振り返る。
「メトト、ゆっくり楽しんでね。青魔はホント、最高だから」
そう言い、アルーアは去って行った。


アルーアの後ろ姿を見送る、部屋に残された三人。
姿が見えなくなると、二人の男性はメトトの方へと向き直った。
「……」

沈黙。
だがその瞳にはどこか怪しい光が宿っており、視線が体に突き刺さる。
アルーアの足音が完全に聞こえなくなった時、ようやくそのしじまを破った。
「あの、貴方達。よろしければワタクシを解放して欲しいのですけれど」
ジャラ、と錠を繋ぐ鎖が音を立てる。
同時に二人の男から『ゴクリ』と、嫌な予感を駆り立てる音が聞こえた。
心なしか呼吸も荒い。
「あ、あのー」
場のおかしな空気に、思わず苦笑いしながら呼びかけたその瞬間、二人の男の瞳の色が変化する。
有り得ない出来事……暗闇の中に妖しく灯る真紅の煌めきが、メトトを恐怖に包んだ。

一人の男が腕を交差させ、そのまま円を描くように回転させると、何もない空間に幾重もの鉤爪が現れる。
「きゃあぁっ!」
疾風のようにメトトの身体を過ぎ去ると、上手に衣服だけを切り裂いた。
羞恥から腕で大切な部分を隠したかったが、拘束されているためそれは不可能だった。
「い、いやっ! お止めになって!!」
石の寝台の上でもがくメトトに更に紫色の光が襲いかかり、ビクンと身体が跳ねた。
紫色の光のせいで己の四肢にまったく力が入らぬ事を悟り、抵抗の意思すら見せる事が出来ない。
二人の男が顔を覆うターバンを外し、真紅の瞳に欲望を滾らせながら歩いてくる。
「はあぁぁ……」
男達が大きく息を吐くとその開いた口から、三本に割れた紫色の舌を覗かせ、異様なまでに踊らせる。
メトトは男達の有り得ない形状の舌と真紅に燐々と燃える瞳を見て「ひっ」と小さな悲鳴をあげた。


瘴気を発しながら近づいてきた二人。
獲物を求めるその手が、メトトの四肢を掴んだ。
「ひ、ひぃぃっ!」
恐怖に塗れた瞳の端から、うっすらと涙を浮かべ、ただひたすらに怯えるだけ……。
またしても、何かが空間に浮かびあがる。
ポールアームのようなものが揺らめき、動き出すと、それはメトトを拘束している鋼鉄の鎖と錠を破壊した。
だからと言って自由の身になった訳ではなく、先程の紫の閃光のお陰で四肢の力はまるで入らず、逃げる事は能わない。
「んっ、んぶぶっ……!! んむむっ!!」
いきなり唇を塞がれ、口腔に舌が侵入してくる。
口内に充満する舌の感触など想像だにしない事で、まるで生きたスキッドがメトトの舌を捉えこむかのようだった。
頬肉を撫でる舌、舌と舌を絡め合わせて唾液の混合、隈なく這う舌……それぞれが違う役割を果たす。
現実味の無い今のこの一時に、メトトの精神は既に混乱しきっていた。
両脚を掴んでいた男も負けじと狂乱の宴を始め、口から覗かせた舌がゆっくりと伸び、その小さな身体の脛を舐め回す。
生暖かい三本の粘膜の塊が、右脚を舐め回すと次には反対の脚にも舌を絡める。
「ううっ……んんう……」
思わずこそばゆさに身を捩じらせる。
はぁぁっ、と満足気に男が呻くと、脚に絡ませていた舌を解き、メトトの両脚を開かせた。
「!! ふぁ、ふぁうぇへ……!!」
やめて、と懇願したが口腔内を犯され言葉にならない。
粘質な音を立てながら踊る舌は、歓喜に震えながら、目標の秘裂へとたどり着く。
「んんーー!!」
メトトは悲鳴にも似た声をあげる。
閉じた秘裂にぬめった舌が幾重にも這い、思うがままに弄ばれていた。
先ほどの視線から受けた光によって四肢を動かせなくなったメトトだったが、身体の感覚だけはしっかりと残っている。
恐怖に満ち溢れた脳内が、少しずつだが快感の兆しをその身体に表せ始めた。

だが、堕ちてはならない。

ただその一心、それだけでメトトは無意識の中の抵抗をしていた。

口内を弄んでいた舌が退く。
男は不満そうな瞳でこちらを見ていたが、それも束の間。
はぁ、とまた一つ大きく吐息。
そして己の口を閉じ、嘔吐を堪えるかのように手で押さえる。
再び口を開け、紫色の三本の舌を覗かせると、今度はその舌の上に赤い小さなゼリー状の球体が蠢いていた。

あれは、危険なもの。

本能的に察知したメトトは歯を食い縛って顔を逸らした。
だが男は両手で顔を持ち、強引に向かい合わせると、赤い球体の乗ってない舌で再び口腔を犯そうと捻じ込もうとしてくる。
「んんぅ………!」
眼を閉じ、せめてもの抵抗を、と考えていたメトトだったが、
「あんっ!」
それは一瞬で崩されてしまった。
秘裂を撫でて回していた舌が、機を見たのかメトトの内部へと侵入したのであった。
思わず快感の声をあげてしまったことによって開いた口に、すかさず舌が侵入してくる。
「んぁぁ、うぁう」
意思を持っているのか、それはスライムのように這いながら独りでにメトトの喉を通って行く。
食道を圧迫する息苦しさから思わず飲み込む。
すると突然男達の攻めが止まり、メトトから離れる。
「けほっ、う、な、なんですの……?」
男達はさぞ楽しそうに口元を歪める。
「あ、あ、あぁぁぁぁ……!!」
四肢の痺れは消し飛び、一気に体中が熱くなり、寝台の上で呻く。
「はうう、あ、くぅぅぅ」
まるで血液が沸騰してるのではないかと思うくらい、身体が熱く、それに伴う苦痛が呼吸をも困難にさせた。
ひゅーひゅーと、掠れた吐息を漏らし、思わず敷かれたシーツを掴んで苦しみを紛らわそうと耐える。
「はうっ!!」
身体の隅々……つま先から脳天、いや髪の毛の先にまで電撃が走ったかのような感覚と共に、痛みは治まった。


「はぁっ……はぁっ……」
全身汗に塗れ、痛みが治まった事にメトトは安堵していた。
呼吸を整え、汗が引き始めると同時に、下腹部がズキンと痛む。
いや……痛む、という表現では誤りだった。
疼く。
臍のあたりからズキズキと、何かが広がり、それは熱さを伴っていた。
「あぁっ……あぁっ……」
脳内がその熱さで焼け、指先がピリピリとした痺れのような、痛みのような感覚。
男達の手が伸び、メトトの身体に触れた瞬間、
「ふぁぁんっ!!」
全身に火花が弾け、凄まじい快感が体中を巡った。
今までに感じた事のないような強い快感に、身体は甘い痺れを残し、更なる快感を求めて熱が広がる。
男達もメトトの様子を見て、興奮からか更に呼吸を荒げていた。
「も、もっと……」
耐え切れなくなったその情欲の炎が自分の腕を無意識に動かし、自分を慰めるかのように弄る。
己の快感のポイントは己が一番心得ているものだが、いくらやっても先程の快感とは程遠いものであった。
焼けつくような快楽を一度でも味わった肉体が、頭の中の思考を何もかも埋め尽くす。
切なげな吐息が漏れ、全身が紅潮し火照る。

もう、耐えられない。

「もっと、してくださいまし……」

懇願の一言を待っていた男達は嬉々として、メトトに覆いかぶさった。



とある皇国不滅隊の一員の住居。
その者の両親は辺民街区でパン屋を営んでいたが、息子が店を継ぐ気がなく、皇国に出兵したのを機に店を畳んだという。
現在両親は西国に移り住み、獣人の脅威に晒されることなく静かに暮し、息子からの手紙を楽しみにしているとか。

そして今その息子の家には客人が三人。
エルヴァーン、ヒューム、ミスラの三人の女性。
すなわちアルーア、ジューン、ナダの三人であった。
普段の日常生活を営むかのように、茶菓子をかじってはコーヒーを啜っている。
円形のテーブルを囲み、三人は地下室へ行く階段の方を見ている。

もともとパン屋だったこの家には、材料である穀物を蓄えるための地下室がある。
それは現在、この家の持ち主が『好き勝手』に使っているそうな。

「どれくらい経った?」
「ちょうど一時間くらいです」
アルーアの問いかけにジューンは己の懐中時計を確かめた。
「んー……そろそろ見に行ってみる?」
首を傾げながら二人の方を見る。
「そうですニャー、でももし上手くいってなかったら、どうしますかニャ?」
ナダの言葉に「んー」と、再び考え込むアルーア。
「まっ、大丈夫よ。ああいうタイプほど結構淫乱だったりするから」
「ニャー。過激発言ニャ」
三人、軽く失笑する。

「さて、冗談は良いとして……それじゃ、行ってみる?」


小さな手には収まりきらぬ猛った男根に必死にしゃぶりつき、満足気な吐息を漏らす。
男の手がメトトの頭を愛おしそうに撫で、快感に呻いている。
もう一人の男はメトトの濡れそぼったソコに手を添え、何かを塗りたくっていた。
ドロリとした粘液状のモノを丹念に塗り、そして指を使って内部へと染み込ませていく。
それが一体何なのかはメトトは知る由も無かったが、今は唯快楽に溺れているだけで心が満たされ、心地よい。
「んぶっ……んむむっ……んんっ」
クゥダフの頭部にも似た男性器の先端を口内に収め、舌で転がす。
「ぐっ、ああっ」
男が初めて快感の喘ぎを漏らした事により、メトトの高揚感は更に増す。
全部は収まりきらないため小刻みにだが、顔を前後に動かして刺激を与えると、男は更に呻いた。
不意に、股間を弄っていた男の手が止まる。
「あっ……止めないでくださいまし……」
口に含んでいた男のモノを離し、切なそうな声で懇願する。
はぁっ、と熱い吐息。
それはメトトだけでなく、愛撫をしていた男からも零れていた。
腰衣を下ろし、天に向かって垂直に立った男根を取り出す。
メトトはそれに熱い視線を送る。
てっきり口淫を求めるのかと思いきや、男はメトトの腰を持った。
「あぁ……そんな、まさか……」
小さな身体を浮かされると、男は凶暴なそれをグイと押しつける。
「こ、壊れてしまいますわ……どうか、お止めに……」
口では拒否の言葉を並べても、肉体が期待に震え、火照る。

一拍の間を置き、

「はあぁぁっ!」

男は腰を前に進めた。


裂ける。
絶対に裂けてしまう。

そう思っていたメトトだったが、自分の肉体から、粘膜が擦れ合うその箇所から痛みがまったく無い事に驚く。
それどころか、今までに感じたことの無い強烈な快感に襲われ、脳内が溶けそうだった。
「あ、あひぃぃ」
悲鳴にも似た嬌声が、だらしなく開いた口から発せられた。
男が腰を動かし、膣内を行き来するたびに意識が消し飛びそうになる。
「ひあぁっ!!」
先程男が愛撫しながら塗っていた粘液……それは、かのトロールの饗宴の際に使われる薬品。
内部の筋肉を弛緩させ、性器が裂けないようにするための潤滑液。
それを塗られたメトトは、自分の体の大きさにそぐわぬヒュームの男根を難なく受け入れられるようになっていた。
「あうっ……!! はっ……! はうぅぅっ!!」
経験した事のない大きさの男根、植え付けられた邪印……それらが相乗し、メトトの味わう快感を強烈なものとさせていた。
持ち上げられたまま揺さぶられ、結わえた髪の双房もふさふさと揺られる。
「だ、だめですぅ! わ、わたくし……こ、こわれてしまいますわぁ!!」
全身を駆け巡る快感の奔流に、意識が粉々に砕けてしまいそうだった。
痴態を晒すメトトに、男の動きが一際激しくなり、吐息が荒くなっていく。
「で、出る……っ!」
「ああっ、そ、それだけは……!」
メトトが一瞬だけ我に帰ったが、男はお構いなしに男根を押し込んでくる。
「ぐっ!!」
「ふあぁぁっ!!」
男は本能に身を任せたまま、精を放出した。
メトトの体内で暴れ回りながら大量に絶頂の証を撒き散らし、歓喜に身を震わす。
「あっ……はぁぁぁぁ………あっ……」
そして、男根が体内で暴れ回った感触にメトトはこの上ない快感を味わい、瞳は蕩け、心は溶けきっていた。

「あぁぁ……も、もっと……もっとしてくださいましぃ……」



「……すごいですね、メトトさん。思いっきり乱れてますね」
「ニャー……アルーアさんの言うとおりですニャ」
饗宴、いや狂宴の舞台である地下室の入り口から、覗き見る三人。
部屋の中では濃密な絡みをする、二人のヒューム男と、メトト。
後背位で突かれ、その小さな口にもう一人の男のモノを銜えている。
「あ、あの男達……本番はしないでって言っておいたのに……まったくもう」
幼女を強姦しているかのような構図だが、当の本人は快感に溺れきっており、歓喜の喘ぎ声をあげていた。
小さな身体とその股間には白濁した粘液が塗れ、泡立っている事から何回も行為に及んでいることが見て取れる。

「ま、まぁ……メトトは喜んでるみたいだし、良いかな?」
アルーアが引きつった笑みを浮かべる。
「そ、そうですね……」
と、ジューンも困ったかのような表情をしながら同意する。

「これで、メトトさんもアトルガンの魅力にメロメロですニャー」

唯一人、ナダだけはメトトの痴態を見て楽しんでいるようだった。







『特集! アトルガン皇国! 〜これを読めば貴方もアトルガンマニア〜 』




ヴァナ・ディールトリビューンの命運をかけた珠玉の一冊。
満を持しての発売と銘打ったものの、結局は思った以上の売り上げも出さぬまま終わってしまった。
結社以来、長年この世界の出来事を記事にしてきたヴァナ・ディールトリビューン社は哀れ倒産。
各国に置かれた支部社も解体となった。

仕事のつてで、ウィンダストリビューン社に引き抜かれた者。
冒険者になってみた者。
不況の波に押され、ジュノの職安に入り浸る者。
元記者達は、散り散りになっていった。



………とある、四人を除いて。



ジュノ港区画……
今日も飛空艇が行き交う空を見つめる、一人のタルタルの男。
そよ風に揺られる、頭頂に結わえられたマゲ。
その男の手には一冊の、本。


『月刊 ヴァナナ』 皇国特集強化刊、第二号
編集人:メトト
発行人:アルーア・シュドリアンヌ


アトルガン皇国地方、気だるい貴族婦人の乱れな夜。
トカゲ型獣人、マムージャによる捕虜ミスラへの凌辱の日々。
異形の魔、知識を求めたソウルフレアによるタルタルへの恥辱な実験。
小型デーモン、インプに群がられて弄ばれるエルヴァーンの女性。
女性不滅隊と傭兵の禁じられた恋。

等々……

イラスト、投稿作品、創作文、長編連載と多種多様。
作品はどれを取っても、秀逸なものばかり。
皇国の亡霊フォモルに蹂躙されているミスラのイラストが表紙の雑誌。
初刊から売り切れ御免、以後発刊されたその日に売り切れるという事態が相次いでいると言う。
雑誌の最後の読者投稿コーナーには「これからは週刊にしてください!」「もっと発行部数を増やして!」等という投稿。

手に持った雑誌を一瞥し、溜息をつく。
「……皇国の観光特集誌じゃなくて、この雑誌を創刊するべきだった」

かつて所長と呼ばれていた男は遠い目で、ただ海を眺めるばかりだった。


所変わって、港町マウラ。
かつての冒険者ブーム当時の隆盛の面影はもう無い。
ここを訪れるの者は目的がある者だけで、それでも数は少ない。
ゆるやかな時が流れる町。
人々も何に縛られる事なく、その日その日を噛みしめるようにして生きている。

……とある、一つの場を除いて。

アトルガン皇国で報道会社を設立しようとした、アルーア一行。
だが、取り扱う誌が成人向けで、非常に卑猥な内容が多分に含まれるため、皇国の公務員達に睨まれると思い、断念。
そこで皇国にも近く、クォン大陸とミンダルシア大陸の行き来に便利なマウラを拠点に選んだ。
海岸側の雑貨屋の隣に、新たに作られた一室。
玄関の扉の隣には『ヴァナナ通信社』と書かれた、看板が掛けられている。
今日もまた、そこには消えぬ明かりが灯っていた。


次号の発刊に向けて黙々と仕事に打ち込む、ジューンとナダ。
読者、冒険者からの手紙や投稿原稿に眼を通す、アルーア。
仕事のスケジュールをボードに書き込み、表紙デザイン等に頭を唸らせる、メトト。
コーヒーとインク油の匂いがたちこめた一室に女四人。

しばらくして……アルーアが席を立ち、椅子に掛けておいた上着に袖を通す。
三人の視線が物音のした方向に集中すると、アルーアは、
「メトト、ちょっとアトルガンまで出かけてくるわ」
と、一言告げる。
「何か良いネタでもございまして?」
別段止める様子もないまま、アルーアに言葉を返す、メトト。
ええ、と頷き、微笑む。
「サルベージ、て言うものが皇国にいる冒険者達の間で流行ってるらしいの。なんでもその時には皆で裸になるそうよ」
アルーアの放った一言に、三人の手が止まる。
「幸い私は元冒険者だし……ちょっと、どんなものか見てみようかなと思ったのよ」
メトトのスペクタクルズの縁がキラリと光る。
「素晴らしいリポートを期待してますわ、アルーアさん」
ジューンとナダが顔を合わせて うんと頷き、再びアルーアの方へ向き直ると、子供のような笑顔で応えた。

「次刊の私の連載、『アルーア・シュドリアンヌの手記』シリーズの内容は、これで決まりね」