←ベルーシxジール
←ベルーシxジール2
←ベルーシxジール3
←ベルーシxジール4
←ベルーシxジール5
←ベルーシxジール6
←イークスxルウ
イークス:エル♂F1A
フィー:ミスラF3B
ベルーシ:エル♂F7A
ジール:ミスラF5A
カチャカチャと音を立て、私は昼食に使った食器を洗っている。
昼下がりに水仕事は気持ち良い。
居間を見ると、ベルーシがヴァナディールトリビューンと睨めっこしている。
何でも、最近の冒険者の間で獣人の顔を模写した帽子が流行っているらしく、その帽子の作成にギルドの従業員総出で行っていたらしい。
ここ一、二週間帰宅が遅かったのはそのせいらしく、久しぶりに取れた休みのせいか、今日のベルーシは少しくたびれた顔をしている。
それでも、他人から見ると無表情な事に変わりないだろうけど。
洗い物を終え、ふとベルーシの方を見ると椅子に座ったまま静かに眠っていた。
鼻をつまんだりしてイタズラしたい気も起きたが、たまにはゆっくり寝かせてあげないと。
ベルーシを起こさないように、静かに歩き、窓を開ける。
心地よい風が通り抜けて頬を撫で、気持ちいい。
「うひゃっ」
不意に襲いかかったくすぐったい感触に、背筋を反らす。
後ろから、ベルーシに脇腹を撫でられていた。
「あら、起きちゃった? ごめんね」
「いや、気にしないでいいよ。」
ベルーシは眠そうな眼をこすりながら、答えた。
私は脇腹に手を置かれたまま、気にせず窓を全開にする。
「んー、良い天気だコト。」
すーっと大きく息を吸い、様々な匂いを嗅ぐ。
玄関の側に備え付けてある魔光花の香りに、遅い昼食をとる近所のミスラの家から匂う、スープの香り。
いつもの昼下がりだな、と感じた。
今日はベルーシが家に居る以外は。
「ねえ、ベルーシ」
私の言葉に「ん?」とあどけなく答える、ベルーシ。
「お腹の脇、いつまで手を置いてるつもり?」
ベルーシは、んー、と答えあぐねるように唸る。
「いや・・・ジールのエプロン姿って、やっぱり可愛いなぁと思って、ね。」
そう言ったと同時に、ベルーシの手が二つに変わり、両手でしっかりと掴まれる。
「やっ、ちょ、ちょっとベルーシってば、・・・あははっ、くすぐったいって。」
感触を確かめるように、きゅっと軽く握り、緩めと繰り返される。
「んー、少しお肉がついたかな?」
ベルーシがにんまりと、楽しそうに微笑む。
「失礼ねぇ、私ゃ結婚してから体重変わってないよ。」
「でも・・・」
にんまりとした笑みを浮かべ、ベルーシは手を回し、上へと進める。
「ここはまた少し大きくなった?」
ぷにっ、と言う効果音がしたかのように、乳房を指で押される。
「こら、窓全開にしてるってのに何てことするんだぃ」
私は怒ったようにベルーシの手を払うと、そのままくすくすと笑った。
「このエロヴァーンめっ」
ベルーシと向き合い、私は子供を注意するかのように指で額をつつく。
ふふ、と笑うベルーシ。
「エロヴァーンだなんて心外だな。いつもはジールの方が」
それから先は言わせないように、ベルーシの唇に人指し指を押し当てる。
窓から見える通りには子供達がはしゃぎ回り、買い物に行くタルタルの主婦や夫婦が歩いていた。
皆、昼食を終えてこれから出掛けると言う時間だから。
「声が大きいっての、もう」
まったく、この男は。
少しは外聞ってものを気にしてくれないのだろうか。
「仲が良さそうだな。」
突然、窓の外から聞こえた声に驚き、急いで窓から飛び離れ、身を翻して腰に手を当てる。
剣を抜こうとしたが、家の中でそんな物騒なものは持っていない。
冒険者の時の癖が、無意識に行われていた。
「・・・イークス?」
ベルーシの惚けたような声。
窓際に立っていた男が口元を歪めて、笑う。
「久しぶりだな、ベルーシ。お前の結婚式以来か。」
乾いた声に、何処となく重い旋律の声・・・不気味とも聞き取れる。
感情のかの字もこめれられていない、一定の音質。
「ジールだったか、驚かせてすまんな」
腰を落とし、ついつい臨戦態勢だった事に気がつく。
「い、いえ、こちらこそごめんなさい。」
客人に対して、何と失礼な対応をしてしまったのだろうかと、己の所行を恥じた。
銀色のまぶしい髪の毛に、黒い服に金の装飾が目立つ。
ああ、確かに・・・結婚式の時に、ベルーシの友達のうちの一人にこんな身なりの人がいた。
ものすごい無表情だった、と思い出した。
「とにかく、せっかくいらしたのですから、中にどうぞ。」
私がそう言うと、ベルーシは立ち上がって玄関へと向かう。
扉を開けて、彼・・・イークスを招き入れていた。
「お邪魔する。」
軽く一礼をし、イークスはベルーシの掛けていた隣の椅子へと座る。
私は台所へと向かい、お茶の支度を始めた。
・・・背中に視線を感じる。
振り返ると、イークスが私をじっと見つめていた。
瞳の色に暗さや欲望の炎は無く、何処か彼方を見つめるような・・・
そう、失った故郷を見つめるかのような、静かで、どこか悲しげな瞳をしていた。
しばらく見つめあう、私とイークス。
「すまない、不快に思ったなら謝る。」
イークスはそう呟くと、顔を伏せ、視線を下に落とす。
「・・・イークス。」
ベルーシがイークスの肩に手を置き、慰めるかのように呟いた。
その二人の間には、言葉は要らない友情の空気が漂い、包んでいた。
男同士の友情ってやつか・・・
私は二人がちょっと羨ましく思った。
「イークス、君が僕の所に訪ねて来たと言う事は、とうとう限界が?」
台所でお茶の支度をしながら、会話が聞こえる。
別に小声で話している様子はないから、嫌でも聞こえてしまうのだ。
「ああ。長く持ったが、もう限界らしい。」
「そう、か・・・」
イークスの言葉に声を落とす、ベルーシ。
私には会話の意味が、まったく解らなかった。
「持って一週間くらいかもな、悔しいが。」
「早くて?」
「恐らく四日程。無論、可能な限りの抵抗はするが。」
「・・・解った、早い方に合わせて支度しておく。」
「助かる。」
淡淡と語るイークスに比べ、ベルーシの声は暗く、重くなってゆく。
他人に感情らしい感情を見せるベルーシなんて、凄く珍しいなと思った。
「俺の話はそれだけだ。」
「あっ、ちょっと待ってくれ、イークス・・・」
玄関の扉が開き、そして閉まる音。
振り返ると、そこにイークスの姿は無く、眼を伏せてたたずむベルーシが居るだけだった。
沈んだ様子のベルーシに、私は明るく声を掛ける。
「随分とせわしないのねぇ、イークスって人ってば。」
「うん、あいつはそう言う奴だから。」
『あいつはそういうやつだから』・・・今日のベルーシは少しおかしい。
いつもなら『彼はいつもああだよ』と言うはずだろうに。
そう考えているうちに、お湯が沸騰しだした。
「ほら、早く座んなさいよ。今、午後のお茶いれるからさ」
「ありがとう。」
ポットにお湯を注ぎ、お茶をいれ、適当に菓子を見繕い自分用のグレープジュースを持って、私は台所を後にした。
「ねえ、ベルーシ」
お茶を静かに口に運ぶベルーシに、尋ねた。
「彼と、一体何の話をしていたの?」
ベルーシの手がピタリと止まる・・・聞かれたくない事だったのだろうか?
「話すのがイヤなら、聞かないよ」
私にとっての夫婦間は『聞かれたくない事は無理に聞かない』と言う考えだ。
言う側にとっては口にするのも辛い事と言うのは、誰しもあるもの。
隠す事なく言い合えるのも理想の一つかも知れないけれど、少なくとも私にとって理想の夫婦とはそういうものではない。
口にしたくない事を聞き出すのは余計なお節介であり、野暮でしかない。
ベルーシは鈍いから、辛い事と知らないうちに相手から聞き出してしまうけど。
ひと呼吸置いて、ベルーシは私を見据える。
真剣な眼差しだ。
「彼は、イークスはシャドウなんだ。」
一瞬の沈黙。
シャドウって、アンデッドのことだけど・・・。
「サンドリアには、人さらい事件が多いのは知ってるね?」
「うん、オークにさらわれて家畜奴隷にするってヤツね」
性奴、強制労働、処刑用玩具・・・オーク達の残虐さを各国に知らしめた、有名な話だ。
「でも、人をさらうのはオークだけじゃない。」
そう言うと、お茶を一気に飲み干すベルーシ。
私がもう一杯注ごうとしたら、それを手で制した。
「これは一部の人間しか知らないだろうけど・・・シャドウも人をさらうんだ。そう、夜の闇に身を潜めながら。」
・・・俺はレンタルした部屋の隅でうずくまる。
手に激痛、足に激痛・・・身体中に耐え難い痛み。
俺は身を包む服を、乱暴に脱ぎ捨て、肌着と下着一枚になる。
エルヴァーンの浅黒いはずの肌が、漆黒に染まり、痙攣しているかのように震えていた。
既に、顔と首と左手を除いた全ての箇所が、黒く染まっている。
「ぐっ、おぉぉ・・・」
声を押し殺して唸る。
苦痛からの汗がしたたり、床に垂れる。
銃を握りしめる右手を左手で押さえ、懸命に戦う。
この光景を他人から見たら、何をしているかわからないだろう・・・だが、俺にとっては紛れもない闘い。
漆黒に染まった肌から、黒い煙がブスブスとたつ。
しばらくして、煙は収まった。
俺は安堵し、床に座ったままベットに寄り掛かった。
「・・・チッ。」
右手に握った銃を見つめ、忌々しくなる。
・・・この銃で、俺自身を滅する事が可能なら、どれだけ楽な事か。
そう・・・殺すのではなく『滅する』事が出来るのなら。
暗くて、寒い・・・俺は何処にいるんだ?
何も見えないし、聞こえない・・・動くことも出来ない。
冷たい石の感触が背中、腰、尻と、背面に感じる・・・俺は寝かしつけられていたのだ。
ふと闇の中で何かが蠢いた。
姿の見えないそれは、辺りに死の香りと強烈な邪気を放ち、こちらに近づいてくる。
恐い。闇に光る強烈な、二つの赤い光。
それが瞳と気がつくまでに時間がかかった。
一歩、また一歩と近寄り、そしてついに俺の元まで来た。
血のように赤い瞳が燃え盛り、俺を見据える。
俺は恐怖に縛られ、声も出せず、眼をそらすことも出来ない。
しばらく見つめあい、赤い瞳はこう呟いた。
『受けろ、我等が烙印を』
呪歌、とでも表すべき声・・・いや、声の領域を越え、音と言う方が相応しい。
闇夜に蠢く、不浄たるモノ達独自の音。
俺の腕に、何かが触れる。
冷たく乾いた砂のような感触に包まれる・・・。
それが手と理解するのは、五本の指に腕を握り締められた時だった。
途端、俺の身体に激痛が走った!!
頭の頂上から、指先、足先に至るまでの全てに。
『契約は、交わされた』
そういう音が、耳に入ってきた。
身体を蝕む激痛が、じわじわと内部へと浸透してゆく。
息が、出来ない。
『さあ、もう少しだ』
俺はあまりの激痛に意識が遠のいてゆく・・・・。
それと同時に、光が差し込み、人の声が聞こえた。
怒号。
叫び声。
安堵の風。
そして、
「おい、この少年!侵食が始まっているぞ!」
「いかん!早く司祭長のもとへ!手遅れになるぞ!」
そう聞こえて、俺の意識は完全に闇に沈んだ。
はっ、と気がつく。
ここはウィンダスのレンタル部屋。
じっとりとした汗をかいており、気持ち悪い。
床に座り込み、ベットに寄り掛かったまま寝てしまったらしい。
・・・また、あの時の夢を見たのか。
俺が、闇の血属の烙印を押された、幼きあの日の事。
サンドリア神殿騎士団の手によって救出され、急いで『治療』を受けたらしいが完治する事はなかった。
その結果、俺は半魔として生きる事を余儀なくされた。
『獣人の血を飲みながら、光のもとに出なければ、病は進行しない』
俺はそう言われたが、それに従うことは無かった。
また俺のような犠牲者を出す訳にはいかない・・・そう思ったからだ。
そのためには、ヤツ等を狩らねばならない。
そう、剣や魔法でもなく、獲物として化け物共を狩らねば。
ヤツ等の目を、顔を、頭を、一匹残らず吹き飛ばしてやる。
だから、俺は狩人となった。
不浄たるモノを砕く、銀の弾丸。
俺はそれを手にするべく、狩人となった。
冒険者としてパーティを組み、己を鍛錬した。
いつしか、俺を半魔にした亡者を滅するために。
手にしている銃を見つめ、俺はあの時誓った決意を思い出していた。
暇があればエルディーム古墳やフェ・インへと足を運び、シャドウを狩り続けた事を思い出す・・・。
だが、今度はその俺がシャドウとなるのだ。
狩る側から、狩られる側へと変わり、血を求めてさまよう。
漆黒に染まった手、足、体を見て、悲観した。
あと一週間、早くて四日・・・。
俺が俺でなくなってしまう期限が、己で解ると言うのが辛い。
暗闇に飲まれゆく、哀れな自分がはがゆい。
「・・・・フィー。」
無意識に口から出た、懐かしい名前に胸が締め付けられた。
まだ狩人として半人前だったころ、俺はベルーシと出会った。
エルヴァーンの暗黒騎士で、顔立ちは幼いが何処か冷気なようなものを持っていた。
無表情で無口で、そして戦う時だけは瞳に憎悪を燃やしている事に、俺は気付いていた。
俺の戦いぶりを見ると、皆は口を揃えて、
「銃の引き金を引く瞬間の眼はアブない」と、言った。
当たり前の事だ、俺はゴミ共相手には憎しみしか沸かないのだから。
そして、ベルーシもまた、鎌を振っている時の眼が、俺のそれと似ている。
もっとも、俺ほど露骨ではないが。
俺は冒険者をしていて、初めて他人に興味を覚えた。
その日の夜のキャンプの時、俺はベルーシとの会話を試みた。
丁度火の番で、二人しかいない時に。
「ベルーシ、だったか。」
「何だい。」
無視されると思ったが、さらりと即答えてきた。
「お前の鎌を振る時の顔、普通ではない。何かモンスターに怨みでもあるのか?」
一瞬の間。
焚火の炎に照らされたベルーシの顔に、その一瞬深い悲しみと焦燥を携えた瞳を見た。
「別に。」
「ならば聞かん。」
ほんの一瞬見せた悲しみと焦燥の瞳、それだけで答えは充分だった。
「すまんな、辛い事を聞こうとして。」
無表情な顔がこちらを向き、驚いたように呟く。
「理解してくれたのか?」
「深くはないが、その瞳の色である程度はな。」
別に、という返答だけで『辛いこと』と理解するのは困難だろうな、この男の無感情な顔からは。
「凄いな、僕がよく一緒にパーティを組む人にも、そう言われた事がない。」
「周りが鈍いだけだ。」
俺の言葉に、ふふっと笑った。
「普段は固定で組んでいるのか?」
「普段は、ね」
焚火に薪を足し、ベルーシは続ける。
「頻繁に組むのが、ミスラのナイトの人。そこそこ組むのはガルカのモンクの人。」
「ほう、二人もか。」
「今日は二人とも用があってパーティは無理だったんだ。」
「ガルカは恐らくお前を理解している。女の方は解らんがな。」
ベルーシから、何故? と言う眼差しが返ってくる。
「ガルカは一種の悟りを心得ている。恐らくお前を想って、同情を口にしないだけだ。」
「でも、僕は同情でも嬉しいんだけどね。」
「女の方はしつこく聞いてくるだろう。」
俺の言葉に、ベルーシは首を横に振る。
「彼女の前では、こんな瞳にはならない。」
ふむ、と顎に手をやる。
「好きなのか?」
「かも知れない。」
感情のこもらぬ声が、交差する。
ベルーシは炭をかき混ぜながら、
「抱きたいとか、そう言った感情がないんだ・・・僕は性欲がまったく沸かないから。好きな相手なら抱きたくなるのが普通なんだろう?」
と言い、自嘲のように口元を歪めた。
「性欲が沸かなくても、好き嫌いの情に関係ない。」
「異性を好きになったことはないから、解らないよ。」
俺はその言葉を聞き、流石に後ずさる
「同姓も、だよな?」
ベルーシは俺を見て、ふふっと笑った。
「そっちの趣味かと、よく間違えられるよ。」
性欲がまったく沸かない、と言うのはたまに聞く。
幼い頃に、獣人に親族が強姦されるのを目の当たりにし、トラウマになったと言う奴が、確かそういう奴だった。
まぁ、今やそいつも立ち直っているが。
この男はまだ乗り越えていないのだろう。
「ベルーシ、その女が『好きかもしれない』と自覚しているだけで充分だ。相思相愛になる事が叶えば、自ずと抱きたくなる。それが、摂理だ。」
「ありがとう、イークス。」
互いにしっかりと名前を呼びあい、二人共口元を歪めて笑う。
その様が、妙におかしかった。
他人とこんなに喋ったのは久しぶりだった。
こいつになら、俺の事を話しても良いかもしれない。
これから先、パーティをまた組むかも知れないのだから、シャドウによる発作が起こった際に、即抑えてもらうためにも。
「ベルーシ、お前に話が・・・」
ふと、他の連中が眠っているテントから、人が出てくる。
どうやら、交代のようだ。
「見張り交代するぜ、ゆっくりしてきなよ」
エルヴァーンの男とヒュームの男二人が、テントに行くように促すと、俺とベルーシはそれに従った。
テントの中に入ると、熱気と青臭い男の匂いがした。
見ると、男の体液にまみれたミスラが、背中を向けて寝ころんでいる。
赤いショートカットの、小さいミスラだった。
そうか、そういえば今日のパーティは女はこのミスラだけだったか。
ベルーシは顔をしかめ、眼をそらしてテントを出ていった。
見たくないものだったのかも、な。
テント内はミスラの呼吸音しかしない。
しかし静かな女だ、と俺は思った。
喘ぎ声一つあげない女なんて、そうそういないだろう。
モンスターに聞き取られるとまずいから、声を抑えて性行することもあるが、幾ら何でも静かすぎる。
男三人も相手にしたのに。
「身体くらい拭いてから寝ろ。」
俺は掃き捨てるふうに言い、タオルをミスラに投げる。
ふぁさり、と身体の上にかかったタオルをたどたどしく手に取る。
「・・・?」
手が震えている。
俺は様子がおかしいと思い、ミスラの肩を掴み、引っ張った。
勝ち気そうな眼の形だが、瞳が何処か暗い。
その色はまるで、俺やベルーシのようだ。
しかし最大の違いは真に無感情、すなわち底のない穴のような暗さ・・・死人のような瞳。
汗をかいている様子もなく、頬も紅潮していない。
男の精にまみれた股間を見ると、うっすらと血が滲んでいる。
強姦されたのか? ・・・と疑問に思っても、仕方がない。
「おい、大丈夫か?」
「平気、ちょっと疲れただけ。」
疲れただけ、と言うのはおかしい表現だと思った。
「無理矢理されたのか?」
「ちょっと男達のが大きかったみたい・・・少し裂けたのかも。」
俺はぞくりとした。
女の陰部に傷がつくと言うのは、並大抵の痛みではない。
常人ならば狂ったように泣き、叫ぶはずだ。
火の番を代わった男の中に白がいたと思ったが・・・この女の有様を見れば、治癒してくれそうにないと思った。
俺はハイポーションを取り出し、女に渡した。
「裂けた所にかけろ。多少は痛みが引くはずだ。」
女は俺が渡したハイポーションをそのまま返してきた。
「良いよ、慣れてるから。」
女の名はフィーと言った。
職業は戦士。
だが冒険者となる前に、身売りをしていたらしい。
もとは孤児で、一人で生きていく術として仕方なく体を売っていたと言う。
そのせいか、男に抱かれる事に何も感じないとのことだ。
「陰部が裂けて、痛くても抵抗しないのか。」
「すぐ終わるからいい。」
暗い瞳が じーっ、と俺を見つめる。
「お前は私を抱かないのか?」
「お前は俺に抱かれたいのか?」
フィーの言葉に、おなじような言葉で返す。
「男は、女が居たら抱きたくなるんだろう?」
「女は、男が居たら抱かれたくなるのか?」
またしても、同じような言葉で返す。
しばらくして、フィーは眼を伏せて、
「別に、そういう訳じゃない。」
と、小さく、聞き取るのがやっとの声で呟いた。
「じゃあ、何で抵抗しないんだ。」
「抵抗の仕方がわからない。」
危険な女だな、と直感した・・・自暴自棄でいて、ひどく排他的だ。
もしかしたら、自分の事を他人のように主観しているのだろうか。
「フィー。」
俺はフィーの首を掴み、そのまま押し倒す。
またがるようにのしかかり、銃を額に突き付ける。
フィーの瞳は相変わらず暗く、そして動かない。
「この引き金を引けば、お前は死ぬ。」
淡々と語りかける。
「死にたいか?」
「わからない。」
「生きたいか?」
「わからない。」
「じゃあ、殺してやる。生きる事も死ぬ事も執着出来ないお前は、生きる価値がない。もし生きたいと思うなら、抵抗しろ。」
「・・・どう抵抗していいか解らない。」
「なら死ね。」
俺は引き金を、ゆっくりと引いた。
パチン。
乾いた音が、静寂なテント内に響く。
勿論この銃に弾は入っていない。
フィーは強く眼を閉じ、身体を震わせていた。
「嘘つきだな。」
俺はフィーから離れ、解放した。
「フィー、死ぬのは恐いだろう。」
「・・・・・」
しばらく見つめ合い、そして沈黙した。
フィーは迷いながらも眼を伏せ、ゆっくりと頷く。
「その強く閉じた瞼は、死の恐怖に対してお前なりに抵抗した証だ。いいか、自暴自棄に考えるな。もっと自分を大切にして、生きろ。」
フィーとの馴れ初めはあの時からだった。
俺は、何だかんだでお節介焼きなのだ。
己が長く生きられないのを悟っているから、どうしても他人には長く生きて欲しいのだろう。
余計な説教や語りをどうしてもしてしまう時が、多々ある。
それから、俺はフィーとよく行動を共にするようになった。
フィーに近寄る男がいたら『俺の恋人だ』と告げ、男を諦めさせており、護っていた。
ベルーシとだけは床を共にさせた事もあった。
フィーは俺に、「何故、彼だけは?」と聞かれると、「試しにせまってみたらどうだ? 外に放り出されるぞ。」と笑いながら返した。
長い月日を、フィーと過ごした。
互いに信頼しあい、腕を磨き合い、俺達はいつしか常に一緒に居るようになっていた。
そして少しずつ、フィーは感情を出すようになり、俺の前では素の自分を見せるまでになっていた。
俺もフィーの前では仮面を脱ぎ、ごく自然な状態で接するようになっていた。
だがその間、俺はフィーに『発作』を見せないようにした。
まだ俺が半魔の男と知られたくなかったから。
俺が、長く生きられない男と知られたくなかったから・・・。
「イークス。」
「なんだ。」
西サルタバルタで、エニッド・アイアンハートの石碑を探していた時の事。
聞く所によると、フィーは世界各地に置かれたアイアンハート家の石碑を知らなかったらしく、見てみたいと言いだした。
俺はすでに世界各地の石碑を全て移し終えていたが、西サルタバルタの石碑なんて、相当昔に終えたせいか、何処に置かれていたか、記憶になかった。
そこでベルーシにも手伝って貰いにきたが、あいつは気遣ってか『手分けしよう』と言い、さっさと走っていってしまった。
辺りに人気の居ない事を確認して、フィーはぼそりと呟いた。
「何故私を抱かないんだ?」
「いつか聞いてくると思っていた。」
眉をしかめ、軽く睨むフィー。
「何故なんだ?」
青い瞳に見据えられる。
「俺はお前を抱きたいと思った事が無いからだ。」
はたから聞くと、まるで相手にしていないような言いぐさだが、フィーは俺のその言葉の真意をよく理解していた。
「そんなに大切にしてくれるな・・・こっちまで、辛い。」
フィーが体を預けてきた。
力の抜けた、軽い体だったが俺は支えきれずにそのまま後ろに倒れた。
互いの心音が響き合い、安堵感に包まれる。
「俺は、危険な男だ。」
「危険な男のくせに、私を護り続けていたのか?」
フィーが背中に腕を回し、抱き締めてくる。
「こんな感情は初めてだ・・・今私は、イークスに抱かれたくて仕方がない。」
身体が密着し、フィーの心臓の鼓動が早くなるのが解る。
俺は何とかして狡猾な男になろうとした。
そうしなければ、フィーに堕とされてしまう。
「・・・フィー、俺は・・・」
・・・俺はとうとう、フィーに秘密を漏らした。
幼い頃にさらわれ、シャドウ族の烙印を受けた事。
夜になると闇が蝕み、アンデッド化が進むこと。
そして、長くは生きられない事。
「だから、フィー。お前は抱けない。」
抱き締めたままのフィーの身体が小刻みに震え、そっと顔を上げる。
フィーは口をまごまごさせ、ぽろぽろと涙をこぼしていた。
初めて見るフィーの涙は、大粒で美しく煌いていた。
「何故黙っていた?」
フィーが恨めしくも悲しげな瞳で語り掛けてくる。
眼の端から止めどなく涙がこぼれ落ちてゆく。
「言う必要など無いと思っていた。」
言葉にした後に、ちくりとした痛みが胸に刺さった。
恐らく罪悪感と後悔の感情だろう。
「イークス、まだお前は生きている・・・だから、生きているうちに私を抱いてくれ、イークス。」
フィーの懇願に近い言葉。
抱きたくない、と言えばそれは間違いであり、素直に言うとフィーを抱きたかった。
だが半魔の俺がフィーに、甘い思い出を残すのは酷であり、それは避けたいのだ。
「・・・女を抱けないカラダじゃ、ないんだろう?」
「うッ・・・!」
唐突に身体中に走る甘い痺れに戸惑い、呻いた。
フィーが着衣の上から、俺の股間を愛撫し始めていた。
「すごいぞ・・・もうこんなに固くなっている。」
俺は性欲はあまり発散させられない男だ。
陽が沈み、発作を抑えても油断はしない。
パーティー中にキャンプを張って、休む事はあっても眠る事だけは避けている。
眠っている間に、また発作が起こらないとは限らないからだ。
そのため、女を抱く事は滅多にない。
放出することによって、疲労感と満足感からの眠気には勝てないからだ。
フィーは膝まづき、俺の股間をまさぐる。
「やめ、ろ・・・フィー・・・」
「・・・イークス、今は私からの快楽だけに身を委ねてくれ」
フィーの手によって、露出された俺のソレはピンと張り詰めており、痛みを感じる程であった。
なぶるかのように、緩やかにしごき始め、焦らしてくる。
「ああっ、鉄のように固い・・・相当溜まっているのだな・・・」
「ぐっ、ぬぅ!」
快感による甘い痺れが一層強くなる一方、張り詰めている痛みも和らぐ。
フィーは俺のいきり立った男根に両の手を添え、己の口の中へと導いた。
じゅぷっ、ぐぷっ・・・と激しい吸引の音が耳に届く。
流石に、元は春を売っていただけあって舌使いが凄まじく巧みだ。
吸引されていながら、口内では舌が激しく絡みついてくる。
「づっ、ぐぅ」
俺は快感のあまり膝が震え、その場に座り込んでしまった。
ビリビリとした雷気にも似た快感が俺を包み、やがて感覚は男根から生まれる甘い旋律にだけ、集中されてしまった。
「イークス・・・気持ちいいか? もっと、感じてくれ。」
根元から優しく上下にしごき、尿口に舌先を押し込んでくすぐる。
「・・・! ぐ、うぅ、で、出る・・・!」
情けないが、俺は絞り出すかのように呻くのがやっとだった。
フィーは先端をくわえ、口内で舌先で尿口を刺激しながら、ふぐりの方も手を添えて優しく揉み出した。
「っつ・・・!!!」
正しくその音を現すなら『ドビュッ!』と言う音が相応しいだろう。
思わず腰を浮かせ、俺はフィーの口内へと精を放った。
二度、三度と身体をのけぞらせる度に、大量の精が放たれる。
フィーは放った精を、喉を鳴らせて飲み込んでゆく。
精を放ち終えると、ちゅぅぅっ、と強く吸引し、フィーは俺の男根から口を放した。
「凄い濃度だぞ、イークス・・・こんなに溜めこんでいたのか。」
粘ついた白い粘糸がフィーの口と俺の男根の先端を繋ぐ。
「まだ固いままだ。もっともっと抜かないと、静まりそうにない。」
そう言うとフィーは立ち上がって、戦士独自の赤い鎧を器用に脱ぎ始めた。
そして下着もおろして、一糸纏わぬ裸体となった。
俺は快感の余韻で、腰が痺れて立てなかったが意識ははっきりとしていた。
フィーを抱きたい。
俺は、耐えに耐えていた欲求に炎が灯ったのを感じた。
フィーは俺に跨ろうと脚を開き腰を落としてきたが、脇腹を手で掴み挿入を拒んだ。
「いれさせてくれ。」
フィーは俺に懇願の瞳を送ったが、その要求には応えなかった。
俺はにやりと笑うと、フィーの足首を掴み、その場にひっくり返した。
訳が解らない、とでも言いたそうな顔のフィー。
「フィー、まだ全然濡れてないだろう。」
「いつもこれくらいで、入れられてた。」
「・・・本当か?」
こくりと頷く、フィー。
なるほど、陰部が裂けて血を流していたのは、相手の男根が大きすぎたのではなく、コレが原因だったのか。
『いつも』と言う事は娼婦の頃からそうだったのかも知れない。
『慣れている』、か・・・。
悲しいかな、性交を楽しむ男に抱かれた事がないのか。
「フィー、射精させてもらった礼に、俺がしてやる。」
俺はフィーの上になり、その柔らかな唇に口付けした。
「んふっ、んー、んん・・・」
柔らかい唇同士の愛撫に、舌と舌のもつれあい。
まるで壊れものを扱うかのように、身体中に優しく手を這わせる。
キスを終えた時に、唇と唇に互いの唾液の糸がひかれた。
とろんとして、濡れた瞳に火照った頬のフィー。
俺もフィーとおなじく、狩人の服を脱いで裸体となった。
部分部分で浅黒くなった醜い肌をフィーには見せたくなかったが、気を高めるには互いに裸体のほうが良い。
「さっきの言葉をそのまま返す。俺に身を委ねろ。」
耳に優しく息を吹きかけ、甘く噛む。
俺はフィーを抱き起こし、俺の股間に座らせて体の向きを変えさせ、後ろから愛撫を始める。
「あっ、うっ・・・ふぅ・・・」
手の中で幾らでも形の変わる乳房。
汗ばんだ手の平に吸い付くかのように密着し、柔らかな感触を楽しむ。
乳首をこねたり、指ではじいたりして弄ぶ。
刺激を送るごとにフィーは「あンっ」「はうっ」と反応しながらビクッと身体が跳ねる。
なかなか良い感度だ、と感心する。
俺はフィーのうなじに、口付けをした。
俺は片方の手で乳房を愛撫しながら、もう片方の手を秘部へと伸ばす。
すると、驚くほど濡れており、少し撫でるだけで卑猥な水音がたった。
「ああっ!」
ヌルヌルとよく滑るそこへ、フィーの手を向けさせる。
フィーは あっ、と一瞬驚き、それから己の濡れたそこの感触を確かめている。
「どうだ? これが本来あるべき状態だ。」
もう挿入しても充分なくらい潤っていたが、まだ仕上げが足りない。
俺は潤った秘部を割って、指で開拓を施し始める。
「うあぁっ! イ、イーク、ス・・・!」
叫ぶフィーを気にせず、指を奥へ奥へと進めた。
女の快感を与えられて歓喜しているのか、凄まじく内部は熱く、うねり、吸い付くように締め付けてくる。
つぶつぶとした肉壁のうねりが指を伝い、脳髄を刺激する。
「フィー、お前の内部が喜んで、俺の指に吸い付いてくるぞ。」
指で内部を広げたり、こすったりする度に愛液が凄い勢いで分泌されてくる。
俺の手は既に愛液にまみれ、肘まで伝ってきている。
「さて、次は・・・」
体勢を変え、フィーを上に乗せて互いの性器を見せあう体位にした。
「お前の蜜を味わうとするか。」
薄い紅色に火照り、ヒクヒクと物欲しそうな秘部が目に飛び込む。
粘液にまみれて光るそこは、男を獣に変えるには充分すぎるだろう。
舌を這わせ、陰部の周りを焦らすかのようになめまわす。
「はあああっ、あっ、あああっ!ああぁぁっ!」
身体を震わせて快感を表す、フィー。
感じたことのない快感の波に、逃げようと身体を浮かせるが、俺は尻部を抑え込み、逃がさない。
秘裂に舌を這わせ、こぼれ落ちた蜂蜜をなめるかのように舌を尖らせて、なめまわす。
ヌルリとした感触に、トロリとした甘いシロップのような粘湿感が舌を包み込み、頭がクラクラとする。
「ああああああ!ひっ、だめ! やめて! うっうああああああ!!!」
強烈なメスの薫りに酔い、俺はそこに吸い付き、むしゃぶりつく。
ぷっくりと姿を現した陰核を、粘液と絡めながらつまんだり、こすったり、時に舌で刺激し、吸い付いてやる。
俺はフィーの懇願に耳を貸さず、ひたすらに責め続けた。
粘液を絡めとり、強く吸い付き、溢れる蜜をむさぼる。
フィーが段々と絶頂へ向かっていく。
そうだ、イクんだ、フィー。
俺は最後の一押しにと、陰核を口にし、強く吸い付いた。
「あ、はンっ・・・!!」
尻尾がビン!と垂直に立ち、しばらくそのまま身体を硬直させ、ぐったりと倒れた。
小刻みに震え、まるで寒くて震えているようだ。
時折ピクピクと耳が動き、涙、鼻水、よだれとすべて垂らしている。
俺は布でフィーの顔を拭き、綺麗にしてやった。
「イ、イー・・・クス・・・」
俺はフィーの体を抱きおこして、頭を撫でてやる。
「し、死ぬかと思ったぞ・・・。」
「フッ、だらしのない奴だな。」
力の抜けきった身体を持ち上げ、向かい合うように脚の上に乗せる。
「かっ、体が、バラバラになるみたいな感じだった。」
フィーは絶頂の余韻からか、たどたどしく喋っている。
「まだ終わってないぞ、フィー・・・さあ、入れるぞ。」
まって、とフィーは言っていたが、その時には既に俺の半身はフィーの内部へと侵入していた。
「あぁ、ン・・こ、この感じは・・・」
ゆっくりと奥まで進みゆく。
フィーは挿入の快感に思わず呟いていた。
俺はゆっくりとフィーの内部の奥へと進み、そして全てを収めた。
しばらく抱き合って、静止する。
互いの感触をじっくりと馴染ませて、覚えさせているのだ。
「き・・・気持ちいい。」
快楽の熱に浸かったままのフィーがぽつりとつぶやいた。
「お前のも良いぞ、フィー。」
素直に口から出た言葉だった。
抱きかかえたまま後ろに倒し、ゆっくりと腰を動かす。
フィーの内部を男根と言う名の舌で、じっくりと堪能するかのように内部の壁をなめつくす。。
「イ、イークス・・・動かして・・・。」
甘えた声で、フィーが懇願する。
だが俺はそれを聞き入れない。
「こうして互いの感触を楽しみ、味わうのもまた一つのやり方だ。激しくして、すぐに達してしまうのは、もったいない。」
音も無く抜き差しされる男根に、フィーは視線を向ける。
ゆっくりと根元まで、フィーの内部へと埋め、抱き締める。
「脈打っているのが、解るか?」
「解る、凄く熱く鼓動しているのが・・・」
互いに抱き締め合い、繋がっている快感を確認する。
フィーと口付けし、そして静止する。
まるで永遠の一時。
じんわりとフィーの粘液が、俺のモノに絡まり、まとわりつき、一体へとなってゆく。
熱くて柔らかい肉壁に包まれ、染み込む快感に汗が沸く。
俺はようやく、
「動くぞ。」
と、フィーに言った。
腰を動かす度に、じゅぷじゅぷと卑猥な音がたつ。
脳髄を直接炎に当てられているような、熱病にも似た感覚が俺を包み、濃厚な空気を生む。
俺とフィーは会話も無く、ただひたすらに吐息を漏らす。
共通の感覚に言葉は要らなかった。
快感と、切なさと、歓喜と・・・複合しあう。
いつかは失う相手と理解した上での行為は、悲しいものでしかない。
俺とフィーは快感に呻いて、現実から眼を逸らしている。
俺らしくない感情。
だが、今はフィーとの行為に身を焦がしたい。
守ってやりたい、と思ったこの女を。
「フィー・・・!」
俺は絶頂を迎えそうになり、思わず相手の名を呼んだ。
「イークス・・・中に、お前の温もりを私の中に・・・」
フィーは足を絡め、俺の腰を固定してきた。
俺はその枷に抗う事無く、全てフィーの内部に放出した。
気が付くと、俺は眠りについていた。
行為から来る爽快感と疲労が心地よく、射精を終えた後に気を失ったように眠りについたらしい。
「まるで子供のように安らかな寝顔だったぞ。」
フィーはクスクスと笑う。
俺は柄にもなく、恥ずかしくてこそばゆくなった。
俺とフィーは服を着て、互いに見つめあい、そして笑った。
少し遠くの岩陰に視線を感じ、顔を向けるとそこには隠れるようにして、ベルーシが立っていた。
足元に赤い斑点があるのを見つけると、モンスターを狩っていたのであろう事が解った。
俺達が行為の最中に襲われないように。
お節介やきめ。
俺は、己の暗く冷たい心に、一筋の暖かな光が差し込まれたように感じた。
だが・・・俺は甘い一時に浸かっていた己を、呪う事となる。
「ぐっ・・・!!」
全身を包む激痛。
「イ、イークス?」
フィーの驚きの声。
「うあぁ、ぐがっ、あ、ああああぁぁぁっ!!!」
太陽が沈みかけていたのに、俺は何故聖水を手元に置いておかなかったのだろうか。
ブスブスと身体から煙が立ち、膝が笑い出す。
黒い水のような液体が右腕を包み、消えてゆく。
瞬間、右腕の感覚が消え、一人でに動き出す。
「フィ、フィー!にげ、ろっ!!」
左手でおさえつけようとするが、歯が立たない。
右手は銃を握っている。
右腕は今、一時的にしろシャドウ化していた。
驚きの瞳をしていたフィーだったが、不意に冷静な瞳に戻り、
「逃げない。」
と、俺に申告した。
「ならば、そこにある鞄から、せ、聖水を・・・!!」
指が、引き金にかかる。
「それも、いらない。」
「な、なに!?」
俺は焦り戸惑った。
「はやく、しろ・・・! さもないと、フィーを・・・!」
荒くなる呼吸に、溢れ出す汗。
「構わないよ、イークス。」
フィーは、聖母像のような笑顔を浮かべる。
俺はフィーの言葉の意味がさっぱり解らなかった。
銃口がフィーに向けられる。
遠くに立っていたベルーシがようやく異変に気が付いたらしく、こちらへと走ってきている。
早く来てくれ、ベルーシ。
指がゆっくりと引かれる。
「フィー!」
フィーは、両腕を広げ、俺に微笑む。
「フイィィィィーーーーー!!!!」
轟音が、響き渡った。
ゆっくりと後ろ向きに倒れてゆく、フィー。
そして右腕は更なる獲物を求め、ベルーシの居る方へと向けられる。
戸惑うベルーシの顔が、眼に飛び込む。
引き金が指に掛かったその時、ベルーシは鎌を持ち、距離を詰めていた。
すかさず鎌で銃身を強打して弾き飛ばし、俺の右腕を絡め取る。
そのまま俺の腕を取り、押し付けて地へと伏させる。
「イークス!気でも狂ったか!?」
ベルーシが畏怖と憎悪と悲哀の瞳で、俺を見つめる。
「ベルーシ、聖水を持っていたら俺にかけてくれ!」
「持ってはいる。だが何故だ?」
「説明は後でする!だから、頼む!!」
俺の眼差しから狂気を見出せなかったのだろうか、ベルーシは俺に間接技をきめながら、器用に懐から聖水を取り出して、俺へと浴びせた。
「うご、くああぁぁぁぁ・・・!!」
シューとシューと音を立て、俺の右腕は徐々に感覚を取り戻していった。
「なっ、こ、これは・・・?」
ベルーシの力が緩んでいった。
「フィ、フィーのもとへ・・・!」
俺の呻きに近い声を聞き、無言で解放する。
「フィー!!?」
胸元から溢れる、真っ赤な血。
フィーは相変わらず、微笑んだままだった。
「フィー、何故だ、何故だ!!」
俺はフィーを抱きおこし、問いかける。
「愛する男の手にかかって死ねるのなら、悪くないと思った」
フィーの血で、地が染まる。
助からない程の致命傷と一目で理解出来るのに、フィーは気丈に、はっきりとした言葉で答えた。
「何を馬鹿な・・・お前には未来があったと言うのに・・・!」
「私に未来なんて、ない。イークスと共に居られないなら、私は死んだ方が良いと思った。」
「だからって、こんな終わり方はないだろう・・・!」
ふふ、と笑うフィー。
「イークスと一緒に居られた時間は、幸せだったよ。初めての感覚だったけど、幸せだって解った。」
俺の腕の中にあるフィーが冷たくなってゆく。
「死ぬな、俺より先に・・・!」
フィーの手が俺の頬を撫でる。
俺は、いつのまにか泣いていた。
「大丈夫、女神の元で、イークスの事待ってるから。だから、悲しまないで。」
瞼を閉じようと、懸命にまつげを震わせている。
俺は手をやり、それを手伝ってやる。
「ありがとう。」
フィーはそう呟くと、微笑み、そしてそのまま。
そのまま。
眠ってしまった。
俺は、冷たくなったフィーを抱え、東サルタバルタの崖の近くに埋めてやった。
ベルーシは俺の肩に手を置く。
俺はフィーにも教えた全てを、ベルーシに話した。
ベルーシは眉をひそめ、
「何で、教えてくれなかったんだ・・・。」
と、呟いた。
俺がベルーシに打ち明けていれば、聖水をしっかりと手元に置いておけば、銃の弾を抜いておけば。
こんな事にはならなかった。
己を殺してやりたい。
しかし、仮に自殺してもシャドウとして復活するだけであり、解決にはならない。
その上、魂は乗っ取られ二度とアルタナの元には帰られない。
そう・・・。
俺はもう永遠に愛する人と会えない。
闇の者は、闇の渦にしか逝けない。
女神の輪廻の摂理から外されているのだから。
そして次に会うとしても・・・俺はシャドウとしてなのだ。
飾りも何もない墓の前で、俺は再び涙をこぼす。
フィーの声、顔、姿、香りが、懐かしい。
そして二度と会えぬ悲しみに身がきしむように痛くなる。
「俺を待つと言ってくれたな、フィー。」
地に手をつき、握り締める。
「それが叶わぬ事と知らぬままフィーは、女神の元で俺を待つと言うのか? 来世で会うことも能わぬと言うのにか? 俺が次に転生する時は、またシャドウだと言うのに。なのに俺を待つと言うのか?」
空しい。
悲しい。
寂しい。
「イークス。」
悲しむ俺に、ベルーシは語りかけてきた。
「シャドウは、死んでもシャドウ。だから、魂の呪縛は永遠に続く、と言ったね?」
「ああ。」
俺の言葉にベルーシは眼を閉じ、間をおいて、開く。
「暗黒騎士は、業を持って業を断つ、死に近き存在」
俺は黙って聞き入る。
「故に、魔には滅を与え、闇には死を与えられる」
「・・・・・?」
「暗黒騎士なら可能だよ。その、囚われの魂を解放する事がね。」
「なっ! 本当か!?」
俺は立ち上がり、ベルーシの両腕をつかむ。
「うん、ただし・・・・」
「ただし?」
ベルーシは一呼吸し、
「イークスも死ぬ事になるよ」
と、告げた。
「構わん、どうせ長くない命だ。」
「でも、僕はまだその『技』を使えない。」
「俺の命の灯火が黒炎となるまでには、使えるようになるか?」
ベルーシを揺さぶる。
「努力はするよ、でもそれを使えるようになっても、すぐにやるつもりはない。」
「何故だ?」
「イークス、君はまだ生きているんだ。君が己の肉体に限界を感じたら、その時は僕に教えてくれ。闇から魂を解放するよ。」
一瞬間を置き、
「解った。ならば俺はその時まで生きる。」
「・・・くっ。」
血管にチクチクとして寒さにも似た痛みを感じて、眼を覚ました。
フィーの事を思い出しているうちに、また眠ってしまったのか。
・・・長い、夢だった。
胸がチクリと痛む・・・が、これは感情からのものだ。
フィー。
待っていてくれ。
もう少しで、お前の逝った所へと向かうから。
→ベルーシxジール7
→ベルーシxジール8