マウラにて (猫の目線)
マウラにて (首氏の壁)

 最初はちょっとした好奇心だった、と思う。
 噂にはちらっと聞いたことあるけど、実物は一度も見たこと無かったし、実はそんなもの存在しないんじゃないかと、あまり信じていなかった。
 それは身も心もとろける、甘く強力な媚薬。しかも、好きな相手を目にした時だけ効果を表す、魔法の薬。
 まるで、おとぎ話の中に出てきそうじゃないですか?
 そんなアイテムのレシピなるものが偶然ころりと手に入ってしまって、しかも材料も(特殊だけれど)極端に難しいものでなくて、しかも自分に、それを作れる技術と道具と資金が一通りあるとしたら。
 そうしたらつい、作ってみたくなるのが、長いこと錬金術を修めてきた者の性分のようなもの。
 そしてわたしは『魔法の薬』を調合した。彼とわたしとふたりぶん、安易にそう考えて。

 しばらくして、わたしは恐ろしい猛毒を作ってしまったことに、気づいた。

「…なるほど、ね。」
 『魔法の薬』の説明を聞いて、私は疑わしげに小瓶を目の高さまで差し上げ、軽く振ってみた。
 好きな人を見ると発動する媚薬。彼女…リルの説明によると、これはそういうものらしい。
 約束の時間に部屋を訪ねたら、散らかった作業机と、脱ぎ捨てた錬金術エプロン、そしてコソコソと何かを隠そうとする彼女。
 あんまり怪しいので捕まえて問い詰めてみたら、しぶしぶ、そう白状した。
 正直なところ、かなり胡散臭いと思った。そんな都合の良いものが、この世に存在するのかと。
 ただ、逢瀬の夜に、そういう小道具を用意した彼女が少し可愛いと思った程度で。…下着にローブだけ羽織った姿も、ローブの裾から伸びてゆらゆら揺れる尻尾も、十分、可愛らしいのだが。
 どれどれと、瓶のふたを開けて、中を覗き込もうとしてみる。
「だめっ!!」
 顔色を変えて、彼女が瓶を私から奪い取る。
 …なんだ?飲むために作ったんじゃないのか?
 怪訝そうな私に、リルはうつむいたまま、顔を上げない。
「…だって。好きな人にだけ、発動する薬、なんですよ?」
「?」
 言いたいことがよく理解できない。
 二人で飲んで朝までお楽しみしましょうね、というつもりではないのか?それともただ恥らって、じらしているだけなのか。
 とにかく、彼女の煮え切らない態度と、貴重な短い夜が無駄に過ぎていく事にいらいらして、私は彼女から強引に瓶を奪い取った。
 一本目を開けて口に含む。
 どろりとした、甘苦く舌に絡みつく独特の匂い。
「あ!」
 奪い返そうとあわてて伸ばした彼女の手を、掴んで引き寄せる。逃げられないように、頬と頭を押さえて、唇を重ねた。そして口に含んだ薬を、唾液と共に彼女の口腔に流し込む。
 ぴくっと彼女の尻尾が震える。こくん、と喉を鳴らしたのを確認すると、もう一本の瓶の封を開けて、一気に飲み干した。
「さて」
 かすかに震えるリルの頬を、今度はもう少しやさしく両手で包んで、逃げられないように私の方を向かせる。
「検証してみようじゃないか?」
「クラード…」
 怯えた彼女の瞳をのぞき込んだとき、カチリ、と何かのスイッチが入ったのを、確かに感じた。

 あの時まで、まさか、あれほどの効果だとは、思っていなかったのだ。
 次の瞬間、私は彼女を押し倒していた。
 部屋着の上品な黒いローブに手をかけ、力任せに引きちぎる。私が以前、彼女に贈った品だ。レベルが上がってからもずっと、倉庫にしまい込まずに、自室に帰れば袖を通していたのを私は知っていた。
 下着ももぎ取り、細い身体を思いのまま蹂躙する。
 私の指も舌も唇も肌も、彼女に触れた瞬間に歓喜して、全身をくまなくまさぐり、白い肌の隅々まで、痣と痕を刻み付けていく。
 リルは悲鳴とも嬌声とも区別のつかない声をあげて、ただ身悶えるだけ。
 その、叫び声をあげる口にも、猛る器官をを無理やり押し込む。
 これは愛し合っているのではない。暴力だ。
 そしてそんな自分ををただ、遠くから冷めた頭で見つめる私の存在。
 『魔法の薬』は私を、彼女の身体を貪るただのケダモノにしながら、ご丁寧に、私の自我は切り離して、きちんと残してくれている。
 両手の指と舌は、もっともやわらかくあたたかくてきもちいい場所を、争うように奪い合い、めちゃくちゃにする。
 …やめろ、やめてくれ!彼女が壊れてしまう!!
 それでも私は止まらない。
 そしてケダモノはにやりと笑う。これがお前の本当の姿だよ、お前はずっとこうしたかっただけさ、と。
 彼女がのけ反り、痙攣して、くたりと倒れこんだのを確認して、その口の中に白濁したものを吐き出す。
 リルが激しくむせ返る。そして、焦点の合っていない、虚ろな瞳を私に向けた。
 おそらく私も同じように、虚ろな表情で彼女を組み敷いているのだろう。

 どくり、とケダモノの私の心臓が期待に跳ねた。
 上質のご馳走に手を伸ばし、逃げられない彼女の脚を割って、ふたたび欲望が形を成したそれで、強引に奥深くまで貫く。
 くは…っ
 リルの喉から乾いた声が漏れた。目を見開き、苦痛にわななく。
 もともと小柄なミスラの彼女に、種族の違う私のそれは本来不適合だ。たとえ初めてでなくても、ゆっくり、優しくしなければとても受け入れきれない。
 そこは無残に引き裂かれ、血と粘液が混ざったものが、結合部から流れる。
 もはや声も絶え絶えな彼女を、容赦なく突き上げ、力の限り陵辱する。
 身も溶けそうな快感がそこから全身を走る。汗がぽたぽたと落ち、彼女の上半身もすら汚す。
 彼女の頬に涙が流れても、ケダモノは喰らうことを止めない。
 それどころか、快楽ではなく、彼女を虐め、痛めつける事そのものを、狂喜している自分すら、どこかに感じるのだ。
 彼女の快楽と苦痛を喰らう自分を呆然と見つめながら、彼女の独白を反芻する。
(わたしは…自分の身体が大嫌いだったんです…なんでこんな風におかしくなっちゃうんだろう、って…)
 こういうことなのか…
 自分の意思を置き去りに狂っていく恐ろしさ。理性を殺す、猛毒のような快感。
「リル…」
 喉から声を絞り出すと、呻きとも喘ぎとも分からない、かすれた音が出る。
「怖い…か…?」
 それを聞いて私はどうしようというのか。
 リルは一瞬正気に戻った目で私を見つめた。その瞳は涙で濡れながらも、嘘のように穏やかで。
(だいじょう…ぶ)
 唇がかすかに動き、そう私に答える。
(うれ…し…い…)
 こんなに苦しそうだというのに、彼女は少し笑って、目を閉じた。
 そこから私はケダモノと共に、また快楽の海に溺れていく。ボロボロになった彼女を、何度果ててもまた犯し続けた。

 薬を飲まされて、彼と目が合った時。
 足元に大きな穴があいて、すとんと、どこかに落ちたような感覚を覚えた。そして全身を沸き上る熱と震えは、いつもの発情期の時とどこか似ていて、『魔法の薬』の効果が全身に回るのを確信した。
 あぁ
 わたしは安堵した。
 わたし、ちゃんとクラードのことが好きなんだ。
 彼がわたしに襲い掛かり、めちゃめちゃにしていく。
 クラード、あなたもわたしを愛してくれているのね。

 好きな人を見たときのみ効果を表す。それはなんて罠なんだろう。
 『魔法の薬』には嘘はつけず、心の本音をさらけ出す。
 彼を見て、もし何も起こらなかったら、それはわたしが本当に彼を愛せていないということ。
 彼がもし、わたしを見て、何も起こらなかったら、それは彼が本当はわたしを愛していないということ。
 そうだったら、わたしの心は簡単に死んでしまう。あの薬はそんな毒。わたしを簡単に殺せる猛毒。

 怖い?ううん、怖くなんかないよ?
 わたしが男で、身体がもっと大きくて、力があったのなら、わたしがあなたを襲っていた。それだけのこと。
 だいじょうぶ。ありがとう、愛してくれて、うれしいの。大好きよ、だからあなたも泣かないで。

 そう言って抱きしめたいのに、身体の動かないのがもどかしい。あなたの名前を呼びたいのに、かれた喉からは声が出ない。
 精一杯の想いを込めて、笑顔を作って、力尽きる。
 クラード…あなたに…届きました…か…?


プレゼントの中身