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←『彼』になにが起こったか
プロローグ 〜ベイベー!逃げるんだ♪〜
「思ったとおり。かなり上質なミスラだな。」
薄暗い洞窟の中に響くのはくぐもったようなモブリンの声。
「予想以上に、胸に、脂肪分が集中しているな。人間の雄は、気に入るだろう。高い値が、付きそうだ。」
気を失っている『獲物』をまじまじと値踏みするように観察するモブリン。
商品とするべく捕らえた『獲物』はミスラ。
短めの、逆立つ銀髪。種族を象徴するしなやかな尻尾と猫耳。
だが彼女が持つ、他のミスラにはないもっとも顕著な特徴は、たっぷりと肉の詰まった豊かなバストであった。
彼女の名はミカ。
故郷のウィンダスを発ち、新たな修行の場を求めてバストゥーク方面へやってきたばかりの新米冒険者である。
モブリンとミカのいる場所はモブリンたちの地下都市『ムバルポロス』。
その都市の片隅にある木材で組み上げて作られたこの住居が彼のアジトであった。
彼-このモブリンの職業は奴隷商人。地上をうろつく人間(主に女性)を捕らえて売り飛ばすことを生業としている。
取引先相手は、たいてい金持ちの人間。奴隷の使用用途は性欲処理、愛玩用の肉奴隷が主である。
彼の『商品』は特に上質なものが多く、お得意様である人間達からは常に高い評価を得ている。
彼は自分の目にかなった女しか商品として取り扱わないポリシーを持っていたが、
そんな彼をして唸らせるほどの魅力をミカという娘は兼ね備えていた。
彼がミカを見つけた経緯は―普段は地下都市で過ごす彼が『商品』となる素材を求めて、地上へとやってきた時であった。
彼は仕事の一環として定期的に、日よけの分厚いフードをすっぽりとかぶり行き交う旅人や冒険者たちを物色するのである。
その日、彼が現れたのはコンシュタット高地。
彼は蜂を相手に戦っていた彼女を一目見て気に入ったのだ。
澄んだ宝石のように煌きながら、強靭な意志を秘めた瞳。
溢れんばかりに輝く笑顔は、異性同性問わず見る者の心を捉えて離さない。
ほとばしる元気を抑えきれないと言わんばかりに躍動するしなやかな肢体。
そして…無邪気な美少女にはあまりにも似つかわしくないボリュームを誇る胸。
健康美とグラマーさが同居したアンバランスな肉体は獣人の彼が見ても強烈に惹きつけられるような魅力を醸し出していた。
彼は長年の経験から、あのような見事な肉体ではあるが、
彼女には男性経験は無い、あったとしても一人程度だろう…という推測を立てていた。
ほぼ手付かずの状態であれだけの輝きを放つ少女である。
自分が調教したならばこれまでにないほどの質の高い『商品』ができるはずだ。
―決まった。今回のターゲットはあのミスラだ。
ぴゅい、と彼は口笛を吹いた。
口笛を聞きつけて、どこからともなく数人のゴブリンが現れる。
彼の見つけた獲物を捕らえるために、毎回雇っている協力者達である。
普段は仲がいいとは言えないモブリンとゴブリンではあったが、商売となれば話は別。
彼らの仕事は獲物として定められた相手を所定の場所に追い込むことだ。
報酬の獣人銀貨を受け取ると、数人のゴブリン達は蜂との戦いに夢中になっているミカを
囲いこむような陣形をとり、ゆっくりと範囲を狭めていく。
ミカの方はといえばまだゴブリンの接近には気づかず、今まさに目の前の蜂に止めを刺さんとしているところであった。
「ファストブレーーーード!とりゃあっ!」
ずしゃしゃっ!戦士にとってもっとも基本的なウェポンスキルが華麗に決まると、切り裂かれた蜂の亡骸がボタリと地面に落下した。
「―うん!絶好調!」
蜂に止めを刺し、さてヒーリングでもしようか…と一息ついたところでようやくミカは自分に近づくゴブリン達の姿に気が付いた。
「う、うわわっ!?いつの間にこんな近くに!?」
かつて冒険者の先輩である幼馴染のタルタルから教わった忠告がミカの脳裏に蘇る。
―ゴブリンはかなり遠くからこっちを見つけて走ってくるぜ。
「まいったなぁ、もう…」
幸い、このあたりのゴブリンなら今の自分にとっては丁度いい強さといったところである。
蜂と戦って消耗した今でもギリギリで勝てるだろうと踏んでいたミカは慌てて片手剣を構えたのだが。
正面からではなく、左右から、ぐぶぅ、というゴブリン独特の唸り声が聞こえて顔色を変える。
「ええぇぇ…!?」
横からも狙われていた。しかも挟撃である。
まずい、これは勝てない。そう判断したミカの行動は素早かった。
剣を収め、ゴブリンに背を向けて走り出した。
ゴブリンを撒くのはかなり難しい。奴らは姿を見失っても、匂いを辿ってどこまででも追ってくる。
水溜りでもあればそこに飛び込んで匂いを消すこともできるだろうが、あいにく辺りにそんな場所は見当たらない。
なんとか奴らの目を、匂いを、ごまかせる場所まで走らなければならないのだ。
今走っている方向にこのまま突き進んでいいものかどうか、迷いはあったが立ち止まることは許されない。
少しでも速度を緩めれば捕まってタコ殴りの憂き目に遭う。
―ああもう、今日はいい感じで戦ってたのに。
内心舌打ちしながら、ミカはとにかく走る。背後から迫る気配は消えていない。
彼女は気づいていなかったが、ゴブリンたちは彼女の逃げる方向をグスゲン鉱山へと向かわせるよう、
巧みな追い込みを仕掛けていた。彼らの思惑に嵌っているにも関わらず、彼女は鉱山の入り口を見つけて顔を輝かせた。
「あ、あそこへ!」
さらなる罠が待ち構えているとは露知らず、ミカは洞窟の暗闇へと飛び込んでゆくのだった。
「ちょっとおおおーーーーー!なんでまだ追っかけてくんのよーーーー!?」
あろうことか、洞窟に飛び込んだ後でもゴブリンたちの追跡は続いた。
「な、なんなのこいつら…いくらなんでもしつこすぎない!?」
普通、獣人たちは自分たちの縄張りから逃げ延びた相手はそれ以上は深追いはしない習性のようなものがあるはずである。
にも関わらず、ゴブリンたちは未だミカを追いかけている。なぜなら、彼らの仕事はまだ終わっていないからだ。
もちろん、ミカにそんなゴブリンの都合などわかるわけもなく、ただただ奥へと逃げることしかできない。
そして、ミカの顔に絶望の色が宿る。足が、止まった。
「行き止まり…そんな」
どうしよう、と途方に暮れるミカの背後から奴らの足音が迫ってきた。
もうダメだ…と全身が脱力し、行き止まりの岩壁にもたれかかったその時。
ぼこん、と妙な音がした。
「へっ?」
もたれた岩壁が、脆くも崩れた。その奥にはどこまでも続く暗黒の世界が広がっているようにミカには感じられた。
新米冒険者のミカにはわからなかった。その暗闇の先に、モブリンたちの移動する地下都市、ムバルポロスがあるということなど。
ゴブリンが迫っていることも忘れ、ぽかんと口を開けて暗闇の先を見つめるミカ。
そんな彼女の頭に、勢いよくフライパンが振り下ろされた。
ぱっこーーーーーーーーん!!
「もきゃあ!」
実にいい音がした。そして変な悲鳴をあげて倒れこむミカ。
フライパンの主は、モブリンの彼であった。
岩壁の向こうの闇に潜んでいた彼はくるくると目を回して倒れているミカを満足気に見下ろすと、
マスクの内側でニヤリと会心の笑みを浮かべるのであった。
第1部 調教師は素敵な商売